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2012年4月

2012年4月16日 (月)

◆まつりスケジュール◆

D01
■D-01 1970年1月日立製作所製、自重45t、出力500ps、軌間1,435mm、製造番号13119

 毎年各地で開催されているお祭りは、普段目にすることのない様々なものを見られる貴重な機会となります。日程は毎年ほぼ固定されていますので、事前計画が可能です。

  • 4 月 … N社(大)、S社(鹿)
  • 5 月 … J社N(福)、S社(尼)、J社H(京)
  • 7 月 … N社(君)
  • 8 月 … N社(広)
  • 9 月 … J社(富)、N社(光)、D社(渋、星)
  • 10月 … K社(加)、J社H(千)、N社(室)
  • 11月 … J社N(倉)、N社(八)、N社(名)、T社(下)
  • 不定期… N社(呉)、S社(和)
  • 不 明 … K社(神)、S社(小)

一番の山場は、秋の行楽シーズンでしょうか。臨時列車が多数運転されるほか、鉄道の日を記念して各地で車両工場の公開イベントが開催されるのがこの時期です。二兎を追う者は一兎をも得ず。文字通り、選択と集中が求められます。無茶をせず、安全には充分注意してください。

 なお情報の活用は自己責任でお願いします。仮に本情報を元に行動した結果、刑事的・社会的責任を追及されたり、精神的・肉体的被害を受ける、あるいは経済的損失を被ったとしても、当方は一切責任を負いません。あしからずご了承ください。

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2012年4月15日 (日)

★315000アクセス突破★さようなら長電2000系

 2012年3月をもって、長野電鉄2000系が全車両引退しました。さよなら運転の予定されていた3月25日は天気もよさそうだったので、前日24日に伊豆箱根鉄道大場工場公開イベントに参加した後、災害から復旧したばかりの身延線経由、松本経由で前日深夜に長野入りしました。

Nagaden_2000d_01

 今回は、屋代線と山の内線(現:長野線末端区間)に絞りました。屋代線を走行するイベントは翌週にも企画されていましたが、2000系がこの区間を走行するのはこの日が最後でしたので。

Nagaden_2000d_02

この信濃竹原-夜間瀬間の橋梁はあまりにも有名ですが、有名であるが故にブログで紹介しても問題になることはなさそうなので安心です(笑)

Nagaden_2000d_03_2 Nagaden_2000d_04

屋代駅では、しなの鉄道169系との並びが見られますが、屋代線経由で向かっていると間に合わないので、長野線・JR・しなの鉄道経由で先回り。

ヘッドマークは、かつて屋代から長野電鉄へ直通していた急行「志賀」をイメージした、リバイバル運転時のものです(左写真)。反対側は、私が撮影したときには急行「とがくし」になっていました(右写真)。長電にはあまり関係ないような気が…。

Nagaden_2000d_05

関係ないものもアリなら、いっそのこと国鉄急行形電車を使用した最後の急行列車「赤倉」にして欲しかったかなぁ。特急みのりに格上げされる直前の末期の頃は、上沼垂区の受け持ちでムーンライトえちご用165系と共通運用でしたので、6両編成すべてが国鉄色で揃うことはあまり多くはありませんでしたが、湘南色とムーンライト色が混ざった異色の編成もまた魅力的でした。当時は、紀勢線に165系の定期運用がまだありましたので、国鉄色を血眼になって追いかける必要もありませんでした。

Nagaden_2000d_06

屋代線に先回りして、相互リンク先の西宮後さんに教えていただいた場所から最後の1枚。大室駅、だったと思います。

Nagaden_2000a_07

今回引退したのは最後まで残っていたD編成ですが、去年はA編成が引退しましたね。これを撮影したちょうど1ヵ月後に東日本大震災が発生し、引退を惜しむどころではなくなってしまいました。何でもそうですが、ありふれた車両や風景も撮れるうちに撮る、が鉄則ですね。

