カテゴリー「 D.北陸重機のスイッチャー」の19件の記事

2017年8月23日 (水)

★車両メーカーN社のスイッチャー★No.250230

 JR東海飯田線豊川駅に連絡する専用側線を有する、某車両メーカーN社。JR東海の100%子会社になって以降も、新幹線車両のみならず私鉄や地下鉄向けの新車を製作しているほか、小田急などの車両の改造工事も実施しています。

この車両メーカーの入換用機関車については7年前に紹介していますが、数年前から新しい機関車が加わりましたので、お盆休み初日に撮りに行きました。

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新しいと言ってもセコハンですが、北陸重機工業製の35トンB-Bディーゼル機関車です。北陸重機製なのにボンネット先端のラジエーター通気口に日車の社紋を掲げているのは面白いですね。

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反対側の公式側からも。こちら側はキャブが台枠より外側にはみ出しているのが特徴です。運転士の着席する側はこのような構造になっていた方が視認性が高まります。車両を連結した方に向かって推進運転する場合、キャブを拡張しておかないと、進行方向が見にくいのです。

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後位側からも観察。記号番号は250230というよく分からない番号になっていました。この工場は場内撮影禁止です(その旨の看板も出ています)ので、工場設備や留置してある製作中の車両を撮影してはいけません。背後にそれらが写り込まないよう配慮しています。

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元々この車両は、東亜石油専用側線(JR鶴見線浜川崎駅連絡)の京浜精油所扇島工場付近において、着発線と荷役線の間の貨車入換に使用されていた、シムラのスイッチャーです。駅まで出てくることはなく工場内専用でしたので、撮影できる公道沿いまで頻繁に出てくるのは、石油貨車の編成の長くなる冬期だけという、撮影困難なスイッチャーでした(笑) 石油精製設備を対岸の水江工場に集約することに伴い、当工場および専用側線も2011年9月をもって廃止されました。その後、このスイッチャーは車両メーカーN社に譲渡され、豊川工場の入換用として使用されることになりました。車体・台枠・手摺・ステップ等各所色が塗り替えられていますが、大きく改造されている箇所はないと思います。新幹線車両や海外車両を入れ換える際は、軌間が異なる関係で連結器の中心がずれますので、2エンド側の連結器回りに若干手が加えられてます。まぁ特筆するほど大きな変化ではないですね。

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シムラ所属時代はこのように北陸重機工業の銘板が台枠に取り付けられていましたが、譲渡に伴い取り外されたようです。

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基本的に同型機は存在しません。製紙メーカーN社専用鉄道(JR石巻港駅連絡)のDD40A1が似ているという人がいますが、ラジエーター通気口に目を向けると、250230がボンネット妻面なのに対し、DD40A1は側面でファンがボンネット天井を向いていますので、まったくの別物です。前述のキャブの拡張についても、DD40A1には見受けられず、キャブは台枠の幅に収まっています。よく見れば全長も違いそうですね。しいて共通点を挙げれば台車で、2軸ボギー台車のブレーキシリンダーが車体外側にしか付いていない(台車1台につきシリンダー左右各1基で4輪のブレーキシューを制御する)構造でしょうか。なおこの機関車には北陸重機工業の銘板以外に、ベンダーとして仕入販売を担当したモリヤ産業の銘板もついています。保線車両でよく見かけるパターンですね。

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さて話を東亜石油専用側線に戻しますと、この工場で活躍していたもう1両のスイッチャーも忘れるわけにはいかないでしょう。シムラNo.1です。2009年12月28日に訪問したところ、ボンネット先端に正月飾りを取り付けていました。この飾りは、毎年クリスマスが終わった数日後に取り付けられ、正月明け1月上旬の間には取り外されていましたので、なかなかにレアな姿でした。いくら石油輸送が冬期に活発とはいえ、貨車の発送・到着がある最終出荷日は12月28日か29日、正月は4日にならないとスイッチャーは動きませんでしたので、正月飾り付で動くのはトータル7~8日間のみ。何年か毎年通ってやっと撮れた一枚なのでした(笑)

この車両、もとは第一セメント川崎工場(浜川崎駅連絡)からの譲渡車で、新製当所はロッド駆動でしたが台車交換により歯車駆動になった曰くつきのスイッチャーです。2軸ボギーの液体式ディーゼル機関車や気動車は、基本的に台車内側(車体中央寄り)の車輪にしか動力を伝達していないので、その動力を外側の車輪に伝達する方法がロッド棒なのか歯車なのかは台車の造りに依存します。だから交換できるわけですね。もちろん気動車の場合は「外側の車輪には動力は伝達しない」という選択肢もポピュラーで、キハ58系や最近のレールバスでも内側車輪だけ動輪なのが一般的です。

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1960年日立製作所製の35トンB-B機で、製造番号は12524。渡辺台帳によると、エンジンは振興造機DMH-17C(180ps/1500rpm)×2基、液体変速機は振興造機TC-2×2基です。液体変速機が2基あるということは、2台のエンジンから1基の変速機に動力を伝達する国鉄DD13形ディーゼル機関車とは異なり、各々のエンジンから独立した2基の変速機を介して、前後の台車にそれぞれ動力が伝わるということですね。キハ58のような2エンジンの気動車と同じ構造であるわけです。

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最後に、浜川崎駅と東亜石油専用側線の間で貨車をやり取りしていたJR側のディーゼル機関車を紹介します。この日はDE11形2000番台2004号機が使用されていました。この車両は現在も現役ですが、塗色がJR貨物更新色に変わっていますので、この写真もこれはこれで良い記録になったというものです。

