カテゴリー「▼JRの珍車・名車」の99件の記事

2017年10月 7日 (土)

■塩浜行183列車■稲沢交番検査後回送

 昨年11月23日に四日市を訪れた際、久々に海山道駅ホームから183列車を見ることができました。

183re

記憶が正しければ、稲沢の愛知機関区で交番検査を受けて塩浜へ戻るタキ車回送用の送り込みスジであったと思いますが、この日は国鉄色のDD51形853号機がタキ43000形243731を1両連結した模型のような編成でした。

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塩浜駅連絡の石油元売メーカーS社の四日市製油所専用側線では、なぜか一昨年あたりから、日立製スイッチャーであるNo.10/11の稼働率が上がっているように思えますが、気のせいでしょうか。北陸重機工業製No.14/15の調子が悪いのでしょうか。

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 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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2017年10月 1日 (日)

◆かもしか号◆旧形客車+EF64プッシュ・プル(201607)

 2016年7月23日、長野支社のイベントで「かもしか号」が走行するというので、青春18きっぷを使い、日帰りで諏訪湖周辺を訪ねました。

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長野支社は毎年国鉄型車両を使用したイベントを企画してくれるのでいつも楽しみにしています。この時のかもしか号には、高崎車両センター所属のEF64形37号機と1001号機、それに同センター所属の旧形客車3両が充当されました。

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かもしか号というとどうしても169系の電車をイメージしてしまう世代ですが、今回は客車です。

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猛暑の中の徒歩移動は、趣味というより修行に近い感じですが、そこは中高と運動部に所属していたのでまだ耐えられます(身体の経年劣化には勝てませんが…)。

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大きい丸太を滑り落とす場所から俯瞰すると、川沿いの景色が見られました。

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諏訪湖沿いの旧甲州街道沿いからも俯瞰できます。この前の年にクモヤ143+115系湘南色を運行するイベントがありここで撮影したのですが、その時より湖面が汚れていてあまり綺麗には写りませんでした。残念。

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上諏訪駅だったか、途中停車が長いので駅のホームでサボを。

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SL奥利根号でお馴染みのスハフ32。

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EF64 37のヘッドマーク(左写真)は、あんまり可愛くないリアルかもしかでした。反対側のEF64 1001のは信州DCをアピールするちょっと味気ないデザイン。

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列車が大八回りしている間に先回りして、最後は南松本の専用線にいる石油タキ車とのコラボ。姨捨で撮ると列車が来る頃には日が暮れそうでしたのでここにしました。このあとは普通列車を乗り継いで予定通り終電で帰宅しました。本格的な撮り鉄というより、18きっぷ1回分を消化するための日帰り旅行でしたが、良い運動にはなりました。

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2017年9月 7日 (木)

JR化直後のカートレインを恵比寿で

 ネガのスキャンを少しずつですが進めております。今日は、国鉄分割民営化後30周年記念というわけではありませんが、30年前の恵比寿駅の写真から。

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といって小ブログに駅の真面目な写真が出てくるわけはないですね(笑) 1987年4月29日、JR化後最初の祝日に撮ったカートレインの恵比寿駅到着後入換シーンです。夜行列車にマイカーを乗せて一緒に移動し旅先で利用するのに便利なカートレインは、国鉄末期に汐留-東小倉間で運行を開始しました。汐留駅廃止後、東京側の発駅は一時的に恵比寿駅に変更されていて、これはその時期の写真です。2017年現在の恵比寿駅とは似ても似つかない光景ですが、当時は都心でもそれほど高層ビルは多くなかったので、山手線の駅は、ターミナルを除けばどの駅もこんな雰囲気でした。牽引機はEF65 1115で、先日東京総合車両センター公開時にも登場しています。なお発駅はのちに、汐留駅の着発線の廃線跡に新設された浜松町駅に再び変更されました。

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この日は写真の通り20系寝台車4両+ワキ10000形有蓋車9両の13両編成でした。20系は機関車次位のカヤ21のみ白帯3本の旧スタイル、その後ろのナロネ21形3両は2本帯化されていました。ワキ10000は最後尾がワキ10064、その隣りはワキ10051と読み取れましたが、残念ながら編成全体の車番までは記録していませんでした。