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2012年4月 9日 (月)

【くろがね線を読み解く】第103回 ■2011年初夏のある日の編成

 2011年6月4日土曜日、朝一番で門司機関区を見物 した後、くろがね線沿線を周遊することにした。足はもちろん、以前紹介したこちら。

20110604_08

会員になれば、このような無人スポットで24時間365日レンタル返却自由なので、大変便利。会員にならなくても、スペースワールド駅前と小倉駅前の有人スポットで、平日10時から17時半までのあいだ借りることができる(返却は24時迄、小倉は土日も可)。

土日にくろがね線だけを撮るならスポット利用も悪くは無いが、利用時間に制約があるため、平日に西八幡も含めて狙うなら、あらかじめ会員になっておくことをお勧めする。

20110604_09

 小倉駅で下車し自転車で第一操車場を訪れ、貨車の形式写真を撮っていると、11:45頃、八幡からの列車が到着した。編成の内訳は、90t積熱塊カバー台車4両+ホットコイル台車4両(60t積、80t積各2両)の8両編成で、これをE8501とD704で挟んだお馴染みの姿である。なお2011年10月より、ヤードを跨ぐようにパイプラインが設置されたため、このアングルからの撮影は困難になった。

20110604_01

入換を終え、11:56頃、列車は八幡に向かって発車していった。編成はZ1+K5。Z1は60t積熱塊カバー台車7連、K5は90t積防水フード付台車3連である。

 この後、駅前通り沿いの喫茶店でのんびりランチをしていたら、気づかぬうちに戸畑行を1本逃してしまった。てっきり八幡から来ると思ってスタンバイしていた場所で、急に反対側からやってきた八幡行。

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13:23頃やってきたのは、防水フード付台車3両+スラブ用台車。スラブ用台車は固定編成を組まないため、両数は毎回異なる。

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防水フード付台車はK2編成のようだ。K2は60t積3連である。

 さて、ここでこの日のダイヤについて考察してみよう。くろがね線の運行は最短で1時間15分ヘッドである。この場所を13:23に通過したということは、逆算すると一操を13:15頃に発車しているはずである。前述の通り、1本前の列車が11:56に発車しているので、この日は容量限界の高頻度運転を行っていることになる。そうと分かれば、安心して待つことができるというもの。

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案の定、14:18頃に戸畑行がやってきた。編成は、90t積熱塊カバー台車4両+ホットコイル台車4両。

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ホットコイル台車の方はJ3編成のようである。J3は80t積台車のトF80-19、20、21、23から成る4連である。

ここは戸畑から2kmほどの場所であるから、戸畑へ行った列車は、30分ほどで戻ってくるのが経験則。早速、谷の反対側にある陸橋へ移動する。途中で幹線道路を横断する場所にコンビニがあるため、食事やトイレの心配も無用である。

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14:56頃、予定通り八幡行が登場。編成は、90t積熱塊カバー台車4両+ホットコイル台車4両。前者は、レールや鋼矢板の元になる半製品「ブルーム」を輸送、後者は電磁鋼板の元になる「熱延コイル」を輸送している。

20110604_07

ホットコイル台車は、後方(DL側)より60t(2個積)+110t(4個積)+80t(3個積)+60t(2個積)の構成である。110t積台車JMは1両しか存在せず、かつて2010年頃はJ1編成(80t積+110t積+80t積+60t積)の一部に組み込まれていたが、この日は組成が変わっていた。

高頻度運転の日は、編成に着目してみるのも面白い。

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2012年4月 6日 (金)

★吉原のスイッチャー★2008-2012

 静岡県内では、いまだ数多くの製紙工場が操業しています。このうちいくつかの工場では、鉄道貨車によって製品の発送が行われています。

昨夏報道発表もなされていますが、N社の富士工場(鈴川)は、2012年9月までに「抄紙機・パルプ設備等の全製造設備を停機」することが決まっています。9月以降は当面のあいだ製品の出荷基地として活用されることになっていますが、事実上の工場廃止と言えるでしょう。

