カテゴリー「▼A.日車のスイッチャー」の86件の記事

2018年8月22日 (水)

【O工場の石灰石輸送】機関車運用のローテーション化

 2018年4月頃から日車製45トンB-Bディーゼル機関車DD453が本格的に走り始めて以降、従来から主力として活躍していたDS-7の走行シーンもよく見るので、機関車運用がローテーション化されたのではないかと示唆していたが、今回その推測が正しいかどうかを確かめるため、お盆休みの日曜日に訪問することにした。

180812denkadd453

4月1日以降のDD453とDS-7の目撃情報を、自分自身で見たものはもちろんのこと、友人知人、Webサイト、Twittterから集約し、ローテーションのパターン(日替わり、週替わり、半月交代、月交代、等々)を作成して割り当てていくと、あるパターンだけが唯一すべての目撃を矛盾なく説明できた。

8月12日(日)を訪問日に選んだのは、もしローテーション通りならば、前日8月11日(土)までがDS-7、そして12日からDD453になると推測したからであった。DS-7は6年前の2012年に導入されて以降何度も撮っているので、訪問するならDD453の日が好ましい。そして、結果は一先ず予測通りであった。ちょうどこの一週間後の8月19日(日)にDS-7を撮影された方がいるので、日曜~月火水木金~土曜までの7日間を1サイクルとする週替わり体制であることはほぼ間違いないのではなかろうか。

さて今回の列車は、テコ5両のフル編成で山麓側から

  • DD453+テコ302(白)+テコ304+テコ303+テコ301+テコ401(白)

であり白帯車とその他の区別なく全車がホッパーでの積込であった。昨年は、白帯車のみ手前のショベルカー積込となっていたが、日によって違うのか、掘削を進めるにしたがって石灰石の品質が変わるので一時的にホッパーを介さない経路での積込が必要だったのか、謎めいていて面白い。

●訪問記録

お盆休みで帰省客が多いのか、糸魚川・青海界隈のホテル・民宿はどこも満室だったので、むかしやったように、直江津駅前のホテルに泊まり、5時台の始発に乗り糸魚川下車、6:17発の大沢行バスで7時前に現地に到着した。列車は7:20頃にやってきて、積み込み、7:40頃に発車してきた。8:15のバスで糸魚川駅へ戻れるので、ちょうど良い。この朝のバス便は土日祝日でも元旦以外は毎日運転しているので便利である。元旦以外は毎日運転、原石線と同じである。

足の方は、前日11日午後に東京から上越妙高へ移動し、えちごときめき鉄道(妙高高原-直江津-市振間)が土日2日間乗り放題で¥1,000-という破格のフリー切符「トキめきホリデーフリーパス」を購入し、最大限活用させていただいた。上越妙高-直江津-糸魚川なら片道で元が取れてしまう。しかしこの後長野に向かって驚いたのは、しなの鉄道北しなの線とえちごときめき鉄道(長野-直江津-市振間)が2日間乗り放題で¥2,000-という度肝を抜くフリー切符「うみ・やま夏遊びフリーきっぷ」なるものがあること。原石線のみならず、トキ鉄の雪月花や越乃Shu*Kura、しなの鉄道の115系カラーバリエーション各種、長野総合車両センターまで撮りたいという私の様な欲張り人間にはもってこいの切符だ。こちらは夏期限定の切符なので、またシーズンになったら利用してみたい。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2018年5月22日 (火)

★南松本駅のスイッチャー★ジェイアール貨物・信州ロジスティクスDD453

 2018年現在、D社O工場の専用鉄道で石灰石輸送に従事しているディーゼル機関車DD453は、かつて南松本駅の石油元売・輸送会社の油槽所の専用側線で貨車の入換に使用されていた機関車です。

Jrfsldd45301

貨物駅の車両入換は、JR貨物や旅客会社の本線用機関車が実施する駅、臨海鉄道の機関車が実施する駅、JR貨物所有の入換動車や子会社の保有する私有機関車が実施する駅など様々あります。南松本駅は、コンテナ車の入換と、車扱の松本市専用線内の入換は、常駐するJR貨物DE10形ディーゼル機関車が担当し、松本市専用線に接続する各社専用線の入換はジェイアール貨物・信州ロジスティクス所有のディーゼル機関車が担当していました。

