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2009年11月

2009年11月30日 (月)

【くろがね線を読み解く】第67回■熱塊カバー台車(50番台)

 目次に掲載しているとおり、くろがね線を走行する貨車の紹介は、一通り済んでいる。そこで今回以降は、各種類の貨車ごとに複数存在するマイナーバージョンの解説を試みることにする。資料はほとんどないため、外観から読み取れる特徴の分析が中心になることをご了承いただきたい。

 熱塊カバー台車には、1978年(昭和53年)に日本車輌製造で製作された7両(カタ9701~9707)のほか、後に増備された車両がある。車両の構造や意匠から考えて、おそらく同じメーカーで製作されたものと思われる。増備車の車番(記号番号の下2桁)は、50番から順に付番されているようなので、ここでは便宜上「50番台」と呼称することにする。

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■90t積 熱塊カバー台車(50番台) カタ9756 2009年9月、スペースワールド付近

上の写真は、八幡から戸畑へ向かう列車の機関車次位に連結されていた、増備車の50番台である。同じ列車の数両後ろに連結されていたのが下の0番台で、比較してみると相違点がいろいろ見つかってくる。

Nys_90t_9706
■90t積 熱塊カバー台車(0番台) カタ9706 2009年9月、スペースワールド付近

0番台と50番台は共に魚腹台枠を採用しているが、上段の写真の50番台の方が魚腹の高さが短く、梁の数も多い。おそらくコストダウンのために魚腹の幅や厚み(高さ)を薄くし、それによって不足する強度は、梁の数を増やすことで補ったものと思われる。また台枠本体についても、0番台の場合は台車心皿付近よりも中央寄りは厚み(高さ)が大きくなっているのに対して、50番台は車端部からほぼ面一で同じ厚み(高さ)を保っている。これもコストダウンを狙っての設計変更であろう。

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■90t積 熱塊カバー台車の複式ボギー台車。左が50番台(カタ9756)、右が0番台(カタ9706)。

台車にも特徴がある。0番台と50番台は、どちらも鋳鋼製の4軸複式ボギー台車を備えており、各台車の枕バネはコイル2個で構成されている。しかし、上の写真で比較すると分かるように、0番台よりも50番台のほうが、台車枠の大きさが小さくなっている。50番台は台枠の厚みも小さいので、小型化した台車との間に大きな隙間があいている。

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2009年11月27日 (金)

【くろがね線を読み解く】第66回■貨車の連結順序

 くろがね線の貨物列車を観察していると、貨車の連結順序にはある程度のルールがあるらしいことが分かると、以前の記事で申し上げた。今回はその詳細を報告したい。

◆八幡行・戸畑行いずれの列車でも機関車次位に連結される貨車

 くろがね線を走行する貨車のうち、常に機関車次位(機関車の直後)に連結される車両は、次の通りである。

  • 熱塊カバー台車
  • 薄板状の鉄スクラップを積載の台車

熱塊カバー台車は、高温の半製品を戸畑から八幡へ輸送するための貨車である。積荷が八幡に到着後、圧延工程で再加熱する際のエネルギー効率を高めるためには、輸送途上でできるだけ冷まさずに運ぶ必要がある。

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■八幡へ向かう熱塊カバー台車 2009年9月、スペースワールド付近にて

以前の記事では、戸畑の第一操車場内で八幡行きの列車を仕立てる入換手順について述べたが、熱塊カバー台車は、戸畑の工場から操車場に出てくる貨車の中で、必ず一番最後に到着する。これは、操車場内で留置する時間を極力短くして、積荷の冷却を最小限に抑えるためと思われる。連結位置が機関車次位になるのは、八幡の第二操車場に到着して入れ換える際に、最優先で速やかに目的の工場へ向かえるような連結順序にしておくためと思われる。

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■スラブ輸送等に使用される台車 2009年

また、逆に八幡から戸畑へ向かう薄板状の鉄スクラップ積載台車についても当てはまる。上の写真のような、コイルスキッド(ホットコイルを支える台座)のない台車は、通常はスラブを輸送するために使用される。しかしこの種の台車は時折、下のように八幡から戸畑へ輸送するコイルの切れ端を積載していることがある。

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■戸畑へ向かう鉄スクラップ積載台車。この品目は、機関車次位に連結されることが多いようだ。  2009年

貨車に近寄ってみると高熱を発していることから、これも熱塊カバー台車と同じような事情(輸送途上の冷却防止)で、機関車次位に連結されていると思われるが、どうだろうか。

◆その他の貨車の、連結順序優先順位

 これまでの自分自身の目撃記録や、知人・友人からの情報、ウェブ上の情報、雑誌掲載の写真などから判断すると、貨車の連結順序には、先頭の機関車次位から順に次のような優先順位があるようである。

  • 熱塊カバー台車 > 鉄側車 > 防水フード付台車 > ホットコイル用台車 > スラブ用台車

概して、自重・荷重の大きい車両を先頭の機関車側に連結しているようである。もちろん、上の順番に当てはまらない場合もあるので、当記事のコメント欄で目撃情報をご報告いただけると、更に細かい分析ができるかもしれない。ぜひ情報をいただければと思う。

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2009年11月25日 (水)

【くろがね線を読み解く】第65回■高炉改修期間中の運用は?

