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2019年11月

2019年11月30日 (土)

◆ベルギー国鉄◆Antwerpen-Luchtbal駅での列車観察(2019)

 2019年のゴールデンウィークにドイツ・ルクセンブルク・フランス・ベルギー・オランダ各国を巡った際に泊まったホテルの最寄駅Antwerpen-Luchtbalでみかけた列車を紹介します。

E186ic

ベルギー北部の港町アントワープにあるアントワープ・ルフトバル駅は、ベルギー・オランダ間の高速新線建設に伴い在来線も合わせて移設する形で2006年に現在地に移転・開設されました。フランスやドイツ国内の高速新線とは異なり、ベルギーからオランダへ直通する高速鉄道専用の列車(ThalysやEurostar)は本数が非常に少ないため、この区間の高速新線は高速列車だけでなく最高速度160km/hの客車列車IC(インターシティ=都市間急行列車)も走行することを前提としています。ブリュッセル(南駅)ーアムステルダム(中央駅)間で運行されているICは、たとえばブレダ駅のような在来線の途中駅に停車するため、高速新線を一旦降りて在来線の駅で客扱いを行い、スイッチバックしてまた高速新線に戻ってくる運用があります。このため、客車の両端に電気機関車を連結したプッシュ・プル方式になっています(現地ではベネルクストレインと呼ばれています)。ベルギー・オランダ間の高速新線はフランス方式の交流25kV|50Hzで電化されていますが、オランダの在来線は直流1.5kV、さらにベルギーの在来線は直流3kVのため、在来線の駅に乗り入れる都合で電気機関車は少なくとも3つの電源方式に対応している必要があります。写真のE186形はドイツの交流15kV|16 2/3Hzも含めた4電源に対応しています。塗装は、客車と同じくオランダ国鉄標準の黄色と青色ですが、機関車リース会社Akiem社の私有機です。

Thalys

次にやってきたのは、タリスPBKA、フランス・パリ北駅からベルギー・ブリュッセル中央駅を経由し、オランダ・アムステルダム中央駅またはドイツ・ケルン中央駅へ直通する高速列車です。この駅を走行するのはすべてアムステルダム発着便です。写真の丸っこいタイプのほか、ドイツを除く3電源のみに対応したTGVレゾ ソックリのPBAもこの駅を通ります。

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三本ある複線のうち一番東側の複線は貨物線で、旅客ホームはありますが列車が止まることはほとんどありません。こちらは先程と同じ186形ですが貨物輸送・リース会社であるRAILPOOL社所属の私有機です。荷はコンテナ、特に化学品を積んだタンクコンテナが多いですね。この列車の行先であるアントワープ港(Antwerpen-Haven)駅の先に続く臨港線の沿線には、BASF社をはじめとする化学会社の生産拠点やストックポイント(専用線発着およびトラック持込みによる)が多いので、そのためでしょう。

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今度は反対側からも。186形のSNCB Cargo(ベルギー国鉄貨物部門)所有機、ベルギー国鉄での形式は29形です。貨物用の186形はすべて、最高速度は140km/hで落成しています。冒頭の旅客用は最高速度160km/hでベルギーでは28形を名乗っています。

Cpc

貨車をすべてチェックしましたが、全車両がフランス・パリに本社を置く貨車・タンクコンテナリース会社のERMEWA社の私有貨車でした。積荷はくろがね線の防水フード付き貨車でお馴染みの冷延コイル(亜鉛メッキ鋼板を含む)の可能性が高く、一度に運んでいる量や単一性から、特定需要家向けの特定製品・品目限定の直行輸送列車(いわゆるブロックトレイン)と思われます。アントワープ港には製鉄所は無いためおそらく荷卸しした空車で、またこの列車が南に向かっていることから、製鉄所のあるGENT(ヘント)かフランスのダンケルクあたりに戻る返空列車ではないかと想像します。亜鉛メッキ鋼板は自動車のボディにも使用されるので、納品先は自動車工場ですかね。どうでしょう。

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貨物線を走ってきた、保線車。車体側面にUICコードの標記があるため、車籍のある鉄道車両扱いの可能性が高いですね。ヨーロッパでは結構日中にも保線車が本線を走ってくることがあります。マルティプル・タイタンパ U08-275。