Jrfsldd45302

石油輸送繁忙期となる冬場は貨車の数が多すぎてスイッチャーをうまく撮れないという点では、根岸駅の日石専用側線と事情がよく似ており、オンシーズン前の11月頃か、ピークを過ぎて貨車が減ってくる3月頃に訪ねるのがセオリーでした。スイッチャーによる入換作業は朝7時頃から15時頃の間に実施されていましたが、冬期は夕方以降夜間の入換もあり、日中はスイッチャーしか入らない油槽所の荷役線の中までDE10が入ってきて入換をしていました。のちに2013年3月のダイヤ改正で、終日すべての専用線内の入換をDE10が実施する形に変更され、更にDE10の運用がほぼそのままHD300形ハイブリッド機関車に置き換わり、いまに至っています。用途不要となったスイッチャーは、ジェイアール貨物・北陸ロジスティクスによって伏木貨物駅に回収され、整備されました。

Jrfsldd45310
■アルピコ交通の駐車場で、昼休みにミニ四駆走行の企画が開催されていた日に許可を得て駐車場より撮影。  2009年

スイッチャーは、DD453と命名された1976年日本車輌製造製の2軸ボギーの自重45tの機関車が1両と、DB251と命名された自重25tの2軸機関車が1両配置されていました。DD453のファーストオーナーは三井東圧化学で、茂原工場-新茂原駅間の専用線入換用機関車MTD-451として竣工したものです。化学工場向けなので防爆仕様ですが、エンジンからの排気に対してはスパークアレスタによる火の粉除去のみのいわゆる「セミ防爆」仕様で、排気処理用の水槽や発火防止用のウォータースプレーは装備していません。

Jrfsldd45311

同型機が他に4両あり、内訳は小野田セメントOD451(四日市出荷センター)、出光興産D-502(千葉製油所)、釧路開発埠頭KD5002、日本石油精製DD510(室蘭製油所)です。

D502_120225
■東急車輛製造としての最後の一般公開時に入換用機関車が展示された。   2012年2月25日

そして、そのうちの2両が2018年現在も現役で活躍中です。内訳は、千葉製油所からやってきた上写真の総合車両製作所(旧 東急車輛製造)横浜事業所D-502と、

Dd24_2013
■DD24の全般検査後間もない頃の綺麗な姿  2013年(敷地外より撮影)

こちらの日本製鋼所室蘭製作所DD24です。室蘭製油所時代のナンバープレートDD510を付けたまま、その下にDD24のナンバープレートを付けていますね。D-502、DD24どちらもファーストオーナーが石油元売会社で、製油所の貨車入換用として設計されたため、排気処理用水槽を備えた防爆仕様です。詳しくは、鉄道ピクトリアル2013年10月号の拙稿「続 産業用機関車を追い求めて 1」にて解説しておりますので、ご覧下さい。

なお2軸機関車DB251についても過去記事にて紹介しておりますのでご覧ください。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2018年5月10日 (木)

【くろがね線を読み解く】第270回 ■E8501の復活

 弊ブログ記事でもお伝えしたとおり、85ED-1形電気機関車E8501は、2016年3月に標準塗装に変更されて以降永らく使用されていなかったが、2018年に入ってから運用に就いている姿が目撃されるようになった。

E8501201801renew

車体表記によると全般検査は2018年1月に実施されている。2年前の写真と比較すると、集電装置が菱形パンタからE8502と同じΣパンタに変更されている。今回復活にあたり載せ替えられたのであろう。この機関車には、かつてスペースワールドのキャラクターが描かれていたが、同施設が閉園したため、それも徐々に忘れ去られていくのかもしれない。

E8501が標準塗装に復したいま、E8501とE8502を区別するポイントは屋根上にあるアンテナの台座の色である。運転台の上の鳥居型のアンテナと、車体中央上のSRアンテナを見てみると、上写真の通りE8501はワニ塗装時代と同じく白色のままだが、E8502は車体と同じオレンジ色に塗られている。

E8501201801tobata

戸畑第一操車場で入換中の、E8501とD622、D705。ゴールデンウィーク中もくろがね線は運行されるが、2018年の憲法記念日は朝の一往復のみで日中の運行は無かった模様。第一操車場は、5~8月上旬であれば日の出から朝9時半頃まで順光になる。

E8501201801start

E8501+ホットコイル台車+D705の八幡行が発車。E8501の雄姿をまた見ることができて嬉しく思う。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2018年5月 9日 (水)

【くろがね線を読み解く】第269回 ■D622もエンジン換装か!?

