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2016年8月

2016年8月31日 (水)

【くろがね線を読み解く】第236回■戸畑地区D607

D607

 戸畑地区の機関車60DD-3形D607.1975年(昭和50年)日本車輌製造製の60t機で、製造番号は3199、車軸配置はB-B。60DD-4形とは異なり、連結器センタリング装置は備えていない。

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 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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2016年8月30日 (火)

【くろがね線を読み解く】第235回■小倉地区の機関車D107

 2016年夏、小倉の某ホテルに泊まりY製鐵所小倉地区の夜景を見ながら眠りについた翌朝、何気なく窓を開けると、思わぬものを発見した。小倉地区に所属しているディーゼル機関車D107が見えたのである。

Kokura11d107w_2

これまで弊ブログでは、形式写真を障害物無しで撮れた車両しか紹介していないが、この機関車はめったに動くことが無く、撮れる場所まで出てきてくれる見込みがないため、正面からの俯瞰を紹介する。

 D107は、1967年に日本輸送機で製作されたL型エンドキャブの2軸機関車で、新製配置は住友金属工業小倉製鉄所(*)、自重は25t、製造番号は1178001である。正面から見ただけでは全く判断できないのだが、最終動力伝達方式はロッド駆動で、SLのように2つの車輪は連結棒で接続されている。キャブの前面窓は、屋根の丸みに沿って傾斜の付いた独特な形状で、ボンネット先端のラジエーターカバーの形状と相まってニチユらしさが感じられるデザインである。背後に記号番号不明の同型機が写っているが、そのキャブ非公式側をよく見てみると、ボンネット先端公式側の簡易運転台とちょうど点対称の位置にも同様の装備のあることが分かる。いつか動くところを見てみたい機関車である。

(*)2000年4月に分社化されて住友金属小倉→2012年1月に住友金属工業と合併→同年4月に新日鐵住金小倉製鉄所→2014年4月1日付でY製鐵所と統合、現在はY製鐵所小倉地区

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2016年8月29日 (月)

【くろがね線を読み解く】第234回■熱塊カバー台車(短小タイプ)

 くろがね線でブルームを保温したまま輸送するために用いられている熱塊カバー台車には、全長の極端に短いタイプが存在する。

20100830918

既出だが上の通り2010年夏に一度だけ撮影したことがある。電気機関車の次位以降3両は、通常の熱塊カバー台車よりも全長が短いことが俯瞰でも分かる。側面から見ると以下の通り。

N60byuta2312

 記号番号はユタ2312で、車体表記から荷重は元々60tであったことが分かる。現在ではカバーの重量を含めて60tと推察されるので、実際の荷重はもっと小さく50t前後ではないかと思われる。全長は短いが2軸ボギー車で、自重は26t。通常、熱塊カバー台車の編成番号?(台枠中央の黄色地に黒英数字)は、90t積みがL*、60t積みがZ*を名乗っているが、この車両はN4である。

N60byuta2315

こちらは同じN4編成に連結されていたユタ2315.同じく自重26tの2軸ボギー車である。台車は連結されていた3両とも板台枠でスポーク車輪を履いていた。かなり古典的な貨車である。

 さて、この車両の用途であるが、この車両を八幡地区で撮影した方のブログ記事を拝見すると、どうやら八幡地区にあるグループ会社のステンレス工場の方へ向かっているようである。日経産業新聞や日刊鉄鋼新聞などを読んでいると、八幡地区のステンレス工場ではステンレス厚板を製造しているらしく、そのベースとなる半製品は通常はスラブである。このため、ステンレス工場付近では別記事で紹介済みのスラブ台車を見ることができるが、たまにこの熱塊カバー台車も見られるようである。特定顧客向けの特注品の製造比率が大きい八幡地区だけに、半製品を運ぶ貨車の種類も多彩である。

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2016年8月28日 (日)

