カテゴリー「 F.川重のスイッチャー」の11件の記事

2013年10月20日 (日)

★JR九州小倉工場★ななつ星入換

 前回記事で紹介した、JR九州のクルーズトレインななつ星in九州一番列車を撮影 後、久留米から広島まで新幹線さくら号で移動し、西条に宿泊しました。翌朝早朝からセノハチで貨物列車と115系の写真を撮るためです。当日、EF67形が充当されていた午前中最後の上り列車2070レが1時間ほど遅れていたため、八本松を出発するのも遅くなってしまいましたが、なんとか昼までには小倉へ戻り、午後からはくろがね線を撮影 、14時からはJR九州小倉総合車両センター(旧 小倉工場)へ移動しました。

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 前日夜にななつ星用77系客車が小倉へ回送されていることは掲示板等で把握していましたが、この日は土曜日、原則平日しか動きが見られないこの工場では、入換も期待できません。あくまでも、くろがね線沿線から小倉駅へ戻る途中、ちょっと寄り道して様子見のつもりでした。しかし行ってみると、どういうわけか門扉が開き、817系が試運転線を快走していました。

試運転線が使用されている……これはこれは、ひょっとすると?? 一気に期待が膨らみます。

 なにしろ翌日10月20日は工場公開イベント の開催日。イベントで、いつも特急形電車と入換用機関車(DE10 1637 または DD16 43)が展示されているのが、実は試運転線なのです。前日午後の段階でまだ試運転を行っているということは、終わるまでは展示用車両を留置することができないわけです。したがって、このまま待っていれば夕方までに必ず入換が見られるということになります。

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30分ほど待って14:30頃になると、817系の試運転が終わり、当工場の入換用機関車DE10 1637が登場。いよいよ入換作業が始まりました。

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西側にある建屋へ入っていきました。それまで架線柱で隠れて見えませんでしたが、よく見ると東側の建屋に787系と77系が入場していますね。その東側には、試運転を終えた817系の姿も見えます。

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DE10は883系の中間車3両を牽きだすと、

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2つ東側の線路へ押し込んでいきました。

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すると今度は、787系が出場して試運転を始めました。787系は車体表記も完全ではなく、車番等は分かりませんでした。それにしても、土曜日なのに大忙しですね。15:20頃になると、ふたたびDE10が登場し、

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なんと77系を引き出してきました。まさか、営業運転を撮影した翌日に小倉工場で入換が撮れるとは思いませんでした。

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門司港寄りから、1号車のラウンジカー マイ77-7001、

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2号車のダイニングカー マシフ77-7002

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3号車のスイート寝台車 マイネ77-7003。以上3両が小倉総合車両センター製の車両です。といっても、実際には車体や台車は別メーカーで製作して当工場へ運び込み、組み立てと室内の艤装を実施しただけのようですが。

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続いて4号車のスイート寝台車 マイネ77-7004、

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5号車のスイート寝台車 マイネ77-7005、

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6号車のスイート寝台車 マイネ77-7006、

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7号車のDXスイート寝台車 マイネフ77-7007。以上4両が日立製作所製の車両です。入換時は、上の写真のようにマイネフの妻面客用窓の両脇に設けられたステップに誘導者が乗り込みます。よく見ると、客用窓の脇に縦に並んだ七つの赤いライトがテールライトなんですね。渋すぎます。

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工場建屋から引き出された77系は、西側へ押し込まれていきました。DE10は77系に連結されたままなのか、いつまで待っても表に出てきません。このままでは、試運転線に展示する車両を入れ換えることができないのでは?と思っていたら、思わぬ伏兵が登場しました。ということで、後半へつづく

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2012年5月27日 (日)

■原石線情報■2012年4月に発見した小変化

 2012年4月15日、新潟県西部の鉱山を訪れた。かれこれ2年ぶりの訪問である。近くに点在していた専用線がすべて廃止されてしまったため、なかなか寄る機会の無い場所であるが、前日4月14日にえちぜん鉄道で機関車展示走行のイベントがあったため、東京への帰りしな途中下車してみることにした。

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■原石事務所から工場へ向かう鉱石列車  2012年4月15日、新潟県糸魚川市

 いつもの時刻に到着し、動画撮影のため三脚をスタンバイした頃、ちょうどいい塩梅で工場から原石事務所行きの列車がやってきた。この日は終日動画を撮影するつもりで臨んだのだが、貨車の形態に変化があったため、以降は動画をやめて写真を撮ることにした。

ところで、この日は、普段と異なる点がもう一つ。青海川を越える橋梁が工事中で通行止めになっていたのである。

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■4月15日に実施された舗装工事の様子と、迂回を促す看板

私の着いた頃は、アスファルトを積んだトラックが出入りし、ちょうど再舗装工事の真っ只中であった。工事中の橋梁の先にある黒姫山の方向へ向かう場合は、右写真のような矢印に従って踏切を渡り、工場内にある橋を通って青海川の対岸へ渡るよう指示されており、何台かの車が通過していった。つまり、この日は工場構内の一部道路が迂回路として設定されているということである。

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このような機会はなかなか無いので、現場管理者に一声かけたうえで、早速踏切の反対側から原石事務所行きの列車を撮影した。これまで、テコ304形にしか装備されていなかった屋根が、他のテコにもついているのが見て取れる。

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DS-6を公式側から撮影するのは、4年以上前にJRの駅構内で撮って以来になるから、久しぶりである。

