カテゴリー「 B.日立のスイッチャー」の51件の記事

2017年11月29日 (水)

【くろがね線を読み解く】第259回 ■小倉地区D306の系譜

 3年半前の記事で紹介した、Y製鐵所小倉地区のディーゼル機関車D306。岸壁の一番手前の線路に入線すると、およそ300mまで近づくが、たいていは資材などが置いてあってまともな形式写真を撮れないことが多い。しかし今年は偶然にも車両1両分の空間がぽっかり空いており、綺麗に撮ることができた。

D306

D306は1975年10月に日立製作所で製作された2軸ボギーの産業用ディーゼル機関車である。同じく住友金属小倉向けに納入されたD307、D308は、同じ製作指示番号20618に基づいて製作された同一ロットの姉妹機である。エンジンはキャブ前後のボンネット内に1基ずつ搭載されているが、液体変速機も各エンジン毎に1基ずつあり、国鉄DD11形ディーゼル機関車と同じ構成である。ただしエンジンの製造元は、国鉄・私鉄の機関車にありがちな振興造機や新潟鉄工所ではなく、米国カミンズ社製である。以下に諸元を記す。

  • 記号番号 : D306
  • 自   重 : 35t
  • エンジン  : NH-220BI(212ps/2100rpm) ×2基
  • 液体変速機: 新潟コンバーター DB100 ×2基
  • 製造年月 : 1975年10月
  • 製造者  : 日立製作所
  • 製造番号 : 2061801

 カミンズ社製エンジンを搭載した日立製のディーゼル機関車は1950年代の早い時期からほぼ毎年登場していたものの、そのほとんどは輸出用車両であった。日本国内向け機関車でカミンズ社製エンジンを搭載したのは、1972年に製作された25t機(日本通運、浪速通運、日立製作所日立工場向け各1両、製造番号はそれぞれ13206、13209、13210)と、35t機(宇部運送向け、製造番号13242)が最初で、いずれもD306と同じNH-220BIを搭載している(35t機は2基搭載)。翌1973年には同エンジン搭載の25t機(日通向け2両、製造番号13211、13273)が製作されているが、このうち後者はコスモ石油四日市製油所専用側線入換用のNo.8である。翌1974年には実績が無く、1975年になってから、25t機1両(日通四日市営業所向け、製造番号2061201)と、本記事で紹介した住友金属小倉向けD306~D308(製造番号2061801~2061803)が続く。日通四日市の製番2061201は、コスモ石油四日市製油所専用側線入換用のNo,9で、一時期紀州製紙専用側線(紀勢本線鵜殿駅連絡)の入換に使用されていたので、専用線マニアにもお馴染みであろう。

 悲運なのは、カミンズ社製エンジンNH-220BIが日立の国内向け機関車へ採用され始めた翌年の1973年に第一次オイルショックが発生したことである。以降国内経済・産業規模の縮小が急速に進んだ結果、産業用ディーゼル機関車の製造数は急激に落ち込んでしまった。また同時に、産業用機関車の売り込み先が専用線から製鉄所にシフトし、大型機の受注が増えることになった。このため、DMH17系エンジンの代わりとなる小型機向けエンジンとして期待されたNH-220BIは、1976年以降ほとんど採用されることはなくなっている。

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2017年11月 9日 (木)

【くろがね線を読み解く】第256回 ■神戸製鉄所の機関車最後の力走(DL130)

 2017年10月31日をもって、鉄鋼メーカーK社神戸製鉄所の高炉の火が落ちた。日本国内からまた一つ、一貫製鉄所が姿を消したことになる。

Kobedl124

最終日直前の10月23日土曜日に、石屋川を訪れた。外から見えるのは、半製品を扱う工場の工程間輸送の区間に相当し、溶銑輸送や製鋼・連鋳間輸送とは直接関係ない運用ではあるが、ここも高炉・製鋼が無くなった後に同じように走り続ける保証は全くない。無くなる前に訪問しておくべきだろう。

この日は、8時頃から張り込んでいると10~15分おきに入換が見られた。最初は以前撮影したDL123で、そのあと上のDL124が来た。同一年に製造され形態は同じで、日立の1エンジン35tB-B機関車である。妻面に大きく数字が「4」とペイントされているのは加古川製鉄所の機関車に倣った様式で、ここ数年になってから付与されたものである。番号はDL12xの末尾xを表している。

