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2017年10月

2017年10月30日 (月)

【くろがね線を読み解く】第253回 ■東洋製鉄からの編入鉄側車

 製鉄所の構内に敷設されている線路は、鉄道事業法の範疇に属さない構内鉄道(法律上の正式な鉄道ではなく製鐵所の設備扱い)と思われることも少なくない。しかしY製鐵所の鉄道は、運輸省監修・鉄道図書刊行会発行の鉄道要覧(国鉄分割民営化以前は民鉄要覧)に掲載されていることからも分かる通り、鉄道事業法第二条6で規定された専用鉄道である。法規上の鉄道であるからには、車両の新製や改造をした場合は運輸省の設計認可を受ける必要がある。認可資料は公文書なので、国立公文書館で参照することができる。

1952年(昭和27年)7月19日に運輸省鉄道監督局長により決済された、鉄監第854号「八幡製鐵専用鉄道車両設計について」は、38トン蒸気機関車3両と15トン鉄側貨車414両の車両設計認可を申請したものだが、「車両設計申請」に次のような興味深い記述がある。

当所専用線は昭和9年2月1日監第281号にて運転認可をうけその当時の車両所有両数は蒸気機関車140両、貨車2806両と申請しておりましたが、専用線関係書類整備の結果機関車3両、貨車414両の登録申請漏れのあることが判明いたしましたので、更めて設計申請をいたします。(後略)

以前の記事で言及したように、くろがね線が開業して戸畑地区(←東洋製鉄)と八幡地区が鉄道連絡したのが昭和5年であるため、その4年後ということになる。登録漏れが起きた理由については、次頁の「2、設計申請せねばならない理由」において、次のように記載されている。

昭和9年2月1日東洋製鉄株式会社と合併日本製鉄株式会社創立の際に、運輸省に車両登録漏れをしていたので、現在車両数を基礎として登録書類整備をしたい。

状況から考えて、合併前に東洋製鉄に所属していた車両を、合併後にY製鐵所専用鉄道(くろがね線含む)で使用開始していたものの、その認可申請をしていなかったので、昭和27年になってから後付けで申請したということになる。

■貨車設計書

 認可申請に添付の貨車設計書によると、貨車の諸元は以下の通りである。

  • 車種(15A-4): 15屯積2軸無蓋車
  • 両  数    :  414 両
  • 自  重    :  約8,300 キログラム
  • 積載容積   :  8.6 立方メートル
  • 荷  重    :  15.000 屯
  • 主要寸法
    最大寸法(長×幅×高):6,790 × 2,400 × 1,650 ミリメートル
    固定輪軸距離:  3,000 ミリメートル
  • 連結器の種類:  柴田式並形自動連結器
  • 制動機の種類:  無し

車種の15A-4については、以前Y製鐵所の貨車の形式記号についてまとめているので、こちらの記事を参照願いたい。直訳すると、15t積 鉄側車の第4ロットということになる。掲載はしないが同じく添付の図面から読み取ると、車体長はジャスト6メートル、連結器高さは880ミリメートル、車輪経は865ミリメートルである。また認可申請された貨車414両の番号一覧は、添付資料により以下の通りである。

15a4list

これら東洋製鉄からの編入車のうち、黄色く着色した4両については、2007~2011年にかけてくろがね線を走行するシーンを撮影しており、当時としては現役貨車ということになる(2017年現在も現役かどうかは不明)。編入が昭和9年であるから、製造されたのは更に古く、専用鉄道認可前のY製鐵所構内鉄道の運行されていた大正時代の可能性すらあると考えられる。以下に紹介する。

Tete8627

テテ8627。

Tete8654

テテ8654。

Tete8683

テテ8683。最後のテテ8687は、以前バラストを積んだ姿を紹介しているので参照されたい(→こちらの記事)。

 なお、本認可と同じ日に決済された鉄監第855号「八幡製鉄専用鉄道車両設計について」において、同様の15トン鉄側車100両が設計認可されているが、増備理由に「当所生産量増加のため」とあるため、純粋な新製と思われ、東洋製鉄から編入された15t鉄側車は上記リストの最終番号8700以降は存在しないと思われる。

■元・鉄側車改造の控車

 JR九州所属のチキ車がY製鐵所構内を走行する際に運転士が乗るために使用される控車テテ(以前こちらの記事で紹介)も、上記リストから、元は東洋製鉄の鉄側車であったことが分かる。
 

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2017年10月29日 (日)

★130万アクセス突破★一畑電車7000系登場時試運転

 2016年12月から運行開始した、一畑電車の7000系。昨年デハニ撮影のついでに試運転も撮っていました。11月14日、デハニ53が体験運転で構内を往復するのを撮るため、車庫のある雲州平田駅に正午前に着くと、