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2017年8月17日 (木)

【O工場の石灰石輸送】テコ車の台車振替

 今年に入ってから、2012年以来およそ5年ぶりに、D社専用鉄道を訪れた。きっかけは、貨車に関して気になる情報があったからにほかならない。

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その気になる情報とは、車体に白帯の入った車両が登場したことである。この会社は、2015年10月に社名が漢字六文字からカタカナ三文字に変わったため、車体側面の社名表記が消されているのはまだ理解できるものの、いったい何の目的で白帯を入れたのか気になるところである。

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上が2017年現在テコ401が装備する台車で、他のテコ300形も同じ台車を履いている。過去の写真を確認したところ、前回2012年10月27日に訪問した時点で、台車はこの新しいタイプになっていた。しかし以前の台車はというと…

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こちらが2010年現在のテコ401の台車。二つを比較してみると、枕バネが重ね板バネからダンパー付のコイルばねに変わり、軸受も平軸受からコロ軸受に変わっているのが分かる。台車枠の形状も、上部がカーブしていた従前のものとは異なり扁平になっていることから、改造ではなく台車そのものが交換されたと結論付けられる。

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テコ302も同じ台車を装備していた。ここまで見ると、まるで台車を交換した車両が白帯で区別されているように見えるかもしれないが、そうではない。

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こちらは白帯の入っていないテコ304だが、台車はテコ401やテコ302と同じくコロ軸受の新しいものに交換されている。白帯は台車交換の証ではないのだ。

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こちらも白帯無しのテコ303だが台車は更新済み。白帯を付けているテコ401・テコ302と、白帯無しのテコ304・テコ303.いったい何が違うのか。これについては、次回記事にて考察をしてみようと思う。少なくとも空車を見ても何も分からないことだけは確かである。

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貨車を推進して原石事務所へ向かうディーゼル機関車DS-7。

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この日は普段より若干早く、15:10頃に青海川を渡る御幸橋付近に現れ、戻りは荷役時間の関係で15:30を過ぎていた。16:00に大沢バス停を発車する糸魚川駅日本海口行きのバス(土日も運転)があるため、撮って戻るには都合がよかった。

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2017年4月 9日 (日)

★下関貨物駅のスイッチャー★DB500形1号機の入換

 2016年秋のスイッチャー界最大の話題は、JR貨物が小規模貨物駅向けの小型ディーゼル機関車(入換動車)を導入したことでしょうか。配置駅は下関貨物です。下関は、私が日頃鉄道趣味のテリトリーとしている北九州市内からも海峡隔ててすぐの場所ですから、周遊プランに組み込むにも都合が良いです。本稼働開始日となる2017年3月4日のダイヤ改正当日に、早速訪問してきました。なお試運転はそれ以前に行われていたので、撮影した方もいらしたようですが、私は別に我先にと急ぐ性分ではないので、のんびりいきます(笑)

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 2017年3月のダイヤ改正で、下関発着の貨物列車の時刻に大きな変化はありませんでしたが、幡生操から直通してくるDE10形ディーゼル機関車の牽引する列車が電気機関車に置き換えられ、DL牽引列車が消滅しています。とはいえそれ以外の列車は元からEL牽引でしたので、下関駅から下関貨物駅までの通路線(上写真)と着発線は改正前から電化されており、地上設備に特に変化はありません。

列車は3往復あり、下関貨物着時刻を基準に以下の通りです。

  •  9:43着 81レ(幡生操 9:32発)
  • 10:46着 83レ(幡生操10:37発)
  • 11:04着 71レ(広島タ 5:16発)

83レは月曜運休で、私が訪問した土日も土曜は運休でしたが、それ以外は概ね土日でも運転されるようです。71レは10両以上の長い編成となりますが、81レは6両程度、83レは2両と短いです。入換は到着後すぐに実施されますが、発車前の入換は発車時刻と連動しないため、入換で動く時刻を先読みできません。というわけで、スイッチャー狙いなら到着後を狙うのがセオリーです。

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下関貨物に配置され、ダイヤ改正から稼働開始したのは、DB500形ディーゼル機関車です。500番台は液体式ディーゼル機関車に付与される番号帯です。ちなみに、100番台は電気式ディーゼル機関車の直流電動機装備車、200番台が交流電動機装備車(DF200が好例)、300番台がその他電動機装備車、500~700番台が液体式と規定されています。

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貨物列車が到着すると、単機で貨物駅から出てきたDB500は、スイッチバックして着発線にいるコキ車を受け取りに行きます。その途中で、牽引機のEF210-303とすれ違いました。

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コキ6車を率いて引上げ線へ移動するDB500-1.力行時も音は非常に静かです。

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東側の引上げ線へ入線するDB500.線路の反対側に下関運転所(現在は下関総合車両所に統合)があり、山陰本線で使用されているキハ40系の入庫姿も見られました。

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スイッチバックしたDB500は、荷役線へとコキ車を押し込みます。奥には、宇部線用でしょうか、クモハ123+105系の編成も見えますね。この日は構内でコキ50000系貨車の廃車解体作業が行われており、大きなクレーンも見られました。

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屋根のあるコンテナホームまで押し込んで、作業終了。あっけないですね。かつては保冷倉庫へ向かう専用線が四方に伸びて臨港線の雰囲気溢れる下関貨物駅でしたが、現在では西大分並みにシンプルな貨物駅になってしまいました。