Kobedl130

その後現れたのが、このDL130である。渡辺台帳と日立のサプライリストを両方参照しても、日立が神戸製鉄所に納入した機関車の最後はDL129で、DL130なる機関車は見つからない。もちろん、どちらの資料も1970年代後半以降あたりから製造実績に漏れが見つかっており完全なリストではないのだが、この1両だけ漏れているということがあるだろうか。可能性が高いのは、リストの方は正しく最後の機関車はDL129で、その続番で尼崎製鉄所の日立製機関車を尼崎廃止後に転入させたというのはどうだろうか。(→尼崎製鉄所D3521とD3522が屋根の断面形状も含めて同型であるが、屋根の庇の長さが異なるので、これら2両の流用説には疑義が残る……なお機関車表フルコンプリート版に掲載されているD3519流用説は、屋根断面形状が異なるため、論外である

この機関車と同一車体を持つ車両は、高砂製作所に納入されているDL5である。

Takasagodl5

高砂のDL5は上の通り組立溶接台枠の台車を履いているが、神戸製鉄所のDL130は足回りが見えないので台車は異なる可能性もある。

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2017年10月 7日 (土)

■塩浜行183列車■稲沢交番検査後回送

 昨年11月23日に四日市を訪れた際、久々に海山道駅ホームから183列車を見ることができました。

183re

記憶が正しければ、稲沢の愛知機関区で交番検査を受けて塩浜へ戻るタキ車回送用の送り込みスジであったと思いますが、この日は国鉄色のDD51形853号機がタキ43000形243731を1両連結した模型のような編成でした。

Shiohamaht25b20161123

塩浜駅連絡の石油元売メーカーS社の四日市製油所専用側線では、なぜか一昨年あたりから、日立製スイッチャーであるNo.10/11の稼働率が上がっているように思えますが、気のせいでしょうか。北陸重機工業製No.14/15の調子が悪いのでしょうか。

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2017年9月11日 (月)

【くろがね線を読み解く】第249回 ■小倉地区D302も新塗装化

 続々と塗装変更されて出場しているY製鉄所小倉地区の機関車。先日こちらのついでに訪れると、日立製作所製D302も新塗装で活躍していた。

Kokurad30202

岸壁で長物車の入換作業中のD302。拡大してみると…

Kokurad30201

先に新塗装で出場したD301と比べ、ゴンドラ(車端部の簡易運転台)の形状やキャブ側面の社名表記の有無が異なることが分かる。またキャブ前面の窓も埋められておらず、この機関車の原型を留めている。日立製の2エンジン機は、日本国内を探してももうあまり残っておらず(そもそも日立のスイッチャーを使用している専用線が数えるほどしかない)、貴重な機関車である。日立のサプライリストから諸元を引用しておく(製造番号のみ渡辺台帳を参照)。

  • 自  重   35t
  • 車軸配置  B-B
  • 機  関   新潟鐵工所 DMH17C(180ps/1500rpm) × 2基
  • 液体変速機 新潟コンバーター DB115 × 2基
  • 最高速度  32.7km/h
  • 製造年   1969年(昭和44年)10月
  • 製造者   日立製作所
  • 製造番号  13102

D302は、先述のD301(製番13101)と同時製造・納入の姉妹機である。エンジン・液体変速機共に国鉄DD11形ディーゼル機関車の流れをくみ、1エンジン・1変速機のペアを2セット搭載する。日立製のこのサイズの2エンジン機は、液体変速機に振興造機(神鋼造機)社製の乾式単板クラッチ・TC-2を採用している例もあるが、D302には新潟コンバーター社製の汎用品である湿式多板クラッチ・DB115が採用されている。

Db115
■液体変速機DB115 1984年3月新潟コンバーター社製、シリアル番号1156248
 (
関東鉄道水海道車両基地公開時に撮影)

TC-2と、DB115のルーツであるDF115は、いずれも1950~60年代に国鉄・私鉄のDMH17系エンジンを搭載する気動車や小型機関車に採用された液体変速機で、振興造機TC-2はスウェーデンのユングストレム社(AB Ljungströms Ångturbin、現在のSvenska Rotor Maskiner AB)から、いっぽうの新潟コンバーターDF115は米国ツインディスク社(Twin Disc, Inc.)から技術供与を受けて製作されたものである。当時の日本の技術では、エンジンの国産化はできても、液体変速機まで純国産というわけにはいかなかったのである。

