カテゴリー「 A.日車のスイッチャー」の79件の記事

2017年11月27日 (月)

★某所のスイッチャー★112

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 とある鉄道駅からバスに乗ることおよそ15分、そこには黄色っぽい2軸のL型機関車がいました。車体が汚れていることから察するに、メンテナンスなどのために運ばれてきた様子。見たところボンネット、キャブ、足回りについては、昭和50年代に入ってから日車で製作された自重15tの2軸機関車に類似した意匠ながら、車体幅がやや狭いようです。

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そのうち姿が見えなくなりましたが、その後元気に活躍しているようで、なによりです。比較すると、足回りについては、側面に巻き込み防止柵が、妻面端梁下には排障器が取り付けられています。ボンネットに目をやると中央上部から煙突が突き出しています。キャブは屋根上に旋回灯が増設されたほか、乗降扉下部にあった注意喚起のゼブラ模様がなくなり、レモンイエロー一色になりました。

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2017年5月10日 (水)

★製紙メーカーN社専用側線★富士駅からの発送終了

 2017年4月をもって、JR東海道本線富士駅からの製品の発送が終了してしまった、製紙メーカーN社専用側線。ゴールデンウィークの九州旅行中にそのニュースを聞き、驚きました。幸い、復路は四国経由で鉄道で戻る予定でしたので、連休最終日に東海道新幹線を新富士駅で途中下車し、無料レンタサイクルで寄り道してきました。

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工場構内には、当専用側線に現存するスイッチャー4両が縦列。奥から順に、日車35tB-B、新潟鉄工所35tB-B、日車25tB、日車35tB-Bで、一番手前は南甲府から来て近年ほとんど動くことのなかった機関車です。

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別の角度から。敷地外から最も見ることの難しかった機関車が一番手前に留置されているというのは有難いですね。現役時代最後の頃は、もっぱら最奥の機関車が使用されていました。(→2016年当時の様子はこちら

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南甲府の日通機には、D-351という名の機関車が2両いました。どちらも同じ日車製の35tB-Bで形もそっくりなのですが、よく見ると2エンド側の握り棒の長さが異なるので見分けがつきます。読者の方に写真をお送りいただきましたが、U字型の握り棒とI字型の握り棒が同じ高さなのが初代D-351で、U字よりI字の方が高さが低いのが2代目D-351でした。上の機関車の端梁の上の握り棒を見ると、2代目D-351と同じ高さです。1965年(昭和40年)製造、製造番号2434。

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2016年8月31日 (水)

【くろがね線を読み解く】第236回■戸畑地区D607

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 戸畑地区の機関車60DD-3形D607.1975年(昭和50年)日本車輌製造製の60t機で、製造番号は3199、車軸配置はB-B。60DD-4形とは異なり、連結器センタリング装置は備えていない。

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2016年8月10日 (水)

【くろがね線を読み解く】第227回 ■戸畑溶銑機75DD-1形

 Y製鐵所の高炉は戸畑地区に1基、小倉地区に1基あるが、今回は戸畑地区で高炉⇒転炉間の溶銑輸送に使用されている専用機関車を紹介する。

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■戸畑第四高炉前で待機する75DD-1形D7501  株主向け見学会では高炉前のみ撮影可能となる場合もある

 75DD-1形は、1985年から86年にかけ、日本車輌製造にて2両製作されたディーゼル機関車である。形態的には60DD-6形の流れをくむ凸型セミセンターキャブの1エンジン機で、車軸配置はB-Bである。この頃になると、車端部に乗った運転士がリモコン制御するのが前提の製鉄所向け機関車に運転室は不要となりつつあり、車体中央に設けられたキャブ?のような部屋には機器類のみ配置。中に人が乗って運転することを想定していないため、前後に窓はない。台車は、くろがね線用70DD-3形で採用されていた日車NL30Aをベースとしつつ、車軸間距離を200mm縮めて構内用機関車標準の2,200mmとしたマイナーチェンジ版であるNL30Cを装備した。上写真は1985年製造のD7501で、登場当初標準装備していた赤外線センサー(接近検知装置)は取り外されているものの、比較的オリジナルに近い姿を留めている。製造番号は3390。

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■戸畑第四高炉前で待機する75DD-1形D7502  株主向け見学会では高炉前のみ撮影可能となる場合もある

こちらは1986年製造のD7502(2エンド側)で、製造番号は3395。このD7502は、D7501とは異なりラジエーターファンとキャブの上部に覆いが取り付けられている。出銑口周辺にこびり付いた溶銑やスラグが冷えて固体となり落下してくることに備えた装備と思われる。日車の車両史に掲載された諸元は以下の通り。

