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2020年2月

2020年2月27日 (木)

■引退迫る185系電車■我孫子踊り子(2020)

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 2015年3月の上野東京ライン開業により誕生した、我孫子発伊豆急下田行きの臨時踊り子号。臨時と言いつつ観光シーズンは毎週末走っているので難なく撮れるはずなのですが、これまで運行日に限って遠方に居て不在だったり、今日は撮れるかと思う日は曇っていたりで、なかなかチャンスに恵まれませんでした。しかし、185系引退も迫った2020年2月23日日曜日、やっと念願かなって常磐線での撮影に成功。この我孫子踊り子は、2020年3月のダイヤ改正以降も運行され、発表済みの計画では少なくとも6月までは185系のままの予定です。新型コロナウィルス感染拡大の影響なのか、撮影者は私以外に一人しかいませんでした。私ももちろん、マスク装着、アルコール消毒スプレー持参で臨みました。早く落ち着くとよいですね。

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 当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。

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2020年2月12日 (水)

◆弘南鉄道・伊豆箱根鉄道◆凸型電気機関車の2020年撮り初め

 2020年に入ってからは初撮影の私鉄の凸型電気機関車を紹介します。

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 2020年2月9日(日)、青森県の弘前盆地を走る弘南鉄道のイベント企画で、ラッセル列車が走行しました。とはいえ、3日前から大雪が続いたためにイベント前日にヤラセではない本物の除雪列車が走行する異例の事態。逆にイベント当日は、降雪量が多すぎて午前中の列車は全便運休、排雪軌道モータカー(ハイモ)が少なくとも3往復し、黒石発12:40の旅客列車からようやく運行再開。結局、ラッセル列車のイベント走行は計画を縮小し午後の2往復のみ実施されました。上はイベント前日8日(土)の黒石を15時台に発車した除雪列車です。天候が乱れているときは早めの行動が肝要ですね。

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 弘南鉄道ラッセルイベントの終わった週明けの2月11日(火祝)、伊豆箱根鉄道で電気機関車ED32・ED33の重連がイベント企画で大場-修善寺-三島-大場間の全線を1往復しました。類似の企画は毎年行われており、5年前にも撮影していますが、天候に恵まれ富士山も綺麗に見えたのはとてもよかったです。重連総括制御は今回も実施されず、総括制御用ジャンパ連結器とMR管のホースは連結されないまま運転されました。

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2020年2月 3日 (月)

◆東京メトロ03系◆長野電鉄譲渡車を観察

 2020年2月1日、東京メトロ日比谷線で活躍していた03系電車2編成が、長野電鉄へ譲渡のため甲種輸送されました。譲渡車は、長野電鉄向けに車両改造工事が施工されたうえでトレーラーで越谷貨物ターミナルまで陸送され、甲種輸送列車として北長野まで向かいます。北長野から長野電鉄須坂車庫までは、ふたたび陸送です。

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夕方の通過でしたので、多摩川の橋梁で見送りました。輸送されたのは両端先頭車の3両編成×2本、合計6両でした。03系はもともと4M4Tの8両編成ですから中間車を抜いているわけですが、先頭車は2両とも付随車で、かつ4両あるM車のうち主変換器(VVVFインバータ制御装置)を搭載しているのは2両のみです。つまり、1C8M(コントローラー1台でM車2両分の主電動機8個を制御する方式)のため、どう考えても先頭車のいずれか1両は電装化しないと走行することができません。したがって、今回の八王子での最大の観察ポイントはその部分になります。

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後続で八王子へ向かうと、EH200-15が連結し前部標識灯を点灯したまま停車していました。八王子で牽引機が変更される列車(横浜線経由の甲種輸送列車や、中央線を下る特大貨物列車、中央線方面の臨時工事列車など)は、到着後機関車は一旦切り離されて東京寄りの留置線まで回送され、被牽引車は八王子常駐のHD300が入換して側線へ放り込むことが多いのですが、今回の甲種輸送列車の牽引機は始発から終着までEH200、留置時間も3時間以内ということで、連結状態のまま中線に停車していました。

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EH200にMR管のホースは付いていますが連結部の空気管は自動空気ブレーキのみ引き通し、

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連結面は運転室乗務員用扉から室内に引き込む方法でした。長野電鉄走行のためスカートが追設されていますね。