D622201804

 2018年に入り、戸畑地区で活躍している構内入換用ディーゼル機関車D622にも変化が訪れた。エンジンが換装されたのか、前位側ボンネット上に棺のような出っ張りが乗っている。これは、戸畑地区D612、D443、小倉地区D506M製鉄所D608などに見受けられるのと同様の変化である。D622のキャブ側面には2018年1月に全般検査を受けたとの表記があるため、おそらくそのタイミングでエンジンも換装したのではないかと思われる。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2018年4月29日 (日)

【O工場の石灰石輸送】ディーゼル機関車DD453

Denkadd45301
■DD453が貨車を推進してO工場原石事務所へ向かう。  2018年4月、新潟県

2016年晩秋、D社O工場にDS-6と引き換えに導入されたのが、ディーゼル機関車DD453である。DD453は新造された機関車ではなく、元々、南松本駅の松本市公共側線に接続する日本オイルターミナル専用側線やジャパンオイルネットワーク専用側線で石油貨車の入換を担っていた、ジェイアール貨物・信州ロジスティクス所属の機関車である。これら専用側線内の入換が南松本常駐のJR貨物DE10形ディーゼル機関車(現在はHD300形ハイブリッド機関車)に置き換えられたために用途不要となり、ジェイアール貨物・北陸ロジスティクスにより回収され伏木貨物駅構内で保管されていた。

Denkadd45302

ボディの塗色は従前のものを踏襲している。端梁に取り付けられていたステップは従来は朱色、台枠から上に伸びている逆U字型の手すりはボディと同じクリーム色であったが、伏木貨物駅で保管中に整備されていずれも白く塗装された。しかし、ステップはこの専用鉄道では全く不要な装備のため、導入にあたり撤去されている(手すりの白色化のみそのまま維持)。また当専用鉄道で使用開始後、端梁にスノープラウが取り付けられた。チェーンで吊っているので昇降可能な構造と思われる。

Denkadd45351

DD453は、前位側を原石鉱山の方に向けて使用されており、DS-6やDS-7とは逆である。これは、DD453の運転台が2-4位側に配置されているためである。DS-6とDS-7は1-3位側に配置されていたので、運転士が着席する位置を従前の機関車と揃えるには機関車ごと逆向きにする必要がある。

Denkadd45352

この専用鉄道の機関車は、他の専用線のようにローテーション制ではなく、レギュラーとサブの役割分担がハッキリしている。DS-7が故障や検査等で運用を離脱しない限り、このDD453を見ることはまず不可能と思われる。

注:2018年4月下旬と5月下旬にDD453の運用入りが確認されている。しかしゴールデンウィーク前半にDS-7の目撃もあるため、ローテーション制への移行の可能性も考えられる。 

ちなみに今年2018年は、DS-7が導入されてからちょうど6年目である。専用鉄道の機関車の検査期限は、鉄道に関する技術上の基準を定める省令(いわゆる新鉄道技術省令)に基づく告示により8年と定められているが、以前はこれが6年であったので、多くの専用鉄道や専用側線では、現在でも検査期限を6年周期としているところが多い(*)。つまり、今月DD453が運用に就いていたのは、DS-7が検査のために運用を離脱していたためという可能性も考えられる。

(*)新基準に基づいて8年にしているスイッチャーは、私の知っている限り安中の2両だけである。事業者が法令より短い周期で検査を行うのはまったく問題ない。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2018年4月24日 (火)

★製紙メーカーO社専用側線★北重28t+日車25tの重連入換

Hjlg28b_nslg25b01

 2017年11月25日、朝一番で春日井を訪ねると、8:40頃に製紙メーカーO社の工場から駅へ貨車を牽引して重連スイッチャーが現れました。一年半前の2016年4月にも同じ場所で重連のスイッチャーを撮影していますが、その時とは組み合わせが異なります。2016年は先頭日車25t+後方協三20tでしたが、今回は先頭北陸重機28t+後方日車25tでした。

Hjlg28b_nslg25b02

先頭の北陸重機28tは、坂城駅の石油元売J社専用側線で入換に使用されていたスイッチャーで、以前紹介したDB25-1導入により玉突きで引退し、整備のうえ春日井へやってきました。坂城に配置されていた時代は、駅構内の見える範囲での入換のため、、手旗信号で運転士を誘導する者が地上にいたのに対し、専用側線の距離の長い春日井では、誘導者がスイッチャー先頭に乗る必要があるため、転入にあたり、前位側・後位側双方とも端梁にステップが増設されています。またキャブ前位側妻面上部に旋回灯が取り付けられました。所有者の変更に伴い、キャブ側面のENEOSのロゴは塗装の際に泡緑色に塗りつぶされています。

Hjlg28b_nslg25b03

重連で登場するのは工場で紙製品を積んだ貨車を駅へ引き出す2往復のみで、空車を駅から工場へ引き込む入換はスイッチャー1両のみとなります。だいたい、重連運転の際に駅側先頭になっていた方が、入換を担当します。

