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2013年1月13日 (日)

★JR九州★鹿児島工場のスイッチャー

 JR九州西鹿児島駅の南方には、指宿枕崎線の線路に沿って鹿児島運転所が広がっています。南九州一円で運行されている電車・気動車が所属する一大拠点で、かつては機関車や客車も数多く配置されていました。(2012年現在は、西鹿児島→鹿児島中央、鹿児島運転所→鹿児島車両センターと改称されています)

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鹿児島運転所の北東寄りには、車両の全般検査や重要部検査、車両改造工事などを施行する鹿児島工場が隣接して設けられ、小倉工場と共にJR九州の基幹工場として重要な役割を担っていました。鹿児島車両所と改称されて以降は、一時、鹿児島市電の冷房改造工事や車両の新製(2100型、2110~40型)まで手がけたこともあります。鹿児島車両所は、1997年11月に鹿児島運転所と統合され鹿児島総合車両所となり、2011年3月、東日本大震災と九州新幹線全通のニュースに埋もれる形で、工場機能がひっそりと廃止されました。 (鹿児島車両センターへ改組)

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■鹿児島工場跡地。2012年現在、全般検査は実施されていない。

鹿児島工場の入出場線は、かつては西鹿児島駅とも接続しており、工場から直接駅へ出場することもできましたが、私の記憶の限りでは、JRが発足した頃には配線が整理されていて、鹿児島運転所との連絡線しか残っていなかったと思います。

写真左手に広がるのが旧鹿児島工場です。中央のフェンスより右手の線路は、左から順に、鹿児島運転所入出場線、指宿枕崎線本線、鹿児島本線下り本線、同上り本線です。工場から写真右奥にある鹿児島運転所へ出場する車両は、建屋から出て一旦写真手前の引き上げ線へ入った後、スイッチバックしてフェンスのすぐ左の連絡線を走行して運転所へと向かいます。

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この日は415系の出場に遭遇しました。全検を実施しなくなっているため、編成を分割されることのない車両は自力走行できますから、スイッチャーが出てくることはめったにありません。

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2011年3月まで、全検前後の車両の入換は工場に配置されたスイッチャーによって行われていましたが、工場機能廃止後はどうなっているのでしょうか。去就が気になっていたところ、とある方の伝手で特別に見学させていただくことができました。

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 鹿児島総合車両所の入換機は、協三工業製20t機1両(左)と、DE10 1755(右)です。前者は旧鹿児島工場配置のスイッチャーで、前述のとおり検査中の車両入換に使用されます。しかし、2011年4月以降は工場機能がなくなったため、使用する機会はほとんどありません。ともに普段はこの元EL整備室に留置されています。

後者は、旧鹿児島運転所の入換機で、尾久や札幌のように、運転所内の客車の入換が主たる任務でしたが、客車列車が全廃されたために活躍の場が激減しています。2012年現在、工臨やマヤ34を用いた軌道検査のために本線上に出てくるのがせいぜいです。かつては、ヤ550、トラ70000、ヨ8000を用いた桜島降灰後の散水列車にも使用されましたが、2012年現在これらの貨車がすべて保留車となっているため、鹿児島運転所⇔鹿児島駅側線の間で保留車の移動を行う場合を除き、原則として運行されることはありません。

 そんな中、2012年に注目を集めたのが、鹿児島車両センターから小倉総合車両センターへの配給列車です。鹿児島の工場機能が廃止され小倉に統合されましたので、もう鹿児島では車両の解体を行うことができません。そこで、廃車予定の485系をDE10が牽引し、配給列車として日豊本線を走行する姿がはからずもファンの注目を集めています。スイッチャーマニアとしては、廃車予定の保留車の足回りを小倉配給前にチェックする際に、今回紹介するスイッチャーで入換を行っている点も、大変興味深いところです。

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■1982年協三工業製20t機、機械番号06-28-01-001、製造番号A20116

 このスイッチャーは、協三工業の2軸スイッチャーの中でも比較的新しいグループで、世代的には、遠賀川レールセンターの20t機(同じ1982年製の20t機で製番A20109)などが同型といえそうです。ただし、後年の改造によるものなのかは不明ですが、このタイプの移動機に必ずあるはずのキャブ下の切欠き(手歯止め置き場)がなく、ボディと台枠が面一になっているのが特徴です。手歯止めはボンネットの梯子に差し込んでありますね。

