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2014年12月

2014年12月31日 (水)

貨物列車で振り返る2014年

 ブログを拝見していると、皆さんそれぞれに今年の振り返り記事をアップされているようです。しかし自分は毎年のことながら、JRの貨物列車をあまり撮っていません。専用線や車両工場を訪問するついでか、出張等の移動中に撮るのがせいぜいで、撮影する日時・場所が著しく制限されるため、まともなものはごく僅かです。そんな中から、ブログ未公開で、かつ今後も半永久的に公開するあてのない写真を四半期毎にご紹介しましょう。

●第一四半期 1月~3月

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 2014年上半期最大のニュースは、北海道の石油輸送終了でしょう。最後まで設定されていたのは、本輪西→札幌貨物ターミナル間の臨時貨物列車3往復で、この写真を撮影した日も冬期のため3往復フルに運行されていました。実際に廃止されたのは5月ですが、最後に撮影に行ったのが3月のため第一四半期の項で紹介します。

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本輪西の日石専用側線で使用されていた入換用機関車DD511(赤)、DD512(青)の2両も、運行終了と同時にお役御免となり、太平洋セメントへ譲渡されています。

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いっぽう、石油の荷卸し場所である札幌貨物ターミナルの石油側線は、ターミナルの奥深くにあり外部からの撮影は困難でした。しかし、当時札幌在住の読者の方のご案内で、入換動車DE10による石油貨車の入換を撮ることができました。こういった貨物ターミナル内の入換は、時刻がわからないので、地元の方の地域密着情報は大変ありがたいものです。この日の札幌の最高気温はマイナス10度でしたが、興奮して寒さも吹っ飛びました。札幌タの入換動車は、常時稼働2両、予備1両で、写真の通り前位側に風雪除けと思しき黄色いブレードを備えているのが特徴でしたが、2014年12月に稼働2両ともHD300-500番台に置き換えられてしまいました。なんでも、新しいHD300-500番台も、同じような色の風雪除けを備えているらしいです。一度見てみたいものです。

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 2014年3月現在、北海道内で石油貨車の入換が見られる場所は、本輪西、札幌タだけではありません。そう、鷲別機関区輪西派出を外すわけにはいかないでしょう(鷲別機関区廃止後は、JR貨物苗穂車両所輪西派出に改組)。ここは、検査・修繕のために貨車が出入りする車両工場で、JR東室蘭駅から室蘭方向にある工場に向かって引き込み線が伸びています。入換は以前の記事で紹介していますが、JRの機関車が検査貨車を授受線に留置し、奥の工場から検査済みの貨車を引き出して一旦停止、すぐ後ろから工場のスイッチャーが出てきて、スイッチバックして留置された貨車を工場へ押し込む、というのが一連の手順です。石油輸送廃止後もこの入換は健在ですが、貨車はコキのみとなりました。

●第二四半期 4月~6月

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 5月のゴールデンウィーク後半は台湾へ行きました。滞在中に日曜を挟んでいたのと天候不良のため、100%満足のいく結果は得られませんでしたが、専用線初訪問にしては上出来かもしれません。写真は花蓮港(貨物)駅を発車した石灰石輸送列車(返空)で、DL重連で牽引しています。この列車の走行区間はすべて電化されていますが、ELでは牽引力不足かつ重連総括制御不可のため、DL重連となっています。


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花蓮港は花蓮の中心街から3~4km離れていますので、自転車で訪問しました。わざわざ貸自転車のあるホテルを選んで泊まったのは言うまでもありません。スタッフは皆さん親切でした。台鉄のDLが運んできたホッパー車は、花蓮港から台湾水泥花蓮廠までスイッチャーで運ばれます。日本風に言うといわゆる専用線ですね。台湾水泥のセメント工場には、日立製作所製と思しき2軸ボギーのスイッチャーが少なくとも2両配置されており(赤と橙)、両方とも花蓮港まで姿を現しました。左写真のように花蓮港駅から実車を引き込んだ後、途中で2分割して、1編成ずつ2回に分けて入れ換えるため、右写真の場所の方が通過する回数は多いようです。意外にも工場側にスイッチャーが連結され、工場から出てくるときは推進運転でした。先頭には、ワフのような緩急室付の有蓋車が連結されているのは興味深いです。緩急室と反対側が先頭になっているのも私好みです。