 先日、N社Y製鐵所に関して興味深い報道があった。

 記事リンク: http://www.asahi.com/business/update/1122/SEB200911210067.html

以下、asahi.com(2009年11月22日付)より引用

八幡製鉄所第1高炉、解体へ 停止後、再稼動めど立たず

新日本製鉄が八幡製鉄所(北九州市)の戸畑第1高炉を解体することが分かった。1959(昭和34)年に稼働し、98年に停止した後も予備として保存されていたが、再稼働のめどがつかず廃炉を決めた。現在、同製鉄所で唯一操業している第4高炉は数年後に2カ月程度かけて改修する見込みだが、代替の炉がなくなるため、この改修期間中は長年続いた「高炉の火」が消えることになりそうだ。

上記のアサヒコムの記事では、第4高炉改修の時期について明言を避けているが、仮に高炉が停止した場合、くろがね線にはどのような影響があるのだろうか?

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■2009年9月のシルバーウィーク中に運行されていた、くろがね線の貨物列車。
 戸畑の熱延工程が止まっているためか、上のように熱塊カバー台車
 の運行が中心で、ホットコイルや冷延コイルの輸送はほとんど行われなかった。

 くろがね線は、以前の記事で述べた通り、戸畑で生産した半製品・製品を八幡へ運び、逆に八幡で発生した鉄スクラップ等の副原料を戸畑へ運ぶための路線である。

まず、高炉が停止した場合、当然転炉も停止するので、溶銑輸送は完全にストップすることになる。戸畑の圧延工程が停止すれば、熱延コイル・冷延コイルの生産が停止するので、これらを八幡へ輸送する必要も無くなる。このため、単純に考えれば、高炉停止期間中にくろがね線を運行する必要はないかもしれない。しかし、高炉停止に先駆けて戸畑地区で粗鋼(半製品)のつくりだめがなされるならば、高炉停止期間中もくろがね線での輸送は続く可能性がある。

アサヒコムの記事の後半部分には次のような記述がある。

解体作業は今夏から始めており、11年度前半までに更地にする。八幡の総務部は「屋外設備の腐食や劣化が進み、安全性も考えて解体を決めた。第4高炉の改修時は、スラブ(鉄の半製品)などを他の製鉄所から運んでくることになる」と説明している。跡地の利用方法は未定という。

鉄鋼製品の物性・組成は、溶鋼の成分調整を行う転炉で決まる。このため、仮に上のアサヒコムの記事に書かれているように他の製鉄所(の転炉)で生産された粗鋼をもってきても、高級品・特注品に特化したY製鉄所で求められる品質には合致しないのではないだろうか。どちらかというと、高炉が止まる前に、Y製鉄所で作りだめして保管しておく方が現実的ではなかろうかと思う。

さて、鉄道マニアの視点でこの報道を見ると、機関車のイレギュラー運用に興味が沸くところである。高炉停止期間中は溶銑輸送が停止するため、専用線や専用鉄道を使用する他の工場が休転[1]時に行うように、高炉付近で使用されている機関車や貨車の一斉点検・修理に着手する可能性もある。そうなれば、普段は絶対に目にすることが出来ないトーピードカー輸送専用の機関車がくろがね線を回送されるシーンを見ることが出来るかもしれない。

高炉停止は数年先になるようだが、はたしてどうなるか。

【脚注】

  1. 製造業で、工場が設備点検等のため一定期間操業を休止すること。業界毎にある程度時期が決まっているが、詳細を掲載するのは控えておく。経験的には上半期のどこかで実施されることが多い。無論、事業計画変更に伴う設備改修などイレギュラーなものについては、この限りではない。

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2009年11月24日 (火)

【くろがね線を読み解く】第64回■60ED形(E605)

 60ED形電気機関車 E605 は、戦後になってはじめて増備された機関車である。電機部分は三菱電機で、機械部分は中日本重工三原製作所[1]で担当した。

 車体は、くろがね線の電気機関車では初めて箱型となり(従前のものはすべて凸型)、前後端面にデッキが設けられ、国鉄EF15形電気機関車のような風貌になった。側面の明かり窓は、両端の運転室側面に各1個、機器室側面に合計6個設けられている。集電装置は2基搭載したが、常時片側のパンタグラフのみを使用していた。機器類は後述する私鉄向けの同型車同様、車体中央に配し(両廊下式)、主抵抗器室を2つ備える。制御装置は電磁空気単位スイッチ式である。

