カテゴリー「トロッコ・保存鉄道」の23件の記事

2017年12月10日 (日)

★岡山臨港鉄道保存車★102

 先日三原に行った帰りしな、岡山で途中下車し、岡山臨港鉄道の保存車を見に行ってきました。岡山駅から岡電バスに約40分乗車し、築港元町下車徒歩1分で辿りつけます。元気な人は岡山駅からレンタサイクルでも行けるかもしれませんが(笑)

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 岡山臨港鉄道は、戦前に軍需物資輸送専用鉄道として計画され、早期開業の要請から手続きがより容易な専用側線として着工されましたが、第二次世界大戦の影響で頓挫。戦後になり、沿線に工場のあった汽車会社専用側線として竣工しました。ただし汽車会社の資金だけでは工事は完成せず、沿線に駐留していたGHQ指示の下、国鉄岡山工事部が残りの建設を行ったようです。象徴的なのは開業一番列車で、汽車会社向けの貨物列車ではなくGHQ進駐軍の列車でした。1950年には汽車会社の工場閉鎖により専用側線は列車の運行が無くなり、同年岡山臨港鉄道が設立され地方鉄道として第二の人生を歩むことになります。

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保存車は岡山臨港鉄道102号で、1952年に汽車会社で製作された2軸のディーゼル機関車です。運輸省への車輌設計認可の申請が1953年3月28日、認可が同年8月15日となっているため、法規上の鉄道車両としては1953年製ということになっています。実際には車両として認可される前から無車籍のまま専用側線でスイッチャーとして使用開始していたと思われますが。本機で採用された、DMH17型エンジンとTC-2型トルクコンバーターの組み合わせは、のちに各社から相次いで登場する産業用DL標準の構成を先取りするものです。

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1エンド側から。高いボンネットは、国鉄DD11形ディーゼル機関車にも通じるデザインですね。

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ナンバープレートと製造銘板。銘板には汽車会社、昭和27年製造、製造番號22とあります。

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2エンド側から。

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2軸の動輪はアウトサイドフレームのロッド駆動で、2エンド側のキャブ下にジャック軸があり、ジャック軸の回転をロッドで2つの動輪に伝達する方式です。

 なお一部にはこのディーゼル機関車を「機械式」と称しているサイトがありますが、これは誤りで、れっきとした液体式ディーゼル機関車です。低速・中速の切り替えは自動でしたが、高速への切り替えは手動ですので、この手動切替スイッチを見て機械式と混同しているのではないかと思われます。現物の観察も大切ですが、本を読むのも忘れずに。

  • 【参考】寺田裕一「岡山臨港鉄道(RM LIBRARY197)」、2016年1月1日、株式会社ネコバブリッシング。

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2017年11月16日 (木)

★新日鉄住金★尼崎製造所の機関車No.5

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 新日鉄住金尼崎製造所の公道から見えるトロッコ。2010年8月16日に撮影したのがこのNo.5でした。鋳物台枠の足回り、キャブ・ボンネットは工事軌道や森林鉄道の機関車でお馴染みのスタイル。ボンネット妻面も下に向かって斜めに傾斜が付いているのが特徴的です。

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この日は電気炉に投入する鉄スクラップを入れる無蓋コンテナ(中身は空)を積載した長物車2両を牽引したり、

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JRでいう特大貨物を積載可能な長物車がないので、荷を平台車1両に積載したうえで、はみ出した荷が機関車に接触しないよう、機関車との間に遊車となる平台車を1両挟んだ、特殊な編成が見られました。

以降も何度か訪れていますが、この機関車はこの時以来見たことがありません。いまでもまだ現役なのでしょうか。気になりますね。

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2017年10月 3日 (火)

★尾去沢鉱山の保存車★ニチユ10tロッド駆動と仲間たち

 お盆期間中、避暑と青春18きっぷ消化を兼ねて北東北へ行ってきました。秋田では、2011年6月の仮オープン以来の訪問となる小坂レールパークと、そのついでに尾去沢鉱山を訪ねました。両拠点は、鹿角花輪駅経由で路線バスが連絡しているので、鹿角花輪駅前の旅館に泊まり、翌朝フロントに荷物を預けて両方訪ねると楽チンです。