●第三四半期 7月~9月

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 今夏は貨物列車をほとんど撮っていないのですが、唯一?といえるのは、JR貨物の第一種区間である焼島貨物線の軌道検測列車ですね。East-iDはJR東日本の車両ですが、JR貨物東新潟機関区のDE10 3506が牽引しました。

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 秋が近づくと出張が多くなり、なかなか自由が利かなくなりました。それでも関西方面はよく行けたので、東海道の貨物列車は何本か撮れました。左はEF200形11号機、右は12号機ですが、違いが分かりますか? 私は今年まで、EF200形の色に2種類のバリエーションがあることを知りませんでした(笑) 9・11・19号機の3両は、キャブ回りが水色、その他は青色とのことです。たしかに同じ場所で撮った写真(右)と比較してみると、風味が違いますね。

●第四四半期 10月~12月

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 10月は、新日鐵住金室蘭製鉄所の公開と輪西派出の公開が同じ土曜日にセッティングされたため、LCCを使って訪問しました。日曜に帰る筈が東京に台風襲来で欠航、怪我の功名で翌月曜日に苗穂車両所→札幌機関区の配給列車を撮ることができました。

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DE10 1747は札幌貨物ターミナルの入換機で、この日は苗穂工場内にあるJR貨物苗穂車両所で検査が終わり、DF200形2号機に牽引されて札幌機関区まで運ばれます。

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苗穂車両所と札幌機関区の間に設定されている列車は、2014年3月現在以下の通りです。

  • 苗穂車両所 → 札幌機関区 9197レ 苗穂発 11:45頃
  • 苗穂車両所 ← 札幌機関区 9196レ 札幌タ発 8:55頃

9197は、札幌運転所→苗穂工場の配給列車1191レが苗穂に到着する直前に発車していったので、上記時刻で間違いないと思います。

 以上、マニアックなネタばかりの振り返り記事でしたが、来年はもう少しふつうの貨物列車も撮ろうと思っています。 それでは、よいお年を。

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2014年12月21日 (日)

★785000アクセス突破★伊豆箱根鉄道ED31重連運転

 2014年12月20日、伊豆箱根鉄道で電気機関車ED31形2両を使用した臨時列車が運転されました。これは、前日にJR東日本で運転された団体臨時列車「寝台特急富士」を使用したツアーの一環で、修善寺駅構内でのED31形の展示・運転台乗車体験が計画されていたためです。

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 当初は手持ちの青春18きっぷで三島へ向かうつもりでしたが、疲労には勝てず寝坊したため、新幹線で。列車通過の1時間くらい前には目当ての場所へ到着しました。今回は、往路のみですが途中伊豆長岡駅で長時間停車があり、後続列車2本に抜かれますので、この場所で撮ったあと後続2本目に乗って先回りし、

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もう一回撮りました。晴れれば下りが順光になる貴重な場所ですが天気はいま一つ。でも、「プオーッ」というドイツのSLのような汽笛を鳴らして通過していくEDを見ていると、やはり感動します。行った甲斐がありました。

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 復路は俯瞰でもと思ったのですが、場所が見つからないわ、雨で足場が悪いわで、結局無難なところに落ち着きました。

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 修善寺駅での運転台見学の際に、今回の送り込みスジの運転士用時刻表も見せていただくことができました。今回の列車番号は、下りが2651レ、上りが2650レでした。三島から大場まで新車を搬入したり、大雄山線の車両を大場で検査するための車両輸送用の臨時列車は2600番台、臨時列車は2650番台、工事用臨時列車は2700番台だそうです。他にも色々ありそうです。

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2014年12月10日 (水)

