« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

2012年5月27日 (日)

■原石線情報■2012年4月に発見した小変化

 2012年4月15日、新潟県西部の鉱山を訪れた。かれこれ2年ぶりの訪問である。近くに点在していた専用線がすべて廃止されてしまったため、なかなか寄る機会の無い場所であるが、前日4月14日にえちぜん鉄道で機関車展示走行のイベントがあったため、東京への帰りしな途中下車してみることにした。

041501
■原石事務所から工場へ向かう鉱石列車  2012年4月15日、新潟県糸魚川市

 いつもの時刻に到着し、動画撮影のため三脚をスタンバイした頃、ちょうどいい塩梅で工場から原石事務所行きの列車がやってきた。この日は終日動画を撮影するつもりで臨んだのだが、貨車の形態に変化があったため、以降は動画をやめて写真を撮ることにした。

ところで、この日は、普段と異なる点がもう一つ。青海川を越える橋梁が工事中で通行止めになっていたのである。

041502 041503
■4月15日に実施された舗装工事の様子と、迂回を促す看板

私の着いた頃は、アスファルトを積んだトラックが出入りし、ちょうど再舗装工事の真っ只中であった。工事中の橋梁の先にある黒姫山の方向へ向かう場合は、右写真のような矢印に従って踏切を渡り、工場内にある橋を通って青海川の対岸へ渡るよう指示されており、何台かの車が通過していった。つまり、この日は工場構内の一部道路が迂回路として設定されているということである。

0415045

このような機会はなかなか無いので、現場管理者に一声かけたうえで、早速踏切の反対側から原石事務所行きの列車を撮影した。これまで、テコ304形にしか装備されていなかった屋根が、他のテコにもついているのが見て取れる。

041505

DS-6を公式側から撮影するのは、4年以上前にJRの駅構内で撮って以来になるから、久しぶりである。

041504

テコ5両をホッパー直下へ押し込むと、10分ほどで積み込みが終わり戻ってくる。テコが短い場合は当然戻りも早く、例えば2両の場合は5分もかからない。

041506

東側の露天掘り跡をバックに工場へ向かう原石列車。相変わらず石灰石の品質は高く、綺麗な白色であった。ちょうどこの列車の通過する頃には工事も終わったので、現場の方へ御礼を伝え、帰路につくことにした。

なお2012年現在の鉱区は西側にあるが、東側の未掘削エリアの開発予定が既に発表されている。竣工に際して、この鉄道がベルコンに置き換えられてしまわないかどうか、気になるところである。

 最後に、当たり前のことではあるが一つ注意点を申し上げる。今回踏切を渡ることができたのは、構内の一部が迂回路に設定されていたためである。レイルマガジン2012年6月号にも記載されている通り、通常は、踏切より西側は工場構内であり、立入は禁止である。くれぐれも無断進入しないようご注意いただきたい。

●貨車に小変化アリ

 以前の記事で、テコ304形に屋根が取り付けられたことをお伝えしたが、今回はその屋根が新タイプに更新され、さらにテコ302形、401形にも新しい屋根が取り付けられていた。

Teko304201009 Teko304201204

左が2010年9月のテコ304形、右が2012年4月現在の状態である。屋根板に変化はみられないが、防塵用と思われる透明な(アクリル?)カバーが前面だけでなく側面にも取り付けられている。よく見ると、前面のカバーの取り付け位置も変更されているようだ。

Teko304n_2

今度は同じ車両を側面から。2010年にこの車両に取り付けられた屋根は試作品で、しばらく使用して効果を確かめてから、設計を手直しした量産品を他の形式にも展開したと考えられる。この車両の屋根は、さしあたり試作品の量産化改造版といったところか。

Teko401n Teko401nos

こちらは、今回新たに屋根が取り付けられたテコ401形。最初から量産品を装備したため、テコ304形のそれとは若干形態が異なっており、屋根に傾斜がついている。また色も黄色ではなく黒である。

●列車の運行時刻について

 この路線は、明るい時間帯だけに絞ると1日あたり3往復の運行がある。時刻は、原石事務所への到着時刻基準で、10:20、13:10、15:20。インターネット上には時刻を掲載しているブログがあるようだが、実際にはかなり以前に時刻変更がなされており、現在ではあまりあてにならないことを申し添えておく。

●おすすめのきっぷ

 今回の旅で活用したのは、北陸フリー切符である。金曜夜の退社後に移動して福井前泊、えちぜん鉄道のイベントに参加して富山で2泊目、翌朝富山地鉄を撮影後、糸魚川からバスで現地へ、という行程で利用した。この切符は、フリー区間までの往復新幹線+特急と、黒部-福井間の特急・普通および支線系統が4日間乗り放題で、価格は¥21,500-(普通車用)。富山なら、新幹線や飛行機で単純に東京から往復するだけでも2万円は下らないから、土日などを利用して2日間以上かけて周遊するなら、断然おトクな切符である。ネックはやはり、往復とも上越新幹線を利用しなければならないことか。例えば福井だと、米原経由に比べて片道2時間程度余計にかかってしまう。しかし、ビールを飲みながらの夜間移動ならそれほど気にならないレベルである。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 貨物列車へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月25日 (金)