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自分の乗る列車の直前にやってきた、ロンドン発アムステルダム行きユーロスター。ユーロスターとは言ってもドイツのICE3ベースの車両です。オランダ国鉄は、ベルギー・フランス側の高速新線が開業する前から、ドイツ直通のICEを運行しており、ICE3とほぼ同型の編成も所有していましたので、オランダ国内を走行する際にはこちらのスタイルの方がしっくりきますね。

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2019年11月24日 (日)

■ちょっと前の函館界隈■なつかしの車両群(2011)

 2011年の夏休みの北海道旅行の帰りに、函館駅周辺でみかけた車両群を紹介します。

Goryokakujrh01

五稜郭駅の北寄り2.5km地点に広がっていたのは、JR北海道青函運転区(函館運転所青函派出所)です。青函トンネルを通過する列車の牽引用として、JR北海道所属のED79形電気機関車が配置されていました。駅構内としては、500mほど南にあるJR貨物五稜郭機関区と一体を成しているようで、中央にはJR貨物所属のEH500形電気機関車も並んでいました。青函派出所は2016年3月の北海道新幹線開業に合わせ廃止され、以降地上設備は五稜郭機関区の管理下にあります。

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この拠点の特徴は、機関区のすぐ脇まで近づけることでしたね。3回訪問中2回は一番手前の線路にED79形が留置されておりNGでしたが、1回だけ手前が空いていて見ることができました。入換中のED79 11。ふつう交流電気機関車は、進行方向後ろ寄りの集電装置を使用し、前は降ろして走行しますが、ED79形だけはなぜか2エンド側先頭の函館(五稜郭)行き、1エンド側先頭の青森行き、どちらの列車も2エンド側の集電装置を使用していました。以前理由を聞いた気がするのですが、もう20年くらい経つので忘れてしまいました(笑)

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こちらは留置中のED79 12。常時使用する2エンド側(左手)の集電装置は末期はこのようにΣ形(シングルアーム式)に換装されていました。使用しない1エンド側(右手)は従来通り下枠交差型です。

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こちらはJR貨物五稜郭機関区所属のED79形50番台、本務機52号機+次位総括57号機です。東青森信から青函トンネルを通り貨物列車を牽引してきて、五稜郭到着後貨車を切り離し、五稜郭機関区へ重連単機で戻るところです。戻り先は、先程EH500形が留置されていた場所ですね。

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函館運転所は、函館駅の西側に隣接していて、検修設備は駅から1kmあまり北側にあります。485系特急はつかりが発車。

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運転所内の留置車両。ホキ800形6両。2019年現在、もうJR北海道では臨時工事列車でのバラスト輸送はやっていないような気がしますが、どうでしょう。レールは小樽築港で(ロングレールは岩見沢で)チキに乗せて列車として輸送しますが、バラストは線路閉鎖後に保線車で輸送していますよね(主に深夜、列車密度の小さい路線では日中もあり)。

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こちらは北海道新幹線建設時、青函トンネル内で在来線の軌間1,067mmのレールの外側にもう1本ロングレールを敷設するために使用された、通称ロンチラ編成、チラ50000形50006です。コキ50000形からの改造ですので全長は連結面間21.3m、通常のチキ5500形(全長約18m)より長いです。

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先程のチラ編成の両端に連結される、レール取り卸し用の通称エプロン車、チ50000形50012です。A2というのは編成番号だとするとA1もあったのかな。

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こちらは函館運転所のマスコット的存在、入換用控車のチ1000形1016です。形式名の通り形式称号上の控車ではありませんが、操車が乗って誘導することを前提に手すりや側壁、ステップを取り付けています。

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入換用DLを連結する側は自動連結器のままですが、反対側は電車とも連結できるよう密連・自連の双頭連結器に換装されていました。

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反対側から。2016年9月に訪問したところ、運転所内の車両入換にはもうチ1016は使用していませんでした。

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こちらはSL伴走車のチキ6000形6366です。釧路運輸車両所所属の蒸気機関車がSL函館大沼号として運転するために函館に出張してくるときは、SLだけでなく運転に必要な資材を釧路から函館まで輸送する必要があり、そのために用意されたコンテナと長物車です。チキ6366は、コンテナ締結装置を取り付けただけでなく、脱落しないようにコンテナが乗る四隅にストッパーを付けてしまったので、もう他の用途(たとえばレール輸送)には使用できないと思われます。通常は、SLを回送する際にこの車両も一緒に連結されてきます。