【くろがね線を読み解く】第233回■日本製紙への譲渡車D439

D43901

 前回紹介した45DD-12形ディーゼル機関車の中には、他社へ譲渡されたものもある。写真の機関車は、元Y製鐵所D439で、1994年に山陽本線大竹駅連絡の三井化学専用側線入換用に転じ(1994年6月に日通大竹支店へ譲渡)、専用線が廃止されると、2000年10月より岩国駅連絡の日本製紙専用側線に活躍の場を移し、No.3と命名された。2016年3月、専用線の入換作業を受託している岩国産業運輸が北陸重機工業製の新車(無番)を導入したため、予備扱いとなった。

車端部に設けられていた簡易運転台は、日通大竹時代は存置されていたようだが、当専用線で使用されている時にはすでに撤去されていた。製鉄所の作業進捗管理に使用されていたらしいキャブ床下の制御盤類も、もちろん不要なため、撤去されている。

D43902

門外から荷役線を望む。岩国駅との往復時には、貫通ブレーキを作用させるために貨車とBP管を接続するため、製鉄所構内使用時には未装備であったブレーキホースが取り付けられているのも興味深い。

D43903

工場前で貨車を入れ換えるNo.3(D439).Y製鉄所構内で使用されていた頃は、なかなか敷地外から見ることのできなかった車両も、一般の専用線へ譲渡されれば容易に見られるようになるという一例。(こちらの過去記事も参照のこと)

※Y製鉄所から余所へ転じた後の車両の遍歴については、「Center Cab No.84, SRC 専用レールクラブ発行」 を参考にさせていただきました。

●No.3(D439)搬出される

 Twittterの目撃情報によると、No.3(D439)は2016年9月下旬にトレーラーで搬出され神戸港に向かったとのこと。果たしてどこへ行くのやら…。

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 当記事掲載の写真は、2008年時点で立入可能であったエリアから撮影したものです。最新状況については現場で自己責任にてご判断をお願いします。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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2016年8月26日 (金)

【くろがね線を読み解く】第232回■八幡への貸出機D441

D441
■八幡地区の機関区に留置中のD441. D609、615、617などと共に代わる代わる八幡へ貸し出されている。   2016年夏

 今回は45DD-12形ディーゼル機関車D441を紹介する。この機関車は永らく戸畑地区の配置であったが、以前の記事で紹介した八幡地区の半製品ヤード竣工に伴い、2013年5月頃から断続的に八幡地区にも姿を現すようになっている。

D441n

八幡地区の45DD-12形は銘板がボディと同じクリーム色に塗装されていることが多いが、戸畑地区の機関車の銘板の色は朱色であったり青色であったり様々である。この機関車も青い銘板で、遠くからでも他の機関車とは異なることが識別できる。

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2016年8月25日 (木)

★炭鉱電車保存車4両★三川坑跡へ移送

Tankodensya_20160824

 2016年8月22日、SGケミカル敷地内で保存されていた三井三池鉄道の電気機関車(通称:炭鉱電車)4両が、10月から展示される三川坑跡へと移送されました。実は今年の9月にLCCで福岡へ行く予定があるので、その時についでに寄ろうかとも考えたのですが、この展示施設は完成時に屋根が付く予定で、10月オープンですので、屋根を支えるための柱が建つ前に訪問したかったわけです。

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2016年8月22日 (月)

★三岐鉄道ED222★西藤原に移設

 三岐鉄道三岐線大安駅付近の公園に静態保存されていた、元三岐鉄道の電気機関車ED222が、西藤原へ移設されたことを聞きつけ、2016年のお盆休みに訪ねました。

Ed222_nfw

公園時代は荒廃が酷かったですが、想像以上に美しい姿に復元されました! 尽力された方の愛を感じます。この電気機関車は、元 信濃鉄道2(信濃鉄道は現在のJR大糸線)で、買収後は国鉄ED222を襲名、譲渡先の三岐鉄道でも同じ記号番号のまま富田駅の入換などに使用されていたようです。

