カテゴリー「▼B.日立のスイッチャー」の56件の記事

2018年6月11日 (月)

★C社四日市製油所のスイッチャー★里帰りしたNo.9

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■製油所内の側線に佇むNo.9  2017年11月

2013年3月をもって廃止された、紀勢本線鵜殿駅連絡の紀州製紙(現 北越紀州製紙)専用側線の入換用スイッチャーNo.9。2018年5月現在、かつての配置先である四日市の石油元売メーカーC社四日市製油所に留置されています。

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動く様子はいまのところありませんが、色を塗り替えているので、使うつもりはあるのかもしれません。この機関車、上写真の2-4位側キャブ側面にある銘板には1975年製造、製造番号2061201の陰刻があるのですが、逆側1-3位側の銘板は1974年製造、製造番号13273になっているという、曰くつきのスイッチャーです。

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■紀州製紙専用側線で入換中のNo.9   2007年12月

鵜殿の紀州製紙専用側線では、日に何度か入換があったので様々な角度から撮ることができました。

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1-3位側のボンネット先端台枠下には、スパークアレスタ(火の粉除去装置)が設置され、その直上に煙突が伸びています。紀州製紙紀州工場は紙を製造する工場ですので引火性のある気体や液体を扱う拠点ではありませんが、新製配置先が日通(C社四日市製油所向け)であるため、スパークアレスタ付きで竣工したものと思われます。

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このように、1-3位側の銘板は同じC社四日市製油所No.8の銘板を付けています。

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No.8もNo.9も防爆仕様で、かつエンジンはカミンズ社製NH-220BI(212ps/2,100rpm)、ボンネット妻面が平面タイプという点も共通です。No.9でありながら同型機のNo.8の銘板を付けているのには何か理由があるのかもしれません。余談ですが、エンジンの馬力が212psという中途半端な値になっているのは、製造元のカミンズ社が米国のメーカーで、馬力を英馬力(HP)を基準に設定しているためです。210HP(英馬力)≒212PS(仏馬力)というわけです。

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端梁を見ると、キャブ側妻面のみBP管だけでなくMR管の引き通しもあるので、重連総括制御が可能であったと思われます。

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再起する日を待ち望んでいます。

■No.8とNo.9の動静について

岩堀春夫著「鉄道番外録」シリーズや、沖田祐作著「機関車表 フルコンプリート版」によると、本記事で紹介しているスイッチャーNo.9は安中の東邦亜鉛専用側線で使用されていたように書かれていますがこれは誤りで、安中に転出していたのはNo.8の方です。No.8とNo.9は同型機ではありますが、速星や安中に転出していたNo.8はラジエーターカバーの形状がNo.9とは異なっており、またNo.9は端梁の解放テコの長さが左右非対称である(2-4位側のみ長さが短い)ので、容易に識別ができます。No.9の1-3位側の銘板がいつからかNo.8のものになっているので混乱に拍車をかけていると思いますが、スイッチャーの識別には、銘板の製造番号や文献情報の前にまず実機の形態をきちんと観察することが肝要です。

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2018年4月 5日 (木)

【くろがね線を読み解く】第266回 ■小倉地区D506新塗装化&エンジン換装

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 Y製鐵所小倉地区の構内鉄道用ディーゼル機関車は、Y製鐵所標準塗装へ変更されつつある。2018年3月には、エンジン換装のうえ標準塗装化されているD506を見ることができた。ちょうど桜の時期に初めて訪問することができ、感無量である。

前位側ボンネット上に棺のような物が載っているのは戸畑地区のエンジン換装機(D612、D443)と同じである。本来の標準塗装であれば、オレンジ色がボンネット上部まで廻り込んでいるのだが、小倉地区の標準塗装(もどき)は、なぜかキャブの上半分だけオレンジで下はボンネット含めてクリーム色である。前回D301の記事でも言及したのだが、もう少しオレンジの面積を大きくした方が見栄えが良いのではないかと思う。

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こちらは2015年12月の姿。上写真とは逆の非公式側である。

D506は、住友金属小倉へ新製配置された機関車ではなく、かつて平成筑豊鉄道金田駅と三井鉱山セメント田川工場を連絡していた三井鉱山専用鉄道で使用されていたディーゼル機関車のNo.3とされている。2004年にセメントの発送が無くなったため、用途不要になり、小倉へ譲渡されたものと思われる。同専用鉄道には同じ日立製の丸屋根の機関車としてはNo.2もあり、自重も性能も同じなので、正体がどちらなのか迷うところである。もしNo.3ならば、竣工時のディテールは以下の通りである。