Yoshiwara01
■DE10形に牽引され、吉原駅から貨車が到着。  2012年2月17日、吉原

今年2月にN社の専用線を訪れてみると、DE10形によってこれまで通り入換が行われていました。専用線の入換は、貨車の駅授受に伴うものと、荷主企業内における荷役に伴うものがあります。このうち前者の入換の時刻は、JR貨物のホームページに掲載されている「荷役線出線時刻」「荷役線入線時刻」を参照すれば、誰でも簡単に絞り込むことができます。

吉原駅の設定時刻は10:30、13:30、15:00でした。したがって入換もこのあたりの時刻で行われると予想されます。この時刻に決まっているのは、岳南鉄道の貨物列車の発着に伴う一連の入換に組み込まれているためのようです。といっても、あくまでも入換を同時に行っているだけで、この工場と岳南鉄道沿線の工場の間で荷をやり取りしているわけではありません。

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脱線転轍機の手前で一旦停止し、転轍機を反位側(車両が通過可能な位置)に固定します。

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DE10によってコキ2両とワム2両が工場内に取り込まれます。

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入換は、2011年6月の土曜日に訪れた際は13:30でしたが、平日は15時であることが多いようです。3年前の2009年に、相互リンク先の「奥野君の専用線日記」に掲載された「ひさし」さんの情報でようやく確信が持てました。

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■工場から一瞬だけ外に出てくるスイッチャー。    2012年2月17日

この日に使用されていたのは、日本通運のロゴと標記を付けた日本車輌製造製の20t機です。1969年(昭和44年)10月に日高組(※「高」はハシゴダカ)へ納入され、2008年9月までJR氷見線伏木駅に連絡する製紙メーカーN社専用鉄道で使用されていました。工場廃止後、2009年頃にこの場所へ移ってきました。エンジン出力は153ps、製造番号は2868です。

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貨車を隣の線路に移すために外から見える場所まで出てきますが、1分もしないうちに工場内へと戻ってしまいます。キャブ・ボンネット側面のみならず、妻面にも日通の社紋が取り付けられています。

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スイッチャーによる入換が終わると、今度は貨車の発送です。ワム4両+コキ2両がDE10による推進運転で吉原駅へと向かっていきます。

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それが終わると最後の貨車入換。このように、スイッチャーにビームの影がかからないように撮るには一工夫必要です。

昭和40年代までに製作された日車の2軸スイッチャーは、軸バネがこのように重ね板バネになっています。コイルバネに変更されたのは昭和50年からです。よく見ると、手摺の一部やステップが黄色く着色されていますが、伏木時代は黒でした。

●かつて活躍していたスイッチャー

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■かつて鈴川で使用されていた日立製15t機。    2008年

 2008年、ちょうどこの界隈で寝台特急はやぶさ・富士を撮影するマニアが増え始めた頃、この工場のスイッチャーは日立製の15t機でした。1961年1月に沼津の変圧器メーカーM社へ納入されたもので、出力は133ps、製造番号は12563でした。ロッド駆動で、カウンターウェイトが車輪の外側についているタイプです。同型機はもう存在しない…と言いたくなるところですが、

Ashio_db064
■元・矢板駅の入換機DB064       2011年9月25日、足尾

このように奇跡的に動態保存機が存在します。数年に一度公開されるようです。チャンスを逃さずチェックしておきたいスイッチャーですね。この車両は、1964年12月に大阪のT埠頭へ納入されたもので、出力は同じ133ps、製造番号は12811です。

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■日車製15t機89-75。             2009年10月14日、吉原

とはいうものの、フェンスの内側に常時置いてあった日立は予備扱いで、メインで使用されていたのはこちらのスイッチャーでした。1970年(昭和45年)10月に本州製紙へ納入された日本車輌製造製の15t機で、出力は153ps、製造番号は2807です。