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今回の編成は、以下の通りでした。

EH200-15
03-104
03-204
03-804
03-108
03-208
03-808

種車には、2019年度上半期に廃車になった2次車の第4編成と3次車の第8編成が選択されたようです。いずれも平成に入ったばかりの頃に新製された古い編成ですが、制御装置が電機子チョッパ制御からVVVFインバータ制御に換装されています。今回の譲渡車は3両編成のため、M1車の搭載する三菱電機製の1C8Mの主変換器はそのまま流用することになります。したがって、電装品の半導体のライフサイクルの観点から、車体は古くとも寿命の長い(新しい電装品を搭載した)編成を選択するのは妥当な判断ですね。既に譲渡された熊本電鉄向け、北陸鉄道向けはいずれも2両編成で、もともと付随車である先頭車2両を種車にせざるを得ませんので、2両中1両は1C4Mの主変換器を新造ないし他系列から流用して電装化する必要があります。したがって、この2社向けの譲渡車は長電向けとは異なり、車体は新しいものの電装品は古い編成(登場時からVVVFインバータ制御)が選ばれています。

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中央線E233系との並びも何度か見られました。

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高尾・塩尻方向へ向く、EH200.これから夜間の山越えが待っています。

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各車に見られた、東京メトロのプレートをはがした後に浮かび上がった、帝都高速度交通営団のSマーク。懐かしい…。

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床下機器を観察したところ、中間車のM1車(03-204と03-208)には外観上は特に変更点は見受けられず、元CT2車である03-800形に、新調されたと思われるコンプレッサー(上写真)と、

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その右手に三菱電機製の制御・ブレーキ継電器が搭載されていました。さらに右手にはM2車から移設されたと思われる三菱電機製の変圧器箱、そしてちょうどその反対側には

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三菱電機製のSIVが搭載されていました。もともとSIVとCPは、M1車(03-200形)とペアを組むM2車(03-300形)が搭載していた機器ですので、電装化されたのは03-804と03-808(CT2車→CM2車化)と考えられます。

床下機器とは別の観点で言えば、1C8Mの場合、M1車の主変換器でM2車の交流誘導電動機を制御するわけですから、M1車からM2車へ交流電源の配線が引き通されているはずです。したがって、M1車に対しM2車の連結されていた側、つまりM1車の2位側に連結されたCT2車を電装化するのが自然ですね。そうすればM1車にあまり手を入れなくて済みますから。もし逆に、M1車の1位側に連結されたCT1車を電装化しようとすると、M1車の床下で従来2位側に伸びていた交流電源の配線を1位側に伸ばさなければならなくなり、改造箇所が増えてしまいますしメリットがありません。

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さて、そう考えながら反対側の先頭車CT1車03-104と03-108を見てみると、変更点は大きな蓄電池箱が左右1個ずつ追設されていた程度でした。こちらも移設ではなく新調したもののようですね。03系の蓄電池はもともとM2車に搭載されていますが、CM2車(元CT2車)は床下スペースや重量バランスの関係で蓄電池を搭載できず、CT1車搭載としたのでしょうか。CT1車にはそれ以外に外観上の変更点は見受けられず、電装化されていないと考えるのが自然です。

Shimousa

充分に観察を終えると、ちょうどホームに大宮行きむさしの号が入線してきましたので、帰りはむさしの号→しもうさ号を乗り継ぎ大宮経由で座って帰りました。いずれも単独で乗車したことは(それこそ169系三鷹車の新幹線リレー号時代から)何度もありますが、この乗り継ぎは初めてですね。中央特快で都心経由では、乗り継ぎ回数が増えますしまず座れません。某感染症が話題になっているなか、都心を経由して何度も乗り継ぎたくなかったのも遠因です。大宮では16分の乗り継ぎ待ち時間がありましたので、コンビニでの買物やトイレ休憩にはちょうど良かったです。

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2020年2月 2日 (日)

■隅田川シャトル■EF65形2101号機2020年追っかけ初め

 この土日は天気も良く、土曜日は東京メトロから長野電鉄に譲渡される03系電車の甲種輸送を撮りに行きなどしましたが、来週にそなえ体力を温存するため、今日は午前中家でゆっくりしていました。朝の時点でEF65形2101号機(元 国鉄東京機関区配置のブルトレ牽引機1101号機)が73列車に充当されるのは昨日の流れから予想していたのですが、用事が片付いたので、73列車の折り返し運用となる74列車を午後少し出かけて追っかけることにしました。なお本記事における「上り」「下り」は、列車番号ではなくあくまでも走行する武蔵野線の上り本線・下り本線を基準とします。

