カテゴリー「トロッコ・保存車両」の29件の記事

2020年6月29日 (月)

★今市のスイッチャー★DB10と東武ED4010形(東芝戦時型)

 日光にある漬物屋さんの保存車。電気機関車が綺麗に再塗装されたと聞いて訪問しました。

入口で迎えてくれるのは、1969年(昭和44年)協三工業製のスイッチャー。形態はいたって標準的な国鉄の入換動車ですが、日光駅・今市駅で入換に使用されていたご当地もので、所縁の地で保存されています。キャブの妻面窓にレンズを近づけてフラッシュをたくと、内部の銘板を綺麗に読み取ることができました。

  • 形  式 : DB.10(ドット「.」の意味はよく分かりません。動車によっては無い場合もあり)
  • 製造番号 : 10626
  • 製造年  : 昭和44年3月
  • 呼ビ重量 : 10t
  • 定格引張力: 1,350kg
  • 定格速度 : 13km/h
  • 協三工業株式会社

屋外展示にもかかわらず保存状態が良いですが、閉店時間中は毎日カバーをかけているのでしょうか。

こちらは裏手にある東武鉄道ED4010形電気機関車ED4011。戦時中に東京芝浦電気が海南島の日本窒素専用鉄道向けに製作した、正真正銘の東芝戦時型です。日本窒素専用鉄道向けにはD51タイプの蒸気機関車も製造されましたが、おそらくSLが本線用で、このELは鉱山から麓のヤードまでの勾配区間(いわゆる下部軌道)に投入する予定であったと思われます。満鉄の石炭輸送も本線はSLでしたが、撫順炭鉱専用鉄道は電化されており、東芝・日立・三菱製の凸型ELが使用されていましたので、海南島のSLとELも似たような役割分担を念頭においていたと考えるのが自然です。

渡辺肇著「日本製機関車製造銘板・番号集成(1982.3)」と、近年発表されたイカロス出版「電気機関車EX Vol.14(2020)」の巻末に、東芝の電気機関車の製造台帳が掲載されています。両者を比較すると記載内容に若干揺らぎはありますが、ED4011に関しては矛盾はありませんでした。日本窒素発注の東芝戦時型は、1943年に製造番号307250が、翌1944年に307800が、それぞれ4両ずつ、合計8両製造されました(東芝製電気機関車の製造番号の付番ルールは製作指示番号方式のため、日立製の1951年以降の電気機関車同様、同一ロットの製造番号はすべて同じです)。このうち製造番号307800のうちの2両が東武鉄道に割り当てられ、1946年製ED40形ED403・ED404として竣工しました。のちの形式称号改訂で、ED4010形ED4011・ED4012に変更されています。日本窒素発注の東芝戦時型の自重は40tですが、後の改造なのか車体表記は換算4.5(自重45t)になっています。

なお、東京芝浦電気が日本窒素専用鉄道向け以外の国内向けに製作した凸型電気機関車は、戦前製・戦後製を問わず車体幅が2,900mm未満と短いので、外観でも容易に区別することができます。

私が初めて東武鉄道の電気機関車が動いているのを見たのは、千住貨物駅の入換です。到着した貨車を着発線(現在の北千住-牛田間の電留線のあたり)で切り離し、機回しして連結、北千住寄りに引き上げてから推進で京成電鉄をくぐり、貨物駅へ押し込んでいました。後にも先にも、千住貨物駅の入換を見たのは、その1回限りです。

台車は昭和36年住友金属工業製FS29で、あとから振り替えたものでしょうか。

2両とも保存状態が良く、年始早々感動しました。お土産に漬物を2袋購入しました。2015年冬撮影。

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2020年5月30日 (土)

★N社A製造所の機関車★No.8も黄色に(2017)

 公道を渡るナロー軌道で有名な鉄鋼メーカーN社尼崎製造所(2020年4月より関西製鉄所尼崎地区)。2017年に訪ねたところ、機関車No.8のカラーが緑から黄色に変更されていました。

