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2017年7月29日 (土)

★電機メーカーH社のスイッチャー★常陸多賀変圧器発送

 2012年9月3日、常磐線常陸多賀駅発の特大貨物列車が運転されました。使用される貨車がシキ611形大物車(特大貨物積載時の最高速度45km/h)であるため、JR線内では営業列車の運行を支障しない深夜帯に輸送されますが、工場から常陸多賀駅までの専用鉄道内は、変圧器を製作したメーカーH社の物流子会社が所有するディーゼル機関車による日中移送となります。

この専用鉄道は、平成9年版鉄道要覧によると、区間は多賀-国分工場間、粁程1.0、昭和26年4月1日運輸開始となっています。ただ2017年現在のGoogleの航空写真で測ってみると、工場内の線路含めて1.5kmほどはありそうです。以前は工場内の線路の総延長はもっと長く、昭和57年の民鉄要覧では多賀駅-多賀工場(国分工場の旧名)3.9粁程のほか、多賀工場内延長線として0.6粁が計上されています。これは、勝田にある水戸工場の4.4粁を上回る規模です。

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 朝8時頃現地へ行ってみると、既にスイッチャーに車掌車と大物車が連結された状態で庫の中に留置されていました。工場内で変圧器を積載するのは前日以前のようです。この庫はスイッチャーを留置する動車庫ではなく、工場内に出し入れする大物車を一時的に留置するために使用されます。実際に私が2011年3月6日にこの場所を下見した際、庫の中は空っぽでした。

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12時を過ぎるとスイッチャーのエンジンがかかり、12:45頃に庫から出てきて北側へ向かいました。スイッチバックして推進で出てくるはずです。

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大物車先頭でスイッチャーの推進により駅へと移動開始。この日は13時過ぎでしたが、別に専用鉄道内でダイヤが決まっているわけではないので、今後同じ時刻に出てくる保証は全くありません。

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専用鉄道は常陸多賀駅までずっと常磐線の上り線と同じ方向に進んでいくのですが、JRとH社の敷地境界には壁と目隠し樹木が続いており、撮影できる場所は限られます。この場所は、アンダークロスする道路が開通した際に高架橋をJRと共用した関係で百数十メートルほどの僅かな区間だけ壁が無くなるので、スイッチャーを撮るには好都合です。

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すぐに自転車で移動すると、駅に着く前に移動中の編成を追い越してしまいました。駅手前で一旦停止し、JR線内で大物車を牽引する機関車を待ちます。スイッチャーの乗降扉が開けっ放しで運転台が見えるので、よく観察してみましょう。

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ちょうどブレーキ弁が見えました。本線用機関車の場合、自動ブレーキと単独ブレーキをそれぞれ独立して制御するために、ブレーキ弁は2本ありますが、この機関車のブレーキ弁は1本です。しかし、、、その下の接続された空気管を見てみると、「貨車ブレーキエアー」と記載されたテプラの貼ってある空気管にオレンジ色のレバーが付いているのが分かりますね。つまり、レバーを開放すれば自動ブレーキ弁として、閉塞すれば単独ブレーキ弁として機能するようになっているのです。二軸の小型スイッチャーにはこんなレバーはないことが多いので、さすが専用鉄道の機関車は一味違います。

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やがて牽引機のDE10がいわき方向からやってきて一瞬スイッチャーと並びました。塀越しですけどね(笑)

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結局、スイッチャーは工場門より外(駅構内)に出ることはなく、門の北側で貨車を切り離し、駅構内の移動はDE10の牽引により実施されました。大物車をこうして真横から見ると迫力があります。冒頭で述べたとおりJRの発車は日没後ですので、スイッチャーの単機回送を撮るべく元いた場所へ戻ります。

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普段は形式写真か編成写真しか撮りませんが、日立のスイッチャーはデザインが秀逸なので、面縦というのでしょうか、正面から撮っても絵になりますね。

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単機で工場へ帰るスイッチャー。1979年日立製作所製の35トンディーゼル機関車で、組立溶接台枠の2軸台車を2基備え、製造番号は2067801です。。似たスタイルの日立製セミセンターキャブの機関車としては、既に廃止となった宇部興産専用側線(美祢駅連絡)で入換に従事していた宇部レールサポートNo.12がありますが、あちらは自重が45トンですし、上の機関車には無いボンネット側面のラジエーター通気口がありますので、別物です。同型ではありません。

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後追い。台枠部に2か所、黒い溝が見えますが、これは機関車をクレーンで吊り上げる際にワイヤーを引っ掛けるためのフックです。拡大すると以下の通りです。

