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2012年4月 6日 (金)

★吉原のスイッチャー★2008-2012

 静岡県内では、いまだ数多くの製紙工場が操業しています。このうちいくつかの工場では、鉄道貨車によって製品の発送が行われています。

昨夏報道発表もなされていますが、N社の富士工場(鈴川)は、2012年9月までに「抄紙機・パルプ設備等の全製造設備を停機」することが決まっています。9月以降は当面のあいだ製品の出荷基地として活用されることになっていますが、事実上の工場廃止と言えるでしょう。

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■DE10形に牽引され、吉原駅から貨車が到着。  2012年2月17日、吉原

今年2月にN社の専用線を訪れてみると、DE10形によってこれまで通り入換が行われていました。専用線の入換は、貨車の駅授受に伴うものと、荷主企業内における荷役に伴うものがあります。このうち前者の入換の時刻は、JR貨物のホームページに掲載されている「荷役線出線時刻」「荷役線入線時刻」を参照すれば、誰でも簡単に絞り込むことができます。

吉原駅の設定時刻は10:30、13:30、15:00でした。したがって入換もこのあたりの時刻で行われると予想されます。この時刻に決まっているのは、岳南鉄道の貨物列車の発着に伴う一連の入換に組み込まれているためのようです。といっても、あくまでも入換を同時に行っているだけで、この工場と岳南鉄道沿線の工場の間で荷をやり取りしているわけではありません。

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脱線転轍機の手前で一旦停止し、転轍機を反位側(車両が通過可能な位置)に固定します。

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DE10によってコキ2両とワム2両が工場内に取り込まれます。

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入換は、2011年6月の土曜日に訪れた際は13:30でしたが、平日は15時であることが多いようです。3年前の2009年に、相互リンク先の「奥野君の専用線日記」に掲載された「ひさし」さんの情報でようやく確信が持てました。

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■工場から一瞬だけ外に出てくるスイッチャー。    2012年2月17日

この日に使用されていたのは、日本通運のロゴと標記を付けた日本車輌製造製の20t機です。1969年(昭和44年)10月に日高組(※「高」はハシゴダカ)へ納入され、2008年9月までJR氷見線伏木駅に連絡する製紙メーカーN社専用鉄道で使用されていました。工場廃止後、2009年頃にこの場所へ移ってきました。エンジン出力は153ps、製造番号は2868です。

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貨車を隣の線路に移すために外から見える場所まで出てきますが、1分もしないうちに工場内へと戻ってしまいます。キャブ・ボンネット側面のみならず、妻面にも日通の社紋が取り付けられています。

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スイッチャーによる入換が終わると、今度は貨車の発送です。ワム4両+コキ2両がDE10による推進運転で吉原駅へと向かっていきます。

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それが終わると最後の貨車入換。このように、スイッチャーにビームの影がかからないように撮るには一工夫必要です。

昭和40年代までに製作された日車の2軸スイッチャーは、軸バネがこのように重ね板バネになっています。コイルバネに変更されたのは昭和50年からです。よく見ると、手摺の一部やステップが黄色く着色されていますが、伏木時代は黒でした。

●かつて活躍していたスイッチャー

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■かつて鈴川で使用されていた日立製15t機。    2008年

 2008年、ちょうどこの界隈で寝台特急はやぶさ・富士を撮影するマニアが増え始めた頃、この工場のスイッチャーは日立製の15t機でした。1961年1月に沼津の変圧器メーカーM社へ納入されたもので、出力は133ps、製造番号は12563でした。ロッド駆動で、カウンターウェイトが車輪の外側についているタイプです。同型機はもう存在しない…と言いたくなるところですが、

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■元・矢板駅の入換機DB064       2011年9月25日、足尾

このように奇跡的に動態保存機が存在します。数年に一度公開されるようです。チャンスを逃さずチェックしておきたいスイッチャーですね。この車両は、1964年12月に大阪のT埠頭へ納入されたもので、出力は同じ133ps、製造番号は12811です。

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■日車製15t機89-75。             2009年10月14日、吉原

とはいうものの、フェンスの内側に常時置いてあった日立は予備扱いで、メインで使用されていたのはこちらのスイッチャーでした。1970年(昭和45年)10月に本州製紙へ納入された日本車輌製造製の15t機で、出力は153ps、製造番号は2807です。

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このスイッチャーは、伏木から20t機が転入したことによって予備機となり、もともと予備機だった日立15t機が廃車になっています。

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■予備機になった15t機(奥)と、伏木から転入した20t機(手前)。 2009年11月13日、吉原