★330000アクセス突破★ドイツ鉄道 ケルン車両基地のロッドスイッチャー

 2012年のゴールデンウィークは、Ruhrgebiet(ドイツ・ルール地方)を巡りました。今回は、20代の頃のように、夜行列車に乗りながら彼方此方の街を渡り歩くようなスタイルではなく、同じ地域に腰を据え、Farradverlei(駅のレンタサイクル)を利用して日帰りの旅を楽しむことにしました。

 西欧では、ここ10年くらいあいだに国際列車が相次いでTGVやICEに置き換えられてしまったため、面白味のある編成や運用が激減してしまいました。かつては、ターミナル駅で2~3時間待っているだけで、様々な国際列車が見られたものです。

1606be
■SNCB BR16  Ankunft Köln Hbf, 7-5-2002

例えば10年前のケルン中央駅では、このようにベルギー国鉄の多電源対応機関車がそのままドイツまで直通してくる運用も見られました。無論、現在ブリュッセルからの定期列車はすべてICE3になっています。

こうなると、興味の対象はまだまだ謎が多く残っている貨物列車や入換用の機関車、専用線などへとシフトすることになります。

Koeln_hansa01

 さて、今回連泊したのは、ケルン中央駅の1駅隣、Köln Hansaring Bf(ケルン・ハンザリンク駅)から徒歩1分のホテルです。このホテルを選んだ理由はただ一つ、ホテルから車両基地が一望できるからです(笑) ホテルの方が気を利かせてくれたのか、予約されていた部屋は、線路から一番遠い南西の角部屋でした。鉄道マニアでもない限り、ふつうは騒音を気にしますからね。フロントの方は英語を解すため、車両基地の見える北側の部屋に変えてもらうこともできましたが、最上階の廊下の突き当たりから俯瞰できるのを確認したので、そのままとしました。キープされた部屋の広さが15~20畳分ほどあり、とても一泊朝食付きで€60とは思えないほど素晴らしかったのも理由の一つですが。

Koeln_hansa11

Köln Hansaring のホームは、入換の様子をじっくり観察するのに最適です。Köln Hbfは、乗客やホーム上の設備が障害となり、写真撮影にはあまり向いていません。

Koeln_hansa02
■BR363 720-4 mit 3 IC Personenwagen,  1-5-2012

車両基地には、入換用スイッチャーが何両か配置されています。主役はBR363(363形ディーゼル機関車)です。入換は、早朝から深夜まで断続的に行われていますが、ホームから順光となるのは夏場の早朝です。この日は、インターシティ用の客車を入れ換えていました。

Koeln_hansa03

BR363は3軸駆動で、2軸目と3軸目の間に設けられたジャック軸から、ロッド棒を介して全軸へ動力を伝達する仕組みになっています。連結器は、入換用機関車に標準的なタイプですね。

Koeln_hansa04

この720号機は、車体に DB Schenker Rail Deutschland AG との表記があることから、貨物会社の所属であると思われます。過去には、Koblenz(コブレンツ)やHanau(ハナウ)で貨車の入換に使用されていたこともあるようです。

Koeln_hansa05_2
■BR363 651-1,   27-4-2012

連泊ですから、いやでも毎朝必ずホームへ行くことになります。別の日には写真の651号機が入換を行っていました。上の720号機の煙突は灰色ですが、この651号機は車体と同じ赤色です。

●ドイツ鉄道の代表機が続々と…

Koeln_hansa06

ケルン西方から次々にやってくるRegional BahnやRegional Expressも、すべてこの駅の前を通りますので、他の列車が手前に被らなければ逃さず撮ることができます。このBR111は、かつてICの牽引に使用されていましたが、2012年現在は都落ちして、RB, REの牽引・推進が主な任務になっています。もっともドイツでは、RBやREでも最高速度は140~160km/hですので、性能的にはちょうどいいのかもしれません。

Koeln_hansa07

こちらは、旧西ドイツ国鉄の標準的なディーゼル機関車であるBR218(218形液体式ディーゼル機関車)です。日本の鉄道マニアなら、思わずDD54を連想してしまうようなスタイルですね。

Koeln_hansa08

続いて、スイスの貨物会社CrossrailのBR185.5(185形500番台)です。新しい物好きには良いかも知れませんが、最近どの国の機関車も皆この顔になってきているので、ちょっと味気ないですね。金型が共通化できるので、模型メーカーは大助かりかもしれませんが。ちなみに、背後にあるのが連泊したホテルです。

Koeln_hansa10_2

通過するのは機関車ばかりではありません。こちらは、連接式ディーゼルカーTALENTシリーズ、BR644の3重連です。両端先頭車の運転台直下の台車が動力台車で、中間車が乗っている台車は前後とも付随台車になっています。このため、先頭車はBR644ですが、中間車の形式は「キサ」を表す900番台の「BR944」です。

Koeln_hansa09_2

最後は、お約束のICE3。この記事の冒頭にあるベルギー・ブリュッセルからのユーロシティを置き換えた張本人です。ドイツ国内のNBS(NeuBauStrecke=高速新線)は山岳区間が多く、時速300km/hの高速運転時に車窓を楽しめる場所があまり多くありません。しかし、ブリュッセルからリエージュまでは明かり区間が長いため、ドイツ国外でありながらICE3を存分に楽しむことができます。フランスのLGV東ヨーロッパ線にはまだ乗ったことがありませんが、ICE3による320km/h運転が売りで、かつ地上区間が長そうなので、今後の楽しみにしています。ICE3を楽しめるのがドイツ国外というのが皮肉ですが。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 貨物列車へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月24日 (木)