  • 製造者 : 日立製作所
  • 製造年月: 1969年9月
  • 製造番号: 13079
  • 自  重 : 50t
  • エンジン : 新潟DMF31SB(500ps/1500rpm)×1基
  • 液体変速機:新潟コンバータDB138

換装されたエンジンは、キャタピラー社製C15ACERTかコマツ製SA6DXXXあたりを積んでいるのではないかと思われるが、詳細は不明である。

小倉地区の高炉は2020年をもって火を落とすことがすでに決まっているが、エンジンを換装したということは、D506は高炉休止後も当面使い続けるのではないかと思われる。ただし活躍の場が小倉とは限らない。戸畑地区や八幡地区も軌間は同じ1,067mmであるため、転用の可能性も考えられる。もしあるとしても当分先だとは思うが。

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2018年3月22日 (木)

★常陸多賀★H社専用鉄道の大物車引き込み

 2017年7月31日、常陸多賀駅連絡の電機メーカーH社専用鉄道のスイッチャーが動くので訪問してきました。前回2012年9月3日には、変圧器を積載したシキ車の発送入換を撮影していますが、今回はとある理由から荷の無い空のシキ車の到着入換を見てみたかったのです。

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7月29日、宇都宮貨物ターミナルに留置してあったシキ800形801が川崎貨物へと回送されるため、新鶴見信へと向かいました。最後尾にヨ8000形8629が連結されていました。牽引機はEF65形2057号機でした。

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川崎貨物から常陸多賀までの回送は、7月30日~31日の2日がかりとなりました。常陸多賀の側線は常磐線の上り線にしか接続していないため、下り列車は直接入線することができません。そこで、更に北にある泉まで一旦送り込んでから、翌日に折り返して常陸多賀まで上ってきます。単純に折り返すだけなら、常陸多賀駅の一つ北の日立駅でも可能なのですが、日立折り返しとはならずその先の泉まで行きます。理由は、推測ですが日立駅にJR貨物の運転士が夜を明かすための設備が無いためと思われます。泉駅なら定期貨物列車の福島臨海鉄道への継送駅なので問題ないですね。信号設備上は日立駅でも折り返しはできるのですが、日立駅に機関車を貨車を置いたまま乗務員だけわざわざ旅客列車に便乗させて泉まで送り込むより、機関車+貨車ごと泉まで回送した方がスマートです。

回送1日目の川崎貨物-泉はEH500形61号機の牽引でした。2日目の泉-常陸多賀はDE10形の牽引となります。2日目にDE10に変わるのは、シキ車を入線させるための側線の一部が非電化だからです。

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7月31日、宿泊したホテルのレンタサイクルを借りて朝イチでH社専用鉄道の工場門へと向かいましたが、8:00の段階ではまだ動きはありませんでした。9:30頃にエンジンがかかり始め、9:45になると構内の線路上で機関車のみで試走を始めました。9:50になると門扉が開きました。

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日立35トンBBの試運転がしばらく続きます。駅に出てくる際は手前にシキ車が連結されているか、連結されていなくても入換作業員が便乗しているため、車両のみを綺麗に撮ることはできません。したがってこの試運転も貴重な機会となります。

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10:44頃になると、駅に向かってスイッチャーが出場してきました。

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スイッチャーの駅出場。前に3名、後ろに2名乗っています。前の一人はビデオカメラで前方を撮影しています。

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常陸多賀の駅名表示と絡めて後追い。この後自転車で神社へダッシュします。

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すると自転車の方が早いので追い越して先回りできました。この門扉の前で、シキ車が到着するのをしばらく待つのがいつものパターンです。

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JR常磐線の上り本線に到着したシキ車が、一旦上野寄りに引き上げた後、スイッチバックして側線へと戻ってきました。牽引機は新鶴見機関区のDE10 1622でした。

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そしてスイッチャーが門扉から外に出て駅構内へ入ります。実は、今回あえて空車引き込みを狙った最大の理由がこれなのです。シキ車の発送の際は、スイッチャーは駅構内には入らないのですが、空車受け取りの場合のみ、この位置まで出てくるのです。以前の記事でシキ車の発送時の入換を紹介しているので、比べてみてください。

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また自転車で元の場所へ戻り、牽引シーンを。

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急なS字カーブでカントが付いているので、かっこイイですね。

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低速なのでたくさん撮れます。

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スイッチャー+ヨ+シキの後追い。奥まで行くとすぐにスイッチバックして右手の庫に入るのかと思いきや、そのまま最北端まで進んだあとスイッチバックして工場の中の方へ行ってしまいました。右手の庫にシキ車が入るのは変圧器を積んで発送待ちのシキ車を留置するときだけのようです。たしかにすぐに積むならわざわざ庫に入れる必要がありませんね。

