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2016年9月29日 (木)

◆JR四国12・14系客車◆東武鉄道譲渡甲種輸送

 2016年9月28日水曜日から29日木曜日にかけて、JR四国の12・14系客車の東武鉄道向け甲種輸送が実施されました。これは、今後東武鉄道で運転されるSL列車の客車として、JR四国から譲渡された12系・14系客車が使用されるためです。

運行区間は、客車が保管されているJR四国多度津工場のある多度津駅から、本四備讃線経由で瀬戸大橋を渡り、山陽本線、東海道本線、武蔵野線、高崎線を経由し、熊谷貨物ターミナルまでとなります。そこから先は、秩父鉄道の電気機関車の牽引により羽生へ至り、東武鉄道線内を電車の牽引により走行し、東武動物公園でスイッチバックして、車両基地のある南栗橋まで走行します。今回は幸運なことに、かなり早い段階で運行日と列車番号を知ることができたので、計画的に有休をとることができました。

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 JR線内で明るい中の走行となるのは東海道本線の草津あたりから東で、吹田貨物ターミナルから相模貨物までは8862列車のスジで運転されました。できるだけ撮影回数を稼ぎたいので、朝イチに品川からのぞみ99号に乗車し愛知県北部へと向かいました。東海地方に秋雨前線がかかり、8862レの走行区間はすべて雨予報でしたが、なんとか列車の来る頃には止んで明るくなりました。客車を牽引したのは、以前の記事で紹介したEF65PF復元国鉄色の2139号機で、寝台特急瀬戸風味のヘッドマークを付けていました。

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そして先頭のみならず、なにやら最後尾にもヘッドマークと同じデザインのステッカーが貼ってありました。

さて、いつも8862レを追うときは、後続電車で追い抜いて浜名湖あたりで2回目を撮るのですが、今回車窓から当該撮影地の状況をチェックしたところ、既にひな壇が4段形成されていて入る隙が無さそうだったのと、ヘッドマークをしっかり撮りたいので、場所を変更。

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結局浜松の近くになりましたが、ここは4人しかいなかったのでまったり撮影。私の想い出の中の14系列車は、1980年代に東京⇔伊豆急下田間を連絡していた特急踊り子号の多客期の臨時増発1往復です。当時はEF65PF+14系座席車という組み合わせが標準で、何度か撮ったり乗ったりしたことがあるので、懐かしく感じられます。まぁその後大人になってから急行八甲田とか、色々乗りましたが…。

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ヘッドマークはこのような意匠でした。「甲種輸送」の下に、譲渡先の東武鉄道のロゴマーク、その下には輸送に携わるJR四国、JR貨物、秩父鉄道の各社のマークが入っている懲りよう。今回の輸送に対する並々ならぬ思い入れを感じます。

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客車が主役なので後追いも。せっかくヘッドマーク風のステッカーを貼っているのに、幕が「回送」なのがちと残念。せめて「臨時」とかだったら良かったなぁ。

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 次は定番中の定番の場所です。新幹線とタクシーを駆使して列車通過の1時間20分前には到着したのですが、その時点で既に30名以上が雛壇を形成していました。しかし以前撮影したポジションは空いていたので、なんとかなりました。

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車体を横から見ると、12系と14系の車体断面が異なるのがよく分かりますね。12系は、その後登場した14系寝台車、それをベースに開発された24系寝台車と同じ車体断面ですが(屋根形状だけ異なり、車体断面は同一)、14系座席車は485系・183系電車とほぼ同じ断面なんですよね。だから一緒に連結すると合わないわけです。

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最後は神奈川県まで新幹線でワープして撮影。ISO2000はさすがに厳しいですがなんとか様になりました。今回運行されたのは甲種輸送列車ですから区分上は貨物列車ですが、東海道本線を客車列車が走行するのは、これで最後になってしまうのでしょうか。そう考えると寂しいですね。