※2017年現在、尾去沢行のバスは麓の集落が終点となり、鉱山前までは行かなくなっています。鉱山へは、鹿角花輪駅からタクシーで10分です。

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■尾去沢鉱山駐車場に保存されているニチユ10t半キャブロッド駆動   2017年8月13日

全長1.7kmに及ぶ観光坑道が見どころの尾去沢鉱山には、かつて陸中花輪駅(現 鹿角花輪駅)の側線で入換に使用されていたスイッチャーが綺麗に保存されています。花壇の花も良く手入れされていますし、スイッチャーの方も定期的に塗り直されているようです。1963年(昭和38年)9月に日本輸送機で製作された凸型機関車で、自重10t、車軸配置はBです。最終動力伝達方式は、動輪の片方を動かしロッド棒によって他方へ動力を伝えるロッド駆動方式です。

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銘板はこちらの非公式側にあり、型式DL10MC1067、製造番号1025002と判読できました。上写真一枚目とこの二枚目を比較すると、ちゃんとロッド棒の位置(位相)が変えてあるのが分かりますね。角度のズレは90度っぽいですがどうでしょう??

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写真はすべてボンネットの蓋を閉じてから撮影しています。訪問時は蓋が開いており、三菱のロゴの入ったエンジンが搭載されているのが分かりました。帰宅後に調べてみると、朝日新聞社『世界の鉄道’70』に詳細が掲載されていました。それによると、調査当時、陸中花輪駅の三菱金属鉱業尾去沢鉱業所専用側線の入換作業は、丸佐運送合資会社が所有する私有機2両によって行われており、うち1両が酒井製の10t機、もう1両がこの機関車でした。諸元は以下の通りです。

  • 自  重  : 10.1t
  • 全  長  : 5,250mm
  • 全  幅  : 2,495mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 三菱ふそう DB31L (130ps/1800rpm)
  • 液体変速機:岡村製作所 PM18
  • 最高速度 : 21km/h

エンジンは、当時のバスやトラック・建機で汎用的に使用されていた三菱DB系が採用されています。動輪径は、自重8~10tクラスの国鉄貨車移動機のロッド駆動のタイプと同じ660mmです。

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スイッチャーの近くには、説明の看板がありました。一般論としてこういった看板の記載内容は間違っていることもあるので鵜呑みは危険ですが、この看板は、入換作業に従事した丸佐運送がこのスイッチャーを尾去沢鉱山へ寄贈した際に立てたもののようですので、読む価値はあると思います。表題の「10トンディーゼル機関車 型式DB-3IL」は、前述のエンジン型式(DB31L)のことを指していると思われます。私有機の場合、複数ある入換動車を識別する際に、番号ではなくエンジン型式で呼称するケースがあるにはありますが、それに相当するのか、はたまた単なる型式の取り違えなのかは、分かりません。

●ロッド駆動半キャブの仲間たち

 スイッチャーの保存車は数あれど、この尾去沢鉱山の保存車と同じロッド駆動のしかも半キャブとなると、数えるほどしか残っていませんね。

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■JR網干駅前に保存されているニチユ製の同型機。(2007年に駐車場所有者の北沢産業の管理者に許可を得て撮影)

同型の北沢産業DB2。JR網干駅近くに静態保存されています。1961年(昭和36年)日本輸送機製の10t機ロッド駆動タイプで、型式は同じDL10MC1067、製造番号は876001。こちらも世界の鉄道に掲載されていました。(ちなみに、沖田氏の機関車表に収録されている製造番号876002読み取り誤りですので、引用して拡散しないようお願いします

  • 自  重  : 10t
  • 全  長  : 5,250mm
  • 全  幅  : 2,499mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 三菱ふそう  (130ps/2000rpm)
  • 液体変速機:岡村製作所 RM18
  • 最高速度 : 21km/h

丸佐運送のニチユ10t機と寸法も出力もほとんど変わりません。

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■古河鉱業所有のニチユ8t半キャブロッド駆動  2011年8月、足尾駅前

次は足尾駅前の動態保存車。同じく日本輸送機製のロッド駆動半キャブで、同型、と言いたくなるところですが自重は10tより少し軽く8tです。古河鉱業の私有機で、1965年(昭和40年)7月製造、型式DL8MC1067、製造番号1105001です。普段は傷まないようにシートに覆われており、数年に一度イベントで動きます。

