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2016年2月

2016年2月28日 (日)

◆京成スカイライナー◆AE100形ラストさよなら運転

 本日2016年2月28日日曜日、先週日曜日に引き続き京成電鉄AE100形電車のさよなら運転を撮影しに沿線へ出かけました。今回の運行経路と時刻は基本的には先週と同じでしたが、上野を発車した列車が押上線へ向かうための折り返し駅が小岩から高砂に変更されるサプライズがありました。京成高砂駅は、上り方から到着した列車がホームでそのまま上り方面へ折り返すことができない配線のため、折り返す列車は必ず一旦高砂検車区へ入区することになります。というわけで、今回は宗吾から上野への回送も本線走行も捨てて、地元民ならではの高砂入出区シーンを撮ってみました(単に寝坊しただけですが)。

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 前回とほぼ同じ時刻に高砂駅に到着したさよなら列車は、小岩方面の本線へは入らずに高砂検車区へ入区します。高砂検車区では、入区してしばらく出てこない運用の場合は南側の線路に入線することが多いのですが、(主に押上線・京急方面へ)すぐに折り返す運用の場合は北側のA番線またはB番線へ入線するのが通例です。今回のスカイライナーも予想通りB番線へ入線しました。

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高砂検車区B番線から出区するAE100形。成田スカイアクセス線開業前に京成本線でスカイライナーの運用に就いていたAE100形は、日中に高砂検車区で休んでいる編成が1本はいたので、入区そのものは特段珍しいことではありません。しかし、高砂折り返し専用のB番線からAE100形が出区するのは、珍しいと言えます。ちなみに先頭車が差し掛かっている分岐器から左へ分岐するのは、金町線の旧上り線で、現在は金町線運行車両が高砂検車区へ入出区するときしか使用されません。

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 S字を描きながら高砂検車区を出区するAE100形 (上の写真のみ拡大します)。出区シーンを綺麗に撮れる場所、実は架線柱や柱などが乱立する障害物の隙間からズームするしか手ありません。地元民なら経験的にすぐ突き止められますが、丸腰の一見さんが当日になってから探り当てるのは難しいかも?? 3年前に京成3300形赤電ファイナルで高砂出区を撮影した経験があればこそ、です(笑)

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先週撮り逃したskylinerのロゴも、晴れた日には綺麗に栄えます。

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上野方先頭車の側面ロゴ。AIRPORT EXPRESSももう見納め。

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 最後は成田-駒井野信号場間まで出向き、日本鉄道建設公団による計画・建設段階では「京成新空港線」と呼ばれていた、山中を走行する区間で〆。この場所は、5~10分おきに離陸する飛行機とのツーショットが撮れるのでチャレンジしたのですが、残念ながらスカイライナーとは並びませんでしたweep 

●おまけ

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同じ場所で待っている間に撮影したAE1形。現在のスカイライナーはすべて成田スカイアクセス線経由で運行されていますが、車両整備のために宗吾参道への回送スジが数多く設定されています。イブニングライナーやモーニングライナー以外でも、京成本線(それも空港線)を走行するわけです。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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2016年2月21日 (日)

◆京成スカイライナー◆AE100形さよなら運転

 2016年2月21日日曜日、予てより告知されていた京成電鉄AE100形電車のさよなら運転が実施されました。車庫のある宗吾参道から上野までの回送は逆光になると踏んで見送り、上野発の営業列車から撮りました(単に寝坊しただけですが)。

Ae100_final01

今回のさよなら列車は、上野を9時頃発車、宗吾参道に12時頃到着、その間のルートは当日のお楽しみという、ミステリー列車じみたものでした。下り方には「ありがとうAE100形」のヘッドマークシールが、

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上り方には「さよならAE100形」のヘッドマークシールが貼り付けられていました。

Ae100_final03

運行中の側面行先表示幕は、「臨時」。


Ae100_final04

押上線にも入線したのはサプライズでしたね。

Ae100_final05

京成本線を下ったさよなら列車は、東成田駅の未使用ホーム(成田空港駅だった頃は2面4線のホームがありましたが現在は片側1面2線のみ使用)で折り返し、成田から今度は成田空港へ。

Ae100_final06

折り返して宗吾参道へ。半日でAE100形を満喫することができました。

 どちらかと言うと、世代的には初代AEの方が馴染みがあるのですが、京成沿線に引っ越した頃にはもうAE100形がメインで使用されていましたので、これはこれで愛着がありますね。引退後、先頭車くらいは保存してほしいものですね。

