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2012年3月15日 (木)

★六原★製紙メーカーK社専用線のスイッチャー

 臨時貨物列車発着時のみ稼動するスイッチャーも、近頃はめっきり減りましたね。東北本線六原駅に連絡する製紙メーカーK社専用側線のスイッチャー、最近では撮影するのが難しくなっているようです。

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■スイッチャーに推進されて工場を出場するコキ車  2009年1月20日、六原

この専用線のスイッチャーを撮影してからもう3年がたちます。当時六原駅で貨車の連結・解放が行われていた唯一の列車が8563列車で、列車番号の通り臨時貨物列車でしたが、実際には休日以外は毎日運転されていました。

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しかしこの写真を撮影した直後のダイヤ改正(2009年3月改正)で、8563レの六原解結は月・水・金の週3日体制に変更され、スイッチャーも週3日しか動かなくなってしまいました。そうなると、数年後には廃止されるのが常ですね。

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スイッチャーは同和通運所有の日本車輌製造製25t機で、規格型DBG25です。

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新製配置された高崎運輸から同和通運へ譲渡されましたが、いつ頃の譲渡なのか、はっきりとしたことはよく分かりません。

Rokuhara05

六原の入換は1日2回ありましたが、この日は1回目の入換を撮影後すぐに移動してしまいました。なにしろ、朝8時過ぎに六原で撮影後、各駅停車を乗り継いで石巻へ移動すると、石巻港駅の正午過ぎからの入換に十分間に合いましたので。更に、石巻港で13時過ぎまで撮影して仙石線で多賀城へ移動すると、仙台臨海鉄道の西港線と北港線の午後便にも間に合いました。そうやって掛け持ちして効率よく片付けるのが楽しかった時期の記録です。

●高崎運輸の25t機一覧

渡辺台帳より、高崎運輸に新製配置された日車凸型25t機を抽出すると次の通りです。

製造番号 記号番号 製造年月
2596 DB251 1968年3月
2680 DB252 1969年1月
2768 DB253 1969年9月
2769 DB254 1970年5月

いずれも寸法は共通で、全長7,350mm、幅2,732.2mm、高さ3,648mm(屋根上に設けられたヘッドライト含む)です。エンジンは日野自動車製DA59A2ないしDK10ATで出力200ps、トルコンは新潟コンバーターDB115という標準的な構成です。

同和通運のDBG25がこの中のどのスイッチャーなのか興味深いですね。情報をお待ちしています。

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▼A.日車のスイッチャー」カテゴリの記事

コメント

ご無沙汰しております。
六原の専用線は近年まではインターネットでも撮影報告すら皆無であった謎多き専用線でした。
六原も今回の改正でORS化されたと聞きました。
専用線には3両SWがいますが、去就が気になりますね…。

投稿: ひさし | 2012年3月16日 (金) 23:50

2008年3月撮影時の右側面の写真を見ると製造番号はつぶれて読めませんが製造年の下の桁が8or3に見えます昭和の表記なのでS43→1968年→DB251
ではないでしょうか?
九州行きのあとさぼった分仕事が忙しくてお礼をしそびれてしまいました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。

投稿: タムタキ | 2012年3月18日 (日) 17:22

タムタキさん はじめまして。モビリオと申します。 六原駅の日本車輌25tですが、昭和43年2680です。 かつて倉賀野にいた DB 252だと私は認識しておりますが。(両方共製番確認済)

投稿: モビリオ | 2012年3月19日 (月) 09:08

追記

たしかに、台帳は、1969年 つまり昭和44年ですが、現物はDB252が倉賀野でぶら下げていた製番も 六原の同和の25tも 昭和43年2680を付けてます。台帳と実車が違い事は 多々有ります。決めつけは禁物だと思います。もちろん現物がプレートを付け替える事も有りますが、この場合プレート内の製造年不一致ですから、付け替えの事は考える必要は、ないと思います。

投稿: モビリオ | 2012年3月19日 (月) 09:29

皆さんコメントありがとうございます!

●ひさしさん
ご無沙汰しております。それと、ご結婚おめでとうございますhappy01
往生際の悪い自分も、ちょっと考えないといけませんね(苦笑

さて、六原のスイッチャー。永らく首都圏在住だった私にとって、東北(特に仙台・小牛田以北)は、学生の頃からなかなか近寄れない場所でした。臨時貨物列車のみ発着する駅となれば、後回しになってしまうのは仕方ないところですね。

今回の改正でかなりのスイッチャーが余剰となりだぶつき気味ですから、別の場所で再生というのも難しいのかもしれません。南延岡のDB20-754の事例(http://rail.hobidas.com/rmn/archives/2012/02/post_670.html)は、たまたま買い手が付いたという感じですね。

またどこかでお会いした際はよろしくお願いします

●タムタキさん
情報ありがとうございます。書き忘れていましたが、製造年月が12月や1月のときは要注意で、年を跨ぐ場合はサプライリストと銘板の刻印が異なる場合があります。私の以前の記事に登場した、日車豊川の35t機も、サプライリストと銘板は昭和50年ですが、車体の製造年月の表記は昭和49年12月となっています。
…と思ったら、既にもうモビリオさんからコメントをいただいてしまいましたcoldsweats01

●モビリオさん
DB252なのですね。ありがとうございます。
ところで、同型機繋がりということで質問させていただきたいのですが、富士の日本製紙専用線で使用されている日通富士DBG25の正しい製番をご存じないでしょうか。
銘板では昭和40年製番2408ですが、これは明らかに誤りです。