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函館運転所の検修部門。キハ40が並んでいます。

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函館運転所の入換作業は割とルーチンなので、撮影はそれほど難しくはありません。全般検査を実施しない運転所にもかかわらず2011年現在でも入換に機関車が必要なのは、特急形気動車の多くが運転台を備えていない中間車のため、編成の車両数を増減するために増解結をする際、自力移動ができないためです。ですからゴールデンウィークや盆正月など、多客期には入換頻度も増加します。もっとも789系やキハ281系、キハ261系など簡易運転台を備えている系列も増えているので、いまではもうキハ183系全盛期ほどには動かないかもしれませんが。元々は快速海峡が客車だったので入換用DLは必須でしたし、全般検査を実施している五稜郭車両所との間で検査車両を回送する際にもDLが使用されていますので、DLそのものは当面必要ですね。JR北海道五稜郭車両所については6年前の記事を参照のこと。

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この日の入換担当はDE15 2511。SL函館大沼号用の客車を引き出します。

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妻面のナンバー部分にラッセルヘッド用連結器を備えるのがDE15の特徴です。

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最後尾は貴重な現役車掌車ヨ3500形4647です。

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ヨ推進での入換は昭和時代を彷彿とさせます。台湾の貨物列車の入換ならまだこのようなシーンは見られますね。

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建屋内に居るSL補機用の黒いDE10へ客車を連結するために押し込んでいくと同時に、789系スーパー白鳥が到着しました。

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1.5kmほど北に小走りで移動すると、C11 207が入換扱いで出てきました。雨が降っていて結構辛かったですね。

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北海道でSLはあまり撮りませんが、大井川鐵道でも見慣れたC11。そのスタイルはやはり洗練されていると感じます。

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SL函館大沼号の発車。ほんとうに、雨が酷かった。写真はすべて2011年8月16日撮影。

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JR北海道から東武鉄道に貸し出されたC11 207は、2017年8月よりSL大樹として運行開始しました。その前の2016年12月4日、南栗橋車輛管区でお披露目走行が実施されました。上はその時のものです。本線走行はまだ撮ってないなぁ(^_^;)

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2019年11月22日 (金)

★160万アクセス突破★京成3600形3638編成廃車

 2019年11月中旬、京成電鉄宗吾車両基地から、輪切りに切断された3638編成の車体が何日かに分けてトレーラーで搬出されました。これにて、3600形3638編成の廃車が確定しました。

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3600形の写真はかなり撮っているのですが、3638編成だけはなぜか天気の悪い日や逆光など悪条件の写真ばかりで、まともなのはこれだけでした。京成電鉄で初めて電気指令式空気ブレーキ+ワンハンドルマスコンを採用し、初のオールステンレス車両である3600形電車も、終焉の時期が迫っているように感じます。3600形電車は、当初はワンハンドルマスコンが1号線規格として認められず都営浅草線に直通できないため、もっぱら上野本線の運用に充当されていました。浅草線直通開始後も、先頭車がTc車のために京急線へは直通できず、上写真のように西馬込発着の運用に就いていました。3638編成については、末期は6両編成に戻され、浅草線に直通することも無くなっていたようですが。残りの編成、1本で良いので青いカラーテープをはがして、赤帯のみのクラシックスタイルを復刻してくれたらうれしいですね。

2018年7月16日撮影。

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2019年11月21日 (木)

【くろがね線を読み解く】第295回■戸畑第一操車場の3並び(2019)

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2019年秋のとある日、戸畑第一操車場に行ってみると既に機関車の入換が始まっていた。待ち時間0秒。最短記録を更新。

機関車は標準塗装の85t電車E8501(左)と70t緩急車D705(右)。間の凸型のDLは戸畑地区構内用のD609。十の位0が第一操車場まで出てくるのはあまり高頻度ではないので珍しい。2018年夏に観察した時点の凸型DLの配置は、八幡地区にD616~619、627、D441、442、445で、残りはすべて戸畑地区である。

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2019年11月13日 (水)