●最高速度には要注意

 日立のサプライリストには、各機関車毎に最高速度が記載されているのだが、これが曲者である。以前、日立製の別の複数のディーゼル機関車について調べた際に、縁あって、かつてH社でディーゼル機関車の研究に従事されていたOBの方にお願いして、それぞれの最高速度を計算していただいたことがある。その結果、カタログ値とは異なる値を示す車両が複数見つかった。本記事には一先ずカタログスペックを掲載しているが、前述の計算者によると、日立のサプライリストに掲載されている最高速度は一部怪しい値が含まれているとのことなので、参考程度ととらえたい。

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2017年8月23日 (水)

★車両メーカーN社のスイッチャー★No.250230

 JR東海飯田線豊川駅に連絡する専用側線を有する、某車両メーカーN社。JR東海の100%子会社になって以降も、新幹線車両のみならず私鉄や地下鉄向けの新車を製作しているほか、小田急などの車両の改造工事も実施しています。

この車両メーカーの入換用機関車については7年前に紹介していますが、数年前から新しい機関車が加わりましたので、お盆休み初日に撮りに行きました。

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新しいと言ってもセコハンですが、北陸重機工業製の35トンB-Bディーゼル機関車です。北陸重機製なのにボンネット先端のラジエーター通気口に日車の社紋を掲げているのは面白いですね。

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反対側の公式側からも。こちら側はキャブが台枠より外側にはみ出しているのが特徴です。運転士の着席する側はこのような構造になっていた方が視認性が高まります。車両を連結した方に向かって推進運転する場合、キャブを拡張しておかないと、進行方向が見にくいのです。

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後位側からも観察。記号番号は250230というよく分からない番号になっていました。この工場は場内撮影禁止です(その旨の看板も出ています)ので、工場設備や留置してある製作中の車両を撮影してはいけません。背後にそれらが写り込まないよう配慮しています。

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元々この車両は、東亜石油専用側線(JR鶴見線浜川崎駅連絡)の京浜精油所扇島工場付近において、着発線と荷役線の間の貨車入換に使用されていた、シムラのスイッチャーです。駅まで出てくることはなく工場内専用でしたので、撮影できる公道沿いまで頻繁に出てくるのは、石油貨車の編成の長くなる冬期だけという、撮影困難なスイッチャーでした(笑) 石油精製設備を対岸の水江工場に集約することに伴い、当工場および専用側線も2011年9月をもって廃止されました。その後、このスイッチャーは車両メーカーN社に譲渡され、豊川工場の入換用として使用されることになりました。車体・台枠・手摺・ステップ等各所色が塗り替えられていますが、大きく改造されている箇所はないと思います。新幹線車両や海外車両を入れ換える際は、軌間が異なる関係で連結器の中心がずれますので、2エンド側の連結器回りに若干手が加えられてます。まぁ特筆するほど大きな変化ではないですね。

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シムラ所属時代はこのように北陸重機工業の銘板が台枠に取り付けられていましたが、譲渡に伴い取り外されたようです。

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基本的に同型機は存在しません。製紙メーカーN社専用鉄道(JR石巻港駅連絡)のDD40A1が似ているという人がいますが、ラジエーター通気口に目を向けると、250230がボンネット妻面なのに対し、DD40A1は側面でファンがボンネット天井を向いていますので、まったくの別物です。前述のキャブの拡張についても、DD40A1には見受けられず、キャブは台枠の幅に収まっています。よく見れば全長も違いそうですね。しいて共通点を挙げれば台車で、2軸ボギー台車のブレーキシリンダーが車体外側にしか付いていない(台車1台につきシリンダー左右各1基で4輪のブレーキシューを制御する)構造でしょうか。なおこの機関車には北陸重機工業の銘板以外に、ベンダーとして仕入販売を担当したモリヤ産業の銘板もついています。保線車両でよく見かけるパターンですね。

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さて話を東亜石油専用側線に戻しますと、この工場で活躍していたもう1両のスイッチャーも忘れるわけにはいかないでしょう。シムラNo.1です。2009年12月28日に訪問したところ、ボンネット先端に正月飾りを取り付けていました。この飾りは、毎年クリスマスが終わった数日後に取り付けられ、正月明け1月上旬の間には取り外されていましたので、なかなかにレアな姿でした。いくら石油輸送が冬期に活発とはいえ、貨車の発送・到着がある最終出荷日は12月28日か29日、正月は4日にならないとスイッチャーは動きませんでしたので、正月飾り付で動くのはトータル7~8日間のみ。何年か毎年通ってやっと撮れた一枚なのでした(笑)