【くろがね線を読み解く】第193回 ■西八幡の予備機D627の入換

 西八幡(JR鹿児島本線黒崎駅分岐)におけるY製鉄所専用鉄道の貨車の入換には、通常、日立製45t機のD442が使用されている。しかし、D442が故障修理や検査の都合で運用入りできない場合、構内用60t機が使用されることがある。(→くろがね線を読み解く第97回を参照)

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 2014年4月29日の朝。この日は昭和の日で祝日であったが、火曜日のため171列車にチキ5500が連結されるハズ…。スペースワールド駅で待っていると、EH500-72号機がチキ5500形6両編成を牽引してやってきた。狙い通りである。

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黒崎で機回しして折り返し、遅発入換時刻に西八幡へやってきた。貨車の構成は、東京タ寄りが国鉄時代から使用されているチキ5500形3両、黒崎寄りが民営化後に登場した私有貨車のチキ5500形3両である。通常、チキの到着のある日は、到着前からスイッチャーが待機しているのだが、この日は出場していなかった。

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しかし9:45頃になると、遅れて東ヤードからスイッチャーがやってきた。それも見慣れたD442ではなく、


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八幡構内で使用されている日車製60t機のD627である。60t機が西八幡でJR貨車の入換に使用されるのは大変珍しい。

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D627は、EH500が置き去りにしたチキ6両を連結して引き出し、

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東ヤードへ引き込むと、転線して側線へと押し込んでいった。スイッチャーはリモコン制御で、先頭のチキのステップに運転士が乗っている。

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スイッチャー寄りの3両は、黒崎寄りから順にチキ5519、5607、5515で、未だ廃車にならずに最後まで残っているチキ5500形である。

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チキ5515のTR63F台車と、車体の表記類を観察してみる。荷重37t、自重16.0t、汽車会社昭和39年製造、日本国有鉄道広島工場昭和48年改造。

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左端の「緩」「ブ」の表記はもちろん貫通ブレーキの状態を表す。写真の状態で、針は「緩」を指している。

JRの機関車から切り離されたチキは全車に貫通ブレーキがかかっているが、右端に見えるBC確認レバー(取っ手のような部分)を手前に引っ張ると、引っ張っている間はBC(ブレーキシリンダ)のエアが抜けて圧が下がっていき、貨車自身のブレーキが緩んだ上記の状態となる。製鉄所の機関車がチキを入れ換える際は、貫通ブレーキを使用しないので、貨車の貫通ブレーキは緩んだ状態になっていないと入換ができない。もちろん、製鉄所の機関車を連結してからエアを抜いてもよいのだが、抜けきるまでに3~5分前後かかるので、その間入換作業ができず、効率が悪い。JRからY製鐵所へ引き渡す段階でエアを抜くルールにしておけば、製鉄所の機関車が到着次第入換作業を開始でき、時間のロスを最小化できるというわけである。もちろんチキには手ブレーキがかかっているので、Y製鐵所の機関車が連結されるまでの間に貨車が勝手に走り出してしまうようなことはない。

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東京タ寄りのチキ5519.検査表記は「26-11-10小倉車」とあり、年内には引退しそうである。

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中央締結車のチキ5607.鉄道ピクトリアルの臨時増刊号「鉄道車両年鑑」によると、九チキは既に全車がY製鐵所の私有貨車となっている。

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黒崎寄りのチキ5515.以前お伝えしたように、この3両編成も2014年12月の東京タ行レール輸送をもって引退となる。(→以前、川崎貨物駅での入換も撮影済み

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製鉄所構内走行時はまず撮れない、D627の歪み無しサイドビュー。これまで西八幡訪問日はなぜか曇ることが多かったので、天候に恵まれたのは幸いであった。

●西八幡の入換実施日

 西八幡の入換は、JR東海向けチキとJR九州向けチキでそれぞれ作業日が計画されているが、JR東海向けの発送(170列車)と到着(171列車)は運行曜日が決まっているため、入換実施日も曜日によって概ね決まっている。以前鉄道ピクトリアル2011年3月号掲載の拙稿において、入換曜日と時刻について言及したが、来年になり150mレール輸送が本格化すると、また変化があると思われるため、いまのうちにブログにも記載しておくことにした。

