カテゴリー「▼C.協三工業のスイッチャー」の57件の記事

2020年6月29日 (月)

★今市のスイッチャー★DB10と東武ED4010形(東芝戦時型)

 日光にある漬物屋さんの保存車。電気機関車が綺麗に再塗装されたと聞いて訪問しました。

入口で迎えてくれるのは、1969年(昭和44年)協三工業製のスイッチャー。形態はいたって標準的な国鉄の入換動車ですが、日光駅・今市駅で入換に使用されていたご当地もので、所縁の地で保存されています。キャブの妻面窓にレンズを近づけてフラッシュをたくと、内部の銘板を綺麗に読み取ることができました。

  • 形  式 : DB.10(ドット「.」の意味はよく分かりません。動車によっては無い場合もあり)
  • 製造番号 : 10626
  • 製造年  : 昭和44年3月
  • 呼ビ重量 : 10t
  • 定格引張力: 1,350kg
  • 定格速度 : 13km/h
  • 協三工業株式会社

屋外展示にもかかわらず保存状態が良いですが、閉店時間中は毎日カバーをかけているのでしょうか。

こちらは裏手にある東武鉄道ED4010形電気機関車ED4011。戦時中に東京芝浦電気が海南島の日本窒素専用鉄道向けに製作した、正真正銘の東芝戦時型です。日本窒素専用鉄道向けにはD51タイプの蒸気機関車も製造されましたが、おそらくSLが本線用で、このELは鉱山から麓のヤードまでの勾配区間(いわゆる下部軌道)に投入する予定であったと思われます。満鉄の石炭輸送も本線はSLでしたが、撫順炭鉱専用鉄道は電化されており、東芝・日立・三菱製の凸型ELが使用されていましたので、海南島のSLとELも似たような役割分担を念頭においていたと考えるのが自然です。

渡辺肇著「日本製機関車製造銘板・番号集成(1982.3)」と、近年発表されたイカロス出版「電気機関車EX Vol.14(2020)」の巻末に、東芝の電気機関車の製造台帳が掲載されています。両者を比較すると記載内容に若干揺らぎはありますが、ED4011に関しては矛盾はありませんでした。日本窒素発注の東芝戦時型は、1943年に製造番号307250が、翌1944年に307800が、それぞれ4両ずつ、合計8両製造されました(東芝製電気機関車の製造番号の付番ルールは製作指示番号方式のため、日立製の1951年以降の電気機関車同様、同一ロットの製造番号はすべて同じです)。このうち製造番号307800のうちの2両が東武鉄道に割り当てられ、1946年製ED40形ED403・ED404として竣工しました。のちの形式称号改訂で、ED4010形ED4011・ED4012に変更されています。日本窒素発注の東芝戦時型の自重は40tですが、後の改造なのか車体表記は換算4.5(自重45t)になっています。

なお、東京芝浦電気が日本窒素専用鉄道向け以外の国内向けに製作した凸型電気機関車は、戦前製・戦後製を問わず車体幅が2,900mm未満と短いので、外観でも容易に区別することができます。

私が初めて東武鉄道の電気機関車が動いているのを見たのは、千住貨物駅の入換です。到着した貨車を着発線(現在の北千住-牛田間の電留線のあたり)で切り離し、機回しして連結、北千住寄りに引き上げてから推進で京成電鉄をくぐり、貨物駅へ押し込んでいました。後にも先にも、千住貨物駅の入換を見たのは、その1回限りです。

台車は昭和36年住友金属工業製FS29で、あとから振り替えたものでしょうか。

2両とも保存状態が良く、年始早々感動しました。お土産に漬物を2袋購入しました。2015年冬撮影。

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2020年6月11日 (木)

★門司機関区の解体待ちスイッチャー★元広島車両所304

 門司機関区の敷地内には、現役車両のみならず、休車中や廃車済み、あるいは解体待ちの機関車が留置されていることがあります。以前スイッチャーが並んでいた場所の近くを久しぶりに訪ねてみると、以前のスイッチャーは姿を消し、別のスイッチャーが現れました。