この車両、もとは第一セメント川崎工場(浜川崎駅連絡)からの譲渡車で、新製当所はロッド駆動でしたが台車交換により歯車駆動になった曰くつきのスイッチャーです。2軸ボギーの液体式ディーゼル機関車や気動車は、基本的に台車内側(車体中央寄り)の車輪にしか動力を伝達していないので、その動力を外側の車輪に伝達する方法がロッド棒なのか歯車なのかは台車の造りに依存します。だから交換できるわけですね。もちろん気動車の場合は「外側の車輪には動力は伝達しない」という選択肢もポピュラーで、キハ58系や最近のレールバスでも内側車輪だけ動輪なのが一般的です。

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1960年日立製作所製の35トンB-B機で、製造番号は12524。渡辺台帳によると、エンジンは振興造機DMH-17C(180ps/1500rpm)×2基、液体変速機は振興造機TC-2×2基です。液体変速機が2基あるということは、2台のエンジンから1基の変速機に動力を伝達する国鉄DD13形ディーゼル機関車とは異なり、各々のエンジンから独立した2基の変速機を介して、前後の台車にそれぞれ動力が伝わるということですね。キハ58のような2エンジンの気動車と同じ構造であるわけです。

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最後に、浜川崎駅と東亜石油専用側線の間で貨車をやり取りしていたJR側のディーゼル機関車を紹介します。この日はDE11形2000番台2004号機が使用されていました。この車両は現在も現役ですが、塗色がJR貨物更新色に変わっていますので、この写真もこれはこれで良い記録になったというものです。

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2017年7月29日 (土)

★電機メーカーH社のスイッチャー★常陸多賀変圧器発送

 2012年9月3日、常磐線常陸多賀駅発の特大貨物列車が運転されました。使用される貨車がシキ611形大物車(特大貨物積載時の最高速度45km/h)であるため、JR線内では営業列車の運行を支障しない深夜帯に輸送されますが、工場から常陸多賀駅までの専用鉄道内は、変圧器を製作したメーカーH社の物流子会社が所有するディーゼル機関車による日中移送となります。

この専用鉄道は、平成9年版鉄道要覧によると、区間は多賀-国分工場間、粁程1.0、昭和26年4月1日運輸開始となっています。ただ2017年現在のGoogleの航空写真で測ってみると、工場内の線路含めて1.5kmほどはありそうです。以前は工場内の線路の総延長はもっと長く、昭和57年の民鉄要覧では多賀駅-多賀工場(国分工場の旧名)3.9粁程のほか、多賀工場内延長線として0.6粁が計上されています。これは、勝田にある水戸工場の4.4粁を上回る規模です。

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 朝8時頃現地へ行ってみると、既にスイッチャーに車掌車と大物車が連結された状態で庫の中に留置されていました。工場内で変圧器を積載するのは前日以前のようです。この庫はスイッチャーを留置する動車庫ではなく、工場内に出し入れする大物車を一時的に留置するために使用されます。実際に私が2011年3月6日にこの場所を下見した際、庫の中は空っぽでした。

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12時を過ぎるとスイッチャーのエンジンがかかり、12:45頃に庫から出てきて北側へ向かいました。スイッチバックして推進で出てくるはずです。

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大物車先頭でスイッチャーの推進により駅へと移動開始。この日は13時過ぎでしたが、別に専用鉄道内でダイヤが決まっているわけではないので、今後同じ時刻に出てくる保証は全くありません。

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専用鉄道は常陸多賀駅までずっと常磐線の上り線と同じ方向に進んでいくのですが、JRとH社の敷地境界には壁と目隠し樹木が続いており、撮影できる場所は限られます。この場所は、アンダークロスする道路が開通した際に高架橋をJRと共用した関係で百数十メートルほどの僅かな区間だけ壁が無くなるので、スイッチャーを撮るには好都合です。

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すぐに自転車で移動すると、駅に着く前に移動中の編成を追い越してしまいました。駅手前で一旦停止し、JR線内で大物車を牽引する機関車を待ちます。スイッチャーの乗降扉が開けっ放しで運転台が見えるので、よく観察してみましょう。