1.発送前入換

 JR東海向けチキが170列車により黒崎から発送されるのは毎週月・金曜日で、西八幡→黒崎の出場入換も同じ日に実施される。製品倉庫でレールを積んだチキが西八幡へ搬出されるのは、原則として西八幡を発車する前営業日であるため、金曜発送分は前日木曜に、月曜発送分は3日前の金曜には搬出されている。

搬出時刻は、拙稿掲載の通り発送チキが3両編成の場合は10時~11時頃、6両編成の場合は14~15時頃であることが多いが、荷役の進捗によっては早まることもよくある。たとえば、木曜日に搬出するチキが3両編成だった場合、午前中のうちに積付と貨車の搬出が終わってしまうため、午後には翌日予定作業を前倒しで実施して新たに3両分の積付が終わってしまう。この場合、金曜日午前中に新たに3両積み込むと、これを前日午後に積付した3両と繋いで6両とし、午前中のうちに搬出してしまうことがある。このように6両編成でも午前中に搬出するパターンもある。

2.到着後入換

 171列車の到着後入換は、発送時とは異なり、本記事で紹介している通り到着日当日に実施される。171列車にチキ5500が連結される日は、朝8時前後にY製鉄所のスイッチャ―が西八幡へ姿を現し、9時過ぎに黒崎から西八幡へチキが到着すると、すぐに着発線から側線への貨車の入換が行われる。

 発送前の入換は前述のとおり週2回(木曜・金曜)だが、だからといって到着も週2回あると考えるのは早計である。貨物時刻表を素直に眺めると、西八幡への返却チキは8867列車(日付を跨いで北九州タ到着時は8869列車)で山陽本線を下り北九州タへ輸送後、その日の171列車に継送して黒崎まで持ってくるように思われるが、実態は異なる。空車のチキはレール積付に必要な時に必要数ありさえすればよいので、律儀に週2回黒崎へ戻す必要はない。実際には、8869列車のチキは北九州タ止まりとなり、列車指定表示票通りに171列車へは継送されない。そして、数日後に次のチキを連結した8869列車が北九州タへ到着すると、留め置いていたチキを連結し、2列車分のチキをまとめて171列車で黒崎まで運ぶ。171列車にチキ5500が連結されるのが週1回、毎週火曜日なのはこのためである(2列車分まとめないときは金曜日にも運転)。

本記事で紹介している入換も、たとえ祝日であっても火曜日ならば171列車にチキ5500が連結されることを確信していたからこそ、撮りに行けたわけである。

※無論、171列車はJR貨物小倉車両所での交番検査後の貨車の返却にも使用されるので、実際には火曜以外の曜日にも貨車付きで運行されることはある。

※2014年11月度の発送をもって、黒崎発西浜松行の50mレール輸送は終了しています。12月以降当面のあいだ、50mレールの輸送先は、静岡貨物、相模貨物、東京貨物ターミナルのみとなり、運行頻度は著しく低下します。必然的に西八幡の入換回数も激減しますので、ご注意ください。

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2014年12月 8日 (月)

【くろがね線を読み解く】第192回 ■JR東海浜松レールセンターの入換

 新日本製鐵(現 新日鉄住金)八幡製鉄所は、国内・海外鉄道事業者向けに鉄道用レールを製造している。製品の8割は海外へ輸出されるが、国内向けとなる残り2割のうちの一部、東海道新幹線用のレールは、JR鹿児島本線黒崎駅からJR東海レールセンターのある西浜松駅へ鉄道輸送されている。西浜松では、毎週月・木曜日に到着貨車の搬入・荷卸し・空車の搬出が実施されており、レールセンター所属の軌道モータカー(以下、MC)による入換を見ることができる。

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■出場したMC   2014年11月28日、西浜松駅構内を陸橋より俯瞰

