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2012年2月

2012年2月26日 (日)

★295000アクセス突破★東急デヤさよなら運転

 新型検測車TOQiの導入により、検測車デヤ7200、7290形が引退することになり、2012年2月26日(日)にさよなら運転が行われました。

この日は、朝一番で横浜本牧駅への東京都交通局12-600系甲種輸送を撮影した後、横浜線で根岸から長津田へと直行し、1日フリー切符『東急ワンデーオープンチケット』を購入して追いかけることにしました。

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最初は田園都市線沿線で。人が比較的少なかったあざみ野でなんとか撮ることができました。他の駅でもいいのですが、この駅は急行停車駅のため、撮影後に後続の急行に乗ってデヤを追い抜くことができるのです。デヤを追い抜いたのは梶ヶ谷でした。

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二子玉川で大井町線の急行に乗り換え、旗の台で各駅停車に乗り換えると、思いのほか俊足のデヤがすぐ後ろを追いかけてきました。さてさて、間に合うか?

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大井町線沿線の撮影は中延でなんとか間に合いました。大学1~2年の頃はこの駅で都営浅草線と東急大井町線を乗り継いで通学していましたので、勝手は大体分かります。そういえばこの日は国立大学の2次試験の日でしたね。

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後追い。先頭と比較するとヘッドマークの文言が変わっています。先頭は「ありがとうデヤ7200」ですが、後ろは「さようならデヤ7290」ですね。図案は同じようです。この後、後続の各駅停車で戸越公園へと向かいます。

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大井町ですぐに折り返してきたデヤ。

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車掌専用ホームの脇を通過します。ここ戸越公園駅は、駅のすぐ東側にある生活道路の踏切を温存するため、ホームの有効長が20メートル車換算で3両分しかありません。このため、5両編成の大井町線は大井町側2両の乗降扉が開かないのです。二子玉川方面行きの列車が停車すると、扉が開くのは先頭3両のみです。この専用ホームでは、最後尾の5両目から降りた車掌がモニタを確認しながらドア操作を行います。まさに大井町線ならではの設備です。

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デヤは田園調布経由で蒲田へ向かい、池上線全線を1往復しますので、旗の台で乗り換えて先回りします。池上線の石川台~戸越銀座周辺には、私の大学時代の友人も何人か住んでいました。往路は、住宅街を半地下構造で通り抜ける荏原中延-戸越銀座間で撮影。

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五反田からの復路は、大学時代に同じサークルの同期が住んでいたアパートのすぐ近く(洗足池-石川台)で。

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デヤは蒲田から多摩川線・目黒線経由で奥沢へ向かいます。大学の最寄駅が奥沢のすぐ隣の駅でしたので、奥沢車庫の入換シーンはなんとしても撮っておきたいところ。というわけで多摩川線沿線で撮影をせず、奥沢へ先回りします。デヤは到着するとすぐに入換を始め、

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一旦大岡山側に引き上げた後、

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入出庫線に転線して、

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奥沢車庫へ入庫します。

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他形式との並びが見られました。

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入庫中に先回りし、菊名行きを撮影。奥沢-田園調布間のこの場所はこの日一番の人出でした。

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菊名からの返しを複々線区間で。

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渋谷駅構内で記念式典を行っている間に先回りし、沿線から。シャッターを早まって押しました(苦笑) だんだん飽きてきて集中力を欠いていたのも事実ですが…。

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大学3年の頃、2コマから授業が始まる日は大井町駅を10時過ぎに通ることが多かったのですが、日中に使用しない方の線路にこのデヤが止まっているのをよく目にしたものです。その度に「あ、またいるな」くらいにしか思っていませんでしたが、無くなるとやはり寂しいものですね。

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2012年2月24日 (金)

★JR九州★小倉工場の入換機 DE10 1637

 日本全国の車両工場では、数多くのスイッチャーが活躍しています。JR九州小倉総合車両センターでは、2005年以降、DE10形1637号機がメインで使用されています。

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■検査中の815系を入れ換えるDE10 1637  2012年1月27日、小倉総合車両センター