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ちょうどブレーキ弁が見えました。本線用機関車の場合、自動ブレーキと単独ブレーキをそれぞれ独立して制御するために、ブレーキ弁は2本ありますが、この機関車のブレーキ弁は1本です。しかし、、、その下の接続された空気管を見てみると、「貨車ブレーキエアー」と記載されたテプラの貼ってある空気管にオレンジ色のレバーが付いているのが分かりますね。つまり、レバーを開放すれば自動ブレーキ弁として、閉塞すれば単独ブレーキ弁として機能するようになっているのです。二軸の小型スイッチャーにはこんなレバーはないことが多いので、さすが専用鉄道の機関車は一味違います。

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やがて牽引機のDE10がいわき方向からやってきて一瞬スイッチャーと並びました。塀越しですけどね(笑)

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結局、スイッチャーは工場門より外(駅構内)に出ることはなく、門の北側で貨車を切り離し、駅構内の移動はDE10の牽引により実施されました。大物車をこうして真横から見ると迫力があります。冒頭で述べたとおりJRの発車は日没後ですので、スイッチャーの単機回送を撮るべく元いた場所へ戻ります。

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普段は形式写真か編成写真しか撮りませんが、日立のスイッチャーはデザインが秀逸なので、面縦というのでしょうか、正面から撮っても絵になりますね。

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単機で工場へ帰るスイッチャー。1979年日立製作所製の35トンディーゼル機関車で、組立溶接台枠の2軸台車を2基備え、製造番号は2067801です。。似たスタイルの日立製セミセンターキャブの機関車としては、既に廃止となった宇部興産専用側線(美祢駅連絡)で入換に従事していた宇部レールサポートNo.12がありますが、あちらは自重が45トンですし、上の機関車には無いボンネット側面のラジエーター通気口がありますので、別物です。同型ではありません。

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後追い。台枠部に2か所、黒い溝が見えますが、これは機関車をクレーンで吊り上げる際にワイヤーを引っ掛けるためのフックです。拡大すると以下の通りです。

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このスイッチャーの登場間もない頃の写真を見ても、台枠側面は面一でこのような装備はありませんが、常陸多賀で使用されていた頃の写真を見ると付いているので、後天的な改造によるものと思われます。

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■台湾水泥公司竹東廠No.3 2014年5月2日、花蓮港      ■台湾水泥公司和平廠D-05 2016年5月5日、和平

日立は1980年前後からセンターキャブとセミセンターキャブを納入先毎に個別に用意するようになっていたようで、台湾にも何両かセミセンターキャブタイプが輸出されています。これらは石灰石やセメント等の重量物を積載した長編成の貨車を入れ換えるため自重は60トンあります(当然ですが、今回紹介している常陸多賀のスイッチャーとは同型ではありません)。日立のセミセンターキャブの産業用機関車は、私の知る限りこの60トン級が最大で、すべて専用線向けです。これより大型の重量級はセンターキャブやキャブなしで製鉄所向けとなります。

●変圧器と納入先

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 再び常陸多賀駅へ戻り、この日に発送される編成を俯瞰。牽引機はDE10 1752でした。

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入場券を購入し、駅構内からもゆっくり観察。

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今回発送されたのは、東京電力東毛変電所向けの185トン変圧器でした。

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荷卸しは両毛線岩宿駅で行われました。

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2017年6月29日 (木)

【くろがね線を読み解く】第248回 ■小倉地区D301新塗装

 2020年に予定されている、Y製鉄所小倉地区の高炉・転炉休止に向け、機関車にも色々と変化が訪れているようである。 2017年に入り、従来のクリーム色と紫のツートンカラー(住友金属物流標準塗装)から、Y製鉄所標準塗装に変更された機関車が登場した。

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釣り人と共に眺めていると、以前紹介した日立製作所製のディーゼル機関車D301がビレット積載長物車2両を牽引・推進して入換している様子を見ることができた。

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オレンジ・クリーム色・青・黄色の4色は、弊ブログでたびたび登場しているY製鉄所戸畑地区・八幡地区で活躍する機関車の標準塗装である。両地区を結ぶくろがね線の電気機関車も、同じ塗装である。

Kokurad30103

以前の写真と比較すると、塗装変更だけでなく台枠への手摺の増設も行われており、戸畑・八幡両地区の仕様に極力合わせている様子が見て取れる。できれば、オレンジとクリーム色の境界をもう少し下にして、ボンネット上部のラインと合わせてもらえると、よりらしくなるのだが……。センスの問題かもしれない。