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バスも通る並木道をトロッコが横断。2012年の記事で黄色いNo.7を紹介しましたが、このNo.8のほかにも黄色がいるみたいですね。この時は、一年以内に社名が変わることが発表されていたので、背後に旧社名・事業所名の看板を入れて記録しました。ここの信号機は、自動で切り替わる以外に、製造所の方がトロッコを通過させるために手動で切り替えることができます。

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鋼塊を積んだ2軸ボギーの貨車を連れて戻ってきました。背後の木は桃で、毎年春が楽しみでありましたが、今年はコロナ禍の影響によりそれどころではなかったですね(苦笑)

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2013年春のNo.4。来年はこんな景色が見られるだろうか。

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2020年5月21日 (木)

★碓氷鉄道文化むら★トロッコ列車2016

 10年以上前に訪ねた、碓氷鉄道文化むらのトロッコ列車。訪問時は、碓氷峠(信越本線横川-軽井沢間)で使用されていた軌道モータカーTMC500Aのうちの1両が観光トロッコ用機関車DB201として生まれ変わり、活用されていました。2011年5月にDB201が故障して以降は、代替機関車として東急電鉄の軌道モータカーDMC2000と同タイプの松山重車輌工業製の機関車を借り受け、2011年8月1日より運行を再開しました。しかし、自重25tのTMC500Aに対して後任車の自重は20t。牽引力が不足しているばかりか、60‰を超える連続下り勾配走行時に必要なリターダを装備しておらず、急勾配区間で客車2両を牽引・推進することはできませんでした。このため、トロッコ列車は終点のとうげのゆ駅までは運行できず、ぶんかむら駅からまるやま駅までの区間運転を余儀なくされていました。東京に本社のある司機工(*)へ発注していた新型ディーゼル機関車が2013年に完成すると、3月27日からようやく全区間での運行を再開しました。

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こちらが新型ディーゼル機関車MR1106です。メーカーのホームページによると、全長11,500mm(連結面間)、全幅2,914mm(突起物含む)、全高3,506mm、自重32t、車軸配置B-B、エンジン出力は254kW(345ps)/2000rpmです(rpmは回転数)。急勾配区間の走行に対応する抑速ブレーキを備えています。最高速度は、平坦線単機で40km/h以上、66.7‰勾配で25tを牽引して11km/hです。

(*)実際に製作したのは、代替軌道モータカーの製造元である新潟の松山重車輌工業です。

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DB201の方は、本線から分岐する側線に留置されており、まだ解体されてはいませんでした。パンタを上げたEF63形11号機(後ろは25号機)と並んでいます。

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この日はEF63形の体験運転予約があったようで、24号機が何往復もしていました。

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クハ188、EF63形12号機、同25号機との並び。

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体験運転の乗降場所は、トロッコ列車用のホームとは分離されており、本線部分のみ共用となります。

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SLとのすれ違い。とにかく風が強かった記憶が残っています。2016年4月撮影。

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2019年12月11日 (水)

■出水駅前の保存SL■C56形92号機

 北九州タ発鹿児島タ行き臨時貨物列車を新水俣から鹿児島まで新幹線で追いかけた際、途中駅でみかけた保存SLを紹介します。

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旧鹿児島本線(肥薩おれんじ鉄道)出水駅前の線路沿いに、綺麗に塗装されたC56形92号機が保存されていました。私はこの駅を中学生の頃から帰省の度に何度も通過したことがあるのですが、駅前にSLが置いてあるのを見た記憶がありませんでした。調べてみると、国鉄吉松機関区にて1973年8月31日に引退後、翌年から米ノ津川沿いにある出水市総合運動公園で保存されていたものの、2006年7月の鹿児島県北部豪雨災害に伴う米ノ津川河川改修事業により撤去の必要が生じたため、駅前に移設されたとのこと。九州新幹線新八代-鹿児島中央間暫定開業が2004年3月13日ですから、移設されたのはそれよりも後ですね。鹿児島本線八代-西鹿児島間を走行していた昼行特急列車のほとんどは出水駅に停車していましたが、その時代にはまだSLはこの場所には無かったということになります。どうりで記憶にないわけです。

