« ★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅 | トップページ | ★阪急電鉄正雀工場の入換用バッテリー機関車★BL1 »

2017年7月19日 (水)

◆流鉄5000形電車◆さよなら流馬

 流鉄流山線の5000形電車(元 西武新101系電車)の流馬号が今月末をもって引退することになりました。と言っても引退するのはあくまでも「流馬号」で、5000形電車2両編成1本が廃車になるわけではありません。全般検査後に車体を塗り直すのに合わせて別の愛称に変わるので、流馬としては最後ですよということのようです。7月の三連休は遠くに行く予定もないので、さよならヘッドマーク掲出を始めた流馬号を日帰りで撮りに行くことにしました。私が生後約3年間住んでいた家は、流山線の幸谷駅(現在地に移転する前の旧駅の方)-小金城趾駅間の線路沿いにありましたので、思い入れのある路線でもあります。武蔵野線の貨物列車の通過音や流山線の踏切の音を子守歌にして育ったと言っても過言ではありませんよ(笑)

Ryuma500002

 昼前に家を出て馬橋駅に着くと、昭和レトロな流鉄のホームが出迎えてくれます。元は、国鉄常磐線が複々線化される前の常磐線下りホームです(複線時代は流山電鉄とホームを共用)。馬橋駅は、複々線化の設計段階で最初から武蔵野線との連絡線を上下線の間に入れ込む計画だったのですが、その用地捻出にあたっては、駅西口側の流山電鉄の線路を西へ移設するのではなく、旧水戸街道のある駅東口側の貨物側線と貨物ホームを撤去して、緩行線の線路とホームを新設しています。旧上り旅客ホームの撤去跡は、現在快速上り線・緩行下り線になっています。馬橋貨物駅は、廃止ではなく移転扱いで馬橋-北松戸間に専用荷役ホームと母屋が新設されました。跡地は1990年前後はまだオフレールステーションとして使用されていましたが、現在では再開発されてマンションになっています。

Ryuma500001

2010年の3000形若葉号さよなら運転のついでに撮った5000形流馬号。当初この場所(鰭ヶ崎-平和台間)で撮りたかったのですが、行ってみると高さ2メートル級の雑草が生え放題で撮影地としては没でしたので、小金城趾側へ移動。

Ryuma500003

まずはお庭バックでさよならヘッドマーク付を。家は車両でうまく隠れます。

Ryuma500004

曇っていたので、晴れると逆光で撮影できないとっておきの場所へ。終始住宅街の中を走る流山線において緑バックは貴重ですし水色が映えます。ここは、少なくとも私が子供の頃の1970年代にはもう複線用地が確保されていて、写真を撮るには好都合でした。上写真の通り線路はないのに架線が張られています。訓練用でしょうか。


Ryuma500005

少し平和台寄りに進んだところで流山出身の方と合流し一緒に撮影。モハ1101+クハ52が運行されていた時代を懐かしく語り合いました。会話の内容から、私より5~6歳年上と思われました。

Ryuma500006

最後は流山駅の跨線橋から。流山線を綺麗に俯瞰撮影できる場所は、ここと馬橋陸橋くらいでしょうか。暑かったので15時前には切り上げましたが、良い運動になりました。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

|

« ★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅 | トップページ | ★阪急電鉄正雀工場の入換用バッテリー機関車★BL1 »

▼私鉄の希少車輌 2.関東甲信越」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅 | トップページ | ★阪急電鉄正雀工場の入換用バッテリー機関車★BL1 »