カテゴリー「雑誌記事の補足」の13件の記事

2017年4月21日 (金)

『鉄道ピクトリアル2017年6月号』補足

 本日から全国書店に並んでいる鉄道ピクトリアルNo.932の拙稿に一部補足がありますので、こちらに提示させていただきます。編集部の方にお願いし、正式には次回記事にて説明させていただくお約束になっております。

■東京資材センターの機関車カエル君の正体

 越中島貨物駅のJR東日本東京レールセンターでは、永らく富士重工業製の軌道モータカーTMC500Bが貨車の入換に従事していました。これは、ネコ・パブリッシングの『トワイライトゾーンマニュアル11』の松田務氏の記事でも明らかになっております。しかしながら、今回記事を入稿させていただいた後、2016年現在当地で稼働している黄緑色に塗装されたカエルの絵の描かれた機関車が、実は見た目ソックリの別物に入れ替わっているのではないかという疑念が生じましたので、詳しく調べることになりました。

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厄介なのは、車体の銘板が公式側、つまり機関車のボンネットの長い方を左に向けた時に手前に来る側にしか付いていないという点です。通常、入換運転が見られる公道からは非公式側しか見えませんので、確認するには、貨車入換の際に引上げ線に入ってスイッチバックするまでの30秒前後の間に、反対側の駐車場からチェックするしか術がありません。土曜日に2回訪問して、ようやく確認することができました。

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こちらが、銘板の付いた機関車公式側です。拡大してみると…

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なんとなんと、正体はTMC500でした!! 1985年(昭和60年)3月製造、製造番号は76です。TMC500Bと500Cは基本寸法も外観も性能も変わらないのですが、別物は別物ですので、ここに訂正をさせていただきます。

 記事の方は、写真下の解説文中にある「門司保線区1001(TMC500B)」は、同型ではなく同タイプの機関車ということになります。逆に、田端の上野保線技術センターにいる東京省力化軌道工事区の0051は、同じTMC500Cなので同型、と言いたくなるところなのですが、0051は後位側に発電機かバッテリーらしき箱型の装置を乗せていますので、個体差とは言え同型に括るのはやや難ありでしょうか。

今回の記事では、現物の銘版調査の難しさから、このTMC500Cを含めて2両、型式や製造年・製造番号の確認できなかった機関車がありました。記事を訂正させていただくとともに、2両中1両の正体が明らかになったことをご報告させていただきます。

以上

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2011年12月20日 (火)

凸型蓄電池機関車と凸型電機 ~こぼれ話~

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 2011年12月に発売される鉄道ピクトリアル2012年2月号の特集テーマは、『凸型電気機関車』です。今回は、電気機関車のサブカテゴリとして『凸型蓄電池機関車』をご紹介し、諸元を一通り網羅することができました。本編はモノクロなので、当ページではカラーでお楽しみください。各車諸元についてブログに掲載する予定はございませんので、データをご所望の方は書店にて当該雑誌をお買い求めください。

 今回の個人的な感触ですが、阪急電鉄BL1/2の正体を明らかにできたことと、福岡市営地下鉄BB-1のエピソードを発掘できたのは良かったと思っています。すべての車両に蓄電池容量を記しているのは、BB-1の蓄電池が「大容量」であることを明確に示すためです。物事の大小関係を論じるには比較する相手が必要ですからね。

最後になりますが、昨年お話を伺った「JR西日本吹田工場」が謝辞から漏れていたことをお詫びします。ISOの話は職員の方から直接伺いました。今後の動きとしては、JR西日本の他の車両工場への蓄電池機関車の展開が予想され、既に後藤総合車両所、下関総合車両所については堀川工機製のBLに置き換わっています(凸型ではないため今回のテーマからは外れますが…)。大阪・福岡のニチユについては当面使い続けると思いますが、2両とも外部からの確認が困難なだけに、限られたイベントの機会に中に入ってみたら新型に置き換わっていた、なんてことも無いとは言い切れません。今後も注視する必要があるでしょう。

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2011年10月22日 (土)

★阪急電鉄★正雀工場のバッテリーロコ

 私鉄のスイッチャーシリーズ。締めとなる第3回は、阪急電鉄のスイッチャーです。

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■正雀駅ホームより正雀車庫を臨む    2011年9月20日