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テコ5両をホッパー直下へ押し込むと、10分ほどで積み込みが終わり戻ってくる。テコが短い場合は当然戻りも早く、例えば2両の場合は5分もかからない。

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東側の露天掘り跡をバックに工場へ向かう原石列車。相変わらず石灰石の品質は高く、綺麗な白色であった。ちょうどこの列車の通過する頃には工事も終わったので、現場の方へ御礼を伝え、帰路につくことにした。

なお2012年現在の鉱区は西側にあるが、東側の未掘削エリアの開発予定が既に発表されている。竣工に際して、この鉄道がベルコンに置き換えられてしまわないかどうか、気になるところである。

 最後に、当たり前のことではあるが一つ注意点を申し上げる。今回踏切を渡ることができたのは、構内の一部が迂回路に設定されていたためである。レイルマガジン2012年6月号にも記載されている通り、通常は、踏切より西側は工場構内であり、立入は禁止である。くれぐれも無断進入しないようご注意いただきたい。

●貨車に小変化アリ

 以前の記事で、テコ304形に屋根が取り付けられたことをお伝えしたが、今回はその屋根が新タイプに更新され、さらにテコ302形、401形にも新しい屋根が取り付けられていた。

Teko304201009 Teko304201204

左が2010年9月のテコ304形、右が2012年4月現在の状態である。屋根板に変化はみられないが、防塵用と思われる透明な(アクリル?)カバーが前面だけでなく側面にも取り付けられている。よく見ると、前面のカバーの取り付け位置も変更されているようだ。

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今度は同じ車両を側面から。2010年にこの車両に取り付けられた屋根は試作品で、しばらく使用して効果を確かめてから、設計を手直しした量産品を他の形式にも展開したと考えられる。この車両の屋根は、さしあたり試作品の量産化改造版といったところか。

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こちらは、今回新たに屋根が取り付けられたテコ401形。最初から量産品を装備したため、テコ304形のそれとは若干形態が異なっており、屋根に傾斜がついている。また色も黄色ではなく黒である。

●列車の運行時刻について

 この路線は、明るい時間帯だけに絞ると1日あたり3往復の運行がある。時刻は、原石事務所への到着時刻基準で、10:20、13:10、15:20。インターネット上には時刻を掲載しているブログがあるようだが、実際にはかなり以前に時刻変更がなされており、現在ではあまりあてにならないことを申し添えておく。

●おすすめのきっぷ

 今回の旅で活用したのは、北陸フリー切符である。金曜夜の退社後に移動して福井前泊、えちぜん鉄道のイベントに参加して富山で2泊目、翌朝富山地鉄を撮影後、糸魚川からバスで現地へ、という行程で利用した。この切符は、フリー区間までの往復新幹線+特急と、黒部-福井間の特急・普通および支線系統が4日間乗り放題で、価格は¥21,500-(普通車用)。富山なら、新幹線や飛行機で単純に東京から往復するだけでも2万円は下らないから、土日などを利用して2日間以上かけて周遊するなら、断然おトクな切符である。ネックはやはり、往復とも上越新幹線を利用しなければならないことか。例えば福井だと、米原経由に比べて片道2時間程度余計にかかってしまう。しかし、ビールを飲みながらの夜間移動ならそれほど気にならないレベルである。

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2012年2月24日 (金)

★JR九州★小倉工場の入換機 DE10 1637

 日本全国の車両工場では、数多くのスイッチャーが活躍しています。JR九州小倉総合車両センターでは、2005年以降、DE10形1637号機がメインで使用されています。

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■検査中の815系を入れ換えるDE10 1637  2012年1月27日、小倉総合車両センター

 かつて九州では、車両の全般検査を小倉工場(現 小倉総合車両センター)と鹿児島工場(後の鹿児島総合車両センター) で分担して受け持っていましたが、2011年3月31日、鹿児島総合車両センターの工場機能廃止に伴い、現在は小倉がJR九州で唯一の全検施行工場となっています。加えてこの工場はJR貨物小倉車両所も併設しているため、JR九州の全車両(福岡市営地下鉄乗り入れ用303系を除く)のみならず、JR貨物の貨車や同社九州支社の機関車の全検まで請負っています。というわけで、平日にはかなり頻繁に入換シーンを見ることができます。

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2012年1月27日、くろがね線の撮影を終え16時前に向かってみると、815系の入換場面に遭遇しました。国鉄九州総局内の機関区や運転所に新製配置されたディーゼル機関車の例に漏れず、ナンバーの背景は赤く着色されています。この車両は、1974年川崎車輌(大阪車両部)製、製造番号3816、新製配置は熊本機関区でした。2004年3月に鹿児島総合車両所へと転属になりましたが、鹿児島では1755号機がもっぱら主力機として活躍しており、この1637号機は目立った活躍もなく翌2005年3月31日に付けで廃車になっています。車籍を失った後は、2012年2月現在まで、小倉工場(現 小倉総合車両センター)の車両入換機として使用されています。

小倉工場の入換機は、端梁の左右両側に操車掛が乗るためのステップが取り付けられているのが特徴です。これは先代のDD16形も同じです。

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815系を奥まで押し込んだ1637号機は、同じく入れ換えられた885系と並びます。885系の連結器がむき出しになっている姿は、あまりお目にかかることができません。水戸岡氏が885系のデザインを検討する際にモデルにしたとされるドイツのICE-Tや、その後登場したICE3は、分割併合の都合でよくこんな風に連結器をむき出しにしたまま時速300km/h以上で走っていますがね(笑)

