カテゴリー「▼JRの珍車・名車」の103件の記事

2017年12月12日 (火)

◆車両メーカーM社の試験センター◆MIHARA-Liner

 某所にある重工メーカーM社は、完成車両の試運転や各種試験を行うための試験線を擁しています。全長3.2kmのこの試験線は海とグリーンベルトに囲まれており、外部から容易に近づくことができませんが、近隣の山に少し上ると、俯瞰することができます。車両の試運転や試験の実施は平日が中心になると思われ、また毎日とも限らないため、わざわざ遠方から撮影のために訪問しても空振りするリスクがあり、気が進みませんでした。しかしとある土曜日に某団体の見学会が計画されていることを知り、それならば見学者を乗せて100%走るだろうということで、某展望台を訪ねることにしました。

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その日は朝から快晴でした。これが瀬戸内海の埋め立て地に増設されたM社のW工場です。ちょうど東側半分を見ています。工場内には、ここで製造された路面電車や新交通システム用車両の試運転を実施するための試験線あります。試験線には、鉄軌道の鉄輪試験線、高速新交通システム(高速AGT)試験線、センターガイドAGT試験線、磁気浮上試験線の4種類があります。敷地の外周に沿って設けられた小判型のエンドレス軌道が、鉄輪試験線です。

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鉄輪試験線には、試験車両牽引用兼車載コンポーネント試験用、見学者乗車用として、MIHARA-Linerという2両編成の電車が用意されています。MIHARA-Linerは2015年に兵庫県の能勢電鉄から譲り受けた1500系電車(1504形+1554形)で、元阪急電鉄2100系です。1504形はGENKI君1号、1554形はGENKI君2号と命名されています。由来は「元気」に走り回るのゲンキ以外に、原器(メートル原器やキログラム原器のゲンキ)と、あともう一つありましたが忘れました(苦笑) この日は、鉄道総研が保有する元JRサハ204-105を連結して走行していました。よく見ると、鉄輪試験線は3線軌条になっており、MIHARA-Linerは軌間1,435mmの標準軌の線路上を走行していますが、被牽引車のサハ204は1,067mmの線路上を走行しています。この場合、連結器の中心位置が合いませんが、撮影した写真をズームすると、GENKI君2号の連結器を改造して中心位置をずらしてあることがわかりました。興味深いです。

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鉄輪試験線の全長は3.2km(うち直線部1,050m)、最少曲線半径は120m、最大勾配は50‰です。レールは本線部分が欧州規格のEN54E1、分岐線部分(本線及び分引込線)がJIS50Nです。また3線軌条の3本のレールとは別に、PC枕木上にレール緊締具を設けてあり、レールを敷設すれば軌間1,000mmにも対応可能になっています(さすがにインドのブロードゲージは無理でしょうけど)。また架線電圧は直流1,500V/750V/600Vの3電源に対応済みですが、架線柱の碍子は高圧にも対応しているので、受電設備さえ持ち込めば交流2.5kVでの試験も可能なようです。保安装置は無く、試験線利用者が必要に応じて持ち込み設置するようです。

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こちらは磁気浮上試験線(HSST)です。3両編成が留置されていましたが、動く様子はありませんでした。

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こちらはオフレールの新交通システム用車両。出荷前でしょうか。写真をズームすると「Macao」とペイントされていたので、マカオ向けと思われます。

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こちらが本線から分岐する引き込み線部分。この急曲線は路面電車の試験用でしょうね。

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実際に引込線の先には広島電鉄向けと思われる車両が留置されていました。敷地の真ん中に、ポツンと路面電車が置かれていますね。

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まずは広電から。車体は綺麗ですがパンタグラフが付いていないように見えます。まだ試験の最中でしょうか。

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線路から外れて置かれていたのは、元広島電鉄の555号でした。パンタグラフを上げた状態で保管していますが、何かの試験に使用した後、そのまま用途不要となったのでしょうか。

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少し場所を変えると、西側半分も見えました。2017年現在、鉄道総研のサハ204は「脱線しにくい台車」の研究・開発に使用されているようです。これは、2000年3月8日に営団地下鉄日比谷線中目黒駅付近で発生した、乗り上がり脱線事故を、今後防止するための取り組みです。