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2019年7月時点の話ですので、現在どこに移動したのか解体されたのかは不明です。キャブ側面に「20-2 広島車」の検査表記があり、台枠に機械番号「06-28-01-304」のプレートが残っていることから、かつて広島車両所の車両入換に使用されていた協三工業製の20tスイッチャーであることが分かります(→広島車両所時代の写真はこちら)。ステップや手すりが撤去されていることから、おそらく解体待ちであると思われます。広島からトレーラーに乗せられて関門海峡を渡り九州までやってきたと思うと、感慨深いものがあります。このようなスイッチャーに遭遇できたのは幸運でした。猛暑のなか歩いた甲斐がありました。

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2020年5月16日 (土)

★電機メーカーT社F事業所のスイッチャー★協三工業製10tB+EF65形535号機、103系、クモニ83

 2020年4月14日深夜から15日未明にかけて、府中にある電機メーカーT社で保管されていた103系電車(元クハ103-525)と元クモニ83006がトレーラーで搬出され、千葉県方面に向かっていきました。

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最後に撮ったのは2015年に名鉄向け電気機関車EL120の構内試運転を見に行ったときでしょうか。普段はフェンスの向こう側に留置されていて綺麗に撮れない電車2両が、10tスイッチャーによって手前に引き出されていました。EL120は何往復かしていましたが、停車中は必ず電車2両の裏側に居て(目隠し替わり?)、駅ホーム側に出てくることはありませんでした。しかし私としてはこの貴重な電車も興味の対象なので、無駄足にはなりません(笑) JR貨物大宮車両所から甲種輸送されてきたEF65形535号機とのツーショットも思い出です。(→名鉄EL120甲種輸送時のスイッチャー入換シーンはこちら

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クハ103-525は、永久磁石同期電動機の試験に使用されていました。クハと言いつつ最期はクモハだったのですね。

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クモニ83は、クモユニ74などとともにモハ72形電車の車体を両運転台式の荷物車仕様に乗せ換えた車両で、私の記憶ではもっぱら中央本線で165系の先頭に連結されていた印象です。府中事業所で保管されていたクモニ83006の来歴は、以下の通りです。

  • 1946年12月 … 日本車輌製造にて製作、モハ63 373として竣工
  • 1952年 3月 … 国鉄豊川分工場(2019年現在の日車豊川製作所)にてモハ72形へ改造(モハ72 107)
  • 1968年 2月 … モハ72 107を国鉄盛岡工場にてクモニ83形へ改造(クモニ83 006)

改造後は岡山運転区に配置され、1968年10月に広島運転所へ、1981年7月に松本運転所北松本支所へ転属。1985年に松本所へと転属したあとは事業用車として活躍し、1987年2月2日付で廃車後は鉄道総研にて試験に供され、用途不要となりT社へ譲渡されました。当該の妻面行先表示幕に「糸崎」があるのは、広島時代の名残ですね。広島→松本転属時に、集電装置をPS13CからPS23に換装しています。

出典:鉄道ピクトリアル6月号別冊 国鉄形車両の記録「鋼製郵便荷物電車」鉄道図書刊行会、2017年(平成29年)6月10日。

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さてこちらは保管車両のEF65形。一般型の0番台から500番台へ編入改造(77号機→535号機)された機関車、来歴は有名なので省略します。

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屋外留置期間が長いためやや傷んでいますが、貫禄がありますね。T社譲渡前はJR貨物大宮車両所で保管されていて、大宮総合車両センター公開時に展示されこともありました(→こちら

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東芝昭和42年製造の銘板。

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こちらのスイッチャーは、銘板を読み取ると1968年(昭和43年)協三工業製。窓ガラスが無くなっていて心配です(→以前の入換の様子はこちら