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ワキ10000形は、電磁弁を備えたCLEブレーキ方式で、最高速度は100km/hです。100km/h運転する際はMR管の引き通しを必須としているため、車端部にはBP管以外にMR管のホースが付いています(左右に一本ずつあるので両ワタリ)。また妻面左下には、電磁弁の制御線を引き通すためのジャンパ線も見えます。連結器は上の通り密着自動連結器で、その周囲には上下左右各1か所、計4か所にBPとMRPの空気管連結器がついています。ワキ10000同士であれば、ブレーキホースをいちいち手作業で着脱することなく自動連結することができるわけですね(通常の機関車との連結面は、貨車と機関車のブレーキホースを連結)。高速貨車の保存車は機関車に比べて圧倒的に少なく、またブレーキシステムに特徴のある貨車は足回りまで残っていないと研究素材としては物足りません。JR北海道の苗穂工場には今年5月頃の時点でまだワキ10000が何両か残っていましたが、どうなったのでしょうか。こういった貨車はぜひとも末永く保存してもらいたいものですね。

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2017年7月18日 (火)

★125万アクセス突破★郵便輸送末期の汐留駅

 昨日、フィルムスキャンが可能なスキャナーを購入しました。もともと20年前にホームページを開設した際、写真プリントスキャン用に購入して数年間しばらく使用していたのですが、故障した頃にちょうど鉄道写真を撮らなくなっていたので、買い替えることなくそのままとなっていました。ところが最近、部屋の整理をしていて古いネガがいつくか見つかりましたので、この機会にデジタル化できるものはしておこうと思い、新規購入しました。もちろん、ブログのサーバ容量上限の制約により、PCに取り込んだ写真をすべてをアップすることはできませんが、ネガが見つかり面白そうなものがあれば取り上げて行こうと思います。

 さて記念すべき第一回は、国鉄最後のダイヤ改正の迫った1986年10月26日、小学生の時に撮影した、汐留駅の写真です。当時、私の小遣いでは、購入できるフィルムも12枚撮りか24枚撮り1本がせいぜいで、いまのように何でもかんでも面白そうなものを撮りまくるといったことはとてもできませんでした(フィルム代よりも現像代が馬鹿にならない)。もっと撮っておけば良かったと後悔ばかり残る拙い写真ですが、ご笑覧いただければ幸いです。

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 国鉄汐留駅の駅構内に、旧新橋駅の0キロポストと双頭レールが保存されているのは、当時は鉄道好きのみならず一般人にも周知の事実で、上の写真にもある通り、これらは自由に入って見物することができました。ただ、貨物駅部分はさすがに入れないと思っていたところ、1986年11月のダイヤ改正で郵便輸送が終わるので、駅構内に入って自由に見学して良いとの告知記事が朝日新聞に載り、訪れたのでした。

そもそも、なぜ小学生が汐留駅に興味を持ったのかについてですが、当時の私は常磐線・武蔵野線の沿線に住んでいたので、貨物列車が身近な存在だったというのが一番の理由です。幼いころ、東洋一のヤードと称された武蔵野操車場の規模と線路の多さに圧倒された原体験が、貨物好きのルーツかもしれません。そういったわけで、貨物列車マニアが殺到して入れなかったらどうしよう、などと心配しながら入口まで行くと、人気もないし、受付でもあるのかと思ったら無人で拍子抜けしたのを覚えています。確認のために一旦新橋駅の公衆電話に戻り電話すると、「中の方まで入っていいよ。貨車の入換や構内の車には気を付けてね」 そんな回答だったと思います。そう、いまでこそ、鉄道雑誌の貨物列車特集は珍しくありませんが、当時は貨物列車に注目する鉄道マニア自体が珍しい存在だったのです。

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まずは構内に保存されている0キロポストと双頭レールを見学しました。このモニュメントは、再開発時に発掘作業が行われ、正確な位置に復元されています(たしかこの写真の保存場所は本来の設置場所から若干ずれていたので修正したはず…)。