●運行経路と時刻

 イベントは来週も実施されますが、運行経路や時刻が今回と同じかどうかはわかりません。今回の結果のみ以下に記します。利用は自己責任でお願いします。

送り込み回送

駅  名  到着時刻   発車時刻
---------------------------------
宗吾参道         7:03
佐  倉  7:1030- 7:11
ユーカリが丘7:19 - 7:24
八千代   7:32 (通過)
津田沼   7:41 (通過)
船橋競馬場 7:45 - 7:52
東中山   8:01 (通過)
市川真間  8:08 - 8:13
小  岩  8:17 (通過)
高  砂  8:19 (通過)
青  砥  8:22 (通過)
千住大橋  8:30 - 8:41
日暮里   8:46 (通過)
上  野  8:50

 

本運転
---------------------------------
上  野         9:0130
日暮里   9:0640(通過)
千住大橋  9:1030(通過)
青  砥  9:1520(通過)
高  砂  9:18 (通過)
小  岩  9:20 - 9:2830
高  砂  9:31 (通過)
青  砥  9:3330- 9:35
八  広  9:4030- 9:50
青  砥  9:55 (通過)
高  砂  9:58 (通過)
小  岩 10:01 (通過)
市川真間 10:0530(通過)
東中山  10:11 (通過)
船橋競馬場10:17 (通過)
津田沼  10:1930(通過)
八千代  10:2530(通過)
ユーカリ丘10:33 (通過)
佐  倉 10:40 (通過)
宗吾参道 10:45 (通過)
成  田 10:4830-10:5030
東成田  10:5610-11:2910
成  田 11:35 -11:3910
空港2ビル11:4530(通過)
成田空港 11:4720-11:53
空港2ビル11:55 -11:5550
成  田 12:0230(通過)
宗吾参道 12:0730

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2016年2月20日 (土)

★祝!! 100万アクセス突破記念★銚子電鉄1000形電車

 およそ7年前の2009年6月26日、「くろがね線を読み解く」シリーズを手始めに連載スタートした当ブログも、昨日夜、遂に100万アクセスを突破しました。開始当初は、特定分野に特化した、ニッチな層をターゲットにしたブログを目指していましたが、専用線や車両工場の入換用機関車はもとより、臨海鉄道、甲種・特大輸送を含む臨時貨物列車、地方私鉄(除雪列車含む)、JR旅客会社の工事臨時列車、とターゲットを徐々に拡大し、雑誌記事執筆を経て、2015年現在では、こだわりを持ちつつも対象はオールジャンル・全方位展開で今日に至っています。

 もともと議論好きなこともあり、ネット上や雑誌上で奇妙な議論が展開されていたり情報が錯綜していると、敬遠するよりむしろ飛び込んでいって、真実に辿りつこうと足掻いてしまう性分なので、時には面倒くさい奴だなと思われているかもしれません。しかし、この歳になって性格が急に変わることも無いので、今後も迷惑をかけない範囲でこのままでいこうと思っています(笑) どうぞよろしくお願いします。

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 さて、今回は来週引退イベントが予定されている銚子電鉄の1000形電車を取り上げます。およそ一年前となる2015年1月10日に実施された、1001号+1002号の協調運転ファイナルイベントでお出かけになった方も多いかと思います。私も訪問していましたがブログへはアップしていませんでした。

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 当日の運転は、途中で増結するというのでどのような手順なのか気になり、仲の町駅で待っていると、銚子駅からやってきた1002号1両の外川駅側に、1001号を入換扱いで連結し、発車しました。連結から発車まで1分ほど待ち時間があったので、そのまま乗って移動することができました。

905000_20151sth03

最初の撮影地は、やはりここですね。現場には100人以上の鉄道マニアが集結していましたが、キャパが広いこともあり、大きな混乱はありませんでした。

10011002lastrun03

午後は犬吠埼灯台が見える丘から1002号単行列車と、

10011002lastrun04

角度を変えて1001号との協調運転列車を撮影。来週は1001号のイベントに行きたいのですが、京成AE100形ファイナルイベントもあるので、京成を優先するつもりです。

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2016年2月16日 (火)