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コメント

こちらも、かなり遅いコメントとなってしまいましたが…。追っかけ撮影、お疲れ様でした。いつもながら、お見事な追っかけですね。
本稿の列車は、かつての「ムーンライト高知+松山」を思い出させてくれる編成で、懐かしいですね。青い客車列車は、永遠に走っていて欲しいのですが…。
元JR東海14系は、ムーンライトではありませんでしたが、伊勢鉄道F1臨や樽見鉄道桜ダイヤでの乗り入れで見たのではないかと思います。それにしましても、元JR東海車が使用されずに、再びJR東海管内に戻って来るというのも、面白いですね。
ムーンライト(及びふるさとライナー)は、編成の変遷が多々あり、これだけで特集が組めるのではないかと思える程、色々なバリエーションがありましたね。
本稿で社長さんが仰られる12系と14系との違いが良く分かって面白かったのが、皆さんご存じの通り、「ムーンライト高知+松山」で、更に「ムーンライト山陽」のシュプール色14系200番台が連結される時期は、更に凸凹編成となり、「山陽」のオハフ15は展望車タイプとそうでないタイプとの2種類があり、面白かったなと思います。
「ムーンライト山陽」連結の場合は、岡山と多度津との2箇所での分割・併合となり、貴重な3層立ての客車列車でもありましたね。
…(以下、客車のムーンライト“末期の頃”の思い出を中心とした話となりますが、お許し願います。ご存じのことばかりだとは思いますが…。)
①この「高知+松山+山陽」の下り列車を京都駅で見た時は、向日町からの回送は、EF65PFのプッシュプル形態によるもので、1番線から東京方の引き上げ線(中線)に引き上げた後、7番線に入線、東京方のPFを切り離した後、列車が発車、残されたPFが出発信号機位置まで進み、その後、大阪方へ発車という段取りでした。
このプッシュプル方式は、ご存じの通り、「彗星+あかつき」や、「なは+あかつき」でも行われていましたが、こちらの場合は、東京方の機関車は、切り離された後、東京方の引き上げ線へ一旦引き上げ、そして駅寄り(東京方)の留置線に留置という段取りでした。(※回送牽引用のEF65PFは「出雲」の間合い使用、「出雲」廃止後の回送牽引用EF66は翌日の上り到着便のプッシュプルに使用。ブルトレのプッシュプルは、東京口でも一時期ありましたね。)
その後、「山陽」廃止後の「高知(+松山)」だけの日に見た時は、プッシュプル形態ではなくなり、1番線に入線後、0番線で機回しを行い、東京方の引き上げ線に引き上げ、7番線に入線、という段取りとなっておりました。これは下りの「ムーンライト九州」でも同様です。
この「高知+松山」の引き上げ時、丁度、横の0番線に上り急行「銀河」が滑り込み、少しだけ並走するという光景が見られました。この光景は、車窓.comの動画にもあったと思います。
②上りの「高知(+松山)(+山陽)」の場合は、0番線到着後、1番線で機回し、東京方の引き上げ線は使わず、そのまま、向日町方へと出発しておりましたので、恐らく、山陰本線を使って?梅小路から向日町に向かっていたかと思われます。これは上りの「ムーンライト九州」でも同じだったかな?(※こちらは記憶が欠落しております。)
上り列車が東京方の引き上げ線を使わない運転だったのは、ダイヤ上難しかったからなのかも知れません。(※上り「彗星orなは+あかつき」の場合は、東京方の引き上げ線を使う運転で、引き上げ線にて、回送牽引用の機関車を連結。)
なお、「ムーンライト九州」は、その後、これもご存じの通り、新大阪起終点の8両編成となり、展望車も無くなり 、最期はブルトレ廃止で余ったEF66牽引となりました。
ちなみに、京都駅での機関車交換では、天理臨24系(復路)の場合、7番線でDD51からEF81(東海道本線経由の場合はEF65PF)に交換し、発車後、複々線を、下り外側線から上り外側線まで、ポイントで大横断するというものもありました。
京都駅での機関車入換も、昨年の特別なトワイライトエクスプレス(山陽コース往路・7番線でEF81→EF65PFに交換)で最後かな?
③岡山駅での「高知+松山+山陽」は、丁度、上下2本が揃って分割・併合を行うダイヤが組まれており、四国のDE10が折り返し、四国へとトンボ返りする運用でした。2002年8月訪問時には、この間、下り「さくら+はやぶさ」が着発しました。
「山陽」が無くなった後は、 EF65PFが多度津まで入線する様になりました。
ちなみに、「ムーンライト八重垣」でも、上下が岡山駅で同時に、機関車交換をする様にダイヤが組まれており、EF65PF・後藤DD51、それぞれの機関車がトンボ返りする運用でした。同じく、2002年8月訪問時には、この間、下り「富士」が着発しました。(※「八重垣」の最末期は、宮原DD51によるスルー運転に変更。)
岡山駅での機関車入換も、今では滅多に見られないと思われ、昨年の特別なトワイライトエクスプレス(山陰コース)でも、EF65PFとDD51との機関車交換駅は、ご存じの通り、瀬戸駅(往路)と美袋駅(復路)とになっておりましたね。
ちなみに、2011年7月のJR四国から若桜鉄道への12系譲渡の際には、岡山駅が折り返し駅となり、牽引機JR貨物EF65PFが機回しをしております。夜遅い時間帯でしたので、可能だったのだと思われます。
④「ムーンライト高知」では、一度、スロフ12の発電機の調子が悪いのか、宮原のスハフ14(0番台)が1両増結されて、4両編成になっているのを見たことがあります。この時、土讃線内の牽引は、たまたまなのか、牽引上の問題なのか何なのか、DE10の重連となりました。
この電源車代用は、「ムーンライト八重垣」でも見たことがあり、この時は、所定の14系座席車(0番台)4両に、非営業のスハネフ15が1両増結されておりました。ネットを見ておりますと、スハネフ15の電源車代用は 「ムーンライト九州」でもあった様ですね。(※「九州」や「八重垣」では、営業用の寝台車が連結されていた時代もあるようですが。)
スハフ14による電源車代用ならば、近年では、急行「はまなす」でも、スハネフ14の検査時等にありましたね。
⑤「高知」のみの運転の日は、オロ12・スロフ12のみの3連でしたが、宮原の14系座席車を組み込む「高知+松山」運転の日でも、四国での自然災害等でどちらかの列車が運休になった場合、一方の列車3連・単独のみで全区間運転される場合もありました。
⑥若桜鉄道への甲種輸送では、やはり、伯備線での混合列車形態がビックリでしたが、EF64のタイフォンも知らなかったので、初めて聞いてビックリでした。
郡家駅に到着後、運転士によるDE10の点検が始まり、若桜鉄道の運転士が運転するだろうことを初めて知り、これも少し驚きでした。
(※⑥に関しましては、ネット動画にも出ておりますので、個人的感想を特に書き込む必要もないのですが、心に残る場面でしたので…。)
…以上です。今回の編成にて、過去を思い出しましたので、自分自身の記憶の整理も兼ねて、つい感想・過去話ばかりを書き込んでしまいました。一応、社長さんの好きそうな?話を思い出して書き込んでみましたが、社長さんのことですからご存じのことばかりでしょう。ダラダラと申し訳ございませんでした。それでも、これらは客車のムーンライト“末期の頃”の話のみですので、それ以前の「ふるさとライナー」を含めました、ややこしい変遷の時代のことは、もはや過去の時刻表やDJ誌でも調べなければ、何が何だか分かりません。
さて今後は、若桜や東武の客車列車、大井川の14系などに期待したいところですね。東武はELが残っていたら、良かったのですが…。
それでは、社長さんも、休日調整が大変そうですが、どうかご無理の無き様に、頑張って下さいね。長文失礼致しました。ではまた。

