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2011年4月29日 (金)

【上信電鉄】デキの復活◆序章・構内走行編◆2009/11/8

 2007年の事故以来、本線を走行することのなかった上信電鉄の電気機関車デキ1形・デキ3形が、4年ぶりに復活することになりました。2010年9月の報道によると、群馬県と沿線5市町村が修理費用1500万円を負担し、2011年の群馬デスティネーションキャンペーンの目玉の一つとしてデキを有効活用することにした、とのことです。これから2回に分けて、復活前のイベントでの構内走行と、復活時の本線走行の様子を報告します。

●デキの構内走行 ~上信電鉄鉄道感謝フェア~

 2009年11月8日、上信電鉄高崎駅構内にて、第一回鉄道感謝フェアが開催されました。この日はちょうど、東京都交通局志村車庫(都営三田線の車両基地)の公開イベントに参加していたのですが、デキに乗れるという謳い文句に惹かれ、若干無理やりですが午前中に志村車庫を見学後、新幹線で高崎へ移動して午後から当イベントに参加しました。

Deki3_deki1

 上信電鉄デキ1~3形は、1924年(大正13年)ドイツ・シーメンス社で製造された電気機関車です。シーメンスは、世界で初めて実用電気機関車を製作したメーカーで、2011年現在でもドイツ鉄道の電気機関車の多くがシーメンス社製となっています。

Berlin_1stelok 1stelok_mit_personnenwagen

 これは、2004年冬にベルリン技術博物館を訪問した際に見つけた、シーメンス社製の世界初の実用電気機関車です。1879年にドイツで開催されたベルリン工業展で、遊覧車(右写真の客車)を牽引したのが最初とされています。見ての通り、機関車とはいっても箱入りの電動機に車輪が付いただけのような風貌で、牽引される客車もベンチに車輪が付いたようなものです。

なおこの車両、「世界初の電気機関車・電車」と呼ぶのは正確ではありません。電池駆動で旅客を乗せて動いたものとしては、1851年に、当時鉄道先進国であった米国のボルチモア・オハイオ鉄道で実用化されている電気機関車があります。では、このシーメンスの機関車の画期的な部分は何かというと、2本のレールの間に設けられた第三軌条から集電することで、外部電源により連続走行ができるようになったという点です。発電所からの交流電源を整流器で直流に変換して直流モーターを駆動するという、現在の鉄道の基本形が、この車両で完成したといえます。そういう意味で、実用電気機関車の第1号といっていいでしょう。

現場に置いてあったドイツ語の諸元表を読んでみたところ、次の通りでした。

  • 名称    :  1st Siemens-Elektrolok
  • 製造年  :  1879年
  • 最高速度 :  13km/h
  • 自重    :  1.3Mp(およそ1t)
  • 電源方式 :  直流150V
  • 出力    :  2.2kW(時速7km/h走行時)

Deki3 Deki1
■デキ3形公式側(左)とデキ1形非公式側(右) 

 さて、脱線しましたがデキの諸元も確認しておきましょう。

  • 全長   :  9,180mm
  • 高さ   :  3,873.5mm
  • 幅    :  2,657mm
  • 自重   :  34.5t
  • 主電動機形式: SSD-J-8
  • 主電動機出力: 200kW(50kW×4個)
  • 製造年月: 1924年(大正13年)9月
  • 製造所  : シーメンス

機器がボンネットの片側に寄せられているため、側面の点検蓋も公式側にだけについており、非公式側はのっぺりとしています。本線用の機関車ですから、運転台は正面を向いていますが、日本の機関車のように左側ではなく、右側についています。ドイツ国鉄は基本的に右側通行ですから、当時のシーメンスの機関車は運転台も信号機の確認しやすい右側についているのでしょうね(もちろん最近の車両は中央運転台が多いですが)。

Deki1_no Deki1_mp
■デキ1形の車番と銘板

デキ1形の製造番号は1950、車体はマン社製です。

Deki3_no Deki3_mp
■デキ3形の車番と銘板

デキ3形の製造番号は1952です。

Deki1_rireki_2

戦後にブレーキ関係や制御装置に改造が加えられています。昭和60年以降の保安装置の追設は法令改正によるものでしょう。

ところで、デキの用途は、1994年秋まで残っていた社線内の貨物輸送であったことは周知の通りなのですが、高崎-下仁田間の中和石灰輸送の輸送先をご存知の方はいらっしゃいませんでしょうか。南高崎へのセメントは、秩父セメントの出荷基地への輸送ということは把握しているのですが。

Deki3_deki1_tmc200

イベントでは、デキ3形+デキ1形の重連で構内を走行しました。デキ3形に掲出されたヘッドマークは、2004年8月15日に運行された80周年記念列車のもので、デザインは漫画家・松本零士によるものです。

Tmc200_deki1_deki3_2

デキ重連の反対側には、鉄建公団から払い下げられたという保線用モーターカーTMC200が連結され、長時間の走行でデキのモーターに負担のかからないよう配慮されていました。

Fromdeki3

このイベントの魅力は、なんといってもデキに乗車できることでしょう。

Speedup Speeddown

力行時はマスコンを時計回りに動かし(左写真)、制動時はブレーキハンドルを反時計回りに動かします(右写真)。このあたりは今の電車と同じですね。

Deki3_down

イベント終了間際、長時間の走行が祟ったのか、動かなくなってしまったデキ3。イベントをしばし中断、社員総出で復旧作業が始まりました。動力系をいくらチェックしても不具合箇所は見つかりません。ついに社長自ら陣頭指揮をとり、手ブレーキがかかっているのを発見しました。モーターの不具合でなくてなによりです。

Deki3_syacho

復調したデキを、最後は社長自ら運転します。最後に乗れた人はラッキーでしたね。

Deki_model

イベント会場にはこんな車両も。なかなかの牽引力でした。

さて次回は、いよいよ本線走行です。

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コメント

下仁田~高崎間の貨物は、渋川向の中和石灰という記事を、20年近く前の鉄道ダイヤ情報で見た記憶があります。発電所かダムだったかは失念しましたが。1990年代で週3便(1~2車)の車扱貨物が残っていたのも驚異的ですが。

投稿: SY1698 | 2011年4月30日 (土) 19:32

SY1698さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
中和石灰は渋川向けだったのですね。とすると受け入れ先は関東電化工業でしょうか。

この夏のデキの運転もいよいよ本格化しそうですね。

投稿: 社長 | 2011年6月15日 (水) 11:22

中和石灰 草津温泉の中和用だった様な記憶がありますが。
いいかげんな記憶ですみません。
直接のメールがうまく送れないので明日またチャレンジしてみます。

投稿: タムタキ | 2011年6月16日 (木) 23:35

タムタキさん
コメントありがとうございます。

温泉用とはまた興味深いですね!

メールのうまくいかない原因ですが、たぶん携帯やフリーのアドレスへの送付が禁止されているためと思われます。
私のPCのアドレスを別途送りますので、今後はそちらにお願いします。
急ぎの件は、引き続き携帯宛にお願いします~。
では、また。

投稿: 社長 | 2011年6月23日 (木) 12:19

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