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8月4日に常陸多賀から発送された東北電力向け110t変圧器(貨物列車の着駅は古川)は、8月6日日曜日早朝に郡山貨物ターミナルに到着する予定でしたので、前夜に安積永盛に泊まり、翌朝にブログ相互リンク先「眠れないマクラギを数えて」のUTXCさんと一緒に沿線撮り。本来は前日5日にも首都圏で走行を撮れたのですが、その日は新日鐵住金君津製鉄所の見学日でしたのでそちらを優先しました。君津から安積永盛までは青春18きっぷを用いて移動コストを削減できたのは良かったです。UTXC様、安積永盛駅までクルマで送っていただきありがとうございました。

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2018年1月21日 (日)

【くろがね線を読み解く】第263回 ■小倉地区ニチユ25t機の送り込み回送

 2017年某月某日、小倉駅前と訪れると、興味深いものが見つかった。

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小倉地区で機関車整備を行っている工場の手前の留置線が見え、3両の機関車が留置されていた。すべて、車体の上から順にオレンジ、クリーム、青、黄色の4色で構成されたY製鐵所標準塗装に変更されている。左から順に、D108、D107、右端はナンバーが見えないがおそらく45t機のD503と思われる。

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Y製鐵所小倉地区のD107は以前正面からの写真を紹介しているが、今回は側面から見ることができた。色が変更された以外は、特に変わったところは見受けられない。

本機関車については、2017年12月に発売された岡本憲之編・著『ニチユ機関車図鑑』に写真と図面が掲載されている。大脇崇司氏の執筆担当範囲である内燃機関車編のP163によると、ニチユ(日本輸送機)からはD103~107、D201~203の計7両のほぼ同じスタイル・寸法の機関車が納入されたとのことである。2017年現在では、D103、106、107、201、202が現役稼働中で、D203が戸畑地区に転じている。D203は、私自身2014年の起業祭で工場見学バスの車窓から目撃しており、戸畑の機関車整備工場の西側の屋外に留置されていることを確認済みである。その時はクリーム色と紫色のツートンカラー(いわゆる住友金属物流標準塗装)であったが、2017年の起業祭の日は戸畑地区の製鋼工場付近に留置されており、車体色も上写真と同じY製鐵所標準塗装に変更されていた。以下に諸元を記す。

  • 名  称 : 25tディーゼル機関車
  • 形  式 : DL25-HC-1067
  • 自  重 : 25t
  • 全  長 : 7,000mm
  • 全  幅 : 2,580mm(手摺等突起物を含む、後付けの簡易運転台は含まず)
  • 全  高 : 3,370mm(標準装備の旋回灯を含む、後付けのアンテナは含まず)
  • 軌  間 : 1,067mm
  • 車輪経 : 860mm
  • エンジン: 新潟鐵工所DMH17C(竣工時。のちに新潟原動機DMF13Sに換装)
  • 液体変速機:新潟コンバーターDB115
  • 最終動力伝達方式:ロッド駆動
  • 制動装置: 単独空気ブレーキ、手ブレーキ

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別の日に見ると、機関車留置場所に姿が見えなかったが、しばらくすると右手奥からD307(汚れて茶色になった2軸ボギーの機関車)が、ニチユ製25t機とサイドポール付の長物車を牽引してきて、スイッチバックし、推進で岸壁の方へ向かっていくのが見えた。

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D307の運転士は、先頭の貨車の先頭に乗り、D307をリモコン制御している。ニチユ製25t機は、その屋根上突起物の配置からD107とは異なる車両であることが分かる。運転士は乗っていないため、重連ではなく無動力回送と思われる。

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岸壁から先は右手に進み、高炉や製鋼工場のある方へ向かっていった。前後の車輪を連結するロッドがかろうじて見える。いまどき2軸の機関車が溶銑輸送に使用されているとは思えないので、スラグ輸送に使用されていると思われる。回送の目的はよく分からない。

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左に連結されているD307の推進で、右手に進んでいった。この日は雨が降ったり止んだりで機関車がクリアに見えなかったが、この場所を通過してくれれば2軸機なら車両全体が障害物無しで足元まで見える。今後、天気が良く光線の強い日に再訪したいところである。

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2018年1月18日 (木)

★台湾製糖★橋頭糖廠の保存スイッチャー(日立編)

前回の続きです。2016年のゴールデンウィーク、台湾到着初日の午前中は高雄の保存車を見学し、美麗島の交差点近くにある中国料理屋で昼食後、午後はMRTに乗車して橋頭糖廠駅を目指しました。

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この日は日曜日で貨物列車の運行や専用線の入換は期待できませんので、保存車巡りに決めたわけです。