Bataden700100

7000系電車が東側にある古い車庫の手前に留置されており、しばらくするとホームへ入ってきました。

Bataden700101

デハニを撮り終えて13時過ぎにホームに戻ってもまだいたので、これは試運転があるかもしれないと考え、後部標識灯の点灯していない方へ発車すると想定し、少し離れた田園地帯へ移動。

Bataden700102

すると14時過ぎにやってきました。今では色付けされている車体は、この試運転当時はまだ無塗装。こうして側面から見てみると、近畿車輛で製造されたJR四国7000系の車体をベースにしていることがよく分かります。もっとも中央扉に見える部分は扉ではなく壁で、制御装置と主電動機はモハ225とほぼ同じですので、7000系の同型車に括るのはやや問題があるでしょう。ちょうど、モハ223とクモハ125の関係に似ていますね。

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2017年10月27日 (金)

【くろがね線を読み解く】第252回 ■戸畑地区に存在した謎の試験線

 製鉄所の構内は、設備の改修や新設廃止に伴い、線路が撤去されたり新しく敷設されたりしていて、意外と変化があるものである。2012年10月1日付でS金属工業と合併し、2014年4月1日付で小倉製鉄所を統合したY製鐵所も、例外ではない。

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■戸畑地区某所の航空写真3種(左クリックで拡大)

 上の画像は、複数の異なる時期に撮影された戸畑地区内のある場所の航空写真である。一番左は、国土地理院の航空写真で2009年4月撮影、真ん中はYahoo地図の航空写真で、同時に撮影された高炉が改修工事中であることを考えると、おそらく2013年頃の様子、一番右はGoogleMapで、敷地外の一般道の開通進捗状況からみて2015年頃の様子である。

クリックして拡大すると、2009年に廃土置き場だった場所が、2013年には半製品置場に変わっているのが分かる。2013年はちょうど高炉の改修工事が行われていた時期で、溶銑の無い期間に後工程を稼働し続けるために、あらかじめ造り溜めしていおいた半製品を保管する場所が、構内各所に設けられていた。以前八幡地区の半製品保管場所は弊ブログでも紹介している(→こちら)が、上の真ん中の写真を見ると、戸畑地区でも同じように線路が引き込まれて、貨車に積まれた半製品をクレーンで荷役していた様子が分かる。

 ところで、一番興味深いのが右の写真で、半製品置場が撤去された跡地に、対角線上に何やら線路が一本敷設されている。線路の南端は行き止まりで、周辺にも貨車に積んだり降ろしたりするようなものは一切見当たらない。またよく見ると、画像の北端で本線から分岐して南下しているこの線路は、南へ行けば行くほど周辺との高低差が大きくなっているようにも見える。この線路は、いったい何のための線路なのだろうか。

本件については、労組のブログの2016年3月31日の記事に以下の記述がある。

当初予定していた戸畑から小倉への溶銑輸送海底鉄道専用線は建設しないことになった。戸畑構内で勾配つけて機関車の海底トンネル輸送のテストをしていたが、ここは更地に戻すのでしょう。

つまり、以前の記事で言及したように、当初発表されていた戸畑から小倉への溶銑輸送線を海底トンネルによって実現するため、上の右写真の場所に勾配試験線を敷設して、ディーゼル機関車の起動・牽引試験を行っていたのではないかと思われる。GoogleMapの航空写真が撮影されてからもう2年が経過しているため、2017年現在では、線路は既に撤去されている可能性もある。

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2017年10月23日 (月)

★重工メーカーM社★保存スイッチャー

 週末に広島で所用があったため、土曜日はJR貨物広島車両所公開、日曜日は朝イチで三原の保存スイッチャーを見てから瀬戸大橋を渡り、JR四国多度津工場公開に参加する予定でしたが、台風21号の影響で四国へ渡ることができませんでした(^_^;)

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■1951年 中日本工業三原車輌製作所製造 型式5BR 製造番号101  2017年10月22日

山から俯瞰できる鉄道車両用実験線で有名な三原の重工メーカーM社ですが、工場入口付近にはSLと共に当工場製のスイッチャーも保存されています。近隣の日本セメント糸崎工場で使用されていた1951年製の古いスイッチャーです。自重は5トン。台枠の厚みで分かりにくいですが、2軸のロッド駆動です。手前に障害物があり反対側は撮れないのですが、キャブ側面の反対側はボンネット側面と面一で、台枠上にキャブの無いいわゆる「半キャブ」のスタイルです。乗降扉は、後位側妻面の非公式側にあります。この日は雨が降っていたので駅前のホテルから15分ほど歩きましたが、ホテルにはレンタサイクルがあったので、降っていなければ5分とかからずアプローチできます。