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鉄輪試験線の途中には3か所ほど簡易的なホームのようなものが設けらた場所があります。昼休みなのか、MIHARA-Linerは試験走行を一時中断しました。しばらくすると中から関係者がぞろぞろと出てきました。面白いのは、MIHARA-Linerは通常の運転台からのドア操作により自動ドアを開閉しますが、阪急とJRではドアの制御方式が異なるので、サハ204はドアコック操作でドアの開閉をしていました。

滞在1時間ほどで興味深いものが見られ満足です。帰り際に気付きましたが、このW工場は社有地内に船積可能な岸壁を持っているので、船から陸揚げした車両を工場内に搬入する際に公道の通行許可を取らずに済むのもメリットなのかなと思いました。また違う車両が試運転を行う際は、ぜひ再訪してみたい場所であります。

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2017年12月 5日 (火)

■東福山の入換機■HD300-24

 JR貨物の入換専用ハイブリッド機関車HD300形が、各地の大規模貨物駅で入換に使用されているディーゼル機関車DE10形・DE11形を次々にリプレイスしています。本日12月5日にも、機関車の製造元・東芝のある北府中から西岡山に向けて、HD300ー26が甲種輸送されました。今回は、2016年12月から東福山で活躍を開始したHD300-24をとりあげます。

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 東福山には2017年に入るまで常駐する入換用機関車がありませんでした。ではどうやって非電化荷役線の貨車の入換を行っていたのかというと、早朝に西岡山を出る東福山行の2753列車(75km/h列車)を岡山機関区のDE10が牽引し、本線走行してきたDE10がそのまま東福山に居座って入換を行う運用でした。DE10の夜間滞泊は無しで、西岡山への復路は定期貨物列車66列車の次位無動力で当日中に回送されていました(2015年春の改正以降は単1970レで自力回送)。しかし2016年12月にHD300-24が常駐するようになり、2017年春のダイヤ改正で、西岡山-東福山間で見られたDE10牽引の本線走行貨物列車は姿を消しました。

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朝の9時前に到着する67列車は、入換を撮るには好都合です。牽引してきたELの反対側にHD300が連結され、編成を2本に分けて引上げ、それぞれ荷役線へ押し込みます。1回目は上写真の線路(貨11)に、

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2回目は上写真の線路(貨2)へ押し込むのが通常の手順です。貨2は障害物が全くなく順光になるので、編成写真・形式写真いずれも好条件で撮ることができます。

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■東福山で入換中のHD300-24   2017年6月

貨物列車好きにはDE10を好む方が多いのですが(私も好きですが)、HD300の産業用機関車然とした雰囲気もまた魅力があります。もっともその部分が好みの分かれるところではあるのですが。

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導入当初は空転が多く扱いづらいとの声も聞こえましたが、これは空転検知の仕組みに問題があったためです。JR貨物が鉄道総研と共同でHD300の走行データをモニタリングして研究した結果、空転開始時と空転終了時では、加速度の⊿(デルタ=変化率)の絶対値に差があることが分かってきました。空転開始時は⊿が大きく、空転終了時は⊿が小さいため、各々の状況に応じて空転の判定条件となる⊿の上限値を変えることで、正確な空転検知ができるようになりました。要するに、制御装置は電車と同じように制御用プログラムの改良により性能を改善できる余地があるわけですね。これが液体式ディーゼル機関車と大きく異なる点です。制御用プログラム改良の結果、現在では、空転に関する問題はほとんど解消しているとのことです。

 東芝がドイツ鉄道の貨物子会社(DB Cargo)と提携してHD300形ベースのハイブリッド機関車を導入する動きがあるとの報道もありましたので、今後このタイプが海外で活躍する日も来るかもしれませんね。

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2017年11月14日 (火)

■JR東日本■今は亡き719系電車8両編成

 2016年6月中旬、150mレール輸送と485系さよなら運転を見物しに仙台方面を訪れた際、719系電車の8両編成に遭遇しました。

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今年3月のダイヤ改正後、719系は相次いで定期運用から離脱し陸前山王送りになりましたので(一部は秋田車両センターへ転属済み)、このように営業運転で8両編成を組むことは無くなりました。この719系、国鉄分割民営化後に登場した系列ながら、213系ライクな車体に足回りは713系システムを踏襲しており(台車は急行形流用のDT32系/TR69系)、どことなく国鉄臭の漂う電車ではありました。踏襲とはいえ、ブレーキ方式は713系で採用されている電磁直通ブレーキではなく783系と同じ電気指令式空気ブレーキですけど(つまり701系やE721系と同じ)。