Ice3_20050101_stuttgart
■途中駅で編成が分割されたICE3 2005/1/1 Stuttgart Hbf

一応、ドイツ旅行時に撮影した証拠写真を付けておきます。8+8の16連で運行されているICE3は、途中駅で編成が分割された後も連結器カバーを開いたまま走行することが少なくありません。JR東日本のE系列のように、発車して走行しながらカバーを自動的に閉じるような芸当はありません。

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815系を切り離して引き上げると、今度は隣の建屋からマヤ34形を引き出して留置し、動車庫へと帰っていきました。マヤが格納されている場所が判明したのは棚ボタでした。

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2010年の公開時に撮影した後位側。電車と連結するため、連結器は自動連結器と密着連結器から成る双頭連結器に改造されています。後位側の端梁にも左右にステップが取り付けられています。キャブの乗降扉には、入換時の視野を確保するためでしょうか、明かり窓も設けられていますね。

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2011年11月 9日 (水)

★255000アクセス突破★馬込車両検修場公開

 毎年11~12月にかけて開催されている東京都交通局の車両基地公開イベント。これまでのところ、偶数年は浅草線の馬込車両検修場、奇数年は三田線の志村車両検修場という具合に交互に公開されていますが、今年は都営交通100周年記念イベントという位置づけでしたので、2年連続で馬込で開催されることになりました。

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車両基地では、このイベントのために集められた車両が一堂に会しました。左から順に、

  • 京成電鉄AE100形電車
  • 京浜急行電鉄2100形電車
  • 東京都交通局5300形電車 (都営交通100周年記念ステッカー付)
  • 北総鉄道9000形電車
  • 芝山鉄道3600形電車 (京成電鉄からのリース)
  • 北総鉄道7260形電車 (京成電鉄からのリース)
  • 東京都交通局12-000系電車
  • 東京都交通局E5000形電気機関車 (都営交通100周年記念ステッカー付)

です。

左の編成2本は、普段地下鉄線内を走行しない車両で、存在感がありますね。京急2100形は、普段から京急と地下鉄の連絡駅(泉岳寺)まで来ていて、押上寄りにある浅草線の引き上げ線に入線していますが、京成のAE100形が浅草線の線路を走行したのは新製時の車両輸送以来ではないのでしょうか。このAE100形、流線型で特急形のスタイルを維持しつつも、地下鉄乗り入れのため前面に貫通扉を設けるという快挙?を成し遂げた、稀有な車両です。いまだにその機能が生かされていないのは残念です。

なお、ホームページでの事前アナウンスでは、車両撮影会に参加するには当日配布される整理券をもらう必要があるように記載されていましたが、実際にはもらわなくても撮影できるのは昨年と同じでした(笑) 昨年は事前応募制でたまたま当選したのですが、実際に行ってみると、当選ハガキが無くても入れるエリア(上の写真を撮った場所)から何の問題も無く撮影できることが分かったので、今回は整理券待ちの大行列を横目にさっさと撮ってきました。

左端のAE100形のすぐ左に架線柱があり、24mmの広角(35mm判換算)でギリギリでした。おそらく、標準レンズではこのアングルは無理だったのではないでしょうか。まあ、イベントに行くと色々ありますね。

本日はもう遅いので、この辺で。

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2011年7月31日 (日)

フルコースで楽しむ★とうてつ電車まつり2011年夏★

 2010年12月の東北新幹線新青森延伸以降、経営環境の悪化が懸念されていた十和田観光電鉄。2011年3月11日に発生した東日本大震災以降は、鉄道網が断絶した影響もあり、観光客が激減したといいます。そんな状況を打開するために企画されたのが、今回紹介するイベント『とうてつ電車まつり2011年夏』です。普段は、類似のイベントが年一回11月に実施されていますが、今年は7月の3連休(16~18日)に内容をボリュームアップして開催されることになりました。この連休は、ちょうどJR東日本が発売中の、新幹線を含めて全線が1日乗り放題となる割引切符『東日本パス』(¥10,000-)の有効期間内であり、集客にはもってこいのタイミングです。十和田観光電鉄自身も『よりみちきっぷ』なる1日乗車券を発売していました。

 せっかくイベントを開催していただけるのですから、前泊して朝から二日間にわたり楽しむことにしました。前日は、震災復旧後の八戸臨海鉄道を撮影後、三沢駅の待ち時間を利用して『古牧温泉 元湯』で汗を流し(¥300也)、よりみちきっぷを2枚(2日分)購入してから、十和田市中心部のホテルに泊まりました(二連泊で総額¥5,980-という格安プラン)。

 さて、イベントのメニューは次の通りです。フランス料理のフルコースに譬えてみました。

Le menu d'aujourd'hui (ムニュ・ドジュールデュイ = 本日のメニュー)

  1. Les Entrées (アントレ=前菜)
              イベント前の電機入換
  2. Les Poissons (ポワッソン = 魚料理)
              凸+□おもしろ列車
  3. Les Sorbets  (ソルベ = お口直しのシャーベット)
              七百車両区での撮影会
  4. Les Viandes   (ヴィアンド = 肉料理)
              貨物列車復活運転、凸+□おもしろ列車2、旧型電車臨時運転
  5. Les Fromages (フロマージュ=食後のチーズ)
              旧型電車解説
  6. Les Desserts (デセール=デザート)
                               