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このスイッチャーの登場間もない頃の写真を見ても、台枠側面は面一でこのような装備はありませんが、常陸多賀で使用されていた頃の写真を見ると付いているので、後天的な改造によるものと思われます。

Hualienno3_2  Hepingno5
■台湾水泥公司竹東廠No.3 2014年5月2日、花蓮港      ■台湾水泥公司和平廠D-05 2016年5月5日、和平

日立は1980年前後からセンターキャブとセミセンターキャブを納入先毎に個別に用意するようになっていたようで、台湾にも何両かセミセンターキャブタイプが輸出されています。これらは石灰石やセメント等の重量物を積載した長編成の貨車を入れ換えるため自重は60トンあります(当然ですが、今回紹介している常陸多賀のスイッチャーとは同型ではありません)。日立のセミセンターキャブの産業用機関車は、私の知る限りこの60トン級が最大で、すべて専用線向けです。これより大型の重量級はセンターキャブやキャブなしで製鉄所向けとなります。

●変圧器と納入先

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 再び常陸多賀駅へ戻り、この日に発送される編成を俯瞰。牽引機はDE10 1752でした。

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入場券を購入し、駅構内からもゆっくり観察。

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今回発送されたのは、東京電力東毛変電所向けの185トン変圧器でした。

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荷卸しは両毛線岩宿駅で行われました。

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 B.日立のスイッチャー」カテゴリの記事

コメント

5年前、私もコレを見に行きました
あの工場内専用線は大好きなので(笑)
またあるみたいですね

投稿: LUN | 2017年7月30日 (日) 08:21

LUNさん
久々のコメントありがとうございます。
常陸多賀、今日空車引き込みが動きました。
直近は2年前の2015年で、その前がLUNさんの仰る2012年、その前が2007年でしたから、本当に数年に一度しか動かないマニア泣かせの専用鉄道ですよね。今日は天気も良かったせいかトータルで12~3人集まりました。夏休みで学生さんも多いのかと思いきや、意外と社会人年齢の方ばかりでした。きっと発送時の方が人はより集中するのでしょうね。

投稿: 社長 | 2017年7月31日 (月) 21:00

こんにちは。お久しぶりです。
ブレーキ弁のご紹介、興味深く拝見致しました。本線用機関車とは異なり、この造りは業務用?という感じがして、面白いですね。この様な記事はなかなか見られませんので、勉強になります。
また写真では、車端部のブレーキホースは、2エンド側にしか、装備されていない様にも見えますが、気のせいかな? その右側の何らかの装置も気になります。この装置も1エンド側には、見当たりませんね。
当線では、1エンド側での連結は、無いのか、それともあまり無いのか、あっても単弁で充分な作業なのか、その辺りなのかも知れませんね。(?)
美祢・宇部セメントサービスのNO.12は、私の書籍等では、35t機なのですが…。十勝鉄道の同系は45t機と認識しておりましたが。
このセミセンターキャブタイプでのボンネット側面のラジエーターグリルの有無は、もし同じ35t機ならば、私の場合は、大雑把な性格ですので、あまり気にならず、個体の差に気付きながらも、同タイプ・同形などと言ってしまい、恐らく社長さんに怒られていることでしょう。この辺りは、細かい部分に厳しい社長さんの性格が良く出ていると思います。(しかし、45t機となりますと、それはやはり別物ですので、さすがに大雑把な私でも、前もっての情報が無い場合や、思い間違いが無い限りは、それは無いと思いますが。)
美祢のNO.12も、まだまだ使えそうでしたのに、どうなったことでしょう。貨車も、勿体ないことでしたね。
このセミセンターキャブタイプは、海外では大きいのがあるのですね。海外や製鉄所には、疎いのですので、非常に参考になります。
このセミセンターキャブタイプとセンターキャブタイプとの、導入理由の違いも興味深く思います。
日本でも、もし三井鉱山田川に元DE10が入らず、50t機の更なる後継機があったとすれば、どちらの形態になっていたのだろうか、とつい妄想に浸ってしまいます。No.4号機までの流れで、やはりセンターキャブ機かな?
それはさておきまして、気が付けば日立製の現役スイッチャー数も、製鉄所を除けば、1ケタ位でしょうか。常陸多賀の当機も、まだまだ活躍して欲しいですね。
長々とすみませんでした。なかなか目にすることの出来ない常陸多賀のスイッチャーや海外のスイッチャーをご紹介して戴きまして、誠にありがとうございました。
ではまた。

投稿: チムニイ | 2017年8月19日 (土) 00:41

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