 ところで鉄道ファンの中には、この系列を国鉄形車両の機器流用車に分類する方がいるようですが、車体はもちろんのこと駆動システム自体に流用した部分はありませんので、ちょっと無理があるかなと思います。それを言い出すと105系新製車も119系も145系も機器流用車になってしまいますから。165系のモーター・台車と補機類を一部流用している107系電車でも、165系の台枠すら流用していませんからね(車体長と台車心皿間距離が異なるのですぐわかります)。もっと言えばクハ205・204のATC車上装置は、非ATC線区に転属したクハ103から流用していますから、これも機器流用車? そんなことを言っていたらキリが無いでしょう?(笑)

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2017年10月19日 (木)

◆JR西日本WIN350◆新幹線試験車両500系900番台

 JR西日本所属の新幹線車両の全般検査・重要部検査を担う、博多総合車両所。入換用機関車撮影のため何度か訪問した際、こんなものにも遭遇しました。

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■北東側の側線に留置されていた500-906、22-1047、168-3009。  2014年10月31日、博多総合車両所 

最高速度350km/h運転のための試験車両、WIN350です。この時は、毎年博多総合車両所で開催される新幹線ふれあいデーの終了直後だったせいか、展示車両がまとめて連結されていました。先頭がWIN350こと500系900番台、その後ろが0系、最後尾が100系の二階建て食堂車です。

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■東側の側線に留置されるWIN350先頭車と0系先頭車。  2014年9月24日、博多総合車両所

これは別の日です。後ろに繋がっているのは0系ですね。敷地外から中を見られる唯一の場所に留置されていました。時々留置位置や連結順序が変わっているところを見ると、入換用機関車に牽引・推進されて移動しているはずなのですが、まだ動いているところを見たことはありません。

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■東側の側線に留置されるWIN350先頭車と168形食堂車。  2012年7月20日、博多総合車両所

同じ場所で。この時は168形食堂車を連結。

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■東側の側線に留置される100系先頭車122-5003。  2013年9月23日、博多総合車両所

別の日には、珍しく?100系新幹線の先頭車を前に連結していました。

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■新幹線ふれあいデーで毎年展示されるWIN350。車内も見学可。 2010年10月17日、博多総合車両所内

まあ公開時にはこうやって展示されますし、中にも入れますので、車両そのものはそれほど撮り難い被写体ではないのですが、やはり動いているところを見たいですね。

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■車両工場側に留置されていた0系先頭車22-1047。  2011年10月28日、博多総合車両所

こちらは昔撮影した、0系の修復前(修復中??)の姿です。台車抜かれていますね。

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■東側の側線に留置されていた528-1。  2014年10月31日、博多総合車両所

こちらは、のぞみ運用から撤退し8両編成化により余剰となった500系車両。中間車が妻面を出したシーンは、博多や浜松、仙台(新利府)のように編成組替を伴う車両工場併設の車両基地でしか見る機会がありません。

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■解体中の新幹線車両。    2012年7月20日、博多総合車両所

博多では廃車になった車両の解体も実施しています。こちらは100系でしょうか。

なお冒頭の写真は、部屋から新幹線が見えることで有名なとあるホテルに泊まり、フロントの人に教えてもらい宿泊者のみが立ち入れる場所から撮ったものです。部外者は立ち入ることはできません。撮りたければ泊まりましょう。

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2017年10月 7日 (土)

■塩浜行183列車■稲沢交番検査後回送

 昨年11月23日に四日市を訪れた際、久々に海山道駅ホームから183列車を見ることができました。

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記憶が正しければ、稲沢の愛知機関区で交番検査を受けて塩浜へ戻るタキ車回送用の送り込みスジであったと思いますが、この日は国鉄色のDD51形853号機がタキ43000形243731を1両連結した模型のような編成でした。

