カテゴリー「▼JRの珍車・名車」の96件の記事

2017年7月18日 (火)

★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅

 昨日、フィルムスキャンが可能なスキャナーを購入しました。もともと20年前にホームページを開設した際、写真プリントスキャン用に購入して数年間しばらく使用していたのですが、故障した頃にちょうど鉄道写真を撮らなくなっていたので、買い替えることなくそのままとなっていました。ところが最近、部屋の整理をしていて古いネガがいつくか見つかりましたので、この機会にデジタル化できるものはしておこうと思い、新規購入しました。もちろん、ブログのサーバ容量上限の制約により、PCに取り込んだ写真をすべてをアップすることはできませんが、ネガが見つかり面白そうなものがあれば取り上げて行こうと思います。

 さて記念すべき第一回は、国鉄最後のダイヤ改正の迫った1986年10月26日、小学生の時に撮影した、汐留駅の写真です。当時、私の小遣いでは、購入できるフィルムも12枚撮りか24枚撮り1本がせいぜいで、いまのように何でもかんでも面白そうなものを撮りまくるといったことはとてもできませんでした(フィルム代よりも現像代が馬鹿にならない)。もっと撮っておけば良かったと後悔ばかり残る拙い写真ですが、ご笑覧いただければ幸いです。

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 国鉄汐留駅の駅構内に、旧新橋駅の0キロポストと双頭レールが保存されているのは、当時は鉄道好きのみならず一般人にも周知の事実で、上の写真にもある通り、これらは自由に入って見物することができました。ただ、貨物駅部分はさすがに入れないと思っていたところ、1986年11月のダイヤ改正で郵便輸送が終わるので、駅構内に入って自由に見学して良いとの告知記事が朝日新聞に載り、訪れたのでした。

そもそも、なぜ小学生が汐留駅に興味を持ったのかについてですが、当時の私は常磐線・武蔵野線の沿線に住んでいたので、貨物列車が身近な存在だったというのが一番の理由です。幼いころ、東洋一のヤードと称された武蔵野操車場の規模と線路の多さに圧倒された原体験が、貨物好きのルーツかもしれません。そういったわけで、貨物列車マニアが殺到して入れなかったらどうしよう、などと心配しながら入口まで行くと、人気もないし、受付でもあるのかと思ったら無人で拍子抜けしたのを覚えています。確認のために一旦新橋駅の公衆電話に戻り電話すると、「中の方まで入っていいよ。貨車の入換や構内の車には気を付けてね」 そんな回答だったと思います。そう、いまでこそ、鉄道雑誌の貨物列車特集は珍しくありませんが、当時は貨物列車に注目する鉄道マニア自体が珍しい存在だったのです。

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まずは構内に保存されている0キロポストと双頭レールを見学しました。このモニュメントは、再開発時に発掘作業が行われ、正確な位置に復元されています(たしかこの写真の保存場所は本来の設置場所から若干ずれていたので修正したはず…)。

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こちらが2017年現在の0キロポストです。軌道とホームはすべて復元です。手前は旧新橋停留場として整備されており、一部ガラス張りの床からは旧ホームの土台跡を見られるようになっています。

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更に奥へ進むと、貨車留置線と荷物ホームが見えてきました。奥に見えるのは浜松町駅前にある世界貿易センタービルです。当時は高層ビルはこれくらいしかありませんでした。

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もう少し進むと、ワキ8000と、右手にはスニ?やらマニやら荷物車が留置されていました。もう荷物列車全廃の一週間前なので、すでに保留車や休車となっているものもあったと思います。

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荷物ホームへ行ってみると、既に鉄道マニアが5~6人いて、荷物の積込シーンや荷物電車などを撮影していました。いまこんな企画をやったらマニアが殺到して大変でしょうが、当時は旅客輸送以外に興味を持つマニアなんてそんな程度しかいませんでした。荷物電車の発車を待っていると、DE10がコキ50000形の入れ換えでやってきました。車番は、9600DPIの高解像度でスキャンしたところ151?まで読み取れましたが、1の位が0か5か9かは特定できませんでした。

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こちらがこの日発車するクモユニ74から成る2両編成の荷物電車です。新聞記事では発車が10時半頃とのことでしたが、その時間には出発せず、結局13時頃だったと思います。荷物電車は、中央本線や上越線で何度か見ているのですが、撮影したのはこれだけです(たぶん)。走行シーンを撮れていないのは残念ですが、当時の私の興味の対象は荷物電車ではなく、あくまでも汐留駅だったのでしょう。