  • 全 長 : 13,200mm
  • 全 幅 :  2,620mm
  • 全 高 :  3,820mm
  • 自 重 : 75トン
  • 機 関 : 神鋼造機 DMF18Z(460ps)
  • 変速機 : 新潟コンバーター TDCN-22-2601A(機械式)
  • 台 車 : NL30C

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2016年6月29日 (水)

★製紙メーカーO社専用側線★日車25t+協三20tの重連入換

 2016年4月、専用線探訪の大先輩から「春日井のスイッチャーが重連になっている」との情報をいただいて、23日土曜日にようやく訪問することができました。

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 製紙メーカーO社は、春日井工場とJR中央本線春日井駅を連絡する専用側線での貨車入換用にスイッチャーを2両保有しています。いずれも日本車輌製造製の機関車で、片方が自重35トンの2軸ボギー機、もう一方が予備で自重25トンの2軸機です。日車35トン機が不調になって以降、25トン機が1両で貨車の入換を行っていましたが、4月訪問時はこのように日車25トンの後方に朱色の2軸機関車をもう1両連結した重連風味になっていました。

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 後部の朱色の機関車の詳細については、鉄道ピクトリアル2013年10月号の拙稿にて紹介しているので詳細は割愛しますが、秋田臨海鉄道で用途不要となり、ジェイアール貨物北陸ロジスティクスにより引き取られたあと、伏木貨物駅でしばらく保管されたのち、当地へやってきたものです。

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元は国鉄土崎工場(現 秋田総合車両センター)の入換用ですが、国鉄の車両工場における被牽引車は電車・気動車がメインであり貨車よりも車体幅が広いため、入換運転時の運転士の視界確保の観点から、キャブの運転台側(公式側)が車体外側に向けてせり出しているのが特徴です。

なお前後どちらの機関車もBP管しか装備していないため、当然ですが重連総括制御はできません。この日はエンジンを起動しておらず無動力でしたが、いずれは本格的に使用される日が来るのかもしれません。

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荷を積んだ貨車の工場からの引き出しは2回に分けて行いました。情報によると、空車の引き込みは日車25トン機1両で実施するとのことでしたが、この日は東京メトロ16000系のJR東海管内での甲種輸送を撮影するため早めに切り上げてしまい、確認はしませんでした。

●日車25トンBの過渡期モデル

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 日車25トンBは、1960年代は凸型セミセンターキャブスタイルの規格品が大量生産されていましたが、1970年頃から15トン機と車体部品が共通化され、凸型からL型へとそのスタイルを変えています。もっとも、当初は台枠より下は凸型25トン機のまま(全長7,350mm、車軸間距離3,100mm)だったので、そこに15トン機の車体を乗せるとボンネットの長さが足りなくなってしまいます。そこで、キャブとボンネットの隙間に、ボンネットと同一断面のスペーサーを挟むことで長さを調整しています。上写真でいうと「nepia」の「a」の右側に、グレーのHゴムの縦線が入っているのが分かると思いますが、この縦線よりキャブ寄りの数十cmがスペーサーです。ボンネットは一見面一に見えますが、車体共通化に苦心した様子が見て取れます。

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この機関車の面白いところがもう一つあって、台枠より下を見ると分かりますが、軸バネがコイルばねになっているんです。軸バネは、当初凸型25トン機と同じ重ね板バネでしたが、この車両(1975年製造、製造番号3140)を含む3両(製番3140~3142)からコイルばねへと変更されています。このあと製作された25トン機は、軸バネは同じくコイルバネですが車体が足回り含めて15トン機と共通化(キャブ前面2枚窓で全長6,950mm、車軸間距離2,300mm)されてしまいましたので、L型車体の前面4枚窓でコイルバネなのはわずか3両のみの珍車ということになります。平凡なスイッチャーのようで、意外とレアなんですよ。

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ここ春日井のO社専用側線では、スイッチャーはラジエーターカバーを外して放熱器素むき出しの状態で使用されていることが多いです。スイッチャーの形態分類をする際、ラジエーターカバーやラジエーター開口部の形状は、個体を識別・分類する際のキーになる重要なポイントですので、外されているのは趣味的にはちょっと残念です。

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2016年6月12日 (日)

★富士駅★製紙メーカーN社のスイッチャー D351

 2016年1月某日、150mレール輸送列車の東海道本線走行と西浜松到着後のレールセンターへの引き込み入換を撮ったあと、せっかくの平日休みなので富士へ向かいました。富士駅には製紙メーカーN社の専用側線があり、およそ2km南東にある工場内の倉庫で積み込まれた製品が、構内入換用ディーゼル機関車によって駅まで運ばれます。入換時刻は午後一のため、朝の西浜松の入換と両立できるわけです。