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SLの動輪を白く塗るのはあまり好きではないのですが、管理人がいるためか外見上の保存状態は比較的良いです。

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1937年(昭和12年)3月15日 日立製作所笠戸工場製。麻里布機関区新製配置の2年後には吉松機関区に転属して34年間活躍し生涯を終えました。麻里布とは岩国の旧駅名です。

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南九州は線路等級の低い路線が多く、国鉄末期の非電化区間でみると肥薩線・吉都線・志布志線以外はすべて丙線より更に下の簡易線で、主にC56やC12が活躍していました。したがって、無煙化にあたりDE10では走行に制限があるためDD16が集中配備され、鹿児島機関区はDD16形が国内で最も数多く配置された機関区になりました。

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2019年12月 1日 (日)

★貨物鉄道博物館のスイッチャー★2016年の小移動

 三岐鉄道丹生川駅前にある貨物鉄道博物館には、機関車や貨車が何両か静態保存されています。

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2016年8月13日訪問時は従来通り駅の北西側(博物館の建屋奥の屋外)にいたのですが、

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2016年11月23日に行ってみると、綺麗になったタンク車4両とスイッチャー1両が駅ホーム寄りに新設された線路の上に移動していました(踏切より撮影)。説明パネルも用意されたので、今後はこちらが定位置となるようです。

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2017年12月10日 (日)

★岡山臨港鉄道保存車★102

 先日三原に行った帰りしな、岡山で途中下車し、岡山臨港鉄道の保存車を見に行ってきました。岡山駅から岡電バスに約40分乗車し、築港元町下車徒歩1分で辿りつけます。元気な人は岡山駅からレンタサイクルでも行けるかもしれませんが(笑)

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 岡山臨港鉄道は、戦前に軍需物資輸送専用鉄道として計画され、早期開業の要請から手続きがより容易な専用側線として着工されましたが、第二次世界大戦の影響で頓挫。戦後になり、沿線に工場のあった汽車会社専用側線として竣工しました。ただし汽車会社の資金だけでは工事は完成せず、沿線に駐留していたGHQ指示の下、国鉄岡山工事部が残りの建設を行ったようです。象徴的なのは開業一番列車で、汽車会社向けの貨物列車ではなくGHQ進駐軍の列車でした。1950年には汽車会社の工場閉鎖により専用側線は列車の運行が無くなり、同年岡山臨港鉄道が設立され地方鉄道として第二の人生を歩むことになります。

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保存車は岡山臨港鉄道102号で、1952年に汽車会社で製作された2軸のディーゼル機関車です。運輸省への車輌設計認可の申請が1953年3月28日、認可が同年8月15日となっているため、法規上の鉄道車両としては1953年製ということになっています。実際には車両として認可される前から無車籍のまま専用側線でスイッチャーとして使用開始していたと思われますが。本機で採用された、DMH17型エンジンとTC-2型トルクコンバーターの組み合わせは、のちに各社から相次いで登場する産業用DL標準の構成を先取りするものです。

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1エンド側から。高いボンネットは、国鉄DD11形ディーゼル機関車にも通じるデザインですね。

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ナンバープレートと製造銘板。銘板には汽車会社、昭和27年製造、製造番號22とあります。

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2エンド側から。

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2軸の動輪はアウトサイドフレームのロッド駆動で、2エンド側のキャブ下にジャック軸があり、ジャック軸の回転で1軸を駆動し、ロッドでもう1軸に動力を伝達する方式です。

 なお一部にはこのディーゼル機関車を「機械式」と称しているサイトがありますが、これは誤りで、れっきとした液体式ディーゼル機関車です。低速・中速の切り替えは自動でしたが、高速への切り替えは手動ですので、この手動切替スイッチを見て機械式と混同しているのではないかと思われます。現物の観察も大切ですが、本を読むのも忘れずに。

