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2011年8月

2011年8月28日 (日)

★東京総合車両センターのスイッチャー★重連で活躍

 2011年8月27日土曜日、今年も例年通りJR東日本2011夏休みフェア『東京総合車両センター 一般公開』が開催されました。上越線のSL2往復走行&すれ違いイベントに行こうかどうしようか迷いましたが、群馬の天気が悪そうなのでこちらに決めました。

Ooi_entrance

入口で案内図を受け取り、早速スイッチャーがいそうな場所へ向かいます。

E231_yamanotekuha

途中には山手線用E231系が細切れにされて留置されていました。こういった車両は、イベント終了後に組成されることが多いため、入換への期待が高まります。

Sw_143_e217

車両展示コーナーには、東側から順に、E217系、クモヤ143、スイッチャー重連、ミュートレイン、中央線用E233系、EF510北斗星、185系復刻湘南色が並べられていました。

Kumoya143

電車界のスイッチャーとも言える、クモヤ143形事業用電車クモヤ143-1。展示スペースではない場所にもう1両いました。

Ooi_sw_x2

そして今回の主役。大井工場のスイッチャーです。何の都合かは分かりませんが2両が重連を組むような形で留置されています。デザインから察するに、手前は国鉄工場製(おそらくは浜松ないし鷹取)の20t機、奥は協三工業製20t機でしょう。この角度からは見えませんが、手前の車両はおそらくロッド駆動のはずです。

Hmlr20b_2e

国鉄工場製スイッチャーの端梁部を拡大。電車を入れ換えるための双頭連結器は、車両工場のスイッチャーの標準装備です。スイッチャーが自動連結器しか装備していない場合は、双頭連結器を装備した貨車(控車など)を連結して使用されることが多いようです。

右上にジャンパ栓納めが2つありますが、その割にはジャンパ線(栓受け)がどこにも見つかりませんね。何のための装備でしょうか。形態的には、国鉄101系電車をはじめとする初期の新性能電車が備えているKE58形ジャンパ連結器用に見えるのですが…。

Kylg20b_2e

ボンネット側は立入禁止区域のため、正面から撮影することができません。そこで、側面から可能な限り情報を拾ってみることにします。

まずは協三工業製20t機から。このタイプには類似のものとして15t機もあるのですが、15t機はボンネット側面の点検蓋が6枚とも同じ大きさであるのに対し、この車両はキャブ側の2枚のみ小さくなっており、20t機で間違いありません。銘板については、通常は台枠部にあるので探してみたのですが、みつかりません。

062899103

仕方が無いので、キャブ側面の機械番号を記録します。この番号は、別工場へ配置換えになると振り替えられてしまうことがあるため、記録として製造番号ほど万能ではありませんが、何も無いよりは役に立つものです。

Hmlr20b_side

もう1両、国鉄工場製の20t機は、現役展示車両の奥にひっそりと佇んでいます。やはり立入禁止ですので拡大してみましょう。

Hmlr20b_siderod

このタイプも15t機と20t機がありますが、このボンネットの長さですと20t機ですね。先程後ろから観察した際にロッド駆動のはずだと申し上げましたが、予想は的中しました。スポーク車輪に赤い連結棒がついているのが確認できると思います。

Hmlr20b_sidemp

後位側の車輪付近を見てみると、車輪に埋め込まれたカウンターウェイトの上に銘板を取り外した跡が見えます。

062899102

機械番号は連番でした。国鉄工場製の方が設計としては古いので、おそらく製造年・導入年も古く、機械番号も若いのでしょう。

 一通り見学を終えると、イベント終了時刻の15時前に工場を出て移動します。大井工場は、まだ小学生の頃に撮れる場所が無いかどうか探して回りを1周したことがありますので、勝手は大体分かります。が、あれから25年がたち、フェンスができてまともに撮影できなくなっていたのは少し残念です。そういえば当時は、ちょうどチェルノブイリの原発事故が起きた直後で、新聞部に在籍していた私は、子供ながらに必死に情報を集めて学級新聞に記事を書いたものです。25年後にフクシマでまた事故が起き、また同じ場所に来ていることに、何やら因縁めいたものを感じてしまいます…。

Ooi_swx2_w_e231

入換は15時半頃から始まりました。最初は上の中央線用E233系が自力走行で入換、続いて重連スイッチャーがクモヤ143を入換えました。いずれも、スタンバイしていた場所が悪く失敗しましたが、何度目かの入換で、ようやくまともに撮ることができました。先頭の機関車のキャブ内に運転士の姿(ヘルメット)が見えますが、次位の機関車には誰も乗っていません。