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この専用線に前回訪れたのは、吉原駅構内で特大貨物移送のための入換が実施された2015年2月ですから、およそ1年ぶりとなります。なぜ一度訪問しているのに再訪したのかというと、2015年11月頃にスイッチャーにヘッドマークが付いたとの情報が入ったためです。

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手順はいつも通りで、倉庫内にいた編成は13:40頃にスイッチャーのエンジンがかかり、13:53頃に発車しました。去年より少し遅めですが、時刻なんてあってないようなものですからあてにしないで早めにスタンバイするのが肝要です。

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冬場はやはり富士山が綺麗です。スイッチャー牽引のコンテナ車を見送ると、自転車で東海道本線の線路へ先回りします。

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14:10頃現れた編成。工場内とは異なり駅入線のため、スイッチャー先頭のステップとランボードに操車掛の姿も見えます。ここから駅までの踏切はすべて手動で降ろすタイプのため、自転車で先回りして3回撮れますが、すべて同じ構図なので割愛します。

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駅に到着してからの入換手順は、まず機回しして到着貨車を押し込み、次に隣へ転線して引き取り貨車を引き出し、最後に機回しして推進で工場へ戻る、となっています。2012年の入換手順だと、到着貨車を切り離し、引き取り貨車を引き出してから、転線して到着貨車を押し込み、切り離して引き取り貨車と連結して推進で戻る、でした。前者の方がスイッチャーの走行距離が長くなるので、後者の昔の手順の方が、入換手順としては最適解だと思う(走行距離が短い=作業時間が短く作業単位当たりの燃費も良い=低コスト)のですが、なにか理由があるのでしょうか。

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このシーンがこの専用線では一番好きですね。細かいスイッチング時には、バイクや自転車が一番機動力を発揮しますが、事前に動き方さえ完璧に把握していれば、徒歩移動でも入換シーンを様々な角度から撮ることは可能です。

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2016年1月についていたヘッドマーク。下の部分は交換可能になっているようで、現在では別のヘッドマークが付いています。どのくらいバリエーションがあるのか興味深いところです。

●D351について

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 D351は、昭和43年日本車輌製造製の産業用機関車で、エンジンはDMF17SB(300ps)を1基搭載し、液体変速機はTCW2.5、自重35トン、車軸配置B-B、最高速度25km/h、製造番号は2632です。鉄道ピクトリアル2013年10月号の拙稿にて紹介している通り、八幡製鉄所向けに設計された1エンジン機の専用線向け量産型です。新製配置時は新湊鉄道産業D351で、伏木貨物駅の入換用として導入されました。2008年3月に伏木貨物駅の貨物扱いがなくなった翌年に、日本製紙工場内にいるのを確認しています。

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これは2009年10月14日に東海道本線の線路脇の空き地から撮影したD351です。この専用線で以前使用されていて休車同然の状態だった新潟鉄工所製35トン機と同じ線路に並べて置いてありました。この時は当分使われないのかなと思っていましたが、2012年にDBG25日車25トンをあっさり置き換えてしまい、それ以来、当専用線不動の機関車として活躍しています。

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新潟35トンの方は、1月時点では倉庫の奥の線路に留置されていました。2012年にコンテナ車を牽いて駅まで出てきたところを撮影済みですが、いまどうなっているのかは確認していません。この機関車、車体をよく観察すると、製紙メーカー専用線の機関車なのに防爆構造になっていて、以前から不思議な気がしていたのですが、機関車表によると、新製配置は神奈川臨海鉄道浮島町駅の東亜燃料興業でしたので、なるほどと納得してしまいました。精油所の専用線の機関車ならば防爆構造が求められますので。

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2016年1月20日 (水)

★JR貨物西大分駅のスイッチャ― ①新旧交代の儀

 JR貨物西大分駅には、貨車入換用の入換動車(以下、スイッチャーと呼ぶ)が2両配置されています。1990年代まで、九州の貨物駅では、着発線と荷役線の間で貨車を入れ換えるためのスイッチャーが数多く活躍していましたが、JR貨物の着発線荷役・E&S化の推進により次々と姿を消し、現在でも現役なのは西大分と延岡の2駅だけになりました(延岡は2015年3月にDE10入換動車をスイッチャーで置き換え)

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西大分駅の全景は上の通りです。コンテナ線と1番線が荷役線、2番線が下り授受線、3・4番線が下・上本線、5・6番線が上り授受線、7番線が機廻り線としてそれぞれ使用されています。このほか鹿児島寄りに引上げ線があり、下り貨物列車到着後の入換や、上り貨物列車に連結する貨車を荷役線から本線を横断して5・6番線へ入れ換える際に使用されます。