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■くりはら田園鉄道DB101。協三工業製の10t半キャブロッド駆動   2013年、若柳駅跡

こちらも動態保存機ですが、残念ながら?日本輸送機製ではなく協三工業製の10tロッド駆動機です。元くりはら田園鉄道DB10形ディーゼル機関車DB101で、車体内部の銘板によると、1965年(昭和40年)6月製造、型式D10-1067、製造番号10470です。くりでん保存会が年に1回程度動かしていますので、運が良ければ動くところを見られます。入換に便利なように、通常はキャブ中央にある逆転器レバーが非公式側窓際に設けられているのが特徴で、それを除けば、平凡なスイッチャーです。ちなみに5~10tクラスの貨車移動機は、足でアクセルを踏み込んで速度を調整します。逆転器レバーは変速レバーではありませんので、ご注意ください。

2017年春にオープンしたくりでんミュージアムで、DB10形の形式図や諸元の記載された「宮城中央交通 車両竣工図表」が購入できます。DB10形の発注時はバス会社と合併していたのでこの社名ですね。以下に抜粋します。

  • 自  重  : 9.8t
  • 全  長  : 5,150mm
  • 全  幅  : 2,499mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 日野自動車 DS50A  (80HP/1500rpm)
  • 液体変速機: 新潟コンバータ 8A-1350

見た目はニチユ製に似ており、寸法もほとんど変わりませんが、製造者の違いから搭載しているエンジンと液体変速機が異なります。

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■馬頭運送で保管中の協三工業製10t半キャブロッド駆動。   2014年、栃木県

こちらは、栃木県の馬頭運送が協三工業から引き取ったロッド駆動の半キャブです。たしか本社工場で保存されていたモノだった気がしますがうろ覚えです。連結器が柴田式自動連結器ではありませんが、土木工事軌道で使用されていたのでしょうか。馬頭運送は、全国各地から蒐集したスイッチャーを修復・動態化しており、那珂川清流鉄道保存会に移設されたものは公開時に動くことがあります。今回は4両紹介しましたが、他にもロッド駆動の半キャブをご存知の方は、情報お待ちしております。

●2017年10月7日追記

 相互リンク先の西宮後停留場様より情報をいただきました。北海道の丸瀬布いこいの森に、佐藤工業製の10t半キャブロッド駆動が静態保存されているそうです。詳細はこちら

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2017年7月31日 (月)

流鉄青空号のその後

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 そういえば流山電鉄2000形の青空号って、私は気にも留めなかったのですが2012年7月で引退していましたね。この車両の運行開始は1994年8月で、私が松戸市内に住んでいた頃に導入された最後の形式です。当時は大学に入って行動範囲が飛躍的に拡大した頃だったので、意識が遠方に向いていたせいか、地元に新しい譲渡車が入っても見向きもしませんでした。西武101系がまだ本線系統で現役だった頃で見慣れていたせいもあるかもしれません。青空号2000形は旧西武801系ですが、顔は101系とほぼ同じですので、またつまらないマスプロ車両が入ってきたな、くらいに思っていました。

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先日SLELを撮影した際、下り列車と上り列車の合間に撮影地周辺をウロウロしていると、青空となの花の車端部が置いてあるのを見つけました。今後どうなるのでしょうか。ちなみにこの廃車体は、2017年7月現在Google航空写真には写っていますが、ストリートビューには写っていないという、妙な謎解き要素があって面白いです。

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2017年7月26日 (水)

松戸市内の保存車たち

 日頃から、廃車になった静態保存車や放置廃車体にはあまり興味が無く追いかけていないのですが、出身地(千葉県松戸市)の保存車くらいは見ておこうと思い、先日半日日帰りで周遊してきました。

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現在の自宅の最寄駅から特急で一駅、下車徒歩15分でまずはこの場所へ。千葉都市モノレール1012号車が建設会社の土地に保存されていました。実は本来左折すべき交差点に気付く前に視界にこれが入ってきたので、先に見物することになりました(笑)