本当はこれを撮ってすぐに新幹線岡山経由で四国へ渡るつもりでしたが、瀬戸大橋を渡る特急が11時台から運休の予定でしたので、諦めて早々に神戸のホテルに荷物を預け、京阪神で唯一まともに動いていた京阪電車に乗りに行きました。実は京阪電車は本線だけしか乗ったことが無く、支線系は未知の世界でした。

S13000tomas1

枚方市から分岐する交野線では、13000系を機関車トーマスでラッピングした編成が1本走っていました。車両毎に色が異なるので、天気の良い日に再訪して側面からも撮りたいですね。上は私市方で、

S13000tomas2

こちらが枚方市方です。この近辺では、15時過ぎから大雨のため緊急避難警報のエリアアラートがバンバン鳴っていましたが、京阪は定刻で運転していました。不思議ですね。Twitterでも、JRや他の私鉄各社が遅延や運転見合わせ相次いでいるなか、京阪だけ何事も無いかのように動いている様子が報告されていました。

 なお夜になってから知りましたが、瀬戸大橋線は特急が運休になっただけで快速マリンライナーは17時頃まで走っていたようですね。それならば多度津工場のきしゃぽっぽまつりに参加できたかもしれませんが、こちらの目当てはイベントそのものではなく終了後のスイッチャー入換ですので、それを撮っているといずれにしろ四国から外へ出られなくなっていた可能性が高いですね。まぁ、運が悪かったです(笑)

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2017年10月19日 (木)

◆JR西日本WIN350◆新幹線試験車両500系900番台

 JR西日本所属の新幹線車両の全般検査・重要部検査を担う、博多総合車両所。入換用機関車撮影のため何度か訪問した際、こんなものにも遭遇しました。

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■北東側の側線に留置されていた500-906、22-1047、168-3009。  2014年10月31日、博多総合車両所 

最高速度350km/h運転のための試験車両、WIN350です。この時は、毎年博多総合車両所で開催される新幹線ふれあいデーの終了直後だったせいか、展示車両がまとめて連結されていました。先頭がWIN350こと500系900番台、その後ろが0系、最後尾が100系の二階建て食堂車です。

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■東側の側線に留置されるWIN350先頭車と0系先頭車。  2014年9月24日、博多総合車両所

これは別の日です。後ろに繋がっているのは0系ですね。敷地外から中を見られる唯一の場所に留置されていました。時々留置位置や連結順序が変わっているところを見ると、入換用機関車に牽引・推進されて移動しているはずなのですが、まだ動いているところを見たことはありません。

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■東側の側線に留置されるWIN350先頭車と168形食堂車。  2012年7月20日、博多総合車両所

同じ場所で。この時は168形食堂車を連結。

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■東側の側線に留置される100系先頭車122-5003。  2013年9月23日、博多総合車両所

別の日には、珍しく?100系新幹線の先頭車を前に連結していました。

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■新幹線ふれあいデーで毎年展示されるWIN350。車内も見学可。 2010年10月17日、博多総合車両所内

まあ公開時にはこうやって展示されますし、中にも入れますので、車両そのものはそれほど撮り難い被写体ではないのですが、やはり動いているところを見たいですね。

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■車両工場側に留置されていた0系先頭車22-1047。  2011年10月28日、博多総合車両所

こちらは昔撮影した、0系の修復前(修復中??)の姿です。台車抜かれていますね。

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■東側の側線に留置されていた528-1。  2014年10月31日、博多総合車両所

こちらは、のぞみ運用から撤退し8両編成化により余剰となった500系車両。中間車が妻面を出したシーンは、博多や浜松、仙台(新利府)のように編成組替を伴う車両工場併設の車両基地でしか見る機会がありません。

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■解体中の新幹線車両。    2012年7月20日、博多総合車両所

博多では廃車になった車両の解体も実施しています。こちらは100系でしょうか。

なお冒頭の写真は、部屋から新幹線が見えることで有名なとあるホテルに泊まり、フロントの人に教えてもらい宿泊者のみが立ち入れる場所から撮ったものです。部外者は立ち入ることはできません。撮りたければ泊まりましょう。

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2017年10月17日 (火)

◆東急電鉄◆池上線・多摩川線の7700系電車と私

 昨年末から今年2月にかけ、ブログ更新が滞った時期がありました。ちょうど仕事が佳境に入ってきて疲れが溜まっていたのが原因ですが、そうは言っても休みの日に家でじっとしていてばかりではストレス解消にならないので、気晴らしに近場をウロウロしました。