 阪急電鉄正雀工場は、1968年12月に正雀車庫の西側に新設された車両工場で、阪急電鉄全車両の全般検査、重要部検査の施行、および更新・修繕工事等を実施しています。

1968年以前の車両工場は、京都線用車両を担当する(旧)正雀工場と、神宝線用車両を担当する西宮工場に分かれていました。これは、京都線(元 新京阪電鉄)と神宝線(元 阪神急行電鉄)の成り立ちの違いに由来します。京都線は開業時から直流1,500Vで電化されていたのに対し、神戸線は1967年に、宝塚線は1969年に昇圧されるまで、架線電圧は直流600Vでした。昇圧に伴い、車両工場も現在の正雀工場に統合されることになりました。

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■重連で建屋から出場してきたバッテリー機関車  2011年9月20日

 工場内で入換に従事するスイッチャーは、工場の営業日である平日に動きます。2011年9月19日に奥野さん西宮後さんに誘われて峠のバッテリー機関車を撮影し、翌朝9時頃訪れてみると、早速撮ることができました。二日連続でバッテリー機関車を見られるとは思いませんでした。

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重連で出場したバッテリー機関車は一旦停止し、建屋の前で切り離された先頭のBL1が、単独で手前(北側)に移動してきました。キャブの中をのぞいてみると、後ろのBL2にも運転手が乗っていますので、2台別々に同時に動くこともありそうです。

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手前に引き上げてきたBL1が左奥へ移動し、今度はBL2も同じように引き上げ、右奥へ移動しました。どうやらこれから電車が入場するようです。

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正雀駅側から、大阪市交通局堺筋線直通運転対応の3300系電車が入換扱いで入場します。

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種別幕が「普通」から「救援」へと変わりました。どうも工場入場中の車両はこの幕を表示していることが多いようです。

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河原町寄りの4両が切り離され、北側の突っ込み線へ引き上げると、残された梅田寄りの4両もほぼ同時に正雀駅側へ引き上げます。

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河原町寄りの4両が、救援幕を出したまま推進運転で工場建屋へと入場します。

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同時に梅田寄りの4両が推進運転で40番線に入線します。

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それが終わると、右側に待機していたBL2が動き出し、入場した編成の先頭に連結されました。そのまましばらく動きが無かったので、1kmほど離れた場所にある別の車両基地へ移動しました。そこにもスイッチャーが配置されているのです。

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11時頃に戻ってみると、今度はBL1が工場建屋から電車を引き出す場面に遭遇しました。同じ3300系でしょうか。

 正雀工場の入換機BL1、BL2は、2011年3月に導入されたバッテリー機関車です。製造者は、バッテリー機関車の製造で有名な新トモエ電機工業です。昨年報告したJR西日本吹田工場の15屯バッテリー機関車がほぼ同型ですが、細部は異なります。

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このオレンジの機関車が吹田工場の車両ですが、まず注目すべきなのはボンネットの長さの違いです。

吹田の車両はボンネット端が台枠端より内側にあり、端梁とボンネットの間にスペースがありますが、正雀の車両はボンネットが端梁まで伸びていて、端梁と面一になっています。ボンネットには蓄電池が格納されていますから、ボンネットが長いのは蓄電池容量が大きいためか、死重を積んでいるためと思われ、その分自重は吹田の車両(15t)より大きく20~25t程度はあるのではないかと思われます。詳細スペックについては、鉄道ピクトリアル2012年2月号をご覧ください。

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引き出された電車は、正雀駅方向に向かって押し込まれ、

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転線して40番線に引き込まれます。

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この位置まで引き込まれて止まりました。すると今度は…

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工場建屋からBL2が別の電車を引き出しました。系列はよく分かりませんが、編成をさらに分割して別の線路へ押し込んでいきました。

正雀工場は歩道の無い道路からフェンス越しに撮ることしかできないため、報告が少ないですが、新型バッテリー機関車の動きを捉えることができたのは幸運でした。この場所は平日の交通量が大変多いため、車の往来には気を使った方がよさそうです。

●初代BL1、BL2

Bl1 Bl2

 以前、大阪市交通局緑木検車場のバッテリー機関車の記事で紹介しましたが、正雀工場では2011年3月まで日本輸送機製のバッテリー機関車が使用されていました。記号番号は同じくBL1、BL2でした(初代BL1、BL2とします)。新型機の切り抜き文字のナンバーを見る限り、BL1、BL2共に初代BL1、BL2のものを剥がして取り付けているようです。2011年3月に初代BL1、BL2が廃車になり、解体待ちのため工場裏手に置かれていた際に、ナンバーの切り抜き文字が取り外されているのを目撃した方がいますので、間違いないでしょう。

 ところで、初代BL1、BL2には、ナンバー以外にも見分けるポイントがありましたがご存知でしょうか。上の写真で比較するとよく分かりますが、初代BL1とBL2は、製造年が異なるため屋根形状が異なっていました。また端梁に施された黄色いラインが、BL1は1本、BL2は2本という相違点もありました。新型機には、このような分かりやすい見分けポイントはありませんが、よくみるとちゃんと違う部分があります。気づきましたか? 