    イベント後の電車入換

1.Les Entrées … イベント前の電機入換

 イベントの前菜といえば、もちろん列車組成のための入換です。17日は朝一番で十和田市内のホテルを出発し、1日乗り放題のよりみちきっぷを使用して三沢まで1往復しながら沿線の状況を確認しました。しかし、撮影地に三脚等を見かけることもなかったため、場所取りに精を出すより入換から楽しんだ方が得策と判断しました。

 七百で下車し、入換撮影ポイントである用水路の対岸でスタンバイ。

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■七百車両区内で並ぶED402(左)とED301(右)  2011年7月17日 

列車の発車時刻は9:55ですが、8時半を過ぎた頃でしょうか、

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ED301がトラ302形1両を切り離しておもむろに工場から出場し、トラ301形を牽引して三沢方へ引き上げます。

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方向転換してモハ3401形が待機している線路へ入線し…

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連結しました。これで午前中のイベントの準備は完了です。

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 ED301とED402が2両並ぶと、その大きさの違いが良く分かります。手前のED301は、以前の記事で言及したように、原型となった同じ日立製の機関車(20~25t機)が他の私鉄や専用線向けに納入されていました。特筆すべきは住友金属鉱山別子鉱業所の20t機(ED101~103)で、他の25t機とほぼ共通の車体を持ちながらナローゲージ(762mm)用の台車を履いていました。十和田観光電鉄のED301は30t機であり、車体の大きさは住友別子の20t機より一回り大きいのですが、車体の大きさに対して相対的に台枠がかなり高い位置にあり腰高な印象を受けます。それに合わせるように端梁も縦に長くなっています。にもかかわらず、屋根高さ(レール面上)は低く、本来ナロー向けの車両だったのではないかと疑いたくなるほどです。

 十和田観光電鉄は、1922年9月にナローゲージ(762mm)で開業し、1951年6月に電化・拡軌工事を実施したとされています。しかし、渡邊肇著「日本製機関車製造銘板・番号集成」、沖田祐作著「機関車表 私設企業編」によれば、ED301は1951年5月8日に認可されており、実はナロー時代に既に納入されていたことが窺えます。こう考えると、車体サイズとの関連を探りたくなるところですね。

2.Les Poissons … 凸+□おもしろ列車

 凸+□おもしろ列車の第一弾は、七百-十和田市間で1往復運転されます。機関車が貨車を牽引するところを、連結された電車から眺めることができるという趣向です。一応乗ることもできますが、もちろんこれはカッコ付きのネタで、実態は撮影用の列車ですね。

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■七百発十和田市行き。モハ3401+トラ301+ED301  2011年7月17日 

まずは十和田市行きの編成から。東西方向に走っている十和田観光電鉄線は、どいういうわけかほとんどの架線柱が南側に設置されているため、電線など障害物を避けるためには北側から撮ることになります。自ずと逆光になりますが、

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七百への返しは綺麗になりました。

3.Les Sorbets … 七百車両区での撮影会

 イベントの合間のお口直しは、車両区内での撮影会です。

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■七百車両区内で並ぶ希少車両たち      2011年7月17日

イベントの主役達が横並びになった姿を撮影することができます。参加者が多いため10分毎の入替制となりました。左のホームには入場待ち行列が見えます。

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南側から順に、旧型電車の、モハ3401形と、モハ3603形が並び、

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北側にはED402形とED301形が並びます。天気がコロコロ変わるので撮影する方も大変です。こういったお膳立て形のイベントはあまり来る機会がないのですが、首都圏の大手私鉄のイベントのように人が殺到して険悪ムードが漂うようなこともなく、のんびりと撮影することできました。もちろん一部には、入替制にもかかわらずなかなか場所を譲らない困った参加者もいたようですが(苦笑)

4.Les Viandes … 貨物列車復活運転、凸+□おもしろ列車2、旧型電車臨時運転

 いよいよ本日のメインディッシュです。

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■三沢行き。ED301+トラ301+トラ302+ED402  2011年7月17日

まずは電気機関車プッシュプルによる貨物列車復活運転。トラよりワムのほうが過去の実態には合っている気がしますが、贅沢は言っていられません。

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三沢からの返しは見上げる感じで。すぐに次の列車が来るため、移動する余裕はありません。移動先で場所が確保できなかったら、それはそれで困りますし…。

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■三沢行き。ED402+モハ3401+ED301     2011年7月17日

午前中に引き続き凸+□おもしろ列車の第二弾。今度は電車を電気機関車でサンドイッチ。ED301と402の連結順序も逆にして、なかなかにくい演出です。

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この時間になると三沢からの返しの方が順光です。やはりED301が先頭になった方がバランスが良いですね。

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■三沢行き。 モハ3603+モハ3401      2011年7月18日

最後は旧型電車臨時運転。このように踏切の近くで撮ったり、

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■十和田市行き。                   2011年7月18日

陸橋の歩道から俯瞰してみたり、

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■三沢行き。      2011年7月18日

逆俯瞰も楽しんで、

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■七百行き。                     2011年7月18日

夕暮れの後追いも。急行も復活運転し、「急」の種別マークも掲出。

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■三沢行き急行。    2011年7月17日

個人的には三沢駅付近の古牧温泉内を走る併用軌道風の区間が好みです。いかにも元ナローゲージという雰囲気が良いですね。17日は乗車もして、吊掛音を存分に楽しみました。1997年3月に友人と訪れた際は、まだ東急のステンレス電車は入線しておらず、現在の保存電車が主力だった気がしますが、10年以上たってもまだ吊掛電車が動態保存されているのは嬉しい限りです。