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EF65形535号機は2020年4月にもスイッチャーとともに屋外に留置されており、その理由については、台湾鉄路管理局から電気機関車の大型受注があり、構内が手狭になったので表に出した、という説があります。しかし、受注を公式に発表したのは2019年10月17日(→ニュースリリース)であり、完成品の納入は2022年からですから、2020年4月現在、どう考えてもまだ設計段階でしょう。したがって関連性は低いと思います。それに私の記憶では、今回紹介した車両は以前から時々表に出ていましたのでね。いずれにせよ、このまま雨ざらしでは車体の劣化が懸念されますね。

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2019年12月 1日 (日)

★貨物鉄道博物館のスイッチャー★2016年の小移動

 三岐鉄道丹生川駅前にある貨物鉄道博物館には、機関車や貨車が何両か静態保存されています。

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2016年8月13日訪問時は従来通り駅の北西側(博物館の建屋奥の屋外)にいたのですが、

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2016年11月23日に行ってみると、綺麗になったタンク車4両とスイッチャー1両が駅ホーム寄りに新設された線路の上に移動していました(踏切より撮影)。説明パネルも用意されたので、今後はこちらが定位置となるようです。

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2019年9月29日 (日)

★きらきらうえつで撮りに行く羽前水沢のスイッチャー★

 新潟-酒田間で運行されていた「快速きらきらうえつ」が、本日2019年9月29日(日)をもって運行終了したそうですね。

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完全な波動用車両ではなく指定券さえ購入すれば乗れたので、何度か利用したことがあります。2010年まで、焼島駅分岐の北越製紙専用側線と、羽越本線羽前水沢駅分岐の水澤化学専用側線が現役だった頃は、朝8時~9時過ぎまで焼島のスイッチャー入換を撮ったあと、新潟からきらきらうえつに乗って鶴岡へ移動し、駅前から路線バスで水澤駅口まで戻ると、羽前水沢の入換に間に合ったので、掛け持ちに大変重宝しました(笑) ちょうど良い時間に羽越本線の上りが無かったので、バスを利用していたんですね。

焼島のスイッチャーは土曜でも動きましたが、羽前水沢のスイッチャー入換は月曜~金曜のみ、土曜はJRが貨車を授受線に置いていくだけでした。いっぽう、きらきらうえつの運行日は金曜~日曜のみ。というわけで、両専用線のスイッチャー入換をきらきらうえつで掛け持ちできるのは、金曜日だけの特権でした。

時期によっては指定席が満席で取れないこともありましたが、心配は無用。4両中1両はラウンジカーでしたので、フリースペースのソファー席にふんぞり返って車掌に指定券分の料金を支払う旨を申し出れば、そのまま乗れたものです(指定席には座れませんが)。ラウンジカーは窓が大きく、お酒も販売していたので、スイッチャー撮影の合間に移動しながら日本海の美しい景色を肴に生ビールを楽しむという貴族の遊びを堪能することができました。ラウンジカーは、売店として利用する人は居ましたが、ソファーに座ってお酒を飲む人は意外と少なく、グループ席を独占できることが多かったですね。

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羽前水沢駅の南側には陸橋があり、俯瞰撮影も可能でした。羽前水沢で貨車を増結し、新潟タへ向かう貨物列車。

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新潟タからやってきたガレオンアース(活性白土)専用タンクコンテナ。撮影当時はタンクコンテナの美しさに魅了されましたが、いまの基準で見てみるとコキ50000形の方がレアですね。コキ50000形が最後まで残っていたのが日本海縦貫線で、廃車のための回送は新潟タなどから発送されています(→こちらの記事を参照)。コキ50000形は、表向き2018年3月17日のダイヤ改正で全廃ということになっていますが、記憶が正しければ、実際には秋田貨物-土崎-秋田港間のシャトル便にダイ改後も4月になるまで使用されていたと思います。

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酒田港の東北東ソー専用側線からやってきた協三工業製30tB-Bのセミセンターキャブが、貨車を引き取り荷役場所へ移動します。