 かつて九州では、車両の全般検査を小倉工場(現 小倉総合車両センター)と鹿児島工場(後の鹿児島総合車両センター) で分担して受け持っていましたが、2011年3月31日、鹿児島総合車両センターの工場機能廃止に伴い、現在は小倉がJR九州で唯一の全検施行工場となっています。加えてこの工場はJR貨物小倉車両所も併設しているため、JR九州の全車両(福岡市営地下鉄乗り入れ用303系を除く)のみならず、JR貨物の貨車や同社九州支社の機関車の全検まで請負っています。というわけで、平日にはかなり頻繁に入換シーンを見ることができます。

De101637_01

2012年1月27日、くろがね線の撮影を終え16時前に向かってみると、815系の入換場面に遭遇しました。国鉄九州総局内の機関区や運転所に新製配置されたディーゼル機関車の例に漏れず、ナンバーの背景は赤く着色されています。この車両は、1974年川崎車輌(大阪車両部)製、製造番号3816、新製配置は熊本機関区でした。2004年3月に鹿児島総合車両所へと転属になりましたが、鹿児島では1755号機がもっぱら主力機として活躍しており、この1637号機は目立った活躍もなく翌2005年3月31日に付けで廃車になっています。車籍を失った後は、2012年2月現在まで、小倉工場(現 小倉総合車両センター)の車両入換機として使用されています。

小倉工場の入換機は、端梁の左右両側に操車掛が乗るためのステップが取り付けられているのが特徴です。これは先代のDD16形も同じです。

De101637_03

815系を奥まで押し込んだ1637号機は、同じく入れ換えられた885系と並びます。885系の連結器がむき出しになっている姿は、あまりお目にかかることができません。水戸岡氏が885系のデザインを検討する際にモデルにしたとされるドイツのICE-Tや、その後登場したICE3は、分割併合の都合でよくこんな風に連結器をむき出しにしたまま時速300km/h以上で走っていますがね(笑)

Ice3_20050101_stuttgart
■途中駅で編成が分割されたICE3 2005/1/1 Stuttgart Hbf

一応、ドイツ旅行時に撮影した証拠写真を付けておきます。8+8の16連で運行されているICE3は、途中駅で編成が分割された後も連結器カバーを開いたまま走行することが少なくありません。JR東日本のE系列のように、発車して走行しながらカバーを自動的に閉じるような芸当はありません。

De101637_04

815系を切り離して引き上げると、今度は隣の建屋からマヤ34形を引き出して留置し、動車庫へと帰っていきました。マヤが格納されている場所が判明したのは棚ボタでした。

De101637_05

2010年の公開時に撮影した後位側。電車と連結するため、連結器は自動連結器と密着連結器から成る双頭連結器に改造されています。後位側の端梁にも左右にステップが取り付けられています。キャブの乗降扉には、入換時の視野を確保するためでしょうか、明かり窓も設けられていますね。

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2012年2月20日 (月)

【くろがね線を読み解く】第101回 ■架線保守作業用台車

 今回は、Y製鐵所の工程間輸送には直接関わりの無い保守用車両を紹介する。その車両は、2010年頃に突如登場した。

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架線保守作業用台車と思しきこの車両、外観から察するに、くろがね線で使用されている60t積スラブ用台車からの改造車である。

台枠上には、中央にJRの20ftコンテナ1基を搭載している。窓が片側2箇所設けられているため、おそらく控室として使用されているのであろう。その左側(八幡側)には、JRの12ftコンテナを1基搭載、こちらは資材運搬用か? 反対側(戸畑側)は手摺のみの構造だが…

Kasen60t02

…横方向からよく見ると、屋根上に登るための階段が設けられている。屋上には柵のようなものがあるため、階段で屋根上に登って作業するための台車ということになるだろう。電化区間を持つ製鉄所の鉄道ならではの車両といえよう。

Kasen60t03

形式は、ユタ2218。直訳すると60t積台車18号車になるが、これは種車のもの(この車両では荷重はあまり意味を持たない)。

Kasen60t04

架線張り替えのため、新しい架線を巻き付けたリールが沿線敷地内に置かれていたら、この貨車が運用される可能性が高い。上の写真は、既に張替えが終わった後に残されたリール。資材搬入口は沿線に何箇所かあり(私は3箇所発見している)、いずれも普段は厳重に施錠されているが、稀に作業用トラックなどが出入りすることがある。リールを置く場所はこれら搬入口のすぐ近くで、だいたい決まっているようである。