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2両配置されているスイッチャーのうち、使用される車両の常駐位置は1番線です(左写真)。使用されない方は、7番線の小倉寄り末端から分岐している保材線と呼ばれる線路にいます(右写真)。2016年1月9日に訪問した際は、1番線に「505」が、保材線に「106」がいました。したがって、505がこの日入換に使用される方のスイッチャーということになります。


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 保材線にいた「106」は、一昨年の記事で紹介済みです(敷地外より撮影)。1973年4月に日本車輌製造で製作され、三重県四日市市の石原産業専用鉄道(関西本線塩浜駅連絡)の入換用にDL106として新製配置された車両です。2008年に専用鉄道を運行する列車が無くなると、同県内の北越紀州製紙専用側線(紀勢本線鵜殿駅連絡)の入換用に転用され、さらに同側線が2013年3月に廃止されるとJR貨物に譲渡され、2014年に西大分に現れました。配置当初は一昨年の記事の通り山吹色のままで記号番号もDB25-106でしたが、2015年8月にJR貨物小倉車両所で全般検査を受けた際、ボディを朱色に、台枠を白に塗装され、記号番号も単に106となりました。小倉車両所で全般検査を受けたスイッチャーは、本州のスイッチャーの朱色(国鉄DL色に近い朱色4号?)より幾分明るく、中央線201系のオレンジバーミリオン(朱色1号?)に近いのが特徴です。一つ上の写真のスイッチャー505は、塗装変更前の姿ですので、よく見比べてみてください。

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 さて、既に述べたように、使用スイッチャーの普段の常駐位置は、1番線です。早朝5:42に4071列車から切り離した貨車を1番線へ押し込み、続いて9:42着の4075列車から切り離した貨車をコンテナ線へ押し込むのですが、終了後必ず単機で1番線へ戻るのが通常運用です。しかし、ごく稀に上写真のようにコンテナ線に貨車を押し込んだまま1番線へ戻らない場合があります。これが、スイッチャー交代のサインです。

理由を一言でいえば、荷役の都合によります。通常、大きな貨物ターミナルであれば、荷役のために貨車を留めたら、荷役するフォークリフトの方が動き回って作業するので、基本的には終わるまで貨車を動かすことはありません。ところが、西大分のコンテナホームは上の通り非常に狭隘で、場所によっては線路の間際までコンテナ置き場になっているほどです。必然的に荷役可能なスペースが限られるため、フォークリフトが荷役する場所をある程度限定し、荷役が終わったら貨車の方を編成ごとスイッチャーで動かして、次に荷役する貨車をフォークリフトのいる場所まで移動する、という手法をとります。この作業が1編成あたり数回発生します。

スイッチャー交代の日は、4075レの着後入換までは従来のスイッチャーが担当し、終了後は1番線へは戻らずにスペースを空けておいて、前述の貨車小移動時に交代スイッチャーが登場する、というのフローになります。

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 では交代が何時頃なのかというと、荷役の進捗に因るので一概には言えません。コンテナが普通に乗っていれば、概ね13時~15時頃が多いようです。私が撮影した日は14時過ぎでした。運転1、誘導2の合計3名体制での入換作業となります。分岐器は側線含めて自動ポイント化されているので、2名でも可能かもしれませんが、本線横断を伴うので保安上の観点で人数を増やしているのかもしれません。このほかに、駅ホーム上にある操作室で本線線路の閉鎖や分岐器の切り替えを行う方が1名います。

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保材線を出て7番線へ入線し、中島踏切付近の本線横断箇所へ向かうスイッチャー106。

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本線横断前に一旦停止することは容易に想像がついたので、Bダッシュして先回り。7番線を出たスイッチャーは、

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3・4番線を渡って引上げ線へ。

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スイッチバックして、1番線へと滑り込みます。


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日車のスイッチャーがJRのマークを付けていると、なんとなく違和感がありますね。


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コンテナ線の505と並んだ106。更に貨車に接近して、


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連結しました。

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新旧スイッチャーの並びは、交代の間の数時間しか見ることができない貴重なシーンです。このあと、505の方が本線を逆に横断して保材線へと納まり交代終了となるのですが、その入換時刻はなんと日没後です。理由は、コンテナ線の貨車を南延岡発の4076レに連結するために本線を横断して5番線へ押し込むのが20時過ぎであるためです。終了後、スイッチャーは通常のように1番線へは戻らずに保材線へ向かうことになります。

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翌朝見てみると、505が保材線に納まっているのが確認できました(写真左奥)。