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駅前には、「戀戀五分車」というサトウキビ輸送用貨車を改造した車両が留置されていました。五分車の五分とは「五分五分」と同じ半分という意味で、何の半分かというと国際標準軌である1,435mmの半分、つまり軌間762mmのナローゲージのことですね。看板に「有機・樂活・美食・咖啡」とあるので喫茶店なのでしょうか。営業している雰囲気ではありませんが。

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5分ほど歩くと、台湾糖業博物館の正面入口に到着。これは台湾製糖有限公司の橋頭糖廠跡地にオープンした博物館で、廃業後の工場内を見学することができます。産業観光というやつです。

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入って左手に進むと、日本でも見慣れたデザインのスイッチャーが貨車を連結して佇んでいました。そう、台湾製糖には日立製作所が合計61両の産業用ディーゼル機関車を納入しており、そのうちの2両がこの博物館に静態保存されているのです。

●日立HR-16C液体式ディーゼル機関車

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まずはこちらの機関車。L型エンドキャブの3軸ロッド駆動で、カウンターウェイトが車輪の外側に付いています。連結器はピンリンク式です。軌間762mm用とはいえ車体がだいぶ大きく感じられます。日本国内にも、ナローゲージ時代の小坂鉄道や茨城県の日立鉱山専用鉄道、三重県の近鉄(現三岐鉄道)北勢線、岡山県の下津井電鉄、愛媛県の別子銅山専用鉄道など、軌間762mmながら車体の大きな鉄道がいくつかありましたが、それらを想起させます。ナンバープレートが残っていて849と読み取れました。

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後位側から。自重は16tですが、ナローゲージ鉄道としては比較的長距離を高速で運転するため、軸受は円錐コロ軸受を採用しています。運転台は横向きに配置されていますが、ハンドル・レバー類が左右両側に対称に配置されており、左右どちら側からでも運転できるようになっていました。

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公式側から。ラジエーターも自重16トンクラスの機関車としては大型です。

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渡辺台帳によると、日立から台湾製糖へ納入されたHR-16Cは、1967年に45両、1969年に9両が計上されています。1967年の45両は、製造番号だけでなくNo.801~845と車番まで記載されているのですが、1969年のものは車番未掲載となっています。そこで、物証を元に特定してみることにします。

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こちらがNo.849の銘板です。日立の海外向け産業用ディーゼル機関車の銘板は楕円形で、国内向けの長方形とは異なります。製造番号は「HITACHI」と製造年「1969」の間にある陰刻を読み取る必要があるのですが、この車両は保存状態が良く、13090とすんなり読めました。渡辺台帳によれば1969年に納入された9両は、製番13052~13054の3両と13090~13095の6両で、この車両No.849が13090ですから、後続がNo.850~854、前はNo.846~848と特定することができます。まとめると、HR-16Cのリストは以下の通りとなります。

ロット 製造年 製造両数 製造番号 車番
1967 40 12874~12913 801~840
1967 12928~12932 841~845
1969 13052~13054 846~848
1969 13090~13095 849~854

※ロット3については、実際に実車の銘板に刻印されているのは1968年との説がありますが、
 真偽のほどは定かではありません。物証が無いと俄かには信じがたいですね。

日立評論第50巻第3号82ページによると、HR-16Cの諸元は、以下の通りです。

  • 名  称 : 日立HR-16C形液体式ディーゼル機関車
  • 形  式 : 3軸ロッド駆動エンドキャブ形
  • 自  重 : 16t
  • 軌  間 : 762mm
  • 全  長 : 5,400mm
  • 全  幅 : 2,200mm
  • 全  高 : 3,300mm
  • 軸  距 : 2,100mm
  • 車輪経 :  770mm
  • 連結器高さ:485mm
  • 最大引張力:5,333kg
  • 最高速度: 33.5km/h
  • エンジン : DH-24L (220PS/1800rpm)
  • 液体変速機:CB115-1
  • 空気圧縮機:C-400
  • 制御装置: 機械、電磁空気式非重連
  • ブレーキ装置:空気式ブレーキおよび手ブレーキ
  • 連結器 : ピンリンク式

資料には記載されていませんが、エンジンDH-24Lはその型式から三菱製のエンジンと判断できます。車輪径こそ、軌間1,067mm向けのディーゼル機関車のそれ(860mmまたは910mm)より一回り小さいですが、動力系は自重25~30tクラスの機関車とほぼ同じ出力のエンジンにDF115系トルクコンバーターの組み合わせを採用し、最高速度30km/h以上を担保しています。