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本来の目的はこちらです。昭和の杜の保存車たち。流鉄なの花号2000形電車クモハ2006がパンタグラフ・台車付の完形で保存されています。以前さよなら運転を撮影していますが(→その時の様子はこちら)、もう4年も経つんですね。松戸市に縁のある車両が保存されており嬉しい限りです。

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こちらは銚子電鉄1001。屋根が無いのにまだ綺麗な状態を保っています。こちらも以前現役時代に撮影しています(→こちら)。

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こちらはヨ5000形13712号車。ヨ3500形を二段リンク化改造した車両ですが、種車がヨ3712のため新製車ではなく、1951年にトキ900形から改造された車両ですね。

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こちらは日立電鉄モハ1000形1003号車。寺田裕一著『ローカル私鉄車輌20年(JTBキャンブックス、2001年10月1日初版)』によると、出自は小田原急行鉄道モハ1形7号→デハ1100形1107号→東京急行電鉄デハ1150形1157号→相模鉄道デハ1000形1003号→モハ1000形1003号→日立電鉄モハ1000形1003号となっています。

車体は中央の乗降扉の手前で切断されており、また台車はありません。反対側が同じ松戸市内に保存されています。というわけで、東松戸へ戻り武蔵野線・常磐線を乗り継いで北小金へ。10分おきに走っているバスに乗り小金原団地の商店街入口に到着。

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こちらがモハ1003の片割れです。駄菓子屋さんですが私が訪問した日曜日は営業していませんでした。

●おまけ

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 壁に懐かしい看板がありました。水戸黄門定番の「くノ一お銀の入浴シーン」で有名なあの方ですね。

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2017年5月25日 (木)

★薩摩金山蔵トロッコ★トモエ電機工業製バッテリー機関車で代走中

 ゴールデンウィーク期間中の半日を使い、鹿児島墓参りのついでに串木野に寄ってきました。串木野金山の跡地で営業中の『薩摩金山蔵』が目当てです。薩摩金山蔵は、金山跡の坑道が温度・湿度一定で紫外線の遮断された空間であることを活用し、坑道内に樽を並べて焼酎の熟成を行っています。そして、完成した焼酎の店頭販売をはじめ、金鉱山や金精錬工程を紹介するミュージアムの運営、焼酎蔵巡りの観光トロッコの運行を行っています。

この施設はかつて、金山の坑道見学や砂金採りが体験できるテーマパーク『ゴールドパーク串木野』として知られており、一度訪問しているのですが、当時は親戚と一緒のお出かけだったのであまり鉄道目線で見ることはできませんでした。私は軌間1,067mm未満のいわゆる日本流ナローゲージにはあまり興味がないのですが、生まれ故郷の県内にある保存鉄道くらいはちゃんと訪ねておきたいというのが、今回訪問した動機です。

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 JR鹿児島本線串木野駅のホームに降り立つと、北側に早速工場が見えました。金の精錬事業を行っている三井串木野鉱山です。この駅は、新幹線開業前は堂々たる特急停車駅であった名残で、2017年現在でも駅前には大きなロータリーとタクシー乗り場が設けられています。駅舎内にはコインロッカーもありますので、旅の途中で薩摩金山蔵に寄り道しても困ることはありません。(もっとも駅前にはコンビニとパチンコ屋くらいしかありませんが…)

駅からタクシーで移動するとおよそ7分で金山蔵へ到着しました。入場券を購入する際にトロッコの運行時刻を確認したところ、ホームページに掲載されていた時刻とは異なり、また減便していることが判明。事情を聴いてみると、機関車が故障してしまい、余所から代わりの機関車を借りて運行しているが、電池がもたないので本数を減らしているとのこと。そんな状況とはつゆ知らず、呑気に訪問してしまいました。次の列車の運行開始までかなり時間がありましたので、お願いして先にホームに入れていただき、マンツーマンで解説をしていただきながら車両を撮影することになりました。

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こちらがトロッコの客車です。妻面中央のヘッドライトは故障したためLEDライトを取り付けたとか。かなり眩しいです。通常は、このヘッドライト付きの人車が編成の前後に連結され、編成中央に動力車(機関車)が配置されています。往復共に客車が先頭になるわけです。でも今回は故障した機関車が編成から外れ、