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こちらが2017年現在の0キロポストです。軌道とホームはすべて復元です。手前は旧新橋停留場として整備されており、一部ガラス張りの床からは旧ホームの土台跡を見られるようになっています。

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更に奥へ進むと、貨車留置線と荷物ホームが見えてきました。奥に見えるのは浜松町駅前にある世界貿易センタービルです。当時は高層ビルはこれくらいしかありませんでした。

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もう少し進むと、ワキ8000と、右手にはスニ?やらマニやら荷物車が留置されていました。もう荷物列車全廃の一週間前なので、すでに保留車や休車となっているものもあったと思います。

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荷物ホームへ行ってみると、既に鉄道マニアが5~6人いて、荷物の積込シーンや荷物電車などを撮影していました。いまこんな企画をやったらマニアが殺到して大変でしょうが、当時は旅客輸送以外に興味を持つマニアなんてそんな程度しかいませんでした。荷物電車の発車を待っていると、DE10がコキ50000形の入れ換えでやってきました。車番は、9600DPIの高解像度でスキャンしたところ151?まで読み取れましたが、1の位が0か5か9かは特定できませんでした。

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こちらがこの日発車するクモユニ74から成る2両編成の荷物電車です。新聞記事では発車が10時半頃とのことでしたが、その時間には出発せず、結局13時頃だったと思います。荷物電車は、中央本線や上越線で何度か見ているのですが、撮影したのはこれだけです(たぶん)。走行シーンを撮れていないのは残念ですが、当時の私の興味の対象は荷物電車ではなく、あくまでも汐留駅だったのでしょう。

●おまけの東京第一運転所

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この日は汐留駅を後にし、品川駅裏にある新幹線東京第一運転所も見学しています。東京にある東海道新幹線の車両基地といえば、大井にあるものをイメージする方が多いかもしれませんが、あれは元々東京第二運転所といって、第一は品川駅西側の現在品川インターシティがある場所にありました。

フェンスの向こう側に0系新幹線電車が並んでいます。この当時は100系が登場したばかりでしたので、主力はまだまだ0系でしたね。フェンスの手前の線路は在来線から分岐した側線で、このフィルムの前のコマを見ると、DE10がホキ800を数両連結した状態で留置されていました。奥には黄色いホッパーが見えますので、おそらく在来線から運んできたバラストを荷卸しして新幹線側のホッパー車(931形?)に積む設備があったものと思われます。新幹線東京第一運転所は敷地外からは絶対に見られない場所でしたので、いまとなっては貴重な写真でしょうか。

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2017年6月24日 (土)

■35系客車■幡生構内試運転

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月曜日に新下関に行ったついでに幡生駅で35系客車の構内試運転を撮ってきました。2017年に新潟トランシスで製作された、やまぐち号用の新型客車です。


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副本線を行ったり来たり繰り返していました。午後は予定があったので早々に撤収。本線走行が楽しみですね。

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2017年6月14日 (水)

車輌メーカーH社の機関車を訪ねて2017

 毎年6月第一土曜日に開催されることの多い、重電メーカーH社M事業所の祭りが今年も予定通り開催されました。H社M事業所は、昨年秋にEF200形901号機を吹田機関区から搬入しており、今年の公開に合わせて外観を整備するのではないかと期待していましたので、早朝5時起きして一路北へと向かいました。

 JR常磐線勝田駅に8時頃到着し、廃線跡に沿って20分歩いて受付に到着、撮影許可証を貰って早速保存機関車の置いてある方へ移動してみます。

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こちらが一昨年搬入・保存されたED78 1.今回は、説明パネルが建立され、快速かもしかのヘッドマークを付けていました。

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昨年と異なるのは、保存車が増え敷地が拡張した影響で2エンド側の規制線が無くなり、撮り易くなったことですね。

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そしてこちらが2017年のまつりの主役。JR貨物EF200形電気機関車の試作車901号機です。全盛期を髣髴させる旧塗装への復元はもとより、スーパーライナーのヘッドマーク付という粋な計らい。保存に関わったすべての方に感謝したいです。

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登場直後のように美しい姿を披露していました。

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反対側はヘッドマークなしの姿。一旦入口に戻って林の方から撮りました。