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 大学が東急沿線にあったこともあり、池上線や多摩川線沿線にはサークルの同期や先輩後輩が何人か住んでいて、時々遊びに行っていました。ここ石川台に住んでいた友人I宅は、飲み会で終電を逃すと家に押しかけて始発まで居させてもらうのに重宝しました(笑) 今では、一般家庭で観る映像コンテンツの媒体はブルーレイやDVDが一般的ですが、当時のマニアの間ではレーザーディスクが主流で、I氏宅にはそれがありまた部屋も広かったので、時々私的な上映会をやっていました。そして翌朝早朝の電車で自宅まで帰る際に乗ったのが、いつもこの7700系でした。いまとなっては良い想い出です。

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さて東急の電車といえば、この7700系の種車である7000系が日本初のオールステンレス車両として有名です。私は、8000系や8500系のような銀色の箱で無塗装・無着色の電車はあまり好きではないのですが、7000系と7200系は例外で、とても好きです。大学に入る頃まで常磐線沿線に住んでいたのですが、営団地下鉄日比谷線の北千住-南千住間は常磐線と並走する地上区間ですので、自分の乗っている電車が日比谷線に直通してきた東急7000系とよく競争していたのを覚えています。子供の頃の体験で印象は決まりますね。

7700系電車は7000系を更新・VVVFインバータ制御化した車両で、台車もパイオニア台車ではなくなっているので、車体以外は原形を留めませんが、その顔つきには懐かしさを覚えます。

…というセリフを大学時代に鉄研と掛け持ちしていたサークル仲間に話したことがあるのですが、それから20年経ってもまだ走っているなんて、やはりオールステンレス車体は長持ちするのでしょうか。

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池上線・多摩川線では車両の新旧交代も少しずつ進んでいますので、天気が良く空気の澄んだ冬に撮りに行っておいて、結果的には良かったかもしれません。

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雪が谷大塚の車庫。都内のローカル線ながら、意外と車種が多くて面白いです。ここは拡張時の用地取得の関係で車庫がもう一つあり、

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南側はこんな感じでした。住宅街の中にあって踏切から簡単に中の様子を撮れる車庫、大手私鉄ではなかなかありません。

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きになる電車も。帰りに乗ってみましたが、内装は木目調で温かみがありますし、吊革は本物の木製でした。これはまた乗りたいですね。

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2017年10月12日 (木)

◆湘南でのんびりと◆千代田線甲種輸送と小田急保存車

 2017年現在、東京メトロ千代田線用16000系と日比谷線用13000系の新製が続いており、月に1~2回、車両メーカーから東京メトロの車庫まで甲種輸送があります。

8862_metro16000

16000系については、暫く日立製作所笠戸事業所での増産が続いていた時期がありましたが、

8862_metro16000kosyu

日立からの甲種輸送は8862列車ですので、相模貨物に土曜夕方到着となり静岡方面まで遠征しないと明るいなか綺麗には撮れませんでした。(2枚とも2016年撮影)

しかし最近は川崎重工業兵庫工場で製作されているので、甲種輸送は8860列車となり相模貨物に日曜朝到着、横浜羽沢までは明るい時間帯に走行するため、気軽に撮ることができます。

8860_metro16000kosyu

この日は東海道本線某駅近くで朝撮影後、駅前からバスで海の方へ向かい、

Odakyu_kaihinkoen

小田急の保存車(クハ2658)を訪ねました。潮風にさらされているせいか若干痛みがありますが、四方から眺められて車内にも入れるので良いですね。この公園には博物館モドキもあり小田急2450形に使用されていたFS30形台車が保存されているのですが、他に見どころが無く展示内容が残念な感じなので、入場料は屋外展示車両維持のための寄付だと割り切った方が良いかもしれません。(2枚とも2017年撮影)

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2017年10月 8日 (日)

【くろがね線を読み解く】第251回 ■150mレール輸送新下関着後入換

 2015年3月に開始され、2016年3月に拡大された、鉄鋼メーカーN社Y製鐵所の150mレール輸送。その納品先は2017年4月現在以下の通りである。

事業者名 着駅名 車票記載の荷受人名
JR東日本 岩切駅 仙台保線技術センター
東鷲宮駅 大宮新幹線保線技術センター
越中島貨物駅 東京資材センター
JR東海 西浜松駅 浜松レールセンター
JR西日本 御着駅 姫路新幹線保線区
福山駅 福山新幹線保線区
新下関駅 新山口新幹線保線区
JR九州 各駅間(取り卸し現場) 各工務