本機関車の記号番号は登場からE605で変わっていない。

  • 製造所:  中日本重工 (電気部分は三菱電機)
  • 製造年月: 1954年(昭和29年)4月
  •  (1954年6月使用開始)
  • 製造番号: 454
  • 運転整備重量: 63.3t
  • 車軸配置: B-B
  • 最大長:  13,800mm
  • 最大幅:  2,735mm
  • 最大高:  4,006mm
  • 動輪径: 1,250mm
  • 主電動機出力: 200kW×4個 (端子電圧300V)
  • 歯車比:  82:16
  • 引張力: 15,825kg
  • 定格速度: 27km/h
  • 使用電圧: 直流600V
  • 制動装置: 空気ブレーキ、発電ブレーキ、手ブレーキ

●私鉄・専用線の同系機

Kde32_200911     K701_200908_2

■塩浜検修庫の入換機、元・近鉄デ31形32 2009年11月  ■神戸電鉄700形701 2009年8月、鈴蘭台

 くろがね線のE605は、三菱が戦後私鉄向けに製作していた標準型機関車を大型化したもので、同系機には近鉄に納入された40t機、大井川鉄道や神戸電鉄に納入された45t機などがある。

近畿日本鉄道デ31形は、1948年(昭和23年)製の40t機で、同型車の中では車体が最も小柄である。側面の明かり窓も4個しかない。パンタグラフは新製時より1基のみ搭載する。大垣検車区所属で養老線の貨物列車牽引に充当されていたが、デ32は1960年(昭和35年)に標準軌に改軌されて名古屋線に転じ、保線や車両輸送等に使用されていた。1983年(昭和58年)に廃車になり車籍を失ったが、2009年現在でも塩浜にある車両検査修繕施設内で入換機として使用されている。

1949年(昭和24年)製の大井川鉄道E10形(E101~102)は、同鉄道の電化にあわせて新製された45t機である。側面の明かり窓は5個、パンタグラフは2基搭載する。2009年現在、主にSL急行の補機として活躍している。

同年製の神戸電鉄700形(701)は、同じ45t機の大井川鉄道E101、102と共通の車体を持ちながら、急勾配に備えて電磁吸着ブレーキを装備しているのが特徴である。パンタグラフは2基搭載していたが、1基は撤去されている。新製時はED2000形2001と称し、ダム工事用の工事列車牽引機として活躍していた。1990年8月に700形に改称され、2009年現在ではバラスト輸送など工事列車の牽引機として活躍している。

【脚注】

  1. 本機関車の製作時、三菱重工の車両製造部門は中日本重工(三原)として分割されていた。

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1984年7月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄所 専用鉄道の機関車」、『鉄道ファン』、交友社、1967年7月。
  • 『世界の鉄道’69』、朝日新聞社、1968年10月。
  • 寺田 裕一『私鉄機関車30年』、JTBキャンブックス、2005年12月初版。

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2009年11月19日 (木)

【くろがね線を読み解く】第63回■60ED形(E604)

 E603に続き、戦時中の輸送力増強用として川崎車輌で製作されたのが、60ED形電気機関車 E604である。車体はE603に準じた凸型だが、曲線や曲面で構成されていた車体デザインはすべて直線・平面でまとめられ、キャブ周りもシルヘッダーがむき出しになっているなど、戦時設計だけあって各部が簡略化されている。登場時の記号番号はE603で、後年になり改番された。私鉄に同型車は存在しないが、満鉄の撫順炭鉱専用鉄道向けの85t機が同系機といえる。

  • 製造所:  川崎車輌
  • 製造年月: 1942年(昭和17年)3月
  •  (1942年5月使用開始)

  • 製造番号: 108
  • 運転整備重量: 65.9t
  • 車軸配置: B-B
  • 最大長:  13,200mm
  • 最大幅:  2,720mm
  • 最大高:  4,125mm
  • 動輪径: 1,250mm
  • 主電動機出力: 187kW(250PS)×4個 (端子電圧300V)
  • 歯車比:  81:17
  • 引張力: 15,000kg
  • 定格速度: 24km/h
  • 使用電圧: 直流600V
  • 制動装置: 空気ブレーキ、発電ブレーキ、手ブレーキ

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1984年7月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 『世界の鉄道’69』、朝日新聞社、1968年10月。

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2009年11月17日 (火)

【くろがね線を読み解く】第62回■60ED形(E603)

 戦前の輸送量増大に伴い、日本車輌製造によってくろがね線向けに製作されたのが、60ED形電気機関車 E603である。電気部分は東洋電機の製作。車体は凸型だが、長いボンネットと大きなキャブは、スイスのクロコダイル風である。国鉄にたとえるなら、車体をEF58形の発生品に乗せかえる前のEF13形に近い。また、レール面から台枠上面までの高さは1,550mmに達し、巨大な動輪とあいまって腰高な印象を受ける。本機関車は、関門トンネルが開通して国鉄EF10形が運行されるようになるまで、九州最大の電気機関車であった。

 前後ボンネット内には、抵抗器とこれを冷却するための送風機、コンプレッサーが点対称に配置されている。キャブ内は、2・3位側に運転席、1・4位側に手ブレーキが配置され、中央部には現代の主制御器に相当する各種スイッチ類が並べられている。登場時の記号番号はE602で、後年になり改番された。