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入れ換る車両を連結するボンネット側のみ、自連と密連の双頭連結器を備えています。電車・気動車の入換には必須です。

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JR九州発足以降5~10年の間に登場ないし改造された車両は、パノラマライナーサザンクロスや783系ハイパーサルーンに始まり、485系RED EXPRESS、キハ200系、813系、713系、303系、103系1500番台まで、とにかくなんでもかんでも赤塗装でした(笑) ステンレス車はまだおとなしいもので、鋼製車は塗色変更の格好の餌食。民営化後1~2年の間は、大分車両センターのEF81形400番台まで、ローズピンクではなく赤に塗られていたこともあるほどです。このスイッチャーもかつては異なる色だったと思いますが、コーポレートカラーに塗装され、全面ラジエーター開口部にはご丁寧に赤いJRマークが取り付けられています。

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表には、なぜかあそ1962とC51が展示されていました。短い時間でしたが、車両センターの方と手配してくださった方に御礼をして現地を後にしました。

 なおこれまで、スイッチャー目当てで全国各地の専用線や工場を訪れてきましたが、ごく稀に現場の方のご厚意で写真を撮らせていただくことがありました。ですが、原則として弊ブログにそのような写真を掲載することはありません。不特定多数の方々が閲覧しているネット上に写真を出せば、他人が良いなら自分も撮って構わないのだと、身勝手な解釈をする方が出てこないとも限りませんし、そういうことが続けば現場の方々に迷惑がかかるからです。恩を仇で返すわけにはいかないでしょう。ただこのスイッチャーに関しては、もう工場がなくなっているので、大きな問題はないと判断し掲載することにしました。以上の主旨をご理解ください。

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 さて、鹿児島のもう一つの見どころは、鹿児島運転所です。九州新幹線全通時のダイヤ改正で車両の運用が変わり、783系が久々に鹿児島へ戻ってきました。写真は、夕方に特急きりしまとして鹿児島中央駅に到着後、運転所へ回送されるところです。

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鹿児島運転所は、家から墓参りに行くときに必ず通る経路上にありますので、1980年代後半以降は1~2年に1回は訪れて写真を撮っています。西側には運転所と並走する道路があり、中の様子を見ることができます。特に、最も西側にある線路(最西端は指宿枕崎線の本線ですので、その1本東側)にはしばしば保留車が留置されることがあり、引退間近の車両の形式写真を比較的容易に撮影できる場所として、地元マニアの間では有名になっています。といっても鉄道マニアと鉢合わせしたことは一度もありませんが。

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2012年11月上旬には、このように717系がずらりと並んでいました。

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奥には485系きりしま・ひゅうが色の姿も。717系も製造両数が少ない割にバリエーションがあって興味を惹かれますね。上は前期型(戸袋窓あり)、下は後期型(戸袋窓なし)ですが、戸袋窓の有無だけでなくユニットサッシの間隔も微妙に違うんですよね(単純に窓を無くしたわけではなく車体を再設計している)。むかしどこかのガレージキットメーカーから717系のコンバージョンキットが出たときには、買おうかどうしようか相当悩みましたね。結局購入はしませんでしたが、本気で作る気でいたので寸法の違いにはうるさくなりました(苦笑)。

●ここ数年の鹿児島運転所

 フィルム時代の写真をアップロードしていると、サーバー容量がいくらあっても足りませんので、まだデジタル化はしていません。したがってデジカメ画像からピックアップします。

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 まず直近で2012年1月下旬の様子から。この頃はもう定期運用を持たなくなっていたでしょうか。鹿児島中央→川内間で運行されていたホームライナーのヘッドマークを出していますが、反対側は…

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きりしまでした。車体がだいぶ草臥れています。鹿児島の場合、車体が汚れる原因として錆だけでなく降灰もあるので、ちょっと清掃しないとすぐこうなります。国鉄時代は現役の客車でもこの程度に汚れているのはざらにありました。

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奥にもう1本留置されていました。よく比較するとタイフォンの形状が異なりますね。どちらもスリット式ですが、右は上下に分割されたタイプ。あまり見栄えはよくありません(苦笑)