5.Les Fromages … 旧型電車解説

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■午後の七百駅構内は形式写真撮影に都合が良い。  2011年7月18日

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モハ3601形(左)とモハ3401形(右)の非公式側連結部。公式側には電気関係の引き通し線が、非公式側には空気関係の引き通し管が設けられています。ご覧の通り、ブレーキ管は連結されていますが、釣り合い管は連結されていません。

6.Les Desserts …  イベント後の電車入換

 食後のデザートは、イベント終了後の入換です。よく学校の運動会で「家に帰るまでが運動会だ」と教師がお約束のスピーチをしますが、さしづめ「入換が終わるまでがイベントだ」といったところでしょうか。

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■七百駅へ入線する旧型電車。         2011年7月18日

臨時の旧型電車が七百駅に入線します。

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午後の七百駅は日当たりが大変良く、足元に雑草などの障害物も無いため、車両の写真を撮るには好都合です。

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七百車両区内には、電気機関車が重連でトラ2両を連結し待機中。実はこの編成は朝からこの状態でした。なにか予定していない非公式なイベントでもあるのかと思い気になっていました。

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それを横目に、到着した電車が三沢側へ引き上げ、

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転線して車両区へ入ります。行先表示が「七百」から「回送」へと変わっています。

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結局、このあと電気機関車のパンタグラフは2両とも降ろされ、何事も起きずにイベントは静かに終わりました。

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2011年7月22日 (金)

【八戸臨海鉄道】震災復旧1ヶ月後の様子

 連休を利用して、東日本大震災後6月上旬に復旧した八戸臨海鉄道の様子を見てきました。金曜夕方仕事を終え、はやて179号で一路八戸駅へ。22時前の到着ですからもうJR八戸線の運行は終了していますが、八戸駅22:10発の中心街行き最終バスには間に合います。泊まったのは出張で何度も利用している某有名ホテル。無料貸し自転車があって素泊まり¥4,500-の格安プランがあれば、迷う余地は無いでしょう。飲み屋街にも近く、八戸在住の友人と落ち合うにもちょうどよい場所です。

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■操業再開した精錬所を後に北沼駅へと向かう 2011年7月16日

翌朝沿線へ繰り出してみると、この日は正午過ぎの1往復しか走らないことが判明。やはり操業を再開したとはいえ、フル操業ではないようです。仕方がないので沿線の状況を確認したり精錬所のテルハを眺めたりして時間をつぶしました。

Dd563_to_kitanuma2

昼過ぎ、定刻でやってきた15列車。「がんばろう!!八戸」のヘッドマークを掲出していました。ヘッドマークは片側1枚分しかありませんが、終着駅で付け替えて八戸貨物行き16列車の先頭にもきちんと付きました。

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■16列車を牽引するDD56 3  2011年7月16日、北沼-八戸貨物

 牽引機のDD56 3は1981年に川崎重工によって製作された機関車で、1970年汽車会社製のDD56 1、2号機とはスペックが異なります。DD561、562の自重は56.0tですが、本機は1t軽く55tとなっています。また外観上も、ボンネット側面のラジエーターグリルの大きさや、点検蓋の上の通気口の有無などが異なります。本機は、ラジエーター大、通気口なし(ルーバー)です。

良い機会なので川重の資料をベースに諸元を確認しておくことにします。(不足するデータについてのみ、鉄道ピクトリアル2007年12月号を参照)

【諸 元】

  • 記号番号 : DD56 3
  • 全  長  : 13,600mm
  • 幅     : 2,846mm
  • 高  さ  : 3,935mm
  • 自  重  : 55.0t
  • 機関出力 : 500ps×2基
  • 機関型式 : DMF31SB
  • 液体変速機: DS1.2/1.35
  • 製造所  : 川崎重工
  • 製造番号 : 4083

●臨海鉄道周辺の状況

 八戸臨海鉄道の路線の大半は内陸部のため、仙台臨海鉄道のような大規模な軌道の損壊は無かったようです。津波の被害は海沿いに集中しており、内陸部については国土交通省東北地方整備局の資料

東北地方太平洋沖地震における河川関係施設の被害状況(第1報)』 ※pdfファイル

にもあるとおり、馬淵川を遡上してきた津波によって馬淵大堰(河口堰)が損壊した程度で、津波が川の土手を越えたり決壊することは無かったようです。私の友人は新井田川の川沿いに住んでいるのですが、台地の上なので「ウチの被害は花瓶が倒れたくらいかな」と言っていました。とはいえ、海岸沿いの火力発電所が停止したため、しばらくの間停電していたそうですが。

 いっぽう、臨海工場が多く立地する八戸臨海鉄道北沼駅周辺は、やはり相当な被害があったようです。震災直後の現地の映像がyoutubeにもあがっていますが、津波の水そのものよりも、流されてきた船や自動車によって街や道路が破壊されていることに注目すべきでしょう。

Sinsan

 臨海鉄道と新産業都市は関係が深いですが、これは北沼駅裏手にある青森県新産都市会館です。この通り1階部分は津波により窓ガラスがすべて割れており、ベニヤ板を張り付けて風雨をしのいでいます。手前にあるコンクリート製の門や鉄柵も破壊されています。

