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2017年9月 7日 (木)

JR化直後のカートレインを恵比寿で

 ネガのスキャンを少しずつですが進めております。今日は、国鉄分割民営化後30周年記念というわけではありませんが、30年前の恵比寿駅の写真から。

Cartrain01

といって小ブログに駅の真面目な写真が出てくるわけはないですね(笑) 1987年4月29日、JR化後最初の祝日に撮ったカートレインの恵比寿駅到着後入換シーンです。夜行列車にマイカーを乗せて一緒に移動し旅先で利用するのに便利なカートレインは、国鉄末期に汐留-東小倉間で運行を開始しました。汐留駅廃止後、東京側の発駅は一時的に恵比寿駅に変更されていて、これはその時期の写真です。2017年現在の恵比寿駅とは似ても似つかない光景ですが、当時は都心でもそれほど高層ビルは多くなかったので、山手線の駅は、ターミナルを除けばどの駅もこんな雰囲気でした。牽引機はEF65 1115で、先日東京総合車両センター公開時にも登場しています。なお発駅はのちに、汐留駅の着発線の廃線跡に新設された浜松町駅に再び変更されました。

Cartrain02

この日は写真の通り20系寝台車4両+ワキ10000形有蓋車9両の13両編成でした。20系は機関車次位のカヤ21のみ白帯3本の旧スタイル、その後ろのナロネ21形3両は2本帯化されていました。ワキ10000は最後尾がワキ10064、その隣りはワキ10051と読み取れましたが、残念ながら編成全体の車番までは記録していませんでした。

Cartrain03

ワキ10000形は、電磁弁を備えたCLEブレーキ方式で、最高速度は100km/hです。100km/h運転する際はMR管の引き通しを必須としているため、車端部にはBP管以外にMR管のホースが付いています(左右に一本ずつあるので両ワタリ)。また妻面左下には、電磁弁の制御線を引き通すためのジャンパ線も見えます。連結器は上の通り密着自動連結器で、その周囲には上下左右各1か所、計4か所にBPとMRPの空気管連結器がついています。ワキ10000同士であれば、ブレーキホースをいちいち手作業で着脱することなく自動連結することができるわけですね(通常の機関車との連結面は、貨車と機関車のブレーキホースを連結)。高速貨車の保存車は機関車に比べて圧倒的に少なく、またブレーキシステムに特徴のある貨車は足回りまで残っていないと研究素材としては物足りません。JR北海道の苗穂工場には今年5月頃の時点でまだワキ10000が何両か残っていましたが、どうなったのでしょうか。こういった貨車はぜひとも末永く保存してもらいたいものですね。

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コメント

当時の恵比寿駅の線路が分かる写真は大変貴重です!
私は自家用車というのが大嫌いなので
カートレインは完全に無視していたのがアダになりました(苦笑)

投稿: LUN | 2017年9月14日 (木) 20:32

LUNさんコメントありがとうございます
中学生の頃に寝坊して本線走行を撮り損ねた挙句の苦し紛れの写真ですが、少しでも懐かしんでいただけたならうれしいです。

私もスキャンしてみてあらためて恵比寿駅ってこんなに線路があったのだなぁと思った次第です。
背後のカプセルホテル「ブルートレーン」は、国鉄監修の時刻表の巻末に掲載されていて
いつか泊まってみたいと思っていたら、なくなってしまいました。

p.s.LUNさんのホームページトップのダブルスリップ、良いですね♪

投稿: 社長 | 2017年9月14日 (木) 23:27

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