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2011年4月

2011年4月30日 (土)

【上信電鉄】デキの復活◆本線走行編◆2011/4/29

 今年のゴールデンウィークは最大10連休になりますが、期間中に出張の予定が入っている私にとっては普段どおりの週末です。5月2日までは休めるため、出張先に近い場所で専用線巡りでもしようと思っていた矢先、連休初日に上信電鉄のデキが復活記念運転を行うというニュースを耳にしました。

 連休初日の朝は仕事の準備があるため下り列車は狙えませんが、上りは途中吉井駅で後続の定期列車に追い抜かれるダイヤになっているため、列車で追いかけて2回撮影することができます。時間もないので今回は特に撮影地等は調べずに出発しました。

 最初に下車したのは、上州福島駅。下仁田行の電車から車窓をチェックしていたところ、この駅の高崎寄りに歩道付の陸橋があるのを見つけました。俯瞰で狙えないかと思ったわけです。しかし、一緒に下車した方が駅員に「レンタサイクルお願いします」、そう、無料貸自転車があるんです。これは利用しない手はありません。貸し出し台帳には行先の記入欄があり、その方は「鉄橋」と書いていました。そうか、鉄橋があるのか。それはぜひ行ってみたい。上州福島から高崎寄りには橋梁はありませんでしたから、下仁田方向に行けば見つかるはずです。幹線道路を10分ほど走ると、河岸段丘の終わりを告げるかのように徐々に下り坂になっていき、その鉄橋は見つかりました。着いた直後は撮影者は5人程度しかいませんでしたが、みるみるうちに人が増え、最終的には30人以上にはなったと思います。きっと有名な撮影地なのでしょう。

Fukkatsu_1

 列車が通り過ぎたらすぐに撤収し、自転車を返却して後続の定期列車に乗り込みます。吉井駅でデキを追い越す際に、先頭から2両目のデキ3形の車内に若い女性が乗っているのを目にしました。有名な鉄子さんなのでしょうか。吉井駅を過ぎると、やはり鉄橋のある馬庭駅で大量の撮影者が下車していきます。私はその先の山名駅で下車しました。この駅で下車する撮影者のほとんどは、降りると皆、一目散に下仁田方向へ向かっていきました。畑を貫く道路と踏切があるので、そこで撮るつもりなのでしょう。しかし私は、午前中に下り列車の車内からロケハンしていた場所へ向かうことにします。着くと案の定、4人程度しかいませんでした。結局、私が着いてから撮影者が増えることはなく、まったりムードで撮ることができました。

Fukkatsu_2

今年の群馬の土休日は、復活したC61とデキの運行計画がバッティングしそうな予感がありますが、嬉しい悲鳴ですね。

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2011年4月29日 (金)

【上信電鉄】デキの復活◆序章・構内走行編◆2009/11/8

 2007年の事故以来、本線を走行することのなかった上信電鉄の電気機関車デキ1形・デキ3形が、4年ぶりに復活することになりました。2010年9月の報道によると、群馬県と沿線5市町村が修理費用1500万円を負担し、2011年の群馬デスティネーションキャンペーンの目玉の一つとしてデキを有効活用することにした、とのことです。これから2回に分けて、復活前のイベントでの構内走行と、復活時の本線走行の様子を報告します。

●デキの構内走行 ~上信電鉄鉄道感謝フェア~

 2009年11月8日、上信電鉄高崎駅構内にて、第一回鉄道感謝フェアが開催されました。この日はちょうど、東京都交通局志村車庫(都営三田線の車両基地)の公開イベントに参加していたのですが、デキに乗れるという謳い文句に惹かれ、若干無理やりですが午前中に志村車庫を見学後、新幹線で高崎へ移動して午後から当イベントに参加しました。

Deki3_deki1

 上信電鉄デキ1~3形は、1924年(大正13年)ドイツ・シーメンス社で製造された電気機関車です。シーメンスは、世界で初めて実用電気機関車を製作したメーカーで、2011年現在でもドイツ鉄道の電気機関車の多くがシーメンス社製となっています。