Ef652101_20200202a

まずは側面にやっと陽が周る角度になる武蔵野線の某駅にて2101号機を迎えます。上りの石油貨物列車やレール輸送の臨時工事列車は中線に入ることが多いですが、コンテナ貨物や下り貨物は本線を通過が多いですね。ただ上りシャトルについては、土日はまずないものの、平日に中線に入ることがあり、一定しません。

この74列車は、隅田川を発車し、常磐線下り・武蔵野線上り・南武線上り・東海道貨物線上りを経由して東京貨物ターミナルに至る最大20両編成のコンテナ貨物列車です。途中越谷貨物ターミナル、新座貨物ターミナルで一部編成交換(増解結)のために停車し、新鶴見信でも運転停車するため、全区間追いかけると最大5回撮ることができるらしいです。

Ef652089_20200202b

74列車通過後に後続の電車で追いかけますが、あせらず途中下車。下りの宇都宮貨物ターミナル発隅田川行き配8592列車をついでに。今日は2089号機でした。この列車は、交番検査対象の貨車を宇都宮タから隅田川の貨車検修庫(貨物時刻表によると2013年3月までは隅田川貨車区でしたが、2014年3月以降は隅田川機関区に改称)まで輸送するための列車です。後ろにはろくなものが付いていないことが多いので、こんな場所で撮れば充分です。

Ef652101_20200202c

すぐに上り電車に乗って越谷タで追い越し、ギリギリ側面に陽がまわる某所で2回目。

 さてここで、2101号機の来歴を振り返ってみましょう。JR貨物大宮車両所が製作した「EF65 2101 全般検査施行・国鉄特急色復刻記念」クリアファイルに、ナンバープレートの変遷とともに細かい車歴が記載されており、大変参考になります。隅田川駅公開イベントで購入しました(笑) 以下に引用します。なお記号番号の色は、その時代のナンバープレートの色を表します。また文中に「施行」と「施工」が混在していますが、原文ママとします。

EF65 1101
川崎重工業・富士電機製造

1978年7月26日 国鉄東京機関区に新製配置
1985年3月14日 国鉄新鶴見機関区に転属配置
1987年3月 1日 国鉄田端運転所に転属配置
1987年4月 1日 国鉄分割民営化 JR東日本所属
2003年3月12日 JR貨物へ転籍 高崎機関区配置
2005年1月23日 更新工事施工 更新色へ塗色変更

EF65 1101

2009年3月 9日 JR貨物新鶴見機関区に転属配置
2012年5月 2日 大宮車両所にて全般検査施工 青色ナンバープレートへ

EF65 1101

2012年6月 1日 EF65 2101号機へ改番

EF65 2101

2018年7月 2日 大宮車両所にて全般検査施工 国鉄特急色へ塗色変更

EF65 2101

こうして見ると、青色ナンバープレート時代のEF65 1101は僅か一か月間しか存在しなかったことになります。レアですねぇ。

Ef652101_20200202d

新座タで再び追い越し、最後は冬期の夕方の上り列車が順光になる数少ないポイントへ。この場所は駅から徒歩圏内ですが、隅田川シャトル追っかけは時間との勝負なので、迷わずバス利用。東武東上線と西武池袋線の各々のターミナル駅を連絡する路線バスが途中で武蔵野線の駅にも寄るので、都合がよいのです。土日の日中でも10~15分ヘッドで運行。この日は渋滞もなく定時運行でしたので、74列車通過の約15分前には現地に到着しました。先客が一名いらっしゃいましたがのんびり撮影。関東外へ撮影に出ることが多いというアクティブな方で、昨年のサロンカー明星も撮影されていたとか。どこかでニアミスしていたかもしれません(笑)

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その方の情報によると、74列車のおよそ10分後に485系の団臨が来るとのこと。せっかくですのでご一緒させていただきました。この顔も久しぶりに見た気がします。貴重な現役の485系を2101号機のついでに撮ることができるとは、今日はついていました。この調子を来週もキープしたいものです。なお帰りは運動のため駅まで歩こうとしましたが、幹線道路に出たらちょうどバスが来たので、往復ともお世話になりました。体力を温存しろという啓示かな。

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