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JR貨物更新色には無い、INVERTER HI-TECH LOCOのロゴ。かっこいいですね。

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中間台車の推進力を車体に伝えるための梁は、量産車との違いが一番出ている部分です。901号機は上の通り直線状ですが、量産車は途中で折れ曲がった形になっています。

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 さて、このEF200形901号機、銘板を見ると1990年(平成2年)製造は分かるのですが、日立製作所が製作した国鉄・JR向け機関車の例に漏れず製造番号の記載がありません。ネコパブから発表されている「機関車表 フルコンプリート版」にも、EF200形に関しては製造番号の記載がありませんので、気になるところです。

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こちらの2つの銘板は、EF200-901の先頭台車FD3形台車のもので、左が1E側、右が2E側です。見てみると、製造番号は1EがA10851-1、2EがA10851-3になっています。枝番の1と3で間の抜けているA10851-2は…

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中間台車のFD4形台車が持っています。型式の異なる台車なのに、末尾の枝番だけが異なる同一の番号を名乗っている??

ここで参考までに、EF200形と同じように日立製作所で製作されJRに納入された電気機関車の製造番号を並べてみましょう。

  • EF81 501、502、503  1989年3月製造 製造番号10840
  • EF200-901        1990年4月製造 製造番号?????
  • EF81 451、452      1991年3月製造 製造番号10870
  • EF81 453          1991年7月製造 製造番号10930
  • EF81 454、455      1992年8月製造 製造番号10930

※日立の製造番号は、製作指示番号方式に変わって以降、同一ロットには同じ製造番号が付与されます。

1の位は0なので、EF200-901の製造番号は、10850ではないかと推測しています。日立製作所製の電気機関車に詳しい方のご意見を伺いたいところですね。

●保存用線路は軌道強化?!

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保存車両が乗っている線路は、従来敷かれていた線路とも繋がってはいるのですが、途中でレールの大きさが変わっていて面白いなと思いました。左の大きい方のレールに保存車両が乗っています。

なおこの日は他にED15 1電気機関車と構内入換用機関車(無番)も見物しましたが、昨年見た際とほとんど変化はありませんでしたので、写真は省略します。10時半には会場を後にし、タムタキさんと西金工臨を追いかけました(→こちら)。

◆2016年訪問時の記事はこちら

◆2016年のEF200-901甲種輸送の記事はこちら

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●プレイバック編

 構内には、かつてED500形電気機関車が保管されていて(2016年5月までに解体済み)、まつりの時には近づくこともできました。この機会に、過去に撮影した未公開写真をご紹介します。

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以前紹介した写真の逆アングルから。日光のあたっていない北側の車体側面は、南側より綺麗でした。その北側には試作電車HX-1が留置されていて、

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その線路の東側はこんな感じの電化された3線軌条の試運転線?になっていました。奥の右手に見えるリニア地下鉄試作車LM-1の左あたりに、2017年現在ではED78 1とEF200-901が保存されています。

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ED500-901の東側には無蓋車から改造されたと思しき二軸貨車の姿もありました。ED500と連結器を接していましたが、連結はされていませんでした。

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トラ70000形からの改造でしょうか。でも数字の書体が国鉄のものとは異なる気もします。種車が気になるところです。

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2本南側の線路には、また別の二軸貨車が留置されていました。積荷はよく分からないので黒塗りとさせていただきました。この車両にはブレーキホースが繋がれていません。

地面が舗装されていることから察するに、この車両の移動にはスイッチャーやアント(車両移動機)などは使用されておらず、フォークリフトなどタイヤで走行する車両が使われているものと思われます。(レール上を走行する必要が無いため)

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ED500の手前の線路には、よくわからない台車が並んでいましたが、それよりも気になるのは線路が四線軌条になっている点でしょうか。台車の車輪は、左から2本目と4本目のレールに乗っていました。

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振り返ってその反対側を見てみると、4本のレールは建屋の中に…。むかしの航空写真を見ると、この場所は電気機関車を製作する工場の一部であったようですね。おそらく、工場跡地を別用途に転用する際に、機材を建屋から出し入れするために線路の一部を残したのだろうと思われます。この建屋も、鉄道車両が出入りするにしては高さが低すぎますので。