Berlin_1stelok 1stelok_mit_personnenwagen

 これは、2004年冬にベルリン技術博物館を訪問した際に見つけた、シーメンス社製の世界初の実用電気機関車です。1879年にドイツで開催されたベルリン工業展で、遊覧車(右写真の客車)を牽引したのが最初とされています。見ての通り、機関車とはいっても箱入りの電動機に車輪が付いただけのような風貌で、牽引される客車もベンチに車輪が付いたようなものです。

なおこの車両、「世界初の電気機関車・電車」と呼ぶのは正確ではありません。電池駆動で旅客を乗せて動いたものとしては、1851年に、当時鉄道先進国であった米国のボルチモア・オハイオ鉄道で実用化されている電気機関車があります。では、このシーメンスの機関車の画期的な部分は何かというと、2本のレールの間に設けられた第三軌条から集電することで、外部電源により連続走行ができるようになったという点です。発電所からの交流電源を整流器で直流に変換して直流モーターを駆動するという、現在の鉄道の基本形が、この車両で完成したといえます。そういう意味で、実用電気機関車の第1号といっていいでしょう。

現場に置いてあったドイツ語の諸元表を読んでみたところ、次の通りでした。

  • 名称    :  1st Siemens-Elektrolok
  • 製造年  :  1879年
  • 最高速度 :  13km/h
  • 自重    :  1.3Mp(およそ1t)
  • 電源方式 :  直流150V
  • 出力    :  2.2kW(時速7km/h走行時)

Deki3 Deki1
■デキ3形公式側(左)とデキ1形非公式側(右) 

 さて、脱線しましたがデキの諸元も確認しておきましょう。

  • 全長   :  9,180mm
  • 高さ   :  3,873.5mm
  • 幅    :  2,657mm
  • 自重   :  34.5t
  • 主電動機形式: SSD-J-8
  • 主電動機出力: 200kW(50kW×4個)
  • 製造年月: 1924年(大正13年)9月
  • 製造所  : シーメンス

機器がボンネットの片側に寄せられているため、側面の点検蓋も公式側にだけについており、非公式側はのっぺりとしています。本線用の機関車ですから、運転台は正面を向いていますが、日本の機関車のように左側ではなく、右側についています。ドイツ国鉄は基本的に右側通行ですから、当時のシーメンスの機関車は運転台も信号機の確認しやすい右側についているのでしょうね(もちろん最近の車両は中央運転台が多いですが)。

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■デキ1形の車番と銘板

デキ1形の製造番号は1950、車体はマン社製です。

Deki3_no Deki3_mp
■デキ3形の車番と銘板

デキ3形の製造番号は1952です。

Deki1_rireki_2

戦後にブレーキ関係や制御装置に改造が加えられています。昭和60年以降の保安装置の追設は法令改正によるものでしょう。

ところで、デキの用途は、1994年秋まで残っていた社線内の貨物輸送であったことは周知の通りなのですが、高崎-下仁田間の中和石灰輸送の輸送先をご存知の方はいらっしゃいませんでしょうか。南高崎へのセメントは、秩父セメントの出荷基地への輸送ということは把握しているのですが。

Deki3_deki1_tmc200

イベントでは、デキ3形+デキ1形の重連で構内を走行しました。デキ3形に掲出されたヘッドマークは、2004年8月15日に運行された80周年記念列車のもので、デザインは漫画家・松本零士によるものです。

Tmc200_deki1_deki3_2

デキ重連の反対側には、鉄建公団から払い下げられたという保線用モーターカーTMC200が連結され、長時間の走行でデキのモーターに負担のかからないよう配慮されていました。

Fromdeki3

このイベントの魅力は、なんといってもデキに乗車できることでしょう。

Speedup Speeddown

力行時はマスコンを時計回りに動かし(左写真)、制動時はブレーキハンドルを反時計回りに動かします(右写真)。このあたりは今の電車と同じですね。

Deki3_down

イベント終了間際、長時間の走行が祟ったのか、動かなくなってしまったデキ3。イベントをしばし中断、社員総出で復旧作業が始まりました。動力系をいくらチェックしても不具合箇所は見つかりません。ついに社長自ら陣頭指揮をとり、手ブレーキがかかっているのを発見しました。モーターの不具合でなくてなによりです。

