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2009年10月

2009年10月31日 (土)

【くろがね線を読み解く】第52回■25t積 側倒車

Nyt_25tdump54 Nyt_25tdump53
■25t積側倒車(ダンプカー)  トD25-54(左)と、トD25-53(右) 2009年9月

 くろがね線で鉄スクラップの輸送に使用されているダンプカー。15t積鉄側車40t積鉄側車と同じように、八幡の廃材を戸畑の電気炉・転炉まで輸送するために使用されている。戸畑地区専用の車両であったが、現在ではくろがね線で使用されている。

 もともと、車体側面は左右両側とも開閉可能な構造である。台車間の床下に2個吊り下げられた円柱状の装置は、車体を傾けるためのエアーシリンダーである。同じものが反対側の床下にも存在し、左右どちらにでも車体を傾けることが出来る。この車両の製造所は不明だが、日本車輌製造から納入された同型車の仕様を踏まえると、シリンダーに圧縮空気を供給するために、機関車から空気管が引きとおされていたはずである。現在ではダンプカーとしては使用されていないようで、空気管は見あたらず、側面も開かないようにストッパーが取り付けられている。

 台車は板台枠、軸バネにはウィングバネを採用している。車端部には、推進運転の際にオペレーターが乗り込むためのステップが取り付けられている。

  • 荷重: 25t
  • 自重: 21~23t (車両により異なる)
  • 車軸配置:2-2
  • 全長: 不明
  • 幅:  不明
  • 高さ: 不明

Nyt_25tdump51
■25t積側倒車(ダンプカー)  トD25-51 2009年9月

同型車だが、こちらの車両はステップがカバー付の分厚いものになっている。

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2009年10月30日 (金)

【くろがね線を読み解く】第51回■一操信号所

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■一操信号所の指令所

 第一操車場の奥に設けられた信号扱所は、「一操信号所」と呼ばれている。操車場内の各分岐器の切換作業は、現在では基本的に輸送指令センターで集中制御されている。しかし、各着発線の線路脇にも、分岐器制御用と思われるコントロールパネルが設けられている。

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■一操信号所に設置されている制御盤。 2009年3月

おそらく、現場でも切換ができるようにするためと思われるが、遠隔制御のシステムが導入される前から設置されていた可能性が高いので、現在は使用されていないのかもしれない。

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2009年10月29日 (木)

【くろがね線を読み解く】第50回■第一操車場

 現役の車両について一通り紹介し終えたので、今後は過去の車両の紹介を順次行っていこうと思っている。とはいえ、説明に必要な写真がまだ充分には揃っていないので、準備が出来るまでのツナギとして(苦笑)、暫くの間くろがね線の設備面にスポットをあててみたい。

第5回で説明したとおり、くろがね線は、戸畑の第一操車場と八幡の第二操車場を連絡する路線である。第二操車場は条鋼工場の奥にあり、外部から眺めることは出来ないが、第一操車場は駐車場からその一部を見ることが出来る。

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■ヤード入口付近。手前方向が八幡側で、奥が戸畑の工場内である。 2009年3月

 線路は写真の一番手前で二手に分岐している。左へ分かれていく線路は「到着線」と呼ばれており、こちらに八幡からの列車が進入する。右は「発送線」と呼ばれ、八幡行の列車が組成され発車する線路である。

複線時代に最短12分間隔で列車が運行されていた路線にしては、ヤードの規模が小さすぎると思うのは、私だけではないだろう。N社の社史には、1980年(昭和55年)当時の戸畑工場の構内図が掲載されているが、当時は写真右側にある駐車場の大半はヤードの一部であったようである。本線から左へ分岐した到着線がいびつに曲がっているのは、複線時代に八幡からの線路が直進して到着線へ繋がっていたのを単線化したためである。

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2009年10月28日 (水)

【くろがね線を読み解く】第49回■閉塞信号機(消灯)

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スペースワールド駐車場付近に設置されている閉塞信号機。

 くろがね線の線路は、いくつかの閉塞区間に区切られているが、その分界点には色灯式信号機と打子式ATS地上子が設置されている。以前機関車の記事で解説したように、くろがね線ではATSは稼動しているが、閉塞信号機の一部には、写真のように消灯しているものがある。

これらはいずれも、スペースワールド駐車場付近に設置されている閉塞信号機である。左の写真は、八幡の第二操車場に向かう列車に対して設置されている三灯式信号機で、その左下にある反対を向いたものが右の写真の二灯式信号機である。

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■前述の閉塞信号機付近を通過して戸畑へ向かう貨物列車。 2009年9月

列車の接近が近づくと、外方に設けられた出発信号機や閉塞信号機は青く点灯し、場内信号機は黄色く点灯する。しかし、列車の運行がないときは常時消灯しており、赤く点灯することはない。一見すると廃止されているようだが、きちんと機能しているようである。

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2009年10月27日 (火)

【くろがね線を読み解く】第48回 ■単線化による廃線跡-新中原

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■新中原付近の廃線跡。左が2009年3月、右が2009年9月現在の様子。

 開業当初複線だったくろがね線は、現在単線化されている。廃線になったのは八幡から戸畑へ向かっていた方の線路で、残った戸畑から八幡へ向かう線路が単線として機能している。廃線跡はレール・枕木は撤去されているがバラストは残っており、現在は保線用車両(自動車)の通路として利用されている。遠景で少し分かりにくいが、右側の写真には、廃線跡にセダンが駐車されているのが写っており、保線員の姿も見える。