【参考】

  • 『鉄道ピクトリアル』特集 阪急電鉄、1989年12月増刊号
  • 『鉄道ピクトリアル』特集 阪急電鉄、1998年12月増刊号

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2011年10月 7日 (金)

★小田急電鉄★大野総合車両所のスイッチャー

 私鉄のスイッチャーシリーズ第2回は、小田急電鉄大野総合車両所のスイッチャーです。大野総合車両所は、2009年に大野工場と海老名検車区大野出張所が統合して発足した車両基地で、小田急電鉄全車両の全般検査を担当しています。

かつて大野工場には、デキ1050形電気機関車(1950年日立製作所製の15.7t機で、小田急が専用線の運行管理をしていた専売公社足柄工場より1959年に車籍編入)や、デト1形電車(1953年経堂工場製)などの入換専用車両が配置されていましたが、前者は2002年に、後者は2003年に運用離脱し、かわりに今回紹介する車両が導入されました。鉄道雑誌ではしばしば「エコサポート21」として紹介されることがありますが、後述するアントにも同じ愛称が付与されていることから、「エコサポート21」は形式や記号番号ではないようですので注意が必要です。

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■工場から1000形3両を引き出す    2011年8月25日

工場は東側を住宅地に囲まれており、見られるのは西側だけです。平日であれば比較的頻繁に動いているようですが、西側には本線の手前に高さ2メートルほどのフェンスが張り巡らされていますから、それなりに工夫しないと撮ることはできません。

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トモエ電機工業製の38t機で、蓄電池により直流ブラシレスサーボモーターを駆動します。架線下ではキャブ屋根上の集電装置から、非電化区間では車載の蓄電池から電力を得て走行する「デュアルハイブリッド方式」を採用しています。床下に主平滑リアクトル冷却用と思しきファンをぶら下げていることから、チョッパ制御ではないかと思われますが、どうでしょうか。詳細スペックについては、鉄道ピクトリアル2012年2月号をご覧ください

寸法は、2011年現在メーカーのホームページには(10,300mm×2,600mm×4,100mm)と記載されており、カタログスペックとは異なります。リンク先の西宮後さんによると、落成時はボックスパンタを搭載していたものの、その後現在のシグマパンタに換装されたとのことです。屋根上をよく見てみると分かりますが、素直にシグマパンタを搭載していたらもっとシンプルな構造になっていた筈。

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相模大野駅側に引き上げるときはこの位置まできますので、うまくすれば線路の反対側の公道から公式側を撮ることができるかもしれません。

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あまり知られていませんが、この入換機は、駅構内の本線の一部を走行するのに備え、ATSを装備しています。

入換機は時速20km/h程度で時々停止しながら動きますので、身体能力に不安が無ければ走って追い抜いて何度も撮ることができます。工場へ至る引込み線の手前には、電留線への入出場線があり、更にその手前には小田原線の上下本線があります。したがって、せっかく動いていても手前にしばしば電車がかぶってしまい、きちんと撮れるのは50%前後と思ったほうが良いでしょう。とにかく一度の入換で何度も撮れるだけ撮るのが成功の秘訣です。

●反対側から

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■入換のため駅付近まで出てくる   2013年2月1日、相模大野駅付近

 運が良ければ、このスイッチャーを反対側(東側)から撮れるときがあります。大野総合車両所の東側は工場敷地・住宅密集地となっており撮れる場所はありませんが、入換時に相模大野駅-総合車両所の分界点付近まで出てくることがあり、この時に限り反対側を見ることができます。

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構造的には左右対称なので、わざわざ反対側から撮る必要はないだろうと思われるかもしれませんが、車両研究派にとってはそうはいきません。反対側を見なければ分からないある事実があるからです。それは…

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台枠側部に日車のメーカーズプレートがあるということです。別記事にて、トモエ電機製でありながら日車の銘板を付けている福岡市営地下鉄のバッテリーロコを紹介していますが、この機関車も似たような例といえるでしょう。

●おまけ

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大野総合車両所では、車両入換用のアントも何台が使用されているようです。南側で見ることができます。

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左の90番線ではくすんだ朱色のものを、右の89番線では鮮やかなオレンジ色に青帯を施したものをよく見かけます。いずれも無線操縦対応、蓄電池駆動のようです。89番線の方には…

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このような表記があります。エコサポート21は、移動機の総称なのでしょうか。