Deki3_syacho

復調したデキを、最後は社長自ら運転します。最後に乗れた人はラッキーでしたね。

Deki_model

イベント会場にはこんな車両も。なかなかの牽引力でした。

さて次回は、いよいよ本線走行です。

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2011年4月26日 (火)

【羽越本線】輸送力増を支えたEF81 300番台

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■羽越本線を走行する、根岸発盛岡タ行き燃料輸送列車
 EF81 125牽引、タキ1000形3連+タキ38000形14連  2011年4月3日、三瀬-羽前水沢

 2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響により東北本線が不通となったため、4月22日の全線復旧までの間、羽越本線・奥羽本線経由の迂回臨時貨物列車が3往復設定されました。このうち2往復はコンテナ列車で、残り1往復は根岸発盛岡貨物ターミナル行の被災地向け燃料輸送列車です。(以前弊ブログ記事で取り上げています)

 臨時貨物列車牽引用の機関車を捻出するため、門司機関区からEF81形303、304号機の2両が暫定的に富山機関区へ配置転換され、主に新潟貨物ターミナル-酒田、秋田貨物間の列車に充当されました。

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■EF81 304牽引の貨物列車(2088レ)  2010年10月15日、黒崎-八幡

九州時代の写真から、黒崎駅を発車する304号機。背後には、国道3号黒崎バイパス建設のために設けられた大型クレーンが見えます。門司機関区所属の機関車は、原則としてスノープラウは装備していません。国鉄時代に内郷機関区へ転属し、常磐線で活躍していた301、302号機も装備していなかったと記憶しています。

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■EF81 304牽引の羽越本線2093レ  2011年4月3日、三瀬-羽前水沢

しかし今回の配置転換にあたっては、門司から東新潟まで回送される途上の富山機関区で、スノープラウが取り付けられました。

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九州で見慣れている者にとっては、若干違和感のある面構えです。

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■852レに充当されたEF81 304  2011年4月17日、佐々木-黒山

東北本線の全線復旧により運用を離脱し、先日日曜日には富山機関区へと戻ったようです。

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2011年4月24日 (日)

★浮島町のスイッチャー再び★ 神奈川臨海鉄道DB-1

 浮島町の石油メーカーT社専用線で入換に従事するスイッチャーDB-1は、神奈川臨海鉄道塩浜機関区で検査を受けています。2011年4月24日、DB-1が検査を終えて回送されるような予感がしたため(笑)、昼過ぎに川崎貨物駅へと様子を見に行きました。

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■DD601に牽引されて入換中のDB-1     2011年4月24日、川崎貨物

13時を過ぎると、例によって機関区内のDB-1を神奈川臨海鉄道の機関車が引き出します。動きそのものは、以前弊ブログで紹介したとおりです。機関区から北進した先にある線路は千鳥町線の着発線ですから、そのまま浮島町線へ出発することができません。そこで、千鳥町線の着発線から一旦ヤード側へ引き上げて、ジグザグに入換を行いながら浮島町線の着発線へと移動していきます。

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■DB-1の社紋と銘板。1980年日立製作所製、製造番号2069801

DB-1のキャブ側面には、神奈川臨海鉄道の社紋が掲げられています。おそらく臨海鉄道の資産なのでしょう。銘板は、2月に撮影していながらRMニュースへの投稿記事でお茶を濁していましたが、大きな問題は無いと思われますので今回は公開します。

日立笠戸の機関車(主にディーゼル機関車)の製造番号は、1974年9月製造の神戸製鋼尼崎向け35t機(製番13282)を最後に、追番方式を止めて作番方式へと移行しています。作番方式になって最初の車両は、1974年12月製造の日通新発田向け(中条のクラレ専用線用)45t機(製番2060101)で、製造番号は5桁から7桁へと変更されています。付番ルールも変更されていますが、鉄道の話ではなくなるので詳細は割愛します。詳しくは、「製番管理」などのタイトルの付いている本を書店で探してみてください。

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普段は石油メーカーの油槽所の奥深くで人知れず活躍しているスイッチャー。いつ表に出てくるのか未だに謎だらけですが、そうは言いつつも前回から2ヶ月でまたお目にかかることができました。次回の検査出場はいつになるのでしょうか。