●DB500形ディーゼル機関車

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 JR貨物DB500形ディーゼル機関車は、2016年10月に北陸重機工業で製作された、自重25トン、車軸配置Bの液体式ディーゼル機関車です。車体の片側に、エンジンの格納されたボンネットがあり、反対側にキャブが寄せられたL型のスタイルです。キャブの乗降扉は、両側面に1か所ずつか、或いはキャブからボンネット脇のランボードに出る部分のいずれかを選択することができる設計で、DB500形では後者に乗降扉が設けられています。同じ時期に、しなの鉄道坂城駅のJX日鉱日石専用側線の入換用として導入されたDB25-1がほぼ同じスタイルをしていて、同型機と呼べるかもしれません(ステップ取付位置や形状など細部は異なる)。

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車体には前位側、後位側ともに立派なナンバープレートが取り付けられ、真っ赤なボディに白帯も入り、HD300形ハイブリッド式ディーゼル機関車にも似た風格があります。後位側は窓も大きく、特に妻面向かって左下の窓が一際大きいです。これは、着席した運転士から連結部が見易いよう配慮された設計です(キャブ内にある運転台は公式側に着席するように配置されているため)。なお、キャブ側面に手すりとステップが付いていますが、地上から登ってもそこには扉が存在せず、キャブの中に入ることはできません(笑) 今後登場するモデルでは、キャブ側面に乗降扉が付いたタイプも登場するかもしれませんね。

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キャブの側面には様々な情報が記載されています。配置は門司機関区で、最高速度は25km/h。換算は50ですから、最大500tの貨車を牽引することができます。注目は台枠部に「SF」の表記がある通り、ATS-SF型を装備しているということでしょうか。ATS-SFは、絶対信号機直下を冒進した場合に、たとえ入換運転であっても強制的に非常ブレーキがかかる仕組みで、JR貨物の機関車に装備されています(もちろんJR旅客会社各社のATS(ATS-SNやSW)もこの機能は含有していますが)。通常、貨物駅構内や車両工場内、専用線の入換機関車にATSは不要ですが、これは絶対信号機のない線路にしか入線しないか、または入換時に駅構内を線路閉鎖しているためです。ですから、中央本線竜王駅や日豊本線西大分駅などで、ATSを装備しない入換動車が本線を横断して入換していても、何ら不思議はないわけです。しかし、閉鎖機能を持たない駅での本線横断や、着発線に直接入線する場合には、たとえ入換動車であってもATSが必要になります。下関貨物の入換は、まさに後者に該当するわけです。今後、このDB500がほかの駅向けに増備されていくのか、興味深いですね。

<注>

絶対信号機とは、出発信号機、場内信号機のことです。本線が駅に入る場所や出る場所に設けられている、よく見なれた色灯式信号機をイメージしていただければ分かり易いと思います。

●おまけ

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下関貨物で行われていたコキ50000系の解体作業、訪問時はちょうど台車をトラックに積むところでした。

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東海道・山陽本線の営業列車はもうコキ100系で統一されているので、コキ50000系が走ることはそうそうないと思いますが、車票と列車指定表示票を見ると、このコキ50855は新潟貨物ターミナルからはるばる回送されてきたようです。たしかに、いまどきコキ50000系なんて日本海縦貫線でしか見ませんものね。

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2014年4月26日 (土)

【くろがね線を読み解く】第172回■Y製鐵所小倉地区の機関車

 2014年4月1日、鉄鋼メーカーNS社K製鉄所は、同社のY製鐵所に吸収統合され、「Y製鐵所小倉地区」となった。小倉地区は、小倉の街中を流れる紫川の河口付近から容易に見ることができるが、かつて製品岸壁に張り巡らされていた線路は既に剥がされており、鉄道車両が走行するのを見ることはできない。

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しかし、反対側の原料岸壁側ならば、わずかではあるが列車の走行を見られる場所がある。

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 小倉地区で使用されている機関車は、高炉のある製鉄所にしては小型のものが多く、35~45tクラスが主流である。これは、高炉の容積が他の製鉄所に比べて小さく、溶銑の輸送単位が小さいことに起因すると思われる。機関車の製造元は、他の旧住友金属系の製鉄所と同じく日立製作所がメインで、最近では新たな仲間として北陸重機工業製も加わっている。上は日立製35t B-BのD-301で、鉄スクラップ輸送用と思しき2軸ボギーの無蓋車を2両連ねている。小倉地区の構内機関車運転はかつて日鉄住金物流小倉が担っていたが、この会社も2014年4月1日現在では日鉄住金物流八幡に吸収合併されている。

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 D-301の形式写真。製鉄所の機関車として一般的な1エンジン機ではなく、前後のボンネットに1基ずつエンジンを搭載した専用線でお馴染みの2エンジン機である。台車は鋳鋼製の日立G台車で、屋根は丸屋根。最近では焼島の北越製紙専用側線に同型機がいた。車体前後には運転士が乗り込むための簡易運転台を点対称に備えている。塗色は側面から見るとクリーム色一色だが、実際にはボンネット上と屋根上がマルーンに塗装されており、鹿島の機関車 と同じで、いわゆる住友金属物流標準塗装である。

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こちらは、半製品の鋼片を後工程の工場へ輸送中のD-306。側柱付の長物車に積まれているのはビレットである。小倉地区の主力製品は線材なので、半製品もスラブやブルームではないところがポイントである。