  • 製造所:  日本車輌製造 (電気部分は東洋電機)
  • 製造年月: 1936年(昭和11年)3月
  •  (1936年4月使用開始)

  • 運転整備重量: 60t
  • 車軸配置: B-B
  • 最大長:  13,266mm
  • 最大幅:  2,740mm
  • 最大高:  4,035mm
  • 動輪径: 1,250mm
  • 主電動機出力: 187kW(250PS)×4個 (端子電圧300V)
  • 歯車比:  76:17
  • 引張力: 15,000kg
  • 定格速度: 24km/h
  • 使用電圧: 直流600V
  • 制動装置: 空気ブレーキ(ウェスチングハウス製)、発電ブレーキ(非常用)、手ブレーキ

●私鉄・専用線の同系機

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■東急電鉄長津田工場の入換機、ED301 2009年6月

 1944年(昭和19年)、日本車輌は東洋電機と組み、くろがね線のE603をベースに40t電気機関車2両を製作した。一つは、近畿日本鉄道デ25、もう一つは豊川鉄道54である。後者は、納入時に豊川鉄道が国有化されていた(現:飯田線)ため、国鉄ED301となり、その後ED2511に改番された。1963年に廃車になると、同年5月に伊豆急行に払い下げられ、貨物輸送や工事列車の牽引機として活躍した。1994年10月6日付で廃車となって以降は、車籍のない機械扱いで東急電鉄に譲渡され、長津田工場の入換機として細々と活躍していたが、2009年6月、解体された。

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1984年7月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 『世界の鉄道’69』、朝日新聞社、1968年10月。
  • 寺田 裕一『私鉄機関車30年』、JTBキャンブックス、2005年12月初版。
  • 『日車の車輌史』<戦前産業車両・旧外地鉄道編>、鉄道史資料保存会編、日本車輌鉄道同好部、1997年。

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2009年11月16日 (月)

【くろがね線を読み解く】第61回■60ED形(E602)

 60ED形電気機関車 E602は、E601と共に1930年のくろがね線開業時から使用されていた電気機関車である。東芝製のE601とは異なりこちらは三菱製で、電機部分は三菱電機、機械部分は三菱造船所で製作された。

 基本設計は、同時期に三菱が製作していた私鉄向けの車両と同様、ウェスチングハウス社製電気機関車の流れを汲んでおり、凸型の車体形態や機器配置も同社製の機関車と同等である。乗務員用扉も運転台横の前面(1・4位側)に設けられている。ただし、60t機のため全長は長く大型で、車体側面の明かり窓は4つ、中央部にルーバーを備える。車軸配置はD形(B-B)で、台車は鋼板切抜き形の棒台枠、動輪径はE601より大きくなっている。登場時の記号番号はE601で、後年になり改番されている。

  • 製造所:  三菱造船所 (電機部分は三菱電機)
  • 製造年月: 1929年(昭和4年)3月 (1930年6月使用開始)
  • 製造番号: 30
  • 運転整備重量: 60t
  • 車軸配置: B-B
  • 最大長:  12,266mm
  • 最大幅:  2,600mm
  • 最大高:  4,122mm
  • 動輪径:  1,250mm
  • 主電動機出力:168kW(225PS)×4個 (端子電圧225V)
  • 歯車比:  80:18
  • 引張力:  15,000kg
  • 定格速度: 24km/h
  • 使用電圧: 直流600V
  • 制動装置: 空気ブレーキ、発電ブレーキ、手ブレーキ

 この機関車も、運行開始時はねじ式連結器とバッファーを採用していたが、のちに自動連結器に改造されている。

●私鉄・専用線の同系機

 三菱造船と三菱電機により同時期に製作された同型の電気機関車には、1927年(昭和2年)製の伊那電鉄デキ10(のちの岳南鉄道ED321)や、1927~29年製の三河鉄道10形12~14(のちの名古屋鉄道デキ303~305)、一畑電気鉄道1(現:名古屋鉄道デキ306)、大阪鉄道1001~1004(のちの近畿日本鉄道61~64)がある。これらの機関車の設計をほぼそのまま、車体と出力を大型化したのがE602である。

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■秩父鉄道デキ1形1 2009年5月、三峰口

上に挙げた私鉄機[1]はいずれも小型の30tクラスの機関車なので、同型とはいえ60t機のE602とはボンネット形状も異なっている。むしろ、オリジナルのウェスチングハウス機である秩父鉄道デキ1の方が、実車のイメージには近い。

【脚注】

  1. これらの機関車のうち今でも現役なのは、名古屋鉄道デキ303・305・306の3両のみである。

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1984年7月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 牧原 弘・秦野 泰樹「専用線の電気機関車〈下〉」、『レイルマガジン』、企画室ネコ、1987年3月。
  • 『世界の鉄道’69』、朝日新聞社、1968年10月。
  • 寺田 裕一『私鉄機関車30年』、JTBキャンブックス、2005年12月初版。

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2009年11月14日 (土)

【くろがね線を読み解く】第60回■60ED形(E601)