※この記事のタイトルになっている貨車の名称は、あくまでも説明のために便宜上使用しているものであり、事業者内部で定められた正式名称ではないことをお断りしておく。

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2012年2月16日 (木)

【くろがね線を読み解く】第100回記念■新日鐵釜石D3533に関する一考察

 『くろがね線を読み解く』の連載が、遂に100回を迎えた。これを記念して、今回は普段とは少し違った角度から考察を試みることにする。タンク屋しんちゃんのブログにて2011年8月8日に発表された、新日鐵釜石D3533 についてである。他所様のブログの内容について言及するのは若干憚られるのだが、今回は100回記念ということでご了承いただきたい。

1.社紋

Marus_fujis Marus
■機関車の車体側面に掲出された社紋。左が2011年現在の新日鐵、右が旧八幡製鐵

 左写真が、2011年現在の新日鐵の社紋である。○(マル)の中に富士山が上下に一つずつ入り、その中心部にSTEELの頭文字S(エス)を配している。これは、合併前の旧 八幡製鐵の社紋・マルエス(○の中にS、右写真)と、旧 富士製鉄の社紋・フジエス(富士山の中にS)を組み合わせたデザインである。これに対し、新日鐵釜石D3533の社紋はどうだろうか。吉岡氏の記事の写真をよく観察してみると、社紋は右写真と同じマルエスであり、旧 八幡製鐵の機関車であることがうかがえる。

2.ナンバープレート

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■機関車のナンバープレート。左が2011年現在の新日鐵のDL、右が旧八幡製鐵のSL。

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■左が室蘭製鐵所のDL、右がテツゲン(室蘭製鐵所のコークス工場)のSL。

 次にナンバープレートを観察してみると、ここにも八幡製鐵に共通する特徴がある。上段は八幡製鐵所(旧八幡製鐵)の機関車のナンバープレート、下段は室蘭製鐵所(旧 富士製鉄)の機関車のナンバープレートで、各々左はディーゼル機関車、右は蒸気機関車のものである。

比較してみると、旧八幡製鐵の機関車のナンバーの書体は、角が落とされたいわゆる「八幡フォント」で統一されていることが分かる。D3533のナンバーの書体が八幡フォントであることから考えても、もともとは八幡製鐵の機関車であった可能性が高い。

3.製鐵所の絞込み

 新日本製鐵の各一貫製鉄所の合併前の会社名は次のとおりである。

  • 旧 八幡製鐵系列 … 君津、堺、八幡(戸畑含む)
  • 旧 富士製鐵系列 … 室蘭、釜石、広畑
  • 旧 東海製鐵    … 名古屋 

   ※大分は計画段階では富士製鉄系列であったが、高炉へ火入れをしたのが合併後であったため、新日本製鐵としてスタートした。

ご覧のように、D3533が使用されていた釜石は旧 富士製鐵であるから、使用する機関車のナンバープレートに八幡フォントを採用する必然性がない。したがってこの機関車は八幡製鐵系列の製鐵所からの転属車であると考えられる。

4.軌間による特定

 では旧八幡製鐵系列だったとして、いったいどの製鐵所からやってきたのだろうか。上記の旧 八幡製鐵系列の製鉄所が構内鉄道に採用している(いた)軌間をまとめると、次の通りである。

  • 君津  … 1,435mm
  • 堺   … 1,067mm、1,435mm
  • 八幡  … 1,067mm

釜石には、軌間762mmと1,067mmの線路が混在していたが、D3533が使用されていた国鉄との連絡線は1,067mmであったから、八幡か堺からの転属車ということになる。ここまで絞り込んだところで、渡辺肇著『日本製機関車製造銘板・番号集成』を参照すると、日立製作所が堺向けに納入したのは1,435mmの55t機のみであることがわかる。したがって、消去法によりD3533の正体は、