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塩浜駅連絡の石油元売メーカーS社の四日市製油所専用側線では、なぜか一昨年あたりから、日立製スイッチャーであるNo.10/11の稼働率が上がっているように思えますが、気のせいでしょうか。北陸重機工業製No.14/15の調子が悪いのでしょうか。

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2017年10月 1日 (日)

◆かもしか号◆旧形客車+EF64プッシュ・プル(201607)

 2016年7月23日、長野支社のイベントで「かもしか号」が走行するというので、青春18きっぷを使い、日帰りで諏訪湖周辺を訪ねました。

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長野支社は毎年国鉄型車両を使用したイベントを企画してくれるのでいつも楽しみにしています。この時のかもしか号には、高崎車両センター所属のEF64形37号機と1001号機、それに同センター所属の旧形客車3両が充当されました。

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かもしか号というとどうしても169系の電車をイメージしてしまう世代ですが、今回は客車です。

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猛暑の中の徒歩移動は、趣味というより修行に近い感じですが、そこは中高と運動部に所属していたのでまだ耐えられます(身体の経年劣化には勝てませんが…)。

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大きい丸太を滑り落とす場所から俯瞰すると、川沿いの景色が見られました。

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諏訪湖沿いの旧甲州街道沿いからも俯瞰できます。この前の年にクモヤ143+115系湘南色を運行するイベントがありここで撮影したのですが、その時より湖面が汚れていてあまり綺麗には写りませんでした。残念。

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上諏訪駅だったか、途中停車が長いので駅のホームでサボを。

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SL奥利根号でお馴染みのスハフ32。

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EF64 37のヘッドマーク(左写真)は、あんまり可愛くないリアルかもしかでした。反対側のEF64 1001のは信州DCをアピールするちょっと味気ないデザイン。

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列車が大八回りしている間に先回りして、最後は南松本の専用線にいる石油タキ車とのコラボ。姨捨で撮ると列車が来る頃には日が暮れそうでしたのでここにしました。このあとは普通列車を乗り継いで予定通り終電で帰宅しました。本格的な撮り鉄というより、18きっぷ1回分を消化するための日帰り旅行でしたが、良い運動にはなりました。

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2017年9月 7日 (木)

JR化直後のカートレインを恵比寿で

 ネガのスキャンを少しずつですが進めております。今日は、国鉄分割民営化後30周年記念というわけではありませんが、30年前の恵比寿駅の写真から。

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といって小ブログに駅の真面目な写真が出てくるわけはないですね(笑) 1987年4月29日、JR化後最初の祝日に撮ったカートレインの恵比寿駅到着後入換シーンです。夜行列車にマイカーを乗せて一緒に移動し旅先で利用するのに便利なカートレインは、国鉄末期に汐留-東小倉間で運行を開始しました。汐留駅廃止後、東京側の発駅は一時的に恵比寿駅に変更されていて、これはその時期の写真です。2017年現在の恵比寿駅とは似ても似つかない光景ですが、当時は都心でもそれほど高層ビルは多くなかったので、山手線の駅は、ターミナルを除けばどの駅もこんな雰囲気でした。牽引機はEF65 1115で、先日東京総合車両センター公開時にも登場しています。なお発駅はのちに、汐留駅の着発線の廃線跡に新設された浜松町駅に再び変更されました。

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この日は写真の通り20系寝台車4両+ワキ10000形有蓋車9両の13両編成でした。20系は機関車次位のカヤ21のみ白帯3本の旧スタイル、その後ろのナロネ21形3両は2本帯化されていました。ワキ10000は最後尾がワキ10064、その隣りはワキ10051と読み取れましたが、残念ながら編成全体の車番までは記録していませんでした。

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ワキ10000形は、電磁弁を備えたCLEブレーキ方式で、最高速度は100km/hです。100km/h運転する際はMR管の引き通しを必須としているため、車端部にはBP管以外にMR管のホースが付いています(左右に一本ずつあるので両ワタリ)。また妻面左下には、電磁弁の制御線を引き通すためのジャンパ線も見えます。連結器は上の通り密着自動連結器で、その周囲には上下左右各1か所、計4か所にBPとMRPの空気管連結器がついています。ワキ10000同士であれば、ブレーキホースをいちいち手作業で着脱することなく自動連結することができるわけですね(通常の機関車との連結面は、貨車と機関車のブレーキホースを連結)。高速貨車の保存車は機関車に比べて圧倒的に少なく、またブレーキシステムに特徴のある貨車は足回りまで残っていないと研究素材としては物足りません。JR北海道の苗穂工場には今年5月頃の時点でまだワキ10000が何両か残っていましたが、どうなったのでしょうか。こういった貨車はぜひとも末永く保存してもらいたいものですね。