Kitanuma_coast_2

これも北沼駅周辺の海沿いです。写真右手が八戸港で、津波で流された船が激突したと思われる箇所が深くえぐられています。左奥に見えるダンプのいる場所が、北沼駅から更に先へ続いている製紙メーカーM社専用線の踏切です。船があと30メートル北に動いていたら、専用線が破壊されていたかもしれません。

Kitanuma_deadkoki Kitanuma_deadkokidaisya
■細かく切断され解体待ちのコキ車(左)と、その台車(右) 2011年7月16日

北沼駅の北東側に広がる空き地には、津波に流され使用不能になったコキ車の台枠が大量に積み重ねられていました。解体しやすいように4つに切断されています。その隣には、コキ車の台車も大量に留置。見た目は使えそうでも潮に浸かっていたら原則解体処分でしょうね。

●精錬所のテルハ

Hachinohe_seiren_scape

 八戸臨海鉄道の沿線にある非鉄金属メーカーH社の精錬所では、工程間輸送のためにテルハが使用されています。私などは、動く産業遺産と高く評価しているのですが、産業機械を見慣れた方にとっては珍しくもなんともない代物だそうです(苦笑) 上の写真は、とあるコンビニの駐車場からの眺めで、右側の三角屋根の建屋から左下の建屋に向けて、半製品が輸送されています。

Hachinohe_seiren_2xstart

おや? 何やら怪しげな鍋が現れました!

Hachinohe_seiren_2x

鍋は2台あり、よく見るとジャンパケーブルのようなもので繋がれています。

Hachinohe_seiren_2xthrough

重連の「釜」は懸垂式モノレールに近い動き方でスルリスルリと左へ移動していきます。

Hachinohe_seiren_2xup

左端に到達して数秒が経過すると…

Hachinohe_seiren_2xdown

今度は下へ降りていきます。降りた鍋は4~5分後に再び上昇し、右の建屋に戻ります。

この精錬所も津波の影響でしばらく操業を停止していたと聞きます。文句も言わず黙々と動き続けるテルハの鍋に、復興の兆しを見た気がします。今度はDD16形が運行される日に来訪してみたいものです。

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2010年6月24日 (木)

■原石線情報■2010年6月編

 弊ブログで原石線を取り上げてから、およそ1年が経過した。2010年6月20日に松本電鉄のイベントへ参加 予定であったが、せっかく長野まで行くならばついでに、と前日に原石線に寄ってみることにした。

Doc_ds6_wo_limestone
■D社O工場の山元事務所へ向かうホッパー貨車。推進する機関車はDS-6   2010年6月19日

 6月19日(土)、午後の最終便はこれまで通りの時刻にやってきた。変化した点と言えば、以前は貨車2連での運行だった土曜日にフル編成の5連でやってきたことと、

Doc_teko304_w_protector
■鉱山側に屋根が取り付けられた、テコ304      2010年6月19日

先頭のテコ304に屋根が取り付けられたことであろう。以前の写真と比較すると、変更点は一目瞭然である。

Doc_teko304
■以前のテコ304。屋根はない。    2009年7月28日

編成が長いことや、こうして労働環境の改善に取り組んでいる事から察するに、またまだしばらくは活躍が期待できそうな路線である。

 ところで撮影の10分ほど前、たまたま近くを通りかかった方にお話を聞いてみたところ、2010年6月現在、列車は11時過ぎ、13時過ぎ、15時20分の計3便が
毎日運行されているとのこと。無論、専用鉄道であるため、工場の都合で運休することもある。また今回は稼動が確認できなかったが、予備機のDS-5形ディーゼル機関車と、除雪用の小型機は、まだ健在とのことである。今度は是非活躍する姿を見てみたい。

 最後に、このブログをご覧いただいている奇特な方には釈迦に説法と思われるが、列車が来ないからといって(あるいは無駄足を避けるために)工場へ直接電話で問い合わせるなど非常識な言動は慎みたいものである。

※写真はすべて許可を得て撮影

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2010年6月 7日 (月)

◆十和田観光電鉄◆ED301入換、そして夏仕様へ

 2010年5月1日(土)、八戸臨海鉄道が運休になったために止む無く訪問した十和田観光電鉄で、電気機関車の試運転の撮影に成功。これに気をよくして、翌2日(日)は朝一から訪問してみることにしました。といってもこの日は、七戸駅跡で開催されている南部縦貫鉄道のイベントがメインの予定です。ちなみに、十和田観光電鉄の終点十和田市駅と、南部縦貫鉄道の七戸駅は、国道4号線で直結しており、両駅を結ぶバスもあります。したがって、南部縦貫の現役時代は掛け持ち訪問が基本でした(懐かしい…)。

さて、八戸発7時過ぎの電車に乗り、三沢経由で七百に着いたのが8:20、機関車に何も動きがなければそのまま七戸へ向かおうと思っていた矢先…

Ed301_w_ecx2_fcx2

なんと、ED300形電気機関車のパンタグラフが上がっています! 前日の機関車はパンタを降ろしていましたので、今日は何らかの動きが期待できます。昨日に引き続き、急遽下車(笑)。

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旅客列車同士の交換が終わると、昨日試運転を行ったED402が車庫から姿を現します。手前の線路を通り、一旦三沢方へ引き上げると…

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奥に留置されていた「貸切」幕表示の7900形電車も三沢方へ引き上げ、先程ED402が出てきた線へ転線し、自走で車庫へ入庫します。

Ed402_back_to_rh

続いてED402も7900形の後を追って車庫の手前まで移動します。すると今度は…

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車庫とホームの間に留置されていた7200形電車が起動し、