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まずこの位置で停止し、

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フォークリフトで空のコンテナを貨車から降ろしていきます。

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降ろし終えると、

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スイッチャー牽引により奥へ行って、空のタンクコンテナにガレオンアース(活性白土)を積み込みます。セメントと同じシュート式ですね。

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転用当初は東北東ソー時代のクリーム色だったスイッチャーも、その後ガレオンアース(活性白土)用タンクコンテナと同じ青色に塗装されました。

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社有地内に桜並木があり、4月下旬が見頃でした。写真はすべて2010年4月29日撮影(塗り替え後のスイッチャーのみ2011年4月3日)。

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2019年9月22日 (日)

★高岡・伏木の遊休スイッチャー★協三25t、日立35t、日車35t

 初回の伏木ヤードまつり開催からもう9年が経ちます。主催者側の負荷が大きくなかなか第3回の開催は難しいようですが、あの当時展示されていたスイッチャーはいずれも再就職先が見つかり、日本各地で元気に活躍しています。いっぽう、イベントはありませんが全国で余剰になったスイッチャーが買い取られ、整備・売却目的で一時的に伏木ヤード跡に留置されることがあり、その陣容も時々変わるので、目の離せない場所になっています。これまで何度か訪ねていますが、そのたびに車両の配置が変わっているので時々入換をしているのだとは思うのですが、なかなかそんな場面に遭遇したことはありません。ただ、移動することによって障害物(柱や草木)の無い場所に来てくれると綺麗に撮れることもありますね。こればかりは運次第ですが。

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 2018年春に高岡貨物駅を訪ねた際、徒歩20分ほどで伏木へ移動すると、運よくスイッチャーを綺麗に見ることができました。本記事の写真はいずれも敷地外から望遠で撮影。まずこちらの水色の2軸機は、FRCのロゴの通り富士臨海(富士石油の物流子会社)から来たもので、キャブ側面にある銘板を望遠で読み取ると1983年1月協三工業製、製造番号はA25118です。協三工業の製造番号が5ケタないしA+5ケタの機関車は、先頭数字2ケタが自重、残り3ケタがシーケンシャルナンバーですので、自重は25tですね。京葉臨海鉄道北袖駅分岐の富士石油専用側線で袖ケ浦製油所の構内荷役入換に使用されていたもので、敷地外には出てこない撮影困難なスイッチャーでした。しかし2017年上半期に同所へ北陸重機工業製の新型DB25-0122が導入されたため、用途不要となり伏木にやってきました。軸重は12.5t、牽引力がありますから、再就職先が見つかるといいですね。なお新型のDB25-0122は、中国日立物流D25-1(下松)や日通米子No.18(伯耆大山)と似たスタイルの、キャブ前面・背面各々2枚窓・側面乗降扉タイプの2軸機ですが、キャブ前面に傾斜が付いていない点が特徴です(→写真は2019年9月現在、まだこちらのホームページで確認できます)。

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次にこちらの泡緑色のは、しなの鉄道坂城駅のJX日鉱日石(旧新日石)専用側線にいたスイッチャーです。35mm判換算1,000mmの望遠で窓ガラス越しにキャブ内前面窓上の銘板を見てみると、1974年1月協三工業製で、製造番号25848と読み取ることができました。25始まりですから自重25tですね。こちらも新型機が2両導入されたため用途を失いましたが、元々予備機で稼働頻度は低かったですね。買取に伴い、キャブ側面の石油会社のロゴが消されたほか、非公式側前部のステップ裏側にあった防爆のためのスパークアレスタが撤去されています。

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上写真の前位側車輪のすぐ後ろに、元々はスパークアレスタが下のように付いていましたが、もう無いのが分かると思います。

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坂城時代は、長いあいだ屋外留置されていましたが、定期的に塗り直されていて綺麗な状態を保っていました。

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上が坂城時代です。伏木に来てからだいぶ色褪せているのが分かりますね。