  • 1963年 日立製作所製35tディーゼル機関車 35DD-8形D3533 製番12687
    新製配置された八幡製鉄所からの転属車
  • 全長:11,050mm、幅:2,600mm、高さ:3,690mm
  • 機関:DMH17SB(300ps)、液体変速機:TCW2.5、燃料タンク容量:1000L

と特定される。

5.エアータンクが一杯

 吉岡氏が言及している「エアータンクが一杯ある」のは八幡製鉄所に納入された日立のDLに共通する特徴である(防音構造のために車体を大型化し、ボンネット内のスペースに余裕ができた45DD-12形を除く)。また同時期に私鉄・専用線向けに納入された車両の一部にも、同じ特徴を持つものがある。

重量物を運搬する製鉄所の貨車は、通常は貫通ブレーキを備えておらず、制動は機関車まかせである。このため製鉄所の機関車は、一般の鉄道の機関車と比べてより安定したブレーキ力が求められる。D3533はこうした背景から、レディメイドのスイッチャーの設計をベースに、ブレーキ用エアタンクを増設するよう設計変更されたものと思われる。

私は、大学時代に実験用サンプルを作成する目的で真空ラインを扱っていたことがあるが、一般に空気ダメの容量を大きく取ればとるほど、一定時間バルブを開放して空気を外の系に放出した際の圧の変化を抑えることができる。ブレーキ操作によって圧縮空気が作用するのは瞬時のことなので、コンプレッサーの容量を増やしたところで解決する問題ではない(所定の圧に復元するまでの時間が短くなるだけである)。

なお同時期に日車が八幡に納入していた35t機(35DD-9形)を外から眺めてもエアタンクは見当たらないが、これは日車の機関車が製鉄所向けに一から設計されたためであろう(日車の車輌史の35DD-9形のキャプションに関連する記述あり)。日車が新規設計してスマートに造ったのに対し、日立は既成品の手直しでコストダウンを図ったために、増設されたエアタンクが外部に露出することになったと思われる。

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2012年2月12日 (日)

★290000アクセス突破★JR東海キヤ95系DR1編成による軌道検測

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 2012年2月11日土曜日、東海道本線にてキヤ95系を使用した軌道検測が実施されました。弊ブログをよくご覧いただいている方は、この場所がどこなのかお察しいただけることでしょう。

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2012年2月 6日 (月)

■仙台臨海鉄道■復旧間近の仙台埠頭駅

 先月9日、2012年3月の復旧に向けて工事が進められている仙台臨海鉄道仙台埠頭線の状況を確認してきました。

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■被災復旧したSD55 103と、秋田臨海鉄道より貸与されたDE65 2  2012年1月9日、仙台港

2011年11月25日より西港線が運行を再開したため、仙台港駅構内には2両の機関車が常駐していました。左が、津波で被害を受け復旧したSD55形103号機、右が秋田臨海鉄道より貸与されたDE65形2号機です。

秋田臨海鉄道では近年、全般検査を機に機関車の塗装を国鉄色に塗り替えており、既にDD56 1や無車籍の20t入換動車などが、ブルーの秋田臨海カラーから国鉄色へと変更されています。上の写真のDE65 2も、仙台港へ輸送される前の段階で、同じ経緯により新潟臨海鉄道カラーから国鉄色へと変更されています。

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端梁にMR・CPのコックも無く、側面ラジエーター上部に散水口のない姿は、一見するとDE11ですが、自重65tでDE10クラスの機関車です。エンジンにDML61ZA(1250ps)を搭載しているのも特筆すべき点です。衣浦臨海鉄道KE65形はすべてDML61ZB(1350ps)ですし、水島臨海鉄道DE70 1はエンジンが換装(DML61ZA→DML61ZB化)されているからです。私見では、日本国内で唯一残るDML61ZA搭載の動態機ではないかと思うのですが、どうでしょうか。西濃鉄道DE10 501が若干怪しいですが。調べればまだいるかもしれません。詳しい方の報告をうかがってみたいところです。

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さて、仙台港駅を西側から見てみると、西港線の運行に最低限必要な線路が敷き直されているのがわかります。突き当たりの機関庫も復旧しましたが、建屋内の線路は本線と繋がっていません。