朝9時過ぎ、レールセンターからMCが単機で出場し、

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西浜松に常駐しているJR貨物の入換用ディーゼル機関車(愛知機関区所属のDE10)が前日以前に授受線に据え付けた長物車(チキ5500形)を牽引して、レールセンターへと引き込む。

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チキは3両ずつ分割して引き込まれることもあれば、このように6両まとめての時もある。

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50mレールは、チキ3両編成の中央に連結された中央締結車の真ん中で上下左右方向に動かないよう固定されているが、その他のレール積付具は上下方向の動きのみ制約し左右方向に遊びがある構造のため、曲線通過時もレールはこのようにスムーズに曲がりながら運ばれていく。

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■JR東海浜松レールセンターでの50mレール荷卸し作業   2014年11月28日

レールセンターに搬入されたレールは、夕方までに門型クレーンで順次荷卸しされる。

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50mレールを吊り上げるクレーン。

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チキ5500形のレール積付具は、片側の支柱を支点に回転して、積まれたレールを取り出せる構造になっているが、中央締結車のレール積付具はこのようにクレーンで吊り上げないと荷卸しできない。

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夕方16時を過ぎると、空車の搬出が行われる。搬入時とは逆で、MCのボンネット側が先頭になり、牽引して出てくる。

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以前、くろがね線を読み解く第170回で紹介したが、八幡製鉄所は来年から150mレールの出荷を本格化する予定である。これに伴い、浜松レールセンター向けの50mレール輸送は、2014年11月度の発送をもって終了している(西浜松での入換最終日は12月1日)。来年の遅くとも春頃には、150mレールが当レールセンターへ搬入されることになると思われるが、このMCは牽引力不足で150mレール輸送用のチキ9両編成を牽引できないため、使用されなくなる見込みである。


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レールセンターでの荷卸しと入換作業を請け負っている通運会社の方に伺ったところ、150mレール用貨車は西浜松に常駐しているJR貨物の機関車で入換するとのことである。もともと、JR東海の在来線向けロングレール輸送に使用されているキヤ97系の入換は、このMCではなくDE10で実施されていたため、それと同等の扱いとなる見込み。

※2015年9月13日追記

 浜松レールセンターの150mレール輸送貨車の入換は、DE10ではなくレールセンターのMCが前後に連結されプッシュプルで実施されている模様。レール輸送用のMCはもともと1両しかいなかったので、プッシュプルの片方は新型とのこと。

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この日は、6両搬出後もMCはレールセンターに戻り、更に6両を今度は押し出してきた。チキの先頭に乗って手旗を振っているのも通運会社の方だが、この会社はレールの荷役作業自体から撤退するとのことである(150mレールの荷卸しは別会社が実施)。

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このMCももう見納めとなる。この日は勤務先の創立記念日で休みだったため、最後の雄姿を記録することができた。

※2014年11月度の発送をもって、黒崎発西浜松行の50mレール輸送は終了しています。

●JT専用側線の入換

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■JT浜松工場から貨車を引き出すMC   2009年3月5日、JT専用側線

 レールセンターに隣接するJT浜松工場も2014年3月末まで貨車で製品を発送していた。当初は専用の入換機を擁していたが、末期はJR東海のレールセンターへ入換を委託するようになっていて、旅客会社のMCがコンテナ貨車を牽引する珍しい場面を見ることができた。編成は4両であることが多かったが、

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■JT専用側線の入換シーン   2014年3月6日

廃止月に訪れてみると2両に減っていた。

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工場内では、アントにより貨車の移動も行われていた(敷地外より望遠で撮影)。

●軌道モータカー MO-7201

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 JR東海レールセンターのMCは、MO-7201と称する松山重車輌工業製の自重20tクラスの2軸機関車である。特注とはいえ元の設計がMCなので、柴田式自動連結器の下に保線車両を連結するための連結器も別途装備している。ただし燃料タンク容量は、このタイプのMC標準の150リットルから200リットルへと大型化されている。