伏木の20t機は、転入直後はこのように「伏木海陸運送」の旧社名を出したまま使用されていました。奥に留置されている15t機と同型機とはいえ、雪国仕様でホイッスルカバーがついているのが相違点です。このように並ぶと比較がし易いと思います。ステップの色も現在とは異なり黒いですね。

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現在日通の社紋になっている妻面の丸看板ですが、この当時はまだ伏木海陸運送の碇マークの社紋が付いていました。

ところで、前述の通りこの車両の自重は15tではなく20tですが、日車の20t機はどのくらい製作されたのでしょうか。渡辺台帳を元に、少し調べてみました。

●日車20tリスト

 日本車輌製造製2軸スイッチャーの二大勢力は15t機と25t機ですが、この吉原のスイッチャーのように、15t機と同一車体で製作された20t機がわずかながら存在します。

  • 高崎運輸 DB201 1967年(昭和42年)6月製造 製造番号2548
  • 日本車輌 DB201 1967年(昭和42年)5月製造 製造番号2549

1967年に同一ロットで製作された2両がそれです。日本車輌DB201は、蕨製作所の入換用です。この2両と伏木から来た吉原のスイッチャーの他には存在しません。

 なお、20t機としてはこれ以前にも、名古屋パルプDB20(1956年11月製造、製造番号1762)や、富士電機FDK108(1958年6月製造、製造番号1787)、FDK111(1961年12月製造、製造番号2038)がありますが、これら3両はいずれも、日本製鋼室蘭向け2軸機関車をベースに少数生産されたオーダーメイド機であり、車体の形がまったく異なります。前面窓は3枚で動力伝達方式もロッド駆動であるなど、20t機は20t機でもまったくの別物です。

いっぽう、1965年には輸出用として3両の20t機(製番2431~2433)が製作されていますが、輸出先がインドですから当然軌間は1,676mmで、これも同型とは言えないと思います。

 ということで、専用線向けの日車製規格型スイッチャー20t機は日本に3両しか存在せず、そのうちの1両が現役だったということになります。どうです? こんなふうに見てみるとありがたみが増すのではないでしょうか(笑)

【参考】

  • 『日車の車輌史 図面集』-戦後産業車両・輸出車両編-、鉄道史料保存会

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コメント

こんばんは~。
規格型以前の20t機は鹿島鉄道のカバさんDD901や関東鉄道のDD502をL型機化したようなスタイルですね。
未だこの頃は標準化を模索していた頃だったのでしょうか。
そのためなのか名古屋パルプDB20なんかは長続きせず誕生から7年程度で日車規格型15tに置き換えられちゃいましたね。
その後メーカーで改造して転売されたようですがどこへ行ったのやら・・・。

投稿: 西宮後 | 2012年4月13日 (金) 21:13

西宮後さん
こんにちは 。先日は京葉臨海おつかれさまでした。
日車は規格形すら次々に廃車になっていきますが、規格形以前の富士電機の20Tはなんと現役です。二年前に京葉臨海で特大輸送が実施された際に撮影された方がいます。私は写真をみせていただいただけですが、かなり綺麗でした。灰/赤の国鉄色もどきの日立が本務機で、FDKは予備機のようです。
臨海鉄道にも、人知れず活躍しているスイッチャー(産業用機関車)がまだまだいるようですね。

投稿: 社長 | 2012年4月15日 (日) 11:51

社長様
こんにちは。
富士電機の20Tは現役の『ふり』をしていますが残念ながら自走はできませんので予備機ではありません。
ただ毎秋開催される社員向けの工場祭では展示走行をしますので往時の姿を拝むことはできます。
by Heritage Railways

投稿: Heritage Railways | 2012年5月16日 (水) 17:35

Heritage Railways さん
こんばんは。
コメントありがとうございます

そうですか。実は、複数の方の報告で留置場所が変わっているのが分かっていたのでこのようなコメントになりました。しかし自走できないとなると、なんのために移動したのでしょうか。謎は深まりますね。

一先ず、予備機というのは本文には記載していないので、このままとします。問題がありましたら、またコメントください。

投稿: 社長 | 2012年5月27日 (日) 20:40

社長様
こんにちは。
富士電機のFDK111は静態保存が目的です。千葉工場の社員さんと有志の皆さんでシキ600やシキ280と一緒に大切に保存されています。
FDK111はエンジンは動きませんが走行は可能なので毎年の工場際では日立機に牽引されて構内線を走行します。
その際、社員さんをキャブに乗せて体験乗車してもらっています。
おそらく今年も工場際をやると思いますのでご希望があればメールでお知らせください。
by Heritage Railways

投稿: Heritage Railways | 2012年6月10日 (日) 02:43

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