Hmlr20b_2e_op

大崎駅側へ引き上げた重連スイッチャー。国鉄工場製の方はキャブ側窓下にE-102の表記が見えます。102は機械番号の下3桁と一致しており、入換動車にはお約束の付番ルールですね。ちょうどロッドが一番下に来た瞬間を撮りましたが、どうでしょうか。フェンスが邪魔で分かりにくいですね(苦笑) 画像をクリックすると拡大するのでよく観察してみてください。

Hmlr20b_1e  Kylg20b_1e
■国鉄工場製20t機E-102(左)と、協三工業製20t機E-103(右)  2011年8月27日、東京総合車両センター

フェンス越しとはいえ、車両研究派としては意地でも形式写真を撮っておきたいものです。執念でなんとか撮りました。2両とも、ボンネット端部に旋回灯を2基備え、操車掛が乗るための籠が付いています。これで無線アンテナが付いていたら、もはや製鉄所の機関車ですね(笑) 左のE-102は、国鉄浜松工場・鷹取工場製のスイッチャーに特徴的な左右非対称の前面3枚窓を備え、足回りはロッド駆動です。右のE-103は、協三工業の標準的な顔ですが、端梁にはおそらく連結部を照らすためであろう照明が付いています。

Ooi_ant_tcrc

東京総合車両センター内には、テレコンRRアントも導入済。スイッチャーが置き換えられてしまわないかどうか気になるところですが、重連を組んでいるところを見ると、アントに置き換えられない理由が何かあるのかもしれませんね。大崎駅に向けて勾配があるのも理由の一つなのでしょうか。重連で動くことを最初から知っていれば、工場スタッフに聞き込みをしていたと思いますが、今回は動く時刻や曜日しか聞きませんでした。

 そういえば、このイベントと迷った方の上越線のイベントですが、なんでもSL同士がすれ違う瞬間が木の陰だったそうで(笑)、列車に乗車しない限りすれ違いは撮れなかったようですね。やはりこちらのイベントに来て正解でした。

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2011年8月23日 (火)

【くろがね線を読み解く】第93回■M製鉄所への転属車D610

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■N社M製鉄所で溶鋼鍋を輸送する日車60t機   2011年夏

 N社のM製鉄所では、1967年に導入した50t機D501~502を皮切りに、60t機D601(1970年)、D602~603(1973年)、D604~606(1974年)、D607~608(1977年)に至るまで、一貫して日本車輌製造製の産業用機関車を使用している。これらは、日車で大量に量産された規格型とは異なる形態を持つ車両で、車端部にフード型の簡易運転台を設けた、セミセンターキャブの1エンジン機である。

D609以降は製造実績が詳らかではないが、2011年夏に確認したところ、D610なる車両が使用されていた。

D610_keishiki
■日車60t機D610        2011年夏

D610は、M製鉄所で従来より使用されているD601~608とは明らかに形態の異なる車両である。ボンネット側面の点検蓋の枚数、エアフィルターの形状や大きさ、ラジエーターの形状、キャブの形状などから、この車両はY製鉄所向けに量産された60t機 60DD-3形ないし60DD-4形の可能性が高い。

※この機関車の正体については、こちらの記事を参照。

レイルマガジン1988年6月号に、当製鉄所の機関車の記事が掲載されているが、当時60t機として在籍していたのはD601~608のみである。D610は、D601~608と同じ60t機のため、わざわざモデルチェンジする必要もなく、構内鉄道に同じ軌間(1,067mm)を採用するY製鉄所からの転属車と考えるのが自然である。

リンク先の60DD形と比較すると、ボンネット端部の簡易運転台の形状が異なるほか、キャブの窓が埋め込まれているのが分かる。高炉や転炉付近を出入りする製鉄所の機関車はこういった改造がよく行われている。

D610_w_ladlecar2

被牽引車は、2+2+2+2-2+2+2+2軸複式ボギー台車を備えた巨大な貨車で、溶鋼鍋を2台積んでいる。第一印象では、高炉から転炉に向けて溶銑を輸送している貨車なのかと思ったが、日車の車輌史によると、M製鉄所は溶銑輸送にトピードカーを使用しており鍋車は使用していないため、鍋で輸送しているのは溶鋼ということになる。スラグ輸送用の鍋は、もう少し茶碗のように平たくて蓋が無く、鉱滓畑でスラグをぶちまけるために貨車側に傾動機構を備えていることが多い。しかしこの貨車に積まれている鍋は、どんぐりのように縦長で蓋付きであり、天井クレーンで持ち上げないと取り出せない構造であるため、溶鋼鍋と考えられる。列車の脇を通過する自動車と比較すると、その大きさがよく分かる。