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代わりにオレンジ色のバッテリー機関車が先頭に連結されていました。この方が風格がありますね。充電中なのか、バッテリーの蓋を開放しています。

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使用しているのは鉛蓄電池でしょうか。機関車からケーブルが伸びた先の充電器には新トモエ電機工業と記載されていました。

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こちらが機関車次位の客車。人車の改造とのことです。先頭の座席には「運転席」と書かれた紙の札が付いていますが、上で紹介したバッテリー機関車での代走期間中は客席になります。

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編成中間にはこんな車両も。訊いてみると、焼酎樽を坑道(蔵)へ出し入れする際に樽を乗せるための車両とのことです。言わば貨車でしょうか。運賃を取る営業目的では無いので、事業用車と言った方が正しいでしょうか。いずれにせよ、旅客以外を乗せるための車両があるというのがこの観光トロッコ最大の特徴ですね。

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次に、連結器を見てみましょう。この客車(人車)はご覧の通り自動連結器なのですが、

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先頭の機関車の連結器はこんな形態です。いったいどうやって連結しているのか確認してみると、

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ナックルを外して溶接してしまったそうです。一時凌ぎなので、こんな方法でも構わないのだとか。でも線路の途中には曲線区間もあるので、曲がれるようにはなっていると思いますが…。

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ホーム上のテーブルには時刻表もありました(プライバシー配慮のため氏名は伏せています)。先程受付で聞いた営業列車は、10:30発、11:30発、12:30発、14:30発の4本だけでしたが、どうも営業時間外に列車が設定されているようです(8:00と15:30)。後で知りましたが、始発列車の前に坑道の門扉を開き、坑内の電源を入れて客の受入準備をするための列車と、終列車後に後片付けをするための列車が各1本ずつ設定されているとのこと。終列車後の列車は、金山蔵営業時間内に走行するため、撮影するにはもってこいとのことでした。

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それでは、前置きが長くなりましたが、トロッコに乗って金山坑道へ入ってみましょう。2本のレールの外側に第3軌条がありますが、これはゴールドパーク時代の電気機関車が集電するために使用していたレールで、現在では使用されていません。

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真っ暗闇の中、ガタゴト揺られることおよそ10分、距離にして700mほど進むと、終点のホームに到着します。トンネル坑口からここまで一直線というわけではなく、微妙に曲がりくねっていたり、途中にトンネル(線路)の分岐跡もあったりして、なかなか楽しめました。

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坑道内は夏でもひんやり涼しいです。ここでトロッコから降りた運転士さんは、観光ガイドへと早変わり。淀みない語り口でお客さんを楽しませてくれます。

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数百メートルにも及ぶ焼酎樽の羅列はもちろんのこと、

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かつて運行されていた電気機関車とグランビー鉱車も展示。ただの焼酎蔵ではないところを見せつけてくれます。ガイド役の運転士さんはもともと三井串木野鉱山で働いていらした方なので、この鉱山に関する説明・考証もバッチリです。坑内観光は15分ほどですが、もっとゆっくり見ていたかったですね。

●最終列車後の回送列車

薩摩金山蔵様のご厚意により、終列車後の後片付け列車運転時に、トンネルに入る手前で一時停止していただけました。

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ホームで隠れて見えなかった台枠より下もみえます。バッテリー機関車はトモエ電機工業製で自重は3.25トンです。故障した機関車の代替用にレンタルしており、所有は新トモエ電機工業のままだそうです。

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本来は、山口県内の石灰石鉱山で使用する予定だったものを急遽借りてきたとのことです。ただ私の記憶が正しければ、山口県内にある石灰石鉱山3か所はすべてトラックレスだったはず(砕石はベルコンまたは重機・トラックで輸送し、掘削・運搬に軌道を使用していなかったはず)ですので、若干疑義の残る証言ではあります。もちろん、せっかく撮影用に一時停止していただけたので、ここで議論を始めても仕方がないので有難く撮らせていただきました(笑)

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機関車の運転台に、

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その下にあるサーボロコ運転取扱注意事項、

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そして銘板。しっかり記録させていただきました。280型蓄電池機関車、型式TBL-280KL・S-762、製造番号TS5-30029、2007年10月、トモエ電機工業製造。

