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2018年8月23日 (木)

【くろがね線を読み解く】第273回 ■君津ふれあいまつり工場見学スタッフ専用バス

 私が君津製鉄所をはじめて見学したのは、1984年、小学校の社会科見学の時である。当時、千葉県北西部の小学生にとっては、社会科見学といえば、蘇我にある川崎製鉄千葉製鉄所か、君津の新日鐵君津製鉄所と相場は決まっていた。もっとも当時の私は、武蔵野線の沿線に住んでいた影響で貨物列車には興味があったものの、産業用鉄道というカテゴリすら認識していなかった。バスで移動中に高速道路から見えた、建設中の国鉄京葉線の線路の方が印象に残っているくらいで、製鉄所の中のことはほとんど覚えていない。

それ以来、夏休み期間に開催される君津ふれあいまつりに合わせ、何度か見学に訪れている君津製鉄所であるが、毎年来るようになったのはちょうど10年前、2008年からである。この年は工場見学のみで、高炉はバスから見るだけであったと記憶している。翌2009年から、第四高炉前のお立ち台、熱延工場、そしてプラスチックリサイクル設備の3つが見学コースに指定され、見学者は原則として、本部前からバスで上記3設備を順番に見学して周り、同じバスに最後まで乗って移動することになっていた。お立ち台での写真撮影は許可されていたものの、見学できるのはわずか10分前後。時間が来たら、乗ってきたバスに戻って去るしかない。この条件の下、できるだけ撮影枚数を稼ごうと思えば、朝一番の見学バス(1号車)に乗り、指定通りのコースで見学するのを何度も繰り返すことになる。これで最大5回は見ることができた。まるでA○Bの握手会とはよく言ったものだ。

少なくとも、午後から土砂降りの雨になった2012年までは、このルールは守られていて(2011年は東日本大震災で工場の一部が被災したため中止)、撮影のために現場に居残る鉄道マニアを見かけることはなかった。見学バスには社員が便乗して案内をしてくれるので、お立ち台で説明などを受け、一緒に同じバスに乗って帰ることになる。そうなれば、お立ち台に社員が常駐する必要もない。

転機が訪れたのは2015年、鉄道マニアの常駐が始まる。実際にはもっと前からこっそり居残っていた人はいたのかもしれないが、大人数による本格的なのはこの時が最初である。急遽想定外の撮影時間を手にした鉄道マニアは、真夏の日差しの下で水分補給も満足にできず、飲み物を余分に持参してきた参加者がシェアするなどして、危機を乗り切った。

この事態に製鐵所側も反応、所内でトラブルを起こされては困るのか対策を講じてきた。それが、第四高炉前お立ち台への広報部門スタッフの常駐である。

Bus01

第四高炉前お立ち台居残り組対策として、2016年から登場したのが、こちらのバス。広報部門の女性2名がこのバスでやってきて、1名が見学者の見守りをし、残り1名が冷房の効いたバス内で水分補給と休憩をする、これをローテーションでまわして見学終了まで乗り切るのである。このバスは、2015年までは撮影することのできなかった、製鉄所の機関車以上に撮影困難な内燃車両ということになる。(現場の社員に許可を得て撮影。背景は加工済み)

Bus02

そして、バスに興味の無い私が今回なぜこれを撮影したのかという、その理由がこちら。新日鐵住金は、2018年5月16日の取締役会において、2019年4月1日付で日本製鉄へと社名を変更することを正式に決定した。したがって、このバスの車体表記も今年で見納めとなるのである。

Bus03

また、今年は広報部門の女性がさらに2名増員され、途中交代制で最大同時4名体制となった。昼前の交替時に増員を乗せてきたバスがこちら。最初のバスとは形態が異なる。乗降扉付近にグレーのシールのようなものが貼ってあるので、何かと思って近づいてみると

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マルエス・フジエスの新日鐵の社紋の上からグレーのシールを張って隠してあるようだ。おそらく住友金属工業と合併して社名が変わった際に施したものであろう。くろがね線の機関車のキャブに付いている、お馴染みの社紋である。

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広報部門の女性に訊いてみると、第四高炉前のお立ち台にこの張り紙を出したのは、今年からだそうである。要約すると、脱水症状や熱中症の対策は各自自己責任にて行うこと、また一般の方がいらした際は記念撮影のために場所を譲ることである。要するに、普段撮り鉄が撮影現場で求められる一般的なマナーを遵守すればよいのである。今後もトラブルが発生しないよう、参加者の一人として気をつけていきたい。

●おまけ

Tpcyawatans

 高炉から出る溶銑を製鋼工場や溶銑予備処理施設まで運搬するラグビーボールのような形態の多軸貨車を、「トピードカー」と呼ぶ(略してTPCとする)。私が毎年気になっているのは、TPCの車体側面に「YAWATA」と書かれている車両を見て、「八幡製鉄所で使われていたものが君津にやってきた」と説明する人が毎年いることである。一時期、見学者のみならず一部の社員にもそういった言説があったのは残念でならない(見学バスで案内役を担当するのは、バスの1号車を除き原則として入社1年目の新人なので、仕方のない面はあるが)。ここでハッキリさせておくが、もちろんこれは正確ではない。

上の写真をご覧いただきたい。2両のTPCが連結されており、手前には「NIPPON STEEL」、後ろには「YAWATA」と陽刻がある。YAWATAは単純に、君津製鉄所がかつて八幡製鉄(株)君津製鉄所であった時代に製造された車体であるため、社名を表記しているに過ぎないのである。1970年に富士製鉄(株)と合併して新日鐵(株)が誕生して以降に製造された車体には、NIPPON STEELとやはり社名が表記されているわけである。

合併前の1960年代に製造されたTPCが2018年現在でも使用されていることを疑問に思う方もいるかもしれないが、TPCは内部に直接溶銑を入れているわけではなく、ライニング(耐火煉瓦による内張り)があるので、消耗するライニングだけ定期的に補修すれば長く使えるのである。

八幡製鉄所の高炉は戸畑地区にあり、その構内鉄道のレール幅は、くろがね線と接続しているため国鉄と同じ1,067mmである。戸畑地区を走行するTPCは、荷重250tと350tの2種類だけであり、軌間1,435mmの君津製鉄所で使用されているような、荷重450tクラスのTPCは存在しない。仮に八幡製鉄所のお古を君津に持ってきたとしても、レール幅だけでなく連結器の高さも異なる(八幡製鉄所の車両の連結器高さはレール面上880mmに対して君津は1,200mmである)ため台車は新製しなければならず、車体を流用しても君津には小さすぎて一度に運べる容量に制限があるので、ほとんどメリットが無いのである。だからそんな非合理的なことはしない。

※ちなみに八幡製鉄・新日鉄が車体を製造して他社に導入したTPCは存在するので、他社の製鉄所内で前述のバスに付いているようなマルエスの社紋を付けて走っているTPCを見ることはできるかもしれない。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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