Ed222_nfw2

車体に残されていた銘板によると1925年6月に電気部分を米国ウェスティングハウス社で、車体をボールドウィン社で製作されたもので、製造番号は58449.日本には他の2両を含む3両が輸出され、2015年現在3両とも形を留めて保存されています。

Ed301_ed223

こちらは同一メーカー製・同型機の元 信濃鉄道3で、買収されて国鉄ED223となり、松本電鉄でED301に改番されました。車体の銘板によると1926年8月製で、製造番号は59378.モーターが故障しているため静態保存扱いです。普段は新村の車庫内に保管されていますが、年1~2回開催されるイベントの機会に外に引き出されることがあります。

Ed221_knr

こちらも同型の元 信濃鉄道1で、買収されてED221となり、2015年現在は弘南電鉄で除雪用機関車として毎冬期15~20回程度使用されています。つまり動態です。車体側面の窓は一畑電鉄時代に増設されたものですが、本来は冒頭のED222と同一形態の車両です。キャブ前面の窓や扉の形状は、むしろ3両の中でもっとも原形を留めていると言えます。5年前に除雪列車の運行シーンを撮影していますので、よろしければご覧ください。(→こちら

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2016年8月21日 (日)

【くろがね線を読み解く】第231回 ■戸畑第一操車場 機関車4台同時入換

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■戸畑第一操車場で横並びした機関車。左から順にE8502、D628、D622、D704     2016年

 Y製鐵所専用鉄道の終点である戸畑第一操車場では、くろがね線の列車の発着に伴い貨車の入換が行われる。くろがね線の本務機85ED-1形電気機関車と、緩急車70DD-3形の同時入換はよく見られるが、運が良ければ、これに加えて戸畑地区の機関車の同時入換も見ることができる。私は最大5台の同時入換を見たことがあるが、大抵うち1台は操車場の奥の方で入換を行っており手前に貨車が連結されているため、上写真のようにほぼ等距離に同時に並ぶのはおそらく最大4台までである。

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■左から順に並んだE8501、D626、D704            2014年

こちらはよく見られる3台同時並び。くろがね線は、低頻度運転の場合、明るい時間帯に限ると1日あたり3回しかこの場所にやってこないため、撮影チャンスは意外と少ない。写真のE8501は2016年3月に標準塗装に変更されており、この組み合わせも過去帳入りした。

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2016年8月20日 (土)

【くろがね線を読み解く】第230回 ■線路撤去跡整地される

E850220160815

 2016年8月15日にくろがね線を訪れてみると、かつて複線時代に戸畑行の列車が走行していた線路の撤去跡が整地されていた。この日は、昼食後に八幡の機関区を訪れると、5分ほどで電気機関車E8502が八幡第二操車場の方へ移動していったので、戸畑行の発車を確信。夜宮側へ移動し、戸畑第一操車場からの戻りの列車を撮影することができた。

砂利の敷き詰められた区画は、かつては路盤の土が剥き出しになっていて、おもに除草業者が通路として使用していた。今回は、列車通過の5分ほど前にY製鐵所の保全のクルマが安全確認?のため通過していったので、そのような用途にも使用するために整備したのかもしれない。くろがね線では、3年前に陸橋からの落下物が原因で数日間運休する事故が起きており(→過去記事参照)、そのような緊急事態にも迅速に対応する狙いがあるのかもしれない。事前の見廻りで問題箇所の発見ができれば、運転士に無線連絡して列車を停めることができるので、3年前のようにパンタグラフが破損するなどの事故を未然に防止できるのではないだろうか。いずれにせよ通路は未舗装のため、現在くろがね線で輸送している半製品や鉄屑を、この通路を使用して輸送することは考えにくい。

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2016年8月18日 (木)