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2017年7月18日 (火)

★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅

 昨日、フィルムスキャンが可能なスキャナーを購入しました。もともと20年前にホームページを開設した際、写真プリントスキャン用に購入して数年間しばらく使用していたのですが、故障した頃にちょうど鉄道写真を撮らなくなっていたので、買い替えることなくそのままとなっていました。ところが最近、部屋の整理をしていて古いネガがいつくか見つかりましたので、この機会にデジタル化できるものはしておこうと思い、新規購入しました。もちろん、ブログのサーバ容量上限の制約により、PCに取り込んだ写真をすべてをアップすることはできませんが、ネガが見つかり面白そうなものがあれば取り上げて行こうと思います。

 さて記念すべき第一回は、国鉄最後のダイヤ改正の迫った1986年10月26日、小学生の時に撮影した、汐留駅の写真です。当時、私の小遣いでは、購入できるフィルムも12枚撮りか24枚撮り1本がせいぜいで、いまのように何でもかんでも面白そうなものを撮りまくるといったことはとてもできませんでした(フィルム代よりも現像代が馬鹿にならない)。もっと撮っておけば良かったと後悔ばかり残る拙い写真ですが、ご笑覧いただければ幸いです。

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 国鉄汐留駅の駅構内に、旧新橋駅の0キロポストと双頭レールが保存されているのは、当時は鉄道好きのみならず一般人にも周知の事実で、上の写真にもある通り、これらは自由に入って見物することができました。ただ、貨物駅部分はさすがに入れないと思っていたところ、1986年11月のダイヤ改正で郵便輸送が終わるので、駅構内に入って自由に見学して良いとの告知記事が朝日新聞に載り、訪れたのでした。

そもそも、なぜ小学生が汐留駅に興味を持ったのかについてですが、当時の私は常磐線・武蔵野線の沿線に住んでいたので、貨物列車が身近な存在だったというのが一番の理由です。幼いころ、東洋一のヤードと称された武蔵野操車場の規模と線路の多さに圧倒された原体験が、貨物好きのルーツかもしれません。そういったわけで、貨物列車マニアが殺到して入れなかったらどうしよう、などと心配しながら入口まで行くと、人気もないし、受付でもあるのかと思ったら無人で拍子抜けしたのを覚えています。確認のために一旦新橋駅の公衆電話に戻り電話すると、「中の方まで入っていいよ。貨車の入換や構内の車には気を付けてね」 そんな回答だったと思います。そう、いまでこそ、鉄道雑誌の貨物列車特集は珍しくありませんが、当時は貨物列車に注目する鉄道マニア自体が珍しい存在だったのです。

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まずは構内に保存されている0キロポストと双頭レールを見学しました。このモニュメントは、再開発時に発掘作業が行われ、正確な位置に復元されています(たしかこの写真の保存場所は本来の設置場所から若干ずれていたので修正したはず…)。

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こちらが2017年現在の0キロポストです。軌道とホームはすべて復元です。手前は旧新橋停留場として整備されており、一部ガラス張りの床からは旧ホームの土台跡を見られるようになっています。

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更に奥へ進むと、貨車留置線と荷物ホームが見えてきました。奥に見えるのは浜松町駅前にある世界貿易センタービルです。当時は高層ビルはこれくらいしかありませんでした。

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もう少し進むと、ワキ8000と、右手にはスニ?やらマニやら荷物車が留置されていました。もう荷物列車全廃の一週間前なので、すでに保留車や休車となっているものもあったと思います。