●日立HR-30C液体式ディーゼル機関車

次に、機関区のはずれにポツンと留置されていた軌間1,067mmの機関車も見学。

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台鉄と糖廠の貨車輸送に使用されていた、言わば台鉄に連絡する台湾製糖専用側線の機関車です。こちらも3軸ロッド駆動のL型機で、アウトサイドフレームです。やはり車体の大きさが目を惹きます。ラジエーターがさらに巨大化しているため、全長もより長く感じられますね。軸受も同じくコロ軸受です。

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ご覧の通り、連結器は台鉄で採用されている柴田式自動連結器で、貫通ブレーキ用のホースも装備しています。いよいよ専用線のスイッチャーらしい姿ですね。ちょっと残念なのは、周囲の植物が邪魔であまり綺麗な角度からは撮れないことでしょうか。

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こちらもNo.13のプレートが残されていました。渡辺台帳によると、日立から台湾糖業(旧台湾製糖)へ納入されたHR-30Cは、1969年に4両、1981年に3両が計上されています。

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こちらがNo.13の銘板です。この車両も製造番号13082と読めました。渡辺台帳によれば1969年に納入された4両は、製番13080~13083ですので、ロット1は特定できます。またロット2については、製造番号が製作指示番号+追番方式に改められた後の製造となるため、製作指示番号20751をベースにシーケンシャルナンバー2桁が後ろに付くことになります。まとめると、HR-30Cのリストは以下の通りとなります。

ロット 製造年 製造両数 製造番号 車番
1969 13080~13083 11~14
1981 2075101~2075103 15~17

※ロット2については、日本国内向けであれば屋根形状が丸屋根から台形屋根に
 設計変更された後の製造となりますが、現物の屋根形状がどうなっていたのか興味深いです。

日立評論VOL.52 NO.8 90ページによると、HR-30Cの諸元は、以下の通りです。

  • 名  称 : 日立HR-30C形液体式ディーゼル機関車
  • 形  式 : 後部運転室、ロッド駆動
  • 自  重 : 運転整備重量30t/空車28.5t
  • 軌  間 : 1,067mm
  • 全  長 : 7,500mm
  • 全  幅 : 2,600mm
  • 全  高 : 3,500mm
  • 軸  距 : 3,200mm
  • 車輪経 :  910mm
  • 最大引張力:9,000kg
  • 最高速度: 32.9km/h
  • エンジン : 三菱12DH20TL (515PS/1800rpm)
  • 液体変速機:NIIGATA-TWINDISC CBF138
  • 制御装置: 機械式(エンジン制御)、電磁空気式(逆転器・トルクコンバータ)
  • ブレーキ装置:27LA自動貫通ブレーキ、手ブレーキ
  • 連結器 : 柴田式自動連結器

車輪径は、日本国内向けの産業用ディーゼル機関車や国鉄・私鉄・臨海鉄道向け液体式ディーゼル機関車の標準である860mmより大きい910mmです。これは、旧型国電や0系新幹線と同じ値です。なぜ標準品を採用しなかったのか興味深いですね。エンジンはこれまた三菱製で、762mm向けのHR-16Cのものと部品レベルでの互換性があるとのこと。動力系に採用された、500PSクラスのエンジンとDB138系トルクコンバーターの組み合わせは、45~60トンクラスの大型産業用機関車と同じものです。この機関車は台鉄の駅と糖廠の間で貨車連絡に使用されていたものですので、牽引力重視の設計なのかもしれません。

ところで、液体変速機のメーカー名が新潟ではなく新潟-ツインディスクになっていますが、これは輸出品だからでしょうね。CBF138(DB138およびその後継品を含む)は、元々新潟鉄工所(→新潟コンバータ)が米国ツインディスク社からライセンス供与を受けて製造しているものです。日本国内ではNIIGATAで通りますが、第三国で販売する製品にはTWIN DISC社の名前を入れないといけないのでしょう。現在でも、日立ニコトランスミッション(旧新潟コンバータ)社製のDF115・DB138系の液体変速機の銘板には、「LICENSED BY TWIN DISC,INC.USA」の表記があります。

<つづく>

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2017年11月29日 (水)

【くろがね線を読み解く】第259回 ■小倉地区D306の系譜

 3年半前の記事で紹介した、Y製鐵所小倉地区のディーゼル機関車D306。岸壁の一番手前の線路に入線すると、およそ300mまで近づくが、たいていは資材などが置いてあってまともな形式写真を撮れないことが多い。しかし今年は偶然にも車両1両分の空間がぽっかり空いており、綺麗に撮ることができた。

D306

D306は1975年10月に日立製作所で製作された2軸ボギーの産業用ディーゼル機関車である。同じく住友金属小倉向けに納入されたD307、D308は、同じ製作指示番号20618に基づいて製作された同一ロットの姉妹機である。エンジンはキャブ前後のボンネット内に1基ずつ搭載されているが、液体変速機も各エンジン毎に1基ずつあり、国鉄DD11形ディーゼル機関車と同じ構成である。ただしエンジンの製造元は、国鉄・私鉄の機関車にありがちな振興造機や新潟鉄工所ではなく、米国カミンズ社製である。以下に諸元を記す。