■東邦亜鉛号■二週連続で日曜にトキ連結

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 安中行鉱石列車の編成は、平日と土曜がタキ12両+トキ6両、日曜はタキ12両のみが平時の姿なのですが、2月に入り小名浜精錬所の定期修理が完了して以降、日曜でも二週連続でトキが連結されています。亜鉛は最近になって海外の精錬所での減産が相次いで発表され、潜在的に需要増となっているようですが、それも影響しているのでしょうか。生産調整は、生産者側の都合だけで決まるものではなく、製品の市場での需給バランスにより決まります。安中貨物のことを詳しく知りたければ、海外の非鉄金属業界の動向にも目を光らせておく必要があります。

●2016年3月14日追記

 2週連続で日曜にもタキ12連+トキ6連のフル編成で運行されたとお伝えした安中行鉱石列車ですが、その後追跡調査をしてみると、昨日3月13日日曜日まで6週連続で日曜フル編成のようです。盛況ですね。

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2016年2月14日 (日)

田端経由の安中行を偲ぶ

 2015年3月のダイヤ改正で、小名浜発安中行の鉱石列車の運転経路が、常磐線田端経由から武蔵野線経由へと変更されました。そこで今回は、田端経由時代の安中貨物を過去写真を見ながら振り駆ることにします。

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■2016年2月の土曜日に運行された安中行

 まずはいま走っている武蔵野線経由の安中貨物から。武蔵野線は大半の区間が築堤や高架橋になっており撮れる場所があまりないのですが、上写真で紹介している川のすぐ近くの駅は、むかしから撮影場所として有名でした。ここは、武蔵野線に8両編成が登場した際にホームが延伸されて橋梁に近づいてしまい、少し撮り難くなりました。

私は、幼少の頃から大学入学まで武蔵野線沿線に住んでいたので、それこそ101系1000番台やEF15形・EF80形の牽引する貨物列車が走っていた頃から、この路線を見てきました。まだ新松戸-西船橋間が未開業だった昭和53年頃、当時始発駅であった新松戸駅を発車する武蔵野線上り列車は、日中1時間に1本も無い時間帯もあったほどです(14時台だったかな?)。それが、いまは10分おき。隔世の感があります。

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■2009年の安中行。EF81形80号機+タキ12両+トキ6両のフル編成

2009年は、勤務先の都合で平日午後に常磐線沿線に出る機会が何度かあり、安中貨物の記録も残っています。これは我孫子だったか??

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■2009年夏の安中行。EF81形78号機+タキ6両+トキ6両

常磐線北小金以南を走行するEH500牽引の安中貨物は撮影したことが無く、あるのはEF81牽引のみです。松戸-金町間で県境を跨ぐ江戸川橋梁の土手。背景がごちゃごちゃしている割には有名なスポットでしたが、ここはフル編成で来ると後ろのトキが全く写らないので、普段は行きませんでした。ところがこの日は、SNSの投稿によりタキが6両しか連結されていないことを事前に知っていたので、この場所でも最後尾まで入ると踏み、かけつけました。

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■2009年の安中行。EF81形88号機+タキ12両+トキ6両のフル編成。奥の高架橋は、左写真が京成電鉄、右写真が東北本線。

2009年頃は、田端操(現 田端信)近くに遮断機の無い踏切がまだ一か所だけあり、柵の外側から安全に撮ることができたので、西日暮里駅から徒歩で時々訪れていました。ちょうど昼休み時間帯に隅田川を発つ、ワム80000形で構成された焼島行貨物列車も、ここで撮っています。なお現在では柵のだいぶ外側に遮断機が設けられ、このアングルでの撮影は不可となっています。

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■2009年の安中行。EF81形85号機+タキ12両

北浦和のホームから。武蔵野線経由となった安中行は、大宮操の南側2kmほどの地点(与野駅の南)で東北貨物線と合流するため、この場所はもう通過しません。同じアングルで昨年ゆうマニ配給も撮っていることからも分かるように、京浜東北線の北行線が被らなければ気楽に撮れる場所です。

田端運転所のEF81形は、1988年3月に運転開始した寝台特急北斗星号牽引機への充当に伴い、黒磯駅構内(1番線)を運転停車なしで通過しながら交直の車上切替を実施するための車種選別装置が搭載されました。この装置を搭載した車両は、車体側面に流星マークが描かれ、未対応機と区別されました。上の85号機を含む未対応機は、もっぱら常磐線の貨物列車牽引に充当されていました。

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2016年2月13日 (土)

★995000アクセス突破★常磐緩行線用E233系CBTC対応工事後配給

 2016年2月13日土曜日、JR東日本長野総合車両センターに入場していた松戸車両センター所属のE233系2000番台マト10編成が、所属区に向けて配給されました。この日は、夕方から食事の予定があったので、近場で安中貨物撮影後、ついでに。