【くろがね線を読み解く】第229回 ■接岸中のPacificSpikeを俯瞰

 以前の記事で紹介した、150mレール輸送用貨物船「Pacific Spike」。2016年8月15日に訪問してみると、八幡泊地に入港しているのを確認することができた。対岸からの写真はすでに紹介しているので、今回は皿倉山展望台行ケーブルカーの山麓駅の近くから俯瞰してみることにした。

Pacificspike_201608

手前の青い船が Pacific Spikeである。既にレールを積み終えているようで、出航待ちのようだ。冬場の空気が澄んだ日なら、背後の若戸大橋ももっと鮮明に見えると思われる。

Pacificspike_201608a

5分前後の間眺めていると…

Pacificspike_201608wtagboat

…ほどなくハーバータグボートがやってきて取り付いた。ハーバータグボートとは、港湾内で大型船の方向転換や先導をするために使用されている小型船である。この船が登場したということは、そろそろ出航の時間ということになる。帰宅後にMarinetrafficなどで調べてみると、今回この船の行先は米国Stockton港であった。となると、積荷の150mレールはユニオンパシフィック鉄道へ納品される可能性が高い。写真手前はJR鹿児島本線で、813系が見える。

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2016年8月17日 (水)

【くろがね線を読み解く】第228回 ■標準塗装に復したE8501

 以前の記事で紹介した、くろがね線用電気機関車85ED-1形E8501の塗色変更。今回の訪問で、ようやく変更後の姿を実見することができた。

E8501201608

2016年3月下旬に、それまでのワニ塗装から標準塗装に変更されて以降、現地を訪問された方の記録を拝見していると、このE8501が運用入りしていたのはそれほど長くはなかったようである。私が訪問した8月15日も、パンタグラフを降ろして車庫に留置されていた。通常この機関区では、運用入りしていない方の電気機関車もパンタグラフを上げて待機していることがほとんどであるため、しばらく使用していない可能性がある。

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2016年8月10日 (水)

【くろがね線を読み解く】第227回 ■戸畑溶銑機75DD-1形

 Y製鐵所の高炉は戸畑地区に1基、小倉地区に1基あるが、今回は戸畑地区で高炉⇒転炉間の溶銑輸送に使用されている専用機関車を紹介する。

D750101
■戸畑第四高炉前で待機する75DD-1形D7501  株主向け見学会では高炉前のみ撮影可能となる場合もある

 75DD-1形は、1985年から86年にかけ、日本車輌製造にて2両製作されたディーゼル機関車である。形態的には60DD-6形の流れをくむ凸型セミセンターキャブの1エンジン機で、車軸配置はB-Bである。この頃になると、車端部に乗った運転士がリモコン制御するのが前提の製鉄所向け機関車に運転室は不要となりつつあり、車体中央に設けられたキャブ?のような部屋には機器類のみ配置。中に人が乗って運転することを想定していないため、前後に窓はない。台車は、くろがね線用70DD-3形で採用されていた日車NL30Aをベースとしつつ、車軸間距離を200mm縮めて構内用機関車標準の2,200mmとしたマイナーチェンジ版であるNL30Cを装備した。上写真は1985年製造のD7501で、登場当初標準装備していた赤外線センサー(接近検知装置)は取り外されているものの、比較的オリジナルに近い姿を留めている。製造番号は3390。

D750201
■戸畑第四高炉前で待機する75DD-1形D7502  株主向け見学会では高炉前のみ撮影可能となる場合もある

こちらは1986年製造のD7502(2エンド側)で、製造番号は3395。このD7502は、D7501とは異なりラジエーターファンとキャブの上部に覆いが取り付けられている。出銑口周辺にこびり付いた溶銑やスラグが冷えて固体となり落下してくることに備えた装備と思われる。日車の車両史に掲載された諸元は以下の通り。

  • 全 長 : 13,200mm
  • 全 幅 :  2,620mm
  • 全 高 :  3,820mm
  • 自 重 : 75トン
  • 機 関 : 神鋼造機 DMF18Z(460ps)
  • 変速機 : 新潟コンバーター TDCN-22-2601A(機械式)
  • 台 車 : NL30C