Hjlg28b_nslg25b04

重連の組み合わせは総当たりのパターンがあり、これまで紹介したほかに、北陸重機28t+協三20tの場合もあります。スイッチャーが3両もいるのに正・副・予備の関係ではなく、ローテーションを組んでいるのでしょうか。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2017年12月24日 (日)

【くろがね線を読み解く】第261回 ■M製鉄所スラグ輸送

 NHKのTV番組「ブラタモリ」でも紹介されたこの街は、火山の産物である砂鉄と、道央で産出していた石炭を原料とする製鉄業で、古くから栄えた。近くを走るJR室蘭本線も、そのルーツは北海道炭礦鉄道(のちの北海道炭礦汽船)で、岩見沢や夕張から室蘭まで石炭を輸送するための運炭鉄道であった。この鉄道は1909年の輪西製鐵場(現 NS社M製鉄所)開設後は、製鉄所への原料炭輸送も担った。その名残で現在でも、苫小牧方面から東室蘭駅に至る室蘭本線の線路をそのまま南西に直進すると、M製鉄所に向かう専用鉄道(の廃線跡)になる。JRの長万部方面も室蘭方面も、線路は分岐側である。

Bemnooka01

 湾の周囲にはいわゆる海食崖と呼ばれる地形が数多く存在し、中には埋立地の工業地帯を俯瞰できる場所もある。2016年に北海道を訪れた際には、M製鉄所の溶滓・鋼滓輸送を見ることができた。

Bemnooka02

M製鉄所の溶滓(高炉スラグ)・鋼滓(転炉スラグ)処理場は、敷地西端の海寄りにある。処理場には、上写真の通りスラグ鍋車の移動用として専用の入換用機関車が配置されている。

Bemnooka03noro

北側にある授受線には、上とは別の機関車によって高炉・製鋼工場から溶滓鍋車・鋼滓鍋車が運ばれてきて留置される。

Bemnooka04noro50t

留置されたスラグ入りの鍋車は、処理場に配置された機関車が受け取り処理場まで運ぶ。

Bemnooka05noro50t

処理場で切り離された鍋車は、液体スラグを流し落とす。鍋の中のスラグは空気に触れている最上部が冷却され固まって固体になってしまっているため、処理場にある重機が鍋の中にアームを入れて卵の殻を割るようにしてスラグを掻き出す。

Bemnooka05anoro50t

鍋車には大きさの違いにより2種類あり、容積の小さい鍋車はこの場所でスラグを流し落とすが、容積の大きい鍋車は更に左(海寄り)の処理場でスラグを落とす。おそらくスラグの用途の違いによって処理方法が異なる(徐冷滓or水滓など)ために場所を区別していると思われる。

Bemnooka06noro60t

空車の鍋車は、高炉・製鋼工場からやってきた機関車が推進で持ち去っていく。

Bemnooka07pairen60t

スラグ処理場の手前にはパイレンヤードと空の鍋車の留置線があり、こちらの入換はあまった機関車が適宜実施する。このため、処理場の機関車が使用されることもあれば、高炉からやってきた機関車が使用されることもある。

Bemnooka08tpc652

授受線の北東側には製鋼工場があり、高炉で溶銑を積んだトピードカーが運ばれていく様子を見られる場合がある。ただしこちらはメインの製鋼工場に至るルートではないため、一日にあたりの運行回数はかなり少ない。写真を拡大すると、車番はD-652と読めた。

■入換用機関車 (D-501、D-502、D-607、D-608)

Bemnooka11d502

 こちらは、スラグ処理場入換機のD-502。1967年7月に日本車輌製造で製作されM製鉄所に新製配置された50tB-B機関車で、製造番号は2599。後位側車端部には簡易運転台と前方確認用の窓が設けられているが、前位側(エンジン側)にはそのような装備はない。代わりに、2軸の控車を連結しており、機関車と一心同体で運用されている。

Bemnooka12d608

こちらは高炉・製鋼工場とスラグ処理場授受線の間で鍋車の輸送に使用されている機関車D-608。1977年日本車輌製造製の60tB-B機関車で、製造番号は3289。こちらは前位側・後位側双方に簡易運転台を設けており、控車は連結していない。先述の50t機より車体が一回り大きく見える。また前位側ボンネットのエンジンルーム直上に棺のような出っ張りがある。Y製鐵所の機関車にもこれと同じ特徴を持った機関車がいることから想像するに、おそらくエンジンを換装しているものを思われる。キャブ側面にある水色の社章は鉄鋼メーカーNS社合併後の新しいデザイン・カラーで、時期的に考えておそらくエンジン換装後の再塗装時に取り付けられたと思われる。