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荷物ホームへ行ってみると、既に鉄道マニアが5~6人いて、荷物の積込シーンや荷物電車などを撮影していました。いまこんな企画をやったらマニアが殺到して大変でしょうが、当時は旅客輸送以外に興味を持つマニアなんてそんな程度しかいませんでした。荷物電車の発車を待っていると、DE10がコキ50000形の入れ換えでやってきました。車番は、9600DPIの高解像度でスキャンしたところ151?まで読み取れましたが、1の位が0か5か9かは特定できませんでした。

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こちらがこの日発車するクモユニ74から成る2両編成の荷物電車です。新聞記事では発車が10時半頃とのことでしたが、その時間には出発せず、結局13時頃だったと思います。荷物電車は、中央本線や上越線で何度か見ているのですが、撮影したのはこれだけです(たぶん)。走行シーンを撮れていないのは残念ですが、当時の私の興味の対象は荷物電車ではなく、あくまでも汐留駅だったのでしょう。

●おまけの東京第一運転所

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この日は汐留駅を後にし、品川駅裏にある新幹線東京第一運転所も見学しています。東京にある東海道新幹線の車両基地といえば、大井にあるものをイメージする方が多いかもしれませんが、あれは元々東京第二運転所といって、第一は品川駅西側の現在品川インターシティがある場所にありました。

フェンスの向こう側に0系新幹線電車が並んでいます。この当時は100系が登場したばかりでしたので、主力はまだまだ0系でしたね。フェンスの手前の線路は在来線から分岐した側線で、このフィルムの前のコマを見ると、DE10がホキ800を数両連結した状態で留置されていました。奥には黄色いホッパーが見えますので、おそらく在来線から運んできたバラストを荷卸しして新幹線側のホッパー車(931形?)に積む設備があったものと思われます。新幹線東京第一運転所は敷地外からは絶対に見られない場所でしたので、いまとなっては貴重な写真でしょうか。

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2017年6月24日 (土)

■35系客車■幡生構内試運転

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月曜日に新下関に行ったついでに幡生駅で35系客車の構内試運転を撮ってきました。2017年に新潟トランシスで製作された、やまぐち号用の新型客車です。


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副本線を行ったり来たり繰り返していました。午後は予定があったので早々に撤収。本線走行が楽しみですね。

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2017年6月14日 (水)

車輌メーカーH社の機関車を訪ねて2017

 毎年6月第一土曜日に開催されることの多い、重電メーカーH社M事業所の祭りが今年も予定通り開催されました。H社M事業所は、昨年秋にEF200形901号機を吹田機関区から搬入しており、今年の公開に合わせて外観を整備するのではないかと期待していましたので、早朝5時起きして一路北へと向かいました。

 JR常磐線勝田駅に8時頃到着し、廃線跡に沿って20分歩いて受付に到着、撮影許可証を貰って早速保存機関車の置いてある方へ移動してみます。

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こちらが一昨年搬入・保存されたED78 1.今回は、説明パネルが建立され、快速かもしかのヘッドマークを付けていました。

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昨年と異なるのは、保存車が増え敷地が拡張した影響で2エンド側の規制線が無くなり、撮り易くなったことですね。

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そしてこちらが2017年のまつりの主役。JR貨物EF200形電気機関車の試作車901号機です。全盛期を髣髴させる旧塗装への復元はもとより、スーパーライナーのヘッドマーク付という粋な計らい。保存に関わったすべての方に感謝したいです。

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登場直後のように美しい姿を披露していました。

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反対側はヘッドマークなしの姿。一旦入口に戻って林の方から撮りました。

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JR貨物更新色には無い、INVERTER HI-TECH LOCOのロゴ。かっこいいですね。

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中間台車の推進力を車体に伝えるための梁は、量産車との違いが一番出ている部分です。901号機は上の通り直線状ですが、量産車は途中で折れ曲がった形になっています。

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 さて、このEF200形901号機、銘板を見ると1990年(平成2年)製造は分かるのですが、日立製作所が製作した国鉄・JR向け機関車の例に漏れず製造番号の記載がありません。ネコパブから発表されている「機関車表 フルコンプリート版」にも、EF200形に関しては製造番号の記載がありませんので、気になるところです。

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こちらの2つの銘板は、EF200-901の先頭台車FD3形台車のもので、左が1E側、右が2E側です。見てみると、製造番号は1EがA10851-1、2EがA10851-3になっています。枝番の1と3で間の抜けているA10851-2は…

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中間台車のFD4形台車が持っています。型式の異なる台車なのに、末尾の枝番だけが異なる同一の番号を名乗っている??