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■八幡から戸畑に到着した貨物列車。積荷は、戸畑の電気炉・転炉で使用される鉄スクラップ。 2009年9月

写真の撮影位置には以前踏切があった。とはいえ、渡った先は社有地であったため、部外者が自由に通行することは出来なかったと思われる。

専用線・スイッチャー探索の分野で著名な岩堀春夫氏主宰の「ないねん出版」から、『製鉄所・鉱山の機関車』というDVDが発売されているが、この作品に登場するくろがね線の映像も上の写真の場所から撮影されたものである。

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2009年10月25日 (日)

【くろがね線を読み解く】第47回 ■打子式ATS地上子

 第2回の車両のスペックの部分で若干触れたが、Y製鐵所の構内鉄道には、保安装置としてATSが導入されている。戸畑・八幡両地区を結ぶくろがね線は、自動閉そく方式(単線化以降は単線自動閉そく方式)を採用しており、沿線には色灯式の地上信号機も設置されている。このうち、戸畑の第一操車場と、八幡の第二操車場にそれぞれ設置されている出発信号機・場内信号機は現在でも稼動しているが、途中の閉そく信号機は列車運行時も常時消灯しているため、おそらく稼動していないものと思われる

※夜宮付近の閉塞信号機は、2010年8月現在でも稼動が確認できている。

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■戸畑区一枝三丁目付近に設置されている、打子式ATS地上子   2009年9月

ATSには打子式ATSを採用している。打子式とは、軌道上に可動式アームを持つ地上子を設置する、最も古典的な方式である。

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■打子式ATS地上子。戸畑からの列車が接近しており、アームが倒れた状態。

列車が先の閉そく区間へ進んでも良いとき(進行現示=青信号のとき)は、このアームが倒れ、列車は問題なく先へと進める。いっぽう、先の閉そく区間へ進めない場合(停止現示=赤信号のとき)は、アームが起立し、通過列車のATS車上子に接触する。車上子側は、アームが接触すると貫通ブレーキの圧縮空気を大気中に放出する仕組みになっており、編成全体に非常ブレーキがかかることになる。もっともこれは、鉄道事業法や軌道法に基づいて運行されている鉄道の場合の話で、くろがね線のように貨車が貫通ブレーキを装備していない列車の場合は、先頭の機関車のブレーキと、無線指令により後部補機のブレーキが連動して作動することになる。

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■打子式ATS地上子付近を通過する、八幡行貨物列車。 2009年9月

戸畑の第一操車場の出発信号機が進行を現示すると、それに連動して一枝三丁目付近の打子式ATS地上子のアームも倒れる。アーム稼動時は、周辺に設置された継電器箱から「ぶうぅぅーん」と分岐器が切り替わるときのような音がするので、ATS地上子の近くで待ち構えていれば、戸畑から列車が発車するのを事前に知ることが出来る。

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■八幡地区の構内鉄道の側線に設置されている地上子。
 くろがね線の地上子と同等のものと思われるが、こちらは分岐器切替用。 2009年6月

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2009年10月22日 (木)

【くろがね線を読み解く】第46回 ■日明本線廃線跡

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■日明本線堺川橋梁跡。西岸より南東方向を望む。線路は複線でレールも残存する。 2009年9月

Y製鉄所構内鉄道から分岐する日明(ひあがり)本線は、戸畑地区の第一操車場から分岐して、東側にあるN社の子会社N高炉セメントへ伸びていた専用線である。上の写真は、製鉄所とN高炉セメントを隔てる堺川にかかる橋梁跡で、手前のガーダー橋のみならず、奥のパイプラインの下にもしっかりレールが残っている。背後に見えるのは、セメント工場のプレヒーター(予熱機)。周囲に石膏の匂いが充満していることから、セメント生産そのものは継続していることが窺える。

製鉄所からセメント工場へは、戸畑の製鋼工場で発生する高炉スラグの水砕をホッパー車で輸送していた。逆に、セメント工場から製鉄所へは、製品のセメントが輸送されていた。セメント貨車は上戸畑への連絡線を経由して国鉄線へと継送されていた。

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■日明本線廃線跡。境川西岸から製鉄所構内方向を望む。 2009年9月

こちらは同じ場所から反対方向を向いて撮影したもので、元々は突き当たりのフェンスの奥へと線路が続いていた。複線の線路に往時を偲ぶことができる。

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2009年10月21日 (水)

【くろがね線を読み解く】第45回 ■上戸畑廃線跡

 今回は若干趣向を変えて、Y製鐵所構内鉄道の廃線跡を紹介する。といっても、製鐵所構内の縮小後、遊休地の大規模な再開発が行われている八幡地区については、痕跡がほとんど残っていないため、戸畑地区とくろがね線が中心となる。

以前取り上げたとおり、2009年現在、N社Y製鐵所専用鉄道は西八幡駅でJR線と接続しており、製品(鉄道用軌条)の発送が行われている。しかし元々は、西八幡駅以外にもう一つ接続駅があった。それが今回紹介する上戸畑駅[1]である。