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客車もここなら2軸ボギー台車が見えますね。編成と、機関車と客車の形式写真完形が撮影でき、とても満足。ご手配いただいた方にお礼をして現場を後にしました。なお2017年5月現在、故障した機関車に代わる新型機関車を発注済みで、2017年10月1日から営業運転を開始するそうです。またこれに伴い客車も新造されます。新型はトモエ電気工業製ではないそうなので、この機関車と客車をご覧になりたい方は、お早めに。

 今回はトロッコに的を絞って紹介しましたが、金山ミュージアムの展示内容はとても勉強になりますし、お酒も美味しいですし試飲もできます。鹿児島へお越しの際は、『薩摩金山蔵』、ぜひ、訪ねてみてください。

 最後になりますが、鉱山の歴史や金精錬の詳細については、三井串木野鉱山のホームページを参照してください。また鉱山鉄道の現役時代、および現在の廃線跡については、炭鉱電車が走った頃さんのホームページに興味深いレポートがありますので、ぜひご覧になってみてください。

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2016年3月13日 (日)

◆電気化学工業青海工場◆上部軌道用10tディーゼル機関車

 2016年3月5日土曜日、朝イチでかなりんの特大貨物輸送を撮影後、新幹線で栃木県へと向かいました。この日は、那珂川清流鉄道保存会で保存されている元名鉄8500系気動車が屋外に引き出され、車内にも入れるとのことでしたので、新しいスイッチャーの見物も兼ねて訪問することにしました。那珂川を訪ねるのは、所属クラブの烏山線EV-E301系見学会参加を兼ねて訪問した2014年以来ですから、およそ2年ぶりです。今回は、初めて見た機関車のうちの1両を紹介します。

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 昨年新潟県からやってきたというこの機関車。見るからに坑道用DLですが、それもそのはず。電気化学工業青海工場の石灰石原石採掘現場近辺で使用されていたディーゼル機関車です。原石を工場内へ輸送するための下部軌道ともいえる原石線は既に弊ブログでも紹介していますが、採掘現場側の上部軌道の機関車はこれまでほとんど紹介されたことがありません。いやはや、貴重な車両がやってきたものです。

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正面はこんな感じ。軌間はレール幅762mmのナローゲージです。

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連結器は独特な形状の自動連結器。解放テコを持ち上げると、通常の自連のようにピンが抜ける……のではなく、ナックル自体が動いて切り離せるようになっています。

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 サイドビューは本来遠くから望遠で綺麗に撮りたいところでしたが、駐車してあったクルマが邪魔で近くから広角で撮ることしかできませんでした。広角独特の歪みがありますが、雰囲気はわかるかな?? 車軸配置はB(2軸)です。

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 キャブ側から見てみると、妻面窓とヘッドライトには防護柵が取り付けられています。屋根上に無線アンテナが付いていますが、坑道のような細長い閉鎖空間では誘導無線でないと電波が届かない気がするのですが、このアンテナは空間波無線用っぽいですね、、はてさて。。

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反対側。見たところ車体の外観に関しては、ほぼ左右対称と言えそうです。

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後ろにある軌間1,067mm用のスイッチャー10t半キャブと比較してもひけを取らない大きさ。

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軸箱まわり。

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製造者は、福島に本社のある協三工業です。

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窓ガラスの外側からフラッシュをたくと、キャブ内にあった銘板を読み取ることができました。1971年10月製造、製造番号は10776です。協三工業製機関車の製造番号は、先頭2桁が自重、残りの3桁がシーケンシャルナンバーになっていますので、この機関車は776番目に製造された機関車で、自重は10tということになります。上写真は拡大しますのでご自身の目で確認してみてください。ちなみに、沖田さんの発表された機関車表では1972年製造となっていて製造番号の記載もありません。今回この機関車がサルベージされたことにより詳細データが明らかになったのは幸運といえるでしょう。

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ここで参考までに、同じ協三工業製で製造番号の近い車両を2両紹介しておきます。左は、JR日豊本線南延岡駅連絡の旭化成専用側線で使用されている20t機(車軸配置B)で、製造年は1971年、製造番号は20768です。右は、JR羽越本線羽前水沢駅連絡の水澤化学専用側線で使用されていた30t機(車軸配置B-B)で、製造年は1971年、製造番号は30777です。

