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2009年11月11日 (水)

【くろがね線を読み解く】第59回■後部補機の役割

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■新中原で黒煙を吐きながら力行する緩急車。 2009年9月

 先般の記事で説明した通り、くろがね線を走行する貨車のほとんどは貫通ブレーキを装備していないため、編成の最後部には緩急車として補助機関車が連結されている。この運用形態について、近年の鉄道趣味誌の記事やサイト上では「ブレーキ用」という説明が多い。しかしながら、実際に列車が走行している様子を観察してみると、上り勾配では後部の機関車もエンジン音を轟かせ、真っ黒い煙を吐きながら力行しているのが確認できる。このことから、単にブレーキをかけるための運用ではなさそうである。

 炭滓線(くろがね線の旧名称)の貨物列車は、1930年の運行開始当初から電気機関車により牽引されていたが、編成最後部に緩急車の連結が行われるようになったのは、実は戦後になってからである。1949年(昭和24年)頃から連結されるようになった最初の緩急車は、蒸気機関車であった。といっても、石炭を燃やさず蒸気圧のみで稼動する「無火」機関車[1]である。緩急車連結の当初の目的は、貫通ブレーキのない貨車が勾配区間で分離逆行するのを防止するためであった。単に制動力を得たいだけではなく、どちらかというと保安上の理由が大きかったように思われる。緩急車がDL化されたのは1963年(昭和38年)5月からで、下に示した参考文献の記述によれば、当初から「天候状態により電気機関車の粘着が不足した場合は補機の役目も果たしていた」。

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■後部補機の運転台側窓からは、黄色いヘルメットに黄緑色の服を着た運転士の姿が見える。 2009年9月

 2009年現在、後部補機の力行が見られる場所は、主に上り勾配区間である。八幡行の列車であれば、第一操車場を出て南下する新中原の掘割直線区間、戸畑行の列車であれば、第二操車場を出るところ(スペースワールド駅付近)や、宮田山トンネルの入口付近である。緩急車のブレーキは、先頭の電気機関車から無線で制御できるが、力行もするので、現在では後部の緩急車にも運転士が乗務している

【脚注】

  1. 無火機関車とは、運行開始前にあらかじめ送り込まれた熱水と圧縮蒸気の力で稼動する蒸気機関車。ボイラーを持たないため、工場の火気厳禁区域などで使用されていた。機関車の稼動と共に蒸気が大気中に放出されると、それに伴って内部の蒸気圧は下がるが、同時に沸点も下がるので、再び水が沸騰して蒸気圧が上がる、というなんとも巧妙な仕組みである。このため、意外と長く走行できるそうである。

【参考】

  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄所 専用鉄道の機関車」、『鉄道ファン』、交友社、1967年7月。

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