●おまけの東京第一運転所

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この日は汐留駅を後にし、品川駅裏にある新幹線東京第一運転所も見学しています。東京にある東海道新幹線の車両基地といえば、大井にあるものをイメージする方が多いかもしれませんが、あれは元々東京第二運転所といって、第一は品川駅西側の現在品川インターシティがある場所にありました。

フェンスの向こう側に0系新幹線電車が並んでいます。この当時は100系が登場したばかりでしたので、主力はまだまだ0系でしたね。フェンスの手前の線路は在来線から分岐した側線で、このフィルムの前のコマを見ると、DE10がホキ800を数両連結した状態で留置されていました。奥には黄色いホッパーが見えますので、おそらく在来線から運んできたバラストを荷卸しして新幹線側のホッパー車(931形?)に積む設備があったものと思われます。新幹線東京第一運転所は敷地外からは絶対に見られない場所でしたので、いまとなっては貴重な写真でしょうか。

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2017年6月24日 (土)

■35系客車■幡生構内試運転

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月曜日に新下関に行ったついでに幡生駅で35系客車の構内試運転を撮ってきました。2017年に新潟トランシスで製作された、やまぐち号用の新型客車です。


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副本線を行ったり来たり繰り返していました。午後は予定があったので早々に撤収。本線走行が楽しみですね。

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2017年6月14日 (水)

車輌メーカーH社の機関車を訪ねて2017

 毎年6月第一土曜日に開催されることの多い、重電メーカーH社M事業所の祭りが今年も予定通り開催されました。H社M事業所は、昨年秋にEF200形901号機を吹田機関区から搬入しており、今年の公開に合わせて外観を整備するのではないかと期待していましたので、早朝5時起きして一路北へと向かいました。

 JR常磐線勝田駅に8時頃到着し、廃線跡に沿って20分歩いて受付に到着、撮影許可証を貰って早速保存機関車の置いてある方へ移動してみます。

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こちらが一昨年搬入・保存されたED78 1.今回は、説明パネルが建立され、快速かもしかのヘッドマークを付けていました。

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昨年と異なるのは、保存車が増え敷地が拡張した影響で2エンド側の規制線が無くなり、撮り易くなったことですね。

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そしてこちらが2017年のまつりの主役。JR貨物EF200形電気機関車の試作車901号機です。全盛期を髣髴させる旧塗装への復元はもとより、スーパーライナーのヘッドマーク付という粋な計らい。保存に関わったすべての方に感謝したいです。

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登場直後のように美しい姿を披露していました。

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反対側はヘッドマークなしの姿。一旦入口に戻って林の方から撮りました。

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JR貨物更新色には無い、INVERTER HI-TECH LOCOのロゴ。かっこいいですね。

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中間台車の推進力を車体に伝えるための梁は、量産車との違いが一番出ている部分です。901号機は上の通り直線状ですが、量産車は途中で折れ曲がった形になっています。

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 さて、このEF200形901号機、銘板を見ると1990年(平成2年)製造は分かるのですが、日立製作所が製作した国鉄・JR向け機関車の例に漏れず製造番号の記載がありません。ネコパブから発表されている「機関車表 フルコンプリート版」にも、EF200形に関しては製造番号の記載がありませんので、気になるところです。

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こちらの2つの銘板は、EF200-901の先頭台車FD3形台車のもので、左が1E側、右が2E側です。見てみると、製造番号は1EがA10851-1、2EがA10851-3になっています。枝番の1と3で間の抜けているA10851-2は…

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中間台車のFD4形台車が持っています。型式の異なる台車なのに、末尾の枝番だけが異なる同一の番号を名乗っている??

ここで参考までに、EF200形と同じように日立製作所で製作されJRに納入された電気機関車の製造番号を並べてみましょう。

  • EF81 501、502、503  1989年3月製造 製造番号10840
  • EF200-901        1990年4月製造 製造番号?????
  • EF81 451、452      1991年3月製造 製造番号10870
  • EF81 453          1991年7月製造 製造番号10930
  • EF81 454、455      1992年8月製造 製造番号10930

※日立の製造番号は、製作指示番号方式に変わって以降、同一ロットには同じ製造番号が付与されます。

1の位は0なので、EF200-901の製造番号は、10850ではないかと推測しています。日立製作所製の電気機関車に詳しい方のご意見を伺いたいところですね。

●保存用線路は軌道強化?!

