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2009年11月 3日 (火)

【くろがね線を読み解く】第54回■15t積 有蓋車

Nyy_15t_teya5508
■15t積 有蓋車 テヤ5508  2009年6月

 Y製鉄所で使用されていた、荷重15tの有蓋車。車体側面に印された記号番号「テヤ」の「テ」は15t積を、「ヤ」は有蓋車をあらわす。この車両は、スペースワールド付近でご覧になった方も多いことと思う。工事用車両と聞いたことがあるが、実のところ私はこの貨車について未だにはっきりとした用途が分からない。

もともとの構造自体は取り立てて特徴のない車両で、屋根は丸屋根、中央にスライド式の一枚扉を備える。扉の左側や妻面にある窓は、後年になって取り付けられたものであろう。屋根上には、これまた後年の改造により河童の頭の皿のような巨大なランボードが取り付けられ、ケーブルらしきものが隣の車両の屋根に向かって伸びている。

 この車両の注目すべきポイントは、端梁部である。妻面の自動連結器のすぐ左側に、小さい穴が空いているのがお分かりいただけるだろうか。ここでピンと来る方、おそらくご想像の通りである。この穴は、Y製鐵所構内鉄道の車両が、まだ自動連結器ではなくねじ式連結器だった時代に、バッファーが取り付けられていた名残である[1]

日本の鉄道は、米国から技術を導入した北海道を除き、連結器には基本的にねじ式を採用していた[2]。これは、技術供与を受けた英国(九州の場合はドイツ)の方式に倣ったものである。国鉄は、輸送力の増強や運用の煩雑さ軽減のため、1925年7月17日(九州は7月20日)に、全車両の連結器を自動連結器へ一斉に取替えた。くろがね線が開業したのはこれより後の1930年だが、その連結器は開業当初ねじ式であった。これは、1901年から運行されていたY製鐵所構内鉄道の車両と互換性を保つためである。これらはのちに自動連結器に改造されることになるが、古い貨車の中にはいまでもこのようにレガシーの名残を見出だすことが出来る。

このような視点であらためてこの車両を観察してみると、車体のシル・ヘッダーをはじめ、スポーク車輪・板バネ懸架方法もシュー式であるなど、いかにもレトロな雰囲気を漂わせている。実は東田高炉広場に保存・展示しても良いくらいの古典車両ではないだろうか。

 なお隣の車両の記号番号は「ヨタ」となっており、30t積台車であることまでは分かるが、ほぼ常に70DD-3形の予備車の向こう側に隠れているため、車体の全容を確認するのは難しい。

【脚注】

  1. このようなバッファー取り付け跡は、国鉄オハ61系・いわゆる鋼体化客車の一部にも存在していた。鋼体化の際に台枠を提供した車両の中には、過去にねじ式連結器から自動連結器へ改造されたものが含まれており、バッファー取り付け跡の穴が埋められずに残っているものもあった。
  2. 北海道の炭鉱鉄道の連結器は当初ピン・リンク式であったが、米国に倣い早くから自動連結器化が進められていた。

【参考】

  • 鉄道ピクトリアル編集部「自動連結器の基本構造と自連化の成果」『鉄道ピクトリアル』、1975年7月号。
  • 本多 茂「自動連結器一斉取替の背景と実態」『鉄道ピクトリアル』、1975年7月号。

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