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こちらは会場を出るべく門へ向かう途中に置いてあった3軸貨車。軸ばねは重ね板バネで二段リンク式、見た限り3軸はそれぞれが独立して動くようです。この車両を小移動する際は、奥にいるフォークリフトが使用されるのでしょう。しかし建屋の外は舗装されていないので、屋外の入換には以前紹介したトモエ電機工業製のバッテリー機関車が使用されていると思われます。

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こちらも門に向って歩いている途中で出会った車両? 釣合梁式(イコライザー)台車のようにも見えるので旅客車由来の台車かと思ったりしましたが、それにしては台車枠が貧弱すぎるので、違うかもしれません。

2017年6月公開時点で、本記事プレイバック編で紹介した車両はすべて、周辺が立入禁止になっているか、もしくは解体済み、あるいは移動などで姿を見ることができなくなっています。深追いはやめましょう。

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2017年5月28日 (日)

★大宮総合車両センターのスイッチャー2017★展示と入換

 2017年5月27日土曜日、朝の用事を済ませて午後から大宮総合車両センターを訪問しました。今年は、JR発足30周年の記念すべき年、例年の車両工場公開イベントも「鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア」と名前を変え、駅コンコースや駅周辺でも様々な付帯イベントが開催されたようです。

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いつも西口から会場までの行列が酷いので、空いている東口から大栄橋経由でスイッチャーの様子を確認し、信号待ちで列が切れるのを利用して途中から合流する手法をとっていたのですが、今年は東口でもアイドルのイベントなどが企画されており混雑にハマりそうでしたので、素直に西口から向かいました。

スイッチャーは、このOM-1が目下稼働中です。土日を挟んでこの位置にいるのは、翌操業日の朝イチで出場入換(組成)があるときですね。この日の入換機がコイツになるかどうかは、この配置だけでは判断できません。

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増設されたクレーンを観察。黄色い滑車に付いたハンドルを回すと、クレーンの高さを変えられるようになっているようです。解放テコのように見えるのは、解放テコではありません。よく間違える人がいますが。これは、双頭連結器の自動連結器と密着連結器を切り替える際に、いずれか一方に固定するためのピンを抜くためのテコです。

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会場に到着。いつもより落ち着いた雰囲気のバルーンアーチですね。

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車両撮影会場は、近年展示車両のマンネリ化が進み、毎年ファンを落胆させてくれますが、その一方でJR貨物大宮車両所の展示内容の充実が目を惹きます。

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JR貨物大宮車両所は、この配置図のように大宮総合車両センターの中にあります。

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今回の撮影会場の車両はすべて現役の車両ばかりでしたので、適当に撮ってさっさと移動。

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鉄道博物館竣工後は、博物館の静態保存車両を1~2両引き出して展示するのが楽しみでもありましたが、最近はあまり見ないですね。2012年訪問時はそれなりに楽しい展示でした。(→こちら

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本命のJR貨物大宮車両所。色々並んでいます。

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まずは、門司機関区所属のEH500-67.2車体連結の連結面側は普段なかなか見る機会がありません。意外とスッキリしていますね。

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ジャンパ連結器は、どちらか一方の車体にまとめられているわけではなく、2車体両方に半分ずつ、点対称に取り付けられているのが面白いなと思いました。

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連結器は、電車に採用されているような棒連結器でした。(密着連結器ではありません)

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門司機関区の札とJR貨物発足30周年記念プレート。

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次は、HD300-14です。主変換装置が取り外された姿です。台枠上に残っているのは、蓄電池(グレーの箱)とキャブと反対側のボンネット(エンジン)のみです。

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HD300の向きに関する話をするときに、「エンジンのある側」というキーワードを使う鉄道マニアが居て、よく混乱するのですが、HD300のエンジンはボンネットの「短い側」にありますので、誤解なきようお願いします。長い方に入っているのは、主変換装置と蓄電池だけです。ちゃんと煙突の位置を見ればわかるのですが(笑)

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ボンネットの一部はすぐ近くに台車に乗せて置いてありました。これは蓄電池の上に被さる部位ですね。