★静岡鉄道★長沼車庫の静態保存車デワ1形と保守用車両

 静岡鉄道では、電動貨車デワ1形が静態保存されており、毎年1回工場が公開される際に屋外展示が行われています。このイベントは例年5月開催が定番なのですが、これまでは、雨に見舞われるか、天候不良で参加そのものを諦めることも少なくありませんでした。しかし今年は、ようやく晴れた日に参加することができました。

Naganuma01
■トレインフェスタ2012連動企画の車両工場公開イベント  2012年5月20日、長沼車庫

 日曜日の昼前に訪れてみると、他のイベントと重なったためなのか人もまばらで、見学するには好都合でした。

Naganuma02 Naganuma03 Dewaspec_4

デワ1形は、大正15年に日本車輌製造で製作された電動貨車で、ねじ式連結器とバッファーを備えています。諸元は右の説明板の通りです。今回、都合により写真は公開しませんが、構内の隅に保存されている無蓋車2両も、同じ連結器を備えています。

Naganuma05 Naganuma06 Naganuma07

車体表記を含め、綺麗な状態が維持されています。

Naganuma04  Naganuma08

 通常、停止状態の電車が発進して加速する場合、速度に応じて主電動機にかける電圧を変えるために、抵抗器の回路構成を順次変えていく必要があります。この作業を、運転士のマスコン操作に応じて自動的に行う装置を主制御器と呼びますが、この車両にはそのような装備はありません。運転士は、運転台にあるドラム式の制御器を操作して手動で回路構成を変更します。架線の直流600Vが制御器内に直接引き回されており、一昔前の路面電車同様の直接制御方式となっています。

●入換兼保線用モーターカー

Mjk01 Mjk02
■入換兼保線用モーターカーMR-756  2011年6月20日、見学時に撮影

 静岡鉄道では、工場内で車両を移動する際に、保線用軌道モーターカーを入換用機関車として使用しています。この車両は、1982年(昭和57年)3月 松山重車輛工業製の15t機で、型式はMR-756、製造番号は101929です。2011年6月に所属クラブの見学会で往訪した際に、間近で銘板等を記録することができました。新製配置された東急電鉄から1997年6月に譲渡された車両で、この車両の導入により、それまで車籍を失いながらも入換・保線に使用されていたデハ20形が置き換えられました。写真の通りMR管を備えていますが、聞いてみると東急時代は使用していたかもしれないが静岡鉄道では使っていないとのことでした。

ところで、1000系電車などの車輪の削正は、かつてこの工場で行われていましたが、旋盤が老朽化したため、現在では京王重機に外注しているとのことです。したがって、このモーターカーの整備も京王重機に委託している可能性が高いと思われます(未確認)。

●1000系電車のカラーバリエーション

S100001 S100002 S100003

S100004 S100005 S100006

S100007
■すべて2012年5月20日、長沼付近にて撮影

 静岡鉄道1000系電車は、広告塗装を多用する路面電車を見るような楽しさがありますね。同鉄道のスペックを見てみると、

  • 電化方式は直流600V
  • 全線複線
  • 日中でも7~8分ヘッドで運行
  • 電車は2両編成

と、軌道線時代の香りをいまだ残しています。いっそのことLRTにしてしまえばと以前から思っていましたが、実際にそういった方向で議論も行われているようですね。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 私鉄・公営へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月22日 (火)

◆トワイライトゾーン!?◆下野のヤマから

To31

 本日2012年5月22日、東京スカイツリーがオープンしました。オープンと言っても、建設中から毎日眺めている分、感動はいま一つです。今回の記事は、スカイツリーではなく、スカイツリーが建っている土地と密接に関係するあるものが主役です。

To21
■東武会沢線上白石駅廃駅跡を望む。写真中央奥が葛生駅。
 そこからカーブしながら手前に伸びる築堤が東武会沢貨物線。

 下野国のある地域は、秩父と並びとある鉱物資源の産地で知られています。それは、自給率100%で輸出すらしているという、いまどき珍しい資源です。採掘された鉱石は、然るべき粒度に粉砕され、あるいは焼成されてセメントとなり、関東を中心に消費地へと発送されます。

業平橋に、日本最初の生コンクリート工場が建設されたのは、戦後の1949年11月。業平橋が選定された理由は、言わずもがな、上の写真の上白石駅から東武鉄道によって原料(鉱石、セメント)を輸送するのに好適であったからにほかなりません。その後、1993年3月30日には上白石から業平橋への貨車輸送がトラック輸送に置き換えられて廃止となり、親会社の創立100周年が目前に迫った2007年10月には、生コン工場も閉鎖されました。その跡地に建ったのが東京スカイツリー、というわけです。

 上白石駅近傍で操業しているセメント工場までは、鉱山から全長およそ3.3kmの軌道(軌間762mmのナローゲージ)が敷設され、ガソリンカーによる鉱石のピストン輸送が行われていました。軌道は1980年12月に廃止されましたが、当時使用されていた車両が、2012年現在、町役場の跡地に保存されています。