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■D610(奥)と貨車工場のスイッチャー(手前) 2011年夏

最後に、以前弊ブログで紹介した貨車工場のスイッチャー(手前の水色)とD610のツーショットをご紹介する。両者が同じ角度で見られることは極めて稀である。

一番左の煙突は製鉄所のものだが、その右奥に見える高い2基の塔は、セメントメーカーN社の工場のプレヒーター(予熱機)。セメント工場では、製鉄所で発生するスラグを原料として受け入れており、周囲に製鉄所と深い関わりのある工場が立地している様子がよく分かる構図である。

※なお、混合設備(普通セメントに高炉スラグを混ぜて高炉セメントを生産するための設備)はセメント工場側にあるのが常だが、上のセメント工場の場合、混合設備は煙突の場所ではなくM製鉄所の構内にある。

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2011年8月22日 (月)

★225000アクセス突破★旭川電気軌道1001形電車

 専用線・スイッチャーマニアにとっての旭川の見所が「北旭川貨物駅」ならば、私鉄マニアにとってはこちらでしょうか。

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■旭川電気軌道1001形電車。1955年(昭和30年)日本車輌製造製  2011年8月、旭川市内

似たようなことを考える鉄道マニアは多いようで、去年はJR北海道旭川支社の企画するこんなツアー(クリックするとPDFが別ウィンドウで開きます)もあったようですね。

アクセスですが、北旭川駅のオイルターミナルからですとタクシーで10分ほどで着きますので、掛け持ち訪問がオススメです。「旭川小学校の裏」と伝えるとスムーズでしょう。JR石北本線東旭川駅からですと徒歩で20~25分、道は単純ですがひたすら直線を歩きます。

Explanation

概要はご覧のとおりです。日本語がやや分かり難い気がするのですが。

Yakubamae

鉄道模型の駅ストラクチャーに付属するシールのような駅名ですが、実在の駅です。

1001_daisya

枕バネはコイルでダンパーもついており、軸バネはウィング式、あまり古さは感じませんね。国鉄101系電車以降の新性能電車の台車と比較しても、重さの負担方法にさほど違いはないと思いますが、どうでしょうか。

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2011年8月18日 (木)

◆JR貨物◆鷲別機関区 輪西派出のスイッチャー

 お盆休みは北海道を旅してきました。今年は電力制限による生産調整の影響で、会社休業日が2日間増えたため、JRの発売している北海道&東日本パスの有効期間(7日間)とピタリ一致して好都合です。急行はまなすを東室蘭で下車し、まっさきにゲットしたとっておきのスイッチャーを紹介します。

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■鷲別機関区輪西派出のスイッチャー  2011年8月10日

 JR貨物鷲別機関区輪西派出(旧輪西車両所)は、北海道内で使用されている貨車の検査を担当している工場です。室蘭本線東室蘭駅から工場へ連絡する線路は、室蘭方面の線路と長万部方面の線路に挟まれるエリアに向かって伸びていきます。このエリアの大半は、かつて国鉄が鉄鋼メーカーN社M製鉄所との間で貨車を授受するために使用していたヤードの跡地です。輪西派出の小ヤードは、跡地の南側に広がっています。

 小ヤードは併走する道路からでも見ることはできますが、高さ2メートルはあろうかという草木が生え放題で、脚立等を駆使してもせいぜい上のような写真しか撮れません。このため、ネットはもちろん書籍においてさえ、このスイッチャーを撮影したという報告を見たことがありません。しかしそういう存在こそ、当ブログのストライクゾーンといえるでしょう。

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20分ほどかけて山頂へ上ってみると、見えました。中央やや下に写っているのが先ほどのスイッチャー、その手前にタキ車が留置されています。

Wanishi3keishiki

15時半を過ぎた頃でしょうか、スイッチャーがおもむろに動き出しました! タキ車の陰に隠れていて見えなかった銘板がようやく見えました。協三工業製です。おそらく20t機ではないかと思われます。

この色を見て、予備知識なしで「北海道のスイッチャーではないか」と思われた方は、かなりのコンテナマニアでしょう(笑) C20形50000番台(写真はこちらで確認が可能)は、国鉄分割民営化直後から数年間にわたり、JR貨物北海道支社・九州支社でC20・C21形有蓋コンテナをベースに改造された通風コンテナです。北海道支社のものはグレーに水色の帯が、九州支社のものは水色に黄色の帯が配されていました。最近では見かけなくなりましたが、スイッチャーにまだ同じ色が残っているのも興味深いですね。