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更に奥には、キャノン ビッグエコライナー31の運行開始記念ヘッドマークを取り付けたEH500-13がいました。反対側は運転台体験コーナーになっていて、

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三井海上たすきリレー号のヘッドマーク。どちらも初めて見ました。

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展示スペースの最奥は屋外に出て、最終全般検査を通ったDE10形1557号機の記念ヘッドマーク付を見ることができました。ヘッドマークには、

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国鉄型ディーゼル車の最終全検とあります。もともと首都圏の国鉄型気動車は郡山総合車両センターで全検試行していましたので、大宮車両所担当で残っていたのは国鉄型ディーゼル機関車だけです。それの最後ということですね。

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開場後13時頃までは、こちらのヘッドマークだったようです。現在川重で製作中と囁かれる、後継の新型電気式ディーゼル機関車の話題でもちきりのこのタイミングで、DE10形式の最終全検が発表されたのは、とても感慨深いです。

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奥には立入はできませんがこんな車両も。トキ25000らしき無蓋車と、ED62の亡霊。トキの方は、貨車というより、工場内で資材を移動するためのトロッコのような使い方をされているのでしょうか。用途はよく分かりません。ただし、JR四国多度津工場の場内に留置されているトキ25000とは異なり、ブレーキホースは健在です。

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建屋内に戻ると、今回全検出場するEF65形2057号機がピカピカの車体を披露していました。ちょうど車体吊り上げ実演の題材となっており、

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吊り上げて台車の上に乗せる一部始終を見学することができました。右にいる緑色のキャラは…

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JR貨物のゆるきゃら?エコレールマークちゃんです。JR貨物大宮車両所の展示エリアには子供はあまりいないので、来場者の反応もいまひとつでした。子供がたくさんいる広島車両所のイベントにも来てください(もういるのかな??)。

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入換時刻が近づいてきたので、出口に戻ろうとすると、以前俯瞰した場所から新米が見えました。ガスタービン動車のキハ391です。実用化はされませんでしたが、アメリカやフランスにあるので、オイルショックという当時の社会情勢を抜いたうえで、日本で成功しなかった正確な理由が知りたいところですね。ちなみにガスタービンエンジンは米軍の戦車(M1A2など)にも採用されていますので、地上を走行する車両の動力源として廃れたわけではありません。

●イベント後の入換は肩透かし

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今回は展示車両が自力走行可能なものばかりでしたので、入換もあまり期待できません。案の定、やってきたのはOM-2が牽引するEV-E301系のみでした。

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仕事を終えたスイッチャーは、未使用時の定位置(グリーンカーテン前)に留置され運転士も降りてしまいましたので、もうこの日は動きません。

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最後に、高崎に自力回送するEF65 501とDD51 842の重連入換を撮影。大宮総車セの指示により、大栄橋→大宮駅間の短い距離ではありましたが、ちゃんと先頭のDD51がエンジンを吹かして牽引してきました。大宮→高崎(操)間の本線走行はEF65牽引となりますので、EF65が推進で入れ換えると予想していた方も多かったみたいですが、予想を外してくるところはさすがです。

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発車前入換準備完了。この後本線走行は日没後となりそうでしたので、夜の予定もあり、ここで撤収しました。実際には18:24に大宮駅を発車していったそうです。来年こそは、てっぱくの静態保存車両展示&スイッチャーによる静態保存車両入換を期待したいものです。

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2017年5月22日 (月)

岡部~本庄を彩る夕方の貨物列車と臨時列車

 今日は、土曜からの不調が悪化し病院へ。症状は、鼻水・咳・腹痛に発熱とフルコンプ?しそうな状態です。処方してもらった薬で午後は少し落ち着いてきました。帰りしな、高崎車両センター所属のEF65形501号機がレール輸送用臨時工事列車の牽引に充当されている様子だったので、久々に岡部~本庄間に立ち寄りました。

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■EH200-5牽引の新座貨物ターミナル発新潟貨物ターミナル行6087列車