To02

先頭から機関車、鉱車、人車の順に並んでいます。以前、レイルマガジン編集長のブログ『編集長敬白にて紹介されていますので、詳細は割愛します。

To03

ただ、名取編集長の記述には一つ注意すべき点があるので、この機会に言及しておきましょう。上記リンクの記事には、

1980(昭和55)年12月30日限りで地下に埋設された新しい輸送システムにその任を譲り廃止されてしまいました。

と記載されています。この書き方ですと、まるで1980年12月に新しい輸送システムが運行を開始したかのように読めてしまいますが、実際に走り始めたのは翌年の1981年8月です。現地を訪問したことのある方はお気づきかもしれませんが、その新しい輸送システムのかなりの区間が旧軌道の廃線跡直下にあります。つまり、廃止後にレールを撤去して開削工法で新しい軌道を埋設している部分がかなりあるのです。したがって、廃止と同時に運行を開始するのは物理的に不可能です。

To04

保存されているNo13は、1962年4月に日立製作所で5両製造された10トン機のうちの1両で、エンジンは日野DS-50(出力95ps)、液体変速機は新潟コンバーターCB100、動力伝達方式はチェーン駆動です。

To05

No11(製番12606)~No15(製番12610)は同一ロットで製造されています。

To06

鉱車の荷重は3tで、最大22両編成でした。

To07

鉱山労働者を輸送するため、人車も連結されることがありました。妻面の扉が開閉し、中に入って見学できるようになっています。素晴らしい試みです。

To08

軌道の概要と歴史が簡潔に解説されています。ただ単に車両を保存するだけでなく、その価値を広く啓蒙していくのも非常に大切なことです。なお、軌道の廃止後に運行を開始した新しい輸送システムは、カ○セルラ○ナーと呼ばれています。

To12

 カ○セルラ○ナーは、傍目には唯のパイプラインにしか見えませんが、圧縮空気の力で動くゴムタイヤ式のトロッコ、と言えば分かりやすいでしょうか。その軌道は、原則として地下にあるため簡単に見ることはできませんが、積込施設付近や川を渡る部分だけは地表に露出していて、一般道からも軌道の外観の一部を見ることができます。ご覧のように全線複線です(あたりまえか…)。

To13

トロッコの荷重は1両あたり1.6トンで、直径はおよそ1メートル、全長はおよそ4メートルほどでしょうか。これを3両連結し、3両1ユニットで動いています。同時に最大23ユニットを運行可能で、最高速度は30km/hです。1時間あたりの輸送能力はおよそ300トン、年間輸送能力は200万トンです。元々は、住友商事、住友金属工業、新潟鉄工所、鹿島建設の4社が、旧ソビエト連邦から技術導入した輸送システムです。原理的には、オフィスビルで使用されているエアシューターとほぼ同じものです。日本国内では、トンネル工事のズリ捨て用に期間限定で導入されている事例は他にもあるようですが、恒久的に使用されているのは、ここだけです。

【参考】

  • 住友大阪セメント100年史

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 貨物列車へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月19日 (土)

【くろがね線を読み解く】第105回 ■工場→西八幡 レールチキ出場

 西八幡のスイッチャーを観察していて、どうしても分からない運用がある。それは、工場から製品倉庫・西八幡駅へのレール輸送の運用である。

Nishiyahata_45t_wrail11
■入換中に小休止する際は、落書きワムの前が定位置  2012年1月27日、黒崎-八幡

 前回紹介した朝一番の工場→西八幡スイッチャー出場は、これまで何度も観察しているのだが、出場してくるのはいつもスイッチャー単機であり、レールを積載した貨車を伴っていることは一度も無かった。しかし、数年前に別記事で紹介した西八幡→工場への戻り を何度か見てみると、スイッチャーは8割程度の確率で空車の貨車を伴っており、スイッチャー単機で戻ることの方が稀であった。さて、こうなると当然、

「レールを積んだ貨車を西八幡へ運んでくるのはいつなのか?」

という疑問が生じる。

 また、謎はもう1つあった。西八幡で入換のある日は、スイッチャーは上のように落書きワムの前で待機していることが多いのだが、朝出場してから午後工場へ戻るまでのあいだずっと待機している場合と、10時前後に一旦姿が見えなくなり、14時前に再び現れることがあるのだ。製品倉庫東ヤードが厚い木々の壁に覆われていた頃は、姿の見えない時間帯は東ヤードの中にでもいるのかと勝手に想像していた。しかし、東ヤードが外部から見えるようになると、その可能性が無いことはすぐに分かった。製品倉庫の中にも西八幡にもスイッチャーはいない。やはり、スイッチャーは一旦工場へ戻ることがあると考えるのが自然である。

 すると、この2つの疑問点を繋ぎ合わせ、仮説をたてることができる。すなわち、

「工場から製品倉庫・西八幡へレールを運ぶのは、10~14時の間」

という仮説である。

 2012年1月27日、いつものように朝出場したスイッチャーは、10時前になると東ヤードからY製鐵所に向けて単機で戻っていった。仮説が正しいかどうかを確かめるため、東田地区で待っていると…

Nishiyahata_45t_wrail04
■D442に牽引されて西八幡を目指すチキ6000形4両編成  2012年1月27日

レールを積んだチキ6000形を牽引したD442が、東側(右手)にある条鋼工場から出場してきた。この日は10:40頃であったが、日によって時刻は異なる。

Nishiyahata_45t_wrail06
■チキの後ろには、合図台車テテも連結f

レールを積んでいるのは、すべてJR九州チキ6000形から成る4両編成で、最後尾には以前紹介した合図台車テテも連結されている。運転士は先頭のD442に乗っており、最後尾のテテに人は乗っていない。