 『くろがね線を読み解く』シリーズも、ついに連載60回を迎えた。記念に、というわけではないが、60という数字に纏わるこの機関車を取り上げることにする。

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東田第一高炉史跡広場に保存・展示されているE601。ボンネット上の箱は現役時代には無かったもの。 2010年8月

 1930年に開業したくろがね線は、18パーミルの連続勾配を擁し、途中に長さ1.2kmのトンネルがあることから、開業当初より電気運転が実施されることになった。このために、車両メーカーの汽車会社が、電機メーカーの芝浦製作所と組んで製作したのが、60ED形電気機関車 E601である。名前の通り運転整備重量は60tで、車軸配置はD形(B-B)である。登場時の記号番号はE600で、後年になり改番されている。

  • 製造所:  汽車会社 (電機部分は芝浦製作所、のちの東芝)
  • 製造年月: 1929年(昭和4年)3月
             (1930年6月使用開始)
  • 運転整備重量: 60t
  • 車軸配置: B-B
  • 最大長:  11,850mm
  • 最大幅:  2,600mm
  • 最大高:  4,110mm
  • 動輪径: 1,090mm
  • 主電動機出力: 149kW(200PS)×4個 (端子電圧300V)
  • 歯車比:  84:17
  • 引張力:  15,000kg
  • 定格速度: 24km/h
  • 使用電圧: 直流600V
  • 制動装置: 空気ブレーキ、発電ブレーキ、手ブレーキ

Y製鐵所の車両は、運行開始時はねじ式連結器とバッファーを採用していた。このため、1930年に運行開始したくろがね線の機関車も、開業時から運行されているE601とE602の2両はバッファーを備えていた。連結器は、のちに自動連結器に改造された。

●私鉄・専用線の同系機

 東芝が汽車会社と組んでくろがね線向けに開発した機関車は、その後私鉄向けに量産されることになる。私鉄の貨物輸送では、くろがね線の機関車ほどの重量・牽引力は要求されないため、車体を小型化・軽軸重化した車両、いわゆる「東芝戦時型」と呼ばれるシリーズが開発されることになった。この機関車は好評で、海南島の日本窒素専用鉄道向け発注品の引き取り分も含めて、全国の私鉄に同系機が多数納入された。

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■M社専用鉄道の45t機No18。東芝戦時型40t機のルーツと言える存在。  2009年3月、宮浦

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■名古屋鉄道デキ600形603。名鉄に現存する東芝戦時型4両のうちの1両。  2010年11月15日、大江

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■伊豆箱根鉄道ED31形32号機。  2009年1月、三島

 2009年1月現在でも現役で活躍中の車両は、大牟田のM社専用鉄道(元・三井三池鉄道)の45t機No18・19と、名古屋鉄道デキ600形601~604、それに伊豆箱根鉄道ED31形32・33である。私鉄の車両はいずれも40t機である。

M社専用鉄道の45t機と名鉄のデキ600形は、登場時から現在まで同じ台車(板台枠+軸バネは重ね板バネ)を履いており、このタイプの機関車の原形を留めている。伊豆箱根鉄道のED31形は、西武鉄道所属時代から電車用の台車を履いており、足回りに面影はない

※西武31形として使用されていた電気機関車はこれまでに4両あり、このうち東芝によって製造された2両=初代31形33号と32号が、それぞれ現在の伊豆箱根鉄道ED31形32号と33号である。西武鉄道が自社工場で模倣製作した二代目のED31形32号は、のちに東芝製の31号と番号を交換して31号とされ、その後越後交通へ譲渡されED310形311号となっている。いっぽう31→32へと改番された東芝製32号は、遠州鉄道に譲渡されてED21形212号となっている。来歴がややこしいため、出版物の中にも混乱や誤りが見受けられるので注意が必要である。

このシリーズは、どの車両も同じ意匠で製作されているものの、納入先毎にいくつか寸法の異なるマイナーバージョンが存在する。例えばM社の45t機は、全長が12,050mmとなっており、標準的な40t機の全長11,050mmより1m長い。いっぽう車体幅は2,450mmで、ED31形の2,940mmやデキ600形の2,865mmよりも短い。これは、M社の車両が地方鉄道の車両限界にあわせて設計されているためであろう。車体幅の違いはおそらく上の写真でも判断いただけるものと思う。

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1984年7月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 牧原 弘・秦野 泰樹「専用線の電気機関車〈下〉」、『レイルマガジン』、企画室ネコ、1987年3月。
  • 『世界の鉄道’69』、朝日新聞社、1968年10月。
  • 寺田 裕一『私鉄機関車30年』、JTBキャンブックス、2005年12月初版。

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    2009年11月12日 (木)

    ★祝★15000アクセス突破!! EF81 81+ロングレールチキ13連

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    ■工9862列車。EF81 81がロングレール輸送用チキ13車を牽引。 2009年11月7日、南流山-馬橋