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長野総合車両センターへ入場していたのは、CBTCと呼ばれる保安装置に対応する改造工事を実施するためです。CBTCとは、Communications-Based Train Control System の頭文字で、フランス系の社会インフラ向けシステム企業であるタレス(Thales)社が開発した、無線による列車制御システムです。

JR東日本によるプレスリリースはこちら (別ウィンドウが開きます)

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CBTCの機能をフルに使用した場合、これまでは軌道回路や地上子などによって地上側に構築していた閉塞区間の思想が無くなり、走行中の列車側が自律的に前後の列車との間隔を調整できるようになります。まさに画期的なシステムです。常磐緩行線への導入予定は2020年頃とのことですが、試験導入にとどまるのか、それとも直通先の東京メトロ千代田線や小田急電鉄にまで波及するのかは未知数です。歴史的に常磐線という路線は、新車や試験車両、新システムのテストに良く利用されてきたので、私は前者の可能性が高いと思っています(*1)

*1 常磐線初の事例

  • 世界初の交直両用電車401系導入→ 当初は松戸電車区に配置
  • 国電初の車内信号式ATC → 緩行線 綾瀬-我孫子間へ導入(ATC-4形)
  • JR東日本901系電車の試運転 → 当時日中に線路閉鎖していた我孫子-取手間で実施
  • JR初の2階建て普通車クハ415形1900番台 → 215系の車体・内装の設計に応用
  • TRY-Zこと991系電車の試運転 → 取手-藤代間デッドセクションでの交直自動切替実用化

等々。

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2016年2月 7日 (日)

★大宮総車セのスイッチャーOM-1★形態に変化

 前回記事にてEH500-1全検出場を紹介しましたが、大宮で出場後にOM-1の単機入換(転線)を見ることができました。

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でもよく見てみると、違和感が……??

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違和感の原因はこれでした。連結器上にジブクレーンが増設されています。おそらく、入換の際に中間連結器を介さなければならない車種があり、中間連結器の着脱を容易にするために取り付けられたのではないかと思われますが、どうでしょうか。上写真の通り、クレーンは前後両方とも取り付けられています。昨年2015年7月上旬にOM-1を撮影した際は付いていませんでした。いつ頃取り付けられたのでしょうか。

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2016年2月 6日 (土)

東邦亜鉛号にEH500形1号機が充当

 2016年2月6日土曜日、安中行の東邦亜鉛号にEH500形電気機関車の1号機が充当されました。

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 今日の安中行貨物列車は、タキ1200形×12両+トキ25000形×6両のフル編成。今年は、1月11日~2月15日まで東邦亜鉛小名浜で定期修理が予定されており、期間入りしてからトキのみの短い編成がしばらく続いていましたが、2月3日からは通常のフル編成(タキ12+トキ6、日曜はトキ無)に近い状態まで復帰しています。なお小名浜の定期修理期間中でもトキが運転されるのは、トキで輸送している亜鉛精鉱が、小名浜の焙焼炉とはプロセス上なんの繋がりも無いためです。亜鉛精鉱は、オーストラリアから輸入したものをそのままトキ車へ積んで安中へ運んでいます。

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EH500-1は、JR貨物大宮車両所で全般検査を受け、1月27日に出場したばかりの機関車です。前部標識灯の高さや赤の色調は検査前そのままで出場しました。出場日は所要で外出する機会があり、たまたま発車するところに遭遇しました。

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大宮から仙台総合鉄道部まで無動力回送された際の回送車票はこの通りです。いいものが見られました。

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2016年2月 5日 (金)

■名古屋臨海鉄道■ND55216の去就やいかに!?

 名古屋臨海鉄道は、本線の貨物営業以外に、JR貨物のいくつかの貨物駅の入換業務を受託しています。JR貨物名古屋貨物ターミナル駅では、名古屋臨海鉄道が自社所有の機関車を使用して入換作業を実施しています。

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 2012年7月に訪問した際は、昼過ぎにND552形16号機の入換を見ることができました。例によってJRの貨物列車が笹島から到着し、牽引してきた機関車が切り離されると、名古屋臨海の機関車が笹島側に連結され、推進で荷役線までの押し込みが行われます。

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この駅では、機関車で貨車を荷役線へ押し込む際、機関車側に空のコンテナ貨車が1~3両程度連結されることがあります。荷役線内での貨車の停車位置と機関車の入線可能範囲の関係と思われますが、詳細は不明です。

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この駅では、この16号機以外にも、3、13、15号機が活躍しています。いずれも、元国鉄DD13形ディーゼル機関車に所縁のある車両です。この16号機は足回りはDD13形225号機ですが、車体を苫小牧港開発から譲り受けたD56形D5605のものに振り替えているとされています。

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 昨年末2015年12月26日に東港を訪れてみると、16号機が17号機の部品取り廃車体と有蓋車の救援車に挟まれた状態で留置されていました。休車中でしょうか……??