  • 記号番号 : D306
  • 自   重 : 35t
  • エンジン  : NH-220BI(212ps/2100rpm) ×2基
  • 液体変速機: 新潟コンバーター DB100 ×2基
  • 製造年月 : 1975年10月
  • 製造者  : 日立製作所
  • 製造番号 : 2061801

 カミンズ社製エンジンを搭載した日立製のディーゼル機関車は1950年代の早い時期からほぼ毎年登場していたものの、そのほとんどは輸出用車両であった。日本国内向け機関車でカミンズ社製エンジンを搭載したのは、1972年に製作された25t機(日本通運、浪速通運、日立製作所日立工場向け各1両、製造番号はそれぞれ13206、13209、13210)と、35t機(宇部運送向け、製造番号13242)が最初で、いずれもD306と同じNH-220BIを搭載している(35t機は2基搭載)。翌1973年には同エンジン搭載の25t機(日通向け2両、製造番号13211、13273)が製作されているが、このうち後者はコスモ石油四日市製油所専用側線入換用のNo.8である。翌1974年には実績が無く、1975年になってから、25t機1両(日通四日市営業所向け、製造番号2061201)と、本記事で紹介した住友金属小倉向けD306~D308(製造番号2061801~2061803)が続く。日通四日市の製番2061201は、コスモ石油四日市製油所専用側線入換用のNo,9で、一時期紀州製紙専用側線(紀勢本線鵜殿駅連絡)の入換に使用されていたので、専用線マニアにもお馴染みであろう。

 悲運なのは、カミンズ社製エンジンNH-220BIが日立の国内向け機関車へ採用され始めた翌年の1973年に第一次オイルショックが発生したことである。以降国内経済・産業規模の縮小が急速に進んだ結果、産業用ディーゼル機関車の製造数は急激に落ち込んでしまった。また同時に、産業用機関車の売り込み先が専用線から製鉄所にシフトし、受注全体に占める大型機の割合が高まることになった。このため、DMH17系エンジンの代わりとなる小型機向けエンジンとして期待されたNH-220BIは、1976年以降ほとんど採用されることはなくなっている。

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2017年11月 9日 (木)

【くろがね線を読み解く】第256回 ■神戸製鉄所の機関車最後の力走(DL130)

 2017年10月31日をもって、鉄鋼メーカーK社神戸製鉄所の高炉の火が落ちた。日本国内からまた一つ、一貫製鉄所が姿を消したことになる。

Kobedl124

最終日直前の10月23日土曜日に、石屋川を訪れた。外から見えるのは、半製品を扱う工場の工程間輸送の区間に相当し、溶銑輸送や製鋼・連鋳間輸送とは直接関係ない運用ではあるが、ここも高炉・製鋼が無くなった後に同じように走り続ける保証は全くない。無くなる前に訪問しておくべきだろう。

この日は、8時頃から張り込んでいると10~15分おきに入換が見られた。最初は以前撮影したDL123で、そのあと上のDL124が来た。同一年に製造され形態は同じで、日立の1エンジン35tB-B機関車である。妻面に大きく数字が「4」とペイントされているのは加古川製鉄所の機関車に倣った様式で、ここ数年になってから付与されたものである。番号はDL12xの末尾xを表している。

Kobedl130

その後現れたのが、このDL130である。渡辺台帳と日立のサプライリストを両方参照しても、日立が神戸製鉄所に納入した機関車の最後はDL129で、DL130なる機関車は見つからない。もちろん、どちらの資料も1970年代後半以降あたりから製造実績に漏れが見つかっており完全なリストではないのだが、この1両だけ漏れているということがあるだろうか。可能性が高いのは、リストの方は正しく最後の機関車はDL129で、その続番で尼崎製鉄所の日立製機関車を尼崎廃止後に転入させたというのはどうだろうか。(→尼崎製鉄所D3521とD3522が屋根の断面形状も含めて同型であるが、屋根の庇の長さが異なるので、これら2両の流用説には疑義が残る……なお機関車表フルコンプリート版に掲載されているD3519流用説は、屋根断面形状が異なるため、論外である

この機関車と同一車体を持つ車両は、高砂製作所に納入されているDL5である。

Takasagodl5

高砂のDL5は上の通り組立溶接台枠の台車を履いているが、神戸製鉄所のDL130は足回りが見えないので台車は異なる可能性もある。

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2017年10月 7日 (土)