ご存知かもしれませんが、日車の民間向け機関車の銘板の製造年部分は、昭和40年以前は鋳出、昭和41年以降は刻印になっています。富士のスイッチャーが、もし昭和40年製造ならば、製造年部分は鋳出でなければなりませんが、実際には刻印です。二塚の中越パルプ専用線のDB251は製番は同じ2408ですが「昭和40年」はきちんと鋳出の銘板になっています。

何かご存知でしたら教えてください。
よろしくお願いします~

投稿: 社長 | 2012年3月19日 (月) 20:33

2408番の機関車が2両存在しているのは、認識しております。自分の認識とては、現在富士にいる車の前配置は、元善光寺であることのみです。二塚の車は、ニチユと置き換わりましたが、前配置までは、把握しておりません。全く回答になってませんで申し訳ありません。

投稿: モビリオ | 2012年3月19日 (月) 23:17

モビリオさん、社長さん今晩は
六原のスイッチャーは高崎運輸のDB252だったんですね。
おかげさまで製造年と製番がわかりましたありがとうございます。
他力本願ですが富士と二塚が同じ製造番号の謎もどなたかがといて
いただけるとありがたいのですが。
もうひとつ秋田臨海にいたどうみても日本車両のOEMに見える
日立製スイッチャーの履歴と銘板の表記がどうなっているかをご存知ないでしょうか。

投稿: タムタキ | 2012年3月19日 (月) 23:35

タムタキさんへ

秋田臨海の日立のプレートを前部ラジエーターカバー(普通日車マークの場所)に付けていた15tの事でしょうか? (日立13167、1970) あれは、プレートは、この機関車が秋田北港に来る前にいたOD152(日立)が付けていたプレートを付けただけで、この15tは、日本石油輸送のNo.31 日本車輌昭和45年2805であったと聞いてます。
2008年早春 解体されたと聞いてます。

投稿: モビリオ | 2012年3月20日 (火) 09:35

コメントありがとうございます。六原でこんなに盛り上がるとは思いませんでしたsun

●モビリオさん
そうですか~2408の正体は不明ですか。
渡辺台帳では、メーカーからの納入時は「富山港湾運送DB251」となっており、近場なのでまだ頷けますが、富士の方はよくわかりませんね。しかし昭和41年以降に製造されたのは確かです。

●タムタキさん
お忙しいところすみませんです。
秋田臨海の日車15t機については、私もモビリオさんの仰るように認識しております。(解体年までは知りませんでした)
私の相互リンク先の「炭鉄」さんの「炭鉄別館」において、当該機の写真が公開されていますのでご覧ください。

ボンネット前面の日車の社紋があるはずの部分に日立の銘板をつけているのはもちろんですが、キャブ側面についている「OD152」も、まさに日立OD152のナンバープレートです。すぐ下にある秋田臨海鉄道の社紋と「OD=小野田セメント」はまったく関連がありません。
秋田臨海工業地帯には、日本セメント秋田SS(のちの太平洋セメント秋田北SS)と、小野田セメント秋田SS(のちの太平洋セメント秋田南SS)がありましたが、昭和45年版専用線一覧によると、専用線があったのは日本セメントの方だけで、小野田セメントにはありません。日本セメントが自社のスイッチャーのナンバーに「OD=小野田」を入れることは考えにくく、したがって、OD152はどこか別の場所の小野田セメントで使用されていたスイッチャーで、秋田製錬入換用に転属、その後廃車、ナンバープレートと社紋のみ、日本石油輸送No31へ付け替え、というのが答えではないかと思いますがいかがでしょうか。 なお、日本セメント専用線は「日本石油線に接続」となっていますので、OD152二代目は、No31の時代には日本セメント専用線の入換にも使用されていたのではないでしょうか。秋田北港へ移動後、OD152をつけて秋田製錬の入換用となったのではと推測しています。

投稿: 社長 | 2012年3月21日 (水) 00:40

補足ですが、初代OD152(日立C/N13167)は、渡辺台帳では「空番」となっており、最初の納入先はよく分かりません。

投稿: 社長 | 2012年3月21日 (水) 00:47

社長さん、モビリオさん秋田臨海の件ありがとうございます。

当然ご存知かと思いますが
~2408の件ですが内燃リストでは
富士←元善光寺←富山港湾運送(岩瀬浜?)
二塚←富山港湾運輸(岩瀬浜?)
となっています。

銘板刻印とその頃はSWがゴロゴロいた事を考えると二塚←富山港湾運輸が正で元善光寺←富山港湾運送はやはり同じ製造番号による誤りだと思われますが。S40年頃の元善光寺に詳しい方でもないとわからないかも知れませんね。

PS 今月末には社長さんの20日遅れで北に旅立ちます、(片道切符ですがcat

投稿: タムタキ | 2012年3月22日 (木) 00:15

タムタキさんコメントありがとうございますdelicious

私もタムタキさんの仰るように、富山→二塚が正との認識です。
富士の25Tは、昭和「40」年が刻印ですので41年以降の生産品です。また、銘板は公式側/非公式側両面記録済ですが製番部分が不自然に書き換えられている(2408の8は削った跡があり書体がおかしい)ため、真の製番は別だと思います。
25T凸をサプライリストで追ってみると、15Tに比べて数が少なく、以外と絞りこめます。
あとは、銘板だけでなく車両をきちんと観察することが肝要かと思います。細かい部分が時代や納入先ごとに異なりますので。
元・東レ三島の富士1号か2号と言われている沼津の三菱35BAですら、銘板をみなくても車両を観察すれば富士1号であることは明白ですね。ヘッドライト形状、端梁のステップ形状、端梁ゼブラの塗り分けが異なります。後日銘板も確認済です。

投稿: 社長 | 2012年3月28日 (水) 12:37

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