■ちょっと前の常磐線■651系・653系

 安中行鉱石貨物列車のついでに撮影した常磐線の特急列車を紹介します。

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2007年夏、現役時代のスーパーひたち号651系11両編成。651系特急形電車は日本初の回生ブレーキ付交直両用電車です。最初の編成は1988年に登場し、先行試運転ののち、後続が登場しました。あと5年くらい技術開発が早ければ、同じ常磐線を走る415系1500番台も、415系をステンレス車体に変更した増備車とはならず、界磁添加励磁制御+回生ブレーキ付の新系列(211系の交直両用版)になっていたかもしれませんね。

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2011年3月6日、東日本大震災が発生する5日前のスーパーひたちです。3.11は常磐線の歴史において旅客・貨物両面で多大な影響を及ぼした出来事でした。

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同じ日のE653系基本編成のみの7両。

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2012年春のE653系。いまはもう信越・羽越・奥羽本線でしか見かけませんね。ちょうど亜鉛焼鉱輸送用貨車に新形式が登場した頃で、比較的頻繁に常磐線沿線へ行っていた気がします。

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同じ年の10月。E653系は7両基本編成が編成毎に異なるカラーバリエーションを展開しているのに対し、4両付属編成はオレンジ一色のみなのも特徴でした。上の2枚の写真の後方4両がどちらもオレンジなのが分かります。平日朝のラッシュ時は7+7の14両編成もありましたね。

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2017年3月18日、久々に馴染みの場所に行ってみると、突然やってきた651系7両編成。まだ生きてたんだと驚愕。鉄道ダイヤ情報などに掲載されていたのかもしれませんが、まったく予想していなかったので、ビックリしました。

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ちょっと戻って2016年6月4日、日○水戸さつきまつりの帰りに勝田駅でみかけた651系3本。このうち1本は今年2019年6月1日訪問時にも、E653系国鉄特急色の隣に留置されていましたね。かろうじて現役かな??

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直流専用化改造された1000番台はまだしばらく運転されていますね。1988年の登場時、まさかこれが上越線や吾妻線に定期運用で入ってくるとは思いませんでした。

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2019年11月10日 (日)

■381系国鉄色■特急コウノトリ号

 令和天皇即位を祝して、というわけではありませんが、NASの画像データを整理していたらこんな列車が出てきました。

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2013年5月5日、記憶が正しければ加悦SLひろばでスイッチャーやレールバスが動くというので、朝から訪問した日。現地で奥野さんらと合流し、帰りに福知山駅まで車に乗せていただいた時ですね。その後、福知山線で田んぼの中を走っていると、撮り鉄が一列に並んでいたので、下車して2kmほど走って戻り、ギリギリ間に合ったのでした。アングルが変なのでもしかしたら間に合わず適当にシャッターを切ったのかもしれません(笑)

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こちらは2年後2015年1月12日の同じ愛称名の列車。さくら夙川や東淀川で貨物を撮ったあと大阪から三ノ宮に向かう途中、塚本駅先端に撮り鉄が並んでいたので、下車して撮りました。JR東海ですともう博物館入りしている車両ですね。関西で381系に乗ったのは特急くろしおの和歌山→新大阪間の1回乗車のみですが、スイッチャー好きににとっては馴染みの系列。関西に用事がありついでに伯耆大山のスイッチャーを撮ろうというケースが年に何度もある場合、岡山-米子間を走る特急やくもの超ヘビーユーザーにならざるを得ませんので(笑)

この列車の愛称名がなぜ令和天皇と関係あるのか、最近の若い人は全くピンと来ないかもしれませんね。

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2019年11月 9日 (土)

◆アクセス特急ニューカマー◆京成3050形話題の新色と3150形

 来週土日に予定が入ってしまったので、今週の遠出は取り止めにしました。目的地の天気が終日曇りに変わったのも一因です。

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関東は天気が良いので近場で話題の車両を見物に。京成3000形50番台(本稿では3050形と呼ぶ)の帯色オレンジ変更車、3052編成です。定時より2分ほど遅延していたため、裏側に20分に1本しか走らないはずの北総線の下り普電が被ってしまいました。まぁここはフリー切符のある時期に何度でも来られるので、そのうちマトモに撮れるかな。

成田スカイアクセス線経由で東京都内と成田空港を連絡する列車のうち、特別料金不要の優等列車が「アクセス特急」です。今年に入り、アクセス特急増発用増備車として登場した新系列3100形50番台(同じく3150形と呼ぶ)が、路線案内のラインカラーであるオレンジ色の帯を車体に纏って登場したのに合わせ、従来の3050形にもオレンジ色に変更した編成が登場しているのです。3050形は、3051~3056編成まで計6本ありますが、2019年11月9日現在、オレンジ色に変更されたのは3052編成・3054編成の2本です。いずれ近いうちに、空色で登場した残り4本もオレンジ色に変わる見込みです。