上戸畑駅のヤードは、現在の九州工大前駅の北側に位置していた。駅廃止後、跡地は再開発され、福岡都市高速道路やテクノセンターなどが建設されている。Y製鐵所専用鉄道が上戸畑駅に接続していた場所は、高速道路がJR鹿児島本線をオーバークロスして南側に分岐する三六町の北側である。もちろんヤードは道路用地などに転用されて跡形もないが、製鉄所構内からヤードに向けて曲線を描きながら伸びていく連絡線の跡は、地図や航空写真などで確認することが出来る。

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■国鉄の上戸畑操車場から北東側へ分岐し、日明本線へ接続していた線路。橋脚とガーダーのみ残る。 2009年9月

 一方、上戸畑駅に連絡していた線路がもう一つある。それが上の写真で示した、日明本線への連絡線である。日明(ひあがり)本線とは、戸畑の第一操車場から東側に分岐して堺川を渡り、日明地区に立地するN社の子会社「N高炉セメント」へ向かっていた専用線のことである。いわば、「製鐵所構内鉄道から分岐する専用線」である。この路線では、Y製鐵所戸畑地区から主に水砕[2]などが輸送されていた。

いっぽう、N高炉セメントでは製品のセメントを各地に発送する必要があったが、既存の日明本線を使う場合、国鉄上戸畑駅へ貨車を出す際に、一旦Y製鐵所構内の第一操車場を経由する必要があり、ここが隘路となる。そこで上戸畑駅への連絡線を建設することになった。この連絡線は、日明本線から分岐して南へ下り、既設の「くろがね線」をオーバークロスして上戸畑駅へ接続していた。このため、線路廃止後も上の写真のようにガーダー橋が残っている。

【脚注】

  1. 上戸畑駅は貨物駅であったが、現在はほぼ同じ場所に九州工大前駅が設置されている。
  2. 水砕(すいさい)とは、高炉から排出される溶けたスラグ(鉄の製錬過程で発生する、不純物を含んだ廃棄物)を水で急冷して得られる微粒子である。高炉セメントの原料として利用される。「水滓」とも書く。

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2009年10月19日 (月)

【くろがね線を読み解く】第44回 ■60DD-4形 (D626)

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■戸畑地区で活躍するD626    2014年

 60DD-4形は、昭和50年に日本車輌製造で15両が製造された60t機で、当初はすべて八幡地区に導入された。写真のD626は2009年3月現在、戸畑地区に転じて活躍中。汚れていて分かりにくいが、連結器センタリング装置などの装備面や車体の塗色(塗り分け)はD625と同じである。

●ベースとなった私鉄・専用線の機関車

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■T社F工場Y出荷センター専用線の45t機 OD451 製番2869 (2008年12月)

 セメントメーカーT社F工場Y出荷センター専用線のOD451は、昭和45年日本車輌製造製の45t機で、日車のセミセンターキャブ形45tスイッチャーの標準型として登場した第1号機である。エンジンには、国鉄DD13形と同じ神鋼造機製DMF31SB(500ps)を1基搭載し、液体変速機には新潟コンバーターのDB138、台車は鋳鋼製(日車バーバータイプ)を採用している。これらの特徴は、その後同社より相次いで登場した産業用レディメイド機関車にも継承されている。本機関車の車体を大型化して運転整備重量を増やしたものが60DD-1形であり、更に製鉄所向けに遮熱板や簡易運転台などを装備したタイプが60DD-2形、その量産型が60DD-3形と60DD-4形である。

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2009年10月18日 (日)

【くろがね線を読み解く】第43回 ■若竹号(D443)

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■「若竹号」こと 45DD-12形 D443  2009年9月

 若竹号は、戸畑地区構内の入換に充当されている機関車で、N社の子会社であるN運輸の私有機である。日立製作所製の1エンジンセンターキャブ形の45t機で、性能面ではN社の45DD-12形と同じである。相違点としては、N社の車両は運転室側窓にミラーが取り付けられているが、本機関車は装備していない。自動解放シリンダーについても、N社のものが白く塗装されているのに対して、本機関車は黒。ステップもN社のものが黄色一色なのに対して、本機関車は黄色と白のツートンカラーになっているなど、細部の色の塗りわけが異なっている。また、車体側面の台枠部分(黄色い部分)には、N運輸の社名が標記されている。

  • 形式: 45DD-12
  • 機関車番号: D443
  • 製造年: 1975年
  • 製造所: 日立製作所
  • 全長: 13,300mm
  • 幅 :  2,700mm
  • 高さ:  3,750mm
  • 運転整備重量: 45t
  • エンジン: DMF31SB×1基
  • 定格出力: 500ps
  • 液体変速機: DBG138

●初代 若竹号

 N運輸最初の若竹号は、1983年3月31日に運行を開始した D421号機 である。「若竹」の名は、かねてよりN社S製鐵所やK製鐵所の構内輸送を受託していたN運輸が、はじめてY製鐵所工作事業部の鉄道輸送作業を受託することになった記念に命名されたものである。この車両は、もともとN社が構内輸送に使用していた45DD-9形 D421をN運輸が譲受けたもので、詳細スペックは以下の通りである。

  • 形式: 45DD-9
  • 機関車番号: D421
  • 製造番号: 12665
  • 製造年: 昭和38年
  • 製造所: 日立製作所
  • 全長: 11,200mm
  • 幅:  2,600mm
  • 高さ: 3,700mm
  • 運転整備重量: 45t
  • エンジン: 神鋼造機社製 DMF31SB×1基
  • 定格出力: 500ps
  • 液体変速機: 新潟コンバータ社製 DBG138
  • 燃料タンク容量: 1000リットル