     JR東日本管内各地へ向かうレール輸送の工事用臨時列車(工臨)は、首都圏の場合、越中島貨物駅のレールセンターから発送されるものがほとんどです。運転は不定期ですが、沿線で観察していると、月・水・金曜日、とりわけ水曜日の運行頻度が高いように思われます。レール取り卸しのスケジュールにもよりますが、ロングレール輸送列車の場合、越中島を出た列車は、3日後に越中島に戻ることが多いようです。つまり、水曜に出た列車は土曜に戻ってくるので、平日に休みの取りにくい我々サラリーマンでも容易に撮影することが出来る、というわけです。

    先日運転されたロングレール輸送列車の牽引機には、元お召し指定機であるEF81形81号機が充当されていたので、撮影することに。場所は、大学入学まで18年間住んでいた馬橋。この場所は午前中に側面に光があたりませんが、チキ車には側面などあってないようなものなので、気にならないレベルです。

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    2009年11月11日 (水)

    【くろがね線を読み解く】第59回■後部補機の役割

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    ■新中原で黒煙を吐きながら力行する緩急車。 2009年9月

     先般の記事で説明した通り、くろがね線を走行する貨車のほとんどは貫通ブレーキを装備していないため、編成の最後部には緩急車として補助機関車が連結されている。この運用形態について、近年の鉄道趣味誌の記事やサイト上では「ブレーキ用」という説明が多い。しかしながら、実際に列車が走行している様子を観察してみると、上り勾配では後部の機関車もエンジン音を轟かせ、真っ黒い煙を吐きながら力行しているのが確認できる。このことから、単にブレーキをかけるための運用ではなさそうである。

     炭滓線(くろがね線の旧名称)の貨物列車は、1930年の運行開始当初から電気機関車により牽引されていたが、編成最後部に緩急車の連結が行われるようになったのは、実は戦後になってからである。1949年(昭和24年)頃から連結されるようになった最初の緩急車は、蒸気機関車であった。といっても、石炭を燃やさず蒸気圧のみで稼動する「無火」機関車[1]である。緩急車連結の当初の目的は、貫通ブレーキのない貨車が勾配区間で分離逆行するのを防止するためであった。単に制動力を得たいだけではなく、どちらかというと保安上の理由が大きかったように思われる。緩急車がDL化されたのは1963年(昭和38年)5月からで、下に示した参考文献の記述によれば、当初から「天候状態により電気機関車の粘着が不足した場合は補機の役目も果たしていた」。

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    ■後部補機の運転台側窓からは、黄色いヘルメットに黄緑色の服を着た運転士の姿が見える。 2009年9月

     2009年現在、後部補機の力行が見られる場所は、主に上り勾配区間である。八幡行の列車であれば、第一操車場を出て南下する新中原の掘割直線区間、戸畑行の列車であれば、第二操車場を出るところ(スペースワールド駅付近)や、宮田山トンネルの入口付近である。緩急車のブレーキは、先頭の電気機関車から無線で制御できるが、力行もするので、現在では後部の緩急車にも運転士が乗務している

    【脚注】

    1. 無火機関車とは、運行開始前にあらかじめ送り込まれた熱水と圧縮蒸気の力で稼動する蒸気機関車。ボイラーを持たないため、工場の火気厳禁区域などで使用されていた。機関車の稼動と共に蒸気が大気中に放出されると、それに伴って内部の蒸気圧は下がるが、同時に沸点も下がるので、再び水が沸騰して蒸気圧が上がる、というなんとも巧妙な仕組みである。このため、意外と長く走行できるそうである。

    【参考】

    • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
    • 松尾 輝夫「八幡製鉄所 専用鉄道の機関車」、『鉄道ファン』、交友社、1967年7月。

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    2009年11月 9日 (月)

    【くろがね線を読み解く】第58回■重連単機の入換

     くろがね線の貨物列車は、以前機関車運用の記事で紹介したとおり、通常は85ED-1形電気機関車1両と70DD-3形ディーゼル機関車1両のプッシュプルにより運行されている。しかし時として、変わったパターンに遭遇することがある。例えば、貨車の編成が短い場合に、プッシュプルではなく70DD-3形1両で牽引するパターンや、70DD-3形2両によるプッシュプルなどがある。今回紹介するのは、貨車を伴わず重連単機で運行されるパターンである。

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    ■第一操車場に重連単機で到着した、くろがね線の機関車 E8502 と D705。 2009年3月

     Y製鐵所の機関車の車庫は戸畑・八幡両地区にそれぞれ存在するが、以前記事で紹介したとおり、くろがね線の機関車は八幡の所属であるため、八幡の機関区を基点に運行されることになる。始発の貨物列車が八幡地区発の場合は、出庫後すぐに第二操車場で貨車を連結し、戸畑に向けて出発することになるが、始発が戸畑地区発の場合は、八幡の機関区から戸畑の第一操車場まで機関車を回送しなければならない。それが上の重連単機、というわけである。

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    ■第一操車場で回行線を機回し中の、E8502。

    本務機の入換手順は、以前紹介したとおりである。2009年3月は、ワニの絵が描かれたE8501がちょうど全般検査中で運用から外れており、写真のように標準塗装のE8502が本務機として活躍していた。これはこれで珍しいのかもしれない。