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2016年2月 4日 (木)

★990000アクセス突破★JR四国多度津工場の保存貨車

 毎度時事ネタで展開するアクセス突破記念。今回は、昨年末に訪問したJR四国多度津工場の保存貨車を紹介します。当工場の貨車以外の各種保存車両については、既に5年前の記事で紹介済みですので省略します。

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多度津工場内の屋外留置線には、トキ25000形無蓋車25797号と、ワラ1形有蓋車1号が保存されています。周囲はコンクリート製の壁で囲われていますが、なんとか工夫して敷地外から見ることができました。

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手前のトキ25797がボロボロでブレーキホース・ブレーキ梃子も取り外されているのに対し、ワラ1形試作車にはそれらが健在で、ボディもピカピカに黒塗りされています。この車両は、他の保存車とは異なりイベントで展示されたことはないと記憶しております。今後に期待したいところです。

●おまけ1

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 工場内には、2015年12月14日未明から朝にかけ、高松運転所から輸送されてきた12系・14系客車が留置されていました。左はオハフ15形、右は左から順にオロ12、スハフ14です。他にも建屋内に数両いました。東武鉄道がJR北海道からC11形蒸気機関車を借りてSL列車を運行する計画があり、これらの客車はそのために東武鉄道へ譲渡される予定です。

●おまけ2

 5年前訪問時に多度津工場内にいた2代目フリーゲージトレインの先頭車とDE10形1号機、キハ65形34号は、西条にある「鉄道歴史パーク in Saijo」の南館へと移されています。

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2015年のゴールデンウィークに、松山から高松へ戻る際に途中下車して撮ることができました。DE10形1号機の方は、多度津から西条へ配給される際も偶然撮影しています(→こちらの記事を参照)ので、ちょっと思い入れがありますね。

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2016年2月 2日 (火)

【くろがね線を読み解く】第221回■在りし日の50mレール輸送列車

 JR東海浜松レールセンター向けのレール輸送は、2015年3月改正での150mレール輸送開始に伴い、すっかり様変わりしてしまった。今回は、2014年11月末で終了した、浜松RC向け50mレール輸送を振り返る。

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つい6~7年前まで、緑色のチキ5500形の車側部表記は、まだ合併前の「日鐵運輸NTC」であった。そしてこの私有貨車と、国鉄時代から使用されている赤茶色のチキ5500形(通称 九チキ)が併用されていた。

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当初、九チキが行先の制限なく使用されていたのに対し、緑チキは西浜松行に限定使用されていた。しかし、緑チキの増備に伴い九チキの廃車が始まると、緑チキも静岡貨物、相模貨物、東京タ行に使用されるようになった。この転換期は、偶然にも黒崎→北九州タの170列車の牽引機がEF81形からEH500形に変更された時期と重なる。

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九チキの去就については興味深いデータがある。鉄道車両年鑑によると、九チキは廃車になる数年前にJR貨物から日鐵運輸に譲渡され、日鐵運輸の私有貨車となっており、車籍を失った後も日鉄住金物流八幡の資産扱いで健在である。八幡駅近くのホテルに泊まると、西八幡東側の小ヤードに留置されている姿を見られる場合がある。私も2011~2015年にかけて、何度か目撃している。

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チキの編成も3の倍数で3,6、9とバリエーションがあった。レールを積んだチキ実車の発送はほとんどの場合3連または6連であったが、空車返却は上写真のように9連の場合もあった。

Nsrail20082012

運用をマトリクス化すると上記の通りとなる。2010年時点で上表は既に完成していたので、西八幡発送前の入換からJR線での輸送途中の様子、西浜松到着後の入換まで、かなり計画的に撮ることができた。運用上のポイントは、空車返却となる下り列車で長時間停車があることか。金曜夜に稲沢に着いた951列車は、24時間以上停車して日曜の8865列車として発車していた。また171列車が8869列車の到着にあわせて週2回忠実に走るわけではない、という点も見逃せない。これは丁寧に観察していなければ語れない部分である。

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