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10月末のダイヤ改正の目玉は、新系列3150形の登場もさることながら、スカイライナーが20分ヘッドで運行するようになったことでしょうか。下りは京成上野駅基準で始発から18時台まで、上りは成田空港駅基準で9時台から19時台まで、常時20分おきに運行されるようになり、とにかくやたら走っているイメージです。日中の北総線の列車は、アクセス特急を除けば20分に1本ですので、第1種事業者より第2種事業者の運行する列車の方が本数が多い状態になりました。増発に合わせ、途中駅での待避も頻繁に行われるようになっています。元々、成田スカイアクセス線開業時から矢切、東松戸、新鎌ヶ谷、小室(下りのみ)、千葉ニュータウン中央、印西牧の原、成田湯川と待避設備のある駅は多いので、ダイヤ的にはあまり問題は無さそうです。

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さて先程の3052編成のアクセス特急のおよそ40分後に、今度は3151編成のアクセス特急がやってきました。3151編成は今年日本車輌製造で製作された3150形です。以前、JTREC製の3152編成を撮っているので、ひとまず登場済みの編成は2本とも撮れたことになります。

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あまり遠くに行く気も無いので、またまた近場で羽田空港からの戻りを迎えます。早朝はバックにスカイツリーの入る有名スポットですが、今日は逆光かつ都内中心部はスモッグがかかっていたので、思い切って切り捨てました(笑) アクセス特急は、北総線内も含め全区間を京成の運転士が担当するので、このように急行灯を点灯してくれるかどうかは、運転士の気分次第です(京成では、原則として日中の急行灯点灯は省略のため)。そういえばこの編成は本記事冒頭の上り列車でも急行灯を点けていたので、同じ運転士さんなのでしょう。

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少し場所を変えて、同じく羽田空港からの戻りを。今度は急行灯を消灯する運転士さんでした。日中に成田空港と羽田空港の間を往復しているアクセス特急は、基本的に京急線・都営浅草線内はエアポート快特となり通過駅があるので、この列車も押上までは急行灯を点灯していた筈です。京成の運転士に交代後に消されたのでしょうね。

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引いてもう一回。行先表示は駅名と「成田スカイアクセス線経由」を交互表示する仕様のため、シャッターを切るタイミングによっては駅名がうまく出ないことを考慮する必要があるでしょう。無心で連写していれば問題ありませんが。

●おまけ

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ちょっと前までは、都営浅草線・京急線・京成線・北総線のアイドルだった5500形電車。この5510編成が最新で、もう10本も登場しています。やや希少価値が薄れてきたのでおまけ扱いでついでに撮る人が多い印象ですね(ただの偏見)。これがもう一度脚光を浴びるのは、すべての旧系列(5300形)を置き換え、アクセス特急運用に充当されるようになった時でしょうね。登場時のリリースにも、アクセス特急運用を念頭に置いている記述がありますし、今後に期待しています。

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2019年11月 7日 (木)

◆函館市企業局交通部◆道税おさめ~る号今昔

 函館市電にはさまざまな広告塗装の電車がありますが、8000形8007号車は「おさめ~る号」として知られています。

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「おさめ~る」とは、北海道税をきちんと申告して納税しましょうというPRのために付与された愛称です。車体には他にも、定番の「試される大地 北海道」や、「北の大地に 新幹線!」のスローガンが掲げられています。その右にはE2系と思しきデザインの架空塗装の新幹線も描かれていますね。撮影は2011年8月で、既に東北新幹線は新青森まで延伸されておりE5系も登場していますが、この広告塗装はまだ東北新幹線盛岡以北にE2系しか走っていなかった頃に描かれたのでしょうね。

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このスローガン、2016年3月26日の北海道新幹線新青森-新函館北斗間開業後にどうなっているのか気になり、調べてみました。