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    ■発送七番線へ入線し貨車を連結する、E8502。後部には補機のD705が既に連結済み。

    重連単機の場合に異なるのは、後部補機の入換手順である。以前紹介した通常の手順とは異なり、本務機との間に貨車がないため、八幡側に引き上げる必要がなく、本務機の後を追ってそのまま工場側へ引き上げる。本務機が回行線を走行して貨車の先頭に回りこんでいる間に、さっさと発送線の貨車に連結してしまう。

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    ■第一操車場を発車する貨物列車。 2009年3月

    私見では、E8501のスペースワールドのキャラクター塗装よりこちらの標準塗装の方が産業機関車らしい気がする。ただE8501と8502は装備面に違いがあるため、交互使用というわけにはいかず、E8501に問題が生じない限りE8502の出る幕はなさそうである。

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    2009年11月 7日 (土)

    【くろがね線を読み解く】第57回■一操での構内機入換

     工場から第一操車場に貨車を引き出す作業の手順には何通りかあるようだが、まずは単純なパターンから紹介することにする。くろがね線の貨物列車は、たいていの場合、2~3種類の貨車から組成されており、1種類あたりの両数は3~6両程度である。貨車の種類の違いは積荷の違いによるものなので、種類の違う貨車は、当然発車する工場も異なるということになる。したがって各編成はそれぞれ異なるタイミングで第一操車場に到着する。

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     上図は、工場からスラブ用台車(グレーの貨車編成)がヤードまで引き出され、機関車が単機で戻っていく様子をあらわしたものである。図では機関車が牽引してきたように描いているが、実際には推進で現れることもある。

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    次は、工場から防水フード付台車(黄色い貨車編成)がヤードまで引き出され、機関車が単機で戻っていく様子をあらわしたものである。実際の様子が下の写真で、貨物列車は発送七番線に入線しようとしている。

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    くろがね線の貨車の連結順序を観察していると、まったくの無秩序というわけではなく、ある程度ルールがあるように思われる。また、必ず機関車次位に連結される種類の貨車があることも確認できている。このため、入換の手順も、こういったルールに制約されることになる。(詳細は追って取り上げる予定)

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     上図は、工場側から機関車が単機でやってきて、発送九番線のスラブ用台車を連結する場面である。連結が終わると、発送七番線に留置中の貨車に連結するため、一旦工場側に引き上げる。その様子が下の写真である。

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    引き上げると、下図の通り、今度は推進で発送七番線に入線し、防水フード付台車に連結する。

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    このように編成が組成される頃、八幡側からくろがね線の列車が到着し、本務機の入換後部補機の入換が始まる。

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    2009年11月 5日 (木)

    【くろがね線を読み解く】第56回■一操での後部補機入換

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    ■第一操車場における、くろがね線後部補機の入換手順。

     第一操車場の到着線(上図では到着三番線)に貨物列車が入線すると、後部補機の70DD-3形は、貨車を解放したのち、機回しのために一旦八幡側の本線上へ引き上げ、スイッチバックして空いている発送線(上図では発送六番線)を走行する。工場方向へ進んだ後、再びスイッチバックして発送線(上図では発送七番線)に入線し、留置されている貨車と連結する。

    後部補機入換の特徴は二つあり、一つは機回しに回行線を使用しないという点、もう一つは工場側に引き上げないという点である。図では説明のために、本務機と後部補機の機回しをそれぞれ分けて描いているが、実際には時間短縮のため、後部補機の入換は前回説明した本務機のそれと同時に行われる。このため、本務機が通過する回行線を空けておく必要があるのである。

    工場側に引き上げず、八幡側に引き上げるのは、工場からやってきた構内用機関車が操車場内で入換を行う際の導線を塞がないためであろう。現在のくろがね線で最も過密な運用が行われる場合、発送は最短でおよそ1時間ヘッドになり、到着から発送までの十数分間は、操車場内で3~4台の機関車が同時に動き回ることになる。もしも後部補機が工場側の渡り線を経由して機回しをすれば、入換作業の効率は著しく低下するであろう。

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    ■発送六番線を機回し中のD704と、到着三番線の貨車を受け取りに行くD622のすれ違い。
     写真の通り、くろがね線の
    後部補機の運転手は機関車のデッキに出て、肩から下げたリモコンで機関車を制御する

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    ■貨車の入換と機回しが同時に行われ、普段は静かな第一操車場が急に騒々しくなる。

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    ■一操信号所まで引き上げた状態。この状態でも工場と到着線を結ぶ線路は空いていて、貨車の入換に必要な導線は確保されている。

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    2009年11月 4日 (水)

    【くろがね線を読み解く】第55回■一操での本務機入換

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    ■第一操車場における、くろがね線本務機の入換手順。