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保存車両が乗っている線路は、従来敷かれていた線路とも繋がってはいるのですが、途中でレールの大きさが変わっていて面白いなと思いました。左の大きい方のレールに保存車両が乗っています。

なおこの日は他にED15 1電気機関車と構内入換用機関車(無番)も見物しましたが、昨年見た際とほとんど変化はありませんでしたので、写真は省略します。10時半には会場を後にし、タムタキさんと西金工臨を追いかけました(→こちら)。

●プレイバック編

 構内には、かつてED500形電気機関車が保管されていて(2016年5月までに解体済み)、まつりの時には近づくこともできました。この機会に、過去に撮影した未公開写真をご紹介します。

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以前紹介した写真の逆アングルから。日光のあたっていない北側の車体側面は、南側より綺麗でした。その北側には試作電車HX-1が留置されていて、

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その線路の東側はこんな感じの電化された3線軌条の試運転線?になっていました。奥の右手に見えるリニア地下鉄試作車LM-1の左あたりに、2017年現在ではED78 1とEF200-901が保存されています。

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ED500-901の東側には無蓋車から改造されたと思しき二軸貨車の姿もありました。ED500と連結器を接していましたが、連結はされていませんでした。

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トラ70000形からの改造でしょうか。でも数字の書体が国鉄のものとは異なる気もします。種車が気になるところです。

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2本南側の線路には、また別の二軸貨車が留置されていました。積荷はよく分からないので黒塗りとさせていただきました。この車両にはブレーキホースが繋がれていません。

地面が舗装されていることから察するに、この車両の移動にはスイッチャーやアント(車両移動機)などは使用されておらず、フォークリフトなどタイヤで走行する車両が使われているものと思われます。(レール上を走行する必要が無いため)

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ED500の手前の線路には、よくわからない台車が並んでいましたが、それよりも気になるのは線路が四線軌条になっている点でしょうか。台車の車輪は、左から2本目と4本目のレールに乗っていました。

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振り返ってその反対側を見てみると、4本のレールは建屋の中に…。むかしの航空写真を見ると、この場所は電気機関車を製作する工場の一部であったようですね。おそらく、工場跡地を別用途に転用する際に、機材を建屋から出し入れするために線路の一部を残したのだろうと思われます。この建屋も、鉄道車両が出入りするにしては高さが低すぎますので。

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こちらは会場を出るべく門へ向かう途中に置いてあった3軸貨車。軸ばねは重ね板バネで二段リンク式、見た限り3軸はそれぞれが独立して動くようです。この車両を小移動する際は、奥にいるフォークリフトが使用されるのでしょう。しかし建屋の外は舗装されていないので、屋外の入換には以前紹介したトモエ電機工業製のバッテリー機関車が使用されていると思われます。

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こちらも門に向って歩いている途中で出会った車両? 釣合梁式(イコライザー)台車のようにも見えるので旅客車由来の台車かと思ったりしましたが、それにしては台車枠が貧弱すぎるので、違うかもしれません。

2017年6月公開時点で、本記事プレイバック編で紹介した車両はすべて、周辺が立入禁止になっているか、もしくは解体済み、あるいは移動などで姿を見ることができなくなっています。深追いはやめましょう。

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2017年5月28日 (日)

★大宮総合車両センターのスイッチャー2017★展示と入換

 2017年5月27日土曜日、朝の用事を済ませて午後から大宮総合車両センターを訪問しました。今年は、JR発足30周年の記念すべき年、例年の車両工場公開イベントも「鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア」と名前を変え、駅コンコースや駅周辺でも様々な付帯イベントが開催されたようです。

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いつも西口から会場までの行列が酷いので、空いている東口から大栄橋経由でスイッチャーの様子を確認し、信号待ちで列が切れるのを利用して途中から合流する手法をとっていたのですが、今年は東口でもアイドルのイベントなどが企画されており混雑にハマりそうでしたので、素直に西口から向かいました。

スイッチャーは、このOM-1が目下稼働中です。土日を挟んでこの位置にいるのは、翌操業日の朝イチで出場入換(組成)があるときですね。この日の入換機がコイツになるかどうかは、この配置だけでは判断できません。