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こちらは元 秋田臨海鉄道のDD351で、末期は車籍を抹消され南港線終点向浜駅分岐の日本大昭和板紙専用側線で秋田工場の構内入換に使用されていました。秋田臨海鉄道の資産でしたが、本線上に日常的に外に出てくることはほとんどありませんでした。1971年3月日立製作所製35t機で、製造番号は13192です。

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およそ10年前に奥の踏切で撮ったことがあります。製品倉庫に向かう線路は3本ありました。これは北端の線路の先にある倉庫からコンテナ車を引き出すシーン。

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同じ踏切から逆を向くと、木材チップの山をバックに別の製品倉庫に向かうDD351が見えました。いかにも製紙工場という光景ですね。

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秋田や青森では、ゴールデンウィークが桜満開シーズンです。

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■秋田港駅構内に留置中のスイッチャー。左が203、右がDD351。背後は住友大阪セメント秋田港SS、2013年6月7日。

2011年、三菱化学四日市事業所で入換に使用されていたTRANCYのスイッチャーが転入してくると、用途不要となり、2軸の協三工業製20t機(機械番号06-28-01-203)と共に秋田港駅に数年間留置されていました。2軸の203は王子製紙専用側線(春日井)に転じたのに対し、日立4軸のDD351はまだ伏木で買い手を待っています。

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高岡貨物駅では、かつての入換の主力機であった日車35t機D352が北端に放置されています。自力で動いている様子はないので遊休スイッチャーに分類させていただきました。

なお高岡貨物駅における2019年9月現在の入換の主力は、JR貨物の山吹色の入換動車303号で、同型の朱色の305号が予備機です。また荻布倉庫の入換機も高岡貨物同様に2両いて、外から見える動車庫の中にいる協三工業製が常時使用の主力機、その奥に続く線路の先にもう1つ動車庫があり(社有地内のため外からは見えません)、その中にいる同型が予備機です。いずれも、あくまでも予備であり遊休ではないため、本記事では対象外としました。荻布倉庫の予備機は、10~11年ほど前に現在の主力機が来る前、まだ日車15t機が予備機だった頃の主力機ですので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。日車15tは以前仕事で訪ねた際に見せてもらいました。当時の従業員の方々はもう全員退職していますし、時効ということで(笑)

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2019年9月 7日 (土)

★JR九州★鹿児島車両センターのスイッチャー(2019)

 2019年8月のお盆休みは、鹿児島墓参りを兼ねて和歌山、呉、小倉、宮崎を鉄道で巡りました(復路は航空機)。お盆期間は貨物列車(専用線含む)は大半が運休しますし車両工場も休業日のため、旅客列車を狙うか、または24時間365日止まらない鉄道を被写体にするしかありません。しかし、今年の鹿児島車両センターは意外や意外、お盆休み真っ只中の8月14日から16日まで3日間とも操業日で、工場内では車両の検査に勤しむ多くの従業員の姿が見受けられました。もちろん、検査車両の工場建屋内への移動や検査終了後の引き出しはスイッチャーによって行われるので、3日間ともスイッチャーが動きました。午前中は9時前後~10時半頃まで、午後は14時半~15時半頃に動くことが多かったです。

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鹿児島車両センターのスイッチャーがその日に動くかどうかを知るには、スイッチャーが屋外に出ている以外に、上のようにアントに連結された電車や気動車が屋根下に居て、周辺で従業員が働いているかどうかも目安です。入換対象が気動車の場合は、スイッチャーは気動車整備室(エンジンテストなどを行う)に気動車を押し込んだまま、一緒に建屋内にいることもあります。

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検査が終わった車両は、アントによってスイッチャーが引き出せる位置まで移動します。

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奥にDE10 1755が見えますが、その1本右のキハ200の乗っている線路の先が、スイッチャーの定位置です。普段入場車両がおらず入換も無い時は、その場所にいることが多いです。スイッチャーが検査や故障で使用できない時は、DE10 1755が代わりに入換を行います。