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サイドビュー。後位側のデッキのスペースは本来クレーンや発電用エンジン・バッテリーを載せるためのスペースである。

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■JR西日本米子保線区のMC   2010年2月13日、米子タ付近

まったく同一の型というのは存在しないが、類型機であればJR旅客会社各社、特にJR西日本に多く存在するようだ。こちらはJR西日本米子保線区のMJK-MR775.ラッセルヘッドとクレーンを含めた自重は16.5t。

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2014年12月 7日 (日)

【くろがね線を読み解く】第191回 ■2009年6月の運行履歴

 2009年6月、休暇を利用してくろがね線を訪れた。それまでも沿線で撮ったことは何度かあったが、運行時刻を調べるつもりで本格的に張り込んだのはこの時が最初である。

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6月の某平日、16:33になると八幡から戸畑行の列車がやってきた。

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全般検査直後でとても綺麗なのが印象的であった。コンデジを持った手をフェンスの隙間から出してなんとか撮れたが、当時は逆光で散々な写真だと思っていた。最近フォトレタッチソフトを最新版に入れ替えたので、原画像から明るさや色を調整しなおしてみると、これが案外悪くない。失敗作と決めつけて削除しなくて良かった。

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後部補機はD705.

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別の某平日に今度は中原小学校の近くの歩道橋で待っていると、12:58に戸畑行が登場。以前訪問した際は8時前に走っていたが、前述の列車とこの列車の時刻を加味すると、朝8時前後、正午前後、夕方16時以降によく走っているのではないか?となんとなく推測したものだ。結果的にこの勘はあながち間違っていなかったことになる。

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一つ上の列車が戸畑から八幡へ折り返した後、再び八幡発戸畑行が来るまでのおよそ2時間40分の間、列車の姿を見ることはなかった。上はようやく来た戸畑行の折り返しの八幡行で、戸畑発は16:33.この時点で、早くも前述の16時以降運行説に確信を持った。

この当時は、日本経済自体がまだリーマンショック後の不況から立ち直っておらず、くろがね線も低頻度運行(明るい時間帯に前述の3往復しか運行されない状況)が続いていた。しかしそのおかげで、運行頻度が少ない時でもある程度決まった時間帯に走ることに気付かされた。もし頻繁に運行されていれば、ダイヤを解析しようというモチベーションも湧かずに写真だけ撮って撤収していたところである。鉄道貨物を研究する者としては、むしろ当時の不況に感謝しなければならない。

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2014年12月 6日 (土)

【くろがね線を読み解く】第190回 ■八幡地区で稼働率上がるD445

 前回記事にて、八幡地区の機関車の同時稼働数が増えている旨を報告した。今回紹介するのは、普段は予備扱いになっている八幡地区の機関車D445牽引の構内列車である。

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 2014年11月の某平日、レンタサイクルを返却して、ホテルのフロントに預けた荷物を受け取りに行く途中、D445が牽引する貨物列車に遭遇した。すぐに大型ショッピングセンターの屋上駐車場へ駆け上がり、なんとか撮ることができた。D445については、以前機関区に留置されている姿を紹介している(→こちらの記事)ほか、三菱化学物流のスイッチャーの検査輸送も撮っている。(→こちらの記事

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この列車は、左手にある八幡の工場から右手にある第二操車場へ向かうもので、貨車はその後くろがね線で戸畑へと返却される。防水フード付き貨車は戸畑から八幡へ冷延コイルを輸送するものなので、八→戸の逆輸送は空車である。

なおD445牽引の列車が走行している線路の2本手前の線路が左手前に分かれてカーブしているが、これは150mレール積込設備に向かう新設された線路(支線)である。

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2014年12月 4日 (木)

★780000アクセス突破★JR九州マヤ34軌道検測(後編)