7204f_comeout

やはり自走で三沢方まで引き上げます。何のためにこの車両を動かすのかというと…

Ed301_comeout

更に奥に留置されていたこの機関車を引き出すためですね。引き出すということは当然…

Ed301_w_ed402

機関車同士のツーショットを拝むことができます。

Ed301_w_7204f

ED301も三沢方まで引き上げます。7200形は相当先まで引き上げてしまっているため、三沢寄りにある最初の踏切の警報音が常時鳴りっぱなしのようです。幸い、通過する車はほとんどありませんので、入換中支障してもさほど影響はないのでしょう。

Ed301_back_to_rh

ED301は、最初に7900形が留置されていた線路へ引き込まれ、車庫手前で一旦停止します。なお、テールライト脇にあるのは、かつて牽引していたクハ2400形用のジャンパ連結器です。

Ed301_waiting

  • 形 式 : ED300形
  • 記号番号: ED301
  • 運転整備重量: 30t
  • 全 長 : 10,850mm
  • 幅   : 2,515mm
  • 高 さ : 3,780mm
  • 出 力 : 90kVA × 4
  • 引張力 : 4,200kg
  • 製造年 : 1951年(昭和26年)
  • 製造所 : 日立製作所
  • 製造番号 : 5017
  • 制御装置 : 電磁空気単位スイッチ式
  • 制動装置 : AMM、発電制動付
  • 主電動機 : HS266CY (モハ2400形と同型)
  • 製造番号 : 5017 (製作指示番号19924)

Ed301_makersplate_2 Ed301_zenkendate

■ED301のメーカーズプレートと全検標記

来年4月が全般検査のため、来年のゴールデンウィーク前にも試運転が期待できるかもしれません。あくまでも予想ですが。

Ed402_w_ed301

続いて、今度は先程手前の線路に入庫していたED402が再起動し、三沢方(写真右側)に向かって引き上げます。その後は、

Ed402_back_to_ecfc

先程7200形電車が留置されていた線路を通り、

Ed402_w_ecx2_fcx2

最奥の保存車両に連結されます。ちょうど、最初に留置されていたED301と車両を交換した形になりました。三沢方に引き上げていた7200形も元の位置へ戻り、車庫前のED301は入庫しました。

さあ、これで車両交換の目的は果たされましたので、入換の動きとしては終了です。ですが、専用線やスイッチャーを追っている人間としては、「何のために入換を行うのか?」、そこまで突き止めたいものです。そう思って30分ほど待っていると、

Ed301_summer_version

ED301が再び出庫しました。どことなく軽装感が漂うのは気のせいでしょうか。否、気のせいではありません。皆さんは違いに気づきましたか?

Snowplow_of_ed301

そうです。夏に向けて不要になるスノープラウの取外し作業を行っていたのでした。これこそが、今回の入換の目的なのでした。

朝一番で入換を撮影できて大満足し、本命の七戸駅へと向かいました。

(つづく)

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、1984年7月。
  • 大幡 哲海「私鉄電気機関車の現勢」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、1984年7月。

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2010年5月13日 (木)

◆十和田観光電鉄◆ED402試運転

 バスとの衝突事故で機関車1両が廃車となり、予備車がなくなっていた八戸臨海鉄道に、JRからの譲渡車(DD16形)が増備され活躍を始めたのが、昨年12月。本来であれば2009年度内には撮影したいところでしたが、普段はなかなか稼動することの無い特大輸送が、年明けから年度末にかけて集中したため、それらの撮影に奔走していました。結局、日祝以外毎日動いている八戸臨海鉄道の訪問は後回しになり、2010年5月1日(土)になってしまいました。

天気もよさそうなので、わざわざレンタサイクルのあるホテルに泊まり、繰り出してみると…

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始発便が来ません。本来土曜日は運行日の筈。終点の北沼駅に向けて線路沿いを走っていると保線の方にお会いしたので、事情を聞いてみました。5日まで全便運休とのこと。おそらく工場そのものは24時間稼動と思われますが、連休中の出荷は止まるようです。

しかし、転んでもただでは起きません。貨物列車の連休中の運休はよくあること。実はこういう事態を想定して、保険をかけておきました。それは、近隣の三沢と十和田市を結んでいる十和田観光電鉄の撮影です。二年前の同じ時期に家族旅行で十和田湖を訪れた際、沿道から電気機関車の運行を目撃していたため、同じ時期に行けば何か起きるのではないかといった期待がありました。仮に何も起きなくても、沿線には桜の名所がたくさんありますし、この日はすぐ近くの七戸で南部縦貫鉄道の保存車両イベントも催されています。つまり、保険の保険も万全であり、全く無駄足にならないプラン、というわけです。

三沢経由で車庫のある七百駅に着いたのが11時前。駅に進入する直前に車庫が見えますが、扉が開いて中には電気機関車の姿がありました。しかも機関車の前に3名のスタッフが待機しています。これは何かあるぞと思い下車することに。

旅客列車同士の交換が終わると、スタッフ2名が三沢寄りにある分岐器に細工をします。本線上の分岐器はスプリングポイントですから、常時定位側に開通しています。入換をするためには、一時的に反位側に固定する必要があります。

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作業が終わると、電気機関車がおもむろに姿を現します。

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■十和田観光電鉄ED400形ED402(クリックで拡大) 2010年5月1日