  • 【参考】寺田裕一「岡山臨港鉄道(RM LIBRARY197)」、2016年1月1日、株式会社ネコバブリッシング。

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2017年11月16日 (木)

★新日鉄住金★尼崎製造所の機関車No.5

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 新日鉄住金尼崎製造所の公道から見えるトロッコ。2010年8月16日に撮影したのがこのNo.5でした。鋳物台枠の足回り、キャブ・ボンネットは工事軌道や森林鉄道の機関車でお馴染みのスタイル。ボンネット妻面も下に向かって斜めに傾斜が付いているのが特徴的です。

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この日は電気炉に投入する鉄スクラップを入れる無蓋コンテナ(中身は空)を積載した長物車2両を牽引したり、

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JRでいう特大貨物を積載可能な長物車がないので、荷を平台車1両に積載したうえで、はみ出した荷が機関車に接触しないよう、機関車との間に遊車となる平台車を1両挟んだ、特殊な編成が見られました。

以降も何度か訪れていますが、この機関車はこの時以来見たことがありません。いまでもまだ現役なのでしょうか。気になりますね。

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2017年10月 3日 (火)

★尾去沢鉱山の保存車★ニチユ10tロッド駆動と仲間たち

 お盆期間中、避暑と青春18きっぷ消化を兼ねて北東北へ行ってきました。秋田では、2011年6月の仮オープン以来の訪問となる小坂レールパークと、そのついでに尾去沢鉱山を訪ねました。両拠点は、鹿角花輪駅経由で路線バスが連絡しているので、鹿角花輪駅前の旅館に泊まり、翌朝フロントに荷物を預けて両方訪ねると楽チンです。

※2017年現在、尾去沢行のバスは麓の集落が終点となり、鉱山前までは行かなくなっています。鉱山へは、鹿角花輪駅からタクシーで10分です。

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■尾去沢鉱山駐車場に保存されているニチユ10t半キャブロッド駆動   2017年8月13日

全長1.7kmに及ぶ観光坑道が見どころの尾去沢鉱山には、かつて陸中花輪駅(現 鹿角花輪駅)の側線で入換に使用されていたスイッチャーが綺麗に保存されています。花壇の花も良く手入れされていますし、スイッチャーの方も定期的に塗り直されているようです。1963年(昭和38年)9月に日本輸送機で製作された凸型機関車で、自重10t、車軸配置はBです。最終動力伝達方式は、動輪の片方を動かしロッド棒によって他方へ動力を伝えるロッド駆動方式です。

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銘板はこちらの非公式側にあり、型式DL10MC1067、製造番号1025002と判読できました。上写真一枚目とこの二枚目を比較すると、ちゃんとロッド棒の位置(位相)が変えてあるのが分かりますね。角度のズレは90度っぽいですがどうでしょう??

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写真はすべてボンネットの蓋を閉じてから撮影しています。訪問時は蓋が開いており、三菱のロゴの入ったエンジンが搭載されているのが分かりました。帰宅後に調べてみると、朝日新聞社『世界の鉄道’70』に詳細が掲載されていました。それによると、調査当時、陸中花輪駅の三菱金属鉱業尾去沢鉱業所専用側線の入換作業は、丸佐運送合資会社が所有する私有機2両によって行われており、うち1両が酒井製の10t機、もう1両がこの機関車でした。諸元は以下の通りです。

  • 自  重  : 10.1t
  • 全  長  : 5,250mm
  • 全  幅  : 2,495mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 三菱ふそう DB31L (130ps/1800rpm)
  • 液体変速機:岡村製作所 PM18
  • 最高速度 : 21km/h

エンジンは、当時のバスやトラック・建機で汎用的に使用されていた三菱DB系が採用されています。動輪径は、自重8~10tクラスの国鉄貨車移動機のロッド駆動のタイプと同じ660mmです。