 西大分の2両のスイッチャーに正副の関係はなく、2週間毎に交代する交互使用体制です。交代日は土曜が多いようですがたまに日曜にやることもあるみたいです。また1両が検査で不在の間は、当然残りの1両が2週間を超えて稼働し続けます。平日しか稼働しない専用線の場合、スイッチャー交代は週末金曜にやることが多い印象ですが、西大分発着の貨物列車は土日も運行されるので、週末土日に交代シーンが見られることになります。平日自由に動けないサラリーマンにはありがたいですね。

【注意】
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2015年3月 2日 (月)

【くろがね線を読み解く】第198回 ■60DD-7形D631

 「くろがね線を読み解く」の連載も、もうあと僅かで200回を迎える。今回はそれに向けてのプレ企画として、戸畑溶銑機をとりあげる。

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■戸畑地区の溶銑専用機D631 株主向け工場見学会では、高炉前のみ撮影OKになることも

 戸畑第四高炉の溶銑・溶滓輸送(脚注参照)に従事している機関車には、専ら高炉付近で使用されている専用機と、高炉付近のみならず鋼片輸送にも従事し戸畑第一操車場に姿を現す兼用機があるようである。兼用機は第一操車場で待っていれば遭遇することができるが、専用機はめったにお目にかかることができない、貴重な機関車である。もちろん専用とは言っても、他の機関車が故障や検査などで使用できないときには、代用として鋼片輸送や時には製品輸送に使用されることもあり、稀ではあるものの、第一操車場や西八幡に姿を現すこともあるようだ。

●60DD-7形

 60DD-7形は、渡辺台帳によると1981年2月日本車輌製造製、自重60t、エンジン出力500ps、車軸配置は見ての通りB-Bである。基本スタイルは60DD-4形に類似しているが、中央のキャブのように見える部分は機器室で、乗り込んだ際に前方を見ながら運転するための窓は無く、明かり窓のみとなっている。また本機に採用された台車についても、60DD-5形までの伝統であった日車バーバー台車を捨てて、60DD-6形に類似した組立溶接台枠の簡素な造りのものに変更されており(型式不明)、無駄な装備を省き徹底的なコストダウンが図られている様子が見て取れる。60DD-7形は、D631(製造番号3327)とD632(同3328)の2両が1ロット製造されたのみで、その後の増備はなかったようである。2014年現在でも戸畑で活躍しているのは、D631の方で、D632は北海道のM製鉄所へと転じたようだ。

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■M製鉄所のD610(元 Y製鉄所D632) 輪西の丘より撮影

以前弊ブログの記事にて、60DD-4形ではないかとの推測を披露したM製鉄所の機関車D610であるが、よくよく観察してみると、台車の形態が全く異なる(D610は組立溶接台枠だが60DD-4形は鋳鋼製の日車バーバー台車である)し、ラジエーターカバーの形状も異なり、別物である。戸畑で初めてD631を間近で観察した際、その姿がM製鉄所D610と瓜二つであることに驚くとともに、推測が間違っていたことにすぐに気付いた。60DD-7形は2両しか製造されておらず、戸畑のがD631であるから、自動的に室蘭のはD632ということになる。

【脚注】

  • 溶銑 … 高炉から流れ出る銑鉄で、主成分は炭化鉄。製鋼工場へと運ばれて成分調整ののち、鋼の半製品(スラブやブルームなど)になる。
  • 溶滓 … 高炉スラグともいう。主成分は二酸化ケイ素と酸化カルシウムで、冷却してセメントの原料などになる。

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2015年2月17日 (火)

★東海道本線吉原駅★鈴川エネルギーセンター向け発電機輸送

 2015年2月某日、クハ489-1の松任→向日町の配給を撮影した夜、とある夢を見ました。2月14日土曜日の日中に、吉原駅構内で大物車シキが発電機を積んで日本製紙富士工場(鈴川)へと向かう内容でした。夢のお告げはこの時以来です。

月刊鉄道雑誌『とれいん』の有料会員サイトの情報から、吉原駅構内で特大貨物輸送が計画されていることは知っていましたが、『とれいん』の情報では2月13日金曜日の夜中から14日土曜日の未明にかけて線路閉鎖して走行するとも読めるような内容だったので、訪問を諦めていました。しかし、夢のお告げによると日中走行となりそうでしたので、14日は普段通りの時刻に起床して吉原へと向かうことにしました。

 こだまで新富士に着いたのが10:30過ぎ。快晴でしたので、無料レンタサイクルを借りて、まずは11:02ジヤトコ前発吉原行の岳南電車を撮ることにしました。

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2月23日は富士山の日、ということで岳南電車は記念ヘッドマークをつけて走っていました。この場所では今まで何度となく撮影していますが、いつも空のどこかに雲がありました。今回は何度目かの正直でようやく綺麗な富士山を撮ることができました。