     第一操車場に到着する貨物列車の多くは、85ED-1形電気機関車と、70DD-3形ディーゼル機関車のプッシュプルで運ばれてくる。到着線(上の構内配線図では到着三番線)に貨物列車が入線すると、本務機となる85ED-1形は、運転台からの操作で貨車を自動的に解放する。身軽になった機関車は、一旦工場側へ引き上げ、スイッチバックして回行線を走行する。いわゆる「機回し」である。八幡側まで進んだ後、再びスイッチバックして発送線(上図では発送七番線)に入線し、留置されている貨車と連結する。

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    ■回行線に入り、機回しをはじめたE8501。進行方向側(左側)の旋回灯が点灯している。工場側の一操信号所付近にて。

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    ■回行線を走行中のE8501。発送七番線に停車中のD628を追い越す。

    Nyt_1styard_e8501sw_end
    ■再びスイッチバックし、発送七番線に入線するE8501。右の貨車と連結するところ。

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    2009年11月 3日 (火)

    【くろがね線を読み解く】第54回■15t積 有蓋車

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    ■15t積 有蓋車 テヤ5508  2009年6月

     Y製鉄所で使用されていた、荷重15tの有蓋車。車体側面に印された記号番号「テヤ」の「テ」は15t積を、「ヤ」は有蓋車をあらわす。この車両は、スペースワールド付近でご覧になった方も多いことと思う。工事用車両と聞いたことがあるが、実のところ私はこの貨車について未だにはっきりとした用途が分からない。

    もともとの構造自体は取り立てて特徴のない車両で、屋根は丸屋根、中央にスライド式の一枚扉を備える。扉の左側や妻面にある窓は、後年になって取り付けられたものであろう。屋根上には、これまた後年の改造により河童の頭の皿のような巨大なランボードが取り付けられ、ケーブルらしきものが隣の車両の屋根に向かって伸びている。

     この車両の注目すべきポイントは、端梁部である。妻面の自動連結器のすぐ左側に、小さい穴が空いているのがお分かりいただけるだろうか。ここでピンと来る方、おそらくご想像の通りである。この穴は、Y製鐵所構内鉄道の車両が、まだ自動連結器ではなくねじ式連結器だった時代に、バッファーが取り付けられていた名残である[1]

    日本の鉄道は、米国から技術を導入した北海道を除き、連結器には基本的にねじ式を採用していた[2]。これは、技術供与を受けた英国(九州の場合はドイツ)の方式に倣ったものである。国鉄は、輸送力の増強や運用の煩雑さ軽減のため、1925年7月17日(九州は7月20日)に、全車両の連結器を自動連結器へ一斉に取替えた。くろがね線が開業したのはこれより後の1930年だが、その連結器は開業当初ねじ式であった。これは、1901年から運行されていたY製鐵所構内鉄道の車両と互換性を保つためである。これらはのちに自動連結器に改造されることになるが、古い貨車の中にはいまでもこのようにレガシーの名残を見出だすことが出来る。

    このような視点であらためてこの車両を観察してみると、車体のシル・ヘッダーをはじめ、スポーク車輪・板バネ懸架方法もシュー式であるなど、いかにもレトロな雰囲気を漂わせている。実は東田高炉広場に保存・展示しても良いくらいの古典車両ではないだろうか。

     なお隣の車両の記号番号は「ヨタ」となっており、30t積台車であることまでは分かるが、ほぼ常に70DD-3形の予備車の向こう側に隠れているため、車体の全容を確認するのは難しい。

    【脚注】

    1. このようなバッファー取り付け跡は、国鉄オハ61系・いわゆる鋼体化客車の一部にも存在していた。鋼体化の際に台枠を提供した車両の中には、過去にねじ式連結器から自動連結器へ改造されたものが含まれており、バッファー取り付け跡の穴が埋められずに残っているものもあった。
    2. 北海道の炭鉱鉄道の連結器は当初ピン・リンク式であったが、米国に倣い早くから自動連結器化が進められていた。

    【参考】

    • 鉄道ピクトリアル編集部「自動連結器の基本構造と自連化の成果」『鉄道ピクトリアル』、1975年7月号。
    • 本多 茂「自動連結器一斉取替の背景と実態」『鉄道ピクトリアル』、1975年7月号。

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    2009年11月 1日 (日)

    【くろがね線を読み解く】第53回■第一操車場(2)

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    ■北東の駐車場側からみた第一操車場。 2009年3月

     先日とりあげた第一操車場の着発線にはそれぞれ役割があり、固有の名称が付与されている。上の写真は北東側の駐車場から眺めたもので、平面図は以下の通りである。

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    ■第一操車場構内配線図 (現地観察記録より作図)

     上図は、第一操車場の配線を模式的に表現したものである。現地で様々な角度から配線を観察したうえで作図している。実線は線路を、破線は廃線跡をあらわしている。基本的には、実際の線路の構成を忠実に再現しているはずだが、くろがね線本線や日明本線などの廃線跡の配線については、資料がないので簡略化している。また、有効長などのスケールは必ずしも忠実ではないので、あらかじめご了承いただきたい。

     今後、機関車や貨車の入換手順などは、この図をベースに説明していきたい。

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