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キャブ内にある弁とメーター・スイッチ類。これらもすべて車外からフラッシュ撮影。走行距離を見る限り、あまり使用されていなかったようです。

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キャブ内左手には、工業用サーモメーターと思しき装置が取り付けられていました。

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右側の液柱の目盛は0~100なので温度を指すと思われますが、左側は0~120で目盛の間隔も異なっています。どのような用途に使用するのでしょうか。

●エンジン

 先日那珂川を訪れた方の調査によると、上部軌道用10トン機関車のエンジンは、日野製DS50とのことです。標準馬力は160psとのことですので、過給器やインタークーラーが付いていない限り、概ねその位の馬力と思われます。

●おまけ

Ta307720160305

場内では、修復を終えたタ3077の表記類貼り付け作業が行われていました。2軸のタンク車は保存車両を含めても珍しい存在です。昨年10月に津軽鉄道のイベントでタム501が本線走行しましたが、この車両も何らかの形で構内を走行してほしいものです。

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2015年11月12日 (木)

★950000アクセス突破★国鉄油須原線跡 赤村トロッコ

 2015年11月上旬、八幡製鉄所起業祭参加のついでに西大分貨物駅に立ち寄り、福岡空港へ帰る途中で赤村トロッコを訪れました。

Akamura01

 プロフィールページでナローゲージに興味のないことを公言している私ですが、ここは気になる存在でした。通常のトロッコは鉱山鉄道や森林鉄道の保存鉄道であることが多いのですが、赤村トロッコは一味違います。国鉄の路線として建設が進められながら、上山田線として開業した西側の僅かな区間を除き、日の目を見ることなく放棄された幻の未成線、国鉄油須原線。その路盤に実際に線路を敷き、列車を走らせてしまうというところに、そこはかとないロマンを感じるのです。

Akamura02

油須原線は、戦後に鉄道建設公団が建設した路線だけあって、北越急行や智頭急行を髣髴させる高規格路線。筑豊の石炭を、筑豊本線経由で洞海湾方面へ運ぶだけでなく、苅田港へも輸送できるように短絡線として計画された、ほぼ貨物専用線ともいえる路線です。赤村トロッコは、国鉄田川線(現:平成筑豊鉄道田川線)と油須原線の分岐点付近に設けられた赤駅を起点とし、油須原線の路盤を走行して隣の大任町との境界(トンネル内)までを往復します。

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当初は普通鉄道サイズの車両を走らせる構想もあり、車両も一部購入していたそうですが、油須原線の未成線用地に上水道管の設置工事をした際、路盤を約1mほど嵩上げしたためにトンネル断面が小さくなってしまい、断念。ナローゲージのトロッコ鉄道として計画を練り直し、神岡鉱山からバッテリー機関車を譲り受けて運行することになりました。

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赤駅には、神岡鉱山から一緒に譲り受けたのでしょうか、軌道上に人車も置いてありました。

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赤村から福岡空港へは、平成筑豊鉄道の一日フリー切符を活用し、直方・篠栗線経由で向かいました。直方と言えば、石炭記念館のSL。貝島炭鉱専用鉄道のコッペル32号と、石炭車ロト22号です。これはJR筑豊本線や平成筑豊鉄道伊田線の車窓からも見えるので有名ですね。

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そして訓練坑道のエアーロコ。那珂川清流鉄道保存会が食指を伸ばしていたようですが、こういうのは地元にあるからこそ価値が分かるものです。単独で栃木に移設されたら何のことやらわかりません(笑)

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2014年6月 8日 (日)

【日立製戦時標準型電機】住友鉱山専用鉄道ED104

 2014年3月下旬、名古屋出張を終えた週末は広島へ向かいました。翌日土曜日は、午前中に引退間近のEF67形1号機 広島電鉄ハノーバー電車を撮影 したあと瀬戸大橋を渡り、新居浜へ。午後はマイントピア別子と別子銅山記念館へ赴きました。