この後、Y製鐵所内で一旦停止した列車は、スイッチバックして推進運転で製品倉庫東ヤードへと向かうはずである。早速レンタサイクルで門の方へ移動すると、

Nishiyahata_45t_wrail07_2
■D442に推進されて築堤を登るチキ4両編成  2012年1月27日、洞岡

5分程で列車がやってきた。今度は先頭のテテに運転士が乗り、最後部のD442をリモコン制御している。連続上り勾配のため、D442からの排気もよく見える。

Nishiyahata_45t_wrail08
■西八幡ヤードへ出場するチキ    2012年1月27日

通過後、レンタサイクルで西八幡ヤードへ向かうと、15分前後で列車が駅へ入場してきた。製品倉庫東ヤードでテテを切り離し、チキ6000形4両のみをJRの側線へ押し込む。ここでもやはり、運転士は先頭のチキ6000形のステップに乗っており、D442は無人である。

Nishiyahata_45t_wrail10

旋回灯を点滅させながら無人運転中のD442。

Nishiyahata_45t_wrail09

西八幡の着発線には、既に前日のうちに出場したチキ6000形実車4両編成が留置されており、そこに今回出場したチキ6000形4両を押し込んで連結した。

 今回、スイッチャーが工場へ戻ったのをトリガーにして追跡したが、時刻が決まっていない以上、撮影するには唯一無二のやり方ではないかと思われる。いずれにしろ、仮説は正しかったことが証明された。専用線好きの鉄道仲間からの情報では、朝一番の出場時にレールを積んでくることもあれば、夕方に出てくることもあるようなので、色々なパターンが考えられるが、今回紹介した動きが基本となるであろう。

●スイッチャーD442

Nishiyahata_45t_wrail14

 D442は、西八幡のレール輸送に常用されている日立製作所製の45tスイッチャーで、防音構造などに特徴がある機関車である。2012年現在、鉄鋼メーカーS社W製鉄所にも同型機が数両存在するほか、他社へ譲渡されたD439が製紙メーカーN社I工場専用側線(岩国駅連絡)で使用されている。この車両の正確なスペックや図面、防音構造の詳細については、鉄道ピクトリアル2011年9月号を参照されたい。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 貨物列車へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月15日 (火)

★325000アクセス突破★引退迫るドイツ鉄道420形電車の活躍

Br420_frankfurthanau
BR420 zwischen Mülheim-Dietesheim und Mülheim(Main),  26-4-2012

 フランクフルト空港に降り立って最初に向かったのは、S8,S9(S-Bahnの8・9系統)の終着駅Hanau(ハナウ)。もちろん、上のような旧タイプの電車に乗るのが目的です。

上の写真のBR420(420形電車)は、あと3年ほどで置き換えが予定されていると言われています。かつて、旧西ドイツの都市部では、この電車を見かけないことはないと言っても過言ではありませんでした。日本で言うと、国鉄103系電車にあたる存在かもしれません。それが現在では、下のような新型電車が次々に投入されたために、大幅に数を減らしつつあります。

Br422_essen
Doppeltraktion der BR422   Essen-Frohnhausen,  27-4-2012

 今回の旅の目的地であるルール地方でも420形は運行されているのですが、本数が非常に少なく、何本も列車を待たないとやってこないため、お目にかかれるかどうかは運次第です。しかしフランクフルトのS8,S9では、嬉しいことにほとんどの列車が420形で運行されているのです。乗らない手はありません。

 これが日本ならば、「まだ3年もある」ですが、めったに行くことのできないヨーロッパとなると「もう3年しかない」になります。私にとって420形電車は、10年前に初めてヨーロッパに降り立って最初に乗った電車で、大変感慨深いものがあります。おそらく今回の乗車が最後の機会となるでしょう。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 海外鉄道へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月13日 (日)

【くろがね線を読み解く】第104回 ■西八幡スイッチャー出場 大俯瞰

 西八幡の入換を初めて撮影してから、もうかれこれ3年が経つ。Y製鐵所のレール輸送の要となる、西八幡ヤード・製品倉庫の入換については、鉄道ピクトリアル2011年3月号「工業地帯の鉄道」に於いて、その手順・時刻を詳しく述べている。西八幡のスイッチャーは、普段は製鉄所の中で待機しており、必要に応じて条鋼工場へレールを積みに行ったり、積んだレールを製品倉庫・西八幡ヤードへ輸送したりしている。したがって、西八幡ヤードだけでなく、製鉄所と製品倉庫のあいだでもスイッチャーを見ることはできる

今回は、朝一番に製鉄所から製品倉庫へ出場するスイッチャーを紹介する。せっかくなので、製鉄所の跡地に建てられた某ホテルからの大俯瞰をご覧いただこう。

Nishiyahata_45tout01

 某ホテルの西側の上層階を予約すると、Y製鐵所の八幡地区の西半分(洞岡・前田地区)を俯瞰することができる。私がこのホテルに初めて泊まった2008年頃は、写真の場所には工場があり、中の様子を見ることはできなかった。ところが、2011年初夏に訪れてみると、建屋が取り壊されて構内鉄道を見ることができるようになっていた。