これまで各着駅毎に入換の様子を紹介してきたが、今回最後に紹介するのが、新下関駅に隣接する新山口新幹線保線区である。

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2017年3月5日、この日は前日から九州入りしており西八幡のヤードで150mレールを積載した編成の車票に「新下関」の文字が記載されていることを確認していたので、翌朝8090列車の運転に合わせて新下関駅へ向かった。列車は予定通り、新下関止まりのチキ9車を含む18両編成でやってきて、

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中線に止まると、東京寄りの9両が北側の側線(新山口新幹線保線区へと繋がる線路)に押し込まれ切り離されて、残りの9両はそのまま御着へと向かっていった。切り離された9両がこの日保線区へと引き込まれることを期待していたのだが、15時まで待っても全く動きはなかった。

 150mレール輸送の着駅での入換は、2016年夏頃まではどの駅も到着した直後その日のうちに実施されていたのだが、各現場で目撃した知人数人からの情報によると、2016年秋頃から様子が変わり、岩切や福山では到着日に入換を実施しない日も増えている(チキ車を駅構内の授受線に留置したまま翌日入換)らしいとのことであった。この新下関駅についても、2016年3月の輸送開始時は到着後速やかに入換をしていたが、2017年現在は福山と同じ対応になった模様である。新下関行は本数が少ない(2016年度実績で8回のみである)ため、貴重なチャンスを無駄にした。しかし保線区の入換機関車は重連、ぜひとも再訪したい。そんな折、大変有難いことに関東在住のレール輸送ウォッチャーから、新下関行の運行情報が寄せられた。日頃からブログで情報発信をしていて良かったと思える瞬間である。

 2017年6月19日(月)、朝イチで新山口新幹線保線区の見える24時間スーパーの屋上駐車場へ再訪してみると、8:40頃に保線区のスタッフが出てきて、軌道モータカーのエンジンテストを開始した。どうやら入換がありそうで一安心である。この日は新下関駅前のホテルに前泊し、150mレールを積載したチキ9車が側線に留置されていることを確認したうえでの訪問、もうミスは許されない。

Shinshimonoseki11 Shinshimonoseki12

軌道モータカーはなかなかエンジンがかからず苦戦していたが、9:10頃になってようやく準備が整い、9:20頃にゆっくり駅に向かって進んでいった。この機関車ももうリプレイスの時期が迫っているのかもしれない。

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軌道モータカーは、富士重工製のTMC200Cが背中合わせの重連で使用されている。もともと保線用の機関車であるが、当保線区で取り扱うレールはすべて長さ100~200mの長尺レール・ロングレールであり、レール荷役は地上に設けられた門型クレーンで行うため、軌道モータカーが装備するクレーンは使用されない。つまり、貨車を駅から保線区まで入れ換えるための入換動車として使用されているわけである。

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人が歩くほどの速度で新下関駅に向かう重連機関車の横を、キハ40系5両編成が追い越して行った。首都圏色で揃った5連はキハ40マニアには堪えられない被写体と思うが、今回は150mレールの方が優先である。

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9:30を過ぎると、150mレール積載チキ9車を牽引して、ゆっくりと保線区へ戻ってきた。

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150mレールを牽引する重連機関車は他の到着駅でも見られるが、老朽機関車重連が必死にに引っ張る姿は趣がある。

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大量の白煙を吐き出しながら走行。

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ゆっくりと保線区へ向かう。

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門型クレーン直下の側線へ入線。このクレーン直下には、山陽新幹線新下関駅構内から分岐してきた標準軌の線路も引き込まれており、新幹線用の保線車も入ることができる。入換完了後、機関車は貨車を切り離して数メートル奥に移動したあとそのままエンジンを切ってしまったため、おそらくレールを卸した後、空車を新下関駅へ戻す際には貨車を推進して駅へ出てくるものと思われる。

●入換機関車

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新下関駅の新山口新幹線保線区に常駐しているのは、富士重工製TMC200C 2両である。銘板は錆びついており読取は困難を極めたが、1000ミリクラスの望遠に対応したカメラ最大ズームで撮ったところ、以下の通り判明した。

■下関寄りの機関車

  • 記号番号 :  034
  • 型   式 :  TMC200C
  • 製造番号 :  373
  • 製造年月 :  1972年(昭和47年)11月
  • 製 造 所 :  富士重工
  • 自   重 :  12.8t

■神戸寄りの機関車

  • 記号番号 :  043
  • 型   式 :  TMC200C
  • 製造番号 :  627
  • 製造年月 :  1975年(昭和50年)3月
  • 製 造 所 :  富士重工
  • 自   重 :  12.6t