■塩浜行183列車■稲沢交番検査後回送

 昨年11月23日に四日市を訪れた際、久々に海山道駅ホームから183列車を見ることができました。

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記憶が正しければ、稲沢の愛知機関区で交番検査を受けて塩浜へ戻るタキ車回送用の送り込みスジであったと思いますが、この日は国鉄色のDD51形853号機がタキ43000形243731を1両連結した模型のような編成でした。

Shiohamaht25b20161123

塩浜駅連絡の石油元売メーカーS社の四日市製油所専用側線では、なぜか一昨年あたりから、日立製スイッチャーであるNo.10/11の稼働率が上がっているように思えますが、気のせいでしょうか。北陸重機工業製No.14/15の調子が悪いのでしょうか。

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2017年9月11日 (月)

【くろがね線を読み解く】第249回 ■小倉地区D302も新塗装化

 続々と塗装変更されて出場しているY製鉄所小倉地区の機関車。先日こちらのついでに訪れると、日立製作所製D302も新塗装で活躍していた。

Kokurad30202

岸壁で長物車の入換作業中のD302。拡大してみると…

Kokurad30201

先に新塗装で出場したD301と比べ、ゴンドラ(車端部の簡易運転台)の形状やキャブ側面の社名表記の有無が異なることが分かる。またキャブ前面の窓も埋められておらず、この機関車の原型を留めている。日立製の2エンジン機は、日本国内を探してももうあまり残っておらず(そもそも日立のスイッチャーを使用している専用線が数えるほどしかない)、貴重な機関車である。日立のサプライリストから諸元を引用しておく(製造番号のみ渡辺台帳を参照)。

  • 自  重   35t
  • 車軸配置  B-B
  • 機  関   新潟鐵工所 DMH17C(180ps/1500rpm) × 2基
  • 液体変速機 新潟コンバーター DB115 × 2基
  • 最高速度  32.7km/h
  • 製造年   1969年(昭和44年)10月
  • 製造者   日立製作所
  • 製造番号  13102

D302は、先述のD301(製番13101)と同時製造・納入の姉妹機である。エンジン・液体変速機共に国鉄DD11形ディーゼル機関車の流れをくみ、1エンジン・1変速機のペアを2セット搭載する。日立製のこのサイズの2エンジン機は、液体変速機に振興造機(神鋼造機)社製の乾式単板クラッチ・TC-2を採用している例もあるが、D302には新潟コンバーター社製の汎用品である湿式多板クラッチ・DB115が採用されている。

Db115
■液体変速機DB115 1984年3月新潟コンバーター社製、シリアル番号1156248
 (
関東鉄道水海道車両基地公開時に撮影)

TC-2と、DB115のルーツであるDF115は、いずれも1950~60年代に国鉄・私鉄のDMH17系エンジンを搭載する気動車や小型機関車に採用された液体変速機で、振興造機TC-2はスウェーデンのユングストレム社(AB Ljungströms Ångturbin、現在のSvenska Rotor Maskiner AB)から、いっぽうの新潟コンバーターDF115は米国ツインディスク社(Twin Disc, Inc.)から技術供与を受けて製作されたものである。当時の日本の技術では、エンジンの国産化はできても、液体変速機まで純国産というわけにはいかなかったのである。

●最高速度には要注意

 日立のサプライリストには、各機関車毎に最高速度が記載されているのだが、これが曲者である。以前、日立製の別の複数のディーゼル機関車について調べた際に、縁あって、かつてH社でディーゼル機関車の研究に従事されていたOBの方にお願いして、それぞれの最高速度を計算していただいたことがある。その結果、カタログ値とは異なる値を示す車両が複数見つかった。本記事には一先ずカタログスペックを掲載しているが、前述の計算者によると、日立のサプライリストに掲載されている最高速度は一部怪しい値が含まれているとのことなので、参考程度ととらえたい。

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2017年8月23日 (水)

★車両メーカーN社のスイッチャー★No.250230

 JR東海飯田線豊川駅に連絡する専用側線を有する、某車両メーカーN社。JR東海の100%子会社になって以降も、新幹線車両のみならず私鉄や地下鉄向けの新車を製作しているほか、小田急などの車両の改造工事も実施しています。

この車両メーカーの入換用機関車については7年前に紹介していますが、数年前から新しい機関車が加わりましたので、お盆休み初日に撮りに行きました。

Hjsg35bb01

新しいと言ってもセコハンですが、北陸重機工業製の35トンB-Bディーゼル機関車です。北陸重機製なのにボンネット先端のラジエーター通気口に日車の社紋を掲げているのは面白いですね。

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反対側の公式側からも。こちら側はキャブが台枠より外側にはみ出しているのが特徴です。運転士の着席する側はこのような構造になっていた方が視認性が高まります。車両を連結した方に向かって推進運転する場合、キャブを拡張しておかないと、進行方向が見にくいのです。