 15時過ぎに到着して最初に来たのは、6087列車。紙輸送列車(返空)らしく12ftのJRコンテナで揃った綺麗な編成です。この列車のルーツは、2010年10月に廃止された隅田川発焼島行のワム80000形から成る紙輸送列車(返空)の6789列車です。6789列車は、ワム80000形運用離脱による全車コンテナ化完了をうけ、半年後の2011年3月ダイヤ改正で高速貨物(95km/h)列車化され、2085列車となりました。その後、2015年3月のダイヤ改正では、発駅が隅田川→新座タ、着駅が焼島→新潟タにそれぞれ変更され、2087列車に変更。そして今年2017年3月のダイヤ改正で、定期列車から曜日指定列車に格下げされ、この6087列車になっています。

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■EF65 501がチキ5200形4両を牽引し、高崎(操)へと向かう。

続いてやってきたのは高崎(操)工臨。渋川行のレールを運んでいました。チキ5200形4両編成の高崎(操)工臨は、ちょうど4年前の同じ時期にEF65 1118牽引のを撮影しています(→こちら)。運行される時期が決まっているのでしょうかね。

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■211系3000番代4両編成の回送列車

次は安中行貨物列車かと思いきや、直前にこんな列車が。大宮総合車両センターで検査を終え、高崎車両センターへと自力回送する211系4両編成です。この時刻には、かつて485系宴や183系の団臨がやってきたこともあります。どうやら回送や臨時列車に使われるスジのようですね。

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■EH500-33がトキ25000形6両+タキ1200形1両を牽引

すぐ後を追いかけるように、小名浜発安中行鉱石輸送列車の5097列車が通過。非鉄金属メーカーT社小名浜精錬所は、今年は5月15日~6月5日まで定期修理に入っており、現在、亜鉛焼鉱の生産が停止しています。このため、亜鉛焼鉱輸送用のタキが編成から外れ、トキのみの短い編成になっています。最後尾のタキは検査回送車で、安中で折り返し熊谷タで切り離されます。その後は配6794列車に継送されて川崎貨物(JR貨物川崎車両所)へと向かいます。(→詳細はこちら

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■EF210-152牽引の倉賀野行石油貨物列車

安中行を撮り終えて撤収しようと思いつつ、まだ残っている方がいらしたので訊いてみると、倉賀野行石油貨物列車がすぐに来ると。7分ほど待つと、5883列車が来ました。前方がオイルターミナル所属車、後方が日本石油輸送所属車の混成編成は興味深いです。

わずか1時間あまりで色々な列車がやってきて、少し辛い症状も和らいだ気がします。今日は早く寝て体調を整えようと思います。

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2017年4月27日 (木)

◆JR東日本秋田支社◆DE101187牽引のバラスト工臨

 2017年4月26日に秋田総合車両センターを訪れた際、工場付近でバラスト輸送の臨時工事列車に遭遇しました。

De101187_hoki800x31

編成は、秋田車両センター所属のDE10 1187+ホキ800×3両でした。上から見ていないのでバラストを積んでいたのかどうかは確認できていません。下りは9:45頃に土崎駅南東にある秋田総合車両センター線路門付近の踏切を通過、

De101187_hoki800x32

その返しの上りは15:45頃に土崎駅を通過しました。JR各社のバラスト工臨運行本数は減少傾向で、その中でも比較的頻繁に運行されるのは、首都圏では水郡線西金駅から常磐線・新金線経由で千葉支社管内へ送られるものや、吾妻線小野上駅から高崎支社管内へのもの、中央本線初狩駅から八王子支社管内へのものくらいですね。JR東海やJR九州に至っては、ホキ800形を全廃にしてバラスト輸送止めちゃってます(これらの会社では、バラストは保線区までトラック輸送し、保線車に積み替えて深夜に軌道モータカーで現場まで運んでいます)。東北のレールやバラスト輸送の実態については、身近な首都圏のものほど詳しくないので、よく分かっていません。

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2016年10月16日 (日)