【参考】

  • NTC Topics 話題の周辺「汽笛の音も高らかに、若竹号、出発進行。」『日鐵運輸株式会社50年史』、日鐵運輸株式会社編、1993年。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。

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2009年10月15日 (木)

★祝★10000アクセス突破 (京成青電赤電)

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■京成電鉄3300形電車の復刻色「赤電」 2009年10月、京成金町-柴又

 10000アクセス突破記念ということで、地元でいま話題のこの車両に迷うことなく決定。

 6月30日に運行開始した青電に続き、8月25日には赤電が登場、9月19日にはファイアーオレンジも登場しました。写真の背後のビルは、金町駅前再開発事業により最近竣工した、「ヴィナシス金町タワーレジデンス」。1Fにスーパー・2F以上にレストラン・クリニック・図書館などを併設する複合モールで、レジデンスという名の通り、上層階は住宅になっています。下は、6月30日に運転された、青電「特急」金町行。臨時列車とはいえ、金町線内で特急が走るのは前代未聞です。

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■2009年6月30日に運行された「青電」の特急金町行(左)と、9月に登場したファイアーオレンジ(右)

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2009年10月14日 (水)

「美祢線赤ホキ終焉」報道の迷走を憂う(6)

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■空のホキ車を連ね、一路厚狭駅へと向かう。 2009年9月、東新川~宇部新川にて

 第5回で取り上げた鉄道ファンと同じく、鉄道ジャーナル2009年11月号でも、【日本の鉄道20世紀の検証】の中で、美祢線・宇部線の石灰石輸送について特集が組まれている。

吉野敦裕 「終焉迫る 美祢線石灰石輸送」

吉野氏の記事には、石灰石が隣接する化学工場で中和剤として使用されている旨の記述がある。この記述を考慮すると、第2回でA氏が語っていた「売石」というのは、「セントラル硝子からセントラル化成への販売」を指しているということになる。また第5回で不可解な点として取り上げた、宇部線の有効長の件についても、

>宇部線の設備上の問題から長大編成では乗り入れられないため

と正確な表現がなされているのも喜ばしい。なお貨物列車の廃止時期は2009年10月中旬となっている。

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■2009年9月現在は7連まで減車されている。 岩鼻~際波(信)にて

 美祢線・宇部線の石灰石貨物列車について、関係者への取材に裏打ちされた記事が掲載されたのはこれが初めてであり、大変評価できる。ただ惜しむらくは、その時期があまりに遅すぎたことである。雑誌の発売時点でもう廃止まで一ヶ月をきっている。追悼記事としては良いタイミングといえるが、本来今年の3月にガラスフロート釜休止の報道がなされた時点で、このクオリティの記事を出せるだけの条件は整っていたはずである。(→第2回の冒頭を参照) この記事がもっと早く発表されていれば、廃止直前まで他誌により誤報が広まることもなかったと思われる。その点が残念でならない。

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■夕暮れの美祢線を行くホキ車。 厚狭~鴨ノ庄(信)

 これまで6回にわたり、美祢線・宇部線の石灰石輸送をめぐる各誌の報道や、私自身が現地で得た情報をまとめ、問題点の整理を行った。各論については各記事をご覧いただいた通りだが、各誌の報道が迷走を続けるのはどういった背景によるものなのだろうか。私は、各鉄道趣味誌の記事に占めるインサイダー情報の減少が要因の一つであると考えている。

 1960~80年代の各誌を読み返してみると、産業関係の話題は関係各社の社員の方が自ら投稿した記事が多いことに、あらためて驚かされる。例えば製鉄所の機関車の特集記事であれば、某国内最大手鉄鋼メーカーの方により、機関車のメカの細部に至るまで情報が仔細に提供されている。ところが近頃は、どの企業も内部情報統制が強化され、一般には以前と比べて社内情報を外部に供するのが難しくなっている。その分、連載記事のフリーライターへの丸投げや素人投稿記事の割合が増加し、その結果として精度の低下が起きていると考えられる。

 ネットの普及と共に出版業界は右肩下がりの昨今、速報についてはネット情報に太刀打ちできないという現実がある以上、雑誌は雑誌の良さを生かし、内容・精度で勝負するほかに生き残る道はないと思うのだが、いかがだろうか。今回の報道の迷走を見るにつけ、その道はなかなか険しそうである。今後、各誌がどのように進化していくのか、見守って生きたい。

(完) 

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2009年10月11日 (日)

【くろがね線を読み解く】第42回 ■60DD-4形 (D624)

D6242012
■八幡地区から戸畑地区に転じて活躍するD624  2012年7月

 D624は、戸畑地区で鋼片輸送に充当される60t機。昭和50年、日本車輌製造で15両が製作された60DD-4形の一つ。無線操縦対応で、装備面ではD622・623と同等である。台車間の床下(運転室の真下)に吊り下げられた白いボックスは、作業進捗を入力するための制御盤である。製鉄所内の原料・半製品・製品の運搬は、輸送管理システムで集中制御されている。鉄道運行管理システムでは、運転士が各入換作業の完了後に制御盤から進捗を入力すると、その情報が無線で輸送指令センターへ伝わる仕組みになっている。このような地道な作業を徹底することで、構内輸送の最適化が図られている。