ライトや台枠の色・形状に相違点はあるが、基本的なスタイルは同じである。

Shinshimonoseki32

左の下関寄りの機関車には「広島保線区」と記載されているが、右の神戸寄りの機関車には「下関地域鉄道部」と記載されており、出自が異なる。2両とも重連総括制御の機能はなく、各々の機関車に運転士が乗って操作をしている。

Shinshimonoseki33

No.034の公式側。本来黄色か山吹色だったはずだが、最近のJR西日本の保線用軌道モータカーと同じ塗装が施されている。以前紹介した、東鷲宮、福山の同型機と比べると、ラジエーターカバーのメッシュ形状が異なるが、製作時期の違いによるものだろうか。

Shinshimonoseki34

No.034の非公式側。保線区の北側は公道だが、保線区の方が1メートルほど高い位置にあるためほとんど見えない。しかし、非常用出入口の門扉から辛うじて中を撮ることができる。この場所を発見できたおかげで、No.043の銘板を記録できたのが最大の収穫であった(他に撮れる場所はない)。

Shinshimonoseki35

こちらはNo.043の非公式側。銘板は反対側にある。

●謎の保守用編成

 新山口新幹線保線区には、訪問時に謎の編成が留置されていた。Shinshimonoseki41

2軸ボギーの重連機関車に連結された、電源車らしい箱型の車両と、その後ろに連なるバラスト輸送・散布用?の車両群。

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2軸ボギーの機関車は、新潟トランシスTMC601と同じタイプで、JR西日本の新幹線用軌道モータカーとして急速に数を増やしている車種である。保線用途のみならばそれほど興味を惹かないのだが、実はこれとほぼ同型の機関車が、保線用ではなく車両工場の入換動車として使用されているのである。ほかでもない、JR西日本博多総合車両所と、JR北海道函館新幹線総合車両所である。前者は912形ディーゼル機関車の後継機としての導入、後者は新設拠点への新製配置である。

入換動車は、一時期北陸重機工業製の独擅場であったが、ここ数年は新潟トランシス製も台頭している(新芝浦の東芝専用側線、安中の東邦亜鉛DB301、東京総車セ)ほか、堀川工機製(後藤・下関、各総合車両所)、松山重車輌工業製(向日町レールセンター)、日本除雪機製作所製(大宮総車セOM1/2)も増えており、バラエティに富んできた。入換動車を使用する専用線の数は減る一方だが、動車の老朽化も同時に問題になっている。これまでは、余所で廃止になった専用線の入換動車を譲り受けるケースも多かったが、最近では余りモノも老朽機関車ばかりで、セコハンでリプレイスできるケースはだんだん少なくなっている。セコハン機関車に見切りをつけたのか、伯耆大山の王子製紙専用側線向け日通機や、日本製紙岩国工場のように新品を導入するケースも出始めているので、今後どのメーカーの機関車がデファクトスタンダードになるのか、興味深い。

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2017年10月 7日 (土)

■塩浜行183列車■稲沢交番検査後回送

 昨年11月23日に四日市を訪れた際、久々に海山道駅ホームから183列車を見ることができました。

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記憶が正しければ、稲沢の愛知機関区で交番検査を受けて塩浜へ戻るタキ車回送用の送り込みスジであったと思いますが、この日は国鉄色のDD51形853号機がタキ43000形243731を1両連結した模型のような編成でした。

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塩浜駅連絡の石油元売メーカーS社の四日市製油所専用側線では、なぜか一昨年あたりから、日立製スイッチャーであるNo.10/11の稼働率が上がっているように思えますが、気のせいでしょうか。北陸重機工業製No.14/15の調子が悪いのでしょうか。

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2017年10月 3日 (火)

★尾去沢鉱山の保存車★ニチユ10tロッド駆動と仲間たち

 お盆期間中、避暑と青春18きっぷ消化を兼ねて北東北へ行ってきました。秋田では、2011年6月の仮オープン以来の訪問となる小坂レールパークと、そのついでに尾去沢鉱山を訪ねました。両拠点は、鹿角花輪駅経由で路線バスが連絡しているので、鹿角花輪駅前の旅館に泊まり、翌朝フロントに荷物を預けて両方訪ねると楽チンです。

※2017年現在、尾去沢行のバスは麓の集落が終点となり、鉱山前までは行かなくなっています。鉱山へは、鹿角花輪駅からタクシーで10分です。

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■尾去沢鉱山駐車場に保存されているニチユ10t半キャブロッド駆動   2017年8月13日

全長1.7kmに及ぶ観光坑道が見どころの尾去沢鉱山には、かつて陸中花輪駅(現 鹿角花輪駅)の側線で入換に使用されていたスイッチャーが綺麗に保存されています。花壇の花も良く手入れされていますし、スイッチャーの方も定期的に塗り直されているようです。1963年(昭和38年)9月に日本輸送機で製作された凸型機関車で、自重10t、車軸配置はBです。最終動力伝達方式は、動輪の片方を動かしロッド棒によって他方へ動力を伝えるロッド駆動方式です。

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銘板はこちらの非公式側にあり、型式DL10MC1067、製造番号1025002と判読できました。上写真一枚目とこの二枚目を比較すると、ちゃんとロッド棒の位置(位相)が変えてあるのが分かりますね。角度のズレは90度っぽいですがどうでしょう??