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スイッチャーの近くには、説明の看板がありました。一般論としてこういった看板の記載内容は間違っていることもあるので鵜呑みは危険ですが、この看板は、入換作業に従事した丸佐運送がこのスイッチャーを尾去沢鉱山へ寄贈した際に立てたもののようですので、読む価値はあると思います。表題の「10トンディーゼル機関車 型式DB-3IL」は、前述のエンジン型式(DB31L)のことを指していると思われます。私有機の場合、複数ある入換動車を識別する際に、番号ではなくエンジン型式で呼称するケースがあるにはありますが、それに相当するのか、はたまた単なる型式の取り違えなのかは、分かりません。

●ロッド駆動半キャブの仲間たち

 スイッチャーの保存車は数あれど、この尾去沢鉱山の保存車と同じロッド駆動のしかも半キャブとなると、数えるほどしか残っていませんね。

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■JR網干駅前に保存されているニチユ製の同型機。(2007年に駐車場所有者の北沢産業の管理者に許可を得て撮影)

同型の北沢産業DB2。JR網干駅近くに静態保存されています。1961年(昭和36年)日本輸送機製の10t機ロッド駆動タイプで、型式は同じDL10MC1067、製造番号は876001。こちらも世界の鉄道に掲載されていました。(ちなみに、沖田氏の機関車表に収録されている製造番号876002読み取り誤りですので、引用して拡散しないようお願いします

  • 自  重  : 10t
  • 全  長  : 5,250mm
  • 全  幅  : 2,499mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 三菱ふそう  (130ps/2000rpm)
  • 液体変速機:岡村製作所 RM18
  • 最高速度 : 21km/h

丸佐運送のニチユ10t機と寸法も出力もほとんど変わりません。

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■古河鉱業所有のニチユ8t半キャブロッド駆動  2011年8月、足尾駅前

次は足尾駅前の動態保存車。同じく日本輸送機製のロッド駆動半キャブで、同型、と言いたくなるところですが自重は10tより少し軽く8tです。古河鉱業の私有機で、1965年(昭和40年)7月製造、型式DL8MC1067、製造番号1105001です。普段は傷まないようにシートに覆われており、数年に一度イベントで動きます。

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■くりはら田園鉄道DB101。協三工業製の10t半キャブロッド駆動   2013年、若柳駅跡

こちらも動態保存機ですが、残念ながら?日本輸送機製ではなく協三工業製の10tロッド駆動機です。元くりはら田園鉄道DB10形ディーゼル機関車DB101で、車体内部の銘板によると、1965年(昭和40年)6月製造、型式D10-1067、製造番号10470です。くりでん保存会が年に1回程度動かしていますので、運が良ければ動くところを見られます。入換に便利なように、通常はキャブ中央にある逆転器レバーが非公式側窓際に設けられているのが特徴で、それを除けば、平凡なスイッチャーです。ちなみに5~10tクラスの貨車移動機は、足でアクセルを踏み込んで速度を調整します。逆転器レバーは変速レバーではありませんので、ご注意ください。

2017年春にオープンしたくりでんミュージアムで、DB10形の形式図や諸元の記載された「宮城中央交通 車両竣工図表」が購入できます。DB10形の発注時はバス会社と合併していたのでこの社名ですね。以下に抜粋します。

  • 自  重  : 9.8t
  • 全  長  : 5,150mm
  • 全  幅  : 2,499mm
  • 全  高  : 2,620mm
  • エンジン  : 日野自動車 DS50A  (80HP/1500rpm)
  • 液体変速機: 新潟コンバータ 8A-1350

見た目はニチユ製に似ており、寸法もほとんど変わりませんが、製造者の違いから搭載しているエンジンと液体変速機が異なります。

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■馬頭運送で保管中の協三工業製10t半キャブロッド駆動。   2014年、栃木県