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タキ車を引き連れて東室蘭駅側へ移動します。スイッチャーの次位には、これまた怪しげな車両が連結されていますね。早速ズームです。

Wanishi5hikae

控車として使用されている貨車ですが、種車はなんでしょうか。北海道では、JR発足後1年間はまだ青函連絡船がありましたから、JR貨物にはヒ600形が何両も継承されています。しかしどうも形がヒ600形とは違う気がしますね。謎です。

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南側の工場内の貨車の入換が終わると、

Wanishi7overthere

今度は北側の屋外留置車両の入換を始めました。

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長い編成を引き出すときには、東室蘭の街並みをバックに原野の中を走るような光景が見られます。

Wanishi9finish

すべての作業が終わると、次位の控車を切り離して屋外に留置し、動車庫へ戻っていきました。なお動車庫内には、協三工業製と思われる朱色の10t半キャブが見えましたので、この車両が検査や不調の時にはそちらが動くものと思われます。

撮影困難なスイッチャーほど、撮影できた時の達成感は大きいものがありますね。

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2011年8月 7日 (日)

★220000アクセス突破★西武E31形電機による最後の新車輸送

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■E34+E31が牽引する西武30000系電車  2009年11月29日、国鉄西武分界点-所沢

 大井川鉄道に譲渡されてからもうすぐ1年が経過するE31形電気機関車。譲渡先では特に動きが見られませんが、E10形などの旧形電機ファンにとってみれば逆に嬉しい誤算ではないでしょうか。

 上の写真は、山口県の日立製作所からJR線経由で甲種輸送されてきた30000系電車(38107F)を武蔵野線新秋津駅で受け取り、西武鉄道小手指車両基地まで回送するE31形電気機関車E34+E31です。これが、E31形による西武線内での最後の新車輸送になりました。回送列車は土曜午後に運行されたため、容易に撮影することができましたね。紅葉にもギリギリ間に合いました。

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■D16により建屋内へ移動されるE31+E851+クモハ355  2010年10月3日、横瀬車両基地

現在でも、横瀬ではイベント終了後の入換の最後に、このような珍妙な編成でホームの近くまで出てきてくれます。10分ほど停車していたので、入換の都合というよりおそらくファンサービスなのでしょう。撮影しているのは5~6人でしたが。

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2011年8月 5日 (金)

■トワイライトゾーン?■茂原の58680

 2011年6月某日、千葉県茂原市の某社へ出張しました。このメーカーにはかつて専用線が引き込まれ、東金線経由で貨物列車が運行されていたものです。さすがに夏至が近いだけあり、仕事を終えてもまだ日没まで時間があったため、徒歩でお気楽廃線跡巡りをしてみました。

廃線跡は合計3本あります。茂原駅へ連絡するものが2本と、新茂原駅へ連絡するものが1本です。茂原駅へ向かう2本のうち1本は、ほぼ全区間が遊歩道として整備されており、途中の交通公園には蒸気機関車の廃車体が保管されています。

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■交通公園に保存されている58680   2011年6月某日、茂原市内

 腕木式信号機の下にある説明板の一部を抜粋してみます。

「この蒸気機関車は大正11年に製造された車両で、総武本線・成田・房総線で運行していたが、昭和44年に福井機関区に転属となり越美北線で昭和46年7月の廃車になるまで活躍した。廃車となったこの車両は同年9月に福井より転送され現在地に保存されました。」

58680_a_mobarapark2

車輪が白いのは修復したからなのでしょうか。屋外展示にしては錆もあまり目立たず好印象を受けました。

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2011年8月 3日 (水)

★東邦亜鉛号★毎年夏場にタキが後ろに付く理由

 東邦亜鉛号(通称:安中貨物)は、毎年夏場を中心に変わった編成で運行されることがあります。この列車、日曜祝日以外は機関車+タンク車12両+無蓋車6両で運行されることが多いのですが、夏場になると「タキ無し編成」「トキ+タキ編成」で運行される日が増えてきます。「タキ無し編成」とは、文字通りタンク車が1両も連結されておらず無蓋車のみで組成された編成です。「トキ+タキ編成」とは、通常機関車側に連結されているタンク車が、無蓋車の後ろに連結されている編成です。

 本事象は、2011年夏も例年通り見られるようになりました。RMニュースにも早速報告があがっていますが、今だけのイレギュラーな運用であるかのような誤解をしている方がいらっしゃるかもしれませんので、この機会に記事としてまとめることにしました。