投稿: チムニイ | 2016年11月 2日 (水) 23:29

チムニイさん
こんばんは
客車列車の想い出ありがとうございます。
私も20代の頃、乗り鉄時代にムーンライト九州・山陽には何度もお世話になったクチですcoldsweats01

http://eurofima.way-nifty.com/aux_amis_des_trains/cat23332367/index.html

ムーライト九州には多客期に自由席車が2両増結されていましたがこれが12系で、
14系シュプール客車+青12系普通座席車の組み合わせでした。
指定券が取れず、京都から博多までの12系での長時間移動は、苦行以外の何物でもありませんでしたが、
いまとなっては良い想い出です。
上りは、大阪へ通勤する客がオハフの展望席へどやどや乗ってくるので(たしか指定席車だったはずなのですが…)、
バックパッカーとスーツのサラリーマンが混在する異空間でしたね。
ムーンライト山陽・松山・高知の3段ロケット列車も、懐かしいです。
岡山駅で夜中の3時に降りて反対側のホームから入換を眺めたこともあります。
乗客が乗ったまま客車を行ったり来たりさせるので面白かったですね。

観点は少し変わりますが、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、
飛行機・新幹線・夜行バスだけでは長距離客をさばけないのは明白で、
国交省も在来線の活用を本気で検討しているそうです。

そうはいってもこれだけ波動用の車両を廃車にしてきた状況に鑑みれば、
E231系のような通勤電車が割り当てられそうで、ちょっと嫌ですね。

投稿: 社長 | 2016年11月 6日 (日) 20:52

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