Hako8007_201609

2016年9月にたまたま同じ車両を撮っていました。おさめ~る号、試される大地 北海道は変わりませんが、スローガンは「つながる!ひろがる!北海道新幹線」に上塗りされ、その右にあったE2系の絵も、北海道新幹線を盛り上げるためのキャラクター「どこでもユキちゃん」に塗り替えられていました。最近では2019年5月時点で、広告を解消し白塗装で走行していましたが、いまは別の広告塗装になっているのでしょうか。

●おまけ

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同じ2016年9月に見かけた9600形9602号車は、H5系新幹線もどきの塗装に変更。こちらも半年前に開業したばかりの北海道新幹線をアピールしていました。後で調べたところ、この広告塗装は2か月後の11月で終了し、元の塗装に戻っているとのことです。ギリギリで撮れたわけですね。

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2019年11月 6日 (水)

■183・189系電車■団臨12両編成(2013)

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2013年5月25日、工臨や安中貨物撮影ついでに高崎線岡部-本庄間でこんなものも。183系・189系6両編成を2本繋いだ12両編成の団体臨時列車です。トラックと上り列車の裏被りが残念ですが、面白いものが撮れたなと。そう、ちょうどEF65 1118レインボー牽引機が工臨を牽いた時ですね。

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2019年11月 5日 (火)

■JR西日本■阪和線用205系1000番台(2013)

 関東では、JR東日本205系電車の海外輸出(およびそれに伴う改造目的での新習志野(京葉車両センター)→新津(JTREC)への配給列車の運行)が時々ニュースになります。関西では103系電車すらまだ現役の路線もあるくらいですが、さすがに阪和線ではもう205系は引退していますね。

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阪和線の205系といえば、国鉄時代に導入されたこの1000番台。和歌山方面に行く時は南海を利用することが多く、阪和線に乗ること自体が極めて稀な私ですが、今回紹介するのはすべて2013年8月17日に撮影したものですので、多分青春18きっぷで移動するついでに途中下車したものでしょう。橋梁は大和川でしょうか。

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最高速度100km/hの205系0番台とは異なり、京葉線用205系0番台と同じく最高速度は110km/hです。ただし、京葉線用が外房線直通の快速運用に充当するため登場後にブレーキ改造により速度向上したものであるのに対し、阪和線用1000番台は登場時から主電動機出力はそのまま回転数を上げて110km/hに対応しているという違いがあります。阪和線新製配置時の205系1000番台も快速運用に就いていました。

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こちらは東海道・山陽本線で運用されていた7両編成からサハを抜いて6両編成化し転属してきた0番台です。阪和線の走行シーンを順光でまともに撮ったのは後にも先にもこの時だけですね。そのうち、また、行こうかな。

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2019年11月 4日 (月)

◆京成3100形登場◆3152編成の営業運転を初見

 2019年11月4日月曜祝日は、家の用事があったので昼に少しだけ外出しました。

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10月末のダイヤ改正で営業運転を開始した、京成3100形50番台(通称3150形)が運用に就いているとのことで、早速撮りに行きました。京成3600形電車牽引による、金沢八景(JTREC)から宗吾参道(宗吾車両基地)までの京急線・都営浅草線経由の車両輸送はいずれ紹介することにして、今回は素直に営業運転の雄姿を。

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この日は05K運用でした。アクセス特急・エアポート快特として成田空港と羽田空港の間を往復し、かつ都営地下鉄浅草線内に通過駅のある運用ですね。

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なにかのモビルスーツに似ていると思うのは私だけでしょうか。急行灯の点灯部分のデザインが特に…。3100形に採用された車体は、京成電鉄と新京成電鉄の車両技術部門が、今後の京成グループ標準の車体として共同開発したもので、急行灯は新京成電鉄 鉄道事業本部 車両電気部の 濱﨑 康宏車両課長(設計時:課長補佐)がデザイナーと何度も調整を重ねながら決定したとのこと。気合が入っています。

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ちなみに、後部標識灯点灯時は上の通り急行灯も後部標識灯の一部となり赤く点灯する仕様です。

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次世代アクセス特急運用対応車両としては、都営5500形電車が先に登場していますが、行先表示のLEDも途切れませんし、デザイン面も含めて一歩リードといった感じでしょうか。しかし、あの運用サイトは本当に助かります。北総7260形引退の際も大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いします。

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2019年11月 1日 (金)