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 吉原駅近くの店舗の駐車場へ行くと、DE10を連結して発車を待つ大物車の姿が見られました。後ろには車掌車が連結されています。

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今回使用されるのは、紀勢本線多気駅常備の日本通運の私有貨車シキ800形です。多気駅には、ダイヘン(元・大阪変圧器)の専用側線が連絡しており、大物車シキ800を使用して変圧器の発送(不定期)が行われています。以前の記事で紹介している通り、通常、輸送後のダイヘンへの戻りは空車回送となりますが、シキ800が明電舎など余所の事業所からの製品出荷に使用される際は、多気から目的地までの往復ともに空車回送となります。今回はそのパターンです。

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シキ800の梁には3種類あり、吊掛け式B1梁、B2梁と、落とし込み式C梁があります(変則でB2Cというのもありますが今回は割愛)。B2梁はこのように梁の端が曲線を描いているのが特徴です。(B1梁は直線)


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そしてこれが今回最も注目される輸送製品。この蒲鉾型の装置は、2012年9月に操業を停止した日本製紙富士工場(鈴川) (→以前の記事を参照) の跡地に建設中の石炭火力発電所『鈴川エネルギーセンター』向けの発電機です。

発電機の重量は131,200kgで、発電設備を受注したIHIが三菱電機へ発注したものです。IHIは今回の鈴川エネルギーセンターの案件でボイラーを製作することになっていますが、発電機は内製していないので、三菱電機へ外注したものと思われます。今回の発電機の製造拠点は、三菱電機 電力(神戸)システム製作所です。電力システム製作所は長崎にもありますが、発電プラント向けの大型の発電機を製作しているのは神戸だけですので、さもありなんといったところでしょうか。なおタービンについては、発電機が三菱電機製であることや、案件に三菱商事も絡んでいることから、おそらく三菱重工製ではないかと思われます。

鈴川エネルギーセンターは、2013年9月に三菱商事、日本製紙、中部電力の3社が出資して設立した火力発電設備の建設・運営会社で、発電した電力は中部電力の子会社「ダイヤモンドパワー」へ売電することになっています。ダイヤモンドパワーの顧客は主に東京都内ですので、電気は静岡県内ではなく主に都内で消費されることになります。もともとこの事業は、50Hzエリアへの電力供給(規制緩和によって可能になったいわゆる越境売電)の端緒とすべく計画されたものですので、地産地消でないのはけしからんというのは、チョット筋が違いますね。

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今回の輸送製品は、JR吉原駅構内の保線基地付近で積み込まれ、吉原駅上り引上げ線を経由し、日本製紙専用側線へ入線して日本製紙敷地内で降ろされることになっています。短区間の運転ではあるものの、車掌車が連結されていました。

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入場券を購入してホームに入ってみます。DE10形1581号機は既にエンジンをふかしており、いつでも発車できる状態でした。

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事前情報が少なかったせいか、土曜日にもかかわらずホームにいたギャラリーは4人程でした。

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改札フロアから俯瞰。梁に挟まれた、製品を積むためのグレーの枠も、今回の製品に合わせて特注されたのでしょうか。

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跨線橋からも俯瞰。タンクコンテナのような構造ですので今後も使いまわしができるのかもしれません。

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 12時を過ぎると、DE10が汽笛を鳴らして入換が始まりました。東海道本線の上下線を横断したのは、12:25頃でした。直前に上り営業列車と下り回送列車が通過していったので、本線を横断するための間合いがその時間帯しか無いのだと思います。某サイトのニュースコーナーに写真を投稿しましたので、投稿したのとは別の写真を載せておきます。

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発電機を輸送するシキ800B2.

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発電機輸送編成の後追い。この先、専用線に入る直前には脱線器が設けられており、必ず一旦停止することがわかっています。そこで先回りしてみると…

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追いついてしまいました。先客が4名いらしたので、邪魔にならないようしゃがんで柵の隙間からカメラだけ出してライブビューで撮影。

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工場内に取り込まれる発電機。この後DE10が単機で顔を出してきましたが、すぐ奥へ引っ込んだので、機回しして押し込むと推察し、裏手へと廻ります。

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荷卸し場所に到着したシキ800.畑の持ち主にお断りし、畑内に入らないことを条件に特別に撮らせていただきました。この後お昼休みなのか人がいなくなってしまったので、荷卸しは午後から夕方とみて撤収しました。今回実施された吉原駅構内のみで完結する特大貨物輸送、特異な事例ではありますが、日中に運転してくれたおかげで貴重なシーンを見ることができました。