現れたのは、2台配置されている電気機関車のうちの新しい方です。入換が見られるだけでもかなり幸運でしょう。

  • 形 式  : ED400形
  • 記号番号 : ED402
  • 運転整備重量: 35t
  • 全 長 : 10,950mm
  • 幅   : 2,700mm
  • 高 さ : 4,257mm
  • 出 力 : 90kVA × 4
  • 引張力: 4,400kg
  • 製造年  : 1962年(昭和37年)
  • 製造所  : 川崎車輛
  • 製造番号 : 241
  • 制御装置 : 電磁空気単位スイッチ式
  • 制動装置 : EL14A、発電制動付
  • 台 車  : 川車613(国鉄DT21と同型)

Ed402_makersplate

■ED402のメーカーズプレート

川崎車輛で戦後に製作された電気機関車は注目すべき存在です。日立や東芝、三菱、東洋電機、日本車輌といった各大手メーカーは、規格型を量産して各社に納入していますが、川崎製の戦後の電気機関車は他に例がありません。

もっとも、製鉄所や鉱山など鉄道事業者以外に納入された機関車や、輸出分まで含めて網羅的に調査している人は、私の知る限りまだいませんので、もしかしたらどこかでひっそりと同型機が活躍しているかもしれません。

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■ED402の全般検査標記

全般検査は平成22年4月に実施済、次回検査が平成30年4月となっています。つまり、この機関車は全検直後ということになります。

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ED402は三沢方向に向かって動き出します。このまま行ってしまうのかと一瞬不安がよぎりますが、

Ed402_a_shichihyaku_waiting

信号設備の都合で一旦三沢行ホームに入線します。 この機会を利用して運転士から情報収集しみてると、これから11:06発で三沢まで1往復し、午後は13:00発で今度は十和田市まで1往復するとのこと。時計を見るともう11:04で時間がありませんので、一先ずこのまま見送ることにします。

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三沢に向けて、発車!

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この機関車が戻ってくるまでの間に、撮影場所を見つけておかなくてはなりません。幸い、駅から歩いて15分ほどの場所に、拓けた農地と日当たりの良い好ましい場所がありました。線路沿いに雑草が生え放題でしたが、除草剤を撒いてあるのか全て枯れています。5分ほどで草刈りをし、待機します。

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■三沢-七百間で試運転中のED402 2010年5月1日、柳沢-七百

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■同上、後追い

試運転の目的は聞けませんでしたが、全検直後ということで検査後の試運転と解釈することもできます。ただ、十和田観光電鉄は鉄道ファン向けのチャーター運行(有料)を実施することで知られており、そのための準備とも考えられます。チャーター運行は冬季(12月~3月)は実施されないこと、またこの機関車の全検が4月であったことを考えると、これから秋までの間のチャーター運行に備えているのかもしれません。

さて、午後の試運転までは若干時間がありますので、沿線名物の桜と一緒に撮ってみることにします。十和田観光電鉄と言えば、真っ先に思い浮かぶのが三本木農業高校の正門前の桜。早速行ってみると、駅前に障害物があり、鉄道と一緒に撮るのは難しそうです。結局、線路沿いに桜並木が続く北里大学駅周辺に移りました。今年は4月の気候が安定せず、特に下旬に寒い日が続いたため、まだつぼみの状態なのがとても残念です。

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■開花直前の桜を横目に試運転を行う、ED402  2010年5月1日、北里大学前-工業高校前

なんとか開花している木を探して歩くこと10分、

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十和田市からの返しは多少まともになりました。

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桜花を後にする7700形電車「観桜号」。結局この日撮影を終えたのは14時過ぎで、南部縦貫鉄道のイベント終了時刻は15時だったため、1日のイベント参加は諦めました。2~3日の二日間、レールバス乗車体験イベントがあるため、そちらに参加することにして、この日は八戸のホテルに引き上げました。

(つづく)

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、1984年7月。
  • 大幡 哲海「私鉄電気機関車の現勢」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、1984年7月。

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2009年11月19日 (木)

【くろがね線を読み解く】第63回■60ED形(E604)

 E603に続き、戦時中の輸送力増強用として川崎車輌で製作されたのが、60ED形電気機関車 E604である。車体はE603に準じた凸型だが、曲線や曲面で構成されていた車体デザインはすべて直線・平面でまとめられ、キャブ周りもシルヘッダーがむき出しになっているなど、戦時設計だけあって各部が簡略化されている。登場時の記号番号はE603で、後年になり改番された。私鉄に同型車は存在しないが、満鉄の撫順炭鉱専用鉄道向けの85t機が同系機といえる。

  • 製造所:  川崎車輌
  • 製造年月: 1942年(昭和17年)3月
  •  (1942年5月使用開始)

  • 製造番号: 108
  • 運転整備重量: 65.9t
  • 車軸配置: B-B
  • 最大長:  13,200mm
  • 最大幅:  2,720mm
  • 最大高:  4,125mm
  • 動輪径: 1,250mm
  • 主電動機出力: 187kW(250PS)×4個 (端子電圧300V)
  • 歯車比:  81:17
  • 引張力: 15,000kg
  • 定格速度: 24km/h
  • 使用電圧: 直流600V
  • 制動装置: 空気ブレーキ、発電ブレーキ、手ブレーキ

【参考】

  • 杉田 肇「私鉄の電気機関車」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1984年7月。
  • 松尾 輝夫「八幡製鉄の車両」、『鉄道ピクトリアル』、電気車研究会、1966年2月。
  • 『世界の鉄道’69』、朝日新聞社、1968年10月。

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