【参考】

  • 和田 耕一「製鉄所における荷役・運搬システム」、『日本機械学会誌』、日本機械学会、第79巻、第695号、1976年5月。
  • 『時間の流れを超えて : 日鐵運輸株式会社50年史』日鐵運輸株式会社編、1993年。
  • 『日車の車輌史』<戦後産業車両 輸出車両編>、鉄道史資料保存会編、日本車輌鉄道同好部、1999年。

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2009年10月10日 (土)

「美祢線赤ホキ終焉」報道の迷走を憂う(5)

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■左が2009年9月現在の入換風景。機関車は奥から手前へ貨車を推進しながら1両ずつ荷役を行う。右は2009年3月の様子。当初はこのように機関車牽引であった。

 第4回では、レイルマガジン誌に掲載された「フロート釜廃止に由来する2009年5月廃止説」に疑義を呈したが、案の定、6月に入っても美祢線・宇部線の石灰石貨物列車の運行は継続されている。一部のブログには

  • 「奇跡的に廃止を免れた」
  • 「なんとか持ちこたえた」

といった喜びの声もみられるが、実際のところは第2回で取りあげた10月廃止という既定事項が、あらためて確認できただけの話なのである。

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■圧縮空気によりホッパーを開放し、石灰石を降ろしたホキ車。左にある四角い箱が圧縮空気を供給するコンプレッサー。

 ところが、この貨物列車に関する誤報はこれだけでは終わらない。月刊鉄道趣味誌で、レイルマガジンの次に本件に触れたのは、鉄道ファン2009年11月号である。

郷田恒雄 「全国の現役機関車をめぐって」

 民営鉄道の電気機関車・ディーゼル機関車はいま~その26~

この連載記事では、これまでおよそ2年間にわたり、全国の私鉄・臨海鉄道の車両やその運用が紹介されてきた。無論、25回も連載を続ければ、一通り紹介し尽くしてネタがなくなるのは無理からぬことで、最近ではこれまでの記事の補遺などページ枠を消化するための苦しい内容の記事が続いていた。しかし今月発売の11月号から、ついに専用線の機関車の紹介が始まったのである。その第1回が、美祢線・宇部線に接続する専用線、というわけである。

 郷田氏の記事に含まれている問題点については、機会があれば別途述べることにして、今回は123ページに記載されている、件の石灰石輸送に言及した次の部分に注目したい。

>現在、宇部工場にあるガラスフロート釜でプラズマディスプレイパネル用に電極を表面に形成したガラス板を生産しており、基板原料として美祢線重安に隣接する太平洋セメント重安鉱山から産出される石灰石を使用している。

この文章に対して、皆さんはどのような印象を抱いただろうか。おそらく、多くの方にとっては「へぇ~、そうなんだ」でスルーされてしまいそうな、一見もっともらしい記述である。しかし、これまで情報を集めてきた者にとっては首を傾げざるを得ない三つの誤情報が含まれているのである。

誤報1> 現在、宇部工場にあるガラスフロート釜で…生産しており

既にセントラル硝子よりこのようなプレスリリースも出ている通り、ガラスフロート釜は2009年5月一杯で稼動を停止している

誤報2> プラズマディスプレイパネル用に…ガラス板を

これについては、セントラル硝子のこちらのプレスリリースご覧いただきたい。記載の通り、プラズマディスプレイパネル用のガラス板の製造は、2008年度をもって終了している。

鉄道ファン2009年11月号の発売日は9月20日、原稿締切日は8月25日である。本文の記述や著者撮影の写真の日付から考えて、著者が記事を書いたのは2009年夏頃の可能性が高いが、その段階で宇部工場では、ガラス製造も、プラズマディスプレイパネルの製造も行われていないのである。

誤報3> 基板原料として…石灰石を使用している。

輸送されている石灰石がガラス原料ではないことは、第2回などでこれまで述べてきたとおりである。

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■空のホキ車を厚狭まで輸送する小運転列車。2~3両編成が多い。

郷田氏は記事の中で、8月に入っても石灰石輸送が継続していることには触れている。レイルマガジンでも大々的に取りあげられた、2009年5月のガラスフロート釜停止。おそらく、郷田氏はそれを知っていると思われるが、記事中ではあえてそのことに触れていない。それもそのはず、もしガラス製造停止に触れてしまうと、「それではなぜ、製造停止後も石灰石輸送が継続しているのか」という疑問に答えられないからである。苦肉の策として、フロート釜停止をなかったことにする、という荒業で逃げ切ったつもりなのだろう。

 このような誤解が生まれる原因は何だろうか。答えは身近なところにあると私は考えている。Googleなどの検索サイトで、「美祢線」「石灰石」「廃止」などいくつかの複数キーワードで検索してみると、上の3つの情報は個人のブログに記載された個人的推測として見つけられるはずである。某巨大掲示板情報然り。

雑誌記事のソースと思われる情報が、雑誌発表前にネット上で誰でも容易に検索できるのが、今の世の中である。郷田氏の記事には、荷主などのインサイダーに取材しなければ分からないような、独自の真新しい情報は、一切含まれていない。郷田氏は、この件でほとんど取材をしていないのではないかと、私は強く疑っている。特に「誤報3」など、関係者に取材をすれば白黒はっきりする話なのだから。