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2011年10月 2日 (日)

★京成電鉄★宗吾車両基地のスイッチャー

 毎日通勤に利用している京成電鉄。スイッチャーを探して全国行脚をしているうちに、灯台下暗し、地元のスイッチャーを撮り逃していることに気づきました。私鉄の車両工場では、機関車や電車(車籍を失って機械扱いとなったものを含む)で車両の入換を行うケースが多く、専用のスイッチャーが使用されることは極めて稀ですが、鉄道ピクトリアル2011年3月号51ページに掲載の通り、京成電鉄宗吾車両基地にはスイッチャーが1両配置されています。

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■特修場前で佇むスイッチャー  2011年5月22日

とある日曜日、成田スカイアクセスの撮影ついでに寄ってみると、外から見ることができる特修場の前に目当てのスイッチャーが停車していました。この週はちょうど水曜日に計画休暇をとっていたので、再訪してみることにしました。

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■特修場へ押し込まれる京成電鉄3700形電車  2011年5月25日

10時過ぎに駅に着くと、もう入換が始まっていました。とはいえ日曜日に特修場内にいた3500形更新車は既に出場済みで、3700形の入場場面です。

全般検査の大まかなフローは次の通りです。まず、西側の入検場へ車両が入場すると、編成を分割して主工場内でのオーバーホールが始まります。再び組み立てられた車両は、東側の出検場から隣の特修場までスイッチャー牽引により移動し、最後に編成を組んで自力出場します。つまり上の車両は、全検を終えて出検場から出てきた車両であることが分かります。

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特修場で3700形2両を切り離します。この3700形は8両固定編成ですから、2両ずつ分割して移動すると合計4回入換が必要になります。押し込んだのは30番線ですが、まだ31番線があいていますので、入換は続きます。

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単機で次の車両を迎えに出てきたスイッチャー。

  • 記号番号 : DL-3
  • 形   式 : ANT 20TON DL
  • 自   重 : 20t
  • 最高速度 : 30km/h
  • 製造年月 : 1997年9月
  • 製造者  : アント工業
  • 製造番号 : 102

銘板はアント工業ですが、これも意匠から判断して北陸重機工業製と思われます。1両しか配置されていないにもかかわらずDL-3なのは、それまで使用されていた2両(DL-1、DL-2)の追番としたためです。

DL-1、2は、かつて宗吾にあった車両メーカー 大栄車両(京成電鉄の協力会社)で入換に使用されていた車両で、DL-1は1967年三菱重工製の10t機(製番1500)、DL-2は1963年日立製作所製の20t機(製番12751)でした。前者の外観は、協三工業・日本輸送機・佐藤工業などが国鉄の貨物駅の入換動車用に製作していた10t半キャブ機と瓜二つのロッド駆動機で、京成電鉄へ新製配置されたものです。いっぽう後者の生い立ちは独特で、国鉄新幹線工事局から譲渡された車両です。時期的に考えて、東海道新幹線の建設工事に使用されたものと考えられます。国内では、製鉄所の機関車を除けば標準軌のスイッチャーはあまり多くありませんから、新幹線用のものを譲り受けるのが好都合だったのでしょう。

なお大栄車両は2000年に鉄道車両部門を串崎車輛として分社化しました。串崎車輛は、新京成電鉄くぬぎ山車両基地 内で車両改造などを担当しています。

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転線して再び出検場へ向かったスイッチャーは、初代スカイライナー用AE形電車の保存車両と並びます。

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次の3700形2両を引き出し、

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転線すると、

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再び特修場へ押し込みます。先程2両を押し込んだのは30番線ですが、今度は31番線に押し込みました。特修場の有効長は4両ですから、あと1回31番線に2両押し込むことができます。

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奥まで押し込んで手前に2両分のスペースを確保したスイッチャーは、

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再び出検場から最後の2両を引き出し、特修場へと押し込みます。

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仕事を終えたスイッチャーは動車庫へ戻っていきますが、駅の手前でしばらく停車していました。5分以上たっても動き出しません。どうやら何かを待っているようです。

その何かとは…

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スカイライナー用AE車の宗吾車両基地入場です。2011年現在のスカイライナーは、京成上野-成田空港間を成田スカイアクセス線経由で運行していますが、車内の整備や点検は従来通り宗吾車両基地で実施しているため、このように宗吾参道にも頻繁に顔を出します。

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ファッションデザイナー山本寛斎によるデザインロゴとのツーショット。AE形電車は、2010年の(財)日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞、および2011年鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞しています。

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AE車のシックな藍色と鮮やかな白のツートンカラーが、スイッチャーのレモンイエローによく映えます。もし藍色の部分がAE100形のような青色だったら、すごく安っぽい雰囲気になったことでしょう。

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AE車の入場をやり過ごしたスイッチャーは、待っていましたとばかりに

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動車庫へ戻っていきました。

●撮影のコツ

 沿線在住者でなければなかなか工場内の最新動向を把握することはできませんが、少しだけコツがあります。

一つは、宗吾車両基地への入場情報を集めることです。もし、京成車が全検のために宗吾参道に向けて回送されていたとしても、一般の営業車両の回送と区別が付きません。しかし北総車ならどうでしょうか。北総鉄道は、車両の全般検査を京成電鉄宗吾車両基地に委託しており、検査の際は北総車が京成本線の高砂以東を走行します。北総車が営業運転で高砂以東を走行することはほとんどありませんので、もし掲示板等に目撃情報が掲載されていたら全検のための回送ということになります。数日後に訪問してみれば、スイッチャーを見られる確率は高いでしょう。

もう一つ、宗吾車両基地の全検は、4両編成の場合入場から出場までおよそ10日前後で完了します(6両編成の場合は12日)。スイッチャーが見られる出検場から特修場への移動は検査の終盤ですから、回送情報とあわせてある程度あたりをつけることができるでしょう。

●おまけ

 宗吾車両基地には、スイッチャー以外にアントも配置されています。

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主に、西側にある床下型車輪旋盤庫での牽引用に使用されています。床下型車輪旋盤庫は、車輪を台車から外さずに削正することができる設備で、1991年に新設されました。おそらくこのアントも同じ時期に導入されたものと思われます。

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屋上には無線用八木アンテナと旋回灯を装備し、テレコン対応です。

※読者の方によると、ANT60EB-T型で、2011年2月24日に導入されたとのことです。

【参考】

  • 『鉄道ピクトリアル』1997年1月臨時増刊号 《特集 京成電鉄》 電気車研究会
  • 『鉄道番外録2』岩堀春夫、ないねん出版

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2011年9月27日 (火)

【補遺】突放のある貨物駅

 鉄道ピクトリアル2011年9月号が発売されてから2ヶ月がたちました。多くの月刊誌が次号発売と共に店頭から消えるなか、この9月号は(売れ残りかどうかは定かではありませんが)偶に残っているのを目にします。神保町の書泉グランデでは、なぜか臨時増刊号の私鉄特集と並んで平積み!?されていました。そんなに需要があるのでしょうか(笑) やはり『車両入換』という特殊テーマ故なのか。

 その9月号において、冒頭記事「入換の世界 -その魅力、見どころ、見せ場-」を担当されたのは、私の尊敬するライターの一人、岩成政和さんです。「入換とは何か?」の総論が網羅的に解説されております。入換に関する法令や入換合図の話は、鉄道学園の教科書にも載っているのであまり新鮮味はありませんが、DD13形の設計変更(燃料タンク容量の増大)と入換用途の関係などに言及するあたり、思わず唸ってしまいました。

それはさておき、記事の中でちょっと気になる部分がありました。18ページの脚注部分です。実は今回のメインテーマがソレです。

「臨時的なものを除き、突放入換をほぼ連日行っているのは岳南鉄道の比奈だけと思われる.」

弘法にも筆の誤り、岩成さんはやはり専用線はあまりウォッチされていないのでしょう。そこで、まことに勝手ながら2010年現在まだ突放を行っている貨物駅をリストアップしてみました。補足訂正大歓迎です。

1.岳南鉄道 岳南原田駅

 まずはここから。岩成さんが比奈駅を出したので、あえて岳南原田駅の突放をご紹介します。

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■荷役線へ突放されるコキ2両   2011年6月18日

手順は次のとおりです。まず岳南原田駅の荷役線に留置されていたコキ2両に、比奈駅から牽引してきたコキ2両を連結します。次に、一旦4両を吉原方へ引き出し、留置されていたコキ2両を吉原方面の線路に突放します。続いて比奈駅から牽引してきたコキ2両を荷役線へ突放します(上の写真)。突放されたコキに乗っている操車掛が、両手で手ブレーキのハンドルを掴んでいる様子が確認できると思います。

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■荷役ホームへゆっくり差し掛かるコキを追い越して機回し中  2011年6月18日

最後に、機関車が単機で比奈方へ回り込み、先程吉原方面の線路に突放したコキ2両を牽引して比奈へ戻る、という手順です。

上の写真を撮影した日はコキ2両を交換しましたが、3年前に観察した際はED501が比奈から1両連れてきて、荷役線の奥側の1両だけを連れて帰る運用でした。いずれにせよ、岳南原田の突放は現役です。