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D-306は、D-301と同じ日立製35t B-Bの2エンジン機であるが、306の方が若干製造年が新しいらしく、屋根は台形屋根、台車は組立溶接台枠である。キャブの乗降扉が埋められている。

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 こちらは、数年前に導入された北陸重機工業製D-507。空車の長物車を4両連ねて連続鋳造の工場へと戻っていく。

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D-507は、和歌山へ導入された同社製の65t B-B(D73~80) に類似したスタイルだが、自重は45tである。片側のボンネットにエンジンを、反対側にラジエーターを配置した1エンジン機である。小倉地区は規模が小さいため、機関車の両数もそれほど多くはないが、リプレイスのペースが鈍いお蔭で様々な世代の機関車を見ることができる。ファンとしては嬉しい限りである。

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2012年10月29日 (月)

【O工場の石灰石輸送】DS-7形ディーゼル機関車

 新潟県の産業車両メーカー北陸重機工業で新型機関車を製造しているとの情報をいただいたのは、数ヶ月前だったろうか。見た本人に聞いてみると「水色の4軸機」とのこと。これを聞いてすぐ脳裏に浮かんだのは、石巻港の製紙メーカーN社専用鉄道向け40tスイッチャーである。

2011年3月11日の東日本大震災に伴う津波により、その大部分を消失したN社専用鉄道は、2013年春の再開を目指して目下復旧工事中である。時期的に考えて、その「水色の4軸機」は新型ではなく、修理中のN社専用鉄道の40tスイッチャーではないのだろうか。その方にはそう伝えたのだが、本人曰く、いや新型だ、修理ではない。しかも国内向けであり輸出ではないと言い張って譲らない。専用線の新設が望めない昨今、日本国内で製鉄所以外に産業用機関車の新規需要などあるのだろうかと思いつつ、よく分からない情報として闇に葬り去っていた。

ところが今年秋になり、北陸重機のホームページがリニューアルされたので早速チェックしてみたところ、「糸魚川のお客様に45t機関車の新車納入」と題した記事が掲載されているのを発見した。見てみると、D社の制服を着用した複数の方が車体の細部をチェックしている様子が写っており、水色の4軸ディーゼル機関車はD社原石線向けとみて間違いなさそうである。10月~11月は、日本全国で車両工場公開イベントが目白押しとなるため、スケジュール調整が難しかったが、なんとか10月27日土曜日に午前中から行くことができた。

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 いつも通りの時間に向かうと、5分ほど早いが列車はやってきた。しかし山元側から貨車を推進しているのは、見慣れたDS-6ではなく、北陸重機のホームページに掲載されていた水色の機関車である。

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従来のスイッチャーより早い速度で積み込み設備へ向かうと、5分ほどで石灰石を積み、戻ってきた。スイッチャーの牽引力というのは、エンジン出力よりも軸重で決まるので、従来機の55tから45tへと軽量化している分、性能は劣っていそうだが、実際には想像以上に軽快に走行していった。何か粘着力を上げる工夫があるのかもしれない。

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2012年、北陸重機工業製の45t 1エンジン機、DS-7。番号は、従来機DS-5、DS-6の続番で、銘板は、従来の同社の車両とは異なるタイプに変更された。右上は、2005年に神戸製鋼加古川製鉄所に納入された45t機DL104の銘板、その下がDS-7の銘板である。このように「北陸重機工業」ではなく、「北重」になっているのが特徴である。

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北陸重機工業製の40tクラスのスイッチャーで似通った形態の車両を探すと、JR東北本線岩沼駅に連絡する製紙メーカーN社専用側線のDD40N1(右写真)が思い浮かぶ。比較してみると、キャブや窓の形状が異なるのを除けば、ボンネット上に配置された点検蓋の形状と枚数、ラジエーターや梯子の位置、台車形状などはほぼ同一で、類型機といえそうだ。

●撮影する際の注意点

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 午前中に、工場の警備の方がたまたま通りかかったので、呼び止めて話を伺うことができた。以下に、伺った通りの内容を掲載する。

  1. 青海川の対岸にあるセメント設備がハッキリ写るようなアングルで撮影するのは遠慮して欲しい。
  2. 積み込み設備を含め、工場の設備を撮影するのは遠慮して欲しい。
  3. かつてはフィルム没収もあったと聞いているので、その点に留意して欲しい。

こちらから声をかけたのは、どの程度まで許容されるのかについて、直接工場の方に確認したかったからにほかならない。ネット上には、積み込み設備の内部まで撮影した写真があるようだが、そのような写真を不特定多数が閲覧する場へ公開するのは、不用意であると言わざるを得ない。

企業の周りには、様々な利害関係者が存在する。写真というのは、企業秘密云々以前に、思わぬところから色々と指摘される材料に使われかねないものである。何も言われないから何を撮っても(それをWeb上にアップロードしても)構わないのだ、というのは極めて自己中心的な解釈であり、褒められたものではない。今後訪問される際は、上記3点に配慮していただければ幸いである。一部の鉄道マニアの行動が引き金となり、結果的に撮影禁止になった場所が数多くあることを、忘れないでいただきたい。

●2012年10月30日追記

 新潟日報のホームページにも、本機関車を含めた北陸重機工業の紹介記事があるので、参考までに紹介させていただく。(左クリックで別ウィンドウ起動)

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2012年10月25日 (木)