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写真はすべてボンネットの蓋を閉じてから撮影しています。訪問時は蓋が開いており、三菱のロゴの入ったエンジンが搭載されているのが分かりました。帰宅後に調べてみると、朝日新聞社『世界の鉄道’70』に詳細が掲載されていました。それによると、調査当時、陸中花輪駅の三菱金属鉱業尾去沢鉱業所専用側線の入換作業は、丸佐運送合資会社が所有する私有機2両によって行われており、うち1両が酒井製の10t機、もう1両がこの機関車でした。諸元は以下の通りです。

  • 自  重  : 10.1t
  • 全  長  : 5,250mm
  • 全  幅  : 2,495mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 三菱ふそう DB31L (130ps/1800rpm)
  • 液体変速機:岡村製作所 PM18
  • 最高速度 : 21km/h

エンジンは、当時のバスやトラック・建機で汎用的に使用されていた三菱DB系が採用されています。動輪径は、自重8~10tクラスの国鉄貨車移動機のロッド駆動のタイプと同じ660mmです。

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スイッチャーの近くには、説明の看板がありました。一般論としてこういった看板の記載内容は間違っていることもあるので鵜呑みは危険ですが、この看板は、入換作業に従事した丸佐運送がこのスイッチャーを尾去沢鉱山へ寄贈した際に立てたもののようですので、読む価値はあると思います。表題の「10トンディーゼル機関車 型式DB-3IL」は、前述のエンジン型式(DB31L)のことを指していると思われます。私有機の場合、複数ある入換動車を識別する際に、番号ではなくエンジン型式で呼称するケースがあるにはありますが、それに相当するのか、はたまた単なる型式の取り違えなのかは、分かりません。

●ロッド駆動半キャブの仲間たち

 スイッチャーの保存車は数あれど、この尾去沢鉱山の保存車と同じロッド駆動のしかも半キャブとなると、数えるほどしか残っていませんね。

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■JR網干駅前に保存されているニチユ製の同型機。(2007年に駐車場所有者の北沢産業の管理者に許可を得て撮影)

同型の北沢産業DB2。JR網干駅近くに静態保存されています。1961年(昭和36年)日本輸送機製の10t機ロッド駆動タイプで、型式は同じDL10MC1067、製造番号は876001。こちらも世界の鉄道に掲載されていました。(ちなみに、沖田氏の機関車表に収録されている製造番号876002読み取り誤りですので、引用して拡散しないようお願いします

  • 自  重  : 10t
  • 全  長  : 5,250mm
  • 全  幅  : 2,499mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 三菱ふそう  (130ps/2000rpm)
  • 液体変速機:岡村製作所 RM18
  • 最高速度 : 21km/h

丸佐運送のニチユ10t機と寸法も出力もほとんど変わりません。

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■古河鉱業所有のニチユ8t半キャブロッド駆動  2011年8月、足尾駅前

次は足尾駅前の動態保存車。同じく日本輸送機製のロッド駆動半キャブで、同型、と言いたくなるところですが自重は10tより少し軽く8tです。古河鉱業の私有機で、1965年(昭和40年)7月製造、型式DL8MC1067、製造番号1105001です。普段は傷まないようにシートに覆われており、数年に一度イベントで動きます。

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■くりはら田園鉄道DB101。協三工業製の10t半キャブロッド駆動   2013年、若柳駅跡

こちらも動態保存機ですが、残念ながら?日本輸送機製ではなく協三工業製の10tロッド駆動機です。元くりはら田園鉄道DB10形ディーゼル機関車DB101で、車体内部の銘板によると、1965年(昭和40年)6月製造、型式D10-1067、製造番号10470です。くりでん保存会が年に1回程度動かしていますので、運が良ければ動くところを見られます。入換に便利なように、通常はキャブ中央にある逆転器レバーが非公式側窓際に設けられているのが特徴で、それを除けば、平凡なスイッチャーです。ちなみに5~10tクラスの貨車移動機は、足でアクセルを踏み込んで速度を調整します。逆転器レバーは変速レバーではありませんので、ご注意ください。