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気動車整備室の前に留置中のDE10 1755。撮影は10年前のとある日曜日ですが、この状態ならば平日になると入換で動く可能性が高いですね。

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 さて、お盆中の8月14日午後に見てみると、スイッチャーは気動車整備室にキハ47と一緒に居ましたが、15時半頃になると単機で外に出てきました。鹿児島車両センターの工場区画(旧鹿児島工場→旧鹿児島車両所)では、西側から順に鹿児島本線上下線・指宿枕崎線・鹿児島車両センター入出庫線の計4本の線路が並び、フェンスを挟んで東側にスイッチャーの走行する線路があるため、スイッチャーはほぼ常時フェンス越しにしか撮れません。一部、このように幅6~7mほどフェンスの途切れている部分があります。

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鹿児島中央駅側に行くと、ポイントが切り替わり、アントに押し出された817系のもとへ向かいました。

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817系を牽引して陸橋を潜り、中央駅側の引上げ線へ入線します。

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再びポイントを切り替え、最終調整をする建屋へ押し込みます。

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奥の建屋で調整を済ませた電車は自力で鹿児島車両センターの運転所区画(旧鹿児島運転所)まで移動しますので、スイッチャー入換はこれで終わりです。

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連日入換作業が予定されている場合の定位置に戻ります。こちらですね。数日間以上入換が無い場合は、旧EL整備室内(DE10 1755の隣の線路)に戻っていることが多いです。

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スイッチャーの形態分類や製造年、製造番号は以前の記事で紹介しましたが、機械番号はこの通り06-28-01-001です。

■鹿児島車両センターを俯瞰

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 鹿児島運転所縮小後、跡地は駐車場やマンションに転用されているのですが、その一部にいつの間にか立体駐車場ができていることに気づきました。JR九州の社有地、社宅、マンションや住民用の駐車場に侵入するわけにはいきませんが、ここは一般利用者向けの有料駐車場ですので、問題ないですね。運転所全体を俯瞰することができます。

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東側には、転車台も残されています。以前は片運転台の気動車の方向転換に使用されていましたが、2019年現在はどうでしょうか。レールは光っていましたので、稀に使用することがあるのかもしれません。

●桜島とスイッチャー

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 鹿児島で鉄道写真を撮る際に一度はテーマにするのが、桜島とのツーショットです。これまで、鹿児島運転所や鹿児島貨物ターミナル市電などで桜島とのツーショットを試みてきました。さすがにスイッチャーは走行範囲がかなり限定されるので無理だろうと思っていましたが、意外や意外、1箇所だけ見つけました。晴れていて良かったです。

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2019年2月 5日 (火)

★門司港レトロトロッコ★桜の季節

 2018年3月31日に門司港を訪ねました。主目的は、翌朝にHD300形にリプレイスされた大牟田の入換を見物することでしたが、ちょうど桜の時期に重なったので、以前から気になっていた場所へ向かうことにしました。

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目当てのレトロ地区付近の桜並木はもう散りかけていましたが、諦めずにノーフォーク広場まで向かうと、線路沿いと斜面に綺麗に咲いていました。

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JR貨物の終点、外浜駅付近も僅かながら散らずに咲いたまま残っていました。なかなかこの時期に九州に来ることがないので、やっと撮れたかという感じですが、同じ日に小倉地区の桜並木も撮れたので、実りある旅行になりました。門司港の北九州銀行レトロラインは、平成30年7月豪雨で雨ヶ窪付近が土砂崩れを起こし、一時不通になっていました。今年の運行は来月から開始するようですので、機会があれば再訪したいですね。

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2018年11月 7日 (水)

★JR四国多度津工場のスイッチャー★桃色変更後初撮影

 2018年10月28日(日)、朝から播磨工業地帯のお祭りに参加して12時浜の宮発の山陽電車に乗り、姫路・岡山乗り換えで予讃線の多度津駅を訪ねました。なぜ兵庫からわざわざ四国まで行くのかというと、同日にJR四国多度津工場公開イベント「きしゃぽっぽまつり」が開催され、イベント終了後にスイッチャーによる車両入換が期待できるためです。ダブルヘッダーというやつですね。駅には14:22定刻に到着しましたので、1時間ほどイベントを楽しめます。