こちらは、栃木県の馬頭運送が協三工業から引き取ったロッド駆動の半キャブです。たしか本社工場で保存されていたモノだった気がしますがうろ覚えです。連結器が柴田式自動連結器ではありませんが、土木工事軌道で使用されていたのでしょうか。馬頭運送は、全国各地から蒐集したスイッチャーを修復・動態化しており、那珂川清流鉄道保存会に移設されたものは公開時に動くことがあります。今回は4両紹介しましたが、他にもロッド駆動の半キャブをご存知の方は、情報お待ちしております。

●2017年10月7日追記

 相互リンク先の西宮後停留場様より情報をいただきました。北海道の丸瀬布いこいの森に、佐藤工業製の10t半キャブロッド駆動が静態保存されているそうです。詳細はこちら

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2017年7月31日 (月)

流鉄青空号のその後

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 流山電鉄2000形の青空号、私は気にも留めなかったのですが2012年7月で引退していましたね。この車両の運行開始は1994年8月で、私が千葉県内に住んでいた頃に導入された最後の形式です。当時は大学に入って行動範囲が飛躍的に拡大した頃だったので、意識が遠方に向いていたせいか、地元に新しい譲渡車が入っても見向きもしませんでした。西武101系がまだ本線系統で現役だった頃で見慣れていたせいもあるかもしれません。青空号2000形は旧西武801系ですが、顔は101系とほぼ同じですので、またつまらないマスプロ車両が入ってきたな、くらいに思っていました。

Aozora_dead

先日SLELを撮影した際、下り列車と上り列車の合間に撮影地周辺をウロウロしていると、青空となの花の車端部が置いてあるのを見つけました。今後どうなるのでしょうか。ちなみにこの廃車体は、2017年7月現在Google航空写真には写っていますが、ストリートビューには写っていないという、妙な謎解き要素があって面白いです。

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2017年7月26日 (水)

松戸市内の保存車たち

 日頃から、廃車になった静態保存車や放置廃車体にはあまり興味が無く追いかけていないのですが、出身地の保存車くらいは見ておこうと思い、先日日帰りで周遊してきました。

Chibatoshi1012

まずはこの場所へ。千葉都市モノレール1012号車が建設会社の土地に保存されていました。実は本来左折すべき交差点に気付く前に視界にこれが入ってきたので、先に見物することになりました(笑)

Nanohana

本来の目的はこちらです。昭和の杜の保存車たち。流鉄なの花号2000形電車クモハ2006がパンタグラフ・台車付の完形で保存されています。以前さよなら運転を撮影していますが(→その時の様子はこちら)、もう4年も経つんですね。松戸市に縁のある車両が保存されており嬉しい限りです。

Choden1001

こちらは銚子電鉄1001。屋根が無いのにまだ綺麗な状態を保っています。こちらも以前現役時代に撮影しています(→こちら)。

Yo13712

こちらはヨ5000形13712号車。ヨ3500形を二段リンク化改造した車両ですが、種車がヨ3712のため新製車ではなく、1951年にトキ900形から改造された車両ですね。

Hitachi1003

こちらは日立電鉄モハ1000形1003号車。寺田裕一著『ローカル私鉄車輌20年(JTBキャンブックス、2001年10月1日初版)』によると、出自は小田原急行鉄道モハ1形7号→デハ1100形1107号→東京急行電鉄デハ1150形1157号→相模鉄道デハ1000形1003号→モハ1000形1003号→日立電鉄モハ1000形1003号となっています。

車体は中央の乗降扉の手前で切断されており、また台車はありません。反対側が同じ松戸市内に保存されています。というわけで、東松戸へ戻り武蔵野線・常磐線を乗り継いで北小金へ。10分おきに走っているバスに乗り小金原団地の商店街入口に到着。

Hitachi1003kogane

こちらがモハ1003の片割れです。駄菓子屋さんですが私が訪問した日曜日は営業していませんでした。

●おまけ

Oginyumikaoru

 壁に懐かしい看板がありました。水戸黄門定番の「くノ一お銀の入浴シーン」で有名なあの方ですね。

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