Nishiyahata_45tout02
■構内鉄道を走行する45tスイッチャー  2012年1月27日、旧西田地区

 西八幡のスイッチャーの出場時刻は決まっていない。これまで観察した限り、7時10分、7時40分、8時20分、8時40分とまちまちであった。しかし、チキを連ねたJR鹿児島本線の171列車が黒崎に到着し、折り返して西八幡ヤードへやってくるのが9:15~30頃であるから、少なくとも9時前後には西八幡に出ていないと入換に間に合わない。したがって、日の出以降9時までには出場する、と言える。

上の写真を撮影した日は、8:40頃にスイッチャーが姿をあらわした。これは、ホテルから見るとちょうど北西の方角にあたり、奥の山の斜面に見える住宅街の麓に、筑豊本線(通称:若松支線)の奥洞海駅がある。

Nishiyahata_45tout03

センターキャブの45t機が、通勤途中の自家用車をゆっくりとかわしながら西八幡方面(左)へ進んでいく。途中、奥の工場からセミセンターキャブの60t機が単機で姿をあらわし、並走を始める。行先も走行している線路も異なるため、どちらか一方が停車する必要はない。

Nishiyahata_45tout04

並走していた60t機に別れを告げ、45t機は築堤をグングン登っていく。左下に見えるのが、八幡地区の正門とも言える洞岡門。工場の向こうに見えるのは、おそらく黒崎にあるM社のセメント工場のプレヒーターであろう。

さて、ここから先は、ビルの陰に隠れて見えなくなるため、違う角度から見てみよう。

Nishiyahata_45tout05
■単機で工場から出場するD442        2011年6月3日、洞岡

洞岡門の脇を通り抜けたスイッチャーは、幹線道路を橋梁で越えるために築堤を上っていく。森のように見えるのは緑地帯で、すぐ奥に工場が続いている。運転士は、進行方向向かって左手にある簡易運転台に乗りこみ、スイッチャーをリモコン制御しているのが分かる。

Nishiyahata_45tout06

橋梁を渡り、西八幡へ接近。専用鉄道の橋梁にしては、非常に重厚な造りである。この線路を通過するのはレール輸送用貨車のみで、荷重は40t前後。それほどヘビーな列車は通らないはずなのだが…。運用によらず、どこもかしこも製鉄所規格で統一されているのだろうか。それにしても、通勤時間帯で車が非常に多い。

Nishiyahata_45tout07
■西八幡へ進入するD442        2012年1月27日、旧西田地区

ここから先は、再びホテルの窓から。ビルの陰で見えなくなったスイッチャーが、西八幡に入る直前に、一瞬だけ見える場所がある。

Nishiyahata_45tout08

製品倉庫の前を通り過ぎて、製品倉庫東ヤードへと進入。

Nishiyahata_45tout09

製品倉庫のシャッターが既に開いているが、このシャッターは工場からクルマでやって来た人が開けるため、スイッチャーが来る前に開いていることも珍しくない。シャッターが開いているからと言って、スイッチャーの入換があるとは限らない。

Nishiyahata_45tout10

製品倉庫東ヤードに到着した45t機。手前には、西浜松へのレール輸送に使用されているチキ5500形の姿が見える。

 ところで、奥の国道3号線沿いに見えるファミレス「J」は、専用線マニアおすすめのスポットである。なにしろ窓際の席に座ると、西八幡ヤードが一望できるのである。入換時刻が判明してしまった現在では利用することはなくなったが、かつてはよくここで張り込みを行ったものだ。専用線探訪を続けていると、夏や冬に屋外で長時間待ち続ければ色々な意味で消耗するし、食事中にスイッチャーが動いてしまい撮り逃すことも少なくない。その点、西八幡は良い場所だ。エアコンの効いた快適なファミレス「J」で、食事やお茶をしながら動きをチェックすることができるのである。

ちなみにこのファミレスはチェーン店で、同じ店がこの写真を撮影したホテルの1Fにも入っている。なぜこのような至近距離に2店舗も展開しているのか、理由はよく分からない。

Nishiyahata_45tout11

製品倉庫東ヤードに到着したスイッチャーは、スイッチバックして西八幡ヤードへ向かっていった。

Nishiyahata_45tout12

早速ホテルを出て、あらかじめ用意していたレンタサイクルで西八幡ヤードへ向かうと、45t機D442が貨車を入換中。この日は、製鉄所の60t積平台車(空車)を連結して行ったり来たり。製鉄所の貨車がJRの線路を走行する様子、これはこれで貴重なシーンであった。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 貨物列車へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月12日 (土)

★JR北海道★苗穂工場の入換機 DE15 2516

 2012年3月9日から11日まで、所属クラブのメンバーと北海道を訪ねました。テーマはずばり「入換機」で、北旭川、苗穂、札幌運転所、本輪西など数箇所を巡りました。旅行開始直前に読者の方から情報をいただいたおかげで、どの拠点も空振りすることなく撮影することができました。

Naebo01

 初日の9日は、午前中に北旭川の入換を撮影し、午後は苗穂に回りました。ちょうどこの頃は道央で記録的な降雪があり、岩見沢-美唄間では線路沿いに雪の壁ができていて、車窓からはほとんど景色が見えない状態でした。しかしながら、偶然にもこの日に訪問した2箇所はいずれも陸橋の上から俯瞰する場所だったため、特に支障はありませんでした。

