東邦亜鉛号(通称:安中貨物)は、毎年夏場を中心に変わった編成で運行されることがあります。この列車、日曜祝日以外は機関車+タンク車12両+無蓋車6両で運行されることが多いのですが、夏場になると「タキ無し編成」や「トキ+タキ編成」で運行される日が増えてきます。「タキ無し編成」とは、文字通りタンク車が1両も連結されておらず無蓋車のみで組成された編成です。「トキ+タキ編成」とは、通常機関車側に連結されているタンク車が、無蓋車の後ろに連結されている編成です。
本事象は、2011年夏も例年通り見られるようになりました。RMニュースにも早速報告があがっていますが、今だけのイレギュラーな運用であるかのような誤解をしている方がいらっしゃるかもしれませんので、この機会に記事としてまとめることにしました。
●トキ+タキ編成を追う -タキはなぜ後ろに付くのか?-
■毎年夏場に運行される「トキ+タキ」編成 2009年7月13日、我孫子
上の写真は、2009年夏に運行されていた安中行きです。ご覧のように、機関車の後ろにトキが6両続き、最後尾にタキが1両連結されています。典型的な「トキ+タキ」編成です。この編成が安中到着後にどうなるのかを追ってみましょう。
■安中に到着した「トキ+タキ」編成 2009年7月13日、安中
同じ日の同列車の安中到着直後です。JRのEF81形電気機関車が切り離されると…
精錬所のスイッチャーがトキ6両を専用線へ引き込みます。注目すべきは写真左端です。最後尾のタキが切り離されていることがお分かりいただけるでしょうか。
入換が始まり、到着したトキ6両と、専用線内で荷役済みの空車トキ6両が交換されます。空車トキ6両に、同じく空車のタキが3両連結され、JRの側線へ押し込まれます。
JRの側線の高崎寄り(写真左端)には、到着直後に切り離されたタキが1両ぽつんと残されています。そこ目掛けてタキ3両+トキ6両が押し込まれます。
タキ1両に連結。スイッチャーによる入換はこれにて終了。あとは写真左端のEF81が編成に連結されて出発するのみです。
これでもうお気づきかと思いますが、EF81寄りのタキ1両は安中でまったく荷役を行っていません。タキがトキの後ろに連結されていたのはこのためです。もし、普段どおりにタキがトキの前に連結されていると、荷役を行わない車両をわざわざ入れ換えることになり、安中駅構内の入換作業が煩雑になってしまいます。
●なぜ荷役を行わないのか?
さて、タキが荷役を行わない理由はもちろん「荷を積んでいないから」ですが、なぜ空の貨車が運行されているのでしょうか。その答えは、貨物時刻表にあります。安中発宮下行きの列車を追ってみると、熊谷貨物ターミナルで貨車の連結・解放が行われるように記載されています。もちろん普段は連結・解放はありませんが、川崎貨物駅隣接のJR貨物川崎車両所で貨車を検査する際は、熊谷タで増解結が行われます。検査対象の貨車は、熊谷タと川崎貨物の間で配給6794・6795列車に継送されて回送されます。つまり、安中行きのトキの後ろに連結されているタキは、検査のための回送車両ということになります。

■川崎車両所で検査を終え、配6795列車で熊谷タへ向かうタキ1200-20 2016年2月、上尾
●なぜ夏場なのか?
それでは更に突っ込んでみましょう。なぜ毎年夏場に貨車の検査が実施されているのでしょうか。実は車両の検査期限とはあまり関係がありません。非鉄金属メーカーT社では、小名浜・安中両精錬所で毎年7~8月に定期修理を実施しています。亜鉛精鉱から亜鉛を取り出すためには、まず前工程において、焙焼炉と呼ばれる釜で亜鉛精鉱を亜鉛焼鉱(酸化亜鉛)にしておく必要があるのですが、定期修理時にはこの釜の火も落ちますので、亜鉛焼鉱の生産が止まります。
このため、小名浜精錬所の定期修理期間中は亜鉛焼鉱輸送用貨車であるタキは編成から外れます。これが、夏場に「タキ無し編成」が増える理由です。そして、貨車の検査は貨車を使用しない定期修理期間中に行うのが合理的であることから、タキ無し編成の最後尾に検査対象のタキが1~数両連結されることがある、というわけです。
いっぽう、安中精錬所の定期修理期間中は、原料となる亜鉛精鉱を輸送する必要がなくなるため、亜鉛精鉱輸送用貨車であるトキが編成から外れます。これは操業停止中も同様で、たとえば東日本大震災後6月に運行再開した安中貨物が、しばらくの間トキ無しの編成で運行され続けていたのも、安中精錬所の亜鉛焼鉱生産プロセスが停止していたためです。亜鉛焼鉱から亜鉛を取り出す後工程は稼動していたため、タキは運行されていたわけです。
専用線発着の貨物列車の運行は、荷主の操業状況に大きく影響を受ける、その最たるものが安中貨物である、と言えるのではないでしょうか。
●2011年8月25日追記
なお2011年11月に、安中で臨時修理が予定されています。その時が来れば、また運行状況や編成に変化が見られることでしょう。
【参考】
- 楠田泰彦、森田英治「小名浜・安中精錬所の亜鉛精錬」Journal of Mining and Materials Processing Institute of Japan VOl.123 pp.646-650(2007)
- 日刊工業新聞2011年6月6日版

にほんブログ村 (鉄道ブログポータルサイト)
【注意】
当記事掲載の写真は、特記の無い限りすべて公道(もしくは社会通念上立入りの許される区域)から撮影したものです。無断で私有地・社有地等へ立ち入ることは絶対におやめください。
【著作権の表示】
当ブログの著作権者は、特記の無い限り、私 「社長」です。当ブログのすべての文章・写真・図面および図表は、日本国の法律(著作権法)と国際条約によって保護されています。改変したものも含めて、著作権者に無断で複製・配布することは出来ません。雑誌記事等への無断引用・転載も禁止します。万が一発見した場合は、当該出版社に対して然るべき措置をとらせていただきます。
最近のコメント