2.神奈川臨海鉄道 川崎貨物駅

 私鉄の次は臨海鉄道です。川崎貨物駅での突放は連日行われており、岳南鉄道よりメジャーかもしれません。

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■DD5518に突放されるタキ車。    2010年3月27日

上の写真をクリックして拡大すると、突放されたタキを確認することができると思います。この駅では、タキのみならずタンクコンテナを積載したコキや、JR貨物川崎車両所で検査を受けたトキやホキまで突放されることがあり、目が離せません。

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これは東邦亜鉛の私有貨車トキ25000を入換中の一場面。左写真は突放直前のショットで、トキ25000の先にコキが連結されています。右写真は突放直後で、トキの先に連結されていたコキが消えてなくなっているのが分かると思います。右写真では、トキの車体側面中央に操車掛が張り付いていますが、これはトキの手ブレーキがこの位置にあるためです。つまりこの後トキも突放することになります。

3.製紙メーカーO社専用線 春日井駅

 専用線での突放もまだ見られます。もちろん専用貨車がだいぶ減っていますから数えるほどしかありませんが。

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■専用線内でワムを突放中のスイッチャー  2010年1月22日

およそ2年前に目撃した際は、工場の開門後、ワムを牽引して駅に出場する前に1度入換がありました。西側の線路(荷役線)からワムを引き出して東側の線路へ押し込む際に突放が見られました(工場内の写真は通常載せませんが、このアングルは雑誌にも何度か掲載されたのでOKでしょう)。現在どのような運用になっているのかは不明です。

なお読者の西宮後さんの話では、駅からワムを牽引して工場に入線する際に、突放の逆、つまり貨車を牽引しながら切り離す操作が行われることもあるようです。

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これは、数年前に許可を得て撮影させていただいた「公式入換時刻表」です。かなり古いものですが、以前はかなり頻繁に入換が行われていた様子がうかがえます。

4.製紙メーカーH社専用線 焼島駅

もうなくなりましたが、2010年現在現役ということで掲載します。

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■駅のJR授受線から工場に向けてワムを突放中のスイッチャー。   2010年7月31日

この専用線も動き方は春日井と同じで、朝一番に開門し、西側の線路(荷役線)のワムを引き出して、東側の線路へ突放していました。

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■荷役線からワムを引き出すスイッチャー。この後、推進して突放する 2009年7月28日

予備機であるはずの25t機の方が、印象に残っています(苦笑) 牽引力不足のため、35t機が1度で入れ換える作業を2度に分けて行うことから、撮影チャンスが多かったものです。

5.石油メーカーJ社専用線 根岸駅

 根岸の突放はあまりに有名でしょう。

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■JR授受線押し込まれるタキ   2010年1月4日 

もちろんJRの線路上に入線する際はおとなしいもので、突放はありません。操車掛も手ブレーキには手をかけず、手スリを握っているだけです。

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■石油の荷役設備の脇の側線に突放されるタキ車。左の青いスイッチャーD504が突放した。

突放が行われるのは奥の荷役線内だけです。

6.石油メーカーJ社専用線 本輪西駅

 ここは連日突放というわけにはいかない場所ですが、一応載せておきます。

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■専用線内で入換中のタキ車     2011年8月10日

冬場は危険すぎてやらないかもしれませんが、今年の夏に訪問したところ、上の写真のように空車のタキを突放していました。操車掛はやはり手ブレーキを両手で握っています。突放といっても根岸のように豪快ではなく、人が歩くような速度でしたので、よく見ていないと気づかないかもしれません。当日肉眼で確認したのは、タキ40000形4両編成の突放でした(写真は撮り損ねました)が、後ですべての写真を確認してみると他のタキ車も突放していることに気づきました。

 そんなわけで、まだまだ突放は健在なのです。

以上

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2011年1月23日 (日)

感想と誤字脱字の訂正

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■製紙メーカーN社専用線の貨物列車                 2010年2月20日、岩沼

 待ち望んでいた『鉄道ピクトリアル2011年3月号』が発売されました。拙稿はさておき、いろいろな意味で冒険的な記事が集まっているようです。とはいえ「列車のトイレ」で特集が組まれてしまう雑誌ですから、特に問題は無いと私は思います。