Bemnooka13d607noro

こちらは別の日に見られた機関車で、鍋車との間に2軸ボギーの控車を1両連結している。

Bemnooka14d607

その車番はD-607であった。1977年3月日本車輌製造製の60tB-B機関車で、製造番号は3277。こちらも前後に簡易運転台を設けているが、エンジンは未換装なのか、ボンネットはオリジナルの姿を留めている。

Bemnooka15d501noro1

鍋車の編成は固定されておらず、長い時は5~7両にも及ぶ。そのまま様子を見ていると、

Bemnooka16d501noro2

推進運転で製鋼工場側へ鍋車を推していった。その機関車は、

Bemnooka17d501

D-501であった。1967年7月日本車輌製造製の50tB-B機関車で、製造番号は2598である。先述のD-502とは同時納入の姉妹機である。他の機関車同様M製鉄所への新製配置で、後天的な改造により前後に簡易運転台が取り付けられている。簡易運転台に設けられた窓の枚数と高さが、他の機関車と異なる。

■製鋼工場南の車庫

Bemnooka18d605

製鋼工場南側には、車両整備場らしき建屋もあった。屋外にD-605が留置されていた。この写真を撮影した場所は、亀梨和也主演「劇場版妖怪人間ベム」で、ベムの家が登場したシーンのロケ地である。私は、この記事で紹介した一連の撮影地を、「輪西の丘」に対して「ベムの丘」と呼ぶことにしている。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2017年11月27日 (月)

★某所のスイッチャー★112

A11201

 とある鉄道駅からバスに乗ることおよそ15分、そこには黄色っぽい2軸のL型機関車がいました。車体が汚れていることから察するに、メンテナンスなどのために運ばれてきた様子。見たところボンネット、キャブ、足回りについては、昭和50年代に入ってから日車で製作された自重15tの2軸機関車に類似した意匠ながら、車体幅がやや狭いようです。

A11202

そのうち姿が見えなくなりましたが、その後元気に活躍しているようで、なによりです。比較すると、足回りについては、側面に巻き込み防止柵が、妻面端梁下には排障器が取り付けられています。ボンネットに目をやると中央上部から煙突が突き出しています。キャブは屋根上に旋回灯が増設されたほか、乗降扉下部にあった注意喚起のゼブラ模様がなくなり、レモンイエロー一色になりました。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2017年5月10日 (水)

★製紙メーカーN社専用側線★富士駅からの発送終了

 2017年4月をもって、JR東海道本線富士駅からの製品の発送が終了してしまった、製紙メーカーN社専用側線。ゴールデンウィークの九州旅行中にそのニュースを聞き、驚きました。幸い、復路は四国経由で鉄道で戻る予定でしたので、連休最終日に東海道新幹線を新富士駅で途中下車し、無料レンタサイクルで寄り道してきました。

Nipponseishiend120170507

工場構内には、当専用側線に現存するスイッチャー4両が縦列。奥から順に、日車35tB-B、新潟鉄工所35tB-B、日車25tB、日車35tB-Bで、一番手前は南甲府から来て近年ほとんど動くことのなかった機関車です。

Nipponseishiend220170507

別の角度から。敷地外から最も見ることの難しかった機関車が一番手前に留置されているというのは有難いですね。現役時代最後の頃は、もっぱら最奥の機関車が使用されていました。(→2016年当時の様子はこちら

Nipponseishiend320170507

南甲府の日通機には、D-351という名の機関車が2両いました。どちらも同じ日車製の35tB-Bで形もそっくりなのですが、よく見ると2エンド側の握り棒の長さが異なるので見分けがつきます。読者の方に写真をお送りいただきましたが、U字型の握り棒とI字型の握り棒が同じ高さなのが初代D-351で、U字よりI字の方が高さが低いのが2代目D-351でした。上の機関車の端梁の上の握り棒を見ると、2代目D-351と同じ高さです。1965年(昭和40年)製造、製造番号2434。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

2016年8月31日 (水)

【くろがね線を読み解く】第236回■戸畑地区D607

D607

 戸畑地区の機関車60DD-3形D607.1975年(昭和50年)日本車輌製造製の60t機で、製造番号は3199、車軸配置はB-B。60DD-4形とは異なり、連結器センタリング装置は備えていない。

【注意】
 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

【著作権の表示】
 当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