■EF200形901号機■日立製作所水戸事業所へ

 運用から離脱しJR貨物吹田機関区に留置されていたEF200形電気機関車の試作車である901号機が、2016年10月6日から16日にかけて、吹田貨物ターミナルから常磐線の日立駅まで輸送されました。日立駅からはトレーラーに載せ替えられ、日立製作所水戸事業所内へ搬入されることになっています。今年のイベントでED78保存に関わったOBの方がEF200を持ってきたいと仰っていたので、いつか来るのだろうと思っていましたが、想像以上に早く、驚いています。

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EF200形は出力6,000kWを誇る日本最強の機関車で、主に東海道・山陽本線の高速コンテナ貨物列車の牽引に活躍してきました。しかし、バブル崩壊に伴う輸送量の減少と変電所容量の問題から、試作車である901号機を含む全機が出力を落として運用されており、晩年は低速の専用貨物列車や甲種輸送列車などにも使用されるようになっていました。

上写真は、2015年7月20日に東淀川で撮影した901号機牽引の2077列車です。所定では吹田機関区のEF210でしたが、なぜかEF200-901に差し替えられてきました。901号機と量産型の見分けポイントは、屋上の集電装置の間に並んだ箱型の機器類の高さの違い(901号機の方が高い)や、運転台屋根上のRの違い(901号機が平らなのに対して量産型の方が丸みを帯びている)などです。こちらの量産型の写真と、上の写真を、よく見比べてみてください。

●吹田タ→日立の輸送

 EF200-901は、吹田タから稲沢までは10月6日発の8864列車で、稲沢から新鶴見(信)までは10月12日発の5090列車で、いずれも牽引機関車の次位に連結され無動力回送されました。

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新鶴見(信)から日立までは、回送ではなく、甲種鉄道車両輸送として扱われました。

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10月14日に新鶴見機関区で川崎車両所塩浜派出手配の要員により特殊貨物検査が実施されています。甲種鉄道車両輸送の輸送番号は甲151だったようです。

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新鶴見(信)からの輸送は10月15日に水戸まで、16日に水戸から日立まで実施されました。

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当初は新鶴見(信)を正午頃に発車するということしかわかりませんでしたが、DE10の最高速度は85km/hのため、10分毎に運行されている武蔵野線の電車と並行ダイヤを組むことは不可能で、途中の貨物駅(おそらく新座タと越谷タ)で運転停車すると踏んで、追いかけました。

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沿線には鉄道マニアが多く見られましたが適度に分散していたので混乱はありませんでした。

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こちらは藤代。2016年現在では貨物扱いの無い駅ですが、中線があるため旅客列車の待避が可能です。

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後追い。

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30分ほど停車するので電車で先回り&タクシーで陸橋へ。夕暮れの常磐線を下ります。

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駅へ戻り後続列車で羽鳥へ。ここでも長時間停車するので、

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駅外に出て発車を見送りました。製造元への里帰りとなる甲種輸送が土曜日に実施されたことに感謝したいですね。平日だと追いかけるのは到底不可能でしたので…。

●なぜ日立駅?

 日立製作所水戸事業所は、以前の記事で紹介したようにかつて勝田駅に連絡する専用鉄道を擁していましたが、現在では事業所内の線路がかなり剥がされており、オンレールでの輸送ができません。EF200-901が、最終目的地の最寄である勝田駅を通り過ぎ、日立駅まで行ってからトレーラーに載せられて戻ってくるのはそのためです。また牽引する機関車が、EH500形交直両用電気機関車ではなくDE10形ディーゼル機関車になる理由は、日立駅構内でEF200-901をトレーラーに載せるためにクレーンで吊り上げる必要があり、入換用ディーゼル機関車の配置されていない日立駅で、架線の無い荷役線にEF200を押し込む必要があるためと思われます。

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 日立駅では、普段貨物列車が荷役する線路はフォークリフトがコンテナを積み下ろしする場所ギリギリまで架線が張られ、電気機関車でコキ車を押し込むことができるようになっています。しかしクレーンで持ち上げるとなると、電気機関車が押し込める範囲では架線が近すぎて危険なのでしょう。このあたりの事情は、常陸多賀発着の特大貨物列車の牽引機が、常陸多賀駅構内の非電化側線での入換が必要なためにDE10になっているのと似ていますね。

◆2017年の保存先訪問記事はこちら

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