【くろがね線を読み解く】第294回■鉄鋼メーカーN社 2020年4月に製鉄所統合

 本日2019年11月1日付のビッグニュースは、なんといってもこちらであろう。

  ◆日本製鉄 製鉄所組織の統合・再編成について◆

公式ホームページのプレスリリースに詳しい情報が掲載されているので、こちらも適宜参照いただきたい。リリースによると、国内の製鉄所・製造拠点は2020年4月1日付で以下の6カ所に統合される。

  • 東日本製鉄所(鹿島、君津、釜石、直江津)
  • 関西製鉄所 (和歌山、尼崎、製鋼所)
  • 瀬戸内製鉄所(広畑、呉、堺、東予、大阪)
  • 九州製鉄所 (八幡、大分)
  • 名古屋製鉄所(現状のまま)
  • 室蘭製鉄所 (棒線事業部配下から脱却)

統合・再編成にあたって考慮されたポイントは以下の通りである。

  • 製鉄所の地理的関係
  • 製造品種・ライン構成
  • 鉄源分譲等の生産・品質・物流面の関係
  • 人的資源や技術・技能・ノウハウのさらなる結集の観点

ここから先は、あくまでも個人的な印象であることをお断りして、話を進めよう。1番目の地理的関係と聞いて真っ先に違和感があるのが、関西製鉄所と瀬戸内製鉄所である。地理的には関西に属するはずの広畑、堺、大阪が、なぜか関西製鉄所ではなく瀬戸内製鉄所になっている。日本人に「瀬戸内」と聞いて一番に堺や大阪をイメージする人は千人に一人も居ないだろう。私見では、シンプルに関西エリアに分散していた元住友金属工業の製造拠点のみを抽出して関西製鉄所とし、西日本の残りを統合してもう一つ名前を付ける必要があるが、大阪から広島まで東西およそ350kmにわたる広大な地域を端的に表す名称が「瀬戸内」しかなかった、というだけであろう。たしかに、堺製造所も大阪製造所も、瀬戸内海に面してはいる。瀬戸内だ。嘘ではない。名称決定にあたり、おそらく社内でも色々意見はあっただろうが、さすが優秀な人材が知恵を出せば解決できない課題は無いのである。

関西製鉄所に統合された拠点には、旧住金という以外に、鋼管と鉄道用車輪・台車の製造拠点という共通点もある。上流工程の高炉・転炉が和歌山にあり、半製品を下流工程の製鋼所(安治川口)に運び、車輪や、台車枠を構成する部品に圧延、或いはブルームを尼崎に運んで鋼管に、といった具合で生産工程上の繋がりがある。これが2番目の理由「製造品種・ライン構成」であろう。

そういう意味では、広畑も君津の下流工程の一部といえなくもないし、2020年度中の高炉廃止が決まった小倉の上流工程の一端を担うことになる室蘭は、役割的には「九州製鉄所室蘭地区」ともいえなくもない。が、さすがに地理的に社会的コンセンサスの得られない名称は敬遠されたのだろう。室蘭は棒線事業部から独立して1製鉄所になる。室蘭は、かつて低迷期に高炉を北海製鉄として分社化(三菱製鋼と共同出資)していたが、小倉への半製品供給の役割が明確になると、2017年4月に北海製鉄を直営化(日刊鉄鋼新聞2017年3月14日付)し、さらに2018年11月2日に来年2020年8月からの高炉拡大改修開始を発表した。これが、室蘭が独立を維持している理由の一つであり、3番目の「鉄源分譲等の生産・品質・物流面の関係」の一例といえるのだろう。

4番目は言いようだが、統合される6製鉄所の中で、高炉が重複している(言い換えると一貫製鉄所が複数含まれる)のは、東日本製鉄所の鹿島と君津、九州製鉄所の八幡と大分、この2製鉄所だけである。いずれも拠点間の距離は比較的近く(特急列車や高速道路で2~3時間程度)、転勤や人材育成、構外物流の共同利用などの面で柔軟に対応することが期待できる。株主は、鉄鋼メーカーが製鉄所を統合して合理化する際に高炉を減らさない事への圧力をかけがちだが、シナジーが生まれるということで当面は説明もつくのではないだろうか。

 というわけで、プレスリリースに列挙された製鉄所統合の際に考慮された4つの「観点」は、すべて筋の通った建てつけに基づいていることが分かる。もちろん、本記事記載の内容はあくまで私的な「観点」に過ぎないが。

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