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2009年10月 6日 (火)

「美祢線赤ホキ終焉」報道の迷走を憂う(2)

 私がこの貨物列車に特に注目するようになったのは、2009年3月のある出来事がきっかけであった。当時私は、セメント業界の直近の動向について、地方議会でどのような意見が交わされているのかを確認するため、議事録検索を行っていた。そしていつもの癖で、鉄道貨物についても何か話題になっていないかと思い、試しに「石灰石」「宇部」などのキーワードで検索してみたところ、美祢線・宇部線を走行する石灰石貨物列車の去就に関する情報を、まったくの偶然で見つけることになったのである。

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■2009年3月時点での宇部線の石灰石貨物列車(東新川~宇部岬)。美祢線内13両編成のホキ車は、厚狭で2両が切り離され、宇部線内では11両編成となる。

 宇部市議会 平成21年3月定例会(第1回)において、河崎運 市議会議員は、宇部の生活交通体系の不備を憂う文脈の中で、次のように述べている。

>現在、宇部線には、JR貨物のセントラル硝子行き、石灰石輸送の貨車が運行しておりますが、車両の老朽化により、ことし10月をもって廃止となることが決定しているそうです。そうなりますと、市内外からの通学客専用の線と化し、民間企業であるJR西日本は、2011年の国体終了後には小野田線とともに宇部線を廃線とする可能性を秘めております。

首都圏では、工業地帯の専用線が廃止になる程度で、議会で取り上げられることはあまりない。しかしせっかくの機会、かねてより美祢線・宇部線の専用線を訪問しようと考えていた矢先の出来事であったし、3月廃止が決まっていた寝台特急「はやぶさ・富士」を山陽本線沿線で撮影したいという気持ちも後押しして、急遽山口へと向かうことにした。

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■重安駅に入線するDD51形ディーゼル機関車単機。背後は太平洋セメント重安鉱業所(龍陽興産)

 厚狭駅前のホテルに泊まった私は、8:35発の美祢線に乗り込み、石灰石の積み込み風景を撮影するため重安駅へと向かった。途中美祢駅で作業員の方々が乗り込んできたが、彼らは重安駅で降りると一目散にホッパーへ向かい、DD51が到着するとすぐに貨車への石灰石積込作業を開始した。

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■重安駅の石灰石積込設備。

 重安駅は、駅北側の線路上を東西に横断するベルトコンベアが象徴的な駅である。ホキ車に石灰石を積み込むために使用されているのは、下段の方である。

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■石灰石積込み中のホキ車。

 ホームでの撮影を終え、重安駅南側にある有名撮影地へ向かうべく駅舎へ近づくと、先程の作業員の方のうちの一人と、背が高くて恰幅のいい私服の男性(見た目50歳代?)が何やら話し込んでいる。男性はカメラを持っていたので、またマニアが情報収集しているのかとも思ったが、どうも様子が少し違う。何を話しているのかは聞こえないが、作業員の方の応対の仕方を見ていると、鉄道マニアの質問に答えているというより、むしろ上司に対して何かを報告するような雰囲気なのである。気になりつつも徒歩で撮影地へ着くと、その男性が既に三脚にカメラをセットしていた。男性に近寄ってまず挨拶をし、こちらは手持ち撮影なので立ち位置を明示したところご快諾いただいたようで、列車が来るまでのあいだに色々お話しすることができた。

 この男性は、厚狭駅で37年間操車係を務めた方(以下、A氏とする)で、JRを定年退職後、美祢線の貨物列車の撮影を続けているのだという。第一印象は強面?のA氏だったが、意外に話好きらしく、石灰石輸送全盛期の思い出話や、美祢線の信号場の話、山陽本線の腹付け線増の逸話、山口県出身の安倍元首相[1]と宇部興産専用道路の意外な関係など、興味の尽きない話題が続いた。そんな中、最も私の興味をそそったのは、発車待ちのホキ車を指差しながらA氏が語った次の一言である。

 「セントラル硝子は、バイセキしちょるけんね」

売石(ばいせき)とは、大雑把に言うと、山元[2]から仕入れた石灰石の性状を変えて他社へ販売することである。需要家の要望に応じて、石を粉砕して粒度を変えるなどの処理は、西濃鉄道乙女坂駅に隣接する矢橋工業などでも行われている[3]。それまでの私の考えでは、そもそも石灰石はガラス原料の一つであり、そのガラス工場へ石灰石を輸送しているのだから、当然用途はガラス用だとばかり思っていた。それが意外にも、他社への販売用ということである。先入観というのは恐ろしい。A氏と石灰石談義に花を咲かせていると、汽笛が聞こえ、ほどなくお待ちかねの貨物列車がやってきた。

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■重安を発車した石灰石貨物列車。

(続く)

【脚注】

  1. 「安部元首相」とはA氏の弁。道路の着工時期から考えて、安倍晋三元首相のことではなく安部晋太郎のことを指していると思われるので、元首相ではなく正しくは元外相である。
  2. 山元とは、鉱山または鉱山所有者のことである。
  3. 矢橋工業のホキ9500形に、「名古屋形」と呼ばれる飛散防止カバー付の車両が存在するのは、粒度の細かい粉石灰(炭酸カルシウム粉末)を運搬するためである。

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 当記事掲載の写真は、すべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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