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このスイッチャーは、伏木から20t機が転入したことによって予備機となり、もともと予備機だった日立15t機が廃車になっています。

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■予備機になった15t機(奥)と、伏木から転入した20t機(手前)。 2009年11月13日、吉原

伏木の20t機は、転入直後はこのように「伏木海陸運送」の旧社名を出したまま使用されていました。奥に留置されている15t機と同型機とはいえ、雪国仕様でホイッスルカバーがついているのが相違点です。このように並ぶと比較がし易いと思います。ステップの色も現在とは異なり黒いですね。

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現在日通の社紋になっている妻面の丸看板ですが、この当時はまだ伏木海陸運送の碇マークの社紋が付いていました。

ところで、前述の通りこの車両の自重は15tではなく20tですが、日車の20t機はどのくらい製作されたのでしょうか。渡辺台帳を元に、少し調べてみました。

●日車20tリスト

 日本車輌製造製2軸スイッチャーの二大勢力は15t機と25t機ですが、この吉原のスイッチャーのように、15t機と同一車体で製作された20t機がわずかながら存在します。

  • 高崎運輸 DB201 1967年(昭和42年)6月製造 製造番号2548
  • 日本車輌 DB201 1967年(昭和42年)5月製造 製造番号2549

1967年に同一ロットで製作された2両がそれです。日本車輌DB201は、蕨製作所の入換用です。この2両と伏木から来た吉原のスイッチャーの他には存在しません。

 なお、20t機としてはこれ以前にも、名古屋パルプDB20(1956年11月製造、製造番号1762)や、富士電機FDK108(1958年6月製造、製造番号1787)、FDK111(1961年12月製造、製造番号2038)がありますが、これら3両はいずれも、日本製鋼室蘭向け2軸機関車をベースに少数生産されたオーダーメイド機であり、車体の形がまったく異なります。前面窓は3枚で動力伝達方式もロッド駆動であるなど、20t機は20t機でもまったくの別物です。

いっぽう、1965年には輸出用として3両の20t機(製番2431~2433)が製作されていますが、輸出先がインドですから当然軌間は1,676mmで、これも同型とは言えないと思います。

 ということで、専用線向けの日車製規格型スイッチャー20t機は日本に3両しか存在せず、そのうちの1両が現役だったということになります。どうです? こんなふうに見てみるとありがたみが増すのではないでしょうか(笑)

【参考】

  • 『日車の車輌史 図面集』-戦後産業車両・輸出車両編-、鉄道史料保存会

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2012年4月 5日 (木)

◆トワイライトゾーン?◆名古屋市交通局鶴舞線のモ

 「トワイライトゾーン?」と書くと、なぜかアクセス数が増えますね(笑)

Nisshin_hk2b1
■PC枕木を荷役中のモ(軌道事務所32号車)  2012年3月20日、日進工場

これは、名古屋市交通局日進工場内にある保線基地に配置されているモーターカーです。堀川工機製で、以前紹介した藤が丘工場のもの と同型機です。しいて相違点を挙げれば、床下に吊り下げている燃料タンクを車体に固定する方法が異なるのと、キャブの表記・銘板の取付位置が異なることでしょうか。まぁ、それを指摘したところであまり本質的な議論はできそうにありませんが。

Nisshin_hk2b2

荷役には、車載のクレーンではなく、このようにフォークリフトを用いていました。保線車両にはあまり興味が持てませんが、デザインが好みだと撮るようにはしています。

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2012年4月 2日 (月)

★310000アクセス突破★曰く付きのK社製16000系

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 登場以来、K社で製造され続けてきた東京メトロ16000系。ところが2012年から登場した第13編成(16113F)以降は、製造者が山口県のH社に切り替えられている。