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夕方に別の場所から眺めてみると、仕事を終えたD301新塗装のほか、日立製作所製2軸ロッド駆動機のD108も新塗装になっているのが確認できた。今後の活躍が楽しみである。

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2016年9月 4日 (日)

★西藤原駅保存車★三岐通運DB25

 以前の記事で紹介した今夏の三岐鉄道訪問時に、日立製のスイッチャーDB25も撮影しました。以前はホーム脇の屋根のある場所に置いてありましたが、ED222に押し出されるように、屋根の外へ出ていました。

Nishifujiwara2016

住友大阪セメントから譲り受けて活躍後に廃車になったED502が解体され(台車等の一部部品は大井川鐵道へ譲渡)、空いたスペースにスイッチャーが追いやられ、ED222がやってきました。

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この機関車は三岐鉄道の側線で使用されたことはありませんが、バックの掘削跡との組み合わせが良い雰囲気を醸し出しています。形態的には日立製作所製の平凡な2軸機関車で、1970年代に量産された台形屋根+ラジエーターカバー縦スリット折妻タイプです。折妻部はその後の増備車で切妻に設計変更され、伯耆大山駅の王子製紙専用側線(日通伯耆大山営業所No.9)や、四日市駅のコスモ石油専用側線(日通四日市営業所No.9)などでまだ同タイプ見ることができますが、このDB25の同型の現役機関車はもう存在しないと思います。あったらぜひ教えて下さい。

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後位側から。新製配置は小野田セメント名古屋SSで、関西本線八田駅の専用側線で使用されていたそうです。(SS=サービスステーションと呼ばれるセメントのストックポイント兼出荷基地)

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銘板も、製造年と製造番号をはっきり読み取ることができます。いつまでも綺麗な状態で保存されてほしいものです。

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2016年8月28日 (日)

【くろがね線を読み解く】第233回■日本製紙への譲渡車D439

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 前回紹介した45DD-12形ディーゼル機関車の中には、他社へ譲渡されたものもある。写真の機関車は、元Y製鐵所D439で、1994年に山陽本線大竹駅連絡の三井化学専用側線入換用に転じ(1994年6月に日通大竹支店へ譲渡)、専用線が廃止されると、2000年10月より岩国駅連絡の日本製紙専用側線に活躍の場を移し、No.3と命名された。2016年3月、専用線の入換作業を受託している岩国産業運輸が北陸重機工業製の新車(無番)を導入したため、予備扱いとなった。

車端部に設けられていた簡易運転台は、日通大竹時代は存置されていたようだが、当専用線で使用されている時にはすでに撤去されていた。製鉄所の作業進捗管理に使用されていたらしいキャブ床下の制御盤類も、もちろん不要なため、撤去されている。

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門外から荷役線を望む。岩国駅との往復時には、貫通ブレーキを作用させるために貨車とBP管を接続するため、製鉄所構内使用時には未装備であったブレーキホースが取り付けられているのも興味深い。

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工場前で貨車を入れ換えるNo.3(D439).Y製鉄所構内で使用されていた頃は、なかなか敷地外から見ることのできなかった車両も、一般の専用線へ譲渡されれば容易に見られるようになるという一例。(こちらの過去記事も参照のこと)

※Y製鉄所から余所へ転じた後の車両の遍歴については、「Center Cab No.84, SRC 専用レールクラブ発行」 を参考にさせていただきました。

●No.3(D439)搬出される

 Twittterの目撃情報によると、No.3(D439)は2016年9月下旬にトレーラーで搬出され神戸港に向かったとのこと。果たしてどこへ行くのやら…。

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2016年8月26日 (金)

【くろがね線を読み解く】第232回■八幡への貸出機D441

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■八幡地区の機関区に留置中のD441. D609、615、617などと共に代わる代わる八幡へ貸し出されている。   2016年夏

 今回は45DD-12形ディーゼル機関車D441を紹介する。この機関車は永らく戸畑地区の配置であったが、以前の記事で紹介した八幡地区の半製品ヤード竣工に伴い、2013年5月頃から断続的に八幡地区にも姿を現すようになっている。

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八幡地区の45DD-12形は銘板がボディと同じクリーム色に塗装されていることが多いが、戸畑地区の機関車の銘板の色は朱色であったり青色であったり様々である。この機関車も青い銘板で、遠くからでも他の機関車とは異なることが識別できる。

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