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2016年8月 7日 (日)

◆JR東日本◆リゾートあわトレイン(ニューなのはな)

 毎年夏の君津ふれあい祭りに合わせて実施されている、鉄鋼メーカーNS社K製鉄所の工場見学会。今年は8月6日に予定通り公開されました。

Nanohana48501

 帰りしな、ブログ読者のタムタキさんと一緒に数駅足を延ばして、既に今夏をもって引退することが発表されているニューなのはなを撮ってきました。この日はちょうど、リゾートあわトレインとして君津~安房鴨川間を往復する運用に就いており(幕張車両センター~君津間は回送扱い)、夏場の夕方上り列車が順光になる場所を17時過ぎに通過するダイヤでしたので、タイミングが良かったわけです。

 ニューなのはなは、編成中に組み込まれたクロ484-5(上写真の先頭車)が181系からの改造車ということで、車輌マニア的にも注目されているようです。もっとも改造種車となったサロ481-1506は、1978年(昭和53年)の新製時から485系1000番台と同一設計の車体を持つ元サロ181-1106ですから、それほどありがたがるモノでもありませんね。いま40代以上の方であれば、181系特急ときの中間に、前後の181系より台枠や屋根の高さが高いグリーン車が連結されていたのをご記憶の方も多いと思いますが、アレです。181系引退後は予定通り485系へと編入改造されましたので、「元181系」というはあくまでも車歴上の話題程度と捉えた方が正確ですね。

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2016年8月 2日 (火)

◆旧型客車八ヶ岳号◆長野総車セ返却回送

 2016年7月30日、JR小海線で旧型客車八ヶ岳号が運転され、翌31日に中込から長野総合車両センターに向けて機関車と客車の返却回送が実施されました。30日は予定があったので、31日に先輩撮り鉄の方に頼み込んで車に同乗させていただき、追いかけてきました。

本運転ではなく回送を撮るメリットとしては、ボンネットの長い側(1エンド側)の先頭にヘッドマークが付かずDD16形ディーゼル機関車の自然な姿が見られる点と、特徴的な短ボンネット側(2エンド側)を明るい条件下で撮影できる点でしょうか。

Yatsugatakekai01

 なにせ中込を出るのが夜明け前とのことで、なんとか日の出後になりそうな場所からスタートしました。

Yatsugatakekai02

小海線は何度か乗っていますが、野辺山~清里間と小淵沢手前の大カーブ以外は全く土地勘が無いため、撮影場所は完全お任せです。

Yatsugatakekai03

本格的に朝日があたり始めても高原はとても涼しく、長袖が欲しいほど。

Yatsugatakekai04

高原らしい風景を堪能できました。

Yatsugatakekai11

小淵沢で機回しした編成は、2エンド側を先頭に中央本線を西進します。

Yatsugatakekai12

午前中は逆光となるこの場所にも、撮影者は10名はいたでしょうか。

Yatsugatakekai13

DD16形の最高速度は85km/hのため、足の遅い列車は定期列車の邪魔にならないよう、辰野経由の旧線ルートへと迂回させられてしまいます。おかげで、複線区間では味わえないようなローカル電化路線の雰囲気も堪能することができました。

Yatsugatakekai14

西条の定番カーブも恰好よく撮れました。

Yatsugatakekai15

ここは聖高原の近くだったでしょうか。なにしろ完全お任せのためどこで撮ったのかいまひとつ自信がありません。

Yatsugatakekai16

最後は唯一私から提案した場所で。晴れると逆光気味トップライトですが、うまいこと曇ってくれました。DD16形は、私の生まれ故郷にあった鹿児島機関区に最多両数18両が配置されていたため、旋回窓など装備に違いはあれど、よく見かけた形式で思い入れがあります。天候にも恵まれ、良い想い出づくりができました。

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