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こちらは工場の方。この頃はまだ工場機能がありましたが、外に留置されている車両は保留車か廃車になって解体待ちのものが多かったです。

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余所から新しい車両が転入してきて在来車両が置き換えられた場合、ダイヤ改正前後の短い期間で一気に廃車が進むわけもなく、使用しなくなった車両をしばらく留置しておく必要があります。鹿児島総合車両センターだけでは留置場所が不足するため、一部の車両は上のように隣の鹿児島駅の側線に疎開留置されることも珍しくありません。

ところで、保留車の疎開留置といえば、かつて国鉄末期~分割民営化後数年間は、伊集院駅の電留線が使用されることも多かったですね。この電留線は、1970年7月に鹿児島本線の茂頭信号場-伊集院間が複線化された際に不要となった旧線の軌道敷を一部流用して建設されたものです。電化が進み電車特急が増え、鹿児島運転所だけでは留置スペースが不足するために設けられたものでした。私の記憶にはっきりと残っている1980年代後半にはもう電留線としての機能は失われていて、581系電車やら20系客車やらがボロボロになって放置されていたのを覚えています。

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 さて次は2010年9月の様子です。九州新幹線部分開業から全線開業までの間の、485系が大量集結していた頃 です。きりしま運用では見たことがありませんが、多客期のにちりん運用には、上のような編成を2編成繋いだ6両編成もよく見かけましたね。そんな編成で片方が「きりしま・ひゅうが色」だったりすると、若干迫力には欠けますがかつてのかもめ+みどり+ハウステンボスを髣髴させる雰囲気がありました。

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 でこの時は、保留車の14系客車の脇に先述の降灰対策編成の姿も。ヤ550形の側面にある「鹿」の表記も最近では珍しくなりました。ちなみに、写真の14系客車は同年11月29日付で谷山港からマレーシアへと輸出されています。

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行先方向幕をよく見てみると、「特急 富士 西鹿児島」の表記が…。こういう遊び心は好きですね(笑)

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 次は2009年6月の様子。この緑のきりしま編成は以前紹介した保留車復活組です。

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クハ481-256の形式。

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この当時鹿児島車両センターに配置されていた415系は、5本すべてが勝田電車区へ新製配置され常磐線で活躍していたものです。18年間常磐線沿線で過ごした者としては、生まれ故郷で同じ車両に巡り合うというのも感慨深いものです。

カラーリングは、新製時国鉄色でしたが、1985年の科学万博つくば85開催に合わせて常磐線色となり、1986年に南福岡電車区転属後もしばらくは常磐線色のまま使用され(1987年8月に博多駅で撮影しています)、その後九州色となり、現在に至っています。

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この時は、降灰対策編成が随分手前に留置されていました(上写真の右端)。といっても…

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さらに手前に475系保留車が留置されており、写真を撮ることはできませんでした。私は475系が結構好きなのですが、この時ほどその存在を恨めしく思ったことはありません。

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717系200番台の形式写真が綺麗に撮れたのがせめてもの慰めでしょうか。

●おまけ

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 コンデジで撮ったものの中にこんなのがありました。2001年9月の鹿児島貨物駅構内です。トラ70000+ヤ550と475系に挟まれているのは…クモヤ740と思われます。2012年現在、草むらの場所は駐車場になっていますが、当時はJRの敷地で入ることはできませんでした。近づいて撮影できなかったのが悔やまれます。

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鹿児島貨物駅が鹿児島貨物ターミナルになったのは2004年3月で、この時に荷役線の線増と引き上げ線の電化が行われました。電気機関車で入換ができるようになったため、入換動車による入換は廃止されています。2001年9月に現役だったのは上のような協三工業製20t機でした。上の写真の場所も、2012年現在は駐車場になっていてもっと左方向から撮れますが、当時はJRの敷地で入ることはできませんでした。

かつて九州内では、川内、八代、上熊本、鳥栖(田代)、鍋島、鶴崎など、複数のJRの貨物駅(専用線ではない)で入換動車が活躍していましたが、いずれもE&S化ないしORS化に前後して姿を消し、2012年現在残っているのは西大分のみとなっています。

※2015年3月より、延岡の入換に使用されていたDE10が入換動車に置き換えられましたので、西大分と延岡の2駅になりました。

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