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2011年4月23日 (土)

【磐越西線】郡山行燃料輸送列車(2011/3/25~4/16)

 2011年3月25日から4月16日までの23日間、神奈川県横浜市のJX日鉱日石エネルギー根岸製油所から、福島県郡山市の日本オイルターミナル郡山営業所まで、被災地向けの燃料輸送列車が運行されました。郡山への石油は通常、東北本線経由で根岸および仙台北港(JX日鉱日石社仙台製油所)から輸送されていますが、3月11日に発生した東日本大震災の影響により東北本線が不通となり、また仙台製油所も津波と火災により出荷が困難になったため、根岸から上越・磐越西線経由で迂回輸送されることになりました。概要についてはSANKEI.BIZでも紹介されています。

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■郡山行燃料輸送列車(EH200-1+タキ1000形20連) 2011年4月2日、北長岡-押切

根岸から上越線経由で新潟貨物ターミナルまではEH200形が牽引しました。レイルマガジン2011年6月号に、JR貨物から提供された情報を基にした記事が掲載されています。それによると、根岸-新潟タ間の運行状況は次のとおりです。

  • 3月25日      根岸10:01発→新潟貨物ターミナル20:10着
  • 3月26、28、30
      ~4月16日    〃 21:31発→ 〃         16:26着

私的な目撃情報で補足すると、上越線内のダイヤについては、25日の第一便が昨年10月上旬まで運行されていた焼島行き6789列車のスジ、26日以降の便はELみなかみ号のスジに近い時間帯でした。

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■郡山行燃料輸送列車(DD51 1027+DD51 833+タキ1000形10連) 2011年4月9日、五泉-猿和田

新潟タから磐越西線経由で郡山タまではDD51形が重連で牽引しました。新潟タ-郡山間の運行状況は次のとおりです。

  • 3月26~31日  新潟貨物ターミナル1:01発→郡山貨物ターミナル6:45着
  • 4月1~16日    〃         1:01発→ 〃          6:45着
                〃         6:37発→ 〃         13:18着

磐越西線の勾配に対応するため、20両編成を新潟タで10両ずつ2本に分割し、2列車に分けて輸送しています。3月31日までは郡山に早朝に到着する便だけでしたが、4月1日以降は新潟を早朝に出る便も加わり、1日2往復体制になっています。

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■会津若松以東の電化区間も重連(833+1027)で牽引 2011年4月9日、磐梯町-更科信号場

磐越西線は会津若松で進行方向が変わりますから、当然牽引機関車も同駅で機回しして反対側に付き、電化区間も通しで走行しました。

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■補機に充当された郡山総合車両センター会津若松派出所のDE10形1124号機 2011年4月10日、会津若松

会津若松-猪苗代間は25パーミルの上り勾配区間が続き、運行開始初日の3月26日には空転により登坂できなくなったため、その後は悪天候な日を中心に後部に補機を連結する姿が見られたようです。

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■郡山行燃料輸送列車の車票

輸送されたのは、ガソリンのほか軽油・灯油・重油の4品目でした。

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■第一便は郡山に早朝に到着 (DD51 759+852) 2011年4月10日、磐梯熱海-安子ヶ島

臨時貨物列車を運行するため、旅客列車のダイヤにも修正が加えられています。当初から運行されていた早朝郡山着の第一便は、上り始発列車より早い時間帯の運行であったため旅客列車への影響は限定的でした。その後増発便も加わって2往復体制になると、列車密度の大きい郡山-会津若松間は、下り2本(3233M・1233M)、上り1本(1230M)を運休にして貨物列車のダイヤを確保していました。(※不要不急のあいづライナーは震災直後から全便運休)

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■DD51 832+1188の重連に牽引され一の戸橋梁を渡る  2011年4月10日、山都-喜多方

一方、列車密度の小さい会津若松-新津間については運休はありませんでしたが、貨物列車を追いかける列車とその折り返し列車、および待避する列車に時刻変更が加えられています。

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■山都駅に掲示されていた臨時時刻表  2011年4月9日