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増設されたクレーンを観察。黄色い滑車に付いたハンドルを回すと、クレーンの高さを変えられるようになっているようです。解放テコのように見えるのは、解放テコではありません。よく間違える人がいますが。これは、双頭連結器の自動連結器と密着連結器を切り替える際に、いずれか一方に固定するためのピンを抜くためのテコです。

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会場に到着。いつもより落ち着いた雰囲気のバルーンアーチですね。

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車両撮影会場は、近年展示車両のマンネリ化が進み、毎年ファンを落胆させてくれますが、その一方でJR貨物大宮車両所の展示内容の充実が目を惹きます。

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JR貨物大宮車両所は、この配置図のように大宮総合車両センターの中にあります。

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今回の撮影会場の車両はすべて現役の車両ばかりでしたので、適当に撮ってさっさと移動。

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鉄道博物館竣工後は、博物館の静態保存車両を1~2両引き出して展示するのが楽しみでもありましたが、最近はあまり見ないですね。2012年訪問時はそれなりに楽しい展示でした。(→こちら

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本命のJR貨物大宮車両所。色々並んでいます。

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まずは、門司機関区所属のEH500-67.2車体連結の連結面側は普段なかなか見る機会がありません。意外とスッキリしていますね。

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ジャンパ連結器は、どちらか一方の車体にまとめられているわけではなく、2車体両方に半分ずつ、点対称に取り付けられているのが面白いなと思いました。

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連結器は、電車に採用されているような棒連結器でした。(密着連結器ではありません)

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門司機関区の札とJR貨物発足30周年記念プレート。

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次は、HD300-14です。主変換装置が取り外された姿です。台枠上に残っているのは、蓄電池(グレーの箱)とキャブと反対側のボンネット(エンジン)のみです。

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HD300の向きに関する話をするときに、「エンジンのある側」というキーワードを使う鉄道マニアが居て、よく混乱するのですが、HD300のエンジンはボンネットの「短い側」にありますので、誤解なきようお願いします。長い方に入っているのは、主変換装置と蓄電池だけです。ちゃんと煙突の位置を見ればわかるのですが(笑)

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ボンネットの一部はすぐ近くに台車に乗せて置いてありました。これは蓄電池の上に被さる部位ですね。

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更に奥には、キャノン ビッグエコライナー31の運行開始記念ヘッドマークを取り付けたEH500-13がいました。反対側は運転台体験コーナーになっていて、

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三井海上たすきリレー号のヘッドマーク。どちらも初めて見ました。

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展示スペースの最奥は屋外に出て、最終全般検査を通ったDE10形1557号機の記念ヘッドマーク付を見ることができました。ヘッドマークには、

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国鉄型ディーゼル車の最終全検とあります。もともと首都圏の国鉄型気動車は郡山総合車両センターで全検試行していましたので、大宮車両所担当で残っていたのは国鉄型ディーゼル機関車だけです。それの最後ということですね。

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開場後13時頃までは、こちらのヘッドマークだったようです。現在川重で製作中と囁かれる、後継の新型電気式ディーゼル機関車の話題でもちきりのこのタイミングで、DE10形式の最終全検が発表されたのは、とても感慨深いです。

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奥には立入はできませんがこんな車両も。トキ25000らしき無蓋車と、ED62の亡霊。トキの方は、貨車というより、工場内で資材を移動するためのトロッコのような使い方をされているのでしょうか。用途はよく分かりません。ただし、JR四国多度津工場の場内に留置されているトキ25000とは異なり、ブレーキホースは健在です。

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建屋内に戻ると、今回全検出場するEF65形2057号機がピカピカの車体を披露していました。ちょうど車体吊り上げ実演の題材となっており、

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吊り上げて台車の上に乗せる一部始終を見学することができました。右にいる緑色のキャラは…

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JR貨物のゆるきゃら?エコレールマークちゃんです。JR貨物大宮車両所の展示エリアには子供はあまりいないので、来場者の反応もいまひとつでした。子供がたくさんいる広島車両所のイベントにも来てください(もういるのかな??)。

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入換時刻が近づいてきたので、出口に戻ろうとすると、以前俯瞰した場所から新米が見えました。ガスタービン動車のキハ391です。実用化はされませんでしたが、アメリカやフランスにあるので、オイルショックという当時の社会情勢を抜いたうえで、日本で成功しなかった正確な理由が知りたいところですね。ちなみにガスタービンエンジンは米軍の戦車(M1A2など)にも採用されていますので、地上を走行する車両の動力源として廃れたわけではありません。