★395000アクセス突破★新京成電鉄くぬぎ山車輌検修場公開

 毎年10~11月にかけて日本全国の鉄道事業者で開催されている、車両基地・工場の公開イベント。近所にある新京成電鉄くぬぎ山車両基地でも、毎年秋に公開イベントが開催されています。

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 私は保育園から大学入学までを千葉県松戸市内で過ごしました(高校時代は、松戸から市外の県立高へ電車通学)。松戸市内を走る私鉄で最も馴染み深いのは総武流山電鉄ですが、その次に慣れ親しんでいたのが、新京成電鉄です。新京成電鉄は、沿線に路線網を張り巡らす「新京成バス」と共に、松戸・鎌ヶ谷・船橋・習志野市民の足として重要な役割を担っています。かく言う私も、高校時代は部活の練習試合や大会で他校を訪れる際に、しばしばお世話になりました。

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 くぬぎ山車両基地は、車両の検査・修繕を施行する「くぬぎ山車輌検修場」や、車両改造工事の委託先である串崎車輌などの協力会社を併設しています。串崎車輌は、京成電鉄の車体更新工事で名を馳せた大榮車輌の鉄道車輌部門を分社化した事業者です。

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 この車両基地は、子供の頃何度か敷地外から眺めたことがありますが、午後の遅い時間が順光となりますので、午前中は家で過ごし、午後のイベント終了間際に訪れました。

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 新京成電鉄は、千葉県北西部のみを走る準大手私鉄として地味な存在ではありますが、1980年代中頃からVVVFインバーター制御車8800形を大量投入するなど先進的な試みもあり、侮れない存在です。これに加えて、現在の路線の大部分が、旧陸軍鉄道連隊演習線の軌道敷きを再利用、あるいはそれに沿って敷設されたものであることも、特筆されます。もっともこのエピソードは、松戸市や船橋市の出身者ならば、義務教育のあいだに必ず習う内容ですが。

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 さて、全検を施行する工場があれば、編成を分割して車両を移動する必要がありますので、入換専用の移動機が必ず配置されています。くぬぎ山車輌検修場では、スイッチャーではなく軌陸両用のアントが使用されています。

一般には、アント工業製の車両入換用移動機械をアントと呼びますが、最近ではOEMが増えているので留意する必要があります。アント工業の銘板をつけていても、例えばスイッチャー(2軸機関車タイプの移動機)は北陸重機工業へ外注したものであったり、蓄電池駆動の移動機は神鋼電機(現 シンフォニアテクノロジー)へ外注するケースが増えており、アント工業以外のメーカーが製作していながらアントの銘板を付けている移動機も少なくないのが現実です。したがって、「アント工業以外の移動機をアントと呼称すべきではない」などといった一部の偏狭な鉄道マニアの議論は、あまり意味を成さないといえます。

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 イベントでは、保線用モーターカーの乗車体験も行われます。

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 モーターカーは、ボンネット端部に京成グループのロゴをつけていますが、京成ロゴ入りの黄色い保線車両は、実はちょっと珍しい存在です。というのも、京成電鉄の保線車両は通常、コーポレートカラーをイメージした塗装(クリーム色に、電車と同じ赤帯青帯)を纏っており、黄色い車両は多くないからです。京成グループの黄色い保線車両は、新京成電鉄と北総鉄道で見られます。(宗吾車両基地のスイッチャーは黄色ですが、これは保線車両に分類すべきものではありません)

 さて、車体に取り付けられた銘板を確認してみると、諸元は次の通りです。

  • 型   式 : WD-H150CA
  • 自   重 : 15.0t
  • 製造年月 : 1990年8月
  • 製造者  :  堀川工機
  • 製造番号 : 2159
  • 機関番号 : PD6-055697T

水平線では、360t(被牽引車の自重含む)を20km/h以上で牽引する能力があります。これは、堀川工機製の標準的なモーターカー の性能を遥かに上回るものです。動輪径も自重も一般のスイッチャー並に大きいです。ヘビーな使用環境を想定して発注されたのでしょうか。新京成線にはそれほど急な勾配は無かったと記憶しているのですが…。

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 ところで、北陸重機工業のホームページに掲載されている軌道車両の納入実績リストには、新京成電鉄も含まれていますが、沿線及び当車輌検修場内をいくら探しても、これまで北陸重機の銘板をつけた車両を見かけることはありませんでした。いっぽう、このモーターカーをよく観察してみると、キャブや前面窓、ラジエーターカバーの形状のそこかしこに北陸重機の特徴が色濃く出ており、この車両は北陸重機が堀川工機にOEM供給したものではないかと推察されます。納入リストには、「商社経由及びOEMの場合はエンドユーザー名を記載」との但し書きがありますし、本機の性能が標準的な堀川のモーターカーのそれとかけ離れているのも、他社OEM品ならば納得がいきます。

 なお当車両工場には、旧日本陸軍鉄道連隊九七式軽貨車などが保存されており、イベントでも毎年展示されていますが、既に編集長敬白のブログで詳しく紹介されています ので、本記事では割愛します。

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2012年8月27日 (月)

★日立製作所専用鉄道のスイッチャー★日立物流D25-1

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 日立製作所笠戸事業所を訪れるのは、かれこれ3年ぶりになります。前回訪問時は、ちょうどスイッチャーのメーカー別の形態分類作業に着手した頃で、その素材となる日立のロッド駆動機を撮り逃すまいと必死になっていた ことを思い出します。その後、様々な方と出会い、現在ではメーカー別の機関車製造リストや、SUPPLY LIST HITACHI DIELSEL LOCOMOTIVES(日立製全内燃機関車諸元表)を入手するに至りました。人との出会いはまったくの偶然ではなく、ブログで地道に研究を積み重ねたことも多少はプラスに働いたのではないかと思っています。