●石本祐吉「製鉄所の鉄道」

 最も印象的なのはこの記事でしょうか。やはり専門家の解説はアカデミックです。構内鉄道のみならず、消火車にまで言及した記事は、これまでなかったのではないでしょうか。論文等でその存在は知っていても、実物を見られるチャンスはまずないのが消火電車。大変貴重なレポートだと思います。その中で私が一番気になったのが、69ページの図解にあるプッシャー(押出機)のゲージ。なんだか物凄く広そうですね。クエンチングカー(消火車)の走る軌道のゲージは1,435mm程度だと思われますが、プッシャーの走る方は一体何ミリなのでしょうか。

なお今回、65ページ右上に載っている「一貫製鉄所 構外・構内路線一覧」のデータを提供させていただきました。どうやって調べたのかは明かせませんが、神戸製鋼加古川製鉄所で2種類のゲージを使用している点は興味深いですね。過去に構外と接続した実績が無いにも関わらず異なるゲージを混在させているというのは特筆に価すると思います。

●高橋政士「京葉臨海鉄道の特大貨物」

 京葉市原で事業所内のスイッチャーが見られるとは知りませんでした。たしか数年前に訪問した際の記憶では、専用線入口のだいぶ手前に「港湾関係者以外立入禁止」のような看板があったような気がしますが…。でも見られるということですので、機会があればぜひ訪問してようと思います。

ちなみにブログ読者の「タムタキさん」からの情報によりますと、高橋氏が撮影した機関車以外に日車の2軸機もまだ現役のようです。これは、規格型以前のロッド駆動式の古典機関車で、大変貴重な存在です。写真も見せていただきましたが、想像以上に綺麗な状態を維持していました。

●服部朗宏「撫順炭鉱専用鉄道」

 満鉄の機関車、まだ現役だったとは知りませんでした。かなり驚きです。服部氏によると「東芝か三菱製ないし中国によるそれらのコピー」とのことです。私の手元にある資料や写真・図面を総合しますと、消去法により三菱製の可能性が高いと思われます。

まず、日本のメーカーが満鉄・撫順炭鉱向けに製作した自重80tクラスの電気機関車は、東芝・三菱・川重製の3パターンが考えられます。このうち東芝製の機関車は、自重が85tではなく87tであるうえ、ボンネット側面の点検蓋の大きさや形状が、106~107ページに掲載されている機関車のそれとはかなり異なっています。次に川重製の機関車ですが、キャブ側窓の開口部が拡張されていることを除けば、細部に至るまで瓜二つなので可能性があると思いました。が、いかんせん、川重の製造実績をチェックしてみると、1005~1006(昭和15年)、1217~1221(昭和17年)、1222(昭和18年)があるのみで、服部氏が紹介している1100番台の機関車は製作されていません。

◆誤字脱字の訂正

20110123_4725

 グラフ「産業機関車のバラエティ」の34ページのキャプションに脱落があったので、訂正をさせていただこうと思います。

  • (誤)昭和四日市石油専用線の28t機No4、No5
  • (正)昭和四日市石油専用線の28t機No14、No15

  • (誤)写真右奥のNo2
  • (正)写真右奥のNo12 

Excel形式で入稿させていただいた段階では間違いはなかったのですが、印刷されてみたらなぜかおかしなことに…(苦笑)

  • (誤)1915年三菱電機・日本車両製
  • (正)1915年三菱造船神戸・日本車輌製造製 

三菱電機が三菱造船から分離したのが1921年ですから、その若干前に製作されていますね。少し落ち着いたら、編集部へ連絡してみようと思います。締切間際のお仕事、ご苦労様でした。

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2010年8月30日 (月)

◆大牟田発北九州行1152レ◆塩素タンコン+復活海コン

 昨年末に専用貨車からタンクコンテナ化された、旭化成(南延岡)~三井化学(大牟田)間の液化塩素輸送列車。今年度に入り、長らく運休していた大牟田~北九州貨物ターミナル間の海コン輸送が復活したため、連結されるコンテナにも彩が出てきました。九州は遠く、なかなか訪問する機会がありませんでしたが、8月のお盆休みに別件で訪れる機会が得られました。

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■大牟田から北九州タまで、液化塩素返空と製品を輸送する1152レ  2010年8月9日

鉄道ファン誌への投稿時は冗長になるため省略しましたが、この海コン輸送はもともと、運輸省(当時)のモーダルシフト実証実験としてスタートしたものです。

  • 実験名称 : 専用鉄道活用による国際海上コンテナの鉄道輸送
  • 実験概要 : ・短距離トラック輸送の、鉄道へのモーダルシフト
             ・専用線の活用による国際海上コンテナの鉄道輸送
  • 申請者  : 【荷主等】三井化学(株)、北九州市
             【物流】日本貨物鉄道(株)九州支社、日明コンテナ埠頭(株)
  • 貨 物   : 【品目】化学品
             【貨物量】74,880トン
  • CO2排出量: 【トラック・鉄道併用時】1,937.3トンCO2/年
             【鉄道転換後】347.6トンCO2/年
  • CO2削減量: 1,589.7トンCO2/年 (削減率82.1%)