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駅から10分ほど歩くと、多度津工場の正門に着きました。ここへ来たのは、高松で保存されていた14系・12系客車を東武鉄道へ譲渡するにあたり、整備のため2015年12月に当工場へきたのを見て以来となります。

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7年前の同イベントで見たロ481号客車(復元)は、色が塗り直されていました。窓下の水色の帯は無くなりましたね。

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7年前は、DE10形1号機、キハ65 34、フリーゲージトレイン(初代・2代目)など貴重な車両が見られましたが、そのほとんどが伊予西条の博物館に移されるか解体されましたので、現在ではスイッチャーを展示しているみたいです。控車ヒ600形ヒ852を連結していました。ヒ852は元々宇野駅で宇高連絡船に貨車を出し入れする際の航送用控車として登場した車両でしたが、1988年に連絡船が廃止され車籍を失った後は、多度津工場の車両入換用として使用されています。ビニール袋を被せられた部分は双頭連結器に改造されています。

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車体側面には「入換用」の標記、

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台枠上には様々な形態の連結器が無造作に乗せられていました。双頭連結器を密着連結器側に固定し、これらの連結器を嵌め込むことで、多種多様な連結相手に対応できます。

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入換で動いている場面ではなかなか撮れない、「日本国有鉄道 多度津工場 昭和57年改造」の銘板。ヒ852は、1982年(昭和57年)にヒ851と共に登場した控車ヒ600形の最終増備車で、僅か6年後の1988年4月10日に宇高連絡船が廃止されると、活躍の場を失い廃車になりました。しかしその後30年間にわたり多度津工場の入換用として働き続けているわけですから、廃車になった後の車歴?の方がずっと長いですね(笑)

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休憩スペースの奥から振り返ると、スイッチャーの後位側が見えました。これが動くことを期待しましょう。

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別の建屋では、VVVFインバータ制御方式への換装+川重F-WING台車+交流モーターの組合せで7200系電車に改造途中の国鉄121系電車が見られました。

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キハ185-17「よしの川」も検査終了したのか展示。奥にはJR四国DE10 1095とJR貨物EF210-102が並んで屋外展示されていましたが、ありふれた機関車なので写真は省略します。

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屋外展示スペースから振り返ると、建屋の中にスイッチャーとJR四国DE10 1139が見られました。

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解体途中の113系の姿も。すぐ近くのTSEの屋外展示を見ながら別の建屋に入ると、

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N2000系2458の検査中の姿を見られました。

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搭載エンジンも展示されており、

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銘板も見ることができました。コマツ製SA6D125HE-1は直噴式6気筒エンジンでシリンダ径が125mmであることが分かります。このエンジンは、JR北海道キハ281系、283系や、JR西日本・九州のキハ40系エンジン更新車の一部にも採用されています。

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 さて、イベント終了は15:30ですが例によって入換は15:20に前倒しで始まりました。まずは展示されたDE10 1095がEF210-102を牽引して多度津駅へ出場した後、16時頃にスイッチャーが登場。背後に面白い建物があったので記念に入れてみました(後日調べたところ、少林寺拳法で有名な金剛禅総本山少林寺でした)。

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踏切付近から順光側も。車両工場のスイッチャーは、専用線のものとは異なり派手な独自の塗装を凝らしているものが多くて好きなのですが、多度津のは桃色です。夕陽があたると益々強調されます。

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奥に向かうと、

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展示されていたキハ185-17を引き出し、

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転線して建屋へ押し込み。踏切ではなく塀の外でスタンバイしていて正解でした。

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結局、今回は旅客車両を連結した状態で踏切まで出てくることは一度も無く、すべて工場内の入換でした。いつものことですが、踏切に張り付いていると奥だけで動いている場合に思うように撮れないので注意が必要です。