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 2012年7月28日、TX(つくばエクスプレス)の甲種輸送があるということで、訪問しました。前回はD-151(日立製15tロッド駆動機)+D25-1(北陸重機製25t機)の重連で東京メトロ10000系を引き出してきましたが、今回はD25-1単機での出場でした。時刻はこれまでと変わらず10時頃です。

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物流の方に確認したところ、D-151はもう解体されて現存しないとのことです。いっぽう日立製25t機の方は予備機として健在ですが、めったに動くことはないそうです。2009年秋まで頻繁に動いていた方が廃車になったというのも、なんだか意外な話です。

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この日は、TX(つくばエクスプレス)用2000系6連+6連の12両編成を引き出します。TXは、東京秋葉原から千葉県流山市・柏市を通過し茨城県つくば市へ至る路線で、沿線には、高校3年間を柏駅近くの県立高校で過ごした私の同級生が、今でも数多く住んでいます。私が高校生の頃は、常磐新線(=鉄道要覧におけるつくばエクスプレスの正式名称)は開業するあての無い未成線扱いでしたが、あっという間に開業してしまいました。

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最後尾はブルーシートに覆われています。これは、甲種輸送時に牽引する電気機関車のパンタから飛散する油によって次位に連結された車両が汚れないようにするためです。納入先の鉄道事業者からしてみれば、新品が納品された時点で汚れていたら、いい気はしないでしょう。

上の写真1~2枚目を見ると分かりますが、機関車に連結されない側の先頭車にカバーは付きません。たまに、編成最後尾の先頭車にもブルーシートがかけられていることがありますが、これは甲種輸送の途中で進行方向が変わる場合の措置です。

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ブレーキ制御のための引き通しが、連結部から運転室内に向けて伸びています。これはおそらく、MR管の引き通しではないかと思われます。というのも、TXの車両の運転台側は、JRの電車のように密着連結器ではなく自動連結器になっているからです。

密連の場合、BP管もMR管も連結器に内蔵されていますので、密連の先頭車同士の連結面にブレーキホースは不要ですが、自連の場合はそうはいきません。法令上、BP管の引き通しは必須なので、上の写真では自連の下でブレーキホース同士を接続しているのが見えると思いますが、運転室内に引き込まれているのはこれとは別系統のホースです。おそらく、運転室から客室へと入り、台車直上の床面に設けられた点検蓋から床下に入って、MR管と接続しているものと思われます。なお、TX2000系を含む最近の電気指令式空気ブレーキの電車でもMR管の編成内引き通しは標準で行われていますので、先頭車と中間車や中間車同士の連結面に上のようなケーブル接続は不要です。

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スイッチャーが甲種輸送車両から切り離されて踏切を渡るのは、10:30頃です。

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空き地から形式写真を撮影。以前はD-151の次位でうまく撮れませんでしたが、今回は成功しました。背後にあるメーカーも以前は下松駅に連絡する専用線を有しており、笠戸のスイッチャーが入換を担当していました。

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今回は急ぎの用件が無いため、下松駅中線への引き出しまで追ってみます。

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11:11頃、JRの機関車が到着し、中線へ入線します。スカート部をよく見ると、BP管のみならずMR管のコックにもきちんとブレーキホースが接続されていることが分かります。

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その後入換扱いで側線へ入ると、2000系12連を引き出して再び中線へと入線します。

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進行方向向かって右側のテールライトのみを点灯し、入換扱いでの運転です。

Hjlg25b13

出場したTX2000系12連。このあと、昼過ぎに土浦駅に向けて発車していきました。

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2012年7月16日 (月)

◆紀伊国のキイろいスイッチャー◆4社揃い踏み

 連休2日間は紀伊国で過ごしました。日差しは強いものの気温はそれほどでもなく、日陰で風にあたっていれば、待つのもそれほど苦にならないですね。

D79

北陸重機工業製の65t機、D-79。ここ数年で数を増やしております。私は、D-80まで存在するのを確認しています。小松製600psエンジン搭載。

D33

日立製作所製の45t機、D-33。このタイプがまだまだ主力です。1966年(昭和41年)製、製造番号12860、渡辺台帳によるとこうなっています。日立のサプライリストによると、エンジンは新潟鉄工所製DMF31SB(500ps/1500rpm)、トルコンは新潟コンバーター製DB138と、標準的な構成です。もちろん、事故廃車による振替や機関換装などがあり得るので、あくまでも竣工時の諸元ということで。

D60_d49

D-60がD-49を牽引して重連風にやってきました。前者は1970年(昭和45年)製の45t機、製造番号13140、後者は1968年(昭和43年)製の45t機、製造番号12970です。いずれも日立製作所製で、性能的には上のD-33とまったく同一です。

Udono_bh205

言わずと知れた製紙メーカーのスイッチャー、BH205。1968年(昭和43年)日本輸送機製の15t機で、製造番号1193002。ロッドを介して動力を伝達する古典的な方式です。検査期限を過ぎているにもかかわらず検査表記が更新されていません(次回検査表記がありません)が、検査をしていないわけではありません。次回検査をしてまで使い続けるつもりは無いということでしょう。