ここで参考までに、EF200形と同じように日立製作所で製作されJRに納入された電気機関車の製造番号を並べてみましょう。

  • EF81 501、502、503  1989年3月製造 製造番号10840
  • EF200-901        1990年4月製造 製造番号?????
  • EF81 451、452      1991年3月製造 製造番号10870
  • EF81 453          1991年7月製造 製造番号10930
  • EF81 454、455      1992年8月製造 製造番号10930

※日立の製造番号は、製作指示番号方式に変わって以降、同一ロットには同じ製造番号が付与されます。

1の位は0なので、EF200-901の製造番号は、10850ではないかと推測しています。日立製作所製の電気機関車に詳しい方のご意見を伺いたいところですね。

●保存用線路は軌道強化?!

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保存車両が乗っている線路は、従来敷かれていた線路とも繋がってはいるのですが、途中でレールの大きさが変わっていて面白いなと思いました。左の大きい方のレールに保存車両が乗っています。

なおこの日は他にED15 1電気機関車と構内入換用機関車(無番)も見物しましたが、昨年見た際とほとんど変化はありませんでしたので、写真は省略します。10時半には会場を後にし、タムタキさんと西金工臨を追いかけました(→こちら)。

◆2016年訪問時の記事はこちら

◆2016年のEF200-901甲種輸送の記事はこちら

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●プレイバック編

 構内には、かつてED500形電気機関車が保管されていて(2016年5月までに解体済み)、まつりの時には近づくこともできました。この機会に、過去に撮影した未公開写真をご紹介します。

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以前紹介した写真の逆アングルから。日光のあたっていない北側の車体側面は、南側より綺麗でした。その北側には試作電車HX-1が留置されていて、

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その線路の東側はこんな感じの電化された3線軌条の試運転線?になっていました。奥の右手に見えるリニア地下鉄試作車LM-1の左あたりに、2017年現在ではED78 1とEF200-901が保存されています。

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ED500-901の東側には無蓋車から改造されたと思しき二軸貨車の姿もありました。ED500と連結器を接していましたが、連結はされていませんでした。

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トラ70000形からの改造でしょうか。でも数字の書体が国鉄のものとは異なる気もします。種車が気になるところです。

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2本南側の線路には、また別の二軸貨車が留置されていました。積荷はよく分からないので黒塗りとさせていただきました。この車両にはブレーキホースが繋がれていません。

地面が舗装されていることから察するに、この車両の移動にはスイッチャーやアント(車両移動機)などは使用されておらず、フォークリフトなどタイヤで走行する車両が使われているものと思われます。(レール上を走行する必要が無いため)

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ED500の手前の線路には、よくわからない台車が並んでいましたが、それよりも気になるのは線路が四線軌条になっている点でしょうか。台車の車輪は、左から2本目と4本目のレールに乗っていました。

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振り返ってその反対側を見てみると、4本のレールは建屋の中に…。むかしの航空写真を見ると、この場所は電気機関車を製作する工場の一部であったようですね。おそらく、工場跡地を別用途に転用する際に、機材を建屋から出し入れするために線路の一部を残したのだろうと思われます。この建屋も、鉄道車両が出入りするにしては高さが低すぎますので。

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こちらは会場を出るべく門へ向かう途中に置いてあった3軸貨車。軸ばねは重ね板バネで二段リンク式、見た限り3軸はそれぞれが独立して動くようです。この車両を小移動する際は、奥にいるフォークリフトが使用されるのでしょう。しかし建屋の外は舗装されていないので、屋外の入換には以前紹介したトモエ電機工業製のバッテリー機関車が使用されていると思われます。

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こちらも門に向って歩いている途中で出会った車両? 釣合梁式(イコライザー)台車のようにも見えるので旅客車由来の台車かと思ったりしましたが、それにしては台車枠が貧弱すぎるので、違うかもしれません。

2017年6月公開時点で、本記事プレイバック編で紹介した車両はすべて、周辺が立入禁止になっているか、もしくは解体済み、あるいは移動などで姿を見ることができなくなっています。深追いはやめましょう。

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