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体験乗車に使用されていた2000系2003を引き出して建屋に押し込みました。これにて入換は終了。

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桃色に変わったスイッチャーの公式側と、

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非公式側。7年前に訪問した際は煤けた朱色でしたが、2015年に桃色に塗り替えられました。端梁のゼブラ模様まで黄/黒ではなく桃色/白色なので徹底しています。

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 吉岡心平著「RMライブラリー221『控車のすべて』」によると、ヒ600形控車は元々構内用(入換用)として登場したもので、航送用のヒ500形と区別されていました。しかし、ヒ500形の増備に伴い空き番号が少なくなってきたため、1972年度以降は航送用もヒ600形として竣工することになったとのことです。多度津工場での改造により登場したヒ600形は15両あり、そのすべてが宇高連絡船の貨車航送用で、ほとんどが高松駅に配置されましたがラストのヒ851・852の2両のみ宇野駅に配置されました。

【多度津工場改造ヒ600形 計画年度別番号・種車一覧】

  • 1972年度 739、740  ← テム300
  • 1975年度 751~754  ← テラ1
  • 1976年度 779~782  ← テラ1
  • 1980年度 848~850  ← ワ12000
  • 1981年度 851、852  ← ワ12000

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ヒ600形852はこのように両側面から撮りました。1・4位側に点対称に長椅子が設けられているのがヒ600形宇野型の特徴だそうです。前出の書籍p47の写真を見ると、控車を連ねた編成の末端に誘導者が数名乗っており、連絡船に出入りする際は長椅子に座っているのが分かります。貨車が船に出入りすると、重心が移動して船も揺れますので、さすがに立ったままでの入換は危険なのでしょう。

なお、控車を使用した連絡船の入換はDE10形ディーゼル機関車が実施していました。上写真のスイッチャーで入換をしていたわけではありませんのでご注意を。

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2018年7月15日 (日)

★JR貨物の汎用スイッチャー★303はいまいずこ?

※本記事は、2018年6月11日に作成し、7月15日付で自動投稿しております。

 2018年3月のダイヤ改正で定期貨物列車の発着がなくなり、夜発着の臨時貨物列車のみとなった、富山県の高岡貨物駅。改正前は、本線を牽引してきたDE10が入換も行う運用でしたが、改正後は日中に駅構内に滞在する機関車が無くなるため、スイッチャーによる入換が復活しました。とは言っても、入換に使用されているのは2014年3月のダイヤ改正まで使用されていた高岡鉄道産業D352ではなく、JR貨物の入換動車、303号です。

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■2018年3月より高岡貨物駅で入換に使用されている303号。   2018年5月

303の由来は、この機関車の機械番号06-28-01-303に由来します。

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■米子貨物駅から機能移転(新設)された伯耆大山駅の荷役線の入換に使用されていた303号。  2017年12月

この機関車、あちこちに流転していて、2017年12月頃は、鳥取県の伯耆大山駅で使用されている姿が見られました。

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■JXHD社の専用側線の入換に使用されていた頃の303号。   2016年3月、坂城

2016年3月には、しなの鉄道坂城駅の油槽所の専用側線で使用されていました。

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■二塚からの転属に際し再整備され、塗色も山吹色に変わった303号。背後に169系保存車も見える   2016年3月、坂城

JR貨物の動車でこれだけ短期間にあちこち動くのは最近ではちょっと珍しいかもしれませんね。

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■中越パルプ(二塚工場)専用側線で使用されていた頃の303号。      2011年1月、二塚

その前は、城端線二塚駅の中越パルプ専用側線で永らく使用されていました(この専用側線は2015年9月末で列車の運行は無くなっています)。

さて、高岡貨物で使用されていた303号ですが、最近になり同じ伯耆大山駅にいた305が高岡貨物にやってきて置き換えられたという情報が寄せられました。どこに行ったのやら…。

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