 さて、新富士駅へ戻る途中に日本製紙富士工場の倉庫前を通りかかったところ、ふだんは平日しか動いていない専用側線の倉庫のシャッターが開き、貨車が外を走行している場面に遭遇。経験上、富士駅側へ先回りすれば間に合いますので、すぐに移動開始。

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日車製35tスイッチャーに牽引されて現れた、日本製紙専用側線のコンテナ車。まさか土曜日に撮れるとは思いませんでした。なぜか地元の親子がはしゃいで追いかけてきました。(笑) このスイッチャーは何度も撮っているので、たまにはこういうアクシデントも楽しいものです。

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最初は通りすがりかと思いましたが、スイッチャーの動きに合わせて右へ左へと行ったり来たり…。ずっと諦めずに追いかけて続けていたので、けっこう筋金入りなのかも…。

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今回初めて撮れた、富士山バックの日車35tスイッチャー。倉庫への戻りも先回りして

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富士山バックの推進運転と、

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カーブ。踏切前で一旦停止するのもいつも通りなので、先回りして

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倉庫への入線も撮れました。1日で特大貨物の専用線とコンテナ貨物の専用線2か所同時に撮れたのは、2009年1月の松川駅(北芝電機)、2010年2月の多気駅(ダイヘン)以来ですね。

最後に、偶然ですがこの日はちょうど日車豊川から都営大江戸線用12-600系が甲種輸送されてくる日でしたので、最後に富士山バックで甲種を撮ろうとしたところ…

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下り貨物列車が見事に手前を走行し、アウト。EF66形100番台と富士山のよくわからない絵図になりました。富士山に始まり、富士山に終わった1日でした。

●なぜ鉄道輸送なのか

(準備中)

●多気への返却回送

 とれいんの有料会員サイトでは、多気への戻り便が吉原を出るのは2月16日になっていますが、実際には2月18日ですので、間違えないよう注意してください。工場からの出場も18日です。時刻が何時になるのかは、上の本文を読めば分かる筈。

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2014年12月10日 (水)

【くろがね線を読み解く】第193回 ■西八幡の予備機D627の入換

 西八幡(JR鹿児島本線黒崎駅分岐)におけるY製鉄所専用鉄道の貨車の入換には、通常、日立製45t機のD442が使用されている。しかし、D442が故障修理や検査の都合で運用入りできない場合、構内用60t機が使用されることがある。(→くろがね線を読み解く第97回を参照)

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 2014年4月29日の朝。この日は昭和の日で祝日であったが、火曜日のため171列車にチキ5500が連結されるハズ…。スペースワールド駅で待っていると、EH500-72号機がチキ5500形6両編成を牽引してやってきた。狙い通りである。

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黒崎で機回しして折り返し、遅発入換時刻に西八幡へやってきた。貨車の構成は、東京タ寄りが国鉄時代から使用されているチキ5500形3両、黒崎寄りが民営化後に登場した私有貨車のチキ5500形3両である。通常、チキの到着のある日は、到着前からスイッチャーが待機しているのだが、この日は出場していなかった。

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しかし9:45頃になると、遅れて東ヤードからスイッチャーがやってきた。それも見慣れたD442ではなく、


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八幡構内で使用されている日車製60t機のD627である。60t機が西八幡でJR貨車の入換に使用されるのは大変珍しい。

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D627は、EH500が置き去りにしたチキ6両を連結して引き出し、

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東ヤードへ引き込むと、転線して側線へと押し込んでいった。スイッチャーはリモコン制御で、先頭のチキのステップに運転士が乗っている。

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スイッチャー寄りの3両は、黒崎寄りから順にチキ5519、5607、5515で、未だ廃車にならずに最後まで残っているチキ5500形である。

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チキ5515のTR63F台車と、車体の表記類を観察してみる。荷重37t、自重16.0t、汽車会社昭和39年製造、日本国有鉄道広島工場昭和48年改造。

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左端の「緩」「ブ」の表記はもちろん貫通ブレーキの状態を表す。写真の状態で、針は「緩」を指している。

JRの機関車から切り離されたチキは全車に貫通ブレーキがかかっているが、右端に見えるBC確認レバー(取っ手のような部分)を手前に引っ張ると、引っ張っている間はBC(ブレーキシリンダ)のエアが抜けて圧が下がっていき、貨車自身のブレーキが緩んだ上記の状態となる。製鉄所の機関車がチキを入れ換える際は、貫通ブレーキを使用しないので、貨車の貫通ブレーキは緩んだ状態になっていないと入換ができない。もちろん、製鉄所の機関車を連結してからエアを抜いてもよいのだが、抜けきるまでに3~5分前後かかるので、その間入換作業ができず、効率が悪い。JRからY製鐵所へ引き渡す段階でエアを抜くルールにしておけば、製鉄所の機関車が到着次第入換作業を開始でき、時間のロスを最小化できるというわけである。もちろんチキには手ブレーキがかかっているので、Y製鐵所の機関車が連結されるまでの間に貨車が勝手に走り出してしまうようなことはない。