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記念館には、住友鉱山専用鉄道の上部軌道で貨車の牽引に使用されていた蒸気機関車と、下部軌道で使用されていた電気機関車、それに鉱山内部で使用されていたバッテリー機関車と貨車数両(鉱車と人車)が保存されています。電気機関車の方は、戦中から戦後にかけて日立製作所で製作・量産された凸型の機関車と同タイプの車両で、いまでも保存されているのはここにある1両だけです。

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別子銅山の端出場から国鉄新居浜駅、そして海沿いの新居浜港・惣開を連絡するために敷設された住友鉱山専用鉄道では、合計4両の20t電気機関車が使用されていました。うちED101~103までの3両は日立製作所から納入されたものでしたが、最後の1両であるED104は、日立製作所から部品の供与を受け、住友鉱山自身が組み立てています。保存されているのはED104、自分で組み立てた車両というわけです。軌間は762mmのナローゲージですが、車輌限界は軌間の同じ他の鉱山鉄道のものと比較すると一回り大きいようです。とはいえ、国鉄はもとより地方鉄道の車輌限界と比べても、一回り小さいですが。

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末期の塗装を再現しており、屋根がなく屋外展示にもかかわらずきれいな状態を保っています。パンタグラフも健在です。手入れが行き届いています。

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反対側から。同型の機関車はテキ521・522として京福電鉄にも納入され、2014年現在でもえちぜん鉄道の除雪用として活躍しています(詳細はこちら )。京福の車両は戦後の設計で、私鉄向けに窓回りのデザインもRのついた洒落た意匠に改められていますが、住友別子の車両は産業用なので外観はシンプルです。寸法はほぼ同じですが京福のテキ521は軌間1,067mm用ですので、台車は異なり、やや蟹股な印象です。

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住友グループの井桁マークも健在。別子銅山は住友発祥の地で、現在でも新居浜の瀬戸内海沿いには住友化学の工場群が広がっています。JR新居浜駅が2014年現在でも貨物扱いを継続しているのは、この駅に住友化学という大需要家がいるためです。仕事上のお付き合いで名刺交換させていただくと、会社毎に井桁マークの色が違うことに気づきます。私の手元には緑・赤・青の会社のがありますが、ほかにどんな色があるのでしょうか。

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連結器はピンリンク式です。

●おまけ

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 私はナローゲージにはあまり興味はないのですが、せっかく四国に来たのでマイントピア別子にも立ち寄りました。実は2001年夏にも来ているので初めてではありませんが、桜が咲いているということで。別子銅山の坑道と専用鉄道を連絡していた軌間508mmの線路の廃線跡に、軌間762mmの軌道を敷設し、観光用のトロッコを走らせています。SL風の機関車は電気駆動で、2本のレールの脇に敷設された3本目のレールから電力を調達して走行します。

【参考】

  • 岡本憲之「究極のナローゲージ鉄道 せまい鉄路の記録集」 講談社、2012年。
  • 岡本憲之「究極の現役ナローゲージ鉄道」 講談社、2013年。

※そういえば著者の岡村さんは先日タモリ倶楽部に出演されていましたね。

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2013年9月17日 (火)

★545000アクセス突破★廃線跡に佇む別府鉄道キハ2

 今年4月、山陽電鉄撮影 と国鉄高砂線&連絡専用線の廃線跡巡り、さらには製鉄所の機関車 撮影も兼ねて、播磨工業地帯を訪れました。足は加古川駅のレンタサイクルでしたが、ノルマをこなして夕方に国鉄高砂線の廃線跡を走りながら加古川駅へ戻る途中、市役所の手前で南東方向へ分岐する、いかにも廃線跡と言わんばかりの歩行者・自転車専用道を見つけました。まだ明るいのでついでに寄ってみると…

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途中、廃線跡脇にある公園に車両が保存されており、それが別府鉄道の廃線跡であることを知りました。帰宅後、鉄道ピクトリアルの私鉄車両めぐりの記事と地図を確認すると、保存車両が置いてあったのは圓長寺駅付近のようです。

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車体は荒廃しており窓ガラスもありませんが、解説板は判読可能な状態で残されていました。


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当時の時刻表でしょうか。

 関東の廃線跡は、再開発や宅地化で消えてしまうことが多いですが、関西では廃線跡が比較的きちんと整備されているというのが、個人的な印象です。もっとも、関東では大震災と空襲があったので、致し方ない面はありますが。

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