2017年春にオープンしたくりでんミュージアムで、DB10形の形式図や諸元の記載された「宮城中央交通 車両竣工図表」が購入できます。DB10形の発注時はバス会社と合併していたのでこの社名ですね。以下に抜粋します。

  • 自  重  : 9.8t
  • 全  長  : 5,150mm
  • 全  幅  : 2,499mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 日野自動車 DS50A  (80HP/1500rpm)
  • 液体変速機: 新潟コンバータ 8A-1350

見た目はニチユ製に似ており、寸法もほとんど変わりませんが、製造者の違いから搭載しているエンジンと液体変速機が異なります。

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■馬頭運送で保管中の協三工業製10t半キャブロッド駆動。   2014年、栃木県

こちらは、栃木県の馬頭運送が協三工業から引き取ったロッド駆動の半キャブです。たしか本社工場で保存されていたモノだった気がしますがうろ覚えです。連結器が柴田式自動連結器ではありませんが、土木工事軌道で使用されていたのでしょうか。馬頭運送は、全国各地から蒐集したスイッチャーを修復・動態化しており、那珂川清流鉄道保存会に移設されたものは公開時に動くことがあります。今回は4両紹介しましたが、他にもロッド駆動の半キャブをご存知の方は、情報お待ちしております。

●2017年10月7日追記

 相互リンク先の西宮後停留場様より情報をいただきました。北海道の丸瀬布いこいの森に、佐藤工業製の10t半キャブロッド駆動が静態保存されているそうです。詳細はこちら

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2017年10月 2日 (月)

◆30年前の鹿児島市電◆810号車を高見馬場付近にて

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 フィルムスキャンを少しずつですが進めています。いまから30年前の鹿児島市電の写真が出てきました。2系統の市役所前行を高見馬場電停で下車後に後追いで撮影したもののようです。車両は800形810号車で元大阪市電ですね。冷房改造済みのため、台車は新製した別物に振り替えられた後の姿です。奥がいづろ方面、右手に分岐するのが郡元・谷山方面に向かう線路です。

この2系統は、1984年に上町線が廃止されるまでは清水町~市役所前~西鹿児島駅前~郡元を往復する運用でしたが、廃止後は市役所前~西鹿児島駅前~郡元に短縮されました。市役所前では、西南戦争の銃弾跡が残る私学校跡付近の国道10号線との交差点の手前で線路が寸断され、それより清水町寄りは廃止、手前は市役所前行電車の折り返し用Y線として使用されていました。その期間もそれほど長くなく、のちに2系統は1系統と同じく鹿児島駅前始発に変更されたのでした。

写真にも写っていますが、高見馬場の交差点にあった山一證券は、このちょうど10年後に廃業しました。撮影時はバブル全盛期でしたので想像もできなかったことです。世の中、何が起こるか……一寸先は闇ですね。

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2017年10月 1日 (日)

◆かもしか号◆旧形客車+EF64プッシュ・プル(201607)

 2016年7月23日、長野支社のイベントで「かもしか号」が走行するというので、青春18きっぷを使い、日帰りで諏訪湖周辺を訪ねました。

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長野支社は毎年国鉄型車両を使用したイベントを企画してくれるのでいつも楽しみにしています。この時のかもしか号には、高崎車両センター所属のEF64形37号機と1001号機、それに同センター所属の旧形客車3両が充当されました。

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かもしか号というとどうしても169系の電車をイメージしてしまう世代ですが、今回は客車です。

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猛暑の中の徒歩移動は、趣味というより修行に近い感じですが、そこは中高と運動部に所属していたのでまだ耐えられます(身体の経年劣化には勝てませんが…)。

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大きい丸太を滑り落とす場所から俯瞰すると、川沿いの景色が見られました。

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諏訪湖沿いの旧甲州街道沿いからも俯瞰できます。この前の年にクモヤ143+115系湘南色を運行するイベントがありここで撮影したのですが、その時より湖面が汚れていてあまり綺麗には写りませんでした。残念。

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上諏訪駅だったか、途中停車が長いので駅のホームでサボを。

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SL奥利根号でお馴染みのスハフ32。

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EF64 37のヘッドマーク(左写真)は、あんまり可愛くないリアルかもしかでした。反対側のEF64 1001のは信州DCをアピールするちょっと味気ないデザイン。

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列車が大八回りしている間に先回りして、最後は南松本の専用線にいる石油タキ車とのコラボ。姨捨で撮ると列車が来る頃には日が暮れそうでしたのでここにしました。このあとは普通列車を乗り継いで予定通り終電で帰宅しました。本格的な撮り鉄というより、18きっぷ1回分を消化するための日帰り旅行でしたが、良い運動にはなりました。

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