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東京タ寄りのチキ5519.検査表記は「26-11-10小倉車」とあり、年内には引退しそうである。

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中央締結車のチキ5607.鉄道ピクトリアルの臨時増刊号「鉄道車両年鑑」によると、九チキは既に全車がY製鐵所の私有貨車となっている。

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黒崎寄りのチキ5515.以前お伝えしたように、この3両編成も2014年12月の東京タ行レール輸送をもって引退となる。(→以前、川崎貨物駅での入換も撮影済み

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製鉄所構内走行時はまず撮れない、D627の歪み無しサイドビュー。これまで西八幡訪問日はなぜか曇ることが多かったので、天候に恵まれたのは幸いであった。

●西八幡の入換実施日

 西八幡の入換は、JR東海向けチキとJR九州向けチキでそれぞれ作業日が計画されているが、JR東海向けの発送(170列車)と到着(171列車)は運行曜日が決まっているため、入換実施日も曜日によって概ね決まっている。以前鉄道ピクトリアル2011年3月号掲載の拙稿において、入換曜日と時刻について言及したが、来年になり150mレール輸送が本格化すると、また変化があると思われるため、いまのうちにブログにも記載しておくことにした。

1.発送前入換

 JR東海向けチキが170列車により黒崎から発送されるのは毎週月・金曜日で、西八幡→黒崎の出場入換も同じ日に実施される。製品倉庫でレールを積んだチキが西八幡へ搬出されるのは、原則として西八幡を発車する前営業日であるため、金曜発送分は前日木曜に、月曜発送分は3日前の金曜には搬出されている。

搬出時刻は、拙稿掲載の通り発送チキが3両編成の場合は10時~11時頃、6両編成の場合は14~15時頃であることが多いが、荷役の進捗によっては早まることもよくある。たとえば、木曜日に搬出するチキが3両編成だった場合、午前中のうちに積付と貨車の搬出が終わってしまうため、午後には翌日予定作業を前倒しで実施して新たに3両分の積付が終わってしまう。この場合、金曜日午前中に新たに3両積み込むと、これを前日午後に積付した3両と繋いで6両とし、午前中のうちに搬出してしまうことがある。このように6両編成でも午前中に搬出するパターンもある。

2.到着後入換

 171列車の到着後入換は、発送時とは異なり、本記事で紹介している通り到着日当日に実施される。171列車にチキ5500が連結される日は、朝8時前後にY製鉄所のスイッチャ―が西八幡へ姿を現し、9時過ぎに黒崎から西八幡へチキが到着すると、すぐに着発線から側線への貨車の入換が行われる。

 発送前の入換は前述のとおり週2回(木曜・金曜)だが、だからといって到着も週2回あると考えるのは早計である。貨物時刻表を素直に眺めると、西八幡への返却チキは8867列車(日付を跨いで北九州タ到着時は8869列車)で山陽本線を下り北九州タへ輸送後、その日の171列車に継送して黒崎まで持ってくるように思われるが、実態は異なる。空車のチキはレール積付に必要な時に必要数ありさえすればよいので、律儀に週2回黒崎へ戻す必要はない。実際には、8869列車のチキは北九州タ止まりとなり、列車指定表示票通りに171列車へは継送されない。そして、数日後に次のチキを連結した8869列車が北九州タへ到着すると、留め置いていたチキを連結し、2列車分のチキをまとめて171列車で黒崎まで運ぶ。171列車にチキ5500が連結されるのが週1回、毎週火曜日なのはこのためである(2列車分まとめないときは金曜日にも運転)。

本記事で紹介している入換も、たとえ祝日であっても火曜日ならば171列車にチキ5500が連結されることを確信していたからこそ、撮りに行けたわけである。

※無論、171列車はJR貨物小倉車両所での交番検査後の貨車の返却にも使用されるので、実際には火曜以外の曜日にも貨車付きで運行されることはある。

※2014年11月度の発送をもって、黒崎発西浜松行の50mレール輸送は終了しています。12月以降当面のあいだ、50mレールの輸送先は、静岡貨物、相模貨物、東京貨物ターミナルのみとなり、運行頻度は著しく低下します。必然的に西八幡の入換回数も激減しますので、ご注意ください。

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