●イベント後の入換は肩透かし

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今回は展示車両が自力走行可能なものばかりでしたので、入換もあまり期待できません。案の定、やってきたのはOM-2が牽引するEV-E301系のみでした。

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仕事を終えたスイッチャーは、未使用時の定位置(グリーンカーテン前)に留置され運転士も降りてしまいましたので、もうこの日は動きません。

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最後に、高崎に自力回送するEF65 501とDD51 842の重連入換を撮影。大宮総車セの指示により、大栄橋→大宮駅間の短い距離ではありましたが、ちゃんと先頭のDD51がエンジンを吹かして牽引してきました。大宮→高崎(操)間の本線走行はEF65牽引となりますので、EF65が推進で入れ換えると予想していた方も多かったみたいですが、予想を外してくるところはさすがです。

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発車前入換準備完了。この後本線走行は日没後となりそうでしたので、夜の予定もあり、ここで撤収しました。実際には18:24に大宮駅を発車していったそうです。来年こそは、てっぱくの静態保存車両展示&スイッチャーによる静態保存車両入換を期待したいものです。

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2017年5月22日 (月)

岡部~本庄を彩る夕方の貨物列車と臨時列車

 今日は、土曜からの不調が悪化し病院へ。症状は、鼻水・咳・腹痛に発熱とフルコンプ?しそうな状態です。処方してもらった薬で午後は少し落ち着いてきました。帰りしな、高崎車両センター所属のEF65形501号機がレール輸送用臨時工事列車の牽引に充当されている様子だったので、久々に岡部~本庄間に立ち寄りました。

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■EH200-5牽引の新座貨物ターミナル発新潟貨物ターミナル行6087列車

 15時過ぎに到着して最初に来たのは、6087列車。紙輸送列車(返空)らしく12ftのJRコンテナで揃った綺麗な編成です。この列車のルーツは、2010年10月に廃止された隅田川発焼島行のワム80000形から成る紙輸送列車(返空)の6789列車です。6789列車は、ワム80000形運用離脱による全車コンテナ化完了をうけ、半年後の2011年3月ダイヤ改正で高速貨物(95km/h)列車化され、2085列車となりました。その後、2015年3月のダイヤ改正では、発駅が隅田川→新座タ、着駅が焼島→新潟タにそれぞれ変更され、2087列車に変更。そして今年2017年3月のダイヤ改正で、定期列車から曜日指定列車に格下げされ、この6087列車になっています。

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■EF65 501がチキ5200形4両を牽引し、高崎(操)へと向かう。

続いてやってきたのは高崎(操)工臨。渋川行のレールを運んでいました。チキ5200形4両編成の高崎(操)工臨は、ちょうど4年前の同じ時期にEF65 1118牽引のを撮影しています(→こちら)。運行される時期が決まっているのでしょうかね。

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■211系3000番代4両編成の回送列車

次は安中行貨物列車かと思いきや、直前にこんな列車が。大宮総合車両センターで検査を終え、高崎車両センターへと自力回送する211系4両編成です。この時刻には、かつて485系宴や183系の団臨がやってきたこともあります。どうやら回送や臨時列車に使われるスジのようですね。

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■EH500-33がトキ25000形6両+タキ1200形1両を牽引

すぐ後を追いかけるように、小名浜発安中行鉱石輸送列車の5097列車が通過。非鉄金属メーカーT社小名浜精錬所は、今年は5月15日~6月5日まで定期修理に入っており、現在、亜鉛焼鉱の生産が停止しています。このため、亜鉛焼鉱輸送用のタキが編成から外れ、トキのみの短い編成になっています。最後尾のタキは検査回送車で、安中で折り返し熊谷タで切り離されます。その後は配6794列車に継送されて川崎貨物(JR貨物川崎車両所)へと向かいます。(→詳細はこちら

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■EF210-152牽引の倉賀野行石油貨物列車

安中行を撮り終えて撤収しようと思いつつ、まだ残っている方がいらしたので訊いてみると、倉賀野行石油貨物列車がすぐに来ると。7分ほど待つと、5883列車が来ました。前方がオイルターミナル所属車、後方が日本石油輸送所属車の混成編成は興味深いです。