Udono_dl106

こちらは、日立製作所製25t機の代わりに使用されている、予備機のDL-106です。1973年(昭和48年)日本車輌製造製の25t機で、製造番号2970。岩堀春夫氏のホームページに掲載されているないねんコラムに触発されて、このアングルから。

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2011年10月 2日 (日)

★京成電鉄★宗吾車両基地のスイッチャー

 毎日通勤に利用している京成電鉄。スイッチャーを探して全国行脚をしているうちに、灯台下暗し、地元のスイッチャーを撮り逃していることに気づきました。私鉄の車両工場では、機関車や電車(車籍を失って機械扱いとなったものを含む)で車両の入換を行うケースが多く、専用のスイッチャーが使用されることは極めて稀ですが、鉄道ピクトリアル2011年3月号51ページに掲載の通り、京成電鉄宗吾車両基地にはスイッチャーが1両配置されています。

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■特修場前で佇むスイッチャー  2011年5月22日

とある日曜日、成田スカイアクセスの撮影ついでに寄ってみると、外から見ることができる特修場の前に目当てのスイッチャーが停車していました。この週はちょうど水曜日に計画休暇をとっていたので、再訪してみることにしました。

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■特修場へ押し込まれる京成電鉄3700形電車  2011年5月25日

10時過ぎに駅に着くと、もう入換が始まっていました。とはいえ日曜日に特修場内にいた3500形更新車は既に出場済みで、3700形の入場場面です。

全般検査の大まかなフローは次の通りです。まず、西側の入検場へ車両が入場すると、編成を分割して主工場内でのオーバーホールが始まります。再び組み立てられた車両は、東側の出検場から隣の特修場までスイッチャー牽引により移動し、最後に編成を組んで自力出場します。つまり上の車両は、全検を終えて出検場から出てきた車両であることが分かります。

Hjlg20b_3

特修場で3700形2両を切り離します。この3700形は8両固定編成ですから、2両ずつ分割して移動すると合計4回入換が必要になります。押し込んだのは30番線ですが、まだ31番線があいていますので、入換は続きます。

Hjlg20b_4

単機で次の車両を迎えに出てきたスイッチャー。

  • 記号番号 : DL-3
  • 形   式 : ANT 20TON DL
  • 自   重 : 20t
  • 最高速度 : 30km/h
  • 製造年月 : 1997年9月
  • 製造者  : アント工業
  • 製造番号 : 102

銘板はアント工業ですが、これも意匠から判断して北陸重機工業製と思われます。1両しか配置されていないにもかかわらずDL-3なのは、それまで使用されていた2両(DL-1、DL-2)の追番としたためです。

DL-1、2は、かつて宗吾にあった車両メーカー 大栄車両(京成電鉄の協力会社)で入換に使用されていた車両で、DL-1は1967年三菱重工製の10t機(製番1500)、DL-2は1963年日立製作所製の20t機(製番12751)でした。前者の外観は、協三工業・日本輸送機・佐藤工業などが国鉄の貨物駅の入換動車用に製作していた10t半キャブ機と瓜二つのロッド駆動機で、京成電鉄へ新製配置されたものです。いっぽう後者の生い立ちは独特で、国鉄新幹線工事局から譲渡された車両です。時期的に考えて、東海道新幹線の建設工事に使用されたものと考えられます。国内では、製鉄所の機関車を除けば標準軌のスイッチャーはあまり多くありませんから、新幹線用のものを譲り受けるのが好都合だったのでしょう。

なお大栄車両は2000年に鉄道車両部門を串崎車輛として分社化しました。串崎車輛は、新京成電鉄くぬぎ山車両基地 内で車両改造などを担当しています。

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転線して再び出検場へ向かったスイッチャーは、初代スカイライナー用AE形電車の保存車両と並びます。

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次の3700形2両を引き出し、

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転線すると、

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再び特修場へ押し込みます。先程2両を押し込んだのは30番線ですが、今度は31番線に押し込みました。特修場の有効長は4両ですから、あと1回31番線に2両押し込むことができます。

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奥まで押し込んで手前に2両分のスペースを確保したスイッチャーは、

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再び出検場から最後の2両を引き出し、特修場へと押し込みます。

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仕事を終えたスイッチャーは動車庫へ戻っていきますが、駅の手前でしばらく停車していました。5分以上たっても動き出しません。どうやら何かを待っているようです。

その何かとは…

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スカイライナー用AE車の宗吾車両基地入場です。2011年現在のスカイライナーは、京成上野-成田空港間を成田スカイアクセス線経由で運行していますが、車内の整備や点検は従来通り宗吾車両基地で実施しているため、このように宗吾参道にも頻繁に顔を出します。

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ファッションデザイナー山本寛斎によるデザインロゴとのツーショット。AE形電車は、2010年の(財)日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞、および2011年鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞しています。

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AE車のシックな藍色と鮮やかな白のツートンカラーが、スイッチャーのレモンイエローによく映えます。もし藍色の部分がAE100形のような青色だったら、すごく安っぽい雰囲気になったことでしょう。

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AE車の入場をやり過ごしたスイッチャーは、待っていましたとばかりに