時刻変更のあったのは、上り列車2本(左)と下り列車2本(右)です。まず、上り貨物列車の増発便を追いかける形で運行する3222D(上り快速あがの)は、先行する貨物列車に追いつかないように時間調整をするため、津川-会津若松間の時刻が繰り下げられています。またそれに伴って、折り返しの3221D(下り快速あがの)も同区間で繰り下げが実施されています。

また下り普通列車227Dは、上り貨物列車とその後続の快速あがのを待避するため野沢-津川間で時刻が繰り下げられたほか、上り普通列車228Dも、前述の時変された下り快速あがのを待避するため山都-会津若松間で時刻が繰り下げられました。

会津若松駅では、乗り換え時間がタイトではあるものの接続は考慮されており、時刻変更によって乗客に不便を強いることのないよう配慮されていました。

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■新潟行ばんえつ物語号に近いダイヤで運行された燃料輸送列車 (DD51 1188+832) 2011年4月3日、三川-五十島

なお、下り貨物列車の第1便は、会津若松-新潟間でSLばんえつ物語号を25分前後先行するスジで運行されたため、旅客列車の時刻変更や運休などの影響は一切ありませんでした。

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■スキー場にだけ雪が残っている磐梯山  2011年4月10日、猪苗代-川桁

 磐越西線内の燃料輸送に従事したのは、主に吹田機関区・門司機関区から集められた遊休機関車です。前者は、3月12日のダイヤ改正で城東貨物線の貨物列車の牽引が電気機関車に置き換えられたことにより、、また後者は美祢線の長期不通により貨物列車が運休となり、共に余剰になっていたものです。使用されたDD51形ディーゼル機関車の内訳は以下のとおりです。

【吹田機関区】

  • 757、759、1027、1188

【門司機関区】

  • 833、835、852、853

【愛知機関区】

  • 832

【鷲別機関区】

  • 1184

情報については混乱もあるようですが、ダイヤ改正後に吹田から門司へと転属になった車両があることや、実車に掲出されていた区名札を踏まえると、このようになると思います。鷲別からの1184号機は、故障した835号機の代替です。

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■磐越西線の電化区間では、燃料輸送列車を運行するために一部の旅客列車が運休した。 2011年4月10日、猪苗代駅

門司機関区の852号機は、以前弊ブログ記事にも登場しています。

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■タブレットキャッチャー、タブレット保護柵を装備する1188号機。

吹田機関区の1188号機は、今回集められたDD51形の中で唯一、通票車上受け(タブレットキャッチャー)を備えていました。

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■1188号機のキャブ側面。矢印がタブレットキャッチャー。その左の銀色の板がタブレット保護板、窓や乗降扉を覆っているのがタブレット保護柵。

 私にとっては、「DD51+タブレット」といえば八高線のセメント貨物列車が記憶に新しいところですが、いまとなっては無用なこの装備、全般検査で撤去されてしまうことが多いようで、なかなか貴重な姿です。

磐越西線をDD51形牽引の貨物列車が定期運行していたのは2007年春までで、広田(住友大阪セメント広田SS)・塩川(セメントターミナル会津営業所)宛のセメントを運んでいました。列車を待っているあいだ地元のご婦人とお話しする機会がありましたが、「貨物列車が走っていたころは、毎日早朝に(おそらく広田行の)貨物が通過して地面が揺れるので、揺れるのには慣れてしまった…」と冗談めかして話しておられました。同じ福島県でも、浜通りと会津では住民の感覚にも温度差があるようです。

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■833、1027号機に牽引される日暮れの燃料輸送列車(空車)  2011年4月2日、猿和田-五泉

 今回の撮影に際しては、被災地や、被災地から避難している方々がお住まいの地域(会津)で燃料を消費するのを避ける意味からも、移動には列車を利用しました(川桁の撮影地は猪苗代駅から自転車使用)。被災地向けの燃料輸送列車を「応援する」と称しながら、道楽のために当該地域の燃料を消費するのは自己矛盾であると私は考えました。今回は、これが私なりのけじめのつけ方です。

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2011年4月17日 (日)