 14時前に駅西側にある歩道橋を訪れてみると、ちょうどDD51がキハ282を牽引して札幌駅方面へ向かって出場する場面に遭遇しました。

Naebo02

…と同時に、苗穂工場の入換機が単機で工場から出場してきました。平日はこのように頻繁に入換が行われています。

 2012年3月現在の苗穂の入換機は、元旭川運転所のDE15 2516号機です。2000年に富良野を訪れた際の記録では、この車両は富良野・美瑛ノロッコ号の牽引機でした。2005年春に1534号機に置き換えられて廃車になり、以降は車籍を失ったまま苗穂の入換機として使用されています。

Naebo03

札幌駅方向へ出場するDD+キハと、苗穂のDE。上の写真では隣接する線路を走行していますが、2本の線路は右手で分岐したばかりのもので、数十秒前まで同じ線路の上を同時に動いていました。DDは無線、DEは手旗による誘導です。

Naebo04

DEを観察してみると、前位側とは異なり、後位側のラッセルヘッド用連結器は撤去されています。ノロッコ号牽引機だった頃は、後位側も残っていたと思います。

Naebo05

どうやら左奥にあるシャッターの開いた建屋から、車両を引き出すようです。

Naebo06

…ふと振り向くと、札幌駅方面へ出て行ったはずのDD+キハが推進で苗穂駅構内へ戻ってきました。列車は苗穂工場から直接函館本線へ入線することができないため、一旦苗穂駅構内の出発信号機を備えた副本線へ入線するようです。

Naebo07

苗穂駅に推進で入線するDD+キハ。駅に工場と運転所が併設されており、ホームからでも頻繁に車両の入換を眺めることができます。

Naebo08

 さて、DEが先程の建屋から引き出してきたのは、ナンバープレートが外され、塗装もままならないDD51でした。DD51マニアならば、その形態から何号機か推測することができると思いますが、いかんせん私は非電化の亜幹線とは縁遠い人生を送ってきましたので、残念ながらわかりません(苦笑)

Naebo09

一旦停止して転線すると、DDを推進して試運転線に入線していきます。

Naebo10

電車の試運転を行うため、試運転線は電化されています。左奥には711系、そしてその奥には(写っていませんが)懐かしい気動車の姿も見えます。

Naebo11
■キハ282を牽引したDD51は、14:30頃に札幌運転所に向けて出発  2012年3月9日

 札幌運転所の車両が検査を受ける場合は、こうしてDDに牽引されて苗穂工場へ向かい、検査終了後再びDD牽引で運転所へ戻る運用になっています。同行した先輩は「気動車1両をDD51で牽引するなんで、贅沢な列車だなぁ」と仰っていましたが、確かにそうかもしれません。むかし山陰本線には、DD51+オハフ50という列車もありましたが。

Naebo12

試運転線にDD51を押し込んだ苗穂のDEは、単機で戻り、今度は右手にあるシャッターが半開きになっている建屋へ向かい、

Naebo13

給油を始めました。終わるまでしばらく動きがなさそうですので、試運転線の方を見てみます。

Naebo15

先程奥に押し込まれたナンバープレート無しのDD51が、爆音を轟かせながら試走を始めました。試運転線は、カーブを曲がってから先も100メートル以上奥の方まで伸びているようで、なかなか手前の方まで顔を見せてくれません。

Naebo18

何度目かの試走で、ようやく手前まで出てきました。エンジンルームの点検蓋が全開になっていますが、この試走で問題が無ければ、塗装されて出場するのでしょうね。

 寒くなってきたので15時過ぎには撤収しましたが、ちょうど苗穂駅へ歩いて戻る途中で、試走を終えたDD51を苗穂のDE15が入れ換えていました。本音を言えば、電車や気動車の入換を見てみたかったのですが、DE+DDという重連もどきが見られたので、よしとしましょう。

●苗穂運転所の入換

Naebo16

苗穂運転所には、主に札沼線で使用されている気動車が配置されており、札幌駅とのあいだで入換運転も行われています。

Naebo17

札沼線が電化されると、国鉄型一般形気動車の5両以上の編成はなかなかお目にかかることができなくなるかもしれません。私の知る限り、今年3月までは日田彦山線にキハ5連の運用がありましたが、他にこういった長編成の運用があるのかどうかが気になるところです。

●苗穂工場の怪しげ車両

 前述しましたが、711系の奥には「なつかしい気動車」の姿もありました。

Naebo14

奥から順に、

  • トマムサホロエクスプレス キハ84形100番台
  • フラノエクスプレス キハ84形0番台
  • トマムサホロエクスプレス キハ83形100番台

三笠にあるキハ82の方が保存状態は良さそうですね(苦笑)

Naebo19

 こちらは、青函トンネル用の試作貨車と試験装置です。奥には、試験に使用するコキ2両の姿も見えます。北海道新幹線の新函館延伸に伴い、青函トンネル内で新幹線と貨物列車がすれ違う際の風圧が問題になっています。これを回避するため、貨車ごと標準軌タイプの貨車に載せてしまおうという、トレインオントレイン計画。