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■厚狭から宇部岬への2本目の列車。こちらもやはり2~3両編成が多い。

 上の写真の宇部線内小運転列車についても、首を傾げたくなる記述がある。美祢線内で1本だった列車が、宇部線内で2本に分割される理由について、である。

>宇部岬駅の線路有効長に制限があるため

郷田氏はこう表現しているが、有効長というのは必ずしも個別の駅毎に決まっているものではなく、路線の区間毎(駅間)で決まる要素が大きいものである[1]。個々の駅での、編成同士のすれ違いが物理的に何両まで可能なのかという話とは別に、例えば、駅構内の出発信号機の設置位置やATS地上子の設置場所なども、有効長に配慮して設置されているものである。無論、起点駅と終点駅の設備さえ許せば、中間駅の交換設備などの制約を無視して、例外的に有効長を超える列車を走らせる場合もある(このような列車は、対向列車をすべて退避させる必要があることから「殿様列車」と呼ばれる。お召し列車運行時などにこのような扱いがある)が、日常的に運行されている貨物列車で、このような運用が行われているとは考えにくい。この貨物列車の編成が宇部線内で分割されるのは、「宇部線の設備的制約による」という表現が妥当であろう。決して「宇部岬駅」単独の問題ではないのである。

  1. 鉄道事業法に基づいて定められた、国土交通省令「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」第三十四条第二項には、「停車場において待避の用に供される本線の有効長は、当該本線に待避する最長の列車に対し十分な長さとしなければならない。」とある。

(続く) 

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2009年10月 9日 (金)

「美祢線赤ホキ終焉」報道の迷走を憂う(4)

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■2009年9月の宇部線内の列車。3月には11連(美祢線内13連)だったホキ車も、7連(美祢9連)と減車が行われている。

 美祢線・宇部線の石灰石貨物列車廃止について、最初に大規模な特集記事を組んだのは、レイルマガジン2009年7月号である。

森 友紀 「美祢・山陽・宇部線石灰石輸送 DD51・DE10 撮影地ガイド」

がそれで、体裁としてはRMによくある列車の運用分析と撮影地の紹介が中心である。特集の組まれ方そのものに問題があるとは思わないのだが、後半部分に見逃せない記述がある。美祢線・宇部線の石灰石輸送が「2009年5月に休止される」こと、またその根拠として「セントラル硝子宇部工場のガラス製造が5月で休止になる」ことを取りあげているのである。

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■ホキ車を牽引し、セントラル硝子専用線へ入線するDE10形。専用線には遮断機・警報機無しの踏切が多いため、踏切毎に先頭の保安要員が安全を確認のうえ、進んでいく。

 前半の撮影地ガイドを蟠りなく読み進めていた私は、ここにきて首を傾げてしまった。おいおい、ちょっとまて。。第2回で取り上げたとおり、この貨物列車で輸送している石灰石はガラス原料ではないので、宇部工場のガラスフロート釜の操業停止と、貨物列車の廃止を関連付けるのは、ちょっと無理があるような気がするのだが。5月廃止の噂そのものは、ネット上で速報的にはかなり広まっていたもので驚きはないし、それに触発されて多くの鉄道ファンが沿線へ繰り出したのも理解できる。問題なのは、対価として原稿料が発生する雑誌という媒体で、ネット情報と同じ水準でモノを語るのはいかがなものか、ということである。

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■専用線最後の踏切は信号機付。要員がスイッチを押すことにより、車道側が青から赤へ変わる。

 我々鉄道ファンが鉄道貨物輸送について分析する際、産業関連の報道に敏感になっておくのは大切なことではある。件の記事の著者も、セントラル硝子の報道発表をキャッチしていたのだろう。

セントラル硝子によるフロート釜休止に関するニュースリリース (2009年3月2日発表)

しかし、当該雑誌に掲載されている文言から察するに、「フロート釜停止に由来する5月廃止説」は、インサイダーへの取材に裏付けられた情報ではなく、あくまでも著者個人レベルの「予測」「推測」の域を出ないものである。

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■踏切信号を赤に変え、工場へ侵入する貨物列車。

 レイルマガジン誌は、1980年代に創刊されて以降、私は毎月愛読していた。専用線や製鉄所の機関車など、あまり雑誌の売り上げに貢献するとは思えないようなマニアックなネタについても、関係各社へきちんと真正面から取材をして、硬派な記事を掲載していたそれが最近では、「次に話題になりそうなネタは何か?」という観点で集められた記事が、誌面の多くを占めている。目先の売上増に固執するあまり、ウラの取れていない噂レベルの情報を流したりせず、地に足のついた取材をしてほしいものである。今後、今回のような記事が量産されないことを期待したい。

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■工場へ到着。写真は2009年3月のもので、まだホキ車が11連と長かったため、先頭のDE10は踏切手前までやってきていた。

(続く) 

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2009年10月 8日 (木)

【くろがね線を読み解く】第41回 ■60DD-4形 (D625)

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■第一操車場で車両入換中のD625(1エンド側)。  2017年