※詳細は、国土交通省のホームページを参照。

海コンに積載されている製品は化学品(二次製品)です。従前はトラックと鉄道で輸送されていましたが、モーダルシフト後は、北九州貨物ターミナルまで鉄道輸送され、トラックに積み替えて日明埠頭まで持ち込まれ、タンカーに船積みされて、経済成長を続ける近隣の某国へと輸出されているようです。

大牟田→北九州タ間の海コン輸送は長期間運休することも少なくありませんが、製品が少量であれば、運休期間中にトラックで輸送している可能性も考えられますね。

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2010年4月15日 (木)

★塩浜★日立製25tスイッチャー、重連で活躍中

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■朝一の入換を開始する、石油メーカーS社専用線の日立製スイッチャーNo.11+No.10  2010年4月13日、塩浜

塩浜駅に接続する石油メーカーS社専用線では、2010年4月13日現在、日立製作所製のスイッチャーが稼動しています。この専用線では、通常、北陸重機製28t機「No.14」「No.15」が背合重連で使用されていますが、片方が故障したため、修理が終わるまでの間は予備機である日立製25t機「No.10」「No.11」が使用されることになります。

この機会に撮影されたい方もおいでかと思い、アナウンスの意味も含めてレイルマガジンの「今日の一枚」に投稿させていただきました。

投稿写真はこちら

このスイッチャーの車両解説、最新の入換時刻、塩浜駅特集など詳報は、週明け以降に順次アップロードの予定です。

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2010年1月13日 (水)

★祝★25000アクセス突破!!(懐かしの銀タキ)

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■濃硝酸タキを牽引し、黒崎から北九州タへ向かう、170列車 2009年3月某日、八幡

 2009年のクリスマスをもって、九州の南延岡-大牟田(宮浦)間で行われていた塩素輸送が、専用貨車からタンクコンテナに置き換えられたようです。2009年6月には、黒崎-大牟田(宮浦)の濃硝酸輸送がタンクコンテナに置き換えられましたが、今回塩素輸送も同様の措置がとられたことで、日本最後の専用貨車による化学薬品輸送列車が、姿を消したことになります。

 6月の濃硝酸輸送のタンクコンテナ化の際は、雑誌へ記事を投稿し、またそのフォローとして9月に宮浦を訪問した際の様子を当ブログで報告しました。今回は、過去に遡りタンクコンテナ化前の写真を25000アクセス記念としたいと思います。

 以前こちらの記事で、西八幡のN社Y製鐵所のレール積載チキ車の入換を取り上げました。実はその日、写真を撮り終えて八幡駅に戻ると、ひとつの出来事があったのです。八幡駅上りホームの博多寄りは駅撮りポイントとしてはあまりにも有名で、よく撮影者を見かけます。この日は平日だったのですが、一人先客がいました。何を撮ろうとしているのか興味があり、話を聞いてみることにしました。

 この方(Bさんとします)は、日本最後の化成品貨車(タンク体がアルミ製の銀色のタキ車)が九州でまだ運行されているので、それを撮りにわざわざやってきたとのことです。でも朝方?? 私は疑問に思いました。なぜなら、黒崎発着の濃硝酸は、到着は4172レ、発送は172レというのが常道で、朝の黒崎発北九州タ行き170レはレール輸送用という先入観があったからにほかなりません(実際、170レは下の写真のようにレール輸送に使われるスジです)。さらに、その日は直前まで西八幡で入換を観察していましたが、発車するチキ車が無かったので、170レも運休だろうと思っていたのです。

Yahata_chiki_170  

■西浜松行きのチキ車を牽引し、黒崎から北九州タへ向かう、170列車。
 積載しているレールは、
東海道新幹線向けのもの。  2009年9月某日、八幡

 それでも、冒頭の写真の通り、銀タキは170レでやってきました。Bさんの話では、レール輸送が休みの日限定でたまに朝発送があるとのことです。多分いまでも場合によってはあるんじゃないかと思います。またこのことについて、奥野君の専用線日記で質問したところ、’90年代は朝発送もあったとの証言も得られました。

Yahata_taki_hno3_170b

■濃硝酸タキ2車 2009年3月某日、170列車

 何事も分析は重要ですが、それと同じくらい、人の話に耳を傾けることも大切だなと感じた一件でした。今後も、こうした方向性は大切にしていきたいと思っています。

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