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後位側からも観察。記号番号は250230というよく分からない番号になっていました。この工場は場内撮影禁止です(その旨の看板も出ています)ので、工場設備や留置してある製作中の車両を撮影してはいけません。背後にそれらが写り込まないよう配慮しています。

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元々この車両は、東亜石油専用側線(JR鶴見線浜川崎駅連絡)の京浜精油所扇島工場付近において、着発線と荷役線の間の貨車入換に使用されていた、シムラのスイッチャーです。駅まで出てくることはなく工場内専用でしたので、撮影できる公道沿いまで頻繁に出てくるのは、石油貨車の編成の長くなる冬期だけという、撮影困難なスイッチャーでした(笑) 石油精製設備を対岸の水江工場に集約することに伴い、当工場および専用側線も2011年9月をもって廃止されました。その後、このスイッチャーは車両メーカーN社に譲渡され、豊川工場の入換用として使用されることになりました。車体・台枠・手摺・ステップ等各所色が塗り替えられていますが、大きく改造されている箇所はないと思います。新幹線車両や海外車両を入れ換える際は、軌間が異なる関係で連結器の中心がずれますので、2エンド側の連結器回りに若干手が加えられてます。まぁ特筆するほど大きな変化ではないですね。

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シムラ所属時代はこのように北陸重機工業の銘板が台枠に取り付けられていましたが、譲渡に伴い取り外されたようです。

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基本的に同型機は存在しません。製紙メーカーN社専用鉄道(JR石巻港駅連絡)のDD40A1が似ているという人がいますが、ラジエーター通気口に目を向けると、250230がボンネット妻面なのに対し、DD40A1は側面でファンがボンネット天井を向いていますので、まったくの別物です。前述のキャブの拡張についても、DD40A1には見受けられず、キャブは台枠の幅に収まっています。よく見れば全長も違いそうですね。しいて共通点を挙げれば台車で、2軸ボギー台車のブレーキシリンダーが車体外側にしか付いていない(台車1台につきシリンダー左右各1基で4輪のブレーキシューを制御する)構造でしょうか。なおこの機関車には北陸重機工業の銘板以外に、ベンダーとして仕入販売を担当したモリヤ産業の銘板もついています。保線車両でよく見かけるパターンですね。

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さて話を東亜石油専用側線に戻しますと、この工場で活躍していたもう1両のスイッチャーも忘れるわけにはいかないでしょう。シムラNo.1です。2009年12月28日に訪問したところ、ボンネット先端に正月飾りを取り付けていました。この飾りは、毎年クリスマスが終わった数日後に取り付けられ、正月明け1月上旬の間には取り外されていましたので、なかなかにレアな姿でした。いくら石油輸送が冬期に活発とはいえ、貨車の発送・到着がある最終出荷日は12月28日か29日、正月は4日にならないとスイッチャーは動きませんでしたので、正月飾り付で動くのはトータル7~8日間のみ。何年か毎年通ってやっと撮れた一枚なのでした(笑)

この車両、もとは第一セメント川崎工場(浜川崎駅連絡)からの譲渡車で、新製当所はロッド駆動でしたが台車交換により歯車駆動になった曰くつきのスイッチャーです。2軸ボギーの液体式ディーゼル機関車や気動車は、基本的に台車内側(車体中央寄り)の車輪にしか動力を伝達していないので、その動力を外側の車輪に伝達する方法がロッド棒なのか歯車なのかは台車の造りに依存します。だから交換できるわけですね。もちろん気動車の場合は「外側の車輪には動力は伝達しない」という選択肢もポピュラーで、キハ58系や最近のレールバスでも内側車輪だけ動輪なのが一般的です。

Htcg35bb_02shimura

1960年日立製作所製の35トンB-B機で、製造番号は12524。渡辺台帳によると、エンジンは振興造機DMH-17C(180ps/1500rpm)×2基、液体変速機は振興造機TC-2×2基です。液体変速機が2基あるということは、2台のエンジンから1基の変速機に動力を伝達する国鉄DD13形ディーゼル機関車とは異なり、各々のエンジンから独立した2基の変速機を介して、前後の台車にそれぞれ動力が伝わるということですね。キハ58のような2エンジンの気動車と同じ構造であるわけです。

De112004_hama_2

最後に、浜川崎駅と東亜石油専用側線の間で貨車をやり取りしていたJR側のディーゼル機関車を紹介します。この日はDE11形2000番台2004号機が使用されていました。この車両は現在も現役ですが、塗色がJR貨物更新色に変わっていますので、この写真もこれはこれで良い記録になったというものです。

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