 D625は、2009年現在戸畑地区で鋼片輸送に充当されている60t機。

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■D625 の2エンド側      2009年

2エンド側のヘッドライト下部には、他の60t機には見られない円筒形のセンサーのような装置が取り付けられているが、機能や用途については全く不明である。また、他の車両の車体上部がオレンジ一色なのに対して、この車両は運転台窓周りが車体と同じクリーム色に塗り分けられている点も特徴といえる。

 他機同様に無線による遠隔操縦に対応し、旋回灯・警音機(ミュージックホーン)・連結器センタリング装置などの基本装備・寸法は、他の60DD-4形と同等である。なお台車については、日立製の45t機(45DD-12形)や、三菱製の85t機(85ED-1形)が組立溶接台枠の台車を履いているのに対し、日本車輌製の60t機は、上の写真の通り貨車のような鋳鋼製台車(日車バーバー台車)を履いている。

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2009年10月 7日 (水)

「美祢線赤ホキ終焉」報道の迷走を憂う(3)

 第2回で述べた通り、石灰石貨物列車が「貨車の老朽化により10月廃止」となれば、当然10月のいつ頃に廃止になるのか興味のわくところである。そこで私は、2009年3月中旬に訪問した際、当時運用についていた貨車の形式写真を撮れるだけ撮り、最も検査期限の迫っている車両がどれなのかを調べることにした。

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■2009年10月20日で検査期限を迎えるホキ9681    ■ホキ9681の全検標記

なお調査の際、厚狭駅やセントラル硝子専用線内に留置されている車両まで含め、全ての車両の写真を撮れているわけではないので断定はできないが、上記の通り少なくとも2009年10月19日をもってホキ9681が運用から離脱する可能性が高く、現在の編成を維持できなくなることが分かった。他にも11~12月に検査期限を迎える車両が何両もあり、10月中旬廃止が一つの目安といえるのではないだろうか。もちろん、検査期限を迎えた車両を編成から外して10月末まで運行継続というシナリオもまったくないわけではないが、あとは荷主判断(JR貨物との契約に依存する)ということになるだろう。

(続く) 

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2009年10月 6日 (火)

「美祢線赤ホキ終焉」報道の迷走を憂う(2)

 私がこの貨物列車に特に注目するようになったのは、2009年3月のある出来事がきっかけであった。当時私は、セメント業界の直近の動向について、地方議会でどのような意見が交わされているのかを確認するため、議事録検索を行っていた。そしていつもの癖で、鉄道貨物についても何か話題になっていないかと思い、試しに「石灰石」「宇部」などのキーワードで検索してみたところ、美祢線・宇部線を走行する石灰石貨物列車の去就に関する情報を、まったくの偶然で見つけることになったのである。

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■2009年3月時点での宇部線の石灰石貨物列車(東新川~宇部岬)。美祢線内13両編成のホキ車は、厚狭で2両が切り離され、宇部線内では11両編成となる。

 宇部市議会 平成21年3月定例会(第1回)において、河崎運 市議会議員は、宇部の生活交通体系の不備を憂う文脈の中で、次のように述べている。

>現在、宇部線には、JR貨物のセントラル硝子行き、石灰石輸送の貨車が運行しておりますが、車両の老朽化により、ことし10月をもって廃止となることが決定しているそうです。そうなりますと、市内外からの通学客専用の線と化し、民間企業であるJR西日本は、2011年の国体終了後には小野田線とともに宇部線を廃線とする可能性を秘めております。

首都圏では、工業地帯の専用線が廃止になる程度で、議会で取り上げられることはあまりない。しかしせっかくの機会、かねてより美祢線・宇部線の専用線を訪問しようと考えていた矢先の出来事であったし、3月廃止が決まっていた寝台特急「はやぶさ・富士」を山陽本線沿線で撮影したいという気持ちも後押しして、急遽山口へと向かうことにした。

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■重安駅に入線するDD51形ディーゼル機関車単機。背後は太平洋セメント重安鉱業所(龍陽興産)

 厚狭駅前のホテルに泊まった私は、8:35発の美祢線に乗り込み、石灰石の積み込み風景を撮影するため重安駅へと向かった。途中美祢駅で作業員の方々が乗り込んできたが、彼らは重安駅で降りると一目散にホッパーへ向かい、DD51が到着するとすぐに貨車への石灰石積込作業を開始した。

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■重安駅の石灰石積込設備。

 重安駅は、駅北側の線路上を東西に横断するベルトコンベアが象徴的な駅である。ホキ車に石灰石を積み込むために使用されているのは、下段の方である。

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■石灰石積込み中のホキ車。

 ホームでの撮影を終え、重安駅南側にある有名撮影地へ向かうべく駅舎へ近づくと、先程の作業員の方のうちの一人と、背が高くて恰幅のいい私服の男性(見た目50歳代?)が何やら話し込んでいる。男性はカメラを持っていたので、またマニアが情報収集しているのかとも思ったが、どうも様子が少し違う。何を話しているのかは聞こえないが、作業員の方の応対の仕方を見ていると、鉄道マニアの質問に答えているというより、むしろ上司に対して何かを報告するような雰囲気なのである。気になりつつも徒歩で撮影地へ着くと、その男性が既に三脚にカメラをセットしていた。男性に近寄ってまず挨拶をし、こちらは手持ち撮影なので立ち位置を明示したところご快諾いただいたようで、列車が来るまでのあいだに色々お話しすることができた。