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動車庫へ戻っていきました。

●撮影のコツ

 沿線在住者でなければなかなか工場内の最新動向を把握することはできませんが、少しだけコツがあります。

一つは、宗吾車両基地への入場情報を集めることです。もし、京成車が全検のために宗吾参道に向けて回送されていたとしても、一般の営業車両の回送と区別が付きません。しかし北総車ならどうでしょうか。北総鉄道は、車両の全般検査を京成電鉄宗吾車両基地に委託しており、検査の際は北総車が京成本線の高砂以東を走行します。北総車が営業運転で高砂以東を走行することはほとんどありませんので、もし掲示板等に目撃情報が掲載されていたら全検のための回送ということになります。数日後に訪問してみれば、スイッチャーを見られる確率は高いでしょう。

もう一つ、宗吾車両基地の全検は、4両編成の場合入場から出場までおよそ10日前後で完了します(6両編成の場合は12日)。スイッチャーが見られる出検場から特修場への移動は検査の終盤ですから、回送情報とあわせてある程度あたりをつけることができるでしょう。

●おまけ

 宗吾車両基地には、スイッチャー以外にアントも配置されています。

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主に、西側にある床下型車輪旋盤庫での牽引用に使用されています。床下型車輪旋盤庫は、車輪を台車から外さずに削正することができる設備で、1991年に新設されました。おそらくこのアントも同じ時期に導入されたものと思われます。

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屋上には無線用八木アンテナと旋回灯を装備し、テレコン対応です。

※読者の方によると、ANT60EB-T型で、2011年2月24日に導入されたとのことです。

【参考】

  • 『鉄道ピクトリアル』1997年1月臨時増刊号 《特集 京成電鉄》 電気車研究会
  • 『鉄道番外録2』岩堀春夫、ないねん出版

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2011年1月23日 (日)

感想と誤字脱字の訂正

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■製紙メーカーN社専用線の貨物列車                 2010年2月20日、岩沼

 待ち望んでいた『鉄道ピクトリアル2011年3月号』が発売されました。拙稿はさておき、いろいろな意味で冒険的な記事が集まっているようです。とはいえ「列車のトイレ」で特集が組まれてしまう雑誌ですから、特に問題は無いと私は思います。

●石本祐吉「製鉄所の鉄道」

 最も印象的なのはこの記事でしょうか。やはり専門家の解説はアカデミックです。構内鉄道のみならず、消火車にまで言及した記事は、これまでなかったのではないでしょうか。論文等でその存在は知っていても、実物を見られるチャンスはまずないのが消火電車。大変貴重なレポートだと思います。その中で私が一番気になったのが、69ページの図解にあるプッシャー(押出機)のゲージ。なんだか物凄く広そうですね。クエンチングカー(消火車)の走る軌道のゲージは1,435mm程度だと思われますが、プッシャーの走る方は一体何ミリなのでしょうか。

なお今回、65ページ右上に載っている「一貫製鉄所 構外・構内路線一覧」のデータを提供させていただきました。どうやって調べたのかは明かせませんが、神戸製鋼加古川製鉄所で2種類のゲージを使用している点は興味深いですね。過去に構外と接続した実績が無いにも関わらず異なるゲージを混在させているというのは特筆に価すると思います。

●高橋政士「京葉臨海鉄道の特大貨物」

 京葉市原で事業所内のスイッチャーが見られるとは知りませんでした。たしか数年前に訪問した際の記憶では、専用線入口のだいぶ手前に「港湾関係者以外立入禁止」のような看板があったような気がしますが…。でも見られるということですので、機会があればぜひ訪問してようと思います。

ちなみにブログ読者の「タムタキさん」からの情報によりますと、高橋氏が撮影した機関車以外に日車の2軸機もまだ現役のようです。これは、規格型以前のロッド駆動式の古典機関車で、大変貴重な存在です。写真も見せていただきましたが、想像以上に綺麗な状態を維持していました。

●服部朗宏「撫順炭鉱専用鉄道」

 満鉄の機関車、まだ現役だったとは知りませんでした。かなり驚きです。服部氏によると「東芝か三菱製ないし中国によるそれらのコピー」とのことです。私の手元にある資料や写真・図面を総合しますと、消去法により三菱製の可能性が高いと思われます。

まず、日本のメーカーが満鉄・撫順炭鉱向けに製作した自重80tクラスの電気機関車は、東芝・三菱・川重製の3パターンが考えられます。このうち東芝製の機関車は、自重が85tではなく87tであるうえ、ボンネット側面の点検蓋の大きさや形状が、106~107ページに掲載されている機関車のそれとはかなり異なっています。次に川重製の機関車ですが、キャブ側窓の開口部が拡張されていることを除けば、細部に至るまで瓜二つなので可能性があると思いました。が、いかんせん、川重の製造実績をチェックしてみると、1005~1006(昭和15年)、1217~1221(昭和17年)、1222(昭和18年)があるのみで、服部氏が紹介している1100番台の機関車は製作されていません。

◆誤字脱字の訂正

20110123_4725

 グラフ「産業機関車のバラエティ」の34ページのキャプションに脱落があったので、訂正をさせていただこうと思います。

  • (誤)昭和四日市石油専用線の28t機No4、No5
  • (正)昭和四日市石油専用線の28t機No14、No15

  • (誤)写真右奥のNo2
  • (正)写真右奥のNo12 

Excel形式で入稿させていただいた段階では間違いはなかったのですが、印刷されてみたらなぜかおかしなことに…(苦笑)

  • (誤)1915年三菱電機・日本車両製
  • (正)1915年三菱造船神戸・日本車輌製造製 

三菱電機が三菱造船から分離したのが1921年ですから、その若干前に製作されていますね。少し落ち着いたら、編集部へ連絡してみようと思います。締切間際のお仕事、ご苦労様でした。

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