いっぽう、写真左手に分岐する仙台港駅の荷役線はどうなっているかというと、

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復旧工事真っ只中でした。菫色の軌陸車が作業していますので近づいてみると、

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散布されたバラストを突き固めていました。線路だけは3月には運行できそうな雰囲気でしたが、荷主たる周辺企業が復旧しないと鉄道だけ復旧しても厳しいかもしれません。

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津波で大破した機関庫は、新たに建て直されています。震災以前は、事務所は機関庫内に設けられていましたが、現在では屋外(写真左)に別棟を設けて移転しています。

Sendaikou_e

今度は仙台港駅を東側から見てみます。昔ながらの山並が見え、少しホッとする光景です。

ここから仙台埠頭線に沿って進んでみます。

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大通りを横切る踏切も完全に復旧しています。奥が仙台港駅です。

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同じ踏切の埠頭駅側。

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少し進んで仙台港駅方向へ振り向く。

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埠頭駅方向には、バラストを敷かれた軌道が続きます。

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埠頭駅へ到着すると、末端部で工事を行ってるようでした。近づいてみると、先程仙台港駅で作業を行っていたものと同型のバラストスイーパーとダンプトラック(いずれも軌陸車)がちょうど動き出しました。

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まずはバラストスイーパーが踏切を渡ります。キャタピラ走行とは違ってかなり軽快な動きです。続いて、

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バラストダンプが後退してきます。

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踏切を渡り終えると、バラストを散布しながら少しずつ仙台港駅方向へ移動していきます。

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反対側へ回り込んでみました。散布が終わると、今度はバラストスイーパーの出番です。このルーチン作業が絶え間なく続いていました。雪の降らないうちに作業を進めてしまいたいのかもしれません。

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踏切の反対側(仙台港駅側)を見てみると、こちらは枕木設置作業中のようです。移動はトロ手押しでした。

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仙台埠頭では、新利府の新幹線総合車両センターに向けてE5系を陸送する準備も万端でした。埠頭の機能も徐々に回復しているようです。

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2012年2月 4日 (土)

■仙石線■宮城野電車区の入換機

 先月上旬に東北を回ってきたのですが、仙台臨海鉄道取材の帰りしな、宮城野電車区(現 仙台車両センター宮城野派出所)の入換機を見ることができました。

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■仙台総合車両センター宮城野派出所全景    2012年1月9日

宮城野電車区は、1991年の仙石線仙台-苦竹間地下化にあわせ、陸前原ノ町電車区を福田町駅付近へ移転して発足しました。

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所内の北側には車両の検査をするための建屋があり、入換機も配置されています。とはいえ全般検査を実施できるほどの設備ではありません。全検対象となった車両は、石巻線経由で郡山総合車両センターまで回送されています。

かつては、電車区内の電車の入換と、軌道検測時にマヤを牽引するため、クモヤ145形事業用電車が配置されていましたが、2009年に今回紹介する入換機に置き換えられ、廃車になっています。軌道検測にマヤではなくEast i-Dを使用することになったのが決め手のようです。

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入換機は2009年アント工業製の箱型タイプで、機械番号は06-28-05-0001です。現在の仙石線はすべて4両編成で編成長が短く、車両を動かす範囲も限られているため、無線による遠隔操縦には対応していません。

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車両の絶対数が少ないため、アントによる入換を見られるチャンスは多くはありませんが、それにしてもなぜこのタイミングで車両を牽引する必要があるのでしょうか。

その答えは、意外なところにありました。地元在住の方のブログ を拝見したところ、この編成は撮影翌日(2012年1月10日)の深夜に、郡山総合車両センターまでトレーラーで陸送されたとのことです。東日本大震災の津波の影響で、仙石線の高城町以北は2012年1月9日現在不通となっており、車両を全般検査しようにも東北本線経由で回送することができません。そこで、トレーラーによる陸送が必要になり、宮城野派出所内で車両を分割しなければならなくなった、というわけです。205系は、クハとモハユニットが切り離されてしまえば自走することはできませんので、入換機の稼動頻度は高まるわけですね。

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