★180000アクセス突破!! 【片上鉄道保存機】DD13 552

 3月上旬に岡山出張の予定が入りました。入社3年目までは月あたり2~3回程度出張がありましたが、最近ではめっきり減りました。ルーチンワークをこなしていた新人の頃とは異なり、コストが絡んだり交渉事になると話は厄介です。とはいえ今回ばかりは、現地調査がメインですから気楽なものですが。

 岡山駅から車で目的地へ向かっていると…

Katakami_dd13552_2

港にある運送会社の駐車場に、DD13形タイプのディーゼル機関車の廃車体が置いてあるのを発見しました。予備知識なしで「片上鉄道ってこの辺走ってたっけな?」などとぼんやり考え、とりあえず記録のため写真だけは撮りました。

Katakami_dd13552_3 Katakami_dd13552_up

仕事を終え、宿泊先で撮影画像をチェックしてみると、やはり片上鉄道DD13-552とみて間違い無いようです。国鉄DD13形とは異なり運転台が前を向いているため、運転士が着席する側の前面窓が横長になっているのが特徴です。同様の特徴は、苫小牧港開発DD5600形(D5601~5606)にも見られます。

Nrnd55213_2 

名古屋臨海鉄道ND55213は、車体を苫小牧港開発から購入したD5604のものに振り替えているとされています。運転台前面窓の片側が横長なのは片上鉄道DD13と共通です。D5604は、1・2端ともに公式側寄りの窓が横長ですが、片上鉄道は1・2端とも運転台のある左側のみが横長になっています。

Katakami_dd13552_1

上の2枚の写真を比較すると、相違点が分かりやすいと思います。

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2011年4月12日 (火)

◆主電動機ブラシ調達難による鉄道各社減便情報 ほか

 各鉄道事業者は、今年度から一部列車について編成短縮や減便に踏み切ることをアナウンスし始めました。2011年3月11日に発生した東日本大震災により、電車の消耗部品を製造していた日立化成工業が被災したためです。同社は、電気車(電気機関車や電車)の直流モーターに使用されている電動機ブラシの生産量で国内シェアのおよそ半分を占めており、また最終工程を担っていた子会社の浪江日立化成工業が、東京電力福島第一原子力発電所の炉心溶融事故(メルトダウン)の影響で操業再開が困難になっているためです。

 とはいうものの、首都圏のJR各線や私鉄各社は、ここ10年ほどの間に車両の更新が相当程度進んでおり、直流モーターを使用している車両が主力ではなくなりつつあるため、大きな影響は無いものと思われます。どちらかというと、計画停電による減便の影響が心配です。一方、中京や関西のJR・大手私鉄は、まだまだ直流モーター車両が主力ですから、西日本の鉄道への影響が大きいと思われます。

●対象となる車両

 電動機ブラシを使用しているのは、直流電動機を使用する車両です。制御方式によって分類すると次の車両が対象になります。

  • 抵抗制御車
  • 界磁添加励磁制御車
  • サイリスタ位相制御車
  • 界磁チョッパ制御車
  • 電機子チョッパ制御車
  • サイリスタチョッパ制御車

順に見ていきましょう。

Nankai6300_2
■抵抗制御車の南海電鉄6300系

まず抵抗制御車は、JR各社に在籍する国鉄型車両が最も影響を受けるでしょう。車両の更新ペースが遅く在籍両数も多いJR西日本や関西大手私鉄各社には少なからぬ影響が出るものと思われます。

Jr2113000
■界磁添加励磁制御車のJR東日本211系

界磁添加励磁制御車とサイリスタ位相制御車は、原則として国鉄にしか存在しなかったため、205系・211系・221系・651系・719系などJRの車両に限定されます。

Keikyu1500
■界磁チョッパ制御車の京浜急行1500形(1613F)