●トキ+タキ編成を追う -タキはなぜ後ろに付くのか?-

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■毎年夏場に運行される「トキ+タキ」編成   2009年7月13日、我孫子

 上の写真は、2009年夏に運行されていた安中行きです。ご覧のように、機関車の後ろにトキが6両続き、最後尾にタキが1両連結されています。典型的な「トキ+タキ」編成です。この編成が安中到着後にどうなるのかを追ってみましょう。

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■安中に到着した「トキ+タキ」編成    2009年7月13日、安中

同じ日の同列車の安中到着直後です。JRのEF81形電気機関車が切り離されると…

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精錬所のスイッチャーがトキ6両を専用線へ引き込みます。注目すべきは写真左端です。最後尾のタキが切り離されていることがお分かりいただけるでしょうか。

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入換が始まり、到着したトキ6両と、専用線内で荷役済みの空車トキ6両が交換されます。空車トキ6両に、同じく空車のタキが3両連結され、JRの側線へ押し込まれます。

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JRの側線の高崎寄り(写真左端)には、到着直後に切り離されたタキが1両ぽつんと残されています。そこ目掛けてタキ3両+トキ6両が押し込まれます。

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タキ1両に連結。スイッチャーによる入換はこれにて終了。あとは写真左端のEF81が編成に連結されて出発するのみです。

これでもうお気づきかと思いますが、EF81寄りのタキ1両は安中でまったく荷役を行っていませんタキがトキの後ろに連結されていたのはこのためです。もし、普段どおりにタキがトキの前に連結されていると、荷役を行わない車両をわざわざ入れ換えることになり、安中駅構内の入換作業が煩雑になってしまいます。

●なぜ荷役を行わないのか?

 さて、タキが荷役を行わない理由はもちろん「荷を積んでいないから」ですが、なぜ空の貨車が運行されているのでしょうか。その答えは、貨物時刻表にあります。安中発宮下行きの列車を追ってみると、熊谷貨物ターミナルで貨車の連結・解放が行われるように記載されています。もちろん普段は連結・解放はありませんが、川崎貨物駅隣接のJR貨物川崎車両所で貨車を検査する際は、熊谷タで増解結が行われます。検査対象の貨車は、熊谷タと川崎貨物の間で配給6794・6795列車に継送されて回送されます。つまり、安中行きのトキの後ろに連結されているタキは、検査のための回送車両ということになります。

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■川崎車両所で検査を終え、配6795列車で熊谷タへ向かうタキ1200-20 2016年2月、上尾

●なぜ夏場なのか?

 それでは更に突っ込んでみましょう。なぜ毎年夏場に貨車の検査が実施されているのでしょうか。実は車両の検査期限とはあまり関係がありません。非鉄金属メーカーT社では、小名浜・安中両精錬所で毎年7~8月に定期修理を実施しています。亜鉛精鉱から亜鉛を取り出すためには、まず前工程において、焙焼炉と呼ばれる釜で亜鉛精鉱を亜鉛焼鉱(酸化亜鉛)にしておく必要があるのですが、定期修理時にはこの釜の火も落ちますので、亜鉛焼鉱の生産が止まります。

このため、小名浜精錬所の定期修理期間中は亜鉛焼鉱輸送用貨車であるタキは編成から外れますこれが、夏場に「タキ無し編成」が増える理由です。そして、貨車の検査は貨車を使用しない定期修理期間中に行うのが合理的であることから、タキ無し編成の最後尾に検査対象のタキが1~数両連結されることがある、というわけです。

いっぽう、安中精錬所の定期修理期間中は、原料となる亜鉛精鉱を輸送する必要がなくなるため、亜鉛精鉱輸送用貨車であるトキが編成から外れます。これは操業停止中も同様で、たとえば東日本大震災後6月に運行再開した安中貨物が、しばらくの間トキ無しの編成で運行され続けていたのも、安中精錬所の亜鉛焼鉱生産プロセスが停止していたためです。亜鉛焼鉱から亜鉛を取り出す後工程は稼動していたため、タキは運行されていたわけです。

 専用線発着の貨物列車の運行は、荷主の操業状況に大きく影響を受ける、その最たるものが安中貨物である、と言えるのではないでしょうか。

●2011年8月25日追記

 なお2011年11月に、安中で臨時修理が予定されています。その時が来れば、また運行状況や編成に変化が見られることでしょう。

【参考】

  • 楠田泰彦、森田英治「小名浜・安中精錬所の亜鉛精錬」Journal of Mining and Materials Processing Institute of Japan VOl.123 pp.646-650(2007)
  • 日刊工業新聞2011年6月6日版

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