 この男性は、厚狭駅で37年間操車係を務めた方(以下、A氏とする)で、JRを定年退職後、美祢線の貨物列車の撮影を続けているのだという。第一印象は強面?のA氏だったが、意外に話好きらしく、石灰石輸送全盛期の思い出話や、美祢線の信号場の話、山陽本線の腹付け線増の逸話、山口県出身の安倍元首相[1]と宇部興産専用道路の意外な関係など、興味の尽きない話題が続いた。そんな中、最も私の興味をそそったのは、発車待ちのホキ車を指差しながらA氏が語った次の一言である。

 「セントラル硝子は、バイセキしちょるけんね」

売石(ばいせき)とは、大雑把に言うと、山元[2]から仕入れた石灰石の性状を変えて他社へ販売することである。需要家の要望に応じて、石を粉砕して粒度を変えるなどの処理は、西濃鉄道乙女坂駅に隣接する矢橋工業などでも行われている[3]。それまでの私の考えでは、そもそも石灰石はガラス原料の一つであり、そのガラス工場へ石灰石を輸送しているのだから、当然用途はガラス用だとばかり思っていた。それが意外にも、他社への販売用ということである。先入観というのは恐ろしい。A氏と石灰石談義に花を咲かせていると、汽笛が聞こえ、ほどなくお待ちかねの貨物列車がやってきた。

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■重安を発車した石灰石貨物列車。

(続く)

【脚注】

  1. 「安部元首相」とはA氏の弁。道路の着工時期から考えて、安倍晋三元首相のことではなく安部晋太郎のことを指していると思われるので、元首相ではなく正しくは元外相である。
  2. 山元とは、鉱山または鉱山所有者のことである。
  3. 矢橋工業のホキ9500形に、「名古屋形」と呼ばれる飛散防止カバー付の車両が存在するのは、粒度の細かい粉石灰(炭酸カルシウム粉末)を運搬するためである。

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2009年10月 5日 (月)

【くろがね線を読み解く】第40回 ■60DD-4形 (D613)

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■岸壁で待機するD613 2009年

 戸畑地区に導入された60DD-3形に対し、この60DD-4形は八幡地区向けの車両である。運転整備重量は60tで、端梁部に装備した連結器センタリング装置が最大の特徴。写真の車両は2009年現在戸畑地区で活躍しており、岸壁でクレーンと連動しながらタンカー荷役に使用されているものと思われる。

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2009年10月 3日 (土)

★液化塩素輸送の現況★三井化学と4172レ

 鉄道ファン2009年10月号にて、「液化塩素用タンクコンテナUT13C-8000の増備が進むまでの間は、しばらくタキ車も併用される」旨を記載したが、雑誌には写真を載せられていなかったので、こちらでフォローをさせていただく。

1.三井化学専用鉄道

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■工場に引き込まれる塩素を積載した黄タキ(左)と、引き出される空車の黄タキ(右)。三井化学にて (2009年9月)

2009年9月のシルバーウィークの日曜に私が観察した際は、タイムスケジュールは次の通りであった。

  • 7時開門 … 宮浦に留置中の、前日到着して荷役が済んでいないタキ車1両(塩素入り)を工場へ引き込み、荷役が終わった空のタキ車を1両引き出す。
  • 8時過ぎ … 宮浦と仮屋川操の間でJRとの貨車の授受のための列車が運行開始。単機回送含めて2往復。2往復目が宮浦に戻るのが9:50頃。
  • 10時前 … 宮浦に到着した貨車のうち、まず濃硝酸タンクコンテナ車を1両ずつ工場へ引き込んでいく。
  • 11~12時 … 続いてタキ車(塩素入り)を引き込み、空のタキ車を引き出す。(いずれも4両程度?)
  • 14時過ぎ … 荷役の終わった空の濃硝酸タンクコンテナ車を工場から1両ずつ引き出し、昼に引き出し済みのタキ車と連結して編成を組成。
  • 15:25~ … 続いてタキ車1両(塩素入り)を工場へ引き込み、空のタキ車1両を引き出す。
  • 16:30頃? … 作業終了後、閉門。

2.JR鹿児島本線

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■上り列車(4172レ)で北九州タまで輸送される化学貨車。(2009年9月23日、遠賀川~水巻間にて)

 連結順序は北九州タ側から、濃硝酸タンクコキ+塩素タキである。現在三井化学~北九州タ間の海コン輸送が休止中のため、黒崎で濃硝酸コキ車を切り離した後は、黄タキ単独で北九州タへ向かう。

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■濃硝酸貨車を切り離し、身軽になって北九州タへ向かう4172レ。(2009年9月23日、黒崎~八幡間にて)

なお日豊本線側は、これに北九州タ発南延岡行きの塩素タンクコンテナや大分・延岡行きのコキ車を併結することになる。

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2009年10月 1日 (木)

【くろがね線を読み解く】第39回 ■60DD-4形 (D618)

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■八幡地区で活躍する D618   2013年

 60DD-4形は、昭和50年に日本車輌で15両が製造され、八幡地区に配置された60t機。納入後、戸畑地区に転じて活躍する同僚機が多い中、写真のD618は2009年現在でも八幡地区で使用されている。

【参考】

  • 『日車の車輌史』<戦後産業車両 輸出車両編>、鉄道史資料保存会編、日本車輌鉄道同好部、1999年。

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