 前回の続きです。2014年9月27日土曜日に鹿児島中央駅からマヤ検を追いかけ小倉駅至近のホテルに泊まり、翌28日日曜日は日豊本線沿線へ。大分方面のマヤ検は、ソニックで追いかければ最大4回撮ることができます。寝坊したため小倉付近を6時台に通過する1回目のチャンスは逃しましたが、気を取り直して2回目からチャレンジすることにします。

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 7時過ぎのソニックに乗りマヤ検を追いかけると、行橋で追い抜きました。まずは宇佐駅で下車して所定の場所へ向かいます。ここは寝台特急富士を2回撮りに来たことがある思い出の場所。朝の下り列車が順光ですがなぜか撮りに来る時はいつも曇るというジンクス。今回も三度目の正直とはならず、二度あることは三度ある…。

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 おおっ、遠くからやってきましたよ。

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樹木が成長して苦しい角度ですがなんとかゲット。引き続き後続のソニックで下ると、

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杵築で追いつきました。日豊本線が東へ向かってカーブしている場所のため、宇佐とは反対側が順光になります。停車時間が長いため、徒歩で有名な橋の方へ移動します。

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 各駅停車を一本やり過ごすと、後続でマヤ検がやってきました。今回の追っかけで一番綺麗です。

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上り勾配を行くマヤ検。DE10の車体が黒いので、遠くから見るとSLみたいですね。また後続のソニックに乗ると、亀川?でマヤ検を追い抜き別府に到着。ここで各駅停車に乗り換えて西大分へ。

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西大分で降りたのは、この貨物駅のスイッチャー(貨車移動機)とマヤ検の並びを撮れないかと考えたためです。到着時にちょうど貨車の入換を行っていました。期待して待っていると、マヤ検が通過するタイミングでこの日散々お世話になったソニックが手前の上り線を通過。見事に被りました。

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ソニックの最後尾が過ぎ去ったあと苦し紛れに撮りましたが、今度は肝心のスイッチャーがマヤ検の背後に(苦笑) なかなかうまくいきませんね。とはいえ、JR九州は自由席特急料金が安いので、気軽に追っかけを楽しめるのはいいことです。また違う撮影場所でチャレンジしてみたいものですね。(完)

●西大分に新型スイッチャーDB25-106登場

 この日西大分に寄ったのはもう一つネタがあったからにほかなりません。

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■荷役線に留置中のDB25-106    2014年9月28日、西大分

東京を出発する直前に相互リンク先の「奥野君の専用線日記」の奥野さんから教えていただいた、黄色いスイッチャー。もともと西大分には、機械番号06-28-01-001と、06-28-01-505の二両のスイッチャーが配置されていましたが、先ほど紹介した朱色のは505の方。001が消えて、代わりにこのスイッチャーDB25-106が登場したというわけです。

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まだ運用には就いておらず、荷役線の端で休んでいました。この日に偶然小倉でとあるブログ読者の方にお会いしたのですが、その方の情報によると、まだ認可が下りていないため運転できないとのことでした。

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昭和48年日本車輌製造製、製造番号2970、車検は京都の自動車整備会社である八尾内燃機(株)、となれば、専用線趣味界で知らない人はいないであろう、あのスイッチャーですね。

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■紀州製紙専用側線で入換中のDL106   2012年7月16日撮影

かつて紀勢本線鵜殿駅に連絡する紀州製紙(現 北越紀州製紙)専用側線で使用されていたスイッチャー、DL106です。2013年3月をもって貨物列車の発着がなくなり、用途不要となって西大分へ転じたというわけです。

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新製配置は、四日市の関西本線塩浜駅に連絡する石原産業専用鉄道で、液化塩素を輸送するタキ5450形貨車の入換などに使用されていました。

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石原産業専用鉄道で貨車の入換が廃止されたあと、紀州製紙へと転じましたが、しばらくは予備機扱いでなかなか稼働する機会がありませんでした。この写真も、相互リンク先の奥野さんに動いているのを教えていただいて、奥野さんが撮影された日の翌日にようやく撮れたものです。

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鵜殿へ行ったのは……というより紀勢本線に乗ったのはこの時が最後ですね。

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