« ■仙台臨海鉄道レール輸送■工臨返空継送669列車 | トップページ | ◆流鉄5000形電車◆さよなら流馬 »

2017年7月18日 (火)

★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅

 昨日、フィルムスキャンが可能なスキャナーを購入しました。もともと20年前にホームページを開設した際、写真プリントスキャン用に購入して数年間しばらく使用していたのですが、故障した頃にちょうど鉄道写真を撮らなくなっていたので、買い替えることなくそのままとなっていました。ところが最近、部屋の整理をしていて古いネガがいつくか見つかりましたので、この機会にデジタル化できるものはしておこうと思い、新規購入しました。もちろん、ブログのサーバ容量上限の制約により、PCに取り込んだ写真をすべてをアップすることはできませんが、ネガが見つかり面白そうなものがあれば取り上げて行こうと思います。

 さて記念すべき第一回は、国鉄最後のダイヤ改正の迫った1986年10月26日、小学生の時に撮影した、汐留駅の写真です。当時、私の小遣いでは、購入できるフィルムも12枚撮りか24枚撮り1本がせいぜいで、いまのように何でもかんでも面白そうなものを撮りまくるといったことはとてもできませんでした(フィルム代よりも現像代が馬鹿にならない)。もっと撮っておけば良かったと後悔ばかり残る拙い写真ですが、ご笑覧いただければ幸いです。

19861026_shio01

 国鉄汐留駅の駅構内に、旧新橋駅の0キロポストと双頭レールが保存されているのは、当時は鉄道好きのみならず一般人にも周知の事実で、上の写真にもある通り、これらは自由に入って見物することができました。ただ、貨物駅部分はさすがに入れないと思っていたところ、1986年11月のダイヤ改正で郵便輸送が終わるので、駅構内に入って自由に見学して良いとの告知記事が朝日新聞に載り、訪れたのでした。

そもそも、なぜ小学生が汐留駅に興味を持ったのかについてですが、当時の私は常磐線・武蔵野線の沿線に住んでいたので、貨物列車が身近な存在だったというのが一番の理由です。幼いころ、東洋一のヤードと称された武蔵野操車場の規模と線路の多さに圧倒された原体験が、貨物好きのルーツかもしれません。そういったわけで、貨物列車マニアが殺到して入れなかったらどうしよう、などと心配しながら入口まで行くと、人気もないし、受付でもあるのかと思ったら無人で拍子抜けしたのを覚えています。確認のために一旦新橋駅の公衆電話に戻り電話すると、「中の方まで入っていいよ。貨車の入換や構内の車には気を付けてね」 そんな回答だったと思います。そう、いまでこそ、鉄道雑誌の貨物列車特集は珍しくありませんが、当時は貨物列車に注目する鉄道マニア自体が珍しい存在だったのです。

19861026_shio02

まずは構内に保存されている0キロポストと双頭レールを見学しました。このモニュメントは、再開発時に発掘作業が行われ、正確な位置に復元されています(たしかこの写真の保存場所は本来の設置場所から若干ずれていたので修正したはず…)。

2017shiodome

こちらが2017年現在の0キロポストです。軌道とホームはすべて復元です。手前は旧新橋停留場として整備されており、一部ガラス張りの床からは旧ホームの土台跡を見られるようになっています。

19861026_shio03

更に奥へ進むと、貨車留置線と荷物ホームが見えてきました。奥に見えるのは浜松町駅前にある世界貿易センタービルです。当時は高層ビルはこれくらいしかありませんでした。

19861026_shio04

もう少し進むと、ワキ8000と、右手にはスニ?やらマニやら荷物車が留置されていました。もう荷物列車全廃の一週間前なので、すでに保留車や休車となっているものもあったと思います。

19861026_shio05

荷物ホームへ行ってみると、既に鉄道マニアが5~6人いて、荷物の積込シーンや荷物電車などを撮影していました。いまこんな企画をやったらマニアが殺到して大変でしょうが、当時は旅客輸送以外に興味を持つマニアなんてそんな程度しかいませんでした。荷物電車の発車を待っていると、DE10がコキ50000形の入れ換えでやってきました。車番は、9600DPIの高解像度でスキャンしたところ151?まで読み取れましたが、1の位が0か5か9かは特定できませんでした。

19861026_shio06

こちらがこの日発車するクモユニ74から成る2両編成の荷物電車です。新聞記事では発車が10時半頃とのことでしたが、その時間には出発せず、結局13時頃だったと思います。荷物電車は、中央本線や上越線で何度か見ているのですが、撮影したのはこれだけです(たぶん)。走行シーンを撮れていないのは残念ですが、当時の私の興味の対象は荷物電車ではなく、あくまでも汐留駅だったのでしょう。

●おまけの東京第一運転所

19861026_shinano1

この日は汐留駅を後にし、品川駅裏にある新幹線東京第一運転所も見学しています。東京にある東海道新幹線の車両基地といえば、大井にあるものをイメージする方が多いかもしれませんが、あれは元々東京第二運転所といって、第一は品川駅西側の現在品川インターシティがある場所にありました。

フェンスの向こう側に0系新幹線電車が並んでいます。この当時は100系が登場したばかりでしたので、主力はまだまだ0系でしたね。フェンスの手前の線路は在来線から分岐した側線で、このフィルムの前のコマを見ると、DE10がホキ800を数両連結した状態で留置されていました。奥には黄色いホッパーが見えますので、おそらく在来線から運んできたバラストを荷卸しして新幹線側のホッパー車(931形?)に積む設備があったものと思われます。新幹線東京第一運転所は敷地外からは絶対に見られない場所でしたので、いまとなっては貴重な写真でしょうか。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

|

« ■仙台臨海鉄道レール輸送■工臨返空継送669列車 | トップページ | ◆流鉄5000形電車◆さよなら流馬 »

▼JRの珍車・名車」カテゴリの記事

アクセス突破記念」カテゴリの記事

コメント

汐留駅って国鉄末期は何時でも入れたのですね
もっと通って行けば良かったです、もう大人だったくせに(苦笑)
汐留号に乗った時と崩壊前夜祭以外で入った記憶がありません(泣)

https://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/46765908.html

投稿: LUN | 2017年7月30日 (日) 08:38

LUNさんこちらでもこんばんは
汐留駅、私ももっと通っておきたかったです。小学生時代はまだ土曜に学校があったのですが日曜は暇だったはずなんですけど(笑)
中高は部活があったので夏休み以外はほとんど鉄道趣味活動できませんでした。

ブログ拝見しました。新鶴見のシキ801回送、撮影されていたのですね。しかし私は割畑の方におりましたのでニアミスしてしまいました。私は8/6に郡山の近くで積列車を撮る予定です。

投稿: 社長 | 2017年7月31日 (月) 21:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ■仙台臨海鉄道レール輸送■工臨返空継送669列車 | トップページ | ◆流鉄5000形電車◆さよなら流馬 »