 K社製16000系が打ち止めになった本当の理由について、ネットを検索しても妥当な情報は出てこないので、ある程度は情報統制が効いていると思われる。製造者側にとっては好ましいことだが、一番迷惑を被っているのはユーザー(東京メトロ)ではないだろうか。

台車、床下機器、前面FRPパーツはいずれも外注モノであり、アルミ車体の製造技術さえあればほぼ同じモノは造れる。K社が16000系の問題点を改善しない限り、今後しばらく同車両はH社によって製造されることになるだろう。

スイッチャーファンにとっては、下松の専用線 の稼働率が上がり狂喜乱舞といったところか…。

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2012年4月 1日 (日)

トワイライトゾーン? 備中の山村に佇む入換機のキャブ

Twilightzone_bitchu_2  北緯,東経(34.838507,133.595917)
■国道180号線沿いに放置されている入換機のキャブ  2012年4月1日、JR伯備線車内より撮影

 高梁川に沿って走るJR伯備線と国道180号線。その沿線のとある場所に、一つの怪しげな物体が佇んでいる。どう見ても日車製スイッチャーのキャブなのだが、よく見ると窓配置がおかしなことになっている。改造する積極的な理由は思いつかないのだが…。

手前の看板は、地域の作業代行サービス会社の広告で、このキャブは看板を目立たせるために置かれたただのオブジェのようである。

●特定できるか!?

 日車製スイッチャーでこのタイプのキャブを持つのは、昭和46年以降に製作された製番2967~2976の10両である。内訳は、25t機5両、15t機5両。それ以前の日車製スイッチャーは、15t(20t)機はL型エンドキャブ、25t機は凸型セミセンターキャブであったが、この10両からはキャブやボンネットが共通化された。同時に、それまでキャブと台枠の間に設けられていた溝がなくなっているのが大きな特徴である。

しかしどういうわけか、その後量産された車両(製番3140~3145)では、溝が再び復活してしまった。おかげで、このキャブの元車両を類推することができる。件の10両にはまだ現役機も何両かある(安中25t、鵜殿25t、伊予三島15tなど)ため、消去法でかなり絞り込むことはできる。果たして特定することはできるだろうか…。

●2012年4月4日追記

 本記事掲載のキャブについて、国鉄操重車ソ60形のキャブではないかとの情報をいただいた。そこで、早速検証してみることにする。

Twilightzone_bitchu_after
■国鉄操重車ソ60形 『日車の車輌史 写真集2』鉄道史料保存会編 p141 より

ソ60形は、1971~72年(昭和46~47年)に日本車輌製造で製作されたレール荷役用操重車である。日車の車輌史・写真集掲載の写真を確認すると、その形態は、長物車チキのような台枠上に、日車製スイッチャーのボンネットとキャブ、レッキングクレーンと操縦室を載せた格好である。ソ60形のキャブをよく見ると、その特異な窓配置は備中に置かれていたキャブと瓜二つである。冒頭で窓配置が不審である点に言及したが、まさにそれがヒントであった。2012年現在、こちらのホームページでは前位側 後位側 共にカラー写真でも確認することができるので、参照されたい。

なお参考までに、日車の車輌史掲載のソ60形の解説を引用させていただく。

《保線合理化を狙ったレール積卸し用操重車で,チキを挟み2両総括制御で2.5t(25mレール3本)を荷役でき、30km/hで自走可能.機関車部は日車標準形ディーゼル機関車の設計を流用,台車は日車バーバー台車.》

この通り、ソ60形のキャブは日車製スイッチャーの設計を流用したものであることが明記されている。前述の、昭和46年以降に製作された10両のスイッチャーのキャブと同じ特徴を持っているのは、同じ時期に製作されたためであろう。

 スイッチャーの設計を流用した操重車や保線車両は、日立製作所など他のメーカーも製作している。今後、スイッチャーのキャブを見つけたら、共通設計の保守用車両も含めて調査対象に入れておいた方が良さそうである。

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