 そもそも私には、新幹線を北海道まで直通させる意義がよく分かりません。仙台から札幌までのあいだに、人口50万人クラスの都市があるのでしょうか。例えば九州新幹線の沿線ならば、鳥栖市70万人、熊本市74万人、鹿児島市61万人です。対して東北・北海道新幹線の沿線を仙台以北で見ると、盛岡市30万人、八戸市24万人、青森市30万人、函館市28万人です(いずれも2012年3月時点の推計人口、千人以下四捨五入)。対札幌という文脈ならば、東京・仙台からの空路の利便性を高めることの方が重要だと思うのですが(最近話題のLCCとて、開設されるのは西日本ばかりです)。中央リニアの議論を見ても感じることですが、日本の整備新幹線というのは、交通政策ではなく地域振興の文脈で捉えられることが多いですね。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 貨物列車へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月 5日 (土)

★320000アクセス突破★スイス国鉄動態保存機Re4/4 I形機関車の活躍

 2012年のゴールデンウィーク期間中、ドイツへ行ってきました。鉄道趣味にアサインできた時間は限られましたが、興味深いものを色々撮ることができました。今回のアクセス突破記念は、その中からいわゆる「ネタ列車」的なものをご紹介します。

320000re44ix2eurostrand
Doppeltraktion der Elok BR10 (ex-SBB Re4/4 I) mit Eurostrand Personenwagen., 27-4-2012, EssenHbf.

 ドイツ北西部のドゥイスブルク-エッセン間で、週末のみ運行されるというBR103(103形電気機関車)牽引のインターシティを待っていたら、上のような列車に偶然遭遇しました。

320000re44i_10019

先頭は、鉄道車両の動態保存で知られるセントラル鉄道保有の10形電気機関車で、これは元スイス国鉄のRe4/4 I形電気機関車Nr.19(19号機)です。ドイツ国内ではここ数年、SBB Cargo所属の元スイス国鉄Re4/4 II形電気機関車が運用されているのは知っていましたが、まさかRe4/4 I形が見られるとは思いませんでした。

320000re44i_1001901_3 320000re44i_1001902_3

車体表記を見てみましょう。まずは車体裾から(左写真)。

Lok-Gew. = Lokomotive Gewicht(機関車の自重)は57tです。Br-Gew. = Bremse-Gewicht(ブレーキ重)が46t, 73t 2種類記載されていますが、R. P. の意味はよく分かりません。最近の機関車や貨車は、このような表記が義務付けられているようです。以前は無かった気がしますが、気のせいでしょうか。91 80 で始まる番号はUICコードで、欧州の鉄道会社に所属する車両に付与される固有の番号です。機関車のみならず貨車、客車、電車、気動車、ありとあらゆる車両にこの番号は記載されています。番号だけを見て車両の形がイメージできるようになったら、かなりのマニアでしょう。その後のD-CBBは、国籍と車両を保有する鉄道事業者名です。DはDeutschlandつまりドイツ、CBBはセントラル鉄道をあらわします。

次に車体中央を見てみると、銘板が4つついていますね(右写真)。

順に読んでいくと、ヴィンタートゥール・スイスロコモティブ&マシンワークス、1948年製、製造番号3953(左上)。ブラウン・ボヴェリイ株式会社、スイス・バーデン(右上)。エリコン・マシンワークス、チューリッヒ(左下)、セシュロン株式会社・ジュネーヴ(右下)となっており、4社合作の機関車ということになります。日本でも、電機メーカーと機械メーカーが組んで電気機関車を製作することがよくありますが、上記4社のうちエリコン社以外はいずれも自前で電気機関車の製造技術を持っている(いた)会社ですので、事情が異なります。興味深いですね。

320000re44i_10008 320000re44i_1000801_2

 次位は同じくRe4/4 1形ですが、こちらはNr.8で色が異なります。またUICの新コードが銘板・ナンバープレートのすぐ下に記載されているのも相違点です。製造者は同じで、1946年製造、製造番号3877です。


320000re44ix2eurostrand01

停車時間は3分ほどで、すぐに発車していきました。

320000re44ix2eurostrand02

後ろに連結されている客車は、Eurostrandという観光関係の会社が保有する車両のようです。元ドイツ国鉄の2等車が続き、

320000re44ix2eurostrand03

4両目にはバー車も連結されています。

320000re44ix2eurostrand04

最後尾はTürkis(テュルキス=トルコブルー)塗装の1等車でした。最後部の貫通扉の下に設けられた黄色い看板には、Bürgerbahn(市民鉄道)と記されています。きっと、ファン有志がチャーターした列車なのでしょう。

 日本でこんな列車が運行されたら大パニックでしょうが、ドイツでは沿線にマニアが集まることもあまりありません。平日だったせいもあるかもしれませんが。

 ところで、エッセン中央駅のホームにある最新の時刻表を確認したところ、残念なことが判明しました。本来の目的だったBR103牽引のインターシティは、毎週金曜のIC2410列車でケルンからハンブルク経由フレンスブルクまで、逆行程となる日曜のIC2417列車でケルンへ戻る運用なのですが、2012年4月20日金曜日をもって運行を終了していました。私が訪問したのは1週間遅かったようです…。途中駅の発着時刻まですべて調べあげて臨んだのですが、残念ながら撮ることはできませんでした。とはいうものの、代わりに元スイス国鉄の動態保存機を使用した臨時列車を撮影することができ、幸先の良いドイツ旅行となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道路線・車両研究へ にほんブログ村 鉄道ブログ 海外鉄道へ
にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »