カテゴリー「その他」の50件の記事

2019年6月15日 (土)

【D社O工場の石灰石輸送 番外編】ボンネットバスに乗車

 2019年6月9日日曜日、新潟県糸魚川市で糸魚川さかな祭りが開催された。糸魚川駅から会場まで来場者を輸送するために、D社青海鉱山のボンネットバスが使用されると聞き、訪問することにした。駅前のホテルに前泊し、6時過ぎの大沢行バスに乗車してまずは原石線の1往復目を狙う。

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いつもの時刻にやってきた、青海鉱山原石事務所行きの空車列車。今回は鉱山寄りからテコ401+テコ301+テコ302+テコ304+テコ303の5両フル編成で、機関車は2012年に導入された北陸重機工業製のDS-7であった。

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石灰石の積込が終わると、DS-7牽引で発車。ヘッドライト点灯。5~7月の1往復目は公道側・機関車側が順光になる。大沢バス停に戻り、元旦以外は毎日走る8時過ぎの糸魚川駅行バスに乗車するが、通常であれば終点まで行くところ今回は途中の新寺島停留所で下車。さかな祭りの会場へ先回りすることにした。

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まつりは9:30開始でまだまだ準備中であった。しかしここであることに気付く。会場は国道8号線沿いにあるのだが、入るには下り車線を左折するしかなく、上り車線から右折で入ることができない。つまりバスの往路便は復路便とは異なるルートを走行する可能性が高いということになる。復路は日本海沿いの8号線しかルートが無いので、往路はおそらく旧市街のバス通りではないか、そう予測して、出てくるところを交差点で待ち伏せることにした。

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予想通りの道を通ってやってきた、会場行き第1便。立ち客もいるほどで満員である。

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寺島交差点を右折し、すぐに左折しなければならないので左車線へ入る。D社のボンネットバスの存在は噂には聞いていたが、実物が走っているところを見るのは今回初めてである。

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糸魚川さかな祭り会場に停車中の、ボンネットバス。冒頭で紹介したD社の青海鉱山(石灰石鉱山)へ従業員を輸送するために使用されていたものである。日本全国にボンネットバスの動態保存車は何台もあるが、そのほとんどはバス会社や旅館が旅客輸送用に残しているものである。しかしこのバスは、社用(自家用)の一般人が乗車できないバスであるという点で、特筆に値する。

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1往復目の復路便に乗車し、駅へと戻る。窓越しに美しい日本海を見ることができた。往路便は満員で車内の写真は撮れないが、1往復目の復路ならば祭り開催時刻より前であり、これに乗って駅に戻る人は居ないので、写真を撮るにはうってつけなのである。実は最初からそれを狙い、駅まで行かずに会場に先回りしたのであった。

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網棚が文字通り「網」でレトロ感漂う。扇風機は後付けだが、風が気持ち良い。

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運転台はいたってシンプル。

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駅に着くと、駅前ロータリーを一周した後、バックして屋外展示中のキハ52の横に静かに滑り込んだ。

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この日の天気は曇り、昼前から雨予報であったので、こうしてカラッと晴れた時間は僅かであった。昨年まで、さかな祭り会場へのバスは反対側の日本海口発着であったが、今年はキハ52の屋外展示日と重なるためなのか、アルプス口発着に変更されたために実現した、キハ52 156とボンネットバスの並び。令和の時代に入ってからの昭和レトロ感。

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近づいてバス単体でも撮ってみる。いすゞ製TSD40という型式のようで、4輪駆動、ボディは北村製作所製である。2009年頃にリニューアル改造されたようで、その際に排ガス規制対応のためシャーシ(エンジン含む)をトラックのものに換装しているという話題がネット上に見つかったが、詳細は不明。

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バスの迫力を強調したいので、広角寄りでも1枚。

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曇った隙に反対側からも。

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ボディ側面の標記類。「デンカ」と「青海鉱山」で書体が異なるのも興味深い。「自家用」標記の左には北村製作所の銘板。

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正面から。

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デンカ原石

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乗車が終了し、乗降扉が閉まった。いよいよ2往復目の発車である。

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さてここからは、沿道での撮影を試みる。

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駅近くの並木道にて。車列の先頭にいるのが良い。

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お気に入りの緑バックでまずは1枚。

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3往復目はいよいよ混雑してくる。乗車前に記念撮影する方も多数。

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「JR 糸魚川駅」の看板をバックに。

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3往復目の復路。もちろん、北陸新幹線との交差を期待してこの場所に来たのだが、本数が非常に少ないので、そう簡単にはいかない。

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4往復目は、旧市街の木造アーケードから古めかしい家屋をバックに。旧市街では、2016年12月22日に発生した糸魚川市大規模火災により焼失してしまった家屋も少なくない。なんとか昔の景色を再現できる場所は無いかと歩いて捜して、雰囲気の良いところにたどり着いた。

バスはまだあと2往復走るが、この日はしなの鉄道北しなの線を終日115系コカコーラ電車が走行していたので、これにて撤収。不定期でいいので、糸魚川駅前から大沢までこのバスが走ってくれればなぁ。御幸橋で原石線と並走したら面白いと思う。

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大火で焼失してしまった酒蔵「加賀の井」。再建後はこのようになっている。

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2012年4月15日にほぼ同じ場所で撮影したのが、こちら。加賀の井の純米吟醸は、ぜひまた飲んでみたいお酒である。

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2018年1月30日 (火)

■台湾鉄路管理局■タロコ号ハローキティ塗装

 2016年のゴールデンウィーク、台湾東部の専用線巡りにご同行いただいたブログ読者のタムタキさんと蘇澳新(Su'aoxin)駅で別れた後、東澳(Dong'ao)駅の幸福セメント専用線のスイッチャーの入換を撮影していると、珍しい塗装のタロコ号がやってきました。

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日立製作所製の885系ライクな振り子式車両に、可愛らしいラッピング。

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EVA航空の広告塗装みたいですが、

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車両毎にデザインが異なっておりかなりの懲りよう。

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日本でもJR九州あたりにやってほしいところです。

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妻面は元塗装のままのようですね。

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内装はどんなふうになっているのがとても興味がわきますね。

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タロコ号は通常は通過するはずのここ東澳駅に停車しました。時刻表と照らし合わせてみると、東澳14:20着発の北廻線順行は莒光号ですので、莒光号の編成差し替えのようですね。

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良いものが見られました。

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2017年12月12日 (火)

◆車両メーカーM社の試験センター◆MIHARA-Liner

 某所にある重工メーカーM社は、完成車両の試運転や各種試験を行うための試験線を擁しています。全長3.2kmのこの試験線は海とグリーンベルトに囲まれており、外部から容易に近づくことができませんが、近隣の山に少し上ると、俯瞰することができます。車両の試運転や試験の実施は平日が中心になると思われ、また毎日とも限らないため、わざわざ遠方から撮影のために訪問しても空振りするリスクがあり、気が進みませんでした。しかしとある土曜日に某団体の見学会が計画されていることを知り、それならば見学者を乗せて100%走るだろうということで、某展望台を訪ねることにしました。

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その日は朝から快晴でした。これが瀬戸内海の埋め立て地に増設されたM社のW工場です。ちょうど東側半分を見ています。工場内には、ここで製造された路面電車や新交通システム用車両の試運転を実施するための試験線あります。試験線には、鉄軌道の鉄輪試験線、高速新交通システム(高速AGT)試験線、センターガイドAGT試験線、磁気浮上試験線の4種類があります。敷地の外周に沿って設けられた小判型のエンドレス軌道が、鉄輪試験線です。

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鉄輪試験線には、試験車両牽引用兼車載コンポーネント試験用、見学者乗車用として、MIHARA-Linerという2両編成の電車が用意されています。MIHARA-Linerは2015年に兵庫県の能勢電鉄から譲り受けた1500系電車(1504形+1554形)で、元阪急電鉄2100系です。1504形はGENKI君1号、1554形はGENKI君2号と命名されています。由来は「元気」に走り回るのゲンキ以外に、原器(メートル原器やキログラム原器)のゲンキのほか、ジェネラル・インキュベーターの略でもあるそうです。最後のは英語だとGENKIにはなりませんが(苦笑) この日は、鉄道総研が保有する元JRサハ204-105を連結して走行していました。よく見ると、鉄輪試験線は3線軌条になっており、MIHARA-Linerは軌間1,435mmの標準軌の線路上を走行していますが、被牽引車のサハ204は1,067mmの線路上を走行しています。この場合、連結器の中心位置が合いませんが、撮影した写真をズームすると、GENKI君2号の連結器を改造して中心位置をずらしてあることがわかりました。興味深いです。

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鉄輪試験線の全長は3.2km(うち直線部1,050m)、最少曲線半径は120m、最大勾配は50‰です。レールは本線部分が欧州規格のEN54E1、分岐線部分(本線及び分引込線)がJIS50Nです。また3線軌条の3本のレールとは別に、PC枕木上にレール緊締具を設けてあり、レールを敷設すれば軌間1,000mmにも対応可能になっています(さすがにインドのブロードゲージは無理でしょうけど)。また架線電圧は直流1,500V/750V/600Vの3電源に対応済みですが、架線柱の碍子は高圧にも対応しているので、受電設備さえ持ち込めば交流2.5kVでの試験も可能なようです。保安装置は無く、試験線利用者が必要に応じて持ち込み設置するようです。

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こちらは磁気浮上試験線(HSST)です。3両編成が留置されていましたが、動く様子はありませんでした。

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こちらはオフレールの新交通システム用車両。出荷前でしょうか。写真をズームすると「Macao」とペイントされていたので、マカオ向けと思われます。

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こちらが本線から分岐する引き込み線部分。この急曲線は路面電車の試験用でしょうね。

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実際に引込線の先には広島電鉄向けと思われる車両が留置されていました。敷地の真ん中に、ポツンと路面電車が置かれていますね。

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まずは広電から。車体は綺麗ですがパンタグラフが付いていないように見えます。まだ試験の最中でしょうか。

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線路から外れて置かれていたのは、元広島電鉄の555号でした。パンタグラフを上げた状態で保管していますが、何かの試験に使用した後、そのまま用途不要となったのでしょうか。

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少し場所を変えると、西側半分も見えました。2017年現在、鉄道総研のサハ204は「脱線しにくい台車」の研究・開発に使用されているようです。これは、2000年3月8日に営団地下鉄日比谷線中目黒駅付近で発生した、乗り上がり脱線事故を、今後防止するための取り組みです。

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鉄輪試験線の途中には3か所ほど簡易的なホームのようなものが設けらた場所があります。昼休みなのか、MIHARA-Linerは試験走行を一時中断しました。しばらくすると中から関係者がぞろぞろと出てきました。面白いのは、MIHARA-Linerは通常の運転台からのドア操作により自動ドアを開閉しますが、阪急とJRではドアの制御方式が異なるので、サハ204はドアコック操作でドアの開閉をしていました。

滞在1時間ほどで興味深いものが見られ満足です。帰り際に気付きましたが、このW工場は社有地内に船積可能な岸壁を持っているので、船から陸揚げした車両を工場内に搬入する際に公道の通行許可を取らずに済むのもメリットなのかなと思いました。また違う車両が試運転を行う際は、ぜひ再訪してみたい場所であります。

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2017年12月 4日 (月)

■情報収集■鉄道技術展2017

 2017年11月29日(木)~12月1日(金)までの三日間、第5回鉄道技術展が幕張メッセにて開催されました。車輌メーカーのみならず、部品メーカーや商社など鉄道関連企業各社が参加し、情報交換や交流の場としておおいに活用されていました。

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この鉄道技術展、私の所属する鉄道クラブの仲間が8年前に訪問していて興味はあったのですが、平日開催なのでなかなか行くことができませんでした。今年は夏頃からこの日をターゲットに有給休暇を取り参加できました。事前登録すれば参加費も無料になりますしね。会場の幕張メッセへ行くのは、高校生の頃に部活の千葉県大会で行って以来なので、建物が見えるまでは少し緊張しました(笑) なお参加企業に気になる会社が数社、名を連ねており、最初からコミュニケーションを取るのが目的だったので、もちろんスーツ・ネクタイ着用です(笑)

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エントランスから会場を俯瞰。ここからエスカレーターを降りると、会場に入る手前に撮影禁止の立て看板がありましたので、残念ながら写真はありません。

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ですが、一部の会社については、いただいた資料に掲載された情報をブログで宣伝してもOKとの許諾が取れましたので、いくつかの記事に反映しました。新情報もありますので、興味のある方はご覧ください。

開催は二年に一度、次回は2019年の予定です。その頃には、今回初めて本格的に紹介された各社の鉄道無人運転技術も、もう少し進歩しているのでしょうか。

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2017年11月18日 (土)

1986年末の国鉄鹿児島運転所

 小学生時代の1986年末から翌年始にかけて帰省した際の写真から。この時は墓参りの帰路で、いつも素通りしている鹿児島運転所の写真を撮りたいとお願いして、なんとか同行する祖父母の許可が下りた日です。祖父母はどちらも現役時代は教職に就いていましたが、古い人なので鉄道趣味は道楽という考えが根強く、また文系人間でしたので、鉄道を技術的な視点で見れば勉強になる点もあるという考えはまるでありませんでした(苦笑) この時も、鉄道に理解を示したわけではなく、お墓の掃除をしっかりやったのでそのご褒美として立ち寄りが許された次第です。

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■鹿児島運転所に留置中の車両群。    1986年12月30日

国鉄末期の多客期には、関西から鹿児島へ多くの臨時列車が運転されており、日中の鹿児島運転所には鹿児島ではあまり見慣れない車両がよく並んでいて楽しかったものです。

この日は、写真中央に見える通りサロンカーなにわの編成が留置されていました。なにわ編成は、夜行急行「サロンカー屋久島」として、新大阪-西鹿児島(現 鹿児島中央)間でよく運転されていました。その右手にいるディーゼル機関車は、DD16形57号機です。DD16形は当時21、54~65号機の計13両(休車を含む)が鹿児島機関区に配置されており、鹿児島機関区はDD16形の一機関区配置両数としては日本最多を誇っていました。この時はもう南九州の非電化路線の貨物輸送は全廃されていましたので、このように運転所内の入換やマヤ検測がDD16形の主な任務でした。

サロンカーなにわ編成の左には、波動用の14系座席車が見えます。当時鹿児島運転所に14系座席車の配置は無かったので、これも関西から来た西鹿児島行の臨時夜行列車に充当されたものと思われます。その左には24系25形客車(寝台特急はやぶさか寝台特急なはの基本編成)がおり、更に左には20系客車が見えます。20系はテールマークの絵柄から、新大阪-西鹿児島間で運転されていた臨時寝台特急明星と判断できますね。

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鹿児島運転所の南側にある留置線は、西側を公道が並走するので、車両を側面からじっくり眺められる良い場所でした(2016年現在はJR九州の社用駐車場と化しています)。上はキハ52 49で、主に肥薩線(日豊本線直通運用含む)で使用されていたと記憶しております。国鉄末期の指宿枕崎線はキハ58系かキハ40系がほとんどで、キハ52は見たことがありませんので。

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こちらはキハ52 49の右手に留置されていたキハ28 3015、らくだ号です。国鉄の気動車ジョイフルトレイン第1号は鹿児島運転所の初代らくだ号(キハ58 140、190/キハ28 2420、2436)で、水色のストライプが入りパノラミックウィンドウとスカートを装備したこれは2代目です。なぜ「らくだ」なのかというと、当時国鉄のトクトクきっぷのイメージキャラクターが「らくだ」だったためです。なお初代と2代目は、一時期共存・共用されていましたので、初代が2代目で置き換えられたわけではなく、増備車です。初代のうち2両は、国鉄時代のうちにお座敷車両「ゆ~とぴあ」に改造されて消滅しました。

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これは年明けに再訪し、唯一、職員の方にお願いして敷地内から撮らせてもらった写真です。左は門司港-西鹿児島間を鹿児島本線経由で運転していた急行かいもんのオハネフ25、右は新大阪-西鹿児島間で運転していた臨時寝台特急明星のナハネフ22です。かいもんは、オハネフ25+オハネ25と12系客車を混結した編成で、日豊本線経由で同区間を連絡していた急行日南とともに興味深い編成でした。24系客車の電源は、24系の電源車(カニ24やカヤ24など)から供給されるのが普通ですが、スハフ12で発電したサービス電源(三相交流440V)を24系客車に供給する一風変わった電源方式に衝撃を覚えたものです。私が客車の車両の仕組みに興味を持つきっかけになった列車ですね。いっぽうの明星は、最後尾が切妻型のナハネフ23になることがままあり、ナハネフ22の絵入り明星テールマークは貴重であったと記憶しています。この当時20系客車は、既に定期の寝台特急からは撤退していましたが、臨時ならばまだまだ現役でした。でもあっという間に無くなってしまいましたね。

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2017年11月 5日 (日)

■隅田川駅公開2017■シキ180展示

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■DE10 1576+シキ180+ヨ8629    2017年10月29日、隅田川貨物駅

 2017年の隅田川貨物駅公開時の展示車両は、交番検査のために隅田川機関区の貨車検修施設に入場中のシキ180でした。車両そのものはあまり変わり映えしませんが、展示車両の数メートル手前に規制線を設けてカメラマンの接近を阻んでいたのは良かったです。こういうのは一人でも車両に近づく人間がいると台無しになりますので。

当日は雨が酷かったので早々に切り上げて13時前には帰宅しました。会場では、北海道から貨物列車で運ばれてきたJAきたみらいの農産物が今年も一袋¥100-で販売されていたので、お土産に購入しました。内訳は玉ねぎ(大2個)とジャガイモ(中4個)。雨で身体が冷えたので、この日の晩御飯はこれに人参と椎茸、鳥もも肉を足してクリームシチューにしました。

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2017年9月17日 (日)

◆西鹿児島駅前◆スパゲティレストラン ヴェスビオ

 国鉄末期の頃、余剰となった車両(おもに食堂車)を改造した飲食店が各地にオープンしました。我が生まれ故郷鹿児島の玄関駅 西鹿児島駅前にオープンしたのが、レストラン「ヴェスビオ」でした。

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■レストランヴェスビオ。種車はサシ481-26。  1987年1月2日、西鹿児島駅前

ヴェスビオとは、鹿児島市と姉妹都市の盟約を結んでいるイタリアのナポリ市近傍にある火山の名前です。鹿児島市内から見た桜島の景色が、ナポリ市内から見たヴェスヴィオ山の景色に似ており、鹿児島市が「東洋のナポリ」と呼ばれていたことに由来します。

撮影日が 87 1 2 とあるので恐らく年末年始に親の実家に帰省した際に撮影したものと思われます。今風に「イタリアンレストラン」、「パスタ専門店」といえば聞こえは良いですが、メニューには(当時の物価からすると)割高なスパゲティ(¥1,200~)とソフトドリンク(¥450~)しかなく、味の方もレトルト食品のような画一的な味で、食べられなくはないけどお世辞にも美味しいとは言えないものでした。客層は鉄道マニアはあまりおらず、家族連れやカップルなど普通のレストランと変わりませんでした。鉄道好きということもあり、懲りもせず何度か利用しましたが、いつも店員が無愛想だったのが印象に残っています。

でもそれほど落胆はしませんでした。なぜって、東京と鹿児島を往復するのに利用していたブルートレインの食堂車が、まさにそんな雰囲気だったからです(笑) この1987年当時、東京発の九州ブルトレにはほぼどの列車にも食堂車が連結されていました。料理は、卵料理など一部を除き、食堂車で一から調理することはほとんどなく、味付けも含めて半分出来上がったモノを駅で積み込んで、火を通したり温めて出すだけが一般的(…そういう意味では、ヴェスビオは国鉄の飲食ビジネスモデルを、元食堂車という空間を使ってそのまま横展開したものと言えそうです)。ですので、味の良し悪しはコックの腕ではなく、食材の出来栄えで決まることになります。食材の担当会社は、帝国ホテル列車食堂と日本食堂の2社あり、どちらが担当するかは乗ってみるまで分からないので、いつも楽しみでありました。この2社、メニュー構成はほぼ同じなのですが、味はやはり帝国の方が美味しかったですね。なにせ天下の帝国ホテル、国鉄子会社の日食と比較するのが失礼というものでしょう。ただ食堂車車内で給仕するのは国鉄が手配した職員のオネーチャンなので、無愛想なのは変わりませんでしたが(たまーに美人がいたのがせめてもの救い)。

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2017年9月 9日 (土)

◆東邦号◆小名浜・安中精錬所の定修明け

 当方のTwitterアカウントでも期間を発信しておりました、非鉄金属メーカーT社の定期修理が終わり、小名浜発安中行き貨物列車の運行が再開しました。小名浜精錬所は9月4日に、安中精錬所は9月7日に終了しておりますが、安中行の貨物列車は9月5日から運転を再開しています。

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午前中に所用を済ませ、少し時間があったので、近所に戻ってきました。牽引機はEH500形2次形の4号機で、亜鉛焼鉱積載のタンク車×12両、亜鉛精鉱積載の無蓋車×6両の計18両を連ねていました。好みですが機関車も貨車も少し汚れている方が貨物列車らしいですね。

この場所は季節によって日差しの向きが左右逆になるので、どちらからも撮れる態勢でいつも臨んでいます。反対側から撮るとこのようになります。リンク先は今年3月の定期修理明けに撮影した写真ですが、偶然にも同じ4号機でした(笑)

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2017年8月20日 (日)

★JR東日本テクノロジー★青森改造センターを俯瞰

 2017年4月1日付で、JR東日本青森車両センター本所の跡地に、JR東日本テクノロジー青森改造センターが発足しました。青森車両センターには、かつて東北本線や奥羽本線を走行する特急列車や寝台列車用の車両が配置されていましたが、北海道新幹線開業に伴う列車廃止により車両の配置が無くなり、2016年3月26日をもって盛岡車両センター青森派出所となっていました。

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青森派出所となって以降は、上の通り、用途不要となった車両の留置以外に目立った活用はされていませんでしたが、4月以降、車両検修設備(画面左端)が青森改造センターとして活用されるようになりました。青森改造センターでは、主に首都圏で使用されていた車両の更新工事や転用改造工事を担当することになっています。役割的には、これまで長野総合車両センターや秋田総合車両センターで実施されていた工事の一部を分担する形ですね。

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青森派出所に留置された車両群。

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ロータリー除雪車DD14形310号機の姿も見えます。

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一本北側の陸橋へ行ってみると、DE10形ディーゼル機関車も4両留置されていました。かつて青森車両センターと青森駅の間で客車の回送に使用されていたものでしょう。

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青森駅方向を臨みます。一番右側が青森改造センターに至る線路ですが、ご覧の通り架線が張られておらず非電化ですので、車両の入出場の際はディーゼル機関車等による車両入換が必要になります。東奥日報によると、今年度は36両の車両を改造するとのことですので、ひと月あたりおよそ6両が入場または出場することになります。入換頻度が低いため、現在では盛岡車両センターのDE10が都度やってきて入換を実施しているものと思われますが、車両回送に伴う油代や人件費、そして1~2両の入換のためにDE10を使用する際の燃費の悪さ(あくまでも入換動車と比べての話)を考えると、大宮総合車両センターがそうであったように、当センター専用の車両入換機の配置が望まれます。車両入換機には、いわゆるスイッチャーと呼ばれる入換動車またはアント車両移動機があり、車両入換だけであればアント車両移動機でも可能ですが、東北や北海道の車両工場は冬期に構内の除雪作業が必要なため、屋外の車両入換にはアントではなくDE10・DE15や入換動車を使用していることが多いです。この青森改造センターについても、入換動車の配置が適切かと思われます。

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青森改造センター方向を望む。真新しい線路の上に、総武線で使用されていたE231系電車の中間車2両が留置されていました。改造済みの車両でしょうか。線路の枕木が片側だけ長めになっていますが、もしかしたら将来的に奥羽本線向けの標準軌の車両改造を担当する際に外側にレールを新設して3線軌条にできるようにしているのかもしれません。

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この日はお盆休みの最終日で、八戸臨海鉄道DD16形303号機が牽引する貨物列車を3往復撮影したあと午後から青森へ移動して15時に訪問しましたが、入換作業はありませんでした。そのうちそんなシーンを見てみたいものですね。

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2017年5月22日 (月)

岡部~本庄を彩る夕方の貨物列車と臨時列車

 今日は、土曜からの不調が悪化し病院へ。症状は、鼻水・咳・腹痛に発熱とフルコンプ?しそうな状態です。処方してもらった薬で午後は少し落ち着いてきました。帰りしな、高崎車両センター所属のEF65形501号機がレール輸送用臨時工事列車の牽引に充当されている様子だったので、久々に岡部~本庄間に立ち寄りました。

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■EH200-5牽引の新座貨物ターミナル発新潟貨物ターミナル行6087列車

 15時過ぎに到着して最初に来たのは、6087列車。紙輸送列車(返空)らしく12ftのJRコンテナで揃った綺麗な編成です。この列車のルーツは、2010年10月に廃止された隅田川発焼島行のワム80000形から成る紙輸送列車(返空)の6789列車です。6789列車は、ワム80000形運用離脱による全車コンテナ化完了をうけ、半年後の2011年3月ダイヤ改正で高速貨物(95km/h)列車化され、2085列車となりました。その後、2015年3月のダイヤ改正では、発駅が隅田川→新座タ、着駅が焼島→新潟タにそれぞれ変更され、2087列車に変更。そして今年2017年3月のダイヤ改正で、定期列車から曜日指定列車に格下げされ、この6087列車になっています。

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■EF65 501がチキ5200形4両を牽引し、高崎(操)へと向かう。

続いてやってきたのは高崎(操)工臨。渋川行のレールを運んでいました。チキ5200形4両編成の高崎(操)工臨は、ちょうど4年前の同じ時期にEF65 1118牽引のを撮影しています(→こちら)。運行される時期が決まっているのでしょうかね。

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■211系3000番代4両編成の回送列車

次は安中行貨物列車かと思いきや、直前にこんな列車が。大宮総合車両センターで検査を終え、高崎車両センターへと自力回送する211系4両編成です。この時刻には、かつて485系宴や183系の団臨がやってきたこともあります。どうやら回送や臨時列車に使われるスジのようですね。

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■EH500-33がトキ25000形6両+タキ1200形1両を牽引

すぐ後を追いかけるように、小名浜発安中行鉱石輸送列車の5097列車が通過。非鉄金属メーカーT社小名浜精錬所は、今年は5月15日~6月5日まで定期修理に入っており、現在、亜鉛焼鉱の生産が停止しています。このため、亜鉛焼鉱輸送用のタキが編成から外れ、トキのみの短い編成になっています。最後尾のタキは検査回送車で、安中で折り返し熊谷タで切り離されます。その後は配6794列車に継送されて川崎貨物(JR貨物川崎車両所)へと向かいます。(→詳細はこちら

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■EF210-152牽引の倉賀野行石油貨物列車

安中行を撮り終えて撤収しようと思いつつ、まだ残っている方がいらしたので訊いてみると、倉賀野行石油貨物列車がすぐに来ると。7分ほど待つと、5883列車が来ました。前方がオイルターミナル所属車、後方が日本石油輸送所属車の混成編成は興味深いです。

わずか1時間あまりで色々な列車がやってきて、少し辛い症状も和らいだ気がします。今日は早く寝て体調を整えようと思います。

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