これに対して界磁チョッパ制御車は私鉄に多く、ほとんどの大手私鉄で現在でも主力の座を占めており、影響は甚大でしょう。

Eidan6000
■電機子チョッパ制御車の東京メトロ6000系

電機子チョッパ制御車とサイリスタチョッパ制御車は、地下鉄用車両などに多く存在しています。

なお近年車両メーカー各社で製造されているVVVF制御車は、交流モーターを使用しているため対象外となります。

●各社聞き取り調査

 2011年3月25日付の東洋経済に、本件について各鉄道事業者へ聞き取り調査を実施した結果が掲載されています。JR九州・京成電鉄・京王電鉄・東急電鉄の4社は、日立化成工業の部品を使用していない(取引が無い)ため、影響は皆無とのことで早くも安全宣言?を出しています。京浜急行電鉄・小田急電鉄・阪急電鉄・京阪電鉄・南海電鉄については、当面減便するほどの影響は無いものの、今後影響が出ないよう調達の見直しなどが必要になるとのことです。

 逆に、現時点で影響必至なのがJR東日本と西日本、そして近畿日本鉄道。東武鉄道や東京メトロも、部品在庫状況から多少の猶予はあるようですが、対応を迫られることになりそうです。(なおJR西日本については、4月8日の段階で当面減便を回避できる目処が立ったと発表されています。また、本記事は2011年4月現在の報道発表に基づき作成されており、その後の情勢の変化を一切反映しませんので、あしからずご了承ください)

◆原発事故をめぐる報道について

 事故から一ヶ月のあいだ、地上波のTV番組に出演する御用学者達は、口を揃えて「直ちに健康への影響は無い」と連呼してきましたが、INES(国際原子力事象評価尺度)に基づく評価がレベル7と、チェルノブイリ原発事故に並んだいま、あらためて言い分(言い訳?)を聞いてみたいものです。

私が大学時代に所属していた研究室のボスは、数年前まで日本原子力研究開発機構先端基礎センターのセンター長を務めていました。研究室では、文部省はもちろんのこと、日●などのメーカーから依頼を受けて実験を行うことも珍しくなかったですし、学生の方も、自分で就職活動をしない限り、それらのメーカーの原子力部門へ半自動的に進路が決まっている、そんな世界でした。

これは日本に限らないことですが、原子力工学・原子核工学関係の学者は、基本的に電力会社や原子炉メーカーから研究費を調達することが多いですし、学生の就職の世話なども含めて関係が深いわけですから、ステークホルダーに対して不利な発言をするわけが無いというのは、少し考えれば分かる話です。地上波のTV番組では、「いかに安全であるか」という情報ばかりが強調され、「何がどう危険なのか」という情報が伝わりにくくなっているのが現状ではないでしょうか。

というわけで、地上波はNHKの水野解説委員が出演する番組以外は敬遠するようになりました。代わりに、3月下旬頃からこちらのサイトをチェックするようにしています。

http://www.ohmae.biz/koblog/

大前研一氏のプロフィールについてはあえて語るまでも無いでしょう。もともと日立で原子炉の設計などに携わってきた方だけに、政府や東電に対する批判にも説得力があります。コンサルタントらしく、批判するだけでなく何を為すべきかのビジョンをきちんと語っているのも好感が持てます。スカイパーフェクTVで放送された番組の一部は、現在Youtubeで公開されており、必見です。 ↓こちら

福島第一原発 現状と今後とるべき対応策

開始後11分あたりから、原発事故に関する詳細な解説が始まります。CMなしでトータル1時間強と長めの番組ですが、見ておいて損は無いと思います。

●最後に

 弊ブログでは、震災でご苦労されている方々、被災地で復興に尽力している方々に対し、形式的なお悔やみ・励ましの言葉を申し上げることは今後もございません。現地で誰よりも苦労している方々に対して、大きな不自由なく日常を過ごしている者が「ガンバレ」などと無神経な発言をするのはいかがなものかと思います。彼らは、余所者に言われるまでもなく頑張っているのですから。

先日、磐越西線の貨物列車を撮影しに新潟県へ出向いたところ、茨城県北部から来たという20歳前後の青年に出会いました。なんでも、原発から予防的に避難するため、現在は江東区内の仮住まいで家族共々生活しているそう。学生で暇なので、燃料輸送列車を撮りに来た、とのことでした。

被災地から遠く離れた場所で暮らす者に、被災した方々に対してかけられる言葉があるとすれば、「ガンバレ」ではなく、「頑張りすぎて息抜きがしたくなったらいつでも付き合うよ」ではないのでしょうか。青年と話しながら、なんとはなしにそう思いました。

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