わずか1時間あまりで色々な列車がやってきて、少し辛い症状も和らいだ気がします。今日は早く寝て体調を整えようと思います。

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2017年4月27日 (木)

◆JR東日本秋田支社◆DE101187牽引のバラスト工臨

 2017年4月26日に秋田総合車両センターを訪れた際、工場付近でバラスト輸送の臨時工事列車に遭遇しました。

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編成は、秋田車両センター所属のDE10 1187+ホキ800×3両でした。上から見ていないのでバラストを積んでいたのかどうかは確認できていません。下りは9:45頃に土崎駅南東にある秋田総合車両センター線路門付近の踏切を通過、

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その返しの上りは15:45頃に土崎駅を通過しました。JR各社のバラスト工臨運行本数は減少傾向で、その中でも比較的頻繁に運行されるのは、首都圏では水郡線西金駅から常磐線・新金線経由で千葉支社管内へ送られるものや、吾妻線小野上駅から高崎支社管内へのもの、中央本線初狩駅から八王子支社管内へのものくらいですね。JR東海やJR九州に至っては、ホキ800形を全廃にしてバラスト輸送止めちゃってます(これらの会社では、バラストは保線区までトラック輸送し、保線車に積み替えて深夜に軌道モータカーで現場まで運んでいます)。東北のレールやバラスト輸送の実態については、身近な首都圏のものほど詳しくないので、よく分かっていません。

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2016年10月16日 (日)

■EF200形901号機■日立製作所水戸事業所へ

 運用から離脱しJR貨物吹田機関区に留置されていたEF200形電気機関車の試作車である901号機が、2016年10月6日から16日にかけて、吹田貨物ターミナルから常磐線の日立駅まで輸送されました。日立駅からはトレーラーに載せ替えられ、日立製作所水戸事業所内へ搬入されることになっています。今年のイベントでED78保存に関わったOBの方がEF200を持ってきたいと仰っていたので、いつか来るのだろうと思っていましたが、想像以上に早く、驚いています。

Ef20090101

EF200形は出力6,000kWを誇る日本最強の機関車で、主に東海道・山陽本線の高速コンテナ貨物列車の牽引に活躍してきました。しかし、バブル崩壊に伴う輸送量の減少と変電所容量の問題から、試作車である901号機を含む全機が出力を落として運用されており、晩年は低速の専用貨物列車や甲種輸送列車などにも使用されるようになっていました。

上写真は、2015年7月20日に東淀川で撮影した901号機牽引の2077列車です。所定では吹田機関区のEF210でしたが、なぜかEF200-901に差し替えられてきました。901号機と量産型の見分けポイントは、屋上の集電装置の間に並んだ箱型の機器類の高さの違い(901号機の方が高い)や、運転台屋根上のRの違い(901号機が平らなのに対して量産型の方が丸みを帯びている)などです。こちらの量産型の写真と、上の写真を、よく見比べてみてください。

●吹田タ→日立の輸送

 EF200-901は、吹田タから稲沢までは10月6日発の8864列車で、稲沢から新鶴見(信)までは10月12日発の5090列車で、いずれも牽引機関車の次位に連結され無動力回送されました。

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新鶴見(信)から日立までは、回送ではなく、甲種鉄道車両輸送として扱われました。

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10月14日に新鶴見機関区で川崎車両所塩浜派出手配の要員により特殊貨物検査が実施されています。甲種鉄道車両輸送の輸送番号は甲151だったようです。

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新鶴見(信)からの輸送は10月15日に水戸まで、16日に水戸から日立まで実施されました。

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当初は新鶴見(信)を正午頃に発車するということしかわかりませんでしたが、DE10の最高速度は85km/hのため、10分毎に運行されている武蔵野線の電車と並行ダイヤを組むことは不可能で、途中の貨物駅(おそらく新座タと越谷タ)で運転停車すると踏んで、追いかけました。

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沿線には鉄道マニアが多く見られましたが適度に分散していたので混乱はありませんでした。

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こちらは藤代。2016年現在では貨物扱いの無い駅ですが、中線があるため旅客列車の待避が可能です。

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後追い。

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30分ほど停車するので電車で先回り&タクシーで陸橋へ。夕暮れの常磐線を下ります。

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駅へ戻り後続列車で羽鳥へ。ここでも長時間停車するので、

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駅外に出て発車を見送りました。製造元への里帰りとなる甲種輸送が土曜日に実施されたことに感謝したいですね。平日だと追いかけるのは到底不可能でしたので…。

●なぜ日立駅?

 日立製作所水戸事業所は、以前の記事で紹介したようにかつて勝田駅に連絡する専用鉄道を擁していましたが、現在では事業所内の線路がかなり剥がされており、オンレールでの輸送ができません。EF200-901が、最終目的地の最寄である勝田駅を通り過ぎ、日立駅まで行ってからトレーラーに載せられて戻ってくるのはそのためです。また牽引する機関車が、EH500形交直両用電気機関車ではなくDE10形ディーゼル機関車になる理由は、日立駅構内でEF200-901をトレーラーに載せるためにクレーンで吊り上げる必要があり、入換用ディーゼル機関車の配置されていない日立駅で、架線の無い荷役線にEF200を押し込む必要があるためと思われます。

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 日立駅では、普段貨物列車が荷役する線路はフォークリフトがコンテナを積み下ろしする場所ギリギリまで架線が張られ、電気機関車でコキ車を押し込むことができるようになっています。しかしクレーンで持ち上げるとなると、電気機関車が押し込める範囲では架線が近すぎて危険なのでしょう。このあたりの事情は、常陸多賀発着の特大貨物列車の牽引機が、常陸多賀駅構内の非電化側線での入換が必要なためにDE10になっているのと似ていますね。

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2016年9月29日 (木)

◆JR四国12・14系客車◆東武鉄道譲渡甲種輸送

 2016年9月28日水曜日から29日木曜日にかけて、JR四国の12・14系客車の東武鉄道向け甲種輸送が実施されました。これは、今後東武鉄道で運転されるSL列車の客車として、JR四国から譲渡された12系・14系客車が使用されるためです。

運行区間は、客車が保管されているJR四国多度津工場のある多度津駅から、本四備讃線経由で瀬戸大橋を渡り、山陽本線、東海道本線、武蔵野線、高崎線を経由し、熊谷貨物ターミナルまでとなります。そこから先は、秩父鉄道の電気機関車の牽引により羽生へ至り、東武鉄道線内を電車の牽引により走行し、東武動物公園でスイッチバックして、車両基地のある南栗橋まで走行します。今回は幸運なことに、かなり早い段階で運行日と列車番号を知ることができたので、計画的に有休をとることができました。

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 JR線内で明るい中の走行となるのは東海道本線の草津あたりから東で、吹田貨物ターミナルから相模貨物までは8862列車のスジで運転されました。できるだけ撮影回数を稼ぎたいので、朝イチに品川からのぞみ99号に乗車し愛知県北部へと向かいました。東海地方に秋雨前線がかかり、8862レの走行区間はすべて雨予報でしたが、なんとか列車の来る頃には止んで明るくなりました。客車を牽引したのは、以前の記事で紹介したEF65PF復元国鉄色の2139号機で、寝台特急瀬戸風味のヘッドマークを付けていました。

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そして先頭のみならず、なにやら最後尾にもヘッドマークと同じデザインのステッカーが貼ってありました。

さて、いつも8862レを追うときは、後続電車で追い抜いて浜名湖あたりで2回目を撮るのですが、今回車窓から当該撮影地の状況をチェックしたところ、既にひな壇が4段形成されていて入る隙が無さそうだったのと、ヘッドマークをしっかり撮りたいので、場所を変更。

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結局浜松の近くになりましたが、ここは4人しかいなかったのでまったり撮影。私の想い出の中の14系列車は、1980年代に東京⇔伊豆急下田間を連絡していた特急踊り子号の多客期の臨時増発1往復です。当時はEF65PF+14系座席車という組み合わせが標準で、何度か撮ったり乗ったりしたことがあるので、懐かしく感じられます。まぁその後大人になってから急行八甲田とか、色々乗りましたが…。

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ヘッドマークはこのような意匠でした。「甲種輸送」の下に、譲渡先の東武鉄道のロゴマーク、その下には輸送に携わるJR四国、JR貨物、秩父鉄道の各社のマークが入っている懲りよう。今回の輸送に対する並々ならぬ思い入れを感じます。

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客車が主役なので後追いも。せっかくヘッドマーク風のステッカーを貼っているのに、幕が「回送」なのがちと残念。せめて「臨時」とかだったら良かったなぁ。

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 次は定番中の定番の場所です。新幹線とタクシーを駆使して列車通過の1時間20分前には到着したのですが、その時点で既に30名以上が雛壇を形成していました。しかし以前撮影したポジションは空いていたので、なんとかなりました。

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車体を横から見ると、12系と14系の車体断面が異なるのがよく分かりますね。12系は、その後登場した14系寝台車、それをベースに開発された24系寝台車と同じ車体断面ですが(屋根形状だけ異なり、車体断面は同一)、14系座席車は485系・183系電車とほぼ同じ断面なんですよね。だから一緒に連結すると合わないわけです。

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最後は神奈川県まで新幹線でワープして撮影。ISO2000はさすがに厳しいですがなんとか様になりました。今回運行されたのは甲種輸送列車ですから区分上は貨物列車ですが、東海道本線を客車列車が走行するのは、これで最後になってしまうのでしょうか。そう考えると寂しいですね。

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2016年8月 7日 (日)

◆JR東日本◆リゾートあわトレイン(ニューなのはな)

 毎年夏の君津ふれあい祭りに合わせて実施されている、鉄鋼メーカーNS社K製鉄所の工場見学会。今年は8月6日に予定通り公開されました。

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 帰りしな、ブログ読者のタムタキさんと一緒に数駅足を延ばして、既に今夏をもって引退することが発表されているニューなのはなを撮ってきました。この日はちょうど、リゾートあわトレインとして君津~安房鴨川間を往復する運用に就いており(幕張車両センター~君津間は回送扱い)、夏場の夕方上り列車が順光になる場所を17時過ぎに通過するダイヤでしたので、タイミングが良かったわけです。

 ニューなのはなは、編成中に組み込まれたクロ484-5(上写真の先頭車)が181系からの改造車ということで、車輌マニア的にも注目されているようです。もっとも改造種車となったサロ481-1506は、1978年(昭和53年)の新製時から485系1000番台と同一設計の車体を持つ元サロ181-1106ですから、それほどありがたがるモノでもありませんね。いま40代以上の方であれば、181系特急ときの中間に、前後の181系より台枠や屋根の高さが高いグリーン車が連結されていたのをご記憶の方も多いと思いますが、アレです。181系引退後は予定通り485系へと編入改造されましたので、「元181系」というはあくまでも車歴上の話題程度と捉えた方が正確ですね。

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2016年8月 2日 (火)

◆旧型客車八ヶ岳号◆長野総車セ返却回送

 2016年7月30日、JR小海線で旧型客車八ヶ岳号が運転され、翌31日に中込から長野総合車両センターに向けて機関車と客車の返却回送が実施されました。30日は予定があったので、31日に先輩撮り鉄の方に頼み込んで車に同乗させていただき、追いかけてきました。

本運転ではなく回送を撮るメリットとしては、ボンネットの長い側(1エンド側)の先頭にヘッドマークが付かずDD16形ディーゼル機関車の自然な姿が見られる点と、特徴的な短ボンネット側(2エンド側)を明るい条件下で撮影できる点でしょうか。

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 なにせ中込を出るのが夜明け前とのことで、なんとか日の出後になりそうな場所からスタートしました。

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小海線は何度か乗っていますが、野辺山~清里間と小淵沢手前の大カーブ以外は全く土地勘が無いため、撮影場所は完全お任せです。

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本格的に朝日があたり始めても高原はとても涼しく、長袖が欲しいほど。

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高原らしい風景を堪能できました。

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小淵沢で機回しした編成は、2エンド側を先頭に中央本線を西進します。

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午前中は逆光となるこの場所にも、撮影者は10名はいたでしょうか。

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DD16形の最高速度は85km/hのため、足の遅い列車は定期列車の邪魔にならないよう、辰野経由の旧線ルートへと迂回させられてしまいます。おかげで、複線区間では味わえないようなローカル電化路線の雰囲気も堪能することができました。

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西条の定番カーブも恰好よく撮れました。

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ここは聖高原の近くだったでしょうか。なにしろ完全お任せのためどこで撮ったのかいまひとつ自信がありません。

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最後は唯一私から提案した場所で。晴れると逆光気味トップライトですが、うまいこと曇ってくれました。DD16形は、私の生まれ故郷にあった鹿児島機関区に最多両数18両が配置されていたため、旋回窓など装備に違いはあれど、よく見かけた形式で思い入れがあります。天候にも恵まれ、良い想い出づくりができました。

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