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2013年1月 9日 (水)

★420000アクセス突破★松戸電車区ツアー

 2012年12月8日、JR東日本松戸電車区の見学ツアーが開催されました。このツアーは、普段入ることのできない松戸電車区と松戸電車区我孫子派出を団体専用列車で巡るという内容で、JR東日本のびゅうプラザで申し込むことができます。

※私は最近の「○○車両センター」なる呼称にどうも馴染めないため、本記事では国鉄時代の正式名称を用います。あしからずご了承ください。

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団体専用列車の始発駅は北千住ですが、私は松戸駅から参加することにしました。北千住からの参加者は1~5号車、松戸からの参加者は6~15号車があらかじめ指定されます。申し込み時に号車指定ができますが、この企画は毎回定員割れしており車内を自由に移動できるほど空いていますので、特にこだわる必要はありません。

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専用列車9445M我孫子行きの運転台には、行先方向幕もどきの表示板が設けられていました。LEDではファンにとって有り難味がないというのは企画する側も自覚しているようです(笑) 列車は、特別快速よろしく柏駅を通過し、あっという間に我孫子駅へと到着します。

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…と言っても到着するのはホームのない中線の3番線です。普段この線路に停車するのは団臨か試運転列車、入出庫車両のみですので、乗り鉄としては貴重な体験ができますね。右の4番線を直進すると成田線に進みます。左の2番線を直進すると我孫子派出に入ります。

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成田線と分かれると、

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ほどなく我孫子派出に到着します。常磐快速線用E231系、緩行線用E233系が迎えてくれます。かつては鋼製車の103系とアルミ車の203系が入り混じって楽しかったのですがね。

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最奥まで到着すると、なにやら駅弁のような荷物を積み込みました。実はこのツアーの料金には、松戸電車区内で食べる弁当代も含まれているのですが、ツアー客用の弁当にしては数が少なすぎます。この荷物の正体は最後まで分かりませんでした。

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我孫子派出の竣工は比較的遅く、常磐線の複々線化に合わせて1971年2月4日に電留線の使用を開始、残工事の竣工を待って1971年4月20日に営業を開始しています。その敷地は、最大幅が南北に100m、東西に2,000mあり、面積は96,000mです。用地は利根川の沖積平地と下総台地にまたがっており、沖積平地では砂の層が厚く地盤が軟弱であったため、かなりの難工事だったようです。

このような地形のため、西側(沖積平地部分)は地面を盛土で嵩上げしており、外からは見えません。東側(下総台地を削った部分)は逆に掘割のようになっていますが、常磐線の上下線に挟まれており、やはり綺麗には見えません。走行する電車の車窓からは見えますが、トップスピードで通過する区間のため、写真は撮れません。つまり、こうして構内で停車するときにしか撮影チャンスはないのです。そして、構内でしか見られないあるものを記録する……それが今回ツアーに参加した最大の狙いです。

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これが今回の目玉。北側の車輪転削線で入換に使用されている、テレコンアントです。松戸電車区には車輪を削正する設備がないため、ここ我孫子派出で実施しているわけです。この日は土曜日でしたが、ランプが点滅してエンジン音も聞こえましたので、土曜日でも削正は行っているようです。

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 さて、我孫子を出発した列車9446Mはいよいよ松戸へ向かいますが、北柏で小休止。線路は右から順に常磐線上り本線、上り副本線、中線、下り本線です。上り副本線は、団臨や貨物列車が定期旅客列車を待避する目的で使用され、2012年現在でも安中行き貨物列車が毎日14:40頃に停車しています。私はてっきり上り副本線で待避すると思っていましたが、中線に入りました。

ここ北柏駅は、複々線化前の1970年に開設された貨物駅をルーツとします。柏駅と我孫子駅の複々線化用地を捻出するため、両駅の貨物扱いを廃止する代わりに、この北柏駅に集約されたわけです。1971年に営団地下鉄千代田線との相互乗り入れが始まると、緩行線側に旅客の北柏駅が開業し、1984年に貨物駅の方が廃止されています。跡地の一部は集合住宅や保線基地になっていますが、上下線に挟まれた待避用の線路は2012年現在でも現役というわけです。

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中線に入ってくれたおかげで、追い抜く列車を撮れました。

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 松戸から先は、電車区の入出庫線を走行します。松戸駅を出た入出庫線は1kmほど常磐線本線と併走したあと、線路が1本増えて本線と分かれ、700mほど進むと松戸電車区に到着します。この入出庫線、山に挟まれておりカーブで見通しが悪く、この線路の先には何があるのだろうかという、あやしい雰囲気を醸し出しています。子供の頃よく自転車で訪れたものです。

上の写真で複線に見える線路は、信号システム上は単線並列ですので、どちらの線路からでも入出庫できます。電車区内には1群(1~5番線)と2群(6~19番線)の合計19本の線路があり、松戸駅から1群に入線する電車は上のように西側(進行方向右手)の線路を、2群に入線する電車は東側の線路を走行するのが原則です。もちろん電車区入口にも渡り線はありますので、例外的な入り方もできますが。どちらの線路も、電車の入換時には引き上げ線としても機能します。

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1群に向かっていた電車は案の定5番線に入りました。6番線には、松戸駅までの帰りの便となるE233系、そして10番線にはE657系が展示されていました。去年のようにE655系の方が盛り上がったでしょうに(苦笑)

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松戸電車区は、1936年に常磐線(日暮里-松戸間)が初めて電化された際に開設された由緒ある車両基地です。あまり知られていませんが、常磐線の取手以北が交流電化された際は、世界初の交直両用電車401系8両が配置されていたこともあります(1960年10月27日に、試運転の拠点であった宇都宮機関区より転入)。

2012年現在、看板は松戸車両センターとなっていますが、

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テントは嘘をつけません(笑) 「電車区」の「電」と「区」を消して「松戸車セ」、苦しいですね。

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電車区内には、各形式のさよなら運転時のヘッドマークがありました。弊ブログでも、203系207系 、いずれも記録済みです。

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103系の時は海外にいたような気がします。撮れないときは撮れませんね。

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最後に興味をひいたのが、ATカートです(写真左)。大地震のあと、軌道の状態を確認する際に使用するとのことです。このイベントの前日夕方に東京で震度5弱の比較的大きな地震がありましたが、出動するのは5以上の時で、5弱では使わないそうです。右の脚漕ぎタイプは現在では使用することは無く、年1回のイベントのときにしか動かないそう。「札の辻号」のヘッドマークを付けていますので、田町電車区からの転入かもしれません。

【参考】

  • 高野忠、田中良夫「常磐線 綾瀬-取手間線増工事」、『鉄道土木』1971年5月号、pp.246-250
  • 高橋省次、高橋正次「常磐線我孫